第29話 《孤独と暁》




バチン!


と平手打ちの音が響いた。


Pちゃんさんの一発がパーマの頬を捉えた音だった。



「貴方を処分する事は簡単です」

「でも貴方は生きて償い、人類のために戦いなさい」


「・・・死んで逃げる事は私が許さない」



バルバトスは健在で、新生アニマから脱出したおれ達の信号を

キャッチして回収してくれたのだった。


全員無事である事に胸を撫で下ろしたのもつかの間、現行アニマの苛烈な

攻撃によりバルバトスは一部の機能を失い、異空間に隠れる事ができなくなって

しまった為、現在は大平洋上空を飛行しながらアニマの攻撃を躱していた。


ストレラ率いるゴスペル騎士団も、アニマの猛攻を受けて大きく消耗しながら

なんとか戦線を維持しているらしい。


予想外の展開に、いよいよ取引どころじゃなくなるかもしれないな・・・


艦内に入るとPちゃんさんに迎えられた。

どうやら緊急でバルバトスへ帰還したらしい。

外では戦闘がまだ終わっていない。新生アニマが消滅した今でも、KINGSの戦力と

現行アニマとの激しい戦闘はこの上空で絶えず繰り広げられている。


この艦内には懲罰房ちょうばつぼうというものが無いらしいので、営倉入りという体で

パーマは自身の個室に監禁される事となった。

当然と言えば当然なのだろうが・・・これは形式的な処置に過ぎない。

パーマのキュリティへのアクセス権限は剥奪され、部屋のロックも解除出来ない。

とはいえ、パーマの能力なら簡単に脱出する事ができるだろう。



おれは初めて見たPちゃんさんの強く厳しい一面を思い出しパーマを見た。


奴は目を伏せて、いつもの軽さで肩をすくめる。



「どうやら死刑は免れた様です。」

「ふふ、司令も甘くなりましたねぇ」


『・・・馬鹿言ってないで反省しとけ。』

『おまえ、Pちゃんさんにしっかり感謝するんだぞ』



「・・・わかっていますよ」



こいつは暫く艦内で孤独になるだろう。

だがおれはこいつを囚人扱いしたくて連れ戻した訳じゃない。

一人の人間として生きるために、一緒に戦わなくてはならないからだ。

兵器と呼ばれるこいつらの事を多くは知らないが、無理解という訳でも無い。

人間の部分を見て、味方でいてやれるのは多分おれしかいないんだ。


それに、こいつには今回だって結局助けられている。

支え合えなければ人間なんて弱くてやってられんのだ。



帰還したおれは直ぐにヘリコの処置を受け、身体中に治療用の特殊空間が

コーティングされた。暫くの間は杖突きでの生活になるらしいが、

手足が完全に不自由になった訳ではなく、完治を目指せるそうなのだ。

今は新生アニマの内部でフォスに応急処置を施された時のように、少しなら

やられた手足を動かせる。


これには心底ホッとした・・・・が、喜びを感じている暇など無かった。



続けて知らされたとんでもない報告に、絶望の底に突き落とされたからだ。




「まさゆきさん」

「落ち着いて聞いてください。」


「あなたの不在中、アニマが艦内に侵入し、アルちゃんに接触しました。」


「・・・アルちゃんは敵の介入によって精神を乱し、自我を失い暴走・・・」


「現在、洋上を大規模に凍結させて、その力のテリトリーを拡大している状況です」

「KINGSの戦力で鎮圧に当たっていますが、ことごとく返り討ちに合っています・・・

 このままでは、凍結は人々が暮らす島々や大陸にも及ぶでしょう・・・」



『そんな・・・馬鹿な・・・』



「艦内に侵入したアニマはウェルシュが交戦し、バルバトスの一部の装甲ごと

 破壊し敵を外部へ退ける事に成功しましたが、その時に空いた穴から

 アルちゃんが落下し、上空でその力を暴走させました」


「アルちゃんはその力の爆心地で今も力を発散し続けています。」


『アル・・・・!』



司令室のモニターに、アルの力が発動している海域が映し出された。


・・・そこには洋上にそびえる巨大な氷の塔がいくつも天まで伸びており、

その中心にはバカでかい氷の球体が、他の塔に氷の架け橋を幾つも伸ばす形で

宙に浮いていた。


氷の球体へ目掛けて戦闘機が空中を滑り、ミサイルを打ち込んだ。

しかし、氷結した海面や氷の塔から薄い氷の刃が瞬時に伸びて、ミサイルごと

戦闘機を両断し爆砕ばくさいしてしまった・・・!


別の戦闘機は空中で凍りつき、雲の彼方まで伸びる氷の塔に激突して

大破してしまっている。



『な・・・なんだ・・・これ』



「・・・・氷の塔は直径2千m、高さは約8千mに上り、その一つ一つが

 接近した者に容赦ない攻撃を加えてきます。」


「あの中心の球体が見えますね?直径10kmの氷の球体・・・あの中心で

 アルちゃんが力を発動し続けている状況です。」



・・・脳裏に、ロムザの言葉が浮かんだ。

―――「 αアルファには気を付けなさい」

あれはアニマの介入でアルが暴走する可能性を示唆していたのか・・・?



アル・・・・


・・・そりゃあそうだよな。


バルバトスで色んな事を感じたり、知ったとしても、苦しめられた記憶や

心の傷が都合良く無くなる事なんてないんだよな。


・・・ごめんな、アル。

いつもおれにしがみついて来るのは不安や恐怖の現れだったんだと思う。

それなのに、大事な時に一緒に居てやれなかったなんて・・・・酷い大人だよな。


・・・・待ってろ、アル・・・!

もう不安になんか絶対にさせない・・・!!


『・・・助けに行きましょう!』



司令室の椅子に座っていたウェルシュが口を開いた。


「簡単に言わないでくれる?」


「あの一帯は空間圧力が強すぎて、異空間移動も、下手な空間兵器による攻撃も

 簡単に無力化されてしまう。今のバルバトスであの氷の領域に踏み入ったら

 即撃墜されるのは目に見えてる。」


「瞬・殺ってやつ。」


Pちゃんさんは目を伏せて、片手をきゅっと握った。


「・・・・アルちゃんは、私達の世界ではアニマの兵器として人類に絶大な

 被害を与えました。」


「ですからあの力がこの世界でも悪魔的に開花し、また人類に牙を剥いてしまった

 場合の想定はしていました・・・・自我を失ったαアルファを食い止める包囲網を既に

 展開してありますが・・・・」


「・・・あなたは、アルちゃんと戦う心の準備はできていますか?」



『・・・・綺麗事だけじゃ通用しない事は解ってはいたつもりです。』



『でもアルを攻撃する事は出来ません』

『・・・攻撃するためではなく、おれはアルを助ける為に戦いたい。』


「それが、KINGS崩壊のリスクを抱えた選択肢だとしてもですか?」



『・・・・はい。』


『アルはあの中で、きっと孤独と恐怖に捕らわれているはずです。』


『ここで見捨てられたら、あの子の中で希望が潰れてしまう・・・』

『・・・・その時に失うものはあの子だけの希望じゃないんだ・・・』



『・・・お願いします!!』


『おれをあの球体の中心部に行かせてください!!』



『でないとおれは!森川まさゆきを殺したくなる!!』



一瞬の静寂が流れた。



何度だって思った。

やっぱりおれにはリーダーの才覚なんて無いんだと思う。

大人の分別ってのは、時に何かを切り離す冷たさが必要なんだ。

分かってる。それが出来ないおれは未熟な甘ちゃんだよ。


でも・・・・それでもいい。


KINGSに関わって、命を掛けると決断した時から決めてたんだおれは。


死ぬ気で戦うなら、何がなんでも希望の為に戦うと・・・




「・・・・・それでは行きましょう」


Pちゃんさんは柔らかい笑顔をふっと上げて、包み込むような優しさで

そう言った。



「あなたは英雄森川まさゆき」


「あなたが本気で望むのなら、きっと奇跡は起こる。」


「・・・私はそう信じています。」



『Pちゃんさん・・・・!』



「・・・あー、ちょっとソコ。」

「盛り上がってるケド、実際に戦うのは私等なんだけど」


『すまん、ウェルシュ』

『今回も力・・・・貸してくれるか?』


ウェルシュは頭と腕に包帯を巻いており、ロリポップをコロコロと口で

転がしながら、いつものジトッとした目をこちらに向けていた。



「貸してあげなくたって行くんでしょ?どうせ。」


「私だって前回のヘマを挽回しないと気持ち悪いし、ボスの意思を汲むのも

 仕事だしね・・・・・でも・・・」



「・・・その体たらくで無茶したら許さないから」



『・・・・ありがとう。ウェルシュ。』



ウェルシュはふんっ、とそっぽを向いて、司令室の端末を操作し始めた。


・・・おれは知っている。

いつもクールなくせに、誰よりも無茶しているのはウェルシュだって事。

目的を果たすために自分の身をどんなに危険に晒そうとも無茶をするんだ。お前は。


そんなお前が今はおれを見てくれているから、おれも手を伸ばせばお前の手を

掴めるような気がするよ・・・・ありがとう、ウェルシュ。


本当に心強い。



「・・・どの様な作戦を組むにしても、今は戦力を消耗しています。」

「まさゆきさん、Y子の具合を見に行きましょう。」


「ヘリコが治療に当たっていますが、彼女のダメージはかなりのものです。

 アルちゃんの救出作戦で出動する事が不可能なら、今動けるのはウェルシュだけ

 という事になります。」


『Y子・・・・』


『あいつ、ボロボロになりながらおれを助けに来てくれたんです』

『あいつにだけ無理をさせる訳にはいかない・・・・』



司令室を出て二人でエレベーターに乗り、ドアが閉まる。


Pちゃんさんは俯いて、静かに呟いた



「・・・・あなたが・・・無事でよかった」


『・・・え?』



「あなたが新生アニマに捕らわれたと報告を受けた時・・・私は心臓が

 ・・・止まりそうでした・・・」


『Pちゃんさん・・・』



「・・・ごめんなさい、私がこんなんじゃいけないのに」


「でも・・・あなたが戻ってきて本当によかった・・・」


「本当に・・・・よかった」



Pちゃんさんの声は震えていた。

森川まさゆきの死はKINGSが守りたい鉄則 “森川まさゆきルール” の崩壊を

意味する。それがこの戦いにどう影響するのかをおれは知らない。


けれどその防衛は、彼女が背負う一つの重責である事に間違いないのだ。


『・・・弱くてすみません』

『Pちゃんさんには負担ばかり掛けてしまって・・・』



「いいんです」

「私は・・・あなたが無事に帰って来てくれたら・・・」


「・・・私は戦場に立つ事が出来ません」

「ですからせめて、あなたのサポートだけでも全力でやらせてください。」


「あなたが帰ってくる場所は、私が必ず守ります。」



『Pちゃんさん・・・・』


エレベーターが階下で止まり、扉が開く。



「必ず帰って、ただいまって、言ってくださいね」


彼女の花咲く笑顔を受け取る資格が、生きて帰った者の手にのみ与えられる

のならば必ずまた帰還するしかあるまい。


・・・アルと一緒に、絶対に。



病室に入ると全身に包帯を巻いたY子がTシャツ短パンでベッドに横になっていた。


『Y子、身体はどうだ?』



「大した事はありません。」

「医者というものは往々に大袈裟なものです。」


Y子に施した輸血パックを隣で片付けるヘリコが、そんなY子に叱責を飛ばした。



「立ってるのもやっとの状態でも減らない口なら死んでからまた来なさい。」


「アンドロイドだなんて言われているけれど、貴女の身体は限りなく生身の

 人間に近いのよ。壊れたら外して交換、なんて事は不可能なんだから。」


「ボス、Y子は絶対安静。」

「次の作戦には出動するべきじゃないわ」


『・・・・Y子、聞いたか?』

『お前は療養に専念してくれ。』

『新生アニマでの戦いは激しかったもんな・・・本当はとっくに

 限界越えてたんだろ?』


「・・・私に限界なんてありません。」

「ボスは全部わたしに任せてくれたらいいんです。」

「わたしの役割は貴方の隣で貴方を護る事。」


「そして貴方の手足になる事です。」



今回の事でよく解った。

こいつも成り行き上無理が必要なら、躊躇なく自分の身を危険に晒して

目的を達成させようとする事に・・・・


結果おれはY子に救われ、本当に新生アニマを切り抜ける手足として

Y子はを果たした事になる。


が、それではダメだ。


そのというのは、手足がもげても先に進む為の、本当に取り替え可能な消耗品

である事を想定した死に急ぐ考え方だ。

無茶する事が必要だとしても、その前提がいつかY子の身を滅ぼす結果に

繋がる可能性を強めるのならば、Y子の言葉をなぞったって本末転倒なんだ。



『Y子、おれの手足になってくれるってのは嬉しいが、おまえは十分過ぎる

 くらいに戦っているよ。でも、戦いすぎておまえが潰れたら困るだろ?』


『お前の代わりなんてどこにも居ないんだ。』

『今回は休んでいてくれ』


おれの言葉に続いてPちゃんさんもY子をさとした。



「Y子。最高司令官として命じます。」

「貴女はここでお留守番をしていなさい。」


「新生アニマの数限りない軍勢を切り抜けてまさゆきさんを発見し共に脱出、

 そして新生アニマ殲滅の達成・・・貴女の戦果は計り知れないものが

 あります。」


「・・・貴女は無二の存在。」

「だからこそ、今貴女にしかできない、貴女がすべき事をしなさい。」



「私の事・・・・」


Y子は神妙な面持ちで少し考え、言い放った。



「・・・・・フードファイト・・・ですか」


『いやちげーよ!』

『それはおまえの事だろーが・・・!』

『今しがた休んでくれって言った矢先に・・・』


Pちゃんさんは、はぁ、とため息をこぼした。

Y子の中には、究極の有能さと究極の無能さがなぜか喧嘩せずに同居している。

こいつの上司を務めるPちゃんさんの苦労に同情しながら、おれはY子の

有能な部分に問いかけた。



『なあ、Y子。』

『新生アニマは消滅したんだよな。』

『・・・フォス達はどうなったか分かるか?』


「フォス?」


Pちゃんさんは初めて聞く名前に首をかしげた。

さらっと説明しても要領が掴めないだろうが・・・・


『フォスは新生アニマの内部でおれとY子を助けてくれたアニマの化身・・・』


『アニマを構成する良性の意思 “アウロラの瞳” が人の姿をして現れた

 存在です。その反対の悪性の意思、“リコフォスの瞳” からおれ達を逃がして

 くれました。』


『フォスはブラックホールリンゴ爆弾で新生アニマそのものと一緒に消滅するつもり

 だったので、まあ、それではあんまりですから一緒に逃げようと約束した

 んですが・・・結局合流するすべも無くて、無事に脱出できたのか

 どうか・・・・』



「ボス。フォスは生きています。」



『なっ!!本当か!?』


『今どこにいるんだ!』



「・・・・・・」


「そこに。」



『え?』



Y子の指差した方向・・・つまりおれとPちゃんさんの背後を振り返ると

そこに少年と従者が立っていた。


『ぎゃーーーーーっっ!!!!!』

『出たーーーー!!!幽霊ぃーーーーーーっっ!!!!!』



おれとPちゃんさんとヘリコはあまりに突然すぎる出来事に仰天し、

思わず数歩後ずさった。



「ひどいなぁ、ぼくは幽霊じゃないよ。」

「ね、アンダーソン。」



『な、な、な、何で・・・いつの間に!?』

『お前、いつからソコにいたんだ!?』


「あはは。落ち着いてよ。」

「丁度今来たばかりさ。行く場所あても無いし、せっかくキミに誘われたんだから

 お世話になろうと思ってね。ふふっ」


無邪気な子供の様に笑うフォス。

隣で無口な従者アンダーソンが、鞘に納めた銀のつるぎを杖の様に床に突いて

佇んでいる。



『いや・・・・そのつもりだったんだが、あまりにも突然すぎて・・・』

『ぴ、Pちゃんさん、今バルバトスはそんなに無防備なんですか・・・?』


「い・・・いえ、艦が損傷してセキュリティが弱まってはいますが

 シアンが艦内にいて侵入に気付かないという事は・・・・」



「お姉さんの言う通り、セキュリティの網の目はよく出来ているよ。」

「でもY子が隙間を作ってくれたからね。すんなり潜り抜けられたんだ」


『Y子、お前気付いてたのかよ!!』


「はい。今さっきの出来事です。」


『報告してくれよ!』


「てへペロッ!」


何の物音も無いものだから、心臓が飛び出るかと思ったじゃないか!


『・・・あー、Pちゃんさん、ヘリコ・・・』

『この子供が今話してたフォスです。』


「フォスっていいます!」

「こっちは従者のアンダーソン!宜しくおねがいしまーす!」



二人は面食らって言葉を詰まらせた。


「その・・・あ・・・えっと、まさゆきさん?」


『安心してください。こいつは仲間です。』


『・・・新生アニマで起こった事を全員に共有する必要がありますよね。』

『Pちゃんさん、一旦全員で司令室に集まりましょう』


『・・・もちろんパーマも入れて。』




一階に戻ってエレベーター右横の扉を抜けて通路を進むと、それぞれの個室が

並んでいる。左横の扉は女性達の部屋、この右側の方は男性の部屋に続いているが

バルバトスには男性がおれとパーマしかいないため、幾つかの空室が存在している。


パーマの部屋の前に来て、Pちゃんさんから教えられたロック解除のパスワードを

扉横の端末に入力するとドアが開いた。



「おや、食事ですか?」


『いいや、これからアル救出の作戦を立てて、現状をまとめようと思う。』

『一緒に来てくれ。』


「いいのですか?」

「裏切り者を簡単に解放しても」

「貴方の顔が立たないのでは?」


『んなもんいいんだよ。』

『お前を連れて戻って来たのはおれだ。立つ顔も何もないだろ?』


『お前の力が必要だ。』



「・・・・死に損なった命。」

「再度の裏切りと死の覚悟を持てるのなら、どうぞ私めをお使い下さい」


「仕えましょう。」



『今はそれでいいさ』


お前が上っちまった舞台は、簡単に降りる事なんて出来やしないんだよな。

降りれない舞台なら全てを終わらせて終幕にしてやる。



パーマを伴い、おれは司令室へ向かった。



司令室にはPちゃんさん、ウェルシュ、ヘリコとシアン、そして

フォスとアンダーソンが待っていた。


全員がこちらを確認するとウェルシュがツカツカと歩いて来てパーマの

目の前で止まり、大きく振りかぶって鉄拳をパーマの顔面に見舞った・・・!


ゴッッッ!!!


パーマは数歩後ろの壁にドッと背を付け、ウェルシュが鋭い眼光で睨み付ける。



「・・・・同じ世界に生きてるから言い訳なんて聞かない。」


「でも、だからこそ、から目を背けて無言で全てを投げ出すのなら

 私が同族兵器のよしみでアンタを殺してあげる」



「・・・・・」



「・・・・ま、ボスが許すのなら、私もこのくらいにしといてやるわ」


「でも、私はアンタを見ている・・・忘れんな・・・!」



パーマは目を伏せていたが、涼しい顔をしていた。


『ウェルシュ、今回はお前とパーマとおれの三人での出撃だ。』

『・・・・行けるか?』


「構わないわ。コイツを活用しないとあなたが連れ戻した意味ないもんね」


『ま、まぁなんだ、張りつめてもしょうがない。』

『今はもう仲間同士なんだ。それに、パーマが一度アニマに手を貸した事で

 成し得た事もある。それを今から共有したい。』



「そうさ。」

「ここからはぼくが説明するよ。」


後ろで手を組み、背筋を伸ばしてフォスが一歩前に出た。


「ウェルシュさん・・・だったね?」

「新生アニマの内部で起こった事は、貴女にもよく聞いて欲しいんだ。」

「森川まさゆきが生還できた要因を作った、ある人物の話でもある。」


「・・・・」



フォスは全ての出来事を、そしてアニマの真実を告げた。


・・・テクノロジーによって統一された人類、そして統一され得なかった、

人を規定する本質・・・思想、精神、願い・・・それが分裂し生まれた

“アウロラの瞳” と “リコフォスの瞳” 。そのせめぎ合い・・・

その統一され得ない自己矛盾の葛藤が時空を越えて現代に現れたのだ。


星と一体化した、人の歪みきった自己規定の結論こそがアニマだった。


そして現行アニマの “アウロラの瞳” が、おれを新生アニマのアウロラに

引き合わせるために遣わしたのがパーマとロムザだった。


現行アニマに下ったパーマは、増強前の新生アニマを討って兵器の

役割を完遂し、新生アニマと運命を共にするつもりだったがそれは失敗に終わる。

ロムザによって救われ、Y子と合流したおれは最後に奴を死の淵から

連れ出す事に成功したのだ。


・・・・そうして手にした巨大な収穫がある。


《アウロラの自己崩壊因子》だ。



「・・・これがあれば、現行アニマの内部に存在するアウロラの

 自己崩壊因子と合わせて、無限に増大可能なアニマを滅ぼす事ができる。」


「・・・後はきみ達がアニマと正面から戦い、中枢のアウロラの瞳に到達

 できればいい・・・これが最大の試練だと思うけれど、やってくれるね?」



「・・・・やらざるを得ません。」

「その為に、私達KINGSは存在しているんです。」


Pちゃんさんは力強く答えた。


ヘリコはため息混じりに眉間に手を当てて呟く。


「・・・まさか人類を守る為に戦ってきた相手が、当の人類そのもの

 だったなんて・・・皮肉を通り越して最悪な話ね。」



「わ、わわわ、わたし、なんかとんでもない事を聞いちゃったんじゃぁ・・・」

「ボ、ボスさんっ!わ、わたし、どうしましょう!?」

「巨大な権力に消されちゃうんですか!?」


『お、おちつけシアン!』

『Pちゃんさんを見て深呼吸するんだ。』


世界一美しく、優しい権力者を見ながらシアンは大きく深呼吸を始めた。


「すぅーーっ、はぁーーっ!」

「すぅー・・・けっほっ、げほっけほっ!!」


『大丈夫かシアン!?何故むせた!?』



「・・・・ウェルシュさん、ぼくは脱出する時に、ロムザからきみに

 一言だけ伝言を言付かっている。」


「アニマの体内にて待っていると・・・・」

「はやく会いに来て・・・・と」



「・・・・ロムザ」


「ロムザはアウロラとリコフォスの間でどっち付かずに振る舞っている。」

「でも今回はアウロラの意思を汲んで新生アニマに侵入してくれた。」

「その理由を彼女は語らないけれど、おそらくアニマと戦う森川まさゆきを

 生かして、きみを最後の戦いに導く為だ。」


「・・・・わかった・・・もういい。」


「言われなくたって、必ずロムザの元に辿り着いてみせる」


ウェルシュの口調は落ち着いていた。

ウェルシュはロムザと戦う覚悟を持ち続けて来た筈だ。新生アニマの内部で

おれを導いたロムザを思い出すと複雑な気持ちに襲われる。


ロムザがいなければ、おれもY子も生きて戻る事は出来なかった。

たとえそれが彼女の目的意識によってのみ成された事でも、そこから

共存の可能性を模索したくなってしまうんだ。


・・・そんなのは不可能だって事は分かってはいるんだがな。



「新生アニマにおける情報は把握しました。」


「フォスさん、アンダーソンさんは、アウロラの瞳から切り離された存在。」

「まさゆきさんが認定した“仲間”という事で間違いないんですね?」


『はい。』

『フォスは見ての通りのませたちびっ子で、アンダーソンはこう見えて

 何の害もありません。そうだよな、フォス?』


「・・・きみ、アウロラの化身を目の前に、よくちびっ子なんて言えるね」

「でも、ぼくもアンダーソンも皆さんに対して無害である事は約束するよ。」


「それどころか、アニマの情報提供や、空間兵器技術の向上なんかにも

 貢献できると思うな。」


フォスはウィンクをしてアンダーソンを見上げ、ねっ!と微笑んだ。


「ア・・・アニマの提供する未知の技術・・・じゅる」


シアン、よだれ、垂れてるぜ。



「分かりました。では二人をバルバトスへ受け入れましょう。」


『い、いいんですか?』


「はい。あなたが決めた事ですもの。」

「それに、アルちゃんを受け入れて、これから連れ戻しに行くんです。」

「これがあなたのやり方だって、私、理解してますから」


何度思った事か、その立場にいるのがPちゃんさんで本当に良かった。

でなければ、おれの提案してきた殆どの事柄が実現する事はまずあり得なかったの

ではないかと心底思うのだ。


「さーて!」

「では本題です!」

「現在も暴走し続けるアルちゃんを救出しに氷の牙城へ向けて発進します。」


「アルちゃんによる海面氷結はその進行を続けている為、速やかな作戦遂行

 が求められます。氷の球体を破壊して内部へ侵入し、アルちゃんの意識を

 取り戻す実行メンバーは、まさゆきさん、ウェルシュ、パーマの三人です。」


「私達はバルバトスで三人を上空から投下し、危険な空域から距離を取り

 アルちゃんの力の収束を見計らい、アルちゃんを含めた四人を回収します。」


「・・・まさゆきさん。」

「あなたの身体は限界を迎えている筈です。」


「・・・・でもアルちゃんを助け出すのならば、まさゆきさん自身が

 あの子に直接呼びかける必要があると私は思います。」


「アルちゃんの無差別攻撃に加えて、アニマも攻撃を仕掛けてくる筈。」


「まさゆきさん、もう一度だけ確認させて下さい。」

「・・・・本当に・・・いいんですね?」



『いいんです』

『おれはY子達に助けられて今こうして戻って来れました。』

『一人の孤独がどれだけ心細くて恐ろしいものか・・・・』


『子供のアルに、これ以上そんな辛いものを背負わせる訳にはいきません』


『あの世に片足突っ込んでも、必ず連れて帰ります。』



「・・・わかりました」


「では作戦を実行しましょう。」

「これよりバルバトスのアサルトモードを起動します。」

「アサルトモードは超速と高機動力で攻撃を潜り抜けますが、今の船体では

 掛かる負担が大きい為、機動力を落とし、ある程度の被弾覚悟で空域を

 突き抜けます」



「・・・・その必要はありません」


パーマが髪を掻き上げて言った。



「私の能力でバルバトスを敵の探知網から完全に消失させましょう。」



「パーマ・・・でも、この空間圧力の中でバルバトスを隠せるほど

 貴方に体力が残っているとは・・・」


「問題ありませんよ」

「私も少しはお役に立たなければね。KINGSによる処分などという味気無い

 殺され方をされたのではウェルシュの言う通り、此処に連れ戻された意味が

 ありません。」


「・・・もっとも、皆さん方がこの私を信用できればの話ですがね。」



『そうか、それなら頼む!』


「・・・疑いませんね・・・貴方は真っ直ぐすぎる。」

「・・・まるでどこかの誰かみたいだ・・・」


『何だよそれ。何か問題あんのか?』


「くふふ、ありませんよ」



『じゃあ決まりだ!』



「ボス、いいかしら?」


『どうした?ヘリコ。』


「アルフィは身体中に治療用の異空間を施していたのを覚えてる?」

「あの力の解放でその異空間は完全に消滅してしまった筈。」


「また全身に苦痛がよみがえってきっと辛いわ。再会できたらおんぶか抱っこ

 で移動してちょうだい。ボスはその身体だから、ウェルシュかパーマにお願い

 したいわね」


『そうだったな・・・』

『わかった、ありがとうヘリコ。』



「ぼくはアンダーソンと、ここでお手並みを拝見させてもらうとするよ。」


「あ、そうだ、ねえお姉ちゃん、このバルバトスの防衛システムを見せてよ!」

「もしかしたら改良の役に立てるかもしれないよ!」


「ふぇ!?わ、わわ、わたしに言ってるんですか!?」

「あ、あわわ・・・っ」

「ひょ、ひょろひゅくおふゅひゅ・・・・っ!!」


『シアン、もう何言ってるのか分からないぞ・・・!』



フォスは、超オーバーテクノロジーの塊であるアウロラの化身だ。

その知能を発揮すれば、もしかして天才のシアンにさらに磨きがかかって

技術者の神になれるのではなかろうか・・・と妄想してみる。


それはそうと・・・


『・・・・・』


『・・・・なんだろう、何か忘れている様な・・・』



「ボス、もう領域テリトリーに入った。甲板に出るわよ。」

「ほら、さっさとして。」


『あ、あぁすまん』


『それじゃあ皆、宜しく頼む!』


「まさゆきさん、気を付けて・・・!」



ウェルシュに促されておれはエレベーターへ向かった。


なんだろう。やっぱり何か忘れてるんだよな・・・・


『・・・・・・・・・・・』


『・・・ま、いっか。』



甲板に出ると、暴風がバルバトスのシールドで遮られているらしく、

周囲を見回す余裕がある。


辺りの海面が凍りついており、至る所から氷の柱が天に伸びている。

遥か遠くにぼんやりと巨大な球体の影が見えてきた。



『・・・あれか・・・!』



待ってろアル・・・!


アニマによって苦しめられてきたアルを、これ以上孤独になんかさせない!



どんどん加速して突き進んでいくバルバトスの甲板で、おれ達は凍てつく尖った

空気の中で身構えた・・・!



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