第17話 訓練が終了しました
敵襲という叫びと共に壁が崩れる音や振動が響き渡り、辺りは一気に騒然となりました。
私は咄嗟にモリエルさん達を庇うようにしてまとめて抱きしめましたが、その後はどうしていいかわからず、目を閉じて動けなくなってしまいました。
「死亡」
低い声と共に、パシンと軽い音がして、額に軽い衝撃がありました。
何があったのかわからず、恐る恐る目を開けたところ、頭につけ角をつけて黒い服を着て悪魔族に扮した青年が、私達に向かって手をひらひらと振っています。
それを見て反射的に怯えてしまいましたが、その方は穏やかな表情で私達を眺めて苦笑されていました。
「君達はもう死亡判定されたから、訓練は終わりにしていい」
柔らかな雰囲気で声を掛けられて、ようやくこれはただの訓練であって、実際には危険はないのだという事を思い出しました。
そうして改めて周囲を見渡してみると、既に戦闘は殆ど終了していました。私の周りにいる皆さんは揃って、額に「死亡判定」と書かれた紙を貼られています。
また、モリエルさんもしらたまさんもちまきさんもいつのまにか同じように、額に紙を貼られてしまっています。
私がしっかり抱きしめていたはずなのに、いつのまに紙を貼られてしまったのでしょうか。
(……先ほど私が額に貼られたのも、同じ紙なのでしょうか)
どちらにせよ先ほどの襲撃で、この場所は一気に制圧されてしまったようです。
襲撃から制圧までわずかな時間しか掛かっていない気がしますが、攻めてきた部隊の人数が大勢であったのに対して、避難所内部を守っていた守護者の数が少なかったせいで、あっという間に決着してしまったようです。
ここを守っていた方々は真っ先に敵に立ち向かった事で真っ先にやられてしまったようで、「死亡判定」の紙を額に張られてあちこちで呻いています。「やられた」「こっちも死亡済み」と悔しそうに報告しあっていたり、「額に紙を貼られた人は訓練終了です」と、周りに説明して回っている方もいます。
よく見ると、皆さん盛大に戦ってやられていたはずなのに、誰一人として怪我をした様子はありません。
一方、襲撃してきた部隊のうち今回の戦闘で生き残った方々は、他の場所へと移動していってしまいました。どうやらこの訓練では、どちらかの陣営の人員が全員死亡判定が下され戦闘続行不可能になるか、あるいは定められた制限時間が来るまでは、そのまま訓練が続行されるようです。
「……そういえば前に、訓練時は、非戦闘員は攻撃の代わりに紙を貼られて終わりで、戦闘員同士の戦いも、結界内で一定以上の衝撃を受けた場合はダメージを肩代わりされて死亡判定を受けるって習っていました」
ふと、前に天界の基礎知識を学んだ時に習った事を思い出します。
誰も怪我をしていないのは、訓練開始前にあらかじめ都市内部に特殊な結界を張っていたからでしょう。その措置でお互いに怪我をさせてしまう心配がないからこそ、皆さん手加減せずに戦えていたのかもしれません。
「額のこれがしょうなのでしゅね」
モリエルさんが自分の額に貼られた紙を手で撫でて、なるほどと納得して頷いています。
ちまきさんとしらたまさんはお互いの額の紙をちょいちょいと前脚の爪先で軽く突き合っています。どうやらお二人は何も出来ずに死亡扱いされてしまった事が不本意らしく、何となく不貞腐れたような様子です。
私はとにかく彼らが無事で良かったと、安堵の息をつきました。
「怪我をせずに済んで良かったです」
改めて考えてみればただの訓練なのですから、怪我をしないように対策されていて当然なのかもしれません。ですが戦っている姿にはまるで手加減を感じず、建物を遠慮なく壊すような行為もあったので、途中から訓練とは思えなくなっていました。
それに私は初参加なのもあって勝手がわからず、怯えていただけのような気がします。
(せめてもう少し、何か出来るようになれれば良いのですが)
訓練が終わってみると、自分の不甲斐なさや未熟さに思い至って、反省すべき点があれこれと浮かんできます。
「死亡済みの者は、訓練が継続している場所には極力入らないように。訓練終了までは基本的には自宅待機で。訓練が終わったら改めて放送で周知されるのでそれを待つように」
避難所にいた「死亡判定」の紙を貼られた全員にそう告知されたので、とりあえず私達は歩いて自宅へと戻る事にしました。
そういえば、お弁当も作りかけのままで、キッチンに放置してきてしまっています。早く帰って冷蔵庫に仕舞わなければ、食材が悪くなってしまうかもしれません。
「非日常な出来事の連続で、何だか疲れてしまいましたね」
「はいでしゅ」
「きゅーん」
「うにゃにゃー」
私の溜息と愚痴に、皆さんも揃って頷いて下さいます。
そういえば私達は全員、これが初めての訓練参加になるのですから、精神的な疲れもありそうです。
訓練の詳細については後でまたお知らせがあるそうですし、それまでは家でゆっくり休みましょうか。
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