第14話 高1 ・ 9月

熊谷 悠里


9月1日。二学期が始まった。


バーベキューのあと、結局クラスの誰とも会っていなかった。


金吾にはまた、助けてもらったし、お昼ご飯とかお礼したかったんだけど。

ちょっと忙しいって断られちゃったんだよね。


先に来ていたユイカと話していたら、

琢磨と夜木紗季さんが手を繋いで教室に入ってきた。


それを見ても心は痛くなくって、

相変わらずラブラブだねって思うだけだ。

ユイカや金吾、雄太郎のお陰だね。


クラスメイトが二人に近づいて行って騒いでいた。

「琢磨、ミュージックビデオ、カッコよかったぜ!」

「ほんとに!」

「どのくらいバズッたんだ?」


夏休みの前半に撮ったミュージックビデオは少しだけバズッたらしい。

私も1度見てみたら、琢磨と紗季さんがラブラブで掛け合いながら、

楽しそうに歌っていた。


それから、さらに、夏休み後半にもう1本、撮ったそうだ。


琢磨・・・久しぶりなのに、もう、私の方は全く見ないんだね。別にいいけど。


琢磨は小学校からの幼なじみだ。

母子家庭で、母がスナックで働いているのが学校でバレて、

みんなにイジメられたとき、琢磨がかばってくれたんだ。


その時から琢磨を好きになってしまって、

ずっと一番仲良くしてもらっていた。


中学2年になって、琢磨から好きって言われて嬉しかったな~。


琢磨は真面目だから、私と付き合い始めたって両親に報告したんだ。


琢磨の家は、市内有数の名家で、本家の長男だそうで、

父親から、スナック従業員の子どもなんかと付き合うなって怒られたらしい。


でも、琢磨は私と別れずにいてくれて、松久保家には内緒で一緒に勉強して、

この高校に一緒に合格したんだ。


でも、入学式の日、突然、「好きな子ができた。別れてくれ。」

って言われて、4月は毎日、泣いていたんだよね・・・


「やあやあ、みんな、ひさしぶり!」

バーベキューの日から付き合い始めた誠人と純が手を繋いで教室に入ってきた!


「おは・・・おまっ、なんで、大塚さんと手を繋いでいるんだ!」

「え~、そりゃ、まあ、カレシ?恋人?だから?」

誠人が勝者の余裕を見せつけると、男子たちの阿鼻叫喚が響いた。


「うそだろ!」

「なんで、誠人なんかが!」

「いやだ~!」


雄太郎によると、純は容姿では劣っている(失礼!)ものの、

男子たちの色んな自慢話や豆知識にちゃんと食いついて、コロコロとよく笑って、

そして、ボディタッチがめちゃくちゃ多い。


さらに、イケメンからオタクまで、誰でも分け隔てがない。

さらにさらに、そのスカートは学校中で一番、圧倒的に短くって、

シャツのボタンも暑いからってよく開いているんだ。


モチロン恋人もいなかったから、「エロ女神」として、

1学期末には、一番人気に躍り出ていたそうだ。


男子の阿鼻叫喚が続く中、金吾がひっそりと教室に入ってきた。

私は手を振って、「おはよう!」って言ったんだけど、

金吾は固い笑みを浮かべただけだった。


寝不足なのかな?


校長先生の有難いお話を聞いた後、クラスで席替えが行われた。


私は窓側の一番後ろというみんなの憧れのポジションで、隣が金吾だった。

やったよ!


休み時間になると、バーベキューの7人が私たちの席に集まってきた。

「ねえ、悠里。松尾は謝ってきた?」

「ううん。一度、目が会いそうになったら、さっとそらされたよ。」


「時々見ているけど、あんまり話さず、じっとしているね。」

「そうだね、4月の金吾と悠里みたい。」

「そだね。」


「金吾、どうかしたか?元気ないぜ。」

雄太郎が心配そうに金吾を見つめていた。


「うん?寝不足みたい。心配してくれてありがとう。」

そんなカンジじゃないけど、本人がそう言っているからなって

雄太郎は引き下がっていた。


そのあと、学級委員を新しく選ぶことになったんだけど、

女子は1学期と同じく晴子が、男子はなんと、誠人が選ばれていた。


誠人は、成績は平均より下みたいだし、

真面目なところもないから、普通なら選ばれないんだけど。

純と付き合い始めたから、いやがらせかな?


選ばれなかった松尾くんはさらに落ち込んだようだった。


そんなことはどうでもよくって、元気のない金吾にラインを送った。

『いつものコンビニに来てくれる?この前のお礼がしたいの。』


放課後、コンビニにやってきた金吾はやっぱり元気がなかった。

「ねえ、どうかしたの?全然、元気ないよ。」


「心配してくれてありがとう。でも、なんでもないよ。」

そういいながら、金吾は気まずそうに眼をそらせた。


私は彼の腕を掴んで、必死に話しかけた。

「ねえ、普段と全然違うよ。

私が話を聞いても、なんの足しにもならないかもしれない。

だけど、話すだけできっと、ずいぶん楽になるよ。

秘密は絶対に守るから。

ねえ、お願い。一度くらい、私を頼ってくれないかな?」


じっと見つめていたら、観念したようで、金吾はうなずいた。

「・・・じゃあ、話、聞いてくれる?

ちょっと、長くなるかも、だけど。」


コンビニは止めて、近くのファミレスに入ったら、

ランチタイムは終わったようで、客は少なく、席を自由に選べた。


誰にも聞かれたくないだろうから、一番奥のテーブル席に座った。


4人掛けだけど、金吾の隣に。

肩を寄せ合うくらいに。


「えっ?なんで隣に?近すぎるし。」

金吾の顔が真っ赤になっている。

ちょっと気分をアゲルことが出来たかな?


「向かいの席は敵対関係、隣の席は友人関係だったっけ?

だから、今日は絶対に隣でしょ?

それに、コンビニのイートインではいつも隣に座っているじゃない。」


「いや、まあ、そうだけど・・・

客がほとんどいない店内で、二人並んで座ると目立っちゃうな・・・」

とか言いながら、金吾がメニューをパラパラとめくり始めた。


「あっ!」

「うん?」

思わず声をあげてしまうと、金吾はメニューを逆にめくっていく。


つい、食いついてしまったページがバレてしまった。

「・・・パンケーキがいいの?パフェ?あんみつ?」

「・・・ストロベリー・パンケーキ。だけど、お弁当とこれじゃあ、多いよね?」

「・・・パンケーキは半分こにする?」

「いいね、それ!」


本題に入れないので、しばらく黙ったままでいたら、パンケーキが運ばれてきた。

「美味しそう!」

「だね。」


「ちょっと、待ってね。」

もっと元気付けないと!ちょっと、いや、かなり恥ずかしいけど。

小さく切り分けたパンケーキに、ストロベリーソースをたっぷり絡めて、

金吾の口元にフォークを近づけていく。


「はい、あ~ん!」

「そそそ、そんなのいいよ!」

「ほら!ここまでしている乙女に恥をかかせないで!」

「う~、わかったよ!」

金吾は真っ赤になりながら、口を大きく開けてぱくっと食べてくれた。


嬉しい・・・

右手をひらひらとして顔をあおいだ。

この店、暑いよ・・・


「あ、あとは自分で食べてね。」

「うん、ありがとう。」

お互い恥ずかしすぎて、その後、話が出来なかった。


パンケーキを食べ終わると、ドリンクバーで金吾はカフェオレ、

私は紅茶をいれた。


「じゃあ、金吾、話してくれる?」

「俺の父親は大手ゼネコンで働いているんだ。

トンネル工事が専門で、日本全国、トンネル工事のあるところを飛び回っていて、

新設工事の主任技術者になると3年くらい当たり前に現地で働いているんだ。

母が生きていた時は、正月、ゴールデンウィーク、お盆、秋の3連休くらいは

帰ってきていたんだ。


でも、母が2年前に亡くなってからは全然帰って来ないどころか、連絡もなくなってさ。


お金はちゃんと仕送りしてくれていたんだけど、

縁が切れそうで心配だから、夏休みはバイトしたんだけどね。


それが、8月の終わりに連絡もなく、帰ってきてたんだ。

俺が帰ると、缶ビールを何本か開けていて、酒臭い息を吐いていたよ。

お姉が帰ってくるまでに、さらに何本か。

お酒が強くて、大好きなんだよね。


お姉が帰ってくるとアイツはこう言ったよ。

「俺は会社を辞めることにした。

ほんで、新潟で結婚するわ。

相手はスナックの店員さんなんだけど、優しくってエロいんだ。

なあ、俺を祝福してくれるよな!」


唖然としている俺たちを見て、アイツはにんまりと笑ったよ。

「ほんで、この家にはもう帰って来ないから売ることにした。

今ならまだ、高く売れるからな。

だから、お前ら、9月中に、この家を出て行けよ。

ああ、新潟には来ないよな?

お前らももう大人だし、もういいだろ?

ちゃんと手切れ金をくれてやるから。」


「ふざけるな!この家はお母さんの思い出が詰まっているんだ!」

「うるせえ!この家は俺のだ!もうあいつは死んだんだ!こんな家はいらないんだよ!」


「勝手なことするな!」

「この家は俺のもんだ!お前らはお情けで住まわせてやったんだ!

9月中に出ていけ!」


アイツと、お姉と俺、さんざん怒鳴りあったよ。

でも、お姉も俺も判っていたよ。


もう、アイツとは絶対に折り合わないんだって。

もう、父さんって親愛を込めて呼ぶことはないんだって。

お母さんの遺言は「お父さん、桃子、金吾、三人、仲良くしてね。」だったのに・・・」

金吾は肩を震わせながら、声を押し殺して泣き始めた。


「大変だったね。」

私は金吾の背中を優しくなでた。


それしか出来なかった。


「・・・その晩、父親の仕送りがなくなったらどうなるんだろって不安になってさ。

大嫌いな父親に守られていたことに思い知らされてさ・・・」

応えることができない私は泣き続ける金吾の背中を優しくなで続けた。


・・・お父さんは、スナックの店員さんに奪われちゃったんだ。

私のお母さんがスナックで働いていることがバレたら、

金吾に嫌われちゃうかな・・・


やっぱり、お母さんのことは絶対に秘密にしないと・・・


「ありがとう。ほんとに悠里に話したら、ずいぶん楽になったよ。」

泣き止んだ金吾の顔は、ずいぶんマシになっていた。


「よかった。でも、家のことはどうなったの?」

「9月中に、お姉と二人、出ていくことにしたよ。

二人じゃあ、家が広すぎたし、もうちょっと駅に近い方がいいし。

お姉が今、探してくれているんだ。」


「そうなんだ。大変だね。お金は大丈夫なの?」

「ああ。家が予定通り売れれば、かなりの額になるみたい。

俺が大学卒業するまでの生活費は大丈夫だって。

全部、お母さんが俺たちに相続してくれたからなんだ。」


「そう、本当にいいお母さんだったんだね。

・・・じゃあ、引っ越しの時は教えてね。お手伝いするから。」

「・・・ありがとう。お姉と相談してみるよ。」

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