第15話 高1 ・ 9月②

9月の最終土曜日。

金吾の引っ越しの日が訪れた。


お姉さんが3人の助っ人を呼んでいたので、

金吾は、ユイカ、雄太郎に加え私を呼んでくれた。


初めて会ったお姉さんはキツメの美人さんだった。

引っ越し作業の指揮者として、びしっと指図し、

また、キツイ作業が一人に偏らないような配慮が行き届いていた。


2時間経って、粗大ごみが焼却場へ運ばれ、

大型家具が新居へ運ばれて、家の中はガランとなっていた。


「じゃあ、私たちは新居を片付けにいくから。後はよろしく。」

お姉さんが大学生の男たちを引き連れて出ていくと、

掃除も終わっていたから手持無沙汰な時間が訪れた。


私は金吾に、お姉さんとの楽しい思い出話をしてほしくって、

気になっていた柱の傷(水平につけられ、赤と黒の着色されている)

を触りながら尋ねてみた。


「ねえ、金吾。この柱の傷は金吾とお姉さんの背比べ?」

「・・・ああ、そうだよ。」

金吾の表情が曇ってしまった。


どうも、お姉さんとの背比べではないどころか、触れてはいけなかったみたい。


反省!と思っていたら、玄関のチャイムが鳴った。

誰だろう?


金吾の後ろを、ユイカと雄太郎と一緒についていくと、

玄関に40歳くらいの、少しぽっちゃりした可愛らしいおばさんがいた。


「おばさん・・・」

「金吾くん。引っ越しちゃうの?どうして?」

おばさんは涙目で、声も震えていた。


金吾はさっと正座すると、深々と頭を下げた。

「・・・はい。おばさんとおじさんには、凄いお世話になったのに。

引っ越しするって伝えなくって、ごめんなさい。」


「金吾くん、顔をあげて。」

おばさんは慌てて、金吾の肩を掴んで、顔をあげさせた。


誰なんだろう?

かなり親しいみたいだけど・・・


「いいのよ、そんな。謝るのはこちらよ。

あなたのお母さんに、あなたたちのこと、頼まれていたのに。」

「おばさんたちには、ほんとに、ほんとに、助けられたんで、謝らないでください。」


「本当はこの引っ越しだって手伝いたかったのに。

もう終わっちゃったのね・・・」

「ごめんなさい、逃げるようになっちゃって。」


「私たちのことはもう気にしないで。

でも、どうして引っ越しするの?

お父さんは?桃ちゃんは?」

おばさんは家の奥にちらりと視線を向けた。


金吾は体を固くして、両こぶしをぎゅっと握りしめた。

「えっと、お姉は新しい家に行ってます。

引っ越しは・・・その・・・父が結婚するって・・・新潟で・・・

だから、いらないこの家は売っぱらうから、お前らはここを出ていけって。」


「そんな!」

おばさんは絶句して、涙をこぼし始めた。


「なんてことに・・・

あの子に貴方たちのこと頼まれていたのに!

ごめんなさい!なんの手助けも出来なくって!ごめんなさい!」


「おばさんにはたくさん、ほんとにたくさん、助けてもらいました。

ありがとうございます。」


「もっと、もっと、手助けしたかったのに・・・

本当にごめんなさい。」

金吾とおばさんはなんどもそんなやり取りを繰り返した。


私たちはワケが全く分からなかったけど、邪魔しちゃいけないって強く思っていた。


「まだ、手伝えることある?」

「もう掃除も全部、終わって、後は小物を運ぶだけです。」


「そう。気づくのが遅すぎたね。

ごめんね。役に立たなくって。」

おばさんは諦めたように肩を落とした。


そして、私たちに目を向け、安心したような笑顔を浮かべた。

「でも、いい友達がいるようね。

ほんとうによかった。

あの、これ、みんなで食べてね。

それじゃあ、元気でね。お姉さんにもよろしくね。」


そう言って差し出された袋を金吾が受け取ろうとすると、

そのおばさんは金吾を優しく抱きしめた。


「ごめんね、金吾くん。」

「ごめんなさい。ありがとうございました。」

おばさんと金吾は抱き合いながらまた泣いていた。


おばさんが帰ると、みんなでおばさんがくれた紙袋を覗き込んだ。

そこにはフィナンシェ、マドレーヌ、苺大福なんかがばらばらとたくさん入っていた。


そして、ポチ袋が入っていた。

その中には、3万円と

「元気でね!がんばって!」っていうメッセージカードが入っていた。


それを見た金吾はまた私たちの目も気にせず静かに涙をこぼし続けた。


★★★★★★★★★★★★★


新居に移動して家具の配置が終わったのは13時ごろで、

この引っ越しで私たちがお手伝いできることは無くなった。


「みんな、手伝ってくれてありがとう。

お陰でこんなに早く片付いたよ。本当にありがとう。

あと、情けない姿見せちゃってごめんな。

お礼とお詫びにおごるよ。お姉にいっぱいもらったんだ。

どう?神戸牛でも行っとく?」


無理やり笑みを浮かべた金吾の背を雄太郎がバチンとたたいた。

「悲しい時は焼肉だ!食い放題、行くぞ!

金吾、さんざん泣いたお前には、死ぬほど食わせてやるからな!」

「おいおい、お手柔らかにな。」


「行くで、金吾!」

ユイカも金吾の背をバチンとたたいた。

「痛いよ!」


そして、私も。全力で!

「行こう、金吾!」

「だから、痛いって!」


私に向かって口を尖らせた金吾の表情は少しマシになっていた。


お腹いっぱいに食べまくって、テーブルの上に山と積まれた

肉、野菜、ごはんがなくなると、雄太郎が金吾に話しかけた。


「どうだ、金吾。もう食えないか?」

「ああ。今、全力で走ったら、口からキラキラが出ると思うよ。」


「ぎゃははは!モザイクは無理だから、うんこ色だぜ、きっと!」

「飲食店でそんなこと言うな~!」


金吾は笑顔を引っ込めて、深々と頭を下げた。

「ありがとう。おかげで元気でたよ。

今まで言えなかったことがあるんだ。聞いてくれるか?」


私、ユイカ、雄太郎は互いに顔を見合わせてから、

金吾を見つめて力強く肯いた。


「さっきのおばさんは、俺のお母さんの親友なんだ。

で、おばさんには俺と同い年の女の子がいるんだ。


幼なじみのその子とは、物心ついたときからずっと遊んでいたんだ。

小学校低学年のころ、弱虫だった俺はクラスの男子にイジメられていたら、

その幼なじみが助けてくれてね。


嬉しかったな~。


それからも、ずっと仲良くしてて、

中学2年のバレンタイン・デーの時、大きいチョコレートを幼なじみにもらってね、

もう好きな気持ちが溢れちゃって、「好きだ!」って告白したんだ。


当時、幼なじみの方が10センチくらい背が高くてさ、彼女は背の高い男がタイプみたいで、

「金吾の方が私より、背が高くなったらね。」

って言われたから、毎日、いっぱい食べて、牛乳、いっぱい飲んだよ。


そうそう、引っ越し前の家で柱の傷のこと、悠里が訊いただろう?

黒が俺で、赤はお姉じゃなくって、幼なじみなんだ。

毎年、背比べしてたんだけど、ずっと5センチは負けていたよ。


ああっと、おばさん、おじさんの話が抜けてるな。

2年前にお母さんが亡くなってから、幼なじみの家で時々、

夕食をごちそうになっていたんだ。


いつもテーブルいっぱいに美味しい料理を作ってくれてね。

帰るときには、明日の朝ごはんだよって弁当箱を2つ渡されてね。


本当に美味しかったし、頼りになる親せきなんていなくて不安な時もあったけど、

身近におじさん、おばさんっていう頼りになる大人がいるってお姉と喜んでいたよ。


ああ、お姉にバイトの賄いがあるときに夕食をごちそうになったから、

仲間外れにはしていないよ。


おじさんとも仲が良くなって、毎週日曜には将棋を指していたよ。

将棋部の顧問も押し付けられたんだって。

お互い初心者だから、どっちが強いかっていうより、

へぼ比べってカンジで面白かったよ。


おじさんたちにはその娘一人しかいないこともあって、

息子みたいに可愛がられて、お母さんが亡くなった後とか、ほんと支えられたんだ。

ああ、おじさんもおばさんも市内の高校教師だよ。」


金吾はいったん言葉を止めて、ウーロン茶で口を潤わせて、次の言葉を選んでいた。


私と似ている・・・

嫌な予感が止まらない・・・


「幼なじみと一緒にいっぱい勉強して、同じ高校に合格したんだ。

もう、最高にうれしかったよ。


そのころには俺の背がぐっと伸びて、初めて彼女と同じくらいになっていてね。

ようやく、付き合えるようになったんだ。


またまた、本当に、最高にうれしかったよ。


春休みは二人でずっといちゃいちゃしていたんだぜ。


学校なんて始まらないでいいのにって思っていたんだけど、

なんと!一緒のクラスでね、めちゃくちゃ嬉しかったな~。」


一緒のクラス!

私だけでなく、ユイカも雄太郎も戦慄していた。


「だけど、入学式の日にフラれちゃったワケだ、これが。

相手は、彼女が3組に入ろうとしたら、ぶつかった男子なんだ。


彼女はその時、そいつに一目ぼれしたんだって。

運命の恋だって。


ちなみに、その相手もそう思ったそうだよ。

マジ、運命の恋かもな。


もう、分かったと思うけど、その元彼女は夜木紗季、

その運命の相手とやらは松久保琢磨だよ。」


「おま・・・マジかよ?」

「こんな嘘、つけないよ。」


「いや、そりゃ、そうだけどさ。そんなことあるか?」

雄太郎は自問自答して「ないわ~。」って呟いていた。


「・・・そんな目にあったら、ああなってもしょうがないよね。

ていうか、これまでよく頑張ったね。」

ユイカは金吾を優しく見つめていた。


「お姉に、「紗季には絶対に負けるな!」って尻を蹴っ飛ばされたからね。

勉強は頑張ったよ。


・・・でも、顔を上げたら夜木と松久保が見えるからさ、

いつも俯いていたよ。

自分からクラスメイトに声は掛けることなんて出来なかった。


だから、雄太郎、助けてくれて、友達になってくれて、本当にありがとう。

ユイカ、悠里も、本当にありがとう。」

金吾の言葉は凄く気持ちがこもっていた。


こんなに重いお礼を言われたのはみんな、初めてだった。


「よせやい!でも、悔しいよな!悔しすぎるよな!仕返しとかしたのか?」

雄太郎は照れたのだろう、しんみりとした雰囲気をぶち壊した。


「ああっと、最初の頃は考えてみたけど。

めちゃくちゃ辛かったけど、フラれただけ、だからさ。

今は関わり合いたくないだけだな。


あっ、期末試験の前に、数学教えてくれって、

二人に頼まれたけど、冷たく断ったことがある!」


「えっ~、それは頼む方がオカシイよ。」

「ほんとに、よく頼めるよな。」


「なんか、補習受けるとミュージックビデオが撮れなくなるって言ってた。」

「ははっ、切羽詰まっていたんだね。

でも、ミュージックビデオはちゃんとユーチューブにあげたみたいだから、

頑張って勉強したんだね~。ちょっと残念。」


「ユイカも意地悪だな。」

「そりゃ、アタシにとって、アイツらより、この3人の方が大切だもの。」

「ありがとう。」

この言葉に、金吾は嬉しそうに肯いていた。


食べ放題の終了時間が来たので、お店を出た。

「おい、金吾。2学期も張り切っていこうぜ!」

「ああ、頑張るよ。」

「おう!」

雄太郎がまた励まして、金吾はいい笑顔を浮かべていた。


「悠里。どうしたの?アンタも元気出しなさいよ。」

ユイカが私の顔を覗き込んできた。


「ちょっと、食べすぎちゃって・・・」

どうしよう!


琢磨も私を捨てて、夜木紗季さんに乗り換えたことはまだ知られていない。

だけど、いずれ、バレるだろう。たぶん。

なんで、琢磨が私を捨てたのか、興味本位で暴かれるかもしれない。


そうしたら、お母さんがスナックで働いているってバレて、

金吾と疎遠になって・・・


そして、また、クラス中から嫌われてって・・・

もう、自分から言った方がいいのかな?


たぶん、ユイカと雄太郎は変わらないって思う。

だけど、金吾には嫌われちゃうよ・・・


言わずにバレた方が圧倒的にカンジ悪いのは分かる。

・・・だけど、だけど、それでも自分から言うのは怖い!

どうしよう・・・


3人が楽しそうに話しているのに、私はそんなことばかり考えていた。

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