第2話 高1 ・ 4月 ②

鮫島 桃子


夕方、家に帰ってくると、外灯も家の中も灯が点いていなかった。


せっかく高校の入学祝いで美味しいケーキを買ってきてやったのに!

バイトに疲れているのに、お土産を買ってきてやったに!

今夜は金吾のやつが食事当番だったのに!


紗季ちゃんとまだ、イチャコラしてやがるのか?

おおっ?


この、優しくて、綺麗な姉を差し置いて!

おおっ?


帰ってきたら、ぶん殴ってやる!


そう思いながら、リビングの灯を点けたら、ソファに金吾が横たわっていた!


「うわぁ!びっくりした~!アンタ、灯くらい点けなよ!

って、どうしたの?泣いてんの?」

「いや、なんでもない。」


そう言って起き上がった金吾の声は、小学校の低学年の頃、

イジメられていた時のような弱弱しさで・・・

その頬は涙の跡がくっきりとついていて、

その目は涙を流しすぎて真っ赤になっていた。


「いや、あるでしょ!おら、お姉ちゃんにすべて、言いな!」

大事な弟を守らなきゃ!

私は金吾の肩をぐっとつかんだ。


金吾はどうしようかと少し迷った後、そっとつぶやいた。

「・・・紗季にフラれた。」


いやいやいや、ありえないでしょ?

長いエモエモ期間がようやく終わって、付き合い始めたばっかりで、

今朝も、あんなにラブラブだったじゃない!


「はあぁ!・・・噓でしょ?ちょっと喧嘩しただけでしょ?

ちゃんと謝ったら仲直りできるって。大げさ・・・」


「もう無理だって!これは運命だって!あの男に一目ぼれしたんだって!

だから別れてくれって!」


私を遮り金吾はそう叫んだあと、ぜえぜえと荒い息を吐くと、

がっくりと俯いた。


「・・・同じクラスなのに、幼なじみだってバレないようにしろって。

だから、絶対に無理なんだよ!」


今朝との変わり具合に、茫然となってしまった。

「噓でしょ・・・」


金吾の泣きはらした姿を見つめていると、沸々と怒りが湧き上がってきた。

ドンと床を踏みつけUターンする。


「どこ行くの!」

「ぶん殴りに!あのクソアマを!」


「待てって!」

弾けるように立ち上がった金吾が私の腕をつかんだ。


「アンタは悔しくないのか!

今まで、あの子のためにめちゃくちゃ頑張ってきただろ!


アンタのお陰で、あの子は高校に合格できたんじゃないか!」

「そうだけど! 悔しいけど!・・・もういいんだ!

しょせん、高校生の恋愛なんて、そんなもんだろ!」


「でも!」

その後の言葉が思い浮かばなかった。


フラれたと相談してきた友達には

「新しい恋を見つけなよ。」

って簡単に言えたのに、金吾には言おうとも思わなかった。


小学校の低学年の頃、イジメられていた金吾を守ってくれた紗季。

その紗季に恩返しをすべく、ずっと頑張っていた金吾。


そして、長い間、紗季に片思いしていて、

ようやく恋人となれたって喜んでいた金吾。


あの、クソアマ!


金吾が無理やり笑顔を浮かべようとしたので、可哀そうで胸が痛くなった。


「ありがとう。でも、ぶん殴るときは俺がやるから。」

「・・・甘いから出来ないだろ、アンタは。」


「ごめん。」

「・・・今から焼肉に行くぞ!お姉に逆らった罰だ、死ぬほど食わしてやる!

行くぞ!」

私は弟の手を掴んだ。


8年ぶり?くらいに繋いだ弟の手は大きくて温かかった。


★★★★★★★★

鮫島 金吾


1年前のバレンタイン・デー。

いつもどおり、紗季がチョコを持ってきてくれた。


その前のクリスマスにプレゼントしたオレンジ色のマフラーが

似合っていて滅茶苦茶可愛い。


チョコがこれまでより、すっごく大きい!やった!


お姉が俺たちのことを柱の陰からうかがっているので、近くの公園まで避難した。


そんな俺を紗季が愉快そうに見つめていた。

「どうしたの?」


「うん・・・あのね、俺、紗季のことが好きだ!俺と付き合ってくれ!」

びっくりした紗季は、目を大きく見開き、両手で口を隠した。


そんな仕草も可愛いな。

紗季の瞳を見つめると少し潤んでいた。

「・・・うん。でも、私より背が高くなったらね!」


当時、紗季は成長期終盤、俺は始まったばかりで、

紗季の方が10センチ近く背が高かったんだ。


微笑む紗季に魅了され、俺も自然に笑顔となっていた。

「すぐに抜いてやるよ!」

「うん、待ってる。早くしてね!」

もう、こいつ、ほんとに可愛いな!


「高校はどこ行くつもり?」

紗季の志望校は俺よりワンランク下だったハズ。


「やっぱり、金吾と一緒の高校に行こうかな・・・」

「一緒に行こうぜ!」

「じゃあ、数学、教えてね!」

「おう!」


・・・付き合っていないけど、紗季と一緒に勉強した。


特に紗季が部活を引退した夏休み以降は週に何度も。


週に2度、紗季のお母さんがつくった晩御飯を、

紗季の家族と一緒にごちそうになった。


日曜日には、紗季のお父さんと将棋を1局、指すようになった。

お互い、へぼだけど。


毎日、牛乳を1リットル飲んで、肉をいっぱい食べた。


で、今年のバレンタイン・デー。


いつもどおり、紗季はいったん家に帰り、ちゃんと着かえてから

我が家に来てくれた。


その時、背の高さはほぼほぼ追いついていた。

「好きだよ、金吾。」

紗季は恥ずかしそうにそう言って、手作りのチョコをくれた。


「イエス!」

家の中で、二人っきりだったから大声で喜んでしまったよ。


「入試に合格したら、いっぱいデートしようね。」

って言われて、うんうんうんうんって何度も肯いちゃったよ。


そして、同じ高校に合格して、ちゃんと恋人になったんだ・・・


それなのに。


はぁ~。


いい夢見させてもらったよ。あばよ!


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