第23話 ハニャさんに相談します 前編

 電話で事前に「仕事以外の相談をさせてもらってもいいでしょうか」と確認したところ、ハニャさんは快く承諾して下さいました。

「僕はミモリくんの担当官なんだから、どんな相談でも受け付けるよ。遠慮なく頼って欲しい」

 穏やかな口調でそう言って下さって安心します。

 出来るだけ早くに相談したかったので、急遽本日の採取を取り止めてハニャさんに会いに行く事にしました。

 しらたまさんとちまきさんには、家でモリエルさんとお留守番していてもらう事にします。お話をするだけなら同行してもつまらないでしょうし、モリエルさんと一緒に畑にでも行っていた方が楽しいでしょう。


 採取課へと向かいます。

 ちなみに採取課が「ギルド」ではなく「課」なのは、ギルドを運営するだけの利益が出なくて、人員も揃っていないからだそうです。それでも利用する者の為に存在自体は必要なので、国営のような形になっているのだとか。

 ……そんな採取課のちょっと悲しい内情は置いておいて、ですね。

 採取課の建物内にある談話室に、ハニャさんと二人で入室します。

 そこで改めてハンプタン様から届いた招待状を見せて、「今朝、こんな物が届いたのですが、どうしたらいいかわからなくて」と、相談を切り出しました。



「お聞きしたいのですが、面識のない方からいきなり招待を受けるというのは、普通なのでしょうか?」

 訊きたい事は沢山あるのですが、まずは基本から確かめてみます。

「相手や状況にもよるけど、普通の範囲内だと思うよ」

 なんと。既にそこから前提が違いました。今回の招待は普通の範疇だったようです。

 単に私に馴染みがなかっただけで、もしかしたら日本でも上流階級では、お茶会で初めて面識を得るのは普通なのでしょうか。

「そうなのですか?」

 いまいち想像がつかなくて、私は首を傾げます。

 そもそも私は。前世で一度もお茶会に参加した事がないので、礼儀も作法も着ていくべき服装の規定も、何もかもわからなくて、困惑してばかりなのです。アドバイスを求めようにも、何を聞けばいいのかすらわからない状態です。


「面識がないからこそ、親しくなる為に話がしたいって事だよね? 今回はお相手の方が高名で信用ある立場の方な訳だし、特に問題ないと思う」

 ハニャさんが私の様子を見て、不思議そうに小首を傾げます。どうやらこちらが何に困っているのかわからない様子です。ハニャさんの前世は地球とは違う世界ですし、神族になったのも随分と前のようですから、常識の前提が私とは違うのかもしれません。

「……なんだか、前世とは違い過ぎて戸惑ってしまいます」

 どうしたら今の困惑具合を伝えられるのかわからず、私は頬に手を当てて、深く考え込みました。多分私は今、とても困り顔になっている事でしょう。

「そうなのかい?」

 ハニャさんも私の困った様子に、目を瞬かせました。

「はい。もしも前世で政治家の方から理由もわからずに招待を受けたとしたら、訝しんで警戒したと思います。その招待主が男性であったなら、身の危険の可能性さえ考えたのではないでしょうか」

 私は頭の中で言いたい事を整理しながら、ゆっくりと所感を述べます。

 この言い分では、日本の政治家の方をまるで信用を置いていないという事になってしまいますが、普通に考えて、面識も繋がりもない一介の女子高生に対して、政治家が呼び出しをするなんて考えられません。公的な用事ならばともかく私的な呼び出しとくれば、なおさら怪しいでしょう。

 前世で万が一そんな事態になったなら。真っ先に親に相談していたでしょうし、もし招待を受けるにしても絶対に保護者同伴となっていたと思います。

 そう考えると、庇護者が存在しない今の立ち位置が不安定に思えてきます。前世で両親にどれだけ守られていたのか、私の方もまた、無意識に頼っていたかを、今になって実感します。


「ああ、人界ならば政治家であっても、清廉潔白とは限らないな」

 ハニャさんはふむ、と頷きました。人界の治安の悪さに思いを馳せているようです。

 日本は地球では屈指の治安の良さだったでしょうが、それでも天界とは比べ物になりません。他国や他世界ともなれば、日本よりずっと治安の悪い国や地域は山ほどあります。用心は必要でしょう。

「確かに人界では、迂闊に権力者に近づくのは危険だろうね。権力者は傲慢に陥りやすいものだから。ただ、ここは天界なんだし、そこまで身構えなくてもいいんじゃないかな? それにそこまで不安なら、僕もお茶会に一緒に行こうか」

 ハニャさんがさらりとした口調で、有難い提案を申し出て下さいます。私はそれにとても驚きました。

「え? そこまでしてもらうのは申し訳ないです。それに、招待されていない方を連れていくのは、失礼にならないでしょうか?」


(お言葉に甘えてしまってもいいのでしょうか。ご迷惑にはならないでしょうか)

 ハニャさんの申し出をとても嬉しく思うと同時に、その手を煩わせてしまう事への躊躇いも感じます。

「それは大丈夫だよ。僕は君の担当官だから、君の付き添いで同行するのは失礼に当たらない。君が遠慮する必要はないんだよ。困った時に頼る為に担当官がいるんだから、存分に頼って欲しい」

 ハニャさんの心強い言葉に、私は心から感動しました。ここは素直に申し出を受け入れる事にしましょう。

 私は恐縮して頭を下げました。

「ありがとうございます、ハニャさん。おかげで気が楽になりました。それなら申し訳ないですが、招待を受ける場合は、ぜひ同行をお願いします」

 いくら担当官といえど、そこまで頼っていいのでしょうかと迷う気持ちは未だにあります。ですがそれ以上に、ハニャさんのおかげで気持ちが一気に楽になりました。

 それで私は、自分が随分とプレッシャーを感じていたのだと自覚しました。


 お茶会には、共に招待されていたモリエルさん達も同行するかもしれませんが、彼らは私にとって守るべき同居人であり、家族のような存在です。

 勿論、私が彼らを頼る事も多いですが、それでも最終的には私が責任を持って、彼らを庇護すべきだと思っています。

 自分の身すら守れない未熟な私が、一家の代表として、見知らぬ方と対峙しなければならない状況に、肩に力が入っていたようです。

 ハニャさんが同行して下さればきっと、理不尽な状況にはならないと安心できます。

 いえ、そもそも善人しかいない天界の偉い方とお会いするのに、こんな心配をするのは見当違いなのでしょう。ですが招待された理由がわからないので、あれこれと考え過ぎて、余計に不安になっていたようです。

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