第35話 《兵器の涙》




扉が開いた。



白い内装から打って変わって、グレーの鉄格子が連なるカビ臭い牢獄が

広がっている。


・・・・案内人のゼロが、鋭い目付きでこちらを見てニッと笑った。



「あまり囚人に近付かない方がいいかもな。」

「引き込まれて首でも千切られてしまったのでは死に方としてあまりに間抜けだ。」


『・・・収監されているのは、狂暴な奴ばかりなのか?』


「まちまちだな。イカれた奴もいれば、気力を無くして屍の様になっている

 奴もいる。さぁ、行こうか。少し歩かねばならん。」



エレベーターを出ると、通路は左側に向かって緩やかな坂が下へ続いている。

壁面は古典的な鉄格子だ。もっと未来的な牢屋を想像していたんだがな。

中を見ると、奥には暗闇の中に繋がれた囚人が仰向けに倒れていた。


『お、おいあんた。』

『あれ・・・・大丈夫なのか?』


「大丈夫だろう。」

「たまに自傷して死ぬ奴も居るが、その場合は管理システムが察知して

 死体は処分される事になっている。」


「尤も、KINGSの言い方では死体ではなく廃棄物だ。あんたも英雄森川まさゆき

 ならそっちの言い方の方がしっくりくるかな?」


『いいや、大層な肩書きをぶら下げてはいるが殆んど門外漢なんでね。

 兵器だの廃棄だの、この不愉快な価値観にうんざりしていたところだ。』


『むしろあんたはどうなんだ。少々KINGSらしからぬ言い方をするじゃないか。』



「俺は兵器として正に当事者だからね。」

「この組織に所属している以上は迎合する事にはしているが、兵器を兵器で

 終わらせる位なら俺は俺を必要とはしないさ。だが、俺あっての兵器ゼロ

 である以上は建前の中にも芯を通す必要はある。」


「・・・哀れな存在だよ、この監獄の兵器共は全て敗者だ。」


「一度此処に入れられたらもう望みは無い。廃棄を免れ再利用される兵器であっても

 脳内を洗浄されて記憶を失い、意識は殆んど消滅する。俺から言わせればもはや

 此処の囚人共は既に死んでるのと一緒だ。」


『・・・この監獄には一体どれだけの数の囚人が収容されているんだ?』


「ざっと三万程度さ。無限のアニマを相手にしている割には少ないだろう?」

「既に滅んだ俺達の世界では遥かにもっと多かったが、こっちの世界では組織が

 形成できる施設の規模には限界があってね。まぁこんなもんさ。」


『・・・・十分多いだろ』


この螺旋状の広い通路は横幅15m程はあり、監視塔はエレベーターから出ると

透化して見えなくなった為、監獄内の景観は吹き抜けの様に空が見えるが悪天候

の為日差しが差さず、やたらと薄暗い。


螺旋監獄の大穴は壁面一杯に独房が張り巡らされており、どうやら壁の奥にも

通路が繋がっているみたいだ。見た目よりも更に多くの囚人を収容できる構造に

なっているらしい。


鉄格子から三m程離れて歩いてると、突然囚人が格子に突っ込んできて雄叫びを

上げた!


隙間から腕を伸ばし、言葉にならない声を唸らせている・・・!


流石にこれはビビるな・・・・

アルに反対側を歩かせるとシアンが飛び上がってまたしがみ付いてきた。

無理もない。シアンは本来そう現場に出る立場ではないし、この性格だからな。

怖くて仕方ないだろう。


フォスはというと、後ろで手を組んで悠々と歩いている。

アンダーソンを後ろに伴って余裕の表情だ。まぁ何というか、流石だよ。


「それにしても何なんだ? その小僧は。」

「兵器 αアルファ の話は聞いていたが、見たところ普通の兵器って訳でも

 なさそうだ。後ろの長躯のっぽと能力でも連結してるのか?」


「・・・・お兄ちゃん、ぼくは自由に話してもいいのかな?」


『あ、あぁ。構わないが・・・・』



「ぼくはサンドウさんから派遣された臨時戦力であると先程説明があったと思うけど

 何か違和感でもあるのかな?」


「あぁ、あるな。」

「バルバトスに回す程の戦力ならそれは並みの兵器じゃない。」


「何処で開発された? 強力な兵器の開発情報は大方目を通しているが、坊主の

 情報は見た事が無い。それに子供の兵器は訓練によって自意識が殆んど

 消失する場合が多い。しかし、自意識どころか、見た目に相応しくない精神

 レベルを宿している様にも見える。」



「うーん、何事にも例外ってあるからね。」

「ぼくに関する情報はサンドウさんから送られるデータを参照してほしいな。」


「それに、システムは例外を排除したがるけれどシステムの中から当の貴方が

 生まれたとい事実は果たして必然なのかな? 皮肉な事に、KINGSの生み出した

 システムの円環からこぼれた存在ほど強力な兵器として重宝され、同時に此処へ

 収監される運命にあるらしいね。」



「そう。自意識はシステムの安定性を乱すが、稀に生まれる俺達の様な存在が

 結局は上に望まれているのは事実だ。が、大概は失敗作として此処へ放り

 込まれる。小僧、お前は確実にKINGSに嫌われるタイプだ。兵器の成功例として

 許容されるのならば、その自由意思による驚異を凌駕する程の戦闘能力を

 備えている筈だが・・・・」


「残念だろうけど。戦闘状況にでもならない限り此処でそれを披露する事は

 できないよ。ここは監獄。戦う場所じゃないしね。」


「そうだな。その通りだ。」


フォスはKINGSが生み出した存在ではない。出自を知ればKINGSはひっくり返る

かもしれないな・・・・バルバトスの立場もさらに際どくなるかもしれない。

だがフォスなら詰問に対してだっていくらでも言いくるめられるだろう。



やがて右手側に独房の間を抜ける通路が見え、ゼロはその通路へ入って行った。

壁の奥まで牢獄が幾つも続いており、通路は幅三m程に狭まった。

独房の壁の向こう側には更に独房が続いており、まるで迷路の様に通路が

入り組んでいた。


鉄格子の中には様々な囚人が鎖に繋がれている。

体が半分獣になっている者、腕や足を失っている者、顔に大穴が空いている者。

人かどうかも解らない形の者もいる。



酷い臭いと唸り声の中を進むと、そこには到底似つかわしくない澄んだ声が

耳に届いた。



「あ・・・あのっ!」



『・・・・ん?』


「貴方は・・・・もしかして森川まさゆき殿ですか?」


声の主は右手側の独房の中で鉄格子を握りながらこちらへ呼び掛けていた。

汚れた白い被り物で顔を隠した小柄な女性が座り込んでいる。


『あ、あぁ・・・・そうだが』


「お願いします・・・・!」

「少しだけでもお話をさせてください・・・・!」


ゼロが女性を見る。


「そいつはゴスペル騎士団の一員だな。」

「ストレラと共 に処分される予定の囚人だ。」


団員も捕らわれているのか・・・!

慎重に近付き、しゃがんでその被り物の目元に付いているゴーグルに目線を

合わせると、団員はさらに鉄格子に身を寄せた。


『あんた、騎士団なのか。』


「は、はい・・・・そうです!」

「僕はオーキッド。ストレラ団長率いるゴスペル騎士団の団員です・・・・!」


まさかのボクっ子・・・・!

オーキッドを名乗る女性は声を抑えて、小さな声で話し始めた。


『あー、ちょっと待ってくれ。』

『おいあんた、ゼロ。悪いが少しだけ話をさせてもらえるか?』

『言いたい事があるらしい。』


「・・・構わないが、早めに済ませてくれ。」


声を潜めるからには、他の者には聞かれたくないのだろう。


『・・・・で、オーキッド・・・って言ったよな。』

『あまり時間を掛けられないんだ。手早く頼む。』


「は、はい・・・!」

「あのっ、森川殿!お願いします・・・!」


「ストレラ団長を・・・助けてください・・・!」


『え?』



「きっと、きっと森川まさゆき殿の権限なら、兵器を一人免罪にする事くらい

 簡単にできるんですよね・・・!?」


「団長は・・・騎士団としての使命を最大限に果たしたかっただけなんです!」


「僕達も頑張って戦ったけど、アニマがすっごく手強くって・・・!」

「・・・・確かにアニマにやられてしまったけれど、でも、これで廃棄されて

 しまうなんて酷すぎますっ! お願いです! 団長にチャンスをください・・・!

 お願いします・・・・! お願いします・・・・!」


声は震えていた。

被り物の中で涙が滲んでいるのがわかる。


『・・・・ストレラは部下に慕われているんだな。』



「・・・・・」


「・・・僕達は《天馬システム》を埋め込めれた兵器です。」

「騎士団になるために生み出された僕達は、同じ同士間の狭くて激しい

 競争の中で勝ち上がらなければいけません。」


「でも皆が皆、同じ才能を持っている訳じゃない。」

「必ず落ちこぼれの弱者が生まれて、そんな失敗作から真っ先に廃棄されて

 しまうんです。」


「・・・・けど、団長は・・・落ちこぼれにも手を差し伸べてくれました。」

「うなだれていた僕達を立たせて、槍を握らせて、何度も何度も鍛えてくれて

 最後まで励ましてくれたんです。」


「誰も脱落しない様に・・・・廃棄されてしまわない様に・・・・」



「そして、弱くて涙を流してしまうわたし達を叱りながら、それでも涙を流す

 心だけは絶対に失くすなって・・・言ってくれたんです・・・!」


「団長は不器用で、すぐ怒るけど・・・・よく団員にからかわれる

 けど・・・・でも、僕達に生きる場所をくれたストレラ団長を

 処刑でなんて失いたくありません・・・・!!」


「お願いします・・・・!お願いします・・・・!」



「団長を・・・助けてください! お願いします・・・・!!」



オーキッドは鉄格子に頭を擦りつけて声を震わせ、必死に懇願していた。

KINGSという世界の中で、心を見てくれるストレラの存在はどれ程輝いて

いた事だろうか。


失敗作の烙印を押され、お飾りと呼ばれ、簡単になどと言われて切り捨て

られたストレラは、その内側に仲間を想う何よりも尊い輝きを秘めていた。

KINGSの馬鹿共は平然とそれを無価値と断定して消し去ろうとしている。

・・・それを目の前で簡単に見過ごしてたまるもんか・・・・!!


オーキッドのその姿は、おれの目的意識に基づく覚悟をさらに確固な決意に変えた。


『・・・安心していい。』

『おれ達はストレラを助けに来たんだ。』


『オーキッド、よく耐えたな。もう大丈夫だ。』


「森川・・・・まさゆき・・・殿」


『いいか?オーキッド。もう泣くな。』

『ここからはこの最悪な監獄を出て、新しい戦いに飛び出す為の時間だ。』

『ストレラはすぐ怒るんだろ? ならこんな大事な時に泣いてたらきっと

 大激怒されるんじゃないか?』


「はい・・・!はいっ・・・!」


「・・・よかったっ・・・よかったっ・・・!!」


『よし、それでな、オーキッド。聞きたいんだが・・・・この監獄にはお前の他にも

 団員は捕まっているのか?』


「はい・・・! 他の独房にバラバラに収監されています。」


『そうか。あのな、おれ達はここへ穏便に救出しに来た訳じゃない。』

『おれ達は・・・・・・』


おれはオーキッドに計画の内容を伝えた。


監獄に騎士団員が収監されていて、しかもこいつらがストレラを慕っている

というのは嬉しい誤算だ。計画を少し訂正して情報を共有した。




「・・・・それって・・・・」


『それがこの監獄を切り抜ける唯一の手段だ。』

『・・・できるか?』


「・・・・はいっ! さいっこーですっ! やらせてください!」


『よし・・・・分かっていると思うが、危険な作戦だ。』

『そしてお前達が失敗したらストレラの救出も失敗。』


「任せてください!」



その時、痺れを切らしたゼロの言葉が遮った。


「おいおい、いつまで話してるんだ。」

「まさか知り合いでもなかろうに。」


『いや、悪かった。もういいんだ。』

『・・・進もう。』


最後にオーキッドを見ると、彼女は僅かに頷いた。


「・・・ボスさん、今何を話していたんですか?」


『まあ、ピンチの時の心構えってとこさ。』



移動を再開すると、Pちゃんさんから通信が入った。


―「まさゆきさん、今のはゴスペル騎士団員のオーキッドですね。」―


―「彼女は特にストレラを慕っていた団員の一人です。」―

―「ここ一年の内に刷新され大量に補充された団員の中の一人ですが、短い

  付き合いなりにお互いの信頼は厚い様です。オーキッドは16歳。

  一年の濃さはその年齢相応でしょう。」―


じゅっ、じゅうろく!?

いや、確かに声はかなり若いと思ったが・・・・16!?

制服着て学校行ってる歳じゃないか。被り物で顔は見えなかったからな・・・


―「それと、たった今タイフォンからフォスさんとアンダーソンさんに関する

  兵器資料の提示を要求されました。」―


―「スケジュールに拘る男です、彼にとってはそれなりの不安要素でしょう。」―

―「既に監視塔には監獄外に置いていた戦力を待機させている筈。」―


―「そろそろ相手のシステムを混乱させるタイミングです。」―


―「まさゆきさん、お気を付けて。」―


・・・了解ですPちゃんさん・・・!


通路を進んで行くと、一つの扉に行き当たった。

黒い鉄製の扉。それを開けると目の前に広めの牢獄が4つ並んでいる。


『・・・・シアン。』


「・・・は、はい。」



ゼロが牢獄の一つを解錠した様だ。

システムによるセキュリティだ。物理的な鍵ではない。


「森川まさゆき。」

「悪いが先にこちらの牢から囚人を一人解放させてもらう。」


『囚人を解放?』


「廃棄予定の兵器だったんだが、その戦闘能力を鑑み再利用処分に変更

 されてね。ソイツを同伴させてもらうよ。」


『・・・また急だな。』


「 “キリサキ” って言ってな。敵味方関係なく殺傷する危険な奴なんだが

 こいつが強くてな・・・・まぁ螺旋監獄ってのはこんな場所だ。

 これからベルゼブルの視察もある。どんなが起こるか分からんからな。」


「なぁに、キリサキもパペッターボックスで制御されている。何もできないさ。」

「・・・アンタもその方が安心だろう?」



ピピッ・・・・

―「まさゆきさん、キリサキは危険です。」―

―「フォス君の存在を警戒して念には念を押すつもりでしょう。」―

―「アルちゃんとフォス君、アンダーソンさんに戦闘体制をとらせてください。」―


厄介な事になったな・・・


『フォス、アンダーソン。』

『狂暴な囚人が解放されるらしい。いつでも応戦できる様にしてくれ。』


「慎重だな、森川まさゆき。」

「そうだよなぁ・・・・あんたはあの “英雄森川まさゆき” だ。」

「当然だよな。」


ゼロは口角を上げた。こいつの笑みには何か影がある・・・・


「隣の牢にストレラがいるぞ。ロックは外してある。」

「見たい物があるなら済ませてくれ。」


ゼロはそのまま左奥の牢に入って行った。


おれは隣の牢の扉を開けて中に入る。

中には数本の柱が天井から伸びていて、その柱の一つ一つに囚人が鎖に繋がれて

おり、見渡すと奥でうなだれる女性の囚人が力無く座り込んでいた。


・・・・・ストレラだ。


『シアン、監獄のシステムは混乱させられそうか?』


「は、はい!」

「さっき、管制塔と監視塔を通過した時に “リキッドボール” を置いて来ました。」


『リキッドボール?』


「リキッドボールは、直径僅か三センチの半液体状の球体です。

 起動すれば自律的に活動を始め、制御コンピューターに形状を変えて入り込み

 端末情報を読み取り接続します。ウィルスはそこから流し込まれ、監獄の

 システム内へ潜伏し、私の信号で一気に管理システムを掻き回します。」


「役割を果たしたリキッドボールは端末から外れて液状に変化し、三十秒程度で

 蒸発して消滅します。」


『そ、それもシアンが作ったんだよな?』


「はいっ!でも危険すぎるからって、司令に怒られてお蔵入りしていたのを

 引っ張り出して、改造したんです。」


は、はは・・・確かにそれは危険すぎる・・・

それが悪い奴の手に渡ったら、使い方次第ではKINGSだって簡単に壊滅させられて

しまいそうなステルスサイバー爆弾だ・・・いきなり持って来られたとしたら、

Pちゃんさんもさぞ焦った事だろう・・・


「ボスさん、起動、しますか?」


『あ、あぁ、頼む。』


シアンは手首に着けている腕時計型の端末を操作し、こちらを見てにこ~っと

笑みを浮かべた。・・・・恐ろしい子・・・・!!


『フォス、アンダーソン、ここからは状況が大きく変化する。』

『準備はいいか?』


「うん、ぼくは何が起こっても平気だよ。」

「アンダーソンもいる事だしね。」


フォスには一切の焦りや恐怖は無い。

流石はアウロラの化身だな・・・・その未知の力はまだおれも確認しては

いないが、アニマから切り離されたとはいえ、その力を多少なりとも宿している

のなら並の相手にやられる事はないのかもしれない。


おれはアルを抱っこし、唸り威嚇する他の囚人を避けて奥へ進んだ。




『・・・・ストレラ、だな?』



「・・・・・」



ストレラは他の囚人と同様に、ボロボロの汚れた囚人服を身に付け首をだらんと

下に垂れていた。


こちらの呼び掛けに反応し、ゆっくりと顔を上げる。


「・・・・おまえは・・・・」

「・・・森川・・・まさゆき・・・?」


『あぁ、そうだ。』

『助けに来た。大丈夫か?』


「助けに・・・?」

「・・・・私を、か?」


「・・・・馬鹿な事を・・・言わないでくれ」


ストレラは大分やつれており、その目からは生気が消えていた。



「私は、もう・・・おしまいだ・・・・消えてくれ」


「それとも・・・私を笑いに来たのか?」



『何言ってるんだ。』

『助けに来たって言ったろう。』



「私に・・・救いは無い・・・」


『お、おい、弱気にならないでくれ!』

『ここから出られるんだぞ!』


『ここに来る前な、お前の部下の団員に会ったんだ。

 皆でここを出よう・・・!! おれ達もお前に感謝してるんだ。

 生きてさえいれば・・・・』



「放っておけと言っているんだっっ!!!!」



『・・・!!』


「・・・・私には・・・解っているぞ」

「お前は英雄なんかじゃない・・・・!!」


「特別な力もなく、部下の影に隠れながら安全圏で権利をぶら下げているだけの

 お飾りだろうっ! お前の様な奴がアニマと戦う組織など生み出せるもんか!

 兵器を導けるもんか!」


「お飾りは・・・・無力の証なんだっ・・・・!!」


「お前になんか、何一つ救えるものなんて無い・・・!」

「そして・・・・・わたしにもっ・・・・!」


「わたし・・・にもっ・・・・ぅっ・・・ぐっ・・・!」



こうべを垂れ、頬を伝う涙の雫が鉄の床にこぼれた。


『・・・・ストレラ・・・・』



「・・・・無駄足だったな・・・・」

「はやく・・・・消えてくれ」


『お前・・・死ぬつもりなのか?』



「何か問題でもあるのか・・・」



「私は全てに負けたんだ・・・・」


「女として生まれ、サピエンテスの系譜にあり、大切な人を守れず、

 兵器として劣り・・・・あの子等を救えない・・・・」


「私は・・・・もう・・・」




ゴゴゴ・・・・・!


その時、小さな地響きが鳴り通路の奥から騒音が聞こえた。

・・・・螺旋監獄のシステムが狂い始めたんだ!

ストレラの両手足に繋がれた錠が、ガチッ、と音を立てて外れた。

同時に周囲の柱に繋がれた囚人達も拘束から解放されていく。


「・・・お前達がやったのか」


「馬鹿な事を・・・」


『ストレラ! 頼む!今は黙って協力してくれ!』

『お前が協力してくれれば騎士団を救う事ができる!』

『だがお前が全てを捨ててしまったら、救えるものが全部救えなくなって

 しまうんだ・・・・!』


扉の向こうの通路から、破壊音が響いてくる・・・!

囚人が自由に気付いて暴れ始めたんだ!


周囲の囚人もその力を解放していく・・・!

おれ達の背後に繋がれていた囚人はその体を巨大化させ、牙を持った半獣の

怪物に変貌していた!!


『ストレラ!!』



「・・・っ!」


「わたしはっ!!兵器だ!!」

「お前に何が解る!!兵器として存在しなければならない私達の何が!!」

「兵器として行き場を失い、無価値と烙印を押された私達の何が!!」


「光を閉ざされ、希望を取り上げられ、死を望まれて嘲笑われ・・・」


「情けで許された世界で、無力なガラクタとして疎まれながら存在する事を

 許可されて、惨めに生きなければならないなら・・・・私はっ」



「私はっ・・・・!!」




「消えてしまいたいっ・・・・!!!」




ドゴオオォォッ!!!!

背後の柱が砕けて巨大な半獣の囚人がこちらに襲い掛かった!!


『・・・・アルっ!!!』


「んっ!」


瞬間、おれとアルの頭上に冷気を纏った巨大な氷柱つららが出現し、半獣に向けて

高速で発射されたその氷の軌跡は、巨大な体躯の鳩尾みぞおちを貫きながら牢獄の鉄格子と

その奥の壁を派手にぶち抜いた!!



『アル、よくやった!』

『よく反応してくれたもんだ!』


「ぅん・・・!あるも、がんばる!」



「おいおい!何だこれは!」


大きく歪んだ鉄格子の向こうからゼロが現れ驚嘆していた。


「突然管理システムにエラーが発生した様だ!」

「・・・・お前等・・・・まさか・・・!」


『おいアンタ!』

『囚人が暴れ始めたぞ!』

『タイフォンも見ているんだろう! 今は状況の収拾が先決だ!この監獄の構造上、

 下へ下る訳にはいかない!脱出路を確保する!異論は無いだろうな!!』


「あぁ!それでいい・・・!!」

「・・・ふん!先手を打たれたか・・・」


ゼロの隣には一人の囚人が立っている。

目が鋭く、長髪の男だ。そいつがゼロの言っていた危険な囚人か・・・!

その両腕はサーベルになっており、薄暗い照明の光を反射して鈍く光っている。


「囚人が解放されたとなれば相手をしてもキリは無いが・・・・」

「キリサキ、英雄森川まさゆき殿が囚人に囲まれている。これは彼のピンチだ。

 この牢に存在する囚人を斬れ。」



ゼロの命令に合わせて囚人 “キリサキ” は両腕を上げて構えると舌なめずりをし、

鋭い目を歪ませこちらを見た・・・・!


「ククッ、ククッ、嗚呼・・・・ようやく斬れるのかぁ・・・・」

「女子供もいるじゃないか・・・・ククッ、最高だぁ・・・」



「アンダーソン。」


フォスの言葉が聞こえた瞬間、周囲にズゴゴッと衝撃が走り、目の前の光景が上に

ずれた・・・・いや、おれ達の足場が下がっている!?


ガイィィンッ!!と金属の衝突音が響き、気が付けばおれの目の前でアンダーソンが

キリサキのサーベルを受け止めていた! こいつ・・・・直接おれを狙ったのか!!

床はキリサキの斬撃で崩壊し、おれ達は下の階層に落下してしまった!!


『ぐあっっ!!』

「ひゃぁー!ぼ、ボスさん~っ!!」


ゴガガガガッ!!!鉄で出来ている筈の床が激しい崩落音を上げて階下の牢獄に

降り注いだ! アルを抱いたおれにシアンがしがみつき、そんなおれをアンダーソン

が更に担ぎ上げ、三人を抱えて下の階層に着地した。


『あ、アンダーソン、すまん!助かる!!』


「あ、あわわわっ・・・ぼ、ぼしゅしゃん」


『し、シアン大丈夫か、しっかりしろ!これからだぞ!』


どうやらフォスも無事に着地したらしく、共に落下したストレラの隣に立っていた。

・・・今のアンダーソンへの掛け声が無ければ、おれは確実に死んでいた・・・!

キリサキの斬撃で床ごと斬られた他の囚人も同じく落下してきたらしく、血まみれで

ピクリとも動かなかった。


『フォス、助かった!』


「ふふ。お兄ちゃんを守ったのはアンダーソンだよ。」

「・・・下に落ちちゃったね。他の兵器戦力も沢山いるし、あのキリサキっていう

 手の早い兵器も一緒に落ちてきているよ。」


振り向くと、床と天井との間を構成するコンクリートスラブが砕けて砂塵の様に

薄く幕を作り、その奥から奴のシルエットが浮かび上がった。


「ククッ、ククッ、なんだ・・・俺の斬撃を止められる奴がいるのかぁ」

「・・・・面白い奴だなぁ、気配が全く感じられねぇ・・・まるでアニマみてぇだ」


『おいお前っ!』

『おれを狙うのはゼロの指示って事でいいんだな!?』


「ククッ! 知るかぁ! 俺はこの刃でぶった斬れりゃあ何だってイイのよ!」

「聞けば下の層に行けば行くだけ兵器の数が多いらしいじゃねぇか!」

「監獄のシステムが狂ったんなら丁度良い、俺以外の兵器もテメー等も全部

 俺の玩具だぁ! 肉片になって俺を楽しませろ!!」


ダンッ!と鉄の床を蹴り、キリサキは凄まじい速さでこちらに斬り掛かった!

しかしおれと奴の間にいるのはアンダーソンだ! その銀の剣でキリサキの

サーベルを弾き、立て続けに繰り出される斬撃を全て刃で受け止めていた!


ピピッ・・・!

―「まさゆきさん、先程も言いましたが、あれは近接戦闘特化型の

 殺戮兵器 “キリサキ” です!」―


『Pちゃんさん!』


―「キリサキは強力です!」―


―「アニマLEVEL-4の集団を相手に一切の引けを取らず、KINGSの誇る気鋭の

  近接戦闘部隊をたった一つの傷を負う事も無く全滅させる程の力を有して

  います・・・・!」


―「敵も味方も無く、ただ相手を殺傷する事を至上の喜びとする彼は、

  大規模な研究所を一つ壊滅させ、収容されていた被験者と職員を全て惨殺し、

  KINGSの特殊戦力部隊によってなんとか捕縛に成功した正に狂戦士です。」―


―「まさゆきさん、キリサキとの戦闘に拘る必要はありません!」―

―「ストレラを戦力に加えて脱出を図ってください!」―


『分かりました!』


『おいストレラ!立てるか!』


「・・・・・」



ストレラは床にうずくまって動かない・・・!

まずい・・・! この作戦はストレラの生きる意思が大前提だってのに!

ストレラが戦う為に立ち上がる事ができなければどのみち彼女を救う事は

できない・・・!


おれはストレラに歩み寄り、その肩に手を掛けた。


『立て!ストレラ!』

『お前はまだ何も終わっちゃいない!! お前は、お前を生かそうとする世界で

 まだ生きちゃいないじゃないか!こんな所で終わるな! 』


『こんな世界がこの世の全てだなんて思わないでくれっ!!』



「・・・・わた・・しは・・・」

「生きていちゃ・・・いけないんだ・・・・」



キリサキの斬撃は周囲の囚人を巻き込んで次々に血まみれの肉塊に変えていく。

囚人は逃げようとする者、殺し合う者、動かずに座り込む者・・・様々で、

場は混沌を深めていく・・・!


狂暴な囚人が四方を囲み、こちらへ攻撃を仕掛ける・・・!!


『くっ・・・! アルっ・・・!』


ヒュアッ・・・!と鋭い冷気が頬を撫でたと思うと、四方の囚人の眼前につややかな

氷の球体が現れ、そこから大量のトゲが飛び出し囚人の全身を貫き動きを制止

させてしまった・・・!! 氷のトゲボールが囚人の亡骸を纏って小さく転がる。


囚人は他にもまだまだ暴れている。

制御不能の兵器を多く収容した監獄か・・・物量を考えると流石にキツいな。


アンダーソンは複数の囚人の攻撃を躱し、その刃で敵の急所を突く事で手数を

最小限に抑えながらキリサキに応戦していた。

・・・・強い! 流石は新生アニマでロムザと肩を並べて戦っただけの事はある!


しかし数の不利は動かし難い事実だ。

キリサキの斬撃は後方の離れた空間にすら届き、周囲を切り裂いていく!


『何なんだあの斬撃!』

『刀身の長さは変わらないのに、攻撃範囲が広すぎる!』


「あ、あれは多分、《ディメンションシェーバー》ですっ!」


「刃の斬撃によって特殊空間を作り出し、空間を真空化します。そして

 真空波・・・つまり真空によって作り出されたカマイタチを極限に強化して

 離れた対象物を斬ってしまうんです! ・・・・でもあれ、かなりの高出力

 ですよ・・・! 普通のディメンションシェーバーじゃありません!」


『シアン、弱点は無いのか!?』


「じゃ、弱点ですか!?・・・えっと、えっと、ディメンションシェーバー自体を

 封じるしかありませんが、問題はあの体に両腕以外の武器化できる部位が他に

 備えられているかどうかです!」


「あ、あとは純粋な戦闘能力で鎮圧できるかどうかが・・・ひゃあっ!!!」


キリサキの斬撃が床を抉って周囲を駆け巡った!!


『っ!! 嘘だろ!!』


ゴガガガガッ!!!

何と、また鉄床が沈み込み、複数枚のプレートに切り分けられ下層に落下した!!


おれはアルを抱っこしながら足場ごと下層に着地し、尻を打った!!

『あーーーーっっ!!!』


「あぅぅ~・・・・いたいですぅ・・・」


『し、し、シアン、大丈夫か・・・・!?』


「は、はいぃ・・・おしり、うっちゃいましたぁ・・・ぐすっ」


アルがおれの腕から離れてシアンにしがみついた。


「うえぇ・・・あるちゃぁん・・・!!」


しかしマズイ。

どんどん下層に落ちてきている。キリサキはおれ達を下へ叩き落とす様に

ゼロと計画を合わせていたのかもしれないな・・・・!!

このまま時間をかけてしまえば、監視塔に待機している戦力がこちらへ

到達して更に下へ押し下げられてしまう・・・!




――次の瞬間、頭上から巨大な囚人が降ってきた!!


マンモスの様な巨大な体積を有する囚人だっ!!!


『・・・・!!!』


おれは何かの不思議な力に押され、フォスとストレラの方向へ転がった!

巨大な囚人は床に激突し、強い衝撃波を放ちながら床を粉砕し、下層へ

落下していった!!


シアンとアルは衝撃波で吹き飛ばされ落下を免れたが、おれとフォスとストレラは

巨大な囚人が作り出した穴へと落下してしまった!!!


『うわあぁぁぁっ!!!』


囚人の強力なプレスは階層の破壊を続け、留まる事無く下へ下へと階層を突き破り

続け、おれ達はそれに続いて穴を落下していく!!!



ドゴオオォォォッッ!!!!

床の破壊音と共に、マンモス級の囚人はその落下運動を止めた!


おれ達は巨大な囚人の背中に衝突しそうになり、咄嗟に目を閉じたが

不思議な事に、何に衝突する事なく体が浮遊感覚を覚え、囚人の背中ではなく

床に着地した。


『はぁ、はぁ、はぁ・・・・い、生きているのかおれ。』

『・・・っ! ストレラ! フォス!』


隣を見ると、フォスが変わらない柔らかい笑顔で佇んでおり、隣にストレラが

蹲っている。


『・・・よかった!』

『怪我は無いか?フォス、ストレラ。』


「うん。ぼくもこの人も平気だよ。」

「それにしても、ずいぶん落ちたねぇ。」


天井を見上げると、元いた階がよく見えない程に遠くなっていた。

いったい何層ぶち抜いたんだ・・・・?


『あ、あぁ。どうしておれ達助かったんだろうな・・・・』


ここは円形のかなり広い空間だ。

囚人が繋がれていないが・・・・一体なんの部屋なんだろうか。


「!」

「・・・・それよりもお兄ちゃん。」

「あいつ、起き上がるよ。」


『・・・げっ!』


あのマンモスの奴も死んじゃいなかったのか・・・・!

ヤバい!戦力が切り離されてしまった!

おれは慌てて通信を入れた!


『シアン!聞こえるか、シアン!』


―「あっ、あっ! ボスさんっ! 聞こえていますわたしシアンですっ!!」―


『お、落ち着けシアン!』

『そっちは無事なのか!?』


―「は、はい!」―

―「アンダーソンさんとアルちゃんが敵を食い止めてくれています!」―


ピピピッ!

―「シアン、まさゆきさん、聞こえますか!」―


Pちゃんさんだ!

音声が拡声モードで周囲に響いた。


『Pちゃんさん! マズイ事になりました!』

『三人ずつに分断されてしまって・・・・・』


―「はい、把握しています・・・!」―


―「まさゆきさん、あなたはフォスくんとストレラを伴って上階への

  脱出ルートを速やかに探してください!そこは最下層より一つ上の

  階層です!それ以上下に落ちれば、ベルゼブルの領域・・・・

  何とか上へ上がってください!」―


『なっ・・・・!!』

『そんなに下まで落ちていたのか・・・・!!』


―「シアン!あなた達の指揮は私が執ります!」―

―「フォスくん。アンダーソンさんは私の指示に対応する事はできますか?」―


「うん、できるよ。」

「それじゃあ、今はあなたの言葉を優先する様にアンダーソンに呼び掛けるね。」


―「まさゆきさん、その層の囚人は強力な囚人が特に集中して収監されています」―

―「私は上層の三人をなんとかあなたに合流させる様に誘導しますから、移動を

  しつつ、何よりも生き残る事を優先してください!」―


『・・・分かりました!』


『フォス、ストレラ! 聞いたな?』

『まずはこの場をなんとか切り抜けるぞ!!』


「・・・・」


ストレラはやはり気力を喪失している・・・!


唯一、生きる事を許された兵器の世界で、その存在を否定されたストレラの心は今

完全に折れてしまっているんだ・・・!


ストレラにとって、きっと他の世界なんて有りはしない。

そのたった一つの世界に閉じ込められて生きてきたストレラにとって、

兵器としての存在意義こそが “世界の全て” だったんだ・・・・・

その “世界の全て” に否定され、へし折られた心を修繕する術をおれは持たない。


持たないが、今はだからといってストレラを放っておいて立ち止まる訳には

いかないんだ!



『ストレラ! 立て! 立ってくれ!』


『お前はまだ全てを失ってなんかいない!!』

『確かに現実はお前から取り返しのつかないものを奪ったのかもしれない!』

『だがどんな事があろうと、お前から奪えないものがある筈だろう!!』


『大事な人がいたはずだ!! そこから育まれたお前自身はどうなる!!

 それを殺してしまっていいのか!?』


「・・・!」


「そんなものは・・・もう・・・!」



「もう何の意味も持たない・・・! 存在を許されないのなら、目の前にあるのは

 消滅だけだ!全てを無に還す消滅・・・・それが私に許された、たった一つの

 希望・・・・」


こちらを見上げて大粒の涙をこぼした。



『馬鹿っ!!お前を形作ったものが何の意味も持たないなら、涙なんて出るわけ

 ないだろっ!!』


『死ぬ事が希望だなんて言うな!!』


『頼む、ストレラ!立ってくれ!』

『ストレラっっ!!!』



「もぅ・・・・遅いんだ・・・私は・・・・」



巨大なマンモスの囚人が唸り声を上げ、こちらを見て明らかな構えを取った。

ヤバイ・・・・!! 吸引レールガンを取り出すが、この質量の相手に

通用する気がまったくしない!



・・・・その時。



ヒュルルル・・・・と何かが落下してくる音が聞こえ、咄嗟に穴の空いた天井を

見上げると、十字に輝く複数の光の粒が落ちてくるのが分かった。



『なんだ・・・・あれは?』



光の粒はやがて大きくなり、十字の光を収縮させていく。





そして次の瞬間、訪れた光によって状況は一変するのだった。


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