第13話 高1 ・ 8月③
花火が終わると、雄太郎が嬉しそうに声をあげた。
「じゃあ、次は肝試しだぜ。
男女ペアになって、1キロ先の神社まで歩くんだ。
細い道だけど舗装されているし、時々、街灯があるから迷ったりしないハズだぜ。
さあ、くじ引きはこれだ。」
仕込まれていたのかどうかは分からないが、こうなった。
第一陣 小笠原誠人、大塚純
第二陣 松尾進、熊谷悠里
第三陣 鮫島金吾、菅野晴子
第四陣 須藤雄太郎、木岡ユイカ
う~む。
「じゃあ、行こうか、純。」
「ゴーゴー!」
小笠原が嬉し恥ずかしそうに大塚のことを純と呼んでいた。
うむ。名前呼びがみんなに上手く波及してよかったよ。
暗闇に紛れそうな距離で、小笠原の手がすっと伸びると大塚さんも応えて、
二人の手は繋がれ、そして繋がれた手をブンブンと大きく振っていた。
「「「「「「よかった、よかった。」」」」」」
10分後、松尾と悠里が出発し、さらに10分後、俺と晴子が出発だ。
懐中電灯は100円ショップで買った小さめのが一つだけで、
明るく照らされているのは足元だけだった。
「ねえ、怖いからウチと手を繋いでよ。」
そういう晴子の顔を照らしてみればニマニマしていて、恐怖なんて欠片も見当たらない。
「・・・怖いっていうより、楽しそうだね。めちゃくちゃ。」
「ドキドキしているよ。」
「まあ、まだ始まったばかりだから。」
「ごめん、ごめん。揶揄うのは悠里の前だけにしておくね。」
「もう勘弁してください!」
「あはは!」
真っ暗闇で、初めての、しかも木々に囲まれた細い道を、
小さな懐中電灯の灯を頼りにゆっくりと歩きながら、他愛のない話を続けていた。
「暗いから星がよく見えるね。」
「うふふ。月が綺麗だねって言っていいよ。」
「月、出てないでしょ。」
「そこは漱石先生をリスペクトで。」
10分間隔で出発していて、山中なので前後に全く人がいない。
もう半分は過ぎただろうか、かなり怖くなってきたよ。
手を繋いだら、恐怖がなくなるかな・・・
じりりりりり~ん!
うわぁ、ビックリした~!
けたたましい音がスマホから流れ出して、ビクッと反応しちゃった!
「ビックリしすぎだよ~」
電話だ、誰だ?
悠里だ!
「もしもし?どうかした?」
「足をくじいちゃったの。悪いけど、助けに来て。」
「おう。あれ、松尾は?」
「・・・別行動になっちゃった。だから、一人なの。
一人っきりになってすぐ、イノシシが近づいてきて、
怖くなって逃げだしたらこけちゃって。」
「どこにいるかわかる?目印とかない?」
「道から外れて逃げて、森の中なの。目印は・・・」
「通り過ぎたこの道で、何か目印となるものなかった?」
「・・・そういえば、山火事注意の看板があったよ。
それから少し行って、左からイノシシが出て、右に逃げた。」
「了解!すぐに行くから。
不安だろうけど、充電が切れたら本当にヤバいから、通話は切るね。
大丈夫、すぐに行くから。」
「うん、待ってる。」
悠里は気丈に答えたものの、声は少し震えていた。
「暗闇の森の中一人っきりって怖すぎるよ!」
晴子が想像してぶるっと体を震わせた。
「うん、早く、助けに行こう。」
2分進むと山火事注意の看板があった!これか!
さらに、少し進んでから大きな声を出した。
「ゆうり~!」
「きんご~!」
聞こえた!右側、あっちだ!
「晴子、悪いけど、ここで、一人で待っていて。
懐中電灯は俺が使うけど、すぐに帰ってくるから。
暗闇の森の中に一緒に入ったら、ここまで帰ってくる自信がない。」
「うん。そうだね。悠里を早く見つけてあげてね。
でも、怖いから早く帰ってきてよ。」
「わかった。」
森の中に入ってゆっくり歩くこと100歩。
たったそれだけでも、真っ暗闇で、初めての森の中だから凄く怖い。
「ゆうり~!」
「金吾、こっち~!」
真っ暗闇の中、手を振っている人影が見えた。よかった・・・
「大丈夫?」
小さな懐中電灯を向けると、悠里はホッと表情を緩ませた。
「あ~、怖かった~!また、助けられちゃったね。ありがとう。」
俺もホッとしつつ近くに寄って行くと、悠里は俺のシャツをつまんだ。
「どういたしまして。それより、足は大丈夫?」
「うん。痛みはだいぶん引いたよ。
でも、真っ暗で、どっち行ったらいいか全然わかんなくて。」
「うん、方向なんてわかんないし、懐中電灯あっても怖いわ。」
「ホントにそう!凄く怖かった!
・・・ねえ、手を繋いでくれる。」
「おす。」
ドキッとしてしまって、なぜか体育会系で応えてしまった。
久しぶりに女子と手を繋いだよ。
すべすべだし、手を繋いでいるとやっぱり幸せな気持ちになるね。
「ゆっくり行こうな。足元気を付けろよ。そうだ、懐中電灯を持ちなよ。」
「ありがと。」
歩き出してみたら、悠里は少し足を引きずっているようだが、大丈夫そうだ。
これまたホッとしたから一番気になっていたことが口をついた。
「・・・松尾と何かあったの?」
「・・・うん。告白されて断ったら、逃げられた。」
「マジか!こんな所に、独りぼっちにされて怖かったな。
よく頑張ったな。」
松尾のクソ野郎をののしるより、共感して慰めて、励ますことを優先した。
「ありがと。だけど、金吾は電話切っちゃうし、ホント、怖かったよ~。」
悠里がギュッと強く俺の手を握りしめた。
「ゴメンって!電話使えなくなったら最高にヤバいから!
ほんと、ゴメンな!」
実は抱いていた罪悪感を刺激されて思いっきり謝ったら、悠里が吹き出した。
「アハハ!冗談だよ!すぐに来てくれるって信じてたからね!」
「ホント、すぐ見つかって、ケガも大したことなくってよかったよ。」
「うん。ホントにありがと。」
来た方向に戻っていたつもりだったけれど、
狂わされていたようで、えらく左手から晴子の声が聞こえた。
本当に山中に一人取り残されたらって思うとぞっとしたよ。
晴子の人影が見えて、離したくなかったけど、繋いでいた手をそっと離した。
「えっ」
悠里の小さな声が聞こえた。
残念そうなカンジだけど、そうだと嬉しいな。
晴子が両手を前に組んで心細そうに立っていた。
「ありがとう。晴子に残ってもらわなかったら、
木乃伊取りが木乃伊になっていたよ。」
「怖かったんだからね!でも、悠里のほうが、もっと怖かったよね。
大丈夫?ケガは?」
晴子は早口で俺にぶー垂れた後、悠里の肩を抱いてから、心配そうに足元を見た。
「うん、大丈夫。ありがとう。」
そうこうしていたら、後方から雄太郎とユイカの二人が追いついてきた。
「あれ、どうかしたの?悠里もいるけど・・・うん、進は?」
「お~い!」
ユイカの問いかけに答える前に、前方から誠人と純が戻ってきた。
二人は堂々と手を繋いでいる!
「あれ?なんで戻ってきたの?」
俺が呟いたら、晴子が捲し立てた。
「だって、ウチ、一人で怖かったんだもん!
金吾が!こんな暗闇の!山中に!か弱い女子を!独りぼっちに!するから!」
「いやいやいやいや!一人で待ってくれるって言ったじゃない!
それに、二人で悠里を捜しに行ったら、ここに帰ってこれなかったよ!」
晴子が俺にイジメられたっていうから、全力で言い訳しちゃったよ!
それなのに、もう晴子はしれっとしていた。
うぉ~い!
「冗談よ。もう、肝試しも無理だから呼び戻したの。
みんな、そろったから、何があったか、悠里、説明してくれる?」
「う、うん。
二人でここまで歩いてきたら、松尾くんが急に立ち止まってね、
好きだ、付き合ってくれって言われたの。
それで、ごめんなさいって断ったら、
松尾くんは走って逃げだしちゃったの。」
悠里の話がいったん終わると、ユイカがドン引きしていた。
「うわぁ。もちろん、松尾が懐中電灯を持っていたんだよね?
ないわぁ。女子を暗闇の山中に一人、置き去りってマジないわぁ!」
「いや、マジで。」
「ほんと、サイアクね!」
みんな、うんうんと肯いていた。
「足、痛そうだけど、どうかしたの?」
「置き去りにされて、怖くてじっとしていたら、イノシシが近づいてきて、
もうびっくりして慌てて逃げ出したらコケちゃって。
迷子になっちゃって、金吾に助けてもらったの。」
「そうそう!もう、金吾ったらウチを放って、突っ走って行っちゃったよ。」
隣にいた晴子が俺の横腹をぐりぐりしてきた。
「うへえ!」
「で、松尾はどこ行ったの?」
誠人がキョロキョロと辺りを見回していた。
「ウチらもすれ違わなったよ。」
晴子が答えたら、やっぱり今まで黙っていた雄太郎が答えた。
「途中で階段があっただろ。
そこを登れば車道にでるから、そっちへ行ったんじゃない?」
「たぶん、そうだね。じゃあ、松尾のこと、どうする?」
晴子がそう言って、みんなを見渡した。
といっても、真っ暗闇の中、小さな懐中電灯3つが光っているだけで、
陰が動いたってカンジだけど。
「悠里はどうしたい?」
ユイカがそう尋ねると、みんなが悠里に注目した。
「ええっと、転んだのは自分のせいだよね。
だけど、置き去りにされて怖かったから、それだけ謝ってもらえたら。」
「悠里は優しいね~。うん、そうだね、穏便にそれくらいにしようか。
じゃあ、ウチらは責めないようにしようね。」
「まあ、いいんじゃね。」
それから、ずっと手を繋いでいる誠人と純をみんなで冷やかしながら
ロッジに帰っていった。
悠里は右足を少し引きずっていて、可哀そうだった。
ロッジに戻ったら、松尾はいないどころか、その荷物も無くなっていた。
「うわあ、逃げ出しちゃったよ。」
「高いプライドが粉々になっちゃったんだね。」
「でも、それはないよ!」
「うんうん!」
ユイカ、晴子、純の女子三人が結構怒っていた。
悪口を言いまくっている女子、その怒りが沈静化してから悠里に声をかけた。
「お~い、悠里。
右足見せて。テーピングしたら楽になるから。」
山道を歩くからこんなこともあろうかと準備していたんだ。
「えっ?」
「ほら、早く。痛いだろ?」
よかれと思って提案したのに、帰って来たのは
女子たちのドン引きと蔑みの視線と罵詈雑言だった。
「いや!」
「金吾って、最低ね!」
「アンタさ、デリカシーって知らないの?」
「長時間、靴を履いていた足を見せろって!しかも夏の!
JK女子の自殺理由第一位は「臭い」って言われたことなんだよ!」
臭いなんて絶対に言わないのに!
悔しかったからちょっとだけ、反抗しちゃったよ。
「デリカシー?なにそれ?美味しいの?」
ユイカのパンチが俺のボディに食い込んだよ。
「死ね!」
「ぎゃふん!」
女子がお風呂に入っている間、俺はフロントを訪れていた。
たしか、アレがあったハズ。
あった!ハーゲンだ!
バイトして懐が暖かいので、男子の分も購入して、ロッジに戻った。
雄太郎と誠人だけがリビングにいて、二人でエロしりとりをしていた。
「朝立ち」
「ちんこ」
「こ、コンドーム」
「む、む、夢精!」
「い、い、い、インポ!」
「「ぎゃははは!」」
・・・ドン引きだよ。
「それがバレたら、純にフラれるぞ。」
「えっ、マジ?お前ら、黙っていてくれよ!」
「え~、どうしたの~?」
エロしりとりが中断しているときに、タイミングよく、女子たちがリビングに戻ってきた。
「あの、悠里さん、失礼なことを言ったお詫びのハーゲンです。
みなさんにも一つずつ、買ってきましたので。」
「やった~!」
「気が利くじゃない!」
「うむうむ!」
さすが、ハーゲン。簡単に男子も女子も買収できた!
悠里を椅子に座らせ、その右足を俺の太ももの上に置いた。
女子にテーピングなんて初めてだからドキドキするよ!
風呂上りだからか、シャンプーとかのいい匂いが凄くする!
やっぱり白くて、すべすべの足首にきつくテーピングした。
悠里の表情は恥ずかしくて見れなかったけど、
これを見ていた女子の目が、
男を跪かせて、お姫様扱いがうらやましい!ってキラキラと輝いていた。
男子は、女子の足首に触れたいっていう欲望が、ギラギラと輝いていた。
「ほんとだ!凄く楽になったよ!ありがと、金吾。」
テーピングが終わって、少し歩いてみた悠里が頬を染めていた。
可愛い。
ほんと、悠里が松尾と付き合わないでよかった。
そして、ニヤついているユイカからポンと肩をたたかれ、ねぎらわれた。
「ごちそう様。」
「それ、違うから。」
そのあとは7人で大騒ぎしながらのトランプ大会が夜中の3時まで続いたよ。
7人がすっごく仲良くなって、みんな名前呼びが自然になって、
松尾に対する怒りとかで団結しちまったよ。
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