第3話 高1 ・ 5月
4月が終わって、ゴールデンウィークに入った。
「フラれたからって逃げるな!
勉強やクラブ、なんでもいいから頑張って、あのクソアマを見返してやんな!」
お姉に尻を蹴っ飛ばされた俺は、重い足を引きずって毎日ちゃんと登校していた。
だけど、自分のことが全く価値のない人間に思えていた。
落ち込んではお姉に励まされて前を向いて、なのに、また落ち込んでまた励まされた。
紗季は入学式の翌日から松久保琢磨と付き合い始めたらしく、
いつもイチャイチャしていた。
お似合いだの、ベストカップルだの騒ぐクラスメイトたちが苦々しかった。
二人のイチャコラを見るのがつらくて、うつむいて自分の殻に閉じこもっていたら、友達作るチャンス期間はとうの昔に過ぎ去っていたよ・・・
ボッチだ。
せめて、紗季が一緒のクラスじゃなかったら、
ずっとうつむいてばかりじゃなかったのに。
ほんと、こんなハズじゃなかったのにな・・・
中学時代の友達に会えば、紗季との関係を100%訊かれるので、
会いたくないし・・・
★★★★★★★★★★★
フラれてから約1か月経過して、半分くらいは回復したけれど、
毎日、家でごろごろしたり、本を読んだり、ゲームをしていたら、
「鬱陶しい!出て行け!」
また、お姉に尻を蹴られてしまった。
フラれた当日の蹴りは姉弟愛を感じたけど、
さっきのは女の子の日の八つ当たりだな。
しょうがない、どこか出かけるか。
もちろん、一人で。
紗季とは三宮、元町、ハーバーランドあたりをデートすることが多かったから、
会わない可能性が高い、郊外のショッピングモールへ行こう。
買う気もないのに、春物、夏物の服を冷やかし、
最後に本屋でうろうろと物色した。
イラストが一番気に入ったラノベ
『幼なじみにフラれ長い暗黒トンネルを抜けるとハーレム天国だった』
を買ってしまった。無人レジって最高だよね!
ホクホクしながら、自転車置き場に向かって歩いていると、
向こうから男の怒声が響き渡った。
何事だろうと近づいていくと、
背の高いおじいさんが高校生くらいの眼鏡女子を怒鳴りつけていた。
「ぶつかっておいて、謝らないって何事だ!
失礼だろう!
今どきの若い奴らは・・・」
すれ違いざまに肩がぶつかるなんて、お互い様だろうに・・・
女の子は理不尽な罵詈雑言に目を見開いたまま固まっていた。
女の子は連れもいないようで、
また歩いている家族連れや近くで座っている老人たちが近くにいるが
喚き散らす老人を誰も止めようとはしなかった。
そりゃ、あんなジジイに関わりあいたくないもんな!
だけど!
「お待たせ。」
俺は怒り狂った老人に会釈しながら、女の子との間にすっと入り込んだ。
「この子がすいませんでした。
じゃあ、失礼します。」
それだけ言うと、困惑している女の子の手をつかんで、
老人から遠ざかろうとした。
「こら、待て!」
「痛い!」
老人が持っていた杖で俺の足をぶん殴りやがって、
結構痛かったけど、気にせずそのまま逃げだした。
「待たんか!このガキども!」
老人はその場でより一層の怒声をあげ、さらに杖を振り回しているらしく、
後ろからお客さんたちの悲鳴が響いた。
早歩きで遠ざかり3回ほど角を曲がると、
その騒ぎが聞こえなくなったので、立ち止まった。
「やれやれだぜ。」
かっこつけて顔を左右にふると小さな声が聞こえた。
「あの・・・手を・・・」
手を繋いだままだった!知らない女の子の手を!
慌てて手を離して頭を下げた。
「ごめんなさい!」
「いえいえ、そんな。
助けてくれて、どうもありがとう!
突然、喚かれて、ビックリして動けなかったんだ・・・」
女の子がそう言ってくれたので、頭をあげて見つめ合った。
女の子は同い年くらいだろうか、俺より背が10センチくらい低く、
上品な恰好がとても似合っていた。
長くつややかな黒髪が素敵で、眼鏡の奥の瞳は知的に輝いていた。
うん?
お互い、ほんの少し、首をかしげた。
どっかで見たことあるような・・・
でも、思い出せず愛想笑いを浮かべたら、女の子も愛想笑いを浮かべていた。
よかった、向こうも俺のこと、知らないようだ。
きっと、他人の空似だよね!
「あの。叩かれていたけど、大丈夫ですか?」
女の子が心配そうに、杖で叩かれた俺の足を見つめた。
「ああ、大丈夫、大丈夫。
うん、それじゃあ。」
手を挙げて、背を向けようとしたら、引き留められた。
「ちょっと待って。お礼をしたいの。」
「いや、大したことなかったし。」
「でも・・・」
「うん、その気持ちだけで充分だよ。じゃあ。」
再度、別れの挨拶をすると、今度は綺麗な笑顔を浮かべてくれた。
「ありがとう!」
紗季にフラれて、自分が全く価値のない人間だと思っていた。
アンタはちゃんとした人間だって何度もお姉に励まされた。
そして、さっきの彼女からお礼の言葉をもらって、久しぶりに誇らしさを感じて、
俺だって誰かの役に立つんだってようやく思い出した。
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