第17話 高1 ・ 10月②

熊谷 悠里


1時間目の英語の試験が終わると、

金吾はすぐ立ち上がって私の手を優しく掴むと教室の外へ歩き出した。


後ろにはユイカと雄太郎が神妙な顔でついてきていた。

廊下の端につくと、ようやく金吾は手を放してくれた。

そして、私を見つめ、優しく微笑んでくれた。


「どう?英語の出来栄えは?俺は結構いいカンジだけど?」

「えっ?・・・やっぱりちょっとダメだったかな。」


「そうか。じゃあ、今回は俺が勝ちそうだね。

ねえ、悠里、出来たら、本当のことを教えてほしい。」


私は金吾、ユイカ、雄太郎の3人と目を合わせてから話し出した。


「・・・ごめんね、言ってなくって。

松久保琢磨とは幼なじみで付き合っていたんだけど、

高校の入学式の日にフラれたの。

金吾が話してくれた時に言ったらよかったんだよね。

実は、母がスナックで働いているんだ。

本当に、風俗じゃなくってスナックだよ!」


「うん、悠里を信じるよ。」

私の声が大きくなってしまったが、金吾の優しい微笑みは変わらなかった。


「金吾のお父さんがスナックの店員さんと結婚して、

金吾たちと縁を切ったって話を聞いて、言い出せなくなったの。

お母さんがスナックの店員だから、金吾に嫌われるんじゃないかって。

小学校の時みたいに、クラスメイトにイジメられるんじゃないかって、

不安で怖くて、言い出せなかったの。

本当なの。」


信じてもらえるように必死で言うと、ユイカが私の両手をぎゅっと握ってくれた。

「信じるに決まってるでしょ!」


「そうそう!」

明るい笑顔を浮かべた雄太郎が私たちの手の上に、

真っ黒に日焼けしている右手を重ねた。


「ありがとう。」

「俺が嫌っているのはクソ親父だけで、

そのお相手さんは何にも思ってないよ。」

金吾も笑みを浮かべて、3人の手の上に、右手を重ねた。


「そうそう!」

また雄太郎はうんうんと肯いて、さらに左手を重ねた。


「ありがとう。」

「アンタ、そうそうしか言ってないじゃない!」

ユイカがジト目で雄太郎に突っ込みをいれると、

「「「そうそう!」」」

私と金吾と雄太郎がハモッて4人で大笑いした。


★★★★★★★★★★★★★


鮫島 金吾


2時間目の現国のテストが終わると、

ユイカと晴子、純がニマニマしながら、俺の席にやってきた。


「金吾、よくやったよ!」

晴子が俺の肩をバンバン叩いた。


「何よ、何よ?」

今度は純が逆の肩を叩いてきた。


「うんうん。女子が理不尽に責められているとき、

守ってあげるって女子にとって最高だよね!

キュンキュン、きちゃったよ!」

朝の時間を思い出すと恥ずかしくなってきた。


「ええっと、褒め殺しは止めてもらえます?」

俺の頼みを無視して、また晴子が興奮気味に俺の肩を叩いた。


「そうそう!

そのうえ、みんなの前で、こう言ったんだよ!

悠里のことを、真面目で、優しくて、魅力的で、大好きな女子だって!

「「「きゃ~!」」」


「うお~い!そ、そ、そ、そんなこと言ってないだろ?」

「言ってた。」

「言ってたよね。」

「うん、言ってた。」

ユイカ、晴子、純がうんうんと肯いている。


「うそだ~!絶対、うそだ~!」

「周りをみてごらんよ。

女子はみんな、いいな~、うらやましいな~、

私にもあんな男子いないかな~って思っているよ。」


そ~っと、周りをみてみたら、

生暖かい目、キラッキラした目、ジト目で女子の注目を浴びていた。


マジか!

ああ、紗季だけは厳しい目つきだけど。


「ねえ、いつ、ちゃんと告白するの?」

「ねえ、アンタたち、もう付き合っちゃいなよ!」

「ねえ、早く私たちとダブルデートしようよ!」

「「「ねえ!」」」

ユイカ、晴子、純が俺の体をグラグラ揺らした。


あわわ!


「そうだ!俺、古文が苦手なんだった。

ちょっとでも勉強しとかないと!」

慌てて教科書を開いた。


「ヘタレ!」

「根性なし!」

「だったら、悠里から行っとく?」

流れ弾を食らった悠里もさっと教科書に目を落とした。


★★★★★★★★★★★★★


色々ありすぎた中間テストの初日が終わった。


一息ついたんだけど、イベントはまだ終わっていないことが判明した。


朝一に撃退したバスケ部のイキリ野郎榎本の友人、

サッカー部のウェイ野郎大堀直之が声を掛けてきたのだ!


「ちょっと、来てくれ。」

バレないようにため息をつきながら、背の高い大堀の後ろをついて歩く。


悠里、雄太郎の心配そうな、ユイカ、晴子の興味津々の視線を浴びながら、

心の中で「あ~る晴れた、ひ~る下がり・・・」

ってドナドナを歌っていた。


二人っきりになったが、しばらく大堀はツーブロックの髪をいじりながら、

黙っていた。


「何の用?」

「えっと、悪かったよ。お前を「陰キャ」とか「音痴」とか馬鹿にしてさ。」


言葉は謝罪だが、その態度は頭を下げていないし、

そもそも視線もあっちを向いたままだ。

まあ、謝るのが苦手なんだろう。


被害を思い出してみたら、1学期前半に何度か罵られたことを思い出した。


でも、榎本に比べたら全然、全く、これっぽっちも大したことなかったよ。


「うん。気にしてないから、別にいいよ。

最近は全く被害なかったし。」

「さんきゅ。」

「なんで謝る気になったんだ?」


「ああっと、今朝、榎本がやらかしただろ?

入学して、アイツと席が前後になって、

運動部どうし、気があったんだけどさ、

やっぱり、お前らにやりすぎだって思ったんだ。だからさ。」


う~ん。

入学当時、榎本と松久保のグループがクラスのトップだったけど、

2学期になったら榎本グループより、俺たちのグループの方が賑やかだもんな・・・


寝返ったか、大堀~!

「まあ、よろしく。」


「なあ、期末の時は、俺も勉強会に参加させてくれないか?」

この中間テストのために勉強会が開催された。

晴子、俺、悠里、ユイカ、誠人、純、雄太郎(成績順)の7人で、

ファミレスで2時間ほどだけだけど。


だけど、教室でもその7人で教えあっていたから、

結構、羨望の目で見られていたみたいだ。


「期末の勉強会をすることになったら、みんなと相談するよ。」

こう返事すると、大堀はようやく俺と目を合わせて、二カッと笑った。

「おう、頼むぜ!」

やれやれだぜ。


大堀と別れて大きなため息をついてから、スマホを見てみたら、

悠里からラインが届いていた。


『この前のファミレスに来てほしい。』

・・・しんどい一日はまだまだ終わらない。


★★★★★★★★★★★★★


ファミレスに到着すると、入口近くで悠里がもじもじしながら待っていた。

いつもはすましているのに、可愛いじゃね~か。


「お待たせ。」

てれてれしながら、一緒に店に入ると今度は向かい側に座ってくれた。


残念だけど、落ち着けるわ~。


お礼とお詫びにランチをおごってもらった。


そして、また俺の前にカフェオレ、悠里の前に紅茶が準備された。

「ほんとに、今日はありがとう。

かばってくれて凄く嬉しかったよ。」


「いや。またあいつ等やらかしてくれるんじゃないかって

ずっと待ち構えていたんだよ。」


「うふふ。ずっと待ち構えてって・・・」

「性格悪いってか?」

「私はそんなこと一言も言ってないよ。」


「目がそう言ってる。」

「バレたか!」

「「あはは。」」


笑い終わると悠里はまたモジモジとし始めた。

「えっと、教室でもう言わないでね。」

「えっと、何を?」


「ほら、真面目だとか、優しいとか、魅力的とか・・・大好きとか。」

「いやいやいやいやいやいやいやいや、

絶対、大好きは言ってないから!

どんなに我を忘れても、そんなこと、教室で言えないから!」


我を忘れての否定は不評を買ったようで、悠里がジト目になっていた。

「・・・そんなに否定しなくても。」


「ごめん。

・・・ほら、俺って入学式の日にフラれたじゃない?

だから、高校の間は「もう恋なんてしない」って思っているんだよね。」


俺のしみじみとした言葉に悠里がぐいっと身を乗り出してきた。

「わかる!」

「おお、同志よ!」


そういって、腕相撲のように右手を差し出すと、

悠里が手をだしてきて、腕相撲の態勢になった。


「うふふ。入学式フラれ同盟だね。」

「長くて、カッコ悪くて、誰にも名乗れないな。」

「「あはは!」」

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