第34話 エマさんとお出かけします 後編

 昼食を食べながら、エマさんと話を続けます。エマさんの最近の悩みは、戦士職として人界に降りた時の事だそうです。

「人界に降りて魔物を狩る戦士の数が足りないのよね。人界が広すぎて、私達の手が行き届いていないの。勿論あちらでも、自衛の為に人間の軍や冒険者が魔物狩りをしているのだけど、やっぱり被害は出てるわ」

 エマさんが憂鬱そうに溜息をつきます。人界に降りた際に様々な状況を見てきたのでしょう。

 魔物は不老でも不死でもない代わりに、総じて繁殖力が高く、数を減らすのが非常に難しいのだそうです。そんな獰猛で人を好んで襲う危険な生き物が、人界に蔓延っているのです。

「魔物の被害を止めるのは難しいですよね」

 私も想像しただけで切なくなります。人同士の戦争も悲惨ですが、異形の化け物による一方的な殺戮もまた悲惨です。

 そんな存在が跋扈する世界で生きるしかない人々の嘆きは、どれほどのものでしょう。

 いくら天界から戦士が派遣されていても、それだけではとても追いつかないくらいに魔物の数が多いのです。

 そして、守るべき人間の数が多すぎて、あちらこちらに戦力を分散させねばならない事も、防衛を難しくしています。

 本来ならば天界としても、特定の地域や国を贔屓していると思われないように、できる限り満遍なく戦力を派遣したいところです。ですがそれをするには、戦士の数が足りないのです。

 結果として天界の戦力は、人界の中でも特に魔物被害が大きい時期や地域に限定して手助けをする程度に留まっているとの事です。

 人界の人々にとって天界からの手助けとは、有難いものであっても、身の安全を任せられる程信頼できるものではないでしょう。もしかしたら、神々の気まぐれ程度に思われているかもしれません。


「やはり、戦士の数が足りないのが、一番の問題ですね」

「そうね。私達がいくら頑張っても、人々が住むすべての地域を網羅する事はできないもの」

 解決策が見つからない問題に、二人揃って息を吐きます。

 この前調べたところ、天界の総人口は八千万程度でした。エマさんによると、そのうち戦士職につくのは、全体の四割程度だそうです。

 そしてその四割の中から更に、天界を守る為にも戦力を割かねばならないのです。

 その程度では到底、人界全体の治安を守れるだけの数には足りません。

 ……ですが、人口を急に増やすのは難しいのです。

 神族にしても天使さんの卵にしても、元は聖樹の実から孵っているのですが、聖樹に命を宿らせられる数には限りがあります。聖樹本体の負担にならないように、数が厳密に決められているからです。

 神族よりも天使さんの方が人口が多いのは、聖樹の実から直接成体で孵る神族よりも、卵として成る天使さんの方が、聖樹にとって負担が少ないからです。

 天使さんの卵を孵す為に神気やポイントを注ぐのは神族の役目なので、聖気を孵化に使わない分、聖樹の負担が軽くなるのです。

 それと、通常の出産によって増える人口の数も限られています。神族も天使も妊娠しづらい種族である上に、妊娠期間が十年にも及ぶからです。

 そうした理由から、天界には人口を一気に増やす手段がないのですよね。


「ハンプタン様が計画している動画配信で都市に住む聖獣さんが増えてくれたら、その分だけ戦士職も増えてくれるかもしれないって期待したいところね」

 エマさんがちょっといたずらっ子っぽい表情で笑いかけてきます。私はそれに驚いて瞬きしました。

「ええっ、動画配信って、都市に住む人向けのものじゃないんですか? 野生に住む聖獣さんに向けて、都市に住んで下さいって呼びかけるものなのですか?」

 ここで動画の話に繋がるとは思ってみませんでした。

 ……エマさんに言われて気づきましたが、そういえば天界には、人口に集計されていない方達がまだ存在するのでした。それは野生の聖獣さん達です。

 もし彼らが都市に移り住んで下さるのなら、ある程度は人口を増やす事ができます。

「確かに、もし野生に住む聖獣さんの中から戦士となっても良いと考える方をスカウトできるなら、戦力の増強になりますよね」

 そして戦士の派遣を増やせるなら、その分だけ魔物を多く倒せるようになって、人界の人々の安全度は上がるでしょう。

 問題は、果たしてそれが可能かどうかですけども。


「ハンプタン様がどちらに向けて動画を配信するつもりなのかはわからないけど、もしそうなったなら嬉しいわ。私も気の合う子がいれば、聖獣さんと一緒に暮らしてみたいと思っているのだけど、そもそもの出会いがないんだもの」

「エマさんも聖獣さんと同居してみたかったのですか。そういえば毎日のように山を歩き回っている私でも、聖獣さんを見かけたのは遠目に数回だけです。しらたまさん達に出会うまでは、お話した事もありませんでした。……聖獣さんと出会う機会がなければ、仲良くもなれないですよね」

 普段、都市から出ない人は尚更、出会いの機会に恵まれないようです。それならばやはり、野生に住む聖獣さんに向けてアピールした方がいい気がします。

 ちょうど私は動画配信の話を持ち掛けられているのですから、ハンプタン様にそれを訊いてみる術はあるのですよね。


 ……私も動画配信をすれば、戦力増加の手助けをできるでしょうか。

(勿論、聖獣さん達の意思が一番大事ですけど。戦いや都市での暮らしに興味のある方に呼びかけてきっかけを作るくらいなら、もしかしたら私にもできるかもしれません)

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