第34話 《闇の螺旋監獄》




10:00AM


定刻が迫るバルバトスのエントランス。

Pちゃんさんの前に、螺旋監獄へと赴くメンバーが揃った。


メンバーは、おれとアル、フォスとアンダーソン、そしてシアンである。


・・・・なんというメンバーだろう。

森川まさゆきの暗殺を目論む地獄の監獄に、小さい子供二人とかよわい女の子1人を

連れて行く事になるとは。


今回のメンバーはヘリコの人選だ。

アンダーソンは強いし、フォスも本人が言うには戦えるらしい。

問題はアルの能力がどれ程自分の意思で制御できるかなのだが、それは

バルバトスの甲板上で検証済みだ。味方を避けて力を使う事ができるから、

あとは力の強弱を上手くつけられる様になれば良い。



Pちゃんさんが仕入れたストレラの処分日程は明日。

昨日Pちゃんさんが帰還し、おれ達は今から向かうアメンティの螺旋監獄に

ついて説明を受けた。


打ち切りを余儀なくされていたアメンティの危険な研究に今回の視察で

承認を与える予定になっているらしい。


どうやら、戦況の打開と世界各国への兵器供与を名目に、その研究はバルバトスに

変わる新戦力を生み出そうとした急進派のハイリスクな研究の一つだったらしい。

しかしその研究は自らの身を滅ぼしかねない凶悪なシロモノだった為、サンドウ氏が

働きかけ何とか研究破棄へと漕ぎ着けたのだが、今回の一件でおれ達が付けるべき

“けじめ” としてのカードに利用されてしまった訳だ。

バイオ兵器の類いらしい。


そしてアメンティでは、それとは別件で一度記録から抹消された筈の “ある兵器”

が廃棄されずに今も稼働を続け、その研究も秘密裏に進められてきたという。


兵器の名は《ベルゼブル》という。


この兵器研究が極めて危険で、かつてその暴走によってアメンティが消滅

しかけた程のを引き起こしたらしい。《ベルゼブル》を巡るプロジェクト

は、後にKINGSそのものを壊滅の危機に導く可能性が顕著であると判断され、

《ベルゼブル》ごと廃棄された筈だった。しかしそれを回収し、秘密裏に研究を

続けたのがタイフォン。そしてタイフォンが独断で《ベルゼブル》開発を再開する

様に仕向けたのがサピエンテスのギランバレーだ。


そして事も有ろうに、今回の視察でベルゼブル研究の復活を容認させる

つもりらしい。


確かに新生アニマの一件とアルの事件は、ここで承諾を示さざるを得ない程の

打撃をKINGSに与えてしまったのだが、それにしても大胆な提案だ。


急進派であるギランバレーやタイフォン達はおれを失墜させたいと考えている。

だからこちらにとって不利な提案は容赦なく投げ掛けてくるし、尚且つアニマを

討ち取るまでパーマとアルをKINGSの戦力として利用するという立て付けで

Pちゃんさんの擁護を受け入れ、アメンティ視察におけるこちらの逃げ場を

閉ざした形だ。



「・・・・それではまさゆきさん。」


「最後に確認しますが、今回の目的はストレラの救出、そしてまさゆきさん達の

 生還です。アメンティではまさゆきさん達を視察として施設側が迎え入れる

 でしょうが、・・・・・先刻アメンティへの不穏な戦力流入を確認しました。」


「どこかのタイミングで必ず動きがあります。」


「今、新生アニマ討伐やアルちゃんの一件で私達は大きく消耗しています。

 Y子達が出動できないこのチャンスをタイフォンが見過ごす事はあり得ません。」


「アメンティの螺旋監獄は、アルちゃんを伴った状態でもあなたを討つ計画を

 立てられるほどの “力” の集積所です。これは言ってしまえば、360度全方位から

 常に銃口を向けられる部屋に自ら入って行く行為に等しい。」



『異空間内ではなく、異空間でカムフラージュされて屋外に存在するこの監獄は、

 地下に向かって螺旋状に監獄が構築されているんでしたね。』


『・・・その中心を円筒形の管理システムが監視している構造・・・・

 確かに監獄に入れば、収容されている兵器戦力に常に包囲されているに等しい。

 そのヤバイ兵器っていう《ベルゼブル》が存在するのが最下層なんですよね。』


「そうです。」

「ベルゼブルは最も強固なプロテクトで封印されています。」

「外部からのアクセスによってベルゼブルはその身の束縛から解放されます。

 あなたを討つのなら、ベルゼブルの元へデータを採取しに接近した時が最も

 可能性が高いでしょう。」


「しかしベルゼブルとの戦闘は避けなければなりません。」


「監獄の最下層は最も兵器戦力を投下しやすいエリアですが、兵器の物量以上に

 ベルゼブルそのものが強力です。最下層への到達は必ず回避してください。」



『そうなると、ベルゼブルの階に到達する前にストレラを発見して脱出をしなければ

 ならない・・・・でも、それではデータ採取の名目が達成できないから帰るに

 帰れない。そして、このままではどのみちストレラを連れ出す為の言い訳が

 立てられないから、八方塞がりだ。』



「はい。」

「・・・・そこでシアンの出番です。」



「は、はひっ!!」


「き、ききき、緊張で潰されちゃいそうですけど、わ、わたし、頑張りますっ!」


「し、施設側のシステムにハッキングして、特製のウィルスを流し込みますっ!」

「それで、他の独房を解放してシステムと囚人の繋がりを遮断しますっ!」


『体の自由をパペッターボックスで操作されている囚人はシアンのウィルスで

 身の自由を取り戻し、独房から出られるようになる。』


『すると螺旋監獄は混乱状態に陥る。』


「はい。その混乱に乗じてストレラに接触し、解放。」

「ベルゼブルの制御システムも一部ショートさせる事で、を作り出し、

 まさゆきさん自ら現場によるデータ収集不能と判断を下し、最下層への降下を

 取り止め、混乱によって襲い来る兵器戦力からストレラに身を守ってもらうん

 です。」


「この事実さえ作り上げてしまえば森川まさゆきの権限で “兵器ストレラ” の

 有用性を実績と共に再度確立し、彼女の引き上げを堂々と達成する事が

 できます。」


「脱出をしてしまえばこちらのものです。」

「アメンティによって危機に陥った事実があれば、ベルゼブルに関する検証は

 こちらにも主導権が宿ります。後は私が理由を付けてその研究自体を抑制して

 みせます。」



「わ、わたし!絶対に証拠はの、のこ、残しませんからっ!」


『そうだな、こちらのアクセスでアメンティのシステムが混乱した証拠を

 掴まれたら、森川まさゆき排訴の動きが増大してKINGSが弱体化してしまう。

 身内の争いを激化させたらアニマとの戦いに負けてしまうんだ。』


「システムを混乱させたのが明らかに私達であると悟られても、証拠さえ

 掴ませなければ良いのです。それが判断基準の全てをシステムに依存している

 彼等の弱みです。シアン、頼りにしていますよ。」



「はいっ!し、司令!がんばりますっ!」


『後は向こうがヤケクソの力業で、全戦力を差し向けてきた場合に対応

 しきれるかだな。』



「それは相手にとっては奥の手です。アメンティの戦力はそのまま資本ですから

 消耗は極力抑えたい・・・だからベルゼブルに誘導する事を優先する筈です。」


「こちらに対して動員する囚人以外の戦力は、もう既に監獄の外で待機している

 でしょう。もしタイフォンが被害状況も顧みず、アメンティで森川まさゆきを

 討つ事に拘りきるのなら、全戦力の動員も考えられます。」


「しかし、私はフォスくんと従者のアンダーソンさんの情報をまだKINGSに開示して

 いません。お二人の存在は向こうにとっては計算外。新生アニマで戦い抜いた

 その力はきっと、戦闘状況を切り抜ける可能性を広げてくれる事でしょう。」



「・・・・さて、ブリーフィングは以上です。」


「何か確認したい事はありますか?」


『いえ。あとは本番任せで何とかしましょう。』


非戦闘員のシアンを守りながら、戦闘状況をフォス、アンダーソン、アルに

任せなければならない。フォスとアンダーソンの力は未知数だ。

計画はあくまで計画。何が起こるかは分からない。



「今回は私が通信でサポートします。」

「頑張ってください、まさゆきさん・・・・!」


Pちゃんさんのサポートか。作戦中にPちゃんさんの声が聞けるのは有難い。

今回はいつものメンバーとは違っていつもより不安だったから心強い。


おれ達はエントランスの扉から空間接続で現地へ出た。





・・・・ここは軍用の大型テントか・・・・屋外だ。


テントの外は雨が降っている。黒い雨雲が唸りを上げ、激しい水の槍がテントの

屋根をバラバラと叩いていた。


「ここはネバダ州だよね。あまり雨が降らないらしいから、今日はラッキーかも。」


フォスはそう言って楽しそうに辺りを見渡した。

アメンティはアメリカに存在するらしい。11月でも結構気温が暖かいらしいが

今は悪天候だ。


後ろのアンダーソンは黒いマスクを被り、シルバーの帽子とロングコートを身に

纏って普段の姿を隠している。


『観光だったらよかったんだけどな。』

『・・・・基地だなこれは。』


周辺には積まれたコンテナや運搬ヘリ、ジープが停まっており、他にもテントや

施設の建物がいくつか確認できる。


おれ達の前方から、軍服を着た基地の職員数名を連れて歩いて来るタイフォンが

見えた。


「ぼ、ボスさん。わたし・・・緊張しちゃって・・・」


『大丈夫だシアン。おれ達がいる・・・離れるなよ。』


「は・・・はい・・・っ!」



『アルは大丈夫か?怖くないか?』


「ぅん。ある、怖くない」

「あるも、はなれないよ」


『よし、流石はアルだ。』


おれと繋いだ手にきゅっと力を込めて、アルは前方を見る。



タイフォンは傘を畳んでテントに入ってきた。

特徴的な髭とタレ目をやや上向きに、後ろで腕を組んで見下す様にこちらへ視線を

向ける。味方である筈なのにこいつは味方ではない。ふざけた茶番だ。



「ご足労頂き感謝する」


「 “英雄森川まさゆき” ともなると、怪物級の兵器を二体も鎮圧する手並みも

 見事なものだ。片腕と片足のロスで成し遂げられる事ではない」


『腕も足も失った訳じゃありませんよ。』

『・・・それにこれはおれの手腕ではなく、二人が生きる事を選んだ結果に

 すぎない。』


「兵器の倒錯などには目を見張る程の価値など無い」

「さて、少々メンバーが多い様だが・・・・説明はあるんでしょうな?」


『二人はサンドウ氏から派遣された緊急の戦力です。』

『現在実戦メンバーが三人出動不能な為、今回の視察にはこの二人に

 同伴してもらう事になりました。問題ありませんね?』


まあ嘘なのだが、Pちゃんさんが予めサンドウ氏に口裏を合わせてくれて

いるので照会されても偽装データを使って誤魔化せるそうだ。


「・・・・ふん、視察にしては御大層な準備だ」

「技術者と兵器 αアルファで事足りない事情でもあるので・・・?」


『兵器戦力が大量に収容されている空間というのは慣れないもので、まあ

 単純に安心の為ですよ。普通の監獄だって行った事もないものでね。』



「・・・・まあいい」

「早速仕事を始めていただこうか」


タイフォンは踵を返して歩き出した。

おれ達も傘を差して後に続く。


少し歩くと、遠くの景色で地面が欠けている事に気が付いた。

歩みを続けるとその欠けた地面に近付き、間近で見るとはっきりと解った。

地面に巨大な丸い穴が掘られており、この中が螺旋監獄なのだ。


円筒形に掘られた巨大な穴に螺旋状の監獄を設置し、その真ん中に監視

システムが設置されている構造だと聞いていたが、見たところ監視システムは

見当たらず、ただ穴がポカンと空いている。


『・・・・聞いていたのとはちょっと違うな・・・』


しかし次の瞬間穴がふっと消え、ドーム状の蓋が出現し、穴に蓋をする様にして

地面を閉じてしまった。


『・・・どうなってるんだ?』


するとシアンがその様子を眺めながら説明してくれた。


「いま出現したドームは、空間兵器による防御壁です。」

「あれは実体の無いホログラムの様なもので、螺旋監獄は異空間に仕舞い込む

 事ができませんから、実際の空間に建設して、こうやって防御壁とカムフラージュ

 でアニマから身を守っているんです。」


『それ、不思議だよな。どうして他の研究施設は異空間の中に入れる事が

 できて、このアメンティはそれができないんだ?』


「螺旋監獄を擁するアメンティは、制御の難しい兵器戦力が大量に収容されて

 います。」


「事故があったとき、兵器達の空間兵器による空間圧力で異空間そのものが破壊

 されてしまう可能性があるんです。そうなれば異空間ごとアメンティは消滅して

 しまいますから、危険すぎて異空間内に存在させる事ができません。」


「わたし達の世界でもアメンティはこうして屋外の通常の空間に建設されて

 いたんです。」


『・・・・外に構えなければならない程の危険な場所って訳だ。』



螺旋監獄の穴を取り巻く周囲の複数の建造物は、管制システムや兵器保管庫、

研究施設と、あらゆるセクションに分かれている。タイフォンの先導でおれ達は保

管庫を訪れた。


施設の通路は入り口と出口が一直線に繋がっており、左右には10m程の透明な

ケースが連なっている。


「兵器研究に破棄を下される事によって切り捨てられる、哀れな兵器共をご覧

 頂こう」


「《バイオグール》だ」


タイフォンが片手で合図を出すと他の職員が手元の端末を操作し、ケースの中で

空間が歪み始める。すると中に二足歩行の爬虫類の様な怪物が複数現れた。


全長二メートル以上はある怪物は首元まで裂けた巨大な口を開き、鋭利な牙を

剥き出して他の怪物に喰らい付く。


『・・・・なんだこれ・・・・』


「バイオグールはウィルス兵器だ。主に死体に感染し、その体を生ける屍たる

 モンスターに変容させ、他の死体を喰らいまた感染させる」


「死体でなくとも感染するが、その場合は感染者が死なねば変容は起きぬ」


「が、戦場ではこれで十分だ。バイオグールに意識は無く、敵味方の分別を

 付けずに喰らい付き、補食の欲求により対象を逃す事はない。バイオグールに

 殺されればバイオグールとなり、死体を貪り敵を喰らい尽くす。」


『・・・・これは・・・元は人間なのか・・・!?』


「無論だ」


「この兵器ならば、戦場で喪失する戦力を最小限に抑え、各個体の戦果を最大限に

 広げる事ができる。戦場に於いて投下するのなら前線部隊が壊滅したタイミング

 が好ましい。自己再生能力を備えたバイオグールが戦線をじっくりと押し上げ、

 戦場に投下される程に数を増やすバイオグールは、やがて単なる物量で対象を

 殲滅させる事が可能になる。」


「この素晴らしい兵器を破棄するなどという馬鹿げた決定はKINGS勝利の花道に

 陰りを落とし、やがては閉ざす事だろう。」



何が馬鹿げた・・・だ。

生者じゃ飽き足らず、仏様まで侮辱するのかコイツらは・・・・


こんな危険な兵器研究は破棄されて当然じゃないか・・・!

しかし、今はタイフォンの前で拒絶を示す事はできない。

コイツ等が仕掛けてきた視察の茶番に、こちらも付き合わなければならないんだ。



『・・・前向きに検討しましょう。』


「・・・クク・・・是非そうして頂きたい」



フォスの目にはこの光景がどう映っているだろうか。

アウロラから分離し、アニマに性質が近似していくKINGSを愁いこの世界の希望を

KINGSに委ねなければならないその目には・・・・・


フォスは変わらず涼しい笑顔でケースを眺めていた。



「・・・研究資料は後に送っておこう。」

「では、早速螺旋監獄の視察に移ろうではないか。」


もはや完全に主導権を握ってるってな態度だな。

これから起こす森川まさゆき暗殺計画に対する、確固たる自信の表れだろう。


バイオグールをじっと眺めるアルの手を引いて、おれ達は通路を抜けて次の

建物へ向かった。



「次に向かう管制塔にて監獄の防御壁を解除し、中へ入る事となる」


『騎士団長ストレラも収監されているそうですね。』


「奴は下らん失敗作だ」

「処分日は明日を予定していたが、早める事にした」

「本日正午に廃棄処分を開始する」


『なっ・・・・』

『何でまた急に・・・・』


「サピエンテスの決定である為、その理由を追及する事に意味は無い」

「廃棄は廃棄である」



サピエンテスって・・・ギランバレーか!

おいおい、自分の孫だってのにそりゃないだろう・・・・!

もしかして、おれを殺すついでに一緒にストレラも・・・って事じゃない

だろうな・・・!


いよいよこれはモタついてられないな。



・・・少し歩くと管制塔に辿り着いた。

入り口の前に誰かが立っている。



「来たねぇ!待っていたよ。」

「英雄森川まさゆき御一行!」


黒のロングコートを着た黒髪の男だ。年齢は三十代ってとこだな。

オレンジの偏光サングラスを掛けている。


「俺の名前は “ゼロ” 」

「サピエンテスのバルトネロに派遣され、貴方と共同でベルゼブルの

 データ検証をする任を仰せ付かった小間使いだ」


『共同で?』

『それは初耳ですが・・・』


――ピピピピピっ――


通信だ。Pちゃんさんだろう。


―「まさゆきさん、聞こえますか?」―

―「そちらの様子はシアンが持っている小型観測器で確認しています。」―


―「この通信はまさゆきさんのKINGカードの専用回線を使ってあなただけに

  繋いでいますので、このまま聞いてください。」―


おれにだけ聞こえる訳か。


―「そのゼロという男は、ベルゼブルによってアメンティが崩壊した場合の

  保険です。何があってもデータを回収したいのでしょう。」―


・・・・アメンティが崩壊する事を前提に置けるくらい危険な存在だと

分かっているのならデータ検証どころじゃないだろうに。

つくづく滅茶苦茶だな・・・


―「まさゆきさん、そのゼロという男には気を付けてください。」―

―「その使命がベルゼブルによるアメンティ崩壊のシナリオに対応して

  いるのであれば、彼はその状況でもベルゼブルの前から撤退できる程の

  力を持っている筈です。」―


―「その動きには特に警戒が必要です。」―


・・・了解だ。


ただでさえ監獄には兵器戦力が山ほどいるってのに、強力な奴がさらに

増えるとはな・・・・


「なぁ、タイフォンのダンナ。」

「バルバトスってのはこんなに可愛らしいもんなのかい?」

「女子供を引き連れて・・・・託児所でも紹介してやりなよ。」


「その必要は無い」

「ここにいる森川まさゆき殿を除く全てが兵器戦力だ」

「貴様は大人しく使命を果たせばそれで良い」


「言われずとも、仕事はキッチリとこなして帰りますよ。」


「それでは英雄殿、どうぞ宜しく。」



底の見えない何かを含んだ笑顔で差し出された握手に答えて、おれ達は管制塔へ

入った。タイフォンに続いて内部を縫う様に進み、扉を潜ると外へ通じている。

目の前にはさっきシアンが説明してくれたドームが監獄を隔てている。


「・・・・では、私は管制塔にて様子を伺う事としよう」

「後はこのゼロという男が最下層に導いてくれる」


「あぁ、アンタはそうした方がいい。」

「この先は少しの事故でも十分に看守の死に繋がる場所だ。」

「人数は最小限が望ましい。」


「フン・・・・森川まさゆき殿、しっかりと視察の程を頼みますぞ」


ドームが一瞬光を放ち、すっと消えてしまった。

・・・・いよいよか。


ゼロという男が崖の縁まで歩くと、宙に足を踏み出した。


『あ・・・・おいあんた!』


しかし男は落下する事無く宙を歩き始める。


「さぁ、来てくれ。」

「この通り、見えはしないが空間技術によって足場が存在している。」

「落ちたりはしないさ。安心していい。」


崖から覗き込むとやはり断崖絶壁だ。

足場があるとはいえ、さすがにビビるなこれは。

杖で探ってみると、確かに見えない地面がそこにはあった。


「お兄ちゃん、行かないの?」

「こんな経験滅多にないよ。」


『フォス・・・!おまえ、怖くないのか?』


「だって、あの人歩いてるじゃない。」


『いやそうだけども・・・!』


「ぼ、ぼぼぼぼボスさん・・・!!」

「わわ、わたしっ、むりっ無理ですぅ!」

「足っあしが震えて・・・!!」


シアンが涙目でしがみついてきた。

これは高所恐怖症でなくとも怖じ気付く高さだからなぁ・・・

もし落ちたら、何百メートルとも分からない奈落にまっ逆さまに落下して

囚人達の視界を突っ切りあの世へ収監されてしまうんだ。


「・・・・まさゆき。」

「こわい?」


『ドキリ。』


アルの綺麗な瞳に見つめられ、放たれた一言に図星を付かれてしまった。


『い、いやぁ~~、べ、別に怖くはないさ!』

『なんたってオトナだし?オトナはこの程度のスリルには動じないし?』

『ま、まぁ~~余裕だよ、うん。全然カンタン。』


『・・・・アルは怖くないの?』


「ある、こわくないよ」


ほんのりと笑みを見せるアル。

・・・・こんな所でアルに失望されてたまるか・・・!!


『よ、よーーしっ!行くぞ!』

『ぜんっぜん怖くない!シアン!行くぞ!』


「ぅえ~~~っ!?」

「だめだめだめっ絶対にダメです~~~っ!!」

「ふぇぇ~~っ!!し、死にたくありませぇんっ!!」


『大丈夫だシアン泣くな!』

『目を瞑って進めばそのうち着く筈だ!』

『あ、そうだ、歌でも唄って気を紛らわしたらいい。』


「ふぇっ、ふぇっ、ぼしゅひゃぁん」


ガッチリとシアンに両腕でホールドされ、おれはゆっくりと踏み出した。


「ねこになりーたーいー!こーとばははかーなーいー!」


シアンのヤケクソ混じりの震える歌を聞きながら、宙を歩いてフォスの

後に続いた。おれも内心気が気じゃないが、アルとフォスは平然と歩いて

いるものだから怖じ気づく訳にもいかないのである。


チビッ子におれもなりたい。でも想いは儚い。



ゼロという男に続いて崖から百メートル程歩くと男は立ち止まった。


「さて。」

「此処が螺旋監獄の入り口だ。」


『え?別に何も無いが・・・・』


すると男の足元に突然扉が出現し、開くと階段が下へ続いていた。


「さぁ、入ろうか。」


階段を下りると中は透明ではなく、他の研究施設と変わらない内装であった。

シアンはようやく泣き止み、鼻をすすりながら辺りをキョロキョロと見回す。


「わぁ・・・・新しい機材がけっこう入ってるなあ・・・」


『へえ、一目で分かるものなんだな。』

『でもシアン、そろそろ離れてくれないか?歩きづらいんだが。』


「はっ!しゅ、すみませんっ!」


職員は見当たらない。無人なのだろうか。

やがて直進の通路に出て、トラベレーターに乗って移動する事になった。



「しかし、不思議だねえ。」

「あの英雄森川まさゆきが、改造すらしていない一般的な人間だとは。」

「興味があるな。」


男は先頭で振り向かずに口を開いた。


『改造・・・・か。』

『あのタイフォンやサピエンテスも兵器の力を持っているのか?』


「さあ、是非とも本人に聞いてくれ。」


食えない奴だな。


「・・・・・俺が興味があるのは “イヴ” だ。」

「何故アンタを選んだのか、興味が尽きないな。」


『イヴ・・・?あぁ、Y子の事か。』


「イヴは審判者だ・・・本当にアンタはそれほど大層な存在なのかな。」


『審判者?なんだそれ。』


「・・・・おっと、そういえば、森川まさゆきへの守秘義務があるんだった。」

「アンタは何も知らない。だから話しても無駄かもしれないな。」


『・・・・』



10分程移動すると白い扉の前に到着し、扉を開けるとそこはエレベーターに

なっており、全面ガラス張りで外が見渡せた。どうやらここは、穴の中心に

存在する巨大な塔の内側のようだ。


外の見えない地面と同様、外部からはこの塔は見えないらしい。

螺旋監獄の中心を通る監視システムというのはこの塔の事だろう。

エレベーターは塔の内側についており、塔の内部で昇降ようだ。


『このエレベーターで一気に最下層まで行くのか?』


「いいや、途中で乗り換えだ。」

「・・・最下層に直行して都合の悪い事でもあるのかな?」


『いや、ただ他の階層も視察しておきたくてね。』

『収監された兵器戦力の管理状況を現場で確認したい。』


「それなら適当な場所で降りようか。」

「ここは監獄。何処に行っても兵器が収監されている。」


『・・・先日収監されたというストレラ元騎士団長が収監されている

 独房が見たい。そこで一旦止めてくれるか?』


「あぁ、そういえば、そんな情報を目にしたな。」

「アンタ等に力を貸して、勝手な交渉を持ち掛けた挙げ句にアニマにボロボロに

 やられたという・・・」


「・・・・そうだな。」

「もうすぐ廃棄される予定だ。そんな物を眺めて何になるのかは知らんが

 見るだけなら可能だ。」


『・・・・頼む。』



男の操作でエレベーターが動き出す。


真っ白いエレベーターは、監視システム塔内部を斜めに移動し、

螺旋を描く様に内壁を滑りながらゆっくりと降下していった。


ここまでは順調だ。

ストレラの独房に到達して、問題はそこからなのだ。



「思えば哀れな奴だな、ストレラという女は」



「聞けば初代騎士団長のクラウスに憧れていたというじゃないか。」


「兵器に憧れるという事は、兵器としての無惨な死に方に憧れる事と同じだ。」

「そしてこれが兵器としての死・・・・お望み通りの無惨な死だ。」


「暗殺されるほど重要視もされず、祖父にも見捨てられ、お飾りとして

 便利に使われ、兵器戦力としての承認も奪われ・・・・」


「ここまで敗北を重ねれば、今頃は息をしている事すら苦痛だろう。」



『・・・・誰から承認を奪われようと、おれがここにいるという事実は紛れもない

 ストレラが作り出した成果だ、おれ達を生かしたという事実は絶対に消えや

 しない。』


『おれはストレラに感謝している。』


敗北がなんだっていうんだ。


敗北は人生が構成される上での単なるスパイスに過ぎない。

それによって生を閉ざされるなんて事があっていい筈ないんだ。



「感謝しようとも廃棄は決定している。」

「兵器に同情なんてしてくれるなよ?」


『兵器に同情?』

『・・・・そんなのする筈も無い・・・・』


ストレラは兵器じゃないんだ。

つまり、もあり得ない。


この監獄には一体どれだけの囚人が収監されているのだろうか。

螺旋状に渦巻く兵器と呼ばれる者達の黙殺された嘆きはきっと、KINGSを写し出す

影そのものなのかもしれない。



おれ達はその深みをゆっくりと下って行くのだった。



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