第9話 高1 ・ 6月②
どうしてこうなった!
俺はカラオケ店で、クラスの連中を前に
冷や汗をダラダラ流しながらマイクを握りしめていた。
この部屋には15人くらいいるが、味方と言えるのは熊谷さんだけ。
あとは、紗季と松久保琢磨、バスケ部のイキリ野郎榎本貴斗、
サッカー部のウェイ野郎大堀直之、あとはほぼほぼ話したことのない連中だ。
完全アウェーだ。
今日は体育祭があった。
我が校の体育祭は、クラス対抗がメインとなっている。
100メートル、400メートル、障害物、借り物競争、1500メートル、
そして、100メートル×4リレーと種目があって、
各人が1種目だけ出て、クラスでの総得点を競っているんだ。
で、我がクラスは優勝!とかではなく、1年で5位と中途半端だったけど、
俺は1500メートルで1位になったんだ。
喜んでくれたのはクラスの半分くらいだったけど。
体育祭終了後に打ち上げがセットされていて、それがこのカラオケ屋さんだった。
俺は行きたくないってごねたんだけど、功労者だから来いって
引きずり込まれてしまった。
まあ、須藤、木岡、熊谷さんがいるからいいか!って思っていたんだけど、
30人近くが入る部屋なんてなく、2部屋に分かれることになって、
くじを引いたら、こんなハズレだったという・・・
お~、まい、がっ!
ひっそりと端っこに座って時が過ぎ去るのを待つことにした。
最初は松久保琢磨がマイクを握って、笑顔を浮かべたら
何人かの女子が黄色い声援を飛ばした。
そして、歌ってみたら、めちゃくちゃ上手だった。
もう、これまでカラオケをともにした連中とは段違いだったよ。
松久保は紗季と一緒に軽音楽部に入っているそうで、
先輩のバンドのリードボーカルとして即採用されたらしい。
確かに、声にも艶があるし、高音もバッチリだし、
歌いながらのポーズとか、笑顔とかも完璧に決まっていた。
女子どもがず~っと黄色い声援を飛ばしていたよ。
だけど、松久保が歌い終わって紗季の隣に座り、
紗季の肩を抱いて、微笑んで見つめ合うのを見せつけられ、
女子どもはたちまち、松久保に対する興味を失っていた。
その次は榎本、さらに大堀が歌っていた。
この二人は体育祭で活躍していたし、おしゃれにも気を使っているみたいだし、
そのうえ、歌もまあまあ上手かったから、女子どもが群がっていた。
その次は紗季がマイクを握った。
紗季は松久保と一緒のバンドでコーラスをしているらしい。
二人でカラオケに来たこともあったけど、高音域を自在に操って本当に上手だった。
今日は愛の歌を、松久保とずっと見つめあいながら歌っていた。
悔しくって、悔しくって、目の前が真っ暗になったよ。
みんな1曲ずつ、歌っていって、熊谷さんの順番となった。
熊谷さんは紗季と負けず劣らず上手だったけど、
声量が少なめで、表情が暗かったかな。
上手だな~って思いながら、ふと紗季を見てしまうと、
松久保と見つめ合い、ちゅっちゅと何度もキスをしていた。
悔しくって、悔しくって、またまた目の前が真っ暗になったよ。
松久保のイケメンぷり、歌唱力を併せ持つ奴はきっと1万人に一人、いやそれ以上だ。
松久保には中間試験でも、体育祭でも勝ったと思うけど、
レア度でいったら、俺はせいぜいRで、松久保はSSRだって思い知らされたよ。
で、最後に俺の番が来たってワケ。
俺は盛り上がれるような曲を全力で歌ったよ。
下手は下手なりに。
だけど。
「ぎゃはははは!」
「お前、上手すぎだろ!笑わせるのが!」
榎本と大堀の笑いものにされてしまった。
笑いを取るイジリでは全くなかったから、同調する奴らはいなかったけど。
ちなみに、紗季と松久保は俺のことなんて気にせず、ちゅっちゅしていたよ。
さらに、ちなみに、熊谷さんは両隣に榎本と大堀が座っていて、
小さくなっていた。
へこまされて、また壁の花になることにした。
俺が歌い終わってしばらくしたら、隣の部屋から学級委員がやってきた。
「じゃあ、部屋替えするよ~。もう一度、くじを引いてね!」
くじを引いたら、また、紗季、松久保、榎本と大堀と同じ部屋だった。
無理。
もう無理だ。
心がぽっきりと折れてしまった俺は、
隣の部屋に入ろうとする須藤に「先に帰るわ。」って伝えて帰ろうとした。
「私も一緒に帰る!」
俺のシャツの袖を熊谷さんがつまんでいた。
「ああ、熊谷さんもまた、俺と一緒の部屋だったよね。じゃあ、帰ろうか。」
「クソ陰キャだけ、帰れ!」
「痛い!」
榎本の怒声とともに、尻を蹴られ、前につんのめった。
「熊谷は最後までいろよ。俺が送ってあげるから。」
「いや、二人で送るぜ~。」
榎本と大堀が、嫌がる熊谷さんの肩を無理やり抱いていた。
闘志がガツンと蘇ってきた。
「すいませ~ん!」
榎本たちを睨みながら大きな声を出すと、店員さんが飛んできた。
「どうしました?」
揉めていることに気づいたらしく、店員さんが不審そうな目を榎本と大堀に向けた。
店員さん、ぐっじょぶ!
少しひるんだ榎本と大堀から、熊谷さんがするりと抜け出した。
店員さんに大きな声で問いかけた。
「僕たち2人だけ、先に帰りたいんですけど、大丈夫ですか?」
「大丈夫ですよ~!」
「ありがとうございます!じゃあ、行こうか!」
店員さんの目が光っているうちに、熊谷さんの手を掴んで逃げ出した。
「やれやれだぜ。」
しばらく歩いて、立ち止まるとやっぱりこのセリフを呟いた。
「前もこんなことあったよね!」
熊谷さんの弾んだ声が聞こえて、ようやく手を掴んでいることに気づき、
慌てて手を離した。
「まただ!ごめんね。」
「ううん。助けてくれてありがとう。」
てれてれと見つめ合っていると、大きな足音が近づいてきた。
「クソ陰キャが!ふざけてんじゃね~ぞ!」
怒り狂った榎本が追いかけてきたのだ。
「しつこいな。熊谷さんに嫌われているの、分かんないの?」
「・・・お前ら、付き合っているのかよ?」
「いいや。俺って、クソ陰キャだから無理だろ?」
俺の応えに榎本はふ~と一息つくと、好戦的な笑みを浮かべた。
「まあ、どっちでもいいや。
お前をぶちのめすのは変わんないから。」
言い終わると榎本は右腕をぐるぐる回して威嚇してきた。
俺はスマホで録画を始めていて、熊谷さんにそのスマホを渡した。
「録画しているから、止めておいたら。」
「ふん!お前をぶちのめして、そのスマホを取り上げたら済む話だろ?」
榎本はニヤニヤと笑っていた。自信たっぷりだ。
我が校は一応だが進学校なので、そんな凶悪な奴はいないハズだけど・・・
俺は喧嘩なんて初めてだけど、リングの中で向かい合うことに比べたら
なんてことなかった。
ビビらない俺に少し意外そうにしながらも、
榎本は無造作に近寄ってきて、大ぶりの右フックを放ってきた。
俺は左腕でその右フックをガードし、右拳を小さく、鋭く、榎本のボディに叩き込んだ。
「おげぇ~。」
良い所に決まったようで、榎本は体をくの字にまげ、
ひざをついて、嘔吐いていた。
「これにこりて、もう俺たちに近づくんじゃね~ぞ。」
冷たく言い捨てて、熊谷さんを促し駅に向かって歩き出した。
極まった!俺って、カッコよくね?
「ありがとう。強いんだね。」
榎本に聞こえて刺激しないよう、熊谷さんが耳元で囁いてきた。
くすぐったい!
お礼を言われて、褒めてくれて、気分がアガる!
「あいつが舐めきっていただけだよ。」
謙遜しながらちらっと見てみたら、熊谷さんから尊敬の目で見られている~!
くうぅ~!
「ずいぶん余裕だったけど、喧嘩慣れしているの?」
「喧嘩は初めてだけど、格闘技を習っているんだ。
週1回だけ、エクササイズ・ボクシングなんだけど・・・」
「エクササイズ?」
「うん。試合とか、プロとかは目標じゃないんだ。
まあ、たまに強い人とスパーリングして、ぼこぼこに殴られるけど。」
「え~、痛くないの?」
「痛いけど、ヘッドギアとかしているし。」
「凄いね、また、守られちゃったね。」
恩が負担のような口ぶりだったので、なんとか冗談を口にした。
「・・・じゃあ、また、ハーゲン奢ってあげようか?」
「逆!私が奢るから!」
「うん、ごっつあんです。」
熊谷さんと微笑みあって、今日はいい一日だったって思ったよ。
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