第31話 《だいすき》




先を歩くネコは霧で濡れて、凍った毛先が白んでいる。


何も知らなければただ幻想的で神秘に見える空間だが、心を囚われたアルが

生み出したこの氷状球体はただ居るだけで身の安全が問われる。



『あんまり先に行き過ぎるなよ、ニャンぷく。』


「うえっへっへっ!」

「自由を取り戻したオレ様に恐いものなんて無いのさ・・・・」


「オラオラァかかってこいやぁぁ~~~!!!」



前方右の壁からバキバキと音を立てて氷のトゲが伸びた。

御出おいでなすったか・・・・!


「ギニャーーー!!たしゅけてっ!!!」


ぴゅんっとおれの足にしがみついて凍った鼻水を懸命に擦り付けて

くるニャンぷくであった・・・口程にもなさすぎる・・・・


「・・・おや、運が悪いですねぇ」


「殆どの戦力はウェルシュに集中しています。」

「私の能力で敵に気付かれる事も無い為、このアニマは言わば哨戒中の

 戦力なのでしょう。偶然の遭遇というやつです。」


『トゲから出て視界に入る前に倒せないか?』


「もう見つかっていますよ。」

「私も省エネ運行中ですから、生体反応は隠せていますが視界的な姿は

 丸見えです。元より出たとこ勝負です。仕方ありませんね。」


『この状況で見つからずは無理があるか・・・・それなら速攻撃破で頼む!』


「お任せ下さい。」



バキィィン!!とトゲが砕けて現れたアニマは、頭に大きく垂直な角を生やし

手足と胴体に大きな穴が空いた、全長3m程の肌の青いモンスターだった。

あれもLEVEL-4なのか・・・?


こちらに気付いた青いモンスターは、ギィィィィ!!と、けたたましい虫の

金切り声の様な鳴き声を上げ、構えて穴の空いた両手をこちらへ向けた!


次の瞬間、即座に接近したパーマの蹴り上げでモンスターの両手が上方に跳ねると

その穴の方向に何かが放たれた!宙の空間を歪ませて放たれた何かは天井に到達し、

上方の氷を破壊して大きく抉ってしまった!!


『うわっ!!何だ!?』


「あれは凝縮カノンだニャ!」

「あの見えない空気砲に直撃したら全身バラバラだぜ!」


『空気!?今の空気砲かよ!』


「たしか衝撃波を凝縮して空気と空間圧力を媒体にし、軌道を作るんだ。

 オレが捕まってた施設で研究されてたぜ。KINGSのブツと違って、アレは

 本家本元のオリジナル完成品だ。」


「体中の穴が発射口だな。研究者が見たらヨダレもんだぜ。」


モンスターはパーマの動きを追い、両の手で狙いを定めてカノン砲を放つが

縦横無尽に瞬間的な移動をするパーマには命中しなかった。


省エネ運行ってやつか・・・・体を消して、不定なタイミングで出現しては

また消える。直線的な動きは決してしない為動きも読めず、変則的なリズムで

見せるその姿がフェイントになって視覚的に混乱を招くのだ・・・!


周辺に視界を巡らせて標的を探すモンスターの目の前に、両手をポケットに

しまったままのパーマがスッと出現した。その瞬間、胴体に空いた大きな穴から

大出力のカノンが放たれ、衝撃波がおれとニャンぷくを打ち、氷の地面が崩壊して

足場が大きく浮き上がった!!


『おわっ!ニャンぷく!!』


「ニャーー!!」


しゃがんでニャンぷくを支え前を見ると、宙に飛び上がってモンスターの背後を

取ったパーマが片手に持ったナイフをクルクルっと器用に回して柄を握り、首に

一閃の致命的軌道を描いた。


ナイフの刀身が通過した際に同時に耳に入った鈍い音は、頚椎けいついの完全な切断を

知らせていたらしい。

モンスターは喉笛の皮で繋がった首をだらんと前方にぶら下げ、膝を折って倒れた。


「にゃあ・・・つえぇ・・・!」


唖然としているのはニャンぷくだけじゃない。おれも同じだった・・・・



「お待たせしました。」

「丁度アニマの攻撃で薄壁が崩壊しましたね。先に進めます。」


『今の敵はLEVEL-4なのか?』


「えぇ。」

「バリエーション豊かなLLEVEL-4です。今のも数が揃えば一斉射撃が

 多少厄介ですが、単機ならこの通りハードルが下がります。」


おまえのハードルは高さの基準が多分おれと違うから、その戦いの凄さも

相まって厄介さがいまいち伝わらん。


『行くぞ。』

『・・・・・アルが待ってる』



穴をくぐって奥を進む。


きっと少しだ・・・・あと少し。



「しっかしよ、一体どうするんだ?」

「アルの元に辿り着いたとして、どうやって連れ出すんだよ。」


『どうやって?』


「あいつ、黒い帽子をかぶったアニマの言葉で簡単に制御が効かなく

 なっちまったんだぜ?また敵さんに呼び掛けられたら今度は本当に

 オレたちアルに殺されちまうかもしれねえ。」


黒い帽子・・・ベイジンの事だ。


「確かに、今アルが極めて不安定な状態ならば、この状況はアニマの

 介入がいくらでも想定できます。あのベイジンというアニマも先程の

 戦闘から判った通り、自立活動できるコピーを産み出せる訳ですからね」


「果たしてこちらの声はアルに届くのでしょうか。」



『・・・・ニャンぷく。ベイジンはアルに何を言ったんだ?』

『あの野郎、言葉でアルを誘導しただのと言ってやがった。』



「・・・・・・」

「ベイジンって奴はよ、多分兵器相手に言葉を選ぶような奴じゃねーんだろうな。」

「アルに掛けた言葉は小っせーガキんちょに掛ける様なモンじゃなかったぜ。」


「バルバトスの内部に侵入されて、アルに接近した時は確か “迎えに来た” だとか

 “私の兵器” がうんちゃらかんちゃらとか、そんな程度だったんだけどな。

 アル、それだけで様子が変わっていってよ。そのベイジンって奴が懐から

 鈴を取り出したんだ。その音を鳴らした途端にアルが暴走を始めちまって」


「その後さ。アルがバルバトスの装甲をぶち抜いて、オレ様ごと宙に落下した時」

「あのベイジンもついてきて、アルに言ったんだ。」


「―お前は死神だ―」


「ってさ。」


『・・・・死神?』



「アルの体が宙に浮いて、呼吸が激しくなってよ、ベイジンの奴が続けて

 語り掛けたんだ。」



「―人間の真似事は終わりだ―」


「―お前は森川まさゆきを殺し、この世界の人間を滅ぼす為に生まれた―」


「―人として生きるなどという幻想を植え付けたあの森川まさゆきは、お前に

  とって殺すべきターゲットに過ぎない。今に見ていろ。奴等もやがては

  お前を破壊しにやって来るぞ―」


「―お前は人ではない。故に人は兵器であるお前に対し、愛を注ぐべき対象とは

  見なさない―」


「―お前に向けられるのは憎しみ、殺意、欲望、恐怖だ―」

「―お前に生は許されない。自由は許されない。愛は許されない―」


「―何故なら、お前はそれら全てを滅ぼす為に造られた人形だからだ―」


「―お前に光は許されない―」



『・・・・それをベイジンがアルに言ったってのか?』


「・・・しかし、果たしてその言葉をアルはどう受け取るのでしょう。」

「アルの言語能力は、それを受け取りどの様に理解するのでしょうか?」



「・・・解ってねえな。」

「アルは多分おめー等の会話はあらかた理解してると思うぜ。」


「じっと見て、聞いてるだけだと思ったか?」

「あいつよ、後になっておれに説明しようとするんだ。」

「おまえ達の会話の内容をよ。理解してんのさ。拙いけど確実にな。」



以前ヘリコが言っていた。

アルは学習能力が極めて高いと・・・・

それをおれは、アルがただ物覚えに優れている、という程度の意味だと

思っていたんだが・・・


・・・・学習能力が高いって、どういう意味だ?


大人の話す内容を理解している・・・・・?


アルは泣いているシアンを慰めた事もあった。


・・・・アルは出会った頃、言葉を認識するだけでもやっとだったんだぞ?


そう、決してそれらは始めから持っていたものじゃない。

後から自分のものにしていったんだ。



「・・・アニマに生み出された時は、恐らく言語による指示を要領良くこなせる程の

 処理能力は与えられていたのでしょう。それが育ったのでしょうね。」


極めて高い学習能力。

そうか、アニマに繋がれていた時は任務をこなす機械として、文字通り学習して

きたんだ。ベイジンの指示も、後におれがアルに頼んだ言葉も、その内容を理解して

こなす能力をアニマに植え付けられていたんだ。


でも、人間としての殆んどが育つ事はなかった。

一番大切な心の感覚神経が、アニマから離れて良い人に触れて、ようやく

育ち始めた・・・・その感覚神経は育てば育つだけ傷付いた時に痛みを感じるんだ。


でも、成熟と絶対的な時間は必ず不可分だから、どんなにを重ねてもその

心はまだ幼いままだ。子供なんだから、当然だよな。


するとどうなる?

理解や認識を心で処理できなくなるんだ。


極めて高い学習能力・・・というものを強く与えられてしまった分だけ言葉と

意味の濁流に飲まれてしまう。自分を形作る未発達な心を為す術無く

痛めつけられても、それでも今、頼りない小さな力で握りしめて自分を

保っているんだ。


ベイジンの言葉はアルの心を深く痛めつけただろう・・・・・


一度知ってしまった温もりを取り上げて、それと殺し合え・・・・だと?


相容れない?憎しみ?人形?



・・・・そのことごとくがアルの中で真実となって、トゲになって、

今、その心に刺さっているんだ。



あんなに小さな子供なのに・・・・




「オレ、お前等の中じゃアルと一緒にいた期間が一番短いかもしれねえけど、

 目線と距離が近いからわかるんだ。」


「あいつ、お前等がアニマと戦う話をしてると不安なんだ。」


「お前等よ・・・きっとアルをアニマの兵器として処理しようとした事あるだろ。」



『・・・・・っ!』



「図星だろ。」

「自分がKINGSの敵だって、はっきり解ってたんだろうなぁ。」

「じゃなきゃ不安になんかなるもんかよ。」


「感じても言葉に出来ないコト。伝えたいけど伝えられないコト。」

「あいつなりにあるんじゃねえの?」



『・・・・・・・・』



当たり前だ。

人間なんだから、当たり前だ。

アルはアルなんだ。アルにはアルの心の都合がある。

おれはあの子を、虐げられた小さい子供としてだけ見ていたんだと思う。

けどそれだけじゃ駄目だ。


子供としてだけじゃない。もっとちゃんと、アルをアルとして見てやらなければ

ならなかったんだ。



おい森川まさゆき。お前・・・・ちょっとナメすぎてたんじゃないのか?




何故お前はアルを助けた?


いいや、そもそも助けってなんだ?

お前があの子に与えたいと思ったものは一体何だ?


そうだ、救済だ。


じゃあ救済って何なんだよ


手を引いて、死なない場所へ連れて行く事か?

行く宛も、心配してくれる人もない・・・・それどころか、人類に敵視される様な

立場のあの小さい女の子を連れ出して、最後は一体どうするつもりだったんだ?


KINGSという組織や、複雑な世界の構造の中に、あの子を任せられる場所があって、

そこに預けてお役御免だと・・・・所詮その程度の考えだったんじゃないのか?


ふざけんな、ばか野郎。



そんなんで済むか・・・・!


そんなんでアルが救われるんなら、この状況をどう説明する。


親だろうと、育ててくれた他人だろうと、そこから離れて不安や恐怖に

押し潰されたとしたら、それは享受した愛情が足りないからだ。


手を離した時に、それでも心の中に暖かい他者からの愛情が宿っていたら、

それが安心になって心を保てるんだ。



この氷状球体はきっとアルの涙だ。

言葉にしきれない辛い想いから生まれて、心が寒くって、凍りついたアルの

今の心なんだ。



森川まさゆき・・・・おい、おれ・・・・!!


覚悟を決めろ・・・!


曖昧にするんではなくて、一人の人間に、本気で向き合う覚悟を決めろ!

関わるんならちゃんと責任を持て!目を背けるな!関わり抜け・・・!!!



アルはたった一人だ・・・おれはたった一人だ・・・!



おれがしなければならない事を自覚しろこの馬鹿野郎・・・!!!





『・・・・・おれ、最低だな』

『おまえの事が心配だ、なんて言いつつ、本当はそいつの事なんて大して何にも

 見ちゃいない最悪な他人と一緒だ・・・・詐欺だよなこんなの』


『子供にはきっと、下らない嘘なんて透けて見えるのかもしれない。』

『パーマ、ニャンぷく。おれの認識は甘かったよ』


『・・・・でも、それでも・・・・おれは行くよ。』



「・・・・・・」


「人の心というものは計り知れないものです。」


「知っている事と、解っている事は違いますからね。その淵源えんげんなど、私の様な者

 には解りかねますが、しかし、それを知る事ができるのはそこに手を伸ばす事の

 できる者だけなのかもしれません。」


「私には、貴方にその資格がある様に思いますよ。」

「これまで貴方の呼び掛けに、アルが答えてきた事がその証拠と言えるでしょう。」


「心の問題は専門外ですが、司令の判断通り、貴方が行くべきなのでしょうね。」



『パーマ・・・・』



「オメーらめんどくせーなぁー!」

「腹へったらメシ食うのと一緒だろ?助けに行きたいから行くでいいじゃねぇか!」


『お前なぁ・・・・』

『でもお前、今回は逃げ腰じゃないんだな。』


「はん!どうせ一人じゃ逃げられねーし?」

「・・・それにあいつ、ダチ公・・・・だしよ」



『そうか。ありがとうな、ニャンぷく。』


「礼はいらねぇ、○ゅ~るで手を打とう。」


『命懸けの割には安いなおい。』




そろそろ体力が持たなくなってきた。


この極端に低い気温もだいぶ堪える。



しかしここで、展開が悪化してしまった・・・・!


氷のトゲが発生し、砕けた中からまたあのアニマが現れてしまったのだ。

・・・・ベイジンだ!!



「見つけたよ、森川まさゆき」


「この先へはご遠慮願おうか」



『しつこいんだよ!』

『ウェルシュから逃げて来たのか?ざまぁ無いな!』


「クク・・・あの怪物兵器に付き合っている暇はないのでね」

「欠落品であるαアルファにエラーをもたらすキミを、αアルファによって消し去る事でその

 溜飲を下げようじゃないか」


ベイジンはそのロングコートの内ポケットに手を伸ばし、小さな鈴を取り出して

揺り鳴らした。その鈴は小さいながらに広く響き、片耳の鼓膜が破れているおれにも

良く聞こえた。


「消せ、αアルファ・・・・」



突然おれ達の頭上へ天井が落ちてきた!!

パーマがおれの襟を引っ張って移動し、おれはニャンぷくを片手で抱いて

なんとか回避に成功したが、今度は地面が飛び上がって天井との間に潰されそうに

なるが、パーマの回避はこれをも躱した。


今度は壁、また天井、そして地面が絶え間無く襲い掛かり、パーマは激しい機動で

次々に躱すが、その勢いで片手からニャンぷくがこぼれ落ちてしまった!


『しまった!ニャンぷく!!』


「ギニャーーーー!!」


隆起する氷の岩盤を勢いに乗ってピョンピョンと跳ね、テッ、と地面に着地する

ニャンぷくであったが、満身創痍でぜーぜーと息を切らしていた。

流石はネコだ。


しかしニャンぷくが着地したのは最低最悪と言える場所だった。

・・・・ベイジンの足元だ!


「ア"ニャーーーーーッッッ!!!」


目玉が飛び出る勢いで絶叫するニャンぷくだがしかし、こちらは回避行動に

足を取られて助けに行けない!斜め上の天井から巨大な氷柱つららが急激に伸び、

それを避けて一瞬ベイジンとの視界が遮られた。


『ぐっ!』


『・・・・・?』

『ニャンぷく!?』


再度見渡すと、ベイジンの周囲からニャンぷくの姿は消え去ってしまっていた。

何処に行ったんだあいつ!?


「・・・・埒が明きませんねぇ」


パーマがぼやくと、地面に着地してその足を止めてしまった。

すると頭上からやはり氷のプレスが迫って来たが、今度は何かに阻まれる様に

その勢いは止まり、静止してしまった。

パーマのバリアか!


「アルに攻撃の指示を送っているのはベイジンです。」

「彼を消さない限り攻撃は止まないでしょう。」

「この遮断シールドを展開したまま攻めに入ります。貴方はここを

 動かずにいてください。」


『た、頼んだ!』


パーマは周囲の隆起を高速で躱し、ヒュっと跳躍してベイジンの背後に着地した。

青のモンスターにしたようにベイジンの首を掻き切るパーマだったが、

ベイジンの体は歪み消え、奴はパーマの背後に再出現してしまった・・・!!


同時にコピーを生み出し、ベイジンの姿は8体となった。


『・・・・ぐっ!!』

『駄目だ!あいつは不死身なのか!?キリがない!!』


「・・・ククッ」

「ファントム・・・どれどけ保てるかな」



しかし、次の瞬間ベイジンに異変が起きた。


「・・・・!?」


奴の体が一瞬バランスを崩し、ふらついたのだ。


「・・・・・何?」


『な・・・何だ?今何が起きたんだ!?』


続けてベイジンは前傾姿勢を取って動きを止めた・・・!



「・・・ャ」


「ニャアアァァーーーーッッ!!!」


『ニャンぷく!!?』


おれは自分の目を疑った!

なんと、ベイジンの揺らめく不気味な影からニャンぷくが姿を現したのだ!!

まるでプールから這い出る様にして、ザバッと影から全身を抜け出した黒猫は

パーマの背後に猛スピードで走り抜けた!


『ニャンぷく!お前何をしたんだ・・・!?』


「ぜーっ!ぜーっ!」

「あ、あっぶねぇーーっ!」


姿勢を取り戻したベイジンはニャンぷくを見る。


「・・・貴様・・・何をした」



「ニャ、ニャ・・・ニャァァ~~ッ!!アイツ怒ってるニャーー!!!」


パーマも珍しく面を食らった様な表情でニャンぷくを見た。


「ニャンぷく・・・今のは・・・」


「な、何だよ!」

「オレ様の能力だよっ!!」


「・・・・影の中に隠れられるんだにゃ・・・」


『影の中に!?』


「しょ、ショボいって言うなよ!?」

「そのうちオレ様だって、目からビームくらい・・・・・」


いつぞやこいつが言っていた、奥の手ってコレか!

成る程。被験サンプルが徘徊する闇に包まれた研究施設で、臆病なニャンぷくが

生き延びられた理由が分かった・・・!


『い、いや待て!今奴がよろけた理由がその能力によるものだとしたら・・・』

『ニャンぷく!お前、影の中で何をしたんだ!?』


「な、なんだよぉ・・・別に影の中でやり過ごそうと思った訳じゃあ・・・」


「アイツの影の中に、普通は無い筈の赤いバルーンみたいな物を見つけて、

 そいつを引っ掻いてみただけだにゃ・・・そしたらそのバルーンが痙攣を

 初めて、ドックンドックン音を立てやがったからオレ様、もしかしてコイツ

 爆発するんじゃないかって思って、急いで脱出して今ココだニャ。」


『ベイジンに攻撃が一切効かないのも、今の奴のふらつきも・・・まさか』



『パーマ!影だ!奴の本体はおそらく影だ!』

『影を狙え!!』


「おや、猫の跳ぶ先も見てみるものですねぇ」



「・・・・・・」



するとベイジンは更にコピーを生み出して軍勢を構築した。


ビンゴだ・・・!!

完全に警戒を始めたぞ!!

よくやった、ニャンぷく!!!


「そうと分かれば話は早い。」

「コピーを大量に生み出し始めたベイジンを相手にするには時間と

 スタミナを消耗する上に、気温で体力が失われてしまいます。」


「そこで、これから貴方の周囲に薄い遮断シールドを張ります。」

「貴方は先に進んで下さい。大丈夫、中心部は目と鼻の先にある。」


『お、お前は!?』


「ここでベイジンを食い止めましょう。」

「倒せる相手と分かれば戦い様もあるというものです。」


「ニャンぷく、貴方は彼について行ってください。」


「オッケーにゃ!!」

「まっかせろコンニャロー!」


ニャンぷくは素早い逃げ足でおれの元まで走り寄って来た。

パーマが指差す方向には、さっきの壁の隆起によって衝突して出来た、

反対側の壁に空いた穴の隙間があった。

おれとニャンぷくが早足で移動を始めると、先程頭上で食い止めていたバリアが

消えて、氷が地面に衝突した!


『パーマ!すまん!!』

『必ず持ち堪えてくれ!絶対に死ぬな!!』


「フフ、善処しましょう。」


ベイジンは、パーマを相手に心臓部分を暴かれた事で余裕が無くなった様子だ。

完全にパーマに対して構えている。


おれとニャンぷくが穴の隙間に入ると、ベイジンコピーが追撃してきたが

パーマの見えないバリアがその攻撃を弾き返した。

・・・・パーマも流石に限界の筈だ。


ウェルシュは大丈夫だろうか。他のアニマの軍勢が雪崩れ込んでいない

という事は、まだ食い止めてくれているという事だろう。

タイムリミットはもう目前に迫っている・・・!



ニャンぷくと共に最速の歩調で進むと、通路には薄い氷の膜が幾層にも

張り巡らされている。


杖でつついてみると、殆んど体力が残っていない今のおれでも体当たりで

なんとか割れそうな感触だった。


「おい、ちょっとどいてな!」


ニャンぷくはひゅっ、と跳躍し、宙で尻尾を鞭のように膜に叩き込み、

なんと氷の膜を切り抜いてしまった!


『お前、尻尾で斬撃なんてできるのか!?』


「必殺、《インフィニティ・ジーザス・デモンバースト》・・・惚れろよ」


いや、ジーザスなのに何でデモンなんだよ。


『よし、じゃあその尻尾アタックでどんどんこの氷を破壊してくれ!』


「インフィニティ・ジーザス・デモンバーストォ!!間違えるな!!」

「・・・ったくよぉ、こっちだってけっこう尻尾いてぇんだよ・・・」


そう言いつつ、飛び上がっては膜を破壊するニャンぷくのお陰で順調に

先に進む事ができた。


しかし、突然聞こえたバキバキッという不吉な音が周囲から響き、おれと

ニャンぷくの緊張の糸をぎゅっと締め上げた!


『なっ!?』


おれの横を衝撃波が走り、つい蹴躓けつまずいてニャンぷくを見ると

なんとニャンぷくの体が突然出来た氷の柱に下半身を飲み込まれ、凍り付いていた!


「ギニャーーー!!やられたーー!!」


『お、落ち着けニャンぷく!!凍ってるだけだ!』

『レールガンで柱から切り離してやる!』


「ましゃゆきたしゅけてっっ!!」


取り出したレールガンで照準を定めて、近距離でトリガーを引いた。

・・・しかし銃口からは何も出やしなかった。二度三度とトリガーを引くが

弾が発射されない。


『なっ!・・・エネルギー切れ・・・だと?』

『あと二発分は残っていた筈なのに・・・!』


『・・・・あ。』


考えてみたら、これは当然だ。

この吸引レールガンに搭載された自動防衛システムのシールドは、身に迫る

危機に対して自動で反応するという代物だ。


そう、おれがウェルシュの援護のつもりでレールガンを取り出していたあの時、

ウェルシュが敵の攻撃を全て捌ききっていたあの間中ずっと、この防衛システムが

機動し続けていたとすれば、最初にニャンぷくを助けた一発でエネルギー切れに

なるのは当然といえば当然だ・・・


『く、くそっ』


氷の柱を何度も蹴ってみるが、まったく砕く事ができない。


「オレ様、こんな所で大っきなロックアイスになっちゃうのにゃ?」

「夏でもないのに、誰にも必要とされずに天然彫刻になっちゃうのにゃ?」


「うにゃーーー!!せめて高級カクテルで割ってくれにゃーー!!!」


『落ち着け!方法はきっとある!』


「きっとある・・・?」

「ある・・・ある・・・あ!そうだ、アルに何とかしてもらう以外にもう

 考えられねぇニャ!!おいお前!早く行って何とかしてくれ!!」


『お前・・・ほんと賢いのか馬鹿なのかよく分からないよな・・・』


「いいからとっとと行けニャーー!!」

「このオレ様がなんの為に奮闘してやってると思ってんだよぉ!」

「早くお前がたどり着かないと、オレが!俺さまが!死んじゃうんだよ!!」


『わかったよ!わかったから大声で捲し立てるな!体力消耗するぞ!』


「・・・あ、あとよ、アルが・・・泣いてたらどうすんだよ。」


・・・ニャンぷく。


『あぁ・・・そうだな』

『わるいな、ニャンぷく。』

『おれは先に進むぞ。ここで待ってろ。』


すぅ・・・・と息を吸い込み、ネコは大声で叫んだ。


「さっさと行けーーーッッ!!ここはオレ様が食い止めるーーーッッ!!!」


『だから、大声出すなって言ってんだろ!体力使うな!!』


おれは杖を突いて、奥の氷の幕を体当たりで破った。


しかし、なんとその先は急な下り坂になっており、おれはベッドスライディング

状態で坂を滑り落ちた!!


『うわぁぁーーー!!!』




氷が反射する光が消えた。



滑り落ちる過程で周囲の様子が変わったのがはっきりと解った。


暗闇の氷結空間。

やがて下り坂の滑走は終着を迎えた。



滑り落ちた痛みはあまり無かった。パーマのバリアのお陰だ。


そこは暗闇の空間だった。しかし辺りには青白く光る冷たい雪がしんしんと

舞い降りて、足元には発光する薄い雪溜まりが出来ている。


一歩踏み出す度に小さくぎゅっと音を立てた。


静寂と雪道。


『・・・・アル?』


呼び掛けても、どこからも反応は無い。


やがて暗闇の奥から声が聞こえてきた。



それは何かの物語を読み聞かせるような、静かな口調だった。





――・・・そうして、生まれた――



――・・・灰色の記憶を呼び起こしてごらん――


――憎しみの瞳・・・恐怖の瞳・・・喪失の瞳・・・――



――そう、お前はこの物語における悪魔なのだ・・・――


――破られ、失われたページは再び在るべき場所に戻った――



――ここがお前の在るべき場所なのだよ・・・――




――もっと思い出してごらん・・・――


――あの灰色の記憶を・・・・彼らはお前に何をした?――


――お前は彼らに何をした?――



――お前の在るべき場所はどこにある?――


――それはお前に意味を授ける母なるアニマの胎内にのみ存在するのだ・・・――



――さぁ・・・力をおくれ――


――お前が許されるただ一つの場所の為に――



――力をおくれ――





消え入る様な声。

それでも、耳障りなあの鈴のの様に不思議とハッキリ聞こえる。


歩みを止めずに歩き続けると、少しずつ、雪に照らされた何がそこに

佇んでいるのが分かった。


『誰かいるのか?』


人だろうか。

人の形をした黒いモヤだ。

雪の発光でさえそのモヤを覗く事はできない。

もし人だとしても、身長からしてアルじゃないのはわかる。

アルよりもずっと大人だ。


(……あなたはどうしてここへ来たの?)


『・・・え?』


『お・・・・女の子を・・・迎えにきたんだ。』



(灰色の空………灰色の戦車………白い風)


『・・・?・・・何を言っている?』



(……どうしてぬくもりをくれたの……?)



モヤは消えてしまった。


歩みを止めずに進むとやはり静かな声が時折聞こえてきた。



(………人の全てが環境に規定されるのなら)


(………生まれてきた事は罪なの?)


『・・・・・』



(つめたい………)


(さむい…………)


『・・・外に出ればいいのさ』

『ここは暗くて寒いもんな。』


『心細いよな。』



(……生まれたら全てが決まるの?)



(……人を殺す人は生まれた時から人殺しなの?)


『・・・そんな事はないさ。』


『最初っから全てが決定付けられているなんて事はあり得ないよ』

『おれ達は決定項を生きてるんじゃない。』


『運命の中を生きているのさ。』


『・・・運命は切り開けるんだ。』



(……罪は許されるの?)


(……死は救ってくれるの?)


『・・・どうだろうな。』

『でもおれは許されると信じているよ。』


『人間ってのは変な生き物だからなぁ、よく間違えるもんだけど

 背負わなくてもいい罪は降ろした方がいいにきまっている。』


『死ぬ時に安らげる生き方を、おれはしたいな』



(………こわいよ)


(……寒いよ)




――苦しみから解き放たれる方法を教えよう――



――その闇と一つになればいいのさ――



――さぁ、おいで・・・おいで・・・――



優しい光の雪の絨毯じゅうたんの真ん中に、小さな妖精が座り込んでいた。



おれはその目の前で立ち止まった。


しゃがんでその顔を覗き込みたかったが、さんかくすわりで俯いて

しまっているものだから、髪につもった雪をゆっくり払い落とす事しかできない。




『待たせたなアル。』


『さあ、いっしょに帰ろう?』



アルは答えなかった。


呼吸が薄く、静止した体は青白く冷えきっていた。


Pちゃんさんの選んだ、青いリボンのかわいらしいワンピース。

ここではあまりに寒すぎる。Yシャツを脱いでアルに羽織らせると、前もこんな

事があったのを思い出す。


最近の出来事なのに少し懐かしい。


あの時は呼び掛けに答えてくれたんだけどな・・・・


『遅くなってごめんな・・・・』

『怖い思いさせちゃったな・・・』



――・・・私の兵器に触れるな――


『・・・・!!』



発光する雪を溶かして氷の地面から静かに炎が上がり、その揺らめきは

まるで人の顔の形を顕現しているかの様だった・・・


『お前・・・・まさか、ベイジンか・・・?』


アルはゆっくりと顔を上げ、虚ろな目でその赤黒い炎を見つめた。



――此処はもはや私の領域だ・・・・――


――貴様の干渉は届かない・・・――



『・・・・そうか?』

『その割には焦ってるじゃねぇか』


『どんな事にだって抜け道はある筈だ。』

『絶対だと思えたお前の余裕が消え去った様に、百%であり得ないなんて

 事はきっと無いんだ・・・切り抜けて見せる。』



――・・・クク・・・――


――どうすると言うのだ・・・――



そうだ・・・・実際にはどうすればいい・・・?


アルはベイジンの何らかの暗示に掛かっているんだ。

それを解かない限り、アルの心は何かを選ぶ事すらできない筈だ。


暗示・・・暗示・・・いやいかん。無いものを前提に置いても何も進まない。

かけられた何か・・・ではなく、実際に見た事や感じた事を頼りに考える他無い。

・・・・よく考えろおれ。


奴の、アルに対する干渉手段は何だ?

空間兵器による見えない手段があったとして、それに対しては為す術はない。


言葉・・・そう、こいつは言葉でアルに干渉するんだ。

現に今もこの空間には言葉が常に漂っている。

だがこれまで数度コイツに遭遇しているが、言葉だけでアルがここまで心を

閉ざすのならこれまでだって既にそうなっていた筈だ・・・・


以前には無く、今在るもの・・・そうだ、“鈴”だ。

明かなキーアイテム。しかし鈴を処理できたとして、それが直接問題の

解決にはならない。暗示を掛けるアイテムが鈴でも、掛かった暗示を

解く手段は別にある筈だ・・・!


それは何だ?


・・・・それは



――・・・さぁ、終わらせようか――


炎が突然大きくなった!


『っ・・・!』



『おいパーマ、聞こえるか!応答してくれ!!』



この空間圧力下で通信は繋がるか?



―「・・・・おやおや・・・目的は達成したのですか?」―


『繋がった!パーマ、そっちは無事か!?』


―「無事ですよ。しかしこのまま通信しながら戦闘をしたのでは生存確率は

  下がる一方です。何かご用でしょうか?」―


『パーマ、鈴だ!』

『ベイジンが持っている鈴を奪って破壊してくれ!』

『それがある限り、アルの暗示は解けないんだ!』


―「それが出来れば今頃本体を仕留めている所ですが・・・」―

―「無茶を言うものですねぇ。」―


『すまん!どうしても必要な事なんだ!どうにかならんか?』


―「クフフ・・・状況が行くところまで行ってしまっているのです。」―

―「・・・やってみましょう。しかし成功の保証はありません。」―


『何分でいける・・・?』


―「・・・・5分です。」―


『よし、頼んだ!』



――何をしようとも無駄な事だ――


炎は巨大化し、こちらを睨み付ける様に見下ろした。


『その、姿がお前の本当の姿か!』



――その通り・・・・――


――貴様が見てきた私の分身は、私自ら分け与えた依代よりしろをこの炎で照らし、

  映し出された影に過ぎない。いくら戦おうとも無駄な事・・・・

  複製は容易たやすく生み出せるのだ・・・・――



なるほどな・・・・!

依代は、ニャンぷくが言っていた影の中のバルーンってやつの事だろう。

コイツの能力は、その炎の光を依代のバルーンに直接転送して実体としての

影を作り出し、さも実体の影であるかの様にカムフラージュする事で依代を

隠しながら、遠隔操作で影を操る事だったんだ。


だからベイジンコピーを生み出す時に実体ではなくて影から生まれていたんだな。



――今の丸腰の貴様ならこの黒炎の業火で一瞬にして灰に変えてやる事は容易だ――


『・・・・やめろ!』

『アルにも当たるぞ!!』


――クク・・・焦げようが完全に停止さえしなければ喪失にはならない――


『・・・・くっ!!』


アルから離れなければ!

即座に立ち上がり、杖を力の限り氷に突き立て片足で跳ねた!

だが大した距離を離れる事は出来ない・・・!どうする!?


――さらばだ・・・森川まさゆき――



炎が激しさを増して上方へ立ち上がり、やがてその炎は燃え盛る龍の如く

宙で弧を描きこちらに向かって襲い掛かって来た!!


その迫力によって疎かになった足元を滑らせて尻もちをついてしまったおれは

咄嗟に死を確信し、目を瞑った・・・!!!



その時だった!

飛翔して現れた何かがおれの前に立ち塞がり、激しい炎の龍を跳ね除けて

しまったのだ・・・・!!



「はぁ・・・はぁ・・・ボスが丸焼きにされたんじゃ・・・格好つかないでしょ」


『ウェルシュっ!!!』



――・・・馬鹿な――


――あの戦力を単独で殲滅したというのか――



ウェルシュは全身ボロボロで、片膝をつきながら息切れしていた。

かなりの戦闘だったんだ・・・!


「ったく・・・で?・・・この炎の化け物は何なの・・・?」


『こいつがベイジンの本丸だ・・・!』

『奴の暗示を解かないと、アルを解放する事ができない!!』


「・・・あれを、ぶっ潰せば良いわけね」


『あぁ、だが倒せなくても、あと数分間持ち堪えられればアルを縛り付ける強力な

 呪縛をパーマが解いてくれる筈だ・・・・あとはそこからアルの心を取り戻す!』


「オッケー」

「何にせよ、私のやる事は一つって事ね。」


『だがあれは炎の塊みたいだ・・・攻撃が効くのか分からんぞ・・・・』


「そうね、普通の攻撃なら手も足も出ないかもしれない。」

「でも忘れた?私のゴッドハンドは、空間兵器に対する強制的な干渉と破壊。」


ベイジンが更に激しく燃え盛り、明らかな攻撃の前兆を示した・・・!


「あの赤黒い炎は、確実に空間兵器による特殊な炎。」

「それなら・・・・」


奴の炎は両脇に伸び、まるで手を伸ばすかの様に両サイドからの挟撃が走った!


しかし、ゴオォ!!と音を立てて炎の突進は止まり、本体のベイジンが轟音と共に

後方へ数メートルふっ飛んだ!!


『なっ!!』


「私のこの手で殴り殺せる・・・!」



――・・・厄介な力だ・・・――


奴の蠢く炎の中から赤いバルーンが現れ、赤黒い光に照されて人型のベイジンが

幾つも生み出された!


おれはアルの元へ戻ってその肩を抱いた。


『アル、大丈夫だ、側にいるぞ・・・!』


すると周囲を流れる言葉が強く響き、地鳴りが起きた・・・・!!


おれとアルの周囲がせり上がり、足場が地面から切り離されて宙に浮遊を始めた!


アルの体を青白い光の空間が包み込み、おれは衝撃波で後ろへ数歩分後ずさった。


下からウェルシュの声が聞こえてくる。


「ボス!ベイジンは私が食い止める!」

「早くアルを解放して!!」


『すまん、頼んだ!ウェルシュ!!』


そしてあの嫌な声が響いた・・・・・


――そうだ・・・αアルファ・・・お前は私の兵器――


――お前がその男と共に居る事は許されない・・・――


――お前はその男を殺さねばならぬのだ――


『アル!聞くな!!』

『アルは人間だ!一緒に帰ろう!!』



(………それでも私は貴方を殺す為に生み出された)


『!!』


『さっきの・・・!』



(正しくないから殺されるの?)


(正しいはどうやって決まるの?)



(どうしてさみしいの?)


(あなたはだれ?わたしはだれ?だれが殺すの?だれに殺されるの?)



(………死はどこにあるの?)



――兵器αアルファ!私がお前に全てを与えた!――


――そしてこれからもお前を満たす全てを与えよう!!――


――さあ森川まさゆきを殺せ!!!――



『・・・っ!』


『アルっっ!!!』


おれは青白く光る空間に飛び込んだ。



一瞬にして手足が凍り付いていくのが分かった。



だがそれでもいい。おれはアルを抱き締めた。


たとえ死んでもいい・・・!

アルをこんな寒い所で一人にしたくなかったんだ。


消えていく腕の力を振り絞って、アルを抱き締めた。


『・・・アルっ・・・!!』




・・・・その瞬間的、砕けた何かが地面に落ちる音がした・・・・




周囲を取り囲む言葉が消え去った。




腕の中で、呼吸が震えている・・・・・





「・・・・ぅ・・・ぇ」




「・・・ひっく・・・ひっく・・・」



「・・・ぅぇぇ・・・」



『待たせてごめんな・・・』


『一緒に帰ろう。』



「ま・・・さ・・・ゆき・・・ひっく・・・」


「ある・・・・・ぅぇぇ・・・・」


「いっしょ・・・に・・・ひっく・・・」



「いたいよぉ・・・ぅぇぇ・・・・」



顔を上げたアルの目から大粒の涙がこぼれ落ちて、小さな声が震えた。

初めて見せてくれた感情のかおは、くしゃっと歪んで濡れていた・・・


『あぁ、いっしょにいよう』

『ずっと、ずっといっしょだ・・・・!』



『アルはずっとここにいていいんだよ』


『アルはなんにも悪くない・・・・』



温かさを知っても、安心の置き場所が見当たらなくって、ずっと不安だったんだな。

ずっと、ここにいて良いのか分からなくて怖かったんだな。


自分の傷付く心と体に気付いて、初めて見えた景色の中で一人ぼっちに思えて

辛かったんだな。


気付かずにいてごめんよ。


・・・誰がアルを憎しむもんか、恐れるもんか・・・・



『おれはアルがだいすきだよ。ずっといっしょにいよう。』



「うえぇぇ・・・・うっ・・うっ」


「ひっく・・・・ひっくひっく・・・」



「うえぇ・・・あるも・・・」



「ひっくっ・・・あるも・・・」




「だいすき」





白い光の膜が広がり、闇は晴れ、光の幕に触れた氷が砕けていく。


砕けて、砕けて、やがて小さな光の粒になるほどに、小さく砕けた。



足場は青い光の吹雪に姿を変えて吹き去ってしまった。



氷状球体の崩壊が始まり、おれ達は冷たい光のしぶきの中を落ちていった。



――逃がすものか――



落下するおれ達を追って、燃え盛るベイジンがこちらへ向かって

接近してきた・・・!



――αアルファ・・・!!――


――その男のが・・・森川まさゆきが一体何だと言うのだ!!――


『ベイジンっっ!!!』


「くっ・・・!ボス!アル!」



下方を落下するウェルシュが攻撃を加えるが、奴はコピーを生み出し、

受け止めてしまった!



――αアルファ!!貴様は私の兵器だ!!――


――私の手の内から抜け出た貴様など、失敗作にも満たぬ肉塊にすぎぬ!!!――


――私の元へ戻れぇぇーーーっっ!!!――


炎は悪魔の断末魔の様な苦悶の表情を表し、ドス黒いがなり声で炎の手を

伸ばしながら迫った!!



『無駄だ!!アルはお前の牢獄をたった今出た所だ!』

『アルには帰る場所がある!お前の元になんぞ行くか!!』


――オノレェ!!森川マサユキィィーーーッッ!!!――


ベイジンは巨大な火球となって燃え上がり、一気にこちらへ突っ込んで来た!!


『ぐっ!!』


しかしベイジンはこちらへ到達する前にその進行を止めてしまった!



「おや、作戦は成功でしょうか?」


「ニャアァァァーーー!!!」


ベイジンの後方からパーマが落下してきたのだ・・・!バリアか!!

パーマのYシャツにニャンぷくが引っ付いている!



「・・・・まさゆき」


『え!?』



「あるも、たたかう・・・!」



予想だにしなかった言葉に、おれは面食らってしまった。


『た、たたかうって・・・』



おれの目を見つめるアルは、こんな状況下でもじっと何かを伝える様に、真剣に

その眼差しを向けていた。


アル・・・・今だって怖くってしょうがない筈なのに・・・・


それなのに、自分からあの呪われた檻を突き放そうとしてるのか。



『・・・・・・分かった。』


『アル、一緒に奴を倒して、みんなでバルバトスへ帰ろう・・・!』


『怖くないぞ!アルにはおれ達が付いている!!』



「・・・・・・うん!」



アルの体をベイジンへ向けて、おれは後ろからしっかりアルを抱き締めた・・・!



―――アルファァァ!!!――


――何故貴様ハシステムヲ逸脱スルノダァァァーーー!!!――



『・・・・まだ分からないのか。』

『アルにあって、リコフォスが持ち得ないもの・・・・』


『人の心を生かす、温かいぬくもりだよ・・・!』


『自分だけの理屈で人類他者を切り離せるお前等に、抜き差しならない人の感情や、

 涙の温かさが育む人の希望の力が簡単に負けたりするもんか!』



『その光の前で消え去れ影野郎!!』



「んっ!!!!」



アルを青く光るオーラが包み込み、同時に放たれた輝く波動砲が周囲に発散され、

アルとベイジンを対角線で結ぶ射程を巨大な波動が撃ち抜いた!!!




なんと、波動は炎そのものであるベイジンを凍り付かせ、バキバキバキッ!と音を

立てて膨張し、その凍てついた黒き炎の氷は粉々に砕けて光の粒になり、宙に

消え去ったのだった・・・・!!



『よくやった!!よくやったぞ・・・!!アル!!』


「まさゆき・・・!まさゆき・・・!」



アルは向きを変えてぎゅっとおれにしがみついた。




―「まさゆきさん!皆無事ですか!」―


Pちゃんさんの声だ!


気付けばバルバトスが遠くからこちらへ飛んで来るのが見えた!


『Pちゃんさん!全員無事です!』


『目的は達成しました!!』



―「あぁっ・・!良かったっ・・・!!」―

―「・・・まさゆきさん!今からバルバトスを皆の下方に移動させます!」―


―「ウェルシュ、着地できるわね!」―



「はぁー、誰に言ってんのよ誰に・・・」


「ニャアアァァ~~~っっ!!!」

「し、死むぅぅ~~~~!!!」


『おーーい!ニャンぷくっ』

『パーマの首にあんまりしがみつくな!』

『死ぬぞ!』



「そんニャ事いったってぇ~~~~!!」



やがてバルバトスは落下するおれ達の下方に滑り込み、ウェルシュの能力に

キャッチされ、無事、甲板に着地する事に成功した!



すると、流石に全員その場にへたり込み、もはや動く気配すら微塵も消し去って

しまった。


『は、はは・・・・皆・・・本当によくやった・・・!』


おれも体力ゲージがもはやゼロを振り切り、マイナスの矛盾ワールドへ突入して

いた為、アルから手を離して仰向けに寝転んだ。というか倒れた。



アルはおれの腹の上に馬乗りになって、おれを見ていた。



『よく頑張ったな。』


『戻ってきてくれてありがとう。』


『・・・お帰り。アル。』


アルは四つん這いになって、目の前まで移動し、涙で腫れた目でおれを

見つめて言った。



「まさゆき、迎えに、きてくれた」


「・・・ありが、とう・・・」



そして、初めて見せるぎこちない笑顔で、もう一度あの言葉をこぼした。




・・・それはおれのセリフさ、アル。



おれだけじゃない。これから、色んな人とそう言い合える様に生きるんだ。



今、本当に生まれたばかりのアルを見上げれば、まるで包み込むように壮大な

青空が光の粒を伴って広がっている。



この広さを知ったとき、アルはきっと目を輝かせて驚く事だろう。




きっと俯いてなんかいられない位綺麗だって気付くんだ。




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