第5話 高1 ・ 5月③
連休があけて、ようやく堂々と顔をあげて教室に入ってみた。
「おはよ~。」
いつもより少し大きい声を出してみたけど、誰も反応してくれなかった。
少し凹みながら、席に向かって俯きながら歩いていると、
「あっ!」
って声が聞こえた。
顔を上げると、目の前に驚いた表情の眼鏡女子が立ち上がっていた。
「あっ。」
昨日、変な老人から助けた女の子だった!
あわわ!
同じ学校どころか、同じクラスだったのか!
どうりで見たことあるような気がしたよ!お互いに、な。
彼女も気まずそうなカンジだ。
名前を思い出そうとするが、真っ白になったまま頭が全く回らない!
ていうか、女子の名前なんて紗季以外、誰も知らない!
どうする?
「・・・どうも。」
「おはよ。昨日はありがと。」
無理だ!
思い出せん!
「・・・えっと、ごめん。名前教えてくれないかな。」
「ひどい、ひどい!クラスメイトを覚えていないんだ!」
恐る恐る尋ねてみたら、女の子は可愛らしくプンスカ怒ったあと、微笑んだ。
「熊谷悠里だよ。」
「熊谷さんね。よろしく。」
「うん、よろしく。で、君の名は?」
今度はテヘペロっていう感じだった。やっぱり可愛い。
「知らんのか~い!鮫島金吾だよ。」
お互い恥ずかしそうに笑ってたら、周りの注目を一身に浴びていた。
「「じゃあ。」」
自分の席の近くで、もう一度、
「おはよ~。」
って言ったら、「おはよう。」って返された。
後ろの席の須藤雄太郎っていうテニス部の、気配りが行き届いている奴だ。
「お前、熊谷と友達だったっけ?」
いつもは挨拶だけだけど、珍しく須藤が興味津々に尋ねてきた。
「いや、昨日、ショッピングモールですれ違ったけど、
お互い、「あいつ、見たことあるけど、誰だっけ?」っていう感じだったんだ。」
「ああ、お前、黒板か机しか見てないもんな。」
須藤は呆れたようで、大きく手を広げて首を振った。
「ところで、今日は来週の校外学習の班を決めるんだぜ。」
「そうなんだ。」
また、須藤は呆れたようで、大きく手を広げて首を振った。
「お前、興味なさそうだけど、
女の子と仲良くなれる楽しみなイベントなんだぜ!
男子2人、女子2人で班を作るんだけど、
男子は仲がいいやつと、女子とは抽選らしい。」
「そうなんだ。」
またまた、須藤は呆れたようで、大きく手を広げて首を振った。
オーバーアクションな奴だな。
「お前なあ~、ほんっと~うに!なんにも興味ないのかよ!
まあ、いいや。
俺が一緒の班になってやろうか。」
「おお、ありがとう。」
「おう。」
鮫島はほんと、いい奴だ。
2週ほど前か、男子トイレの掃除当番が初めて回って来た。
担当する1階の男子トイレに一番乗りだったので、早速一人で掃除を始めた。
しばらくして、2人の背の高い奴らが騒がしくしながらやって来た。
「うぇ~い、トイレ掃除ってサイアクだよな!
あれっ、須藤がいないぜ?」
「なんだよ、アイツ!でも、ちゃんと、いい奴が頑張っているじゃね~か。
なあ、俺たち、クラブに行かなきゃいけないんだ。
悪いけど頼んだぜ。ぎゃはははは!」
俺の返事も聞かず、2人の男子は回れ右をして、大笑いしながら去って行った。
しょうがないので、一人、真面目にトイレ掃除を続けた。
しばらくしてやって来たのが須藤だったんだ。
「あれ?榎本と大堀は?」
「えっと、2人はクラブに行くって・・・」
「で、お前一人でトイレ掃除しているわけ?」
「ああ。」
「バカか、お前。アイツらを止められないなら、誰かを頼れよ。」
「・・・頼れるヤツがいないんだ。」
須藤ははぁ~って大きなため息をついた。
「お前が俯いてばかりいるからだよ。
お前、アイツらに面倒なこと全部、押し付けられるぞ。
でも、頼めば助けてくれる奴が絶対にいるぜ。
なあ、何があったか知らないけど、
一人で抱え込まないで、周りを頼ろうぜ。」
須藤は俺の肩にバシッと手を置いて、一呼吸、貯めた。
「もちろん、俺を一番に頼ってくれていいぜ。」
須藤は二カッと笑って、親指でビシッと自分を指した。
そして、張り切って一緒にトイレ掃除してくれたんだ。
体育の時間も、ペアで準備体操するとき、
一人ポツンといる俺を誘ってくれたりもした。
須藤は他に仲のいいヤツも多いのに。
ほんとにいい奴だ。
ホームルームの時間、学級委員の司会で来週の校外学習の班決めが始まった。
「じゃあ、まずは男同士、女同士でペアを作ってください。
出来たペアは、教卓にあるくじを引いてください。
同じ番号を引いたその4人で班となります。」
もうほとんどペアが出来ていたようで、
代表者がくじを引くべく、ぞろぞろと教卓に向かっていた。
「おい、鮫島。いいくじ、引いて来いよ。」
「ダメでも文句は言うなよ。」
教卓に向かい、くじを引いたら3番だった。
番号を声に出しちゃダメとのことなので、
黙って席に戻って、須藤にくじを見せた。
と、隣の席の男が声をかけてきた。
「おい、くじを交換しようぜ。ほら。」
たしか榎本貴斗ってバスケ部の奴で、
マウント取るのが好きなイキリ野郎だ。
俺たちの、3番のくじが当たりってことか?
「いやだ。」
須藤と相談もせずに、きっぱりと断ってやった。
「なんだ、このクソ陰キャが?」
榎本と一緒に、その後ろの席の大堀直之っていうサッカー部のウェイ野郎が
俺を睨め回してきたが、じっと睨み返してやった。
「そこ静かに!じゃあ、1番は手を挙げて。」
司会の学級委員が榎本たちを注意して、男女の班決めが始まった。
3番の女子は昨日、変な老人から助けた熊谷さんたちだった。
「やった!当たりだよ!ナイスゥ!」
やっぱり当たりだったようで、満面の笑みを浮かべた須藤に
バンバン背中をたたかれた。
そのあと、班の組み合わせが決定して分かれるとき、榎本の奴に机を蹴られた。
痛くないからどうでもいいけどな。
「よろしく~。」
軽くそう言いながらやってきたのは
熊谷さんの前に座っているショートカットの女子だった。
名前はもちろん知らんけど。
「よろしく!」
須藤がニコニコ笑顔で歓迎すると、
ショートカット女子は何か企んだような笑顔を浮かべた。
「この子ね、さっきまで鮫島のこと知らなかったんだよ。
悠里、コイツの名前、知っている?」
ショートカット女子が須藤を指さすと、
熊谷さんは動揺しているようで目が泳いでいた。
「ごめんなさい。」
「が~ん!って気にしてないよ。
須藤雄太郎、テニス部だよ。」
須藤が真っ黒に日焼けした顔をほころばすと、白い歯がきらりと光った。
精一杯のかっこいい顔だ!
「で、鮫島、アンタはさっきまで悠里のこと、名前も顔も知らなかったよね?
アタシの名前は知っているのかな~?」
ショートカット女子はニヤニヤしていた。
当然、そうくるよね・・・
「あっはっは~、ごめんなさい!」
「はあ、女子の名前を知らないなんて、サイテ~!」
わざとらしくため息をついたけど、ショートカット女子はニッコニコで、
須藤も熊谷さんもニッコニコだった。
「「うんうん!」」
「ひでえ!熊谷さんだって、須藤のこと知らなかったじゃないか!」
俺が反論すると、ショートカット女子は可愛い子ぶりっ子ポーズをキメた。
「だって~、須藤はモブだから~、知らなくていいけど~、ほら、アタシは可愛いじゃない?」
「「ひでえ!!」」
俺と須藤がハモってしまうと、ショートカット女子はケラケラ笑った。
「木岡ユイカだよ。忘れないでね。」
「よろしく。」
班ごとの顔合わせが終わると、司会の学級委員が大きな声をだした。
「郊外学習だけど、班ごとに、午前中は市内施設を見学、
最後は有馬温泉か、神戸空港のどちらかで先生に報告して終わりです。
途中、外国人に英語で話しかけて、4人と一緒の写真を先生に見せてください。
行き先は班で相談して決めてください。
じゃあ、解散。」
「なあ、この4人で、ラインで繋がろうぜ。
で、行きたい所を考えて、相談しよう。」
須藤がウキウキとしながら提案した。
うん、わかる。
熊谷さんは綺麗だし、木岡さんは可愛いもんね。
「いいよ~。」
「はい。」
須藤、熊谷さん、木岡さんが互いのスマホを近づけていた。
「ほら。鮫島も。」
「えっと、どうしたらいいの?」
「まさか、知らないのか?」
「だって、この4月になって初めてスマホ手にしたし、
繋がっているのはお姉だけだし・・・」
一番に紗季と繋がって、買った当日は寝ないでやり取りしていたけど・・・
フラれて、1週間は連絡くるかもって女々しく待っていたけれど、
なしのつぶてだったので、削除しちゃったんだよな・・・
その後に連絡、もらってないよね?あるわけないか!
「へえ~、そんな奴いるんだね。」
「うんうん。」
木岡が妙に感心すると、熊谷さんも肯いていた。
「お前、クラスライン入っていなかったのか?
すまんな。招待しようか?」
「ありがとう。でも、今まで問題ないから、別にいいわ。」
「ゴールデンウィークにみんなでカラオケ行ったんだぞ。」
紗季はカラオケ大好きだし、松久保琢磨と一緒に行ったんだろうな・・・
「そうなんだ。・・・カラオケは行きたくないから、別にいいよ。」
「なんだ、お前、音痴なのか?いやあ、楽しみだ。
また今度、一緒に行こうぜ。」
須藤が俺の内心を察知して、ニヤニヤと笑っていた。
すると、木岡が俺のスマホを取り上げ、みんなと繋げてくれた。
「はい。こんな美少女二人と一番に繋がれて、君は幸せ者だな!」
「ほんと、最高です!」
木岡の冗談に乗っかってやると、木岡にジト目を向けられた。
「・・・アンタ、結構、ノリがいいじゃん。
なんで、ボッチだったのよ?」
「まあ、いいじゃない。じゃあ、そう言うことで。」
立ち上がって周囲を見渡すと、紗季は松久保琢磨と同じ班だった。
ほんとに運命かもな、悔しいけど。
ちなみに、榎本と大堀に睨まれていたけど、
あいつらの班の女子は地味な子たちだった。残念!
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