第4話 高1 ・ 5月② 

夜木紗季の母


この3連休は、顧問をしているクラブ活動が休みだった。


だから、私は折り込み広告を見て、

いつもより遠いスーパーに買い物に来ていた。


すると、見たことのある男の子がキャベツを選んでいた。


娘、紗季の恋人であり、亡くなってしまった親友の息子、金吾くんだ。

「金吾くん、ひさしぶりね!」


3月まではしょっちゅう我が家に来ていて、

私のつくったご飯を美味しいって、たくさんお代わりしてくれて、

息子が出来たみたいで嬉しかったのに。


高校入学後、ぱったりと来なくなって、少しさびしかった。


「あっ、おばさん。お久しぶりです。」

応えてくれた金吾くんの表情が曇ってしまった。


いつも、私にも、お父さんにも、笑顔で親しく話してくれたのに、

どうしたんだろう?

久しぶりだからかな?


「ちょっと、そこのイートインでお話しましょ。

おばさん、飲み物、おごっちゃうから!」


「・・・はい、ありがとうございます。」

金吾くんはよそよそしい丁寧さで応えてくれた。


「ねえ、高校生活はどう?クラブが忙しいのかな?

また、私のご飯を食べに来て欲しいわ~。

お父さんも、将棋で、新しい戦法を覚えてね、

早く金吾くんに勝ちたいってうるさいのよ。」

違和感を感じながら、普段通り話しかけた。


「あの・・・よ・・・紗季さんから聞いてないですか?」


紗季さん!

小さい頃からずっと紗季って呼び捨てていたのに!

どうして、そんなよそよそしく言うの?


「・・・なにを?」

「俺たち・・・別れたんです。」

「えっ!う、嘘だよね?」


辛そうに答えた金吾くんが嘘をついているなんて思わないけど、

全く信じられなかった。


だって、紗季はずっとご機嫌で学校へ行ってる。


去年は金吾くんとちょっと喧嘩しただけでも、機嫌悪かったのに、

もし別れたなら、泣いたり、怒ったり、大変なことになるじゃない!


「ねえ、本当に?なんでなの?それ、いつの話なの?」

黙り込む金吾くんに質問を重ねた。


「なんで・・・俺の魅力が足りないから、ですね。

別れたのは入学式の日です。」

金吾くんが消え入りそうな声で答えた。


私は信じられない思いから、言葉を選ぶことが出来なかった。

「嘘よ。だって、入学式の日は紗季、家に帰ってきたら、すっごく嬉しそうで、

高校生活が楽しみだって・・・」


金吾くんは私をきっと睨みつけてきた。


「だから!入学式の日に!出会った男と!恋に落ちたんですよ!

一目ぼれだって!運命の恋だって!

辛そうだったのは、俺に別れを切り出す時だけで!

それからは!新しい恋人と!ずっと!ずっと!楽しそうですよ!」


金吾くんは溜まっていた毒を思いっきり吐き出した。


「そんな・・・ごめんなさい。」

紗季がそんなひどいことを!


金吾くんが可哀そうで仕方ないけれど、同時に紗季を守らなくてはと

心の中で構えた。


だけど、金吾くんは憑き物が落ちたようで、

この1年で急に広くなった肩を縮こませた。


「・・・ごめんなさい。おばさんに怒鳴っちゃって。

お母さんが亡くなったあと、凄く助けてもらったのに・・・」


「そんな!私こそ、あなたのお母さんからあなたを助けてほしいって

頼まれていたのに・・・」


謝罪の言葉を連ねようとした私を制して、

金吾くんは立ち上がって、私をまっすぐに見据えると深く頭を下げた。


「自分のほうこそ、です。

紗季さんと縁が切れてしまったんで、

これまでのお礼を言いに行くべきだったのに、

すくんでしまって、行けませんでした。

今まで、本当にありがとうございました。」

上げた顔はもうすっきりとしていた。


「・・・もう、立ち直ったの?」

「そうですね、もう1か月経ちましたから。

高校生のカップルが別れるなんて当然ですよね。」


苦笑いしている金吾くんの表情には、

紗季に対する恨みつらみはないようなのでホッとした。

こんなにいい子なのに・・・


「そう。でも、もし、困ったことがあったら、相談してね。

出来る限りのことはさせてもらうから。」

「はい。その時があれば、お願いします!」


そんなことはないだろうとお互いに思いながら、

お互い笑顔を無理やり浮かべて別れた。

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