第10話 高1 ・ 6月③

夜木 沙希


高校に入学して、私は毎日、歓喜の日々が続いている。


松久保琢磨と運命の出会いをして、琢磨と付き合えるようになったからだ。


その代わりに、少しの間だけ付き合っていた金吾を

フッっちゃうことになってしまった。


でも、分かってしまったんだ。


金吾は家族より少し遠くて、だけど友達よりずっと近い人だって。

得られたのは恋のドキドキじゃなくって、ホッとする安心感だったって。


別れたら金吾がも私に悪意を向けるかもって少し心配だったけど、

約束どおり、金吾は私に近づいてこなかった。

やっぱり金吾は優しいね。


それからは、琢磨と一緒のバンドに入って、プロを目指すようになった。

関西地区での1次オーディションをクリアした軽音楽部の3年の凄い先輩が、

琢磨をボーカルに、私をコーラスに選んでくれたんだ。


今まで思ったこともなかったミュージック・スター。

琢磨となら行ける!


二人で毎日、軽音楽部で、カラオケで一緒に歌っていた。

琢磨の心地いい声に合わせて歌うのは最高に気持ちよかった。

毎日、最高に楽しかった。


琢磨はこの辺りの名士の本家の長男だそう。

お父さんは大きな不動産会社を経営していて、

琢磨に毎月5万円のお小遣いを渡しているそうだ。


だから、カラオケなんかのデート代をぜ~んぶ出してくれるんだ。


5月の私の誕生日には、エメラルドのネックレスをプレゼントしてくれた。

嬉しくって飛び上がって喜んじゃったよ。

そのあと、ホテルで愛しあって・・・


6月下旬、期末試験1週間前になった。


中間試験の前は、私の家で、琢磨とずっと一緒に試験勉強したんだけど、

結局イチャイチャしちゃったから、二人とも平均点も取れなかった。


そういえば、中間試験の勉強をどこでするって琢磨と相談したら、

俺の家はダメだって言われて、私の家にしたんだよね。


それまで、お母さんにも、お父さんにも金吾と別れたことを言ってなかったんだ。

お母さんも、お父さんも金吾のことがお気に入りだったから、言いにくくって・・・


でも、しょうがないので、お母さんに家で琢磨と勉強するからって伝えたら、

「わかった。」

ってあっさりしたものだった。


「もしかして、知ってた?」

「ゴールデンウィークにお買い物に行ったら、ばったり金吾君に出会ったの。

アンタが教えてくれなかったから、

「忙しいだろうけど、たまにはご飯を食べに来てね。

お父さんもまた将棋を指したいみたいだし。」

って言っちゃって、金吾君を傷つけちゃったわ。」


「ちょっと気まずくって。ごめんね。金吾はなんて言っていた?」

「高校入学してすぐフラれました。って。

アンタのことは何にも言ってなかったわよ。」

やっぱり、金吾は気が利いて、優しいな。


今回、期末試験で赤点だったら夏休みに補習を受ける必要がある。

でも、夏休みに入ったらユーチューブにあげるミュージックビデオを作成するのと、琢磨とTDLに泊りで行く予定だから、

絶対に赤点を取るワケにはいかないんだけど・・・


中学から苦手だった数学がヤバい!無理かも・・・

どうしよう?


琢磨に教えてもらったけれど、数学的説明が下手で解り難かった。

去年は幼なじみの金吾に教えてもらって、

ぐいっと成績が上がって、この高校に合格出来たんだ。


疎遠になってしまって少し頼みにくいけど、金吾に教えてもらおう!

優しい幼なじみだもんね。


ラインで連絡って思ったら、いつの間にか、削除されていた!

電話してみたら、「お客様のご都合により・・・」着信拒否されている!


ええっ!

幼なじみなのに!

ちょっと酷くない?


しょうがないので、昼休みの時に声をかけた。

金吾と呼ぶわけにはいかないけど、鮫島とは呼びたくない・・・


「ええっと、ちょっと話があるんだけど。来てくれる?」

「・・・」

それまで、金吾は木岡さん、熊谷さん、須藤くんと楽しそうに話していたのに、

私が話しかけたら能面のようになり、黙って肯いた。


二人っきりで話すのは琢磨に悪いので、琢磨にもついてきてもらった。


周りに誰もいないところで久しぶりに向かい合った。


愛想笑いを浮かべてみたけど、金吾の能面にはひび一つ入らなかった。

その目はトロンとして、なんの表情も浮かんでいなかった。


優しくて、甘い金吾なら引き受けてくれると思っていたのに、

不安になってきたよ・・・


「ね、ねえ、お願いがあるの。

よかったら、期末試験、数学だけでも教えてもらえないかな?」


「いやだ。」

出来るだけ丁寧に頼んでみたけど、にべもなかった。


でも、切羽詰まった事情を話して、もっと情に訴えれば・・・

「・・・ね、ねえ、夏休みには私たちのバンドのミュージックビデオの撮影があるの。

だから補習を受けるわけにはいかないの。

ねえ、今回だけでいいから、教えてよ。

私たち、ずっと助け合ってきた幼なじみでしょう?」


「今は、ただのクラスメイトでしょ。他の人に頼みなよ。」

「えっ!」


私の中では、琢磨に誤解されたくないから距離を置いているだけで、

ずっと大事な幼なじみなんだけど!

どうしてそんなことを言うの?


「幼なじみだよ!」

かっとなって叫んでしまったけど、金吾は冷たく、固いままだった。


「ただのクラスメイトに変わった。」

「・・・」


絶句してしまった私の代わりに琢磨が穏やかな声を出した。

「鮫島くんには不愉快な思いをさせて悪かったって思っている。

さっき、須藤くんたちと勉強会するって言っていただろ?

それに僕たちも加えてくれないか?

同じ、クラスメイトだからいいだろ?」


「じゃあ、俺は勉強会に行かない。」

謝罪してあげたのに変わらない金吾の頑なさに、

いつも穏やかな琢磨も困惑していた。


「なあ、頼むよ。本当に困っているんだ。

バンドのミュージックビデオの撮影は機材や場所をもう予約しているから、

僕たちは補習なんて受けるワケにはいかないんだ。

だから、お願いします。」


「へえ、大変だね。頑張ってね。もういいだろ?」

琢磨がこんなに真剣に頼んでいるのに、金吾は口先だけ応援して、背を向けた。


「そんな、心が狭いから私にフラれるのよ!いじわる!」

私の叫びに、金吾はビクッとしたものの、立ち止まることなく教室に戻っていった。


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