第15話 対悪魔族防衛訓練が開始されました

 家に小さな畑を設置して二日経ちました。

 あれからモリエルさんは畑を耕したり、肥料を買ってきて土に撒いたりと、野菜の苗を植える為の準備を着々と進めています。

 私は当初、畑作りのお手伝いをしたいですと申し出たのですが、モリエルさんからは、「小しゃい畑でしゅから、一人でだいじょぶでしゅ」とお断りされました。

 そして更にモリエルさんから、「僕、体は小しゃいでしゅけど、力は大人と同じくらいありましゅから、ちゃんと働けましゅ。畑は収入が入るまで、時間が掛かるでしゅ。ご主人しゃまはいつも通り、しゃいしゅに行った方がいいでしゅ」と、説得されてしました。

 そんな訳でここ二日、私はいつものようにしらたまさんとちまきさんと一緒に、山で採取をして過ごしました。

 ……うちの天使さんは、経済観念が私よりしっかりしている気がします。

 更にモリエルさんは、畑だけでは作物が収穫出来るまで無収入だからと、副収入の為に、裁縫道具や布や糸を買って来て、ハンドメイドの小物作りまで開始しています。

 まだ生まれたばかりなのに、そこまで頑張らなくてもと心配しましたが、モリエルさん曰く、「農業はわりと、しゅきま時間が多いのでしゅ」との事です。

 言われてみれば確かに、一旦植えてしまえば、育つのを待つ間はわりと時間は空きそうです。特に今はまだ畑が小さいですから、苗を植えられる面積も少ないですしね。


 そんな訳で、今日も山に行く為にお弁当の準備をしていると、急に室内に大音響でサイレンが響き渡りました。

 次いで、「突発的訓練を開始します。ただいまより、対悪魔防衛訓練を開始します。戦闘能力のある方は悪魔役の侵攻部隊の撃破に向かって下さい。戦闘能力のない方は、所定の避難所に速やかに避難して下さい」と全域放送が流されました。

「はわわっ! 突発訓練ですか!」

 あまりにも急な展開です。

 私が天界に生まれてから半年になりますが、今回のこれが初めての防衛訓練参加になります。

 それに、事前に訓練の日時を通達するでもなく、本当に突発的に始まったので、いきなり過ぎる事態に慌ててしまいます。

 天界の常識を学ぶ授業で、防衛訓練がある事は聞いていましたし、事前に準備や心構えをさせない為に、事前予告なしで始まる事も知識としては聞いて知っていたのですが、それでもどうしても、いきなり始まってしまった焦りが生まれます。

「ええと、とにかくまずは、避難しないといけませんよね! モリエルさん! しらたまさん! ちまきさん! すぐに避難場所に移動しましょう!」

「はいでしゅ!」

「わん!」

「にゃっ!」

 私は作りかけのお弁当をそのまま放置して、同居家族全員に声を掛けました。

 皆さんも先ほどの放送を聞いていましたので、すぐに私の周りに集まってきて、力強いお返事を下さいます。

 皆さんはどうやら、動揺していない様子です。寧ろ、しらたまさん達は何か面白い遊びが始まったみたいですね、とばかりに、スリリングな訓練を楽しんでいるような、キラキラした瞳とキリッとした表情です。

 悪魔族が軍勢を率いて攻めて来たという想定の訓練ですので、戦える方は防衛に、戦えない人は避難に……と、それぞれが異なる行動が求められます。

 私は戦う力を持っていませんので、当然ながら避難組です。同居する皆さんも幼いですし、戦えるとは思えませんので、私と一緒に避難です。



 種族的に完全なる敵対関係にある悪魔族との戦場は、基本的には人界が主戦場となるそうです。ですが、稀に悪魔族が天界まで同族の悪魔や配下の魔物などの軍勢を率いて攻め入って来る事もあるとの事です。

 神族は瘴気に満ちた魔界では保有神力を殆ど回復出来ず、逆に悪魔族は天界では魔力を殆ど回復できないという制限があります。これは私達の生態に密接に関わってくる能力なので、そうそう覆らない制約です。

 なので、相手の陣地に攻め入るというのは、それだけでとてつもなく不利な条件下での戦いとなります。

 それでも、自らの不利も顧みずに攻め入ってくる場合があるのだそうです。現にいくつもの世界で、神族と悪魔族との苛烈な戦いは続いているのです。

 この世界でも過去に何度か、天界まで悪魔族が攻め込んできたそうです。

 今回は訓練ですので、本物の悪魔族がいる訳ではなく、神族や天使さんや聖獣さんが敵役を演じているだけですので安全です。

 しかし現実に侵攻された場合、どんな事態になるのか。想像しただけでも恐ろしい事です。


 自宅待機ではなく特定の場所に避難しなければならないのは、敵対する悪魔族側に、聖樹都市の周りに張られている結界を破って侵入出来る存在がいると想定されるからです。

 聖気の結界を破れる能力を持つ悪魔族ならば、異次元空間に位置する一般住宅内部にも、容易に侵入されてしまう恐れがあるのです。

 ですから、強固な結界を何重にも張り巡らせ、内部にも外部にも守護者を配置して安全を確保した避難所に、非戦闘員をまとめて保護したいというのが、上層部の考えなのです。

 各所に設置してある移動用の転移陣は、空間術のスキルを持つ者でなければ設置出来ない神術具ですので、携帯するような使い方は出来ません。

 また、転移陣は相互通行こそ出来ますが、あらかじめ指定してある一か所の転移先にしか移動出来ない仕様です。

 そういった制限上、転移陣を起動しても、あらかじめ設定してある移動先にしか行けないのです。その行き先を変更出来るのは、やはり空間術の使い手だけです。

 私の自宅の玄関の扉も、「家」と「外」の空間を繋ぐという意味では転移陣と同じ代物ではありますが、その行き先を避難所への直通に変更するような能力を、私は持っていないのです。

 そういった事情から、避難所に通じている転移陣か、あるいは直接避難所へか、どこに移動するにしろ、自らの足で走らなければなりません。


「はぐれないようにだけ気を付けながら、急いで走りましょう。目立たない方がいいのでしょうが、隠れながら移動して時間を取られるよりは、出来るだけ早く避難所に辿り着いた方が安全だと思います」

「はいでしゅ」

「わふっ」

「にゃにゃっ」

 私の考えに、皆さん頷いて下さいます。

「避難所までの順路は、私が指示します」

 自宅から避難所までの経路と、採取課から避難所までの経路の二つだけは、あらかじめ頭に叩き込んであります。流石に他の避難所の場所や経路は覚えていないので、もしも他のところにお出かけしている最中に避難が必要になっていたなら、まずは避難所の場所と経路を調べるところから始めなければなりませんでした。

 手ぶらで自宅を出て、最寄りの避難所に向かいます。

 手ぶらなのは、荷物を纏めるのに時間を取られたくなかったからです。緊急時には何より、まずは自分と周りの安全を第一に考えなければなりません。

 特に私は同居している皆さんの代表という立場です。皆さんの安全を守らなければなりません。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る