第32話 《堕ち行く天馬》





―「・・・よって騎士団長ストレラを、解任、拘禁する」―



満身創痍のおれ達がバルバトスの司令室に戻ると早々に通信が入り、

軍事部門統括本部長“タイフォン” が、ゴスペル騎士団長ストレラの命令違反

による人事処分を言い渡した。




―「重要作戦である上、只でさえ戦力不足により切迫する戦線であるのに

  軍規を乱し、あまつさえ越権行為にすら抵触する勝手な取引を貴艦に

  持ち掛けた上、陣頭指揮において騎士団部隊を半壊させたその体たらくは

  もはや見過ごせん」―



―「相応の処分ののち、新たな騎士団長を選任し追って知らせよう」―


―「現在周辺空域はアニマの沈静化により、戦線が解除された」―


―「しかし今回の作戦における貴艦の失態は、それだけで人類を滅亡させる程の

  重大な事案だ」―


―「この件に関して現在、意思決定機関サピエンテスによる緊急会議が予定されている事は

  総司令官殿にも既に御伝達の程と思うが、どの様な方針が示されようとも

  貴殿等による失態の収集が示されねば立つ顔があるまい」―


―「少なくとも私の管轄にける損失は極めて大きい」―


―「サピエンテスに席を置く総司令殿、そして救世主森川まさゆき殿の

  御考え如何では私も場合によっては納得し兼ねますな」―



Pちゃんさんが答えた。



「タイフォン。」


「サピエンテスの協議は貴方も気になるところでしょう。」

「英雄森川まさゆきによる強権的な決定方法で収集をつけてしまったのでは

 貴方達にとってもそれは極めて残酷な話です。納得のいくものではありません。」


「ギランバレーに掛け合います。今回の貴方の責任は私が負いましょう。」

「軍事資金の融通を求めていましたね。その補填もパイプを提供します。」


「しかし軍事部門の権限拡大は期待しないでください」

「貴方も同じKINGSの船に乗る同族。鉄の掟は解っているでしょう。」

「この事は結論から言っておきます。議題に上がるファントムとアルフィは、

 継続してバルバトスでのアニマ討伐の任に置きます。サピエンテスに於いて

 議論ののち組織内の幾許いくばくかの再編はやむを得ませんが、新しく置き換わる

 騎士団がその役割を変える事はありません。」


「しかし、その様な決定だけでは貴方を含めた各部門も不服でしょう。」



―「無論ですな」―


―「僭越ながら提案させて頂きたい」―


―「今回のファントム及び αアルファ のもたらした人類破局の危機が、両兵器の拿捕だほでは

  到底払拭しきれない程の警戒と疑念を生んだというこの事実は到底

  放置できたものではない・・・・」―


―「総司令官殿としましても、そのみそぎをお望みでしょう」―


―「・・・では “アメンティ” の螺旋監獄らせんかんごくを視察しては如何か」―



「アメンティの螺旋監獄・・・・タイフォン。」

の処分は完了したと報告を受けましたが、何か問題でも?」



―「処分は完了したが、消滅した訳ではない」―


―「もまた我々の貴重な研究成果であり、戦力」―


―「人類の勝利の為に悪魔と契約するのがKINGSの戦い方である以上、朽ちかけた

  悪魔を掬い上げ隷属する事もまた我々の戦いだ」―


―「・・・近頃アレの調子が安定しないらしい。貴殿等はアニマに関する特異な

  見識と経験持つ。流石は英雄森川まさゆき擁するバルバトスである」―


―「したがって、螺旋監獄と関連技術の視察、及びから取れる

  性能データの確保・・・そして、そうですな、貴殿等の所見をお聞かせ

  願いましょうか」―


Pちゃんさんは小さな溜め息をこぼし、後ろで組んでいた手を解いて答えた。



「いいでしょう。アメンティの螺旋監獄はどのみち赴くつもりでした。」


「・・・・しかしタイフォン。」


「ギランバレー同様、その手に掛けているものが命である事をよく意識して

 ください。」


「悪魔の契約は、貴方を悪魔に変えていく事でしょう。」

「しかし悪魔になるという事は人間的な死を意味します。」

「KINGSの戦いは人を守る戦い。人を守る事の意味が分かりますね?」


「KINGSは、人の有機性を失ったアニマ悪魔を討ち倒すための組織です。」


「・・・・私は仲間を討ちたくはない。」



―「・・・・私からの通信は以上だ」―


―「アメンティへの視察は早急にお願いしたい」―


―「良い知らせを聞きたいものですな」―




タイフォンからの通信が切れた。


『・・・・アメンティ・・・って何だ?』


壁に背をつけて目を瞑りながら休んでいたパーマが答える。


「監獄を主とした、研究所や軍事演習場を兼ねた複合施設ですよ。」

「KINGSの裏切り者・・・・まぁ私の様な者や、命令違反者、軍規違反者や

 制御しきれない兵器生物等を閉じ込めた大規模な監獄です。」


「兵器実験の為に調したあらゆる生物もここに監禁され、他の研究施設に

 被験体として供給されるのです。投獄された兵器達も新たな兵器として作り直し

 再利用する為に一度無力化して出荷されます。」


「・・・KINGSの誇るブロイラーといったところです。」



『ブロイラー・・・・って』


「先程話にあったストレラの投獄先もここでしょうね。」


『そう、それだ。』

『さっきタイフォンがストレラに処分を下すって言ってたよな』

『処分っていったって、何も投獄までするか?』


「投獄するのは殺処分の為です。」


『・・・は?』


「ストレラも一兵器です。騎士団長という立場であっても最初から付け替を

 前提として選別された存在ですからね。問題あらば文字通りの処分です。」

「ブロイラーに同情をする生産者などいませんよ。」


『ま、待て待て!』

『それは余計におかしいだろ・・・!』


『それに、ストレラの協力がなかったらバルバトスは今頃・・・!』



「その通りです、まさゆきさん。」

「報告では、新生アニマへ攻撃をする際やバルバトスの後退を騎士団の

 援護で切り抜ける事ができたと聞いています。」


「それなら彼女は、森川まさゆきを守り、補助するという騎士団としての役割を

 十分に果たした事になります。」


「彼女は讃えられるべきであって処分を受けるのは筋違い。」

「しかし今のタイフォンは彼女の解放を容認しないでしょう。」


『ど、どうしてですか・・・!』


「驚くかと思いますが・・・・ストレラは、実はギランバレーの孫なんです」



『・・・・へ?』



「そして恐らくこの決定はギランバレーが既に容認している筈。」

「こうなると、タイフォンという男は既に決定している処分を取り下げる

 という判断は絶対にしません。」


『ス、ストレラが、サピエンテスの一人であるギランバレーの孫なら普通、

 何としてでもそんな処分は止めるでしょう!?』


「・・・ギランバレーはそういう男です。」


「彼は、自らの血が繋がったストレラを兵器開発の実験体として研究所に

 差し出しました。当時取り止めを迫られる程危険な兵器開発プロジェクトを

 完遂させるため・・・新型兵器の完成モデルとして、開発成功の実績を

 作り出すために自らの孫を使う事で周囲の声を説得しました」


「結果・・・・開発は失敗。」

「ストレラは失敗作の烙印を押され、祖父であるはずのギランバレーから

 欠落品に対する失望と憤怒、軽蔑の目を向けられ、その体裁の為だけに

 騎士団長の席を宛てがわれました。」


「彼女は、初代団長であるクラウスに憧れ、祖父の憎しみの視線に耐えながら

 努力を重ねましたが・・・成果を挙げる事の無いまま、いつしかお飾りと

 呼ばれる様になってしまいます。」


「ギランバレーから命を受けていたタイフォンはストレラの生殺与奪を握り、

 それでも従順なストレラを、使い易い手駒程度に考えていたようです。」


「・・・私には、彼女が不憫でなりません。」



『なんだよそれ・・・・』


椅子に座って、ヘリコに包帯を巻いてもらいながらウェルシュが口を開いた。


「KINGSはそんな世界を作り出してきた。」

「KINGSは自らを疑わない。自らの足跡を見るために後ろを振り向く事もない。」

「後ろを見る時は、ただデータを収集する時だけ。」


「ストレラは、ギランバレーにとって後方に転がるデータの残骸に過ぎない。」


「タイフォンは車輪みたいなものだわ。ただ進む事のみに意味を見い出し、

 その方向には関心を持たない。ただ上に乗っているギランバレーの舵取りが

 左に向けばその通りに進むだけ。」


「こんな世界では、ストレラは救済すら期待しようが無い。」


『ふざけてる・・・!!』



「まさゆきさん。」

「バルバトスの次の行き先は・・・確認するまでもありませんね?」



『当然です。』



『行ってやろうじゃないか・・・そのアメンティの螺旋監獄って所に。』


『ストレラとの取り引きは今は考えなくてもいい。』


『ストレラに下された処分とやらをぶち壊しに行こう!』


やれやれとパーマが溜め息をこぼした。


「・・・例によって感情で動くお方だ。」

「貴方の指示には従わざるを得ませんが、こちらも体勢を整える

 必要があります。」


「司令、ストレラの処分決行までどの程度の猶予があるのですか?」



「そうですね、約一週間といったところです。」



ヘリコがウェルシュの腕の関節を動かして、怪我の状態を確認しながら言った。


「あなた達の体のコンディションは一週間程度の安静ではどうにもならないわよ。」

「当然、下で寝ているY子もまだ出動不能。」


「まったく、一度の出動で持ち帰ってくる体の負担を解消する前に次の出動を

 重ねて、また過度な負担を背負って帰ってくるんだから・・・・・」


「後で全員医務室へ来なさい。」

「今回の成り行きを考えれば恐らく、アメンティで何かが起こる・・・・」


『・・・何か?』


そこはKINGSの施設だろう?

ヘリコは何を警戒しているのだろうか。


「ボスが現地に行かざるを得ない以上、メンバーが誰かしら同行しなければね。

「その判断は私がするわ、司令。」


「ありがとう。よろしく頼みます、ヘリコ。」



「・・・・・さーーーって!」


「皆さん帰って来て早々に急な通信が入りましたが、よく無事帰還しました!」



Pちゃんさんはおれの隣で手を繋いでいるアルの元へ歩み寄り、しゃがんで

アルに微笑みかけた。



「お帰りなさい、アルフィちゃん。」

「アルちゃんが帰って来てくれて本当によかった。」

「帰って来てくれてありがとう。」


Pちゃんさんはアルを優しく抱き締めた。


「ここにいていいのよ」


「私達はアルちゃんにいてほしいの・・・」


「さむくって怖かったね、もう大丈夫。」

「大丈夫だよ」


アルは瞼を半分閉じて、その瞳から涙がこぼれた。


子供が一番欲しいものは、優しいぬくもりなんだと思う。


必要としてくれて、大事にしてくれて、守ってくれる場所。


見返りの世界ではなく、無償の愛情をくれる世界。

それは、一般的なケースでは母親が注いでくれるもので、無償の愛は

一生の内そこでしか得られないものだけれど、アルには親もいないし

その存在を許してくれる人もいなかった。


だから大人があれこれ言わずに包み込んであげなきゃいかんのだ。


理屈を探している暇なんてないのだ。


子供の永遠とも思える苦しみの一瞬を掬い上げて、愛したい世界を手渡す事が

出来なければ、こんな世界は空虚で、しんどくって、馬鹿馬鹿しくって

とても生きて行けやしないのだ。



Pちゃんさんが居てくれて、おれは本当に救われる思いだった。

どうという事もなく、すぐに優しく抱き締めてくれたその姿を見て、心の底から

そう思ったのだ。



「まさゆきさん、私は直ぐにサピエンテスの会議へ向かいます」


「まさゆきさんもウェルシュもパーマも、数日は療養する事になるでしょう。」

「私はその間に戻って来ますから、束の間の休息になるかとは思いますがゆっくり

 休んでくださいね。」


『Pちゃんさん・・・いつもすみません。』


「ふふっ、これが私の役割ですから、いいんです。」


その笑顔は完全に天使属性500%を優に越えていた・・・・


いや何だ天使属性って・・・・



「・・・はい、おしまい。」

「ウェルシュ、包帯だけで治るほど人体は単純に出来ていないんだから後で

 必ず医務室に来なさい。」


「ほっときゃ治るわよ。」


ペシン!とヘリコがウェルシュの包帯を巻いた腕をはたくと、あっ!と言って

ウェルシュは甚だ不満なむくれ顔でヘリコを見た。


「このヤブ医者・・・」


「そのうち手元が狂うわよ」


ブルっとくる一言に背を向けて、ウェルシュは司令室を出て行った。

部屋に戻って寝るのだろう。医者嫌いだからな、あいつ。




「・・・それではアルちゃんを縛り付けていたベイジンは、今回で消滅したのね?」


「えぇ司令。これまで観測してきたベイジンはどうやらコピーだった様ですねぇ」

「本体は、自らの支配力を物理的に投影させた“影”をもってして、遠隔から

 翻弄する正に悪魔的な炎の支配者でした。」


「アニマがベイジンを量産できない限り、もう遭遇する事はないでしょう。」



「お疲れ様でした、パーマ。」


「よくまさゆきさんを守りきってくれました。」


Pちゃんさんは少し目元を緩ませ、柔らかい表情で言った。



「あなたは道化で構いません。立つべきステージと背を向ける方向さえ

 間違えなければ、あなたは偽り欺く者ではなく、人を導く道化になれるはず。」


「仮面を外して素のままのあなたが人を幸福の世界へ導いたその時、私があなたに

 喝采を送りましょう。」


「まさゆきさんが絶望の淵であなたを“信じる者”として選んだ様に、私もあなたを

 信じます。」



「・・・おやおや・・・これ程簡単に許しを与える貴女ではなかった筈です。」


「・・・・・重い責任として拝領しておきましょう」



今回、アルの救出が上手いくかの最大の鍵はパーマだった。


アルに呼び掛けたあの時、何かが砕けた音がした。

あれはパーマがベイジンの鈴を破壊してくれた音に違いない。

少しでも遅れていたらおれは死んでいただろうな・・・・


パーマが仲間にいて本当に良かった。


Pちゃんさんはパーマの肩を軽くポンとタッチし、またアルに話しかけて

しゃがみ込んだ。


ヘリコもアルの元へ移動して、アルの体を見てからにっこり微笑むと

そっと手を伸ばし、小さな頭を優しく撫でて言ってくれた


「お帰りなさいアルフィちゃん。」

「怖かったわね・・・あら、ずいぶん体が冷えてるわ。」

「後で一緒においで。温かいお風呂に入れてあげるわ。」


「・・・体には目立った外傷は無さそうね。」

「でも身体中がいたいでしょう?大丈夫よ、すぐに治してあげる。」


アルは俯いて、控えめにうなずいた。



「にゃ~~~、オレ様も頑張ったんだぜー?」

「甘やかしてくれよぉ~~オレ様もよぉ~~」


「はいはい、そうねネコちゃん。」

「後でミルクをあげるからあなたも医務室にいらっしゃい。」


「にゃ~~~!なんかそれってお手軽だにゃ~~!」


「オレ様、赤身のお刺身を食したいにゃ~~!」

「ちゃんと大根と大葉を敷きづまにしてボタンを据えてほしいにゃ~!」


「あと山菜の天ぷらもつけてくれにゃ。副菜は小松菜と油揚げのおひたしが

 いいにゃ。汁物はすまし汁。三つ葉は必ず乗っけてくれにゃ。

 あれが乗っていないような気の利かない汁は配膳の段階で興が醒めるにゃ。」


「あっ!そうだ!箸休めと八寸も忘れんな!とりあえずお菓子と気の利いた

 酒、そして芸者にゃ、芸者を呼べにゃ!!三味線でべんべんべんべん」


『だーっ!うるせーな!!』

『なんでお前だけ殿様状態なんだよ!』

『チュール買ってやるって言っただろうが。酒飲んでどうすんだお前が。』


「・・・ニャア・・・」


「・・・・・上げて下げて・・・・やがてネグレクト・・・・・」


「・・・・そうやって人間の都合で飼って、人間の都合で飽きられて、

 人間の都合で捨てられるんだにゃ・・・・・人間っていいよな・・・・

 自分達ばっかり美味しい思いしてどうせオレ様なんて・・・・・」


「・・・・・・そこら辺の道路でトラックに轢かれて、通学中の小学生に

 指を差されて、やがて全ての人に忘れ去られるんにゃ・・・」


「どうせっ!オレなんてっ!」


「どうせっっ!!!オレなんてっっ!!!」


『わかーーったよ!』

『・・・いや、何をわかったのかもはや分からんが、とにかくおやつも

 買ってやる。ちゃんと無添加の奴な。すごいだろ、無添加だぞ?』


「うるせーよ。お前無添加の意味解ってんのか。」



『・・・え?・・・あ・・いや・・・ごめん。』



などと馬鹿な会話をしてしまったが、調和の女神であるPちゃんさんが

幼児が遊ぶ公園の砂場の様な空気を一瞬にして調停してくれた。


「ふふ。」


「でも、もうアルちゃんも怖い場所に行かなくて済むね。」

「ここでみんなの帰りを待っている間、遊んだり、お勉強したりしてみよっか?」


「・・・・」


アルは首を横に振った。



「アル、まさゆきと、いっしょにたたかう」



『アル・・・・』


「アルちゃんも、まさゆきさんと一緒にいて、わるものと戦いたいの?」


「・・・・ぅん」


Pちゃんさんはおれを見上げた。



『・・・・』



もしアルが、“ただ銃を持った子供”だったとしたらおれは反対していたと思う。


何故なら銃はその子とは無関係だからだ。その子が生きていく上で成長する

その子の本質とは関係ない、手放せる単なる無機物に過ぎない。

だから暴力の世界とその子を切り離して保護してやれるのだ。


でもアルはそうじゃない。

“単なる子供”とではなく、“アル”と向き合うという事は、この子の生まれ

持たされてしまった性質もありのまま受け入れ、向き合うという事だ。


この力をアニマに与えられたアルは、力と決別して生きる事は出来ない。

そう、この子は決して普通の子供の様には生きられないんだ。

必ず・・・その死が同居する暴力と向き合わなければならない。


その時に、アニマとしての暴力ではなく、それを乗り越えて人を守るために

振りかざした暴力であると、そう言えたのならその力は純粋な呪いじゃなくなる

かもしれない。


・・・・・だが



『アル。ありがとう。』


『アル、おれはね、アルがここで待っていてくれたらいいのになぁって思うよ。

 安全なここで帰ってくるのを待って、おかえりって言ってほしいんだ。

 一緒に来たりなんてしてみろ。ケガしたり、怖い思いを沢山しちゃうんだぞ?』



アルはこくんと頷いた。


『痛い思いだってするかもしれない。』

『アル、泣いちゃうかもしれないんだぞ?』



「・・・まさゆき、いっしょっていった」



「・・・・でも」

「しん、じゃうと、いっしょに、にいられないから」


「ある・・・まさゆきといっしょに、たたかう」



アルは服の布地を両手できゅっと握りながら、おれの目を見てそう言った。

その目は、きっと分かってくれるという確信の様なものが宿った目だ・・・・


わかってるさ・・・わかってるよ。


その言葉はアルだけの言葉だもの。


普通の子供には向き合うべき相応しい何かがある様に、アルという子には、

アルだけが向き合える、アルが向き合う覚悟をした、アルが乗り越えるべき

世界があって、それがこれなんだよな。


・・・・あとは大人の問題だ。つまりおれの問題。

そう。大人が背負う、子供を絶対に死なせてはいけないというこの世で最も

大きな、そして最も大事な至上命題をはっきりと心臓に焼き入れる覚悟だ。


おれはそれを背負ってアルを戦場に連れていけるのか・・・・?


「まさゆきさん。」


「こんな事を言えば、あなたは失望するかもしれませんが、アルちゃんが戦線に

 立つという事は、人類にとって計り知れない巨大な力に・・・希望になるという

 事です。」


「そしてもう一つの希望・・・・この戦いは、アルちゃんがこの世界で生きて

 いく為の戦いなんだと思います。アニマの存在する世界に、私達が本当に“兵器”

 から脱却して生きる場所はありません。」


「・・・どこに居ようとも、そこは戦場の渦中。前方か、それとも後方かに

 過ぎないのです・・・」


「・・・・正しいも間違いも、あなたが決めてください。」


『・・・・・・』



この残酷な世界を変えて、KINGSが生み出したアルの様な存在が生きていける

世界を作るために・・・・おれはこの子を・・・・・



『・・・・・』



『・・・・・わかった。』



『・・・アル。一緒に戦おう。』


「・・・・!」


「ぅん・・・!」



アルの表情は晴れて、瞳が輝いた。


アルと一緒にいるって約束したんだ。

アルに何かあったら、行ってやろうじゃないか。

地獄の底でもどこへでもな・・・!



『でもそのかわり、辛かったり、怖かったり、しんどかったりしたら必ず

 おれに言うんだぞ?おれじゃなくたって、誰に言ってもいい。』


『・・・・できるな?』


「ぅん!」



『よぉし・・・まぁなんだ・・・』

『改めて、よろしくな、アル・・・!』


「よろしく、わかった・・・!」


『あはは、おっけーだ!』




「・・・・ボス、後でアルちゃんと医務室に来てちょうだい。」

「まずはパーマから治療するわ。その後は、どうせ来ないであろうウェルシュの

 所へ治療に行くから、その後に来て欲しい。夜になると思うけれど問題ない?」


『ああ。何の問題もないよ。』

『よろしく頼む、ヘリコ。』


「アルちゃんはあまり動いちゃ駄目よ。」

「痛みが楽になるからできれば横になっているといいわ。」

「はい、これを飲んで。」


『飲み薬ですか。』


「ええ、痛み止めの効果がある。」


粉薬だ。これなら飲みやすい。


「それじゃあ私は戻るわ。」

「準備ができたら連絡するわね。」


ヘリコはいつものハンドポケットでエレベーターへ歩いて行った。


「まさゆきさん」


「帰艦したあなたを労う事もできずにすみません。」

「本当はゆっくりと時間を設けたい所なんですけど・・・」


『いいえ・・・!』

『サピエンテスの会議の準備がありますもんね。』

『おれこそ何かしなきゃいけないのに・・・』


「ふふっ。あなたがあなたでいてくれれば、他には何も必要ありません。」

「こちらは任せてください。サピエンテスはパーマとアルちゃんに関するあらゆる

 要求をしてくるでしょうけど、必ず牽制してみせます。」


この人には本当に頭が上がらないな。

Pちゃんさんは花咲く笑顔をこちらへ向けると、執務室へ戻って行ってしまった。



『そういえば、シアンとフォスとアンダーソンはどうしたんだろう。』


パーマが答える。


「あの御三方はシアンの研究室ですよ。」

「この司令室と通信を繋いで話は聞いていると思います。」


『秘密兵器でも発明してんのか?』


「フフ、どうでしょう。」

「もしかしたら発明の失敗でバルバトスが吹き飛んでしまうかもしれませんねぇ」


『物騒な事言うなよ・・・』


シアンのドジっ子はホンマもんだからな。

・・・・そんな冗談にもリアリティが宿るというものだ。

アメンティという場所に行く前に、フォスも加わって強化されたかもしれない

シアンの兵器開発スキルで跡形もなく吹っ飛んだりして・・・・


いやいや、大丈夫。大丈夫。大丈夫・・・・だよな?



『しかし、あのストレラって子の人生は散々だな・・・・』


『好きでそんな場所に生まれてきた訳じゃないってのに、既に出来上がっている

 組織構造の中に閉じ込められて、勝手に与えられた使命に命を差し出す事を強制

 されて、しかも自分の祖父に殺されるようなものじゃないか。』


『・・・・正気を保てたら奇跡だよ。』



「彼女は確かに自らを傷付ける闇の中で生きてきました。」


「しかし彼女にも救いがありました。初代団長のクラウスです。」

「騎士団が誕生する以前から要職に就いていたクラウスは、ストレラが幼い頃から

 その危うい身を案じ、自らストレラと親交を持ったそうです。」


「クラウスは物腰も柔らかく、心の優しい他者想いな人物だったと聞いています。」


「家庭に安らぎを得られないストレラは、自らを案じ、心配し支えてくれる

 クラウスに、徐々に心を開きました。」


「クラウスは、ストレラにとって唯一の肉親と思える存在だったようです。」



『・・・そのクラウスって人は、後に暗殺されてしまうんだろ?』


「そう。これはギランバレーとタイフォンの陰謀です。」


「クラウスは “森川まさゆき” に忠誠を誓い、その盾として騎士団という

 強力な兵器部隊を構築し、纏め上げました。」


「しかし、特にギランバレーにとって、それは極めて不都合な存在でした。」

「所謂、急進派と呼ばれる彼は “森川まさゆき” を懐疑し、その力を減退

 させようと目論んだのです。騎士団の頭を刈り取り、その戦力を一般戦力へと

 吸収させ、完全に自らの管轄にしてしまったのです。」


「ストレラは絶望したでしょうね。」


「自らに人間らしい全てを与えてくれたクラウスの死は、彼女から

 “兵器として生きる使命” に抗う力を奪うには十分だった筈です。」


「彼女は与えられた力《天馬》を駆使して戦い、課せられた役割を果たし、

 システムに迎合していったのです。」


『そして最後は、よりによってクラウスさんが就いていた騎士団長の席に任命されて

 しまったのか・・・・そしてそのストレラも理不尽に処刑されてしまう・・・

 皮肉を通り越して、残酷以外の何物でもないな・・・・』



「先程ヘリコが、アメンティにて何かが起こると言っていましたね。」


「・・・アメンティへの視察・・・これはおそらく、視察にかこつけた

 森川まさゆきの暗殺です。」



『・・・・なっ!?』



「アメンティの螺旋監獄には廃棄予定の極めて強力な兵器達が収用されています。」


「・・・事故と偽って、あなたを “不測の事故” に巻き込むつもりなのでしょう。」



『おいおい・・・!』

『アニマと戦うのだってやっとなんだぞ!』

『仲間同士で争ってなんかいられるかよ・・・!!』


『そんな馬鹿な事を・・・・!』


「彼等はやりますよ。」

「森川まさゆきルールという鉄の掟を変革の名の元に打ち破り、KINGSを

 根底から一新しようと考えています。だから森川まさゆきの力を低下させる為

 クラウスを殺したのです。」


「・・・・タイフォンは、恐らくアメンティで貴方を殺害する確信がある。」

「司令との会話の中に出てきた “アレ” という言葉がキーなのでしょう。」

「それが “どれ” なのかは私は知りませんがね。」


「くフフ、貴方もつくづく危ういお人ですねぇ」



『お前な・・・・笑ってる場合じゃないんだよこっちは・・・・』



ついにおれも暗殺の危機にまで直面してしまったか・・・・


しかし、正直おれは恐怖で足元がすくみ上がる・・・なんて事は全く無かった。

理由は簡単で、今まで強大すぎるアニマという存在に、既に何度も殺されかけて

きたからだ。


・・・・・最も身に付けたくない慣れではあるが。


『・・・急進派だか何だか知らんが、そんな理由で人の命を簡単に奪おうとする

 奴等に易々と殺されてたまるか。』


『奴等のルールをへし折ってでもストレラを助けないとな・・・』



「・・・・果たして螺旋監獄は簡単にそれを許してくれるでしょうか。」


「・・・おや。」


どうやらヘリコからパーマに通信が入ったらしい。

パーマは「それではこれにて・・・」と言ってエレベーターへ歩いて行った。



おれもとうに限界を超えている。

アルと自室に戻って休もう。

もう考える力すら残っていない。もうムリ。もう寝るって状態だ。


一息ついて通路を歩いてホールに出ると、階段を登ってきたシアンとフォス、

アンダーソンと出くわした。その両手には段ボールが数箱積まれている。



「あぁっ!!」

「ボスさんお帰りなさい!!」


「任務遂行お疲れ様ですっ!」

「すぐに挨拶しに行こうと思ったんですけど、今丁度フォスさんに新兵器の

 設計図を見てもらうところで、この箱はその保管箱で、えーっと、その」


シアンはいそいそとこちらに駆け寄って来た。

「あっ、気を付けてお姉ちゃんっ」というフォスの呼び掛けもむなしく

シアンは見えない何かに躓いて前方にダイブし、おれはその宙を舞うダンボール

達に襲われて下敷きになり、気を失った。



・・・・せめてベッドまでゴールしたかった。



けれどももう体力がマイナスゲージだったのだ。


うっすらとシアンの慌てふためく声が聞こえるが、遠くなっていく・・・・・


ようやく安全な場所で休息につけるのだ。



今はもうこの脱力感に身を任せ、意識の底に沈んでしまおう。



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