第27話 《リンゴ爆弾》



響く赤子の泣き声・・・・



破壊された異空間に他の異空間が繋がっては崩壊し、空間は歪みきって混沌状態だ。

あらゆる異空間が飽和し、その内側を構築していた壁や床等が割れて辺りに浮遊

している。


卵から生まれた化け物が放った衝撃でおれとY子は吹き飛ばされたが、Y子が周囲に

浮遊する崩壊した構造物の残骸を足場にして跳躍し、宙でおれを受け止めた。


Y子はおれを抱えながら、宙に浮いた壁の残片ざんぺんに着地し、下ろしてくれた。



『・・・す、すまん』


『・・・・あれが・・・アダムってやつか・・・?』



広がっていく異空間の中心が、渦巻く雷雲に包まれて黒いいかずちを放ちながら

空間全体を振動させていた・・・・!


青い肌の、巨大な乳児だ・・・・


大きな心拍音が鳴り響き、そのリズムに合わせて体全体の赤い毛細血管を表皮に

浮かび上がらせながら胸をドクン、ドクンと鼓動させている。


《アダム》は宙にその巨大な体躯を浮遊させ、大きく見開いた左右の黒い眼球を

ギョロギョロと動かしながら泣き声を上げている・・・・


おれは思わず耳を塞いだ・・・・!

・・・気がおかしくなりそうだ・・・・っ!!



「・・・・究極生命体アダム

「・・・アウロラの自己崩壊意思に対抗してリコフォスが産み出した、

 自己規定の産物・・・・一つの回答です。」


「アニマが産み出してきた、他のあらゆる個体を凌駕する兵器性能とを誇り

 自己増殖、自己補食、自己破壊を果てしなく繰り返す循環型の人類モデル。」


「・・・・あれがアニマの定義付けた生誕、死、循環です。

 その存在と常に繋がりながら自らの内部でアダムを産み出し、殺し合い、その

 体をアニマに還元させて繰り返す・・・・アダムに意思はありません。

 言うなればアダムはアニマの生きた“論理”そのものです。」


『ふざけてる!!』


『そんなものが人の証明になる訳ないだろ!!』



―「・・・その通りだよ・・森川まさゆき・・・」―



『フォス!!』

『無事なのか!?』


―「・・・うん・・・ぼくは大丈夫。」―

―「・・・でもアダムが生まれてしまったね・・・・」―


―「・・・イヴ、今のキミじゃアダムは殺せない」―

―「直接の戦闘を避けて、少しの間だけ逃げに専念するんだ」―


―「アニマの圧縮がもうすぐ完了するよ・・・異空間の包囲網を展開するまで

  何とか生き延びて・・・・!」―


『フォス!パーマはどうなったんだ!』

『あいつは無事なのか!?』



―「解らない。まだ生体反応が確認できていないから・・・」―


―「でも、気にしなくてもいい。アニマを異空間で包囲したら直ぐに

  システムを発動するんだ。ファントムはアニマを討つために作られた

  存在。その戦いの果てに消える事を彼が選ぶのならキミは躊躇なく

  システムを発動するべきだよ。」―



『・・・・なんだと?』



―「今は彼を探している暇はないんだ。」―

―「キミは森川まさゆき。イヴシステムと共にキミは此処で死んではいけない。

  犠牲を払ってでも、アダムごとこのアニマを消滅させ、生き延びなければ

  ならない。」―


―「わかるよね?」―



『・・・・それは確かに正しい選択だ』


―「・・・よかった・・・!」―

―「それじゃあぼくはこのまま・・・」―



『・・・・だが駄目だ・・・・』


―「え?」―



『逃げ回る時間があるならおれはパーマを探す。』

『フォス、ブラックホールは間に合わせる。』

『だからアニマの圧縮と異空間の包囲網を何とか維持してくれ!』


―「・・・だめだよ・・・!」―

―「リスクが大きすぎるよ・・・!!」―


―「それにアダムは、逃げながら人探しを出来るほど・・・」―



『人の命はそんなに軽いのかっ!!!』



―「・・・・!」―


『やるだけやって駄目なら墓の前で幾らでも頭を下げるさ!』

『でもやりもしないで死なせたら、おれは一体どう背負えばいいんだ!!』


『・・・おれはあいつのボスになっちまったんだ。』

『あいつが望んでたって、勝手に死ぬ自由なんて与えてやらん・・・!』


『フォス!』


『簡単に仲間を切り離せる森川まさゆきが望みなら、まずはお前がおれを切り離せ』

『お前が反対してもおれは行く・・・!!』



―「そ・・・そんな・・・」―


「・・・無駄です。」

「わたしのボスは、こうなってしまったら止められません。」


―「無茶苦茶だよ・・・・」―



『Y子!行くぞ!』

『アダムから離れる様に移動しながらパーマを探す。』

『ブラックホールはいつでも直ぐに発動できるのか?』


「発動まではある程度の時間を要します。」

「ですから予め生成した発動直前のプログラムを物理的な設置型爆弾として

 具現化します。」


Y子は両手を目の前に軽く広げた。

するとそこに光の渦が現れ、その光が凝縮し手の平サイズの林檎りんごとなった。


「・・・・ボス、これを。」


『・・・リンゴ?』


「中にはブラックホールの構成条件がプログラムされています。」


「今、その中で起動プログラムを自動構築していますから、完了次第

 スタンバイモードで起動待ち状態になります。それを爆発させれば、

 そのリンゴを特異点としてブラックホールが出現するでしょう。」


「超重力のリンゴ爆弾。」


『げ・・・げぇ!』


おれは今、手の平にブラックホールを持ってるのか・・・・

恐ろしすぎてちびりそうなんだが・・・・



―「森川まさゆき!」―

―「気を付けて!アダムがこちらに気付いた!!」―


『・・・来るか!!』



なんと約500m程の距離を、青い赤子はまるで弾丸の様に音の速度を超えて

空気の壁を突き破り、直線的にこちらへ飛んできた!!


気が付けば、おれとY子の真横で急停止した赤子の巨大な顔面がこちらを

凝視している!!


『・・・・なっ!!』


全長20mはあるその巨体は、助走もなく左側からパンチを繰り出してきた!!

足場を粉砕しながらその丸い拳がおれ達を襲ったが、Y子の跳躍によっておれは

周囲に浮遊する別の足場へ着地した。


しかし!その瞬間奴もこちらに移動しており、立て続けに放ったパンチが

Y子を捉えた!!


Y子は足場を粉砕するパンチを受け、遠くに浮遊する瓦礫まで吹っ飛んでしまった!

立っていられる面積が半分以上消滅し、おれは倒れて四つん這いになり、足場からの

落下を防いだ・・・!


『Y子!!!』


赤子は甲高い声を上げてY子を追撃する!!

Y子がめりこんだ瓦礫に高速で移動し、Y子ごと瓦礫を叩いて粉砕してしまった!!


しかしY子はそこから抜け出していたらしい。

奴の体を器用にすり抜けてヒュンッ、とあの巨大な頭部に着地した!

そして下方を向いて光粒子砲を放つ!!!


巨大な光の噴射が直撃し、赤子は光に覆われた!!


『やった!!!』



しかし・・・光が過ぎ去っても奴は無傷だった・・・!!!

青い身体を身震いさせて、その手の平で頭上をベタンッと叩くがY子は異空間を

作り出し、身を隠して躱した・・・!!

奴は標的を見失って混乱している様だ。



『嘘だろ・・・・!?』

『攻撃が効かないのか?』


Y子は異空間内を通ってこちらに戻って来た。

おれの隣に空間の歪みが現れ、そこからY子が現れる。


「・・・厄介です。」


『Y子!!大丈夫か!?』


Y子の両袖は肩からボロボロに破けて、露出した腕が真っ青に晴れていた。

パンチを受けた時、瞬時に両腕でガードしたんだ・・・・!!


「はい・・・・しかしこれでは防戦一方ですね。」

「このまま消耗してしまえばこちらの敗けです。」


『どうすりゃいいんだ・・・!!』





「ぅふふ」


「苦戦してる苦戦してる~!」



『・・・・・この声は・・・!!』


頭上を見上げると、宙に漂う瓦礫に座ってロムザが足をパタパタと泳がせていた。


『・・・・ロムザッ!!』


「すごぉい!あれがアダムなの?」

「すごいエネルギー量ねえ!ぅふふふ」


『お前、無事だったのか・・・!』

『ベイジンと子供達はどうなったんだ!?』



「あんまり大きな声出さないでよぉ・・・」


「・・・あなたのリクエスト通り、子供は殺していないわよ?」


『そ、そうか・・・・』


「・・・手足の数本は貰っちゃったけど」

「・・・・ぅふふ!」


『・・・なっ!!』



「そんな事より、わたし、困ってるの」

「異空間が複雑化しちゃって、位相を合わせられなくなっちゃった」

「このままだとわたし、帰れないんだよねぇ」


「だから、はやくやっつけて?」

「あのお化けアダム



『い、いや、それがこっちも困ってるんだよ!』

『素早いし、攻撃がかなり強力で、しかもこっちの攻撃が効かないんだ。』


「うん」

「見てたから知ってるわ」

「イヴちゃんの直線的な攻撃じゃダメよ」


い、イヴちゃん・・・って、Y子の事か。


『な、ならロムザ・・・お前なら何とか出来ないか?』

『お前、帰れなくって困ってるんだろ?ならここは協力して・・・』


「ぅふふっ」

「い・や」


『な、何でだよ!!』


「・・・・・みて?」


『え?』


ロムザはワンピースの裾をつまんでみせた。

ほんの少しだけ焦げている。


「さっきあなたのお願いを聞いたから、子供達にやられちゃったの」

「だから、あなたのお願いはもう聞かないわ」


『ちょっ!!ちょちょちょっとまった!!』

『そんな些細な事を言ってる場合じゃないぞ!!』


「・・・それにわたし、運動してまた眠くなっちゃった」

「だからはやくやっつけてよぉ」


あぁふ・・・とロムザは柔らかい欠伸をした。

な、なんなんだこいつは・・・!全然掴み所がないな!!


『協力してくれたら早く倒せるかもしれないだろ!?』

『早くしないとアダムがこっちに気付いちゃうぞ・・・っ!』


「ボス、パーマを探す時間を考えると、ここで時間を掛けられません。」

「ここは一つ、頼み込んではいかがでしょう。」

「こんな時、日本人にはあるじゃないですか。あの地の底まで

 くだる、ジャパニーズ何とかってやつが・・・」


『・・・・むぐぐ』


背に腹は変えられない・・・!

おれは両手両膝を突いて、滑らかに頭を下げた。


『ろ、ロムザさん!お願いします!』

『ここはどうか、状況を切り抜ける為にお力添えください!』


「・・・おおぉ・・・!」

「これがジャパニーズ土下座DO・GE・ZAですか・・・!」

一遍いっぺん見てみたかったんですよねぇ・・・・」


Y子、覚えてろよ。



「・・・・・回って」


ロムザの冷たい声が片方の鼓膜にふわっと届いた。


『・・・・へ?』


「三回まわってわんわんって吠えてみて」


『い、いやぁ、それは・・・』


「ふーん・・・そぅ」


『・・・・あーっ!いや、えーっと!』


くそ!だがそんな事で協力してくれるんなら・・・!!

おれは小さく三回まわって吠えた!


『ワンワンワン!』


「お座り!」


な、なんだと!?

・・・・く、くそっ!!おれはお座りしたっ!


「ぱぁん!」


『ぐえっ』バタッ!


見上げるとY子が細い目でこちらを見下ろしていた。

「・・・・・すごい。」

「・・・お手!!」


『ワン!』ぽふっ

『・・・って、Y子!おまえはやるんじゃねーよっ!!!』


おれはロムザを見上げた。


『・・・ろ、ロムザ!これでいいか!頼む!』



「いやよ」



『んなっっ・・・!!!』


「ぅふふっ、あはははっ」


ロムザは足をパタつかせながらお腹を抱えて笑った。


『お前!こっちは恥を忍んで頼んでるのに・・・!』



―「・・・・ロムザ」―


―「ぼくからもお願いだ。協力してほしい」―


フォスの声だ・・・!


「・・・・あら」

「アウロラの化身ね?」


―「きみには森川まさゆきを此処で死なせたくない理由があるんだろう?」―

―「それなら、もう一度ぼくのお願いを聞いてくれないかな。」―

―「・・・・想定よりも、ずっと時間の余裕が無くなってしまったんだ・・・」―


「・・・ぅふふ」

「リコフォスの攻撃にやられたんでしょ」


―「・・・そうさ」―

―「そのせいで、アニマを抑圧する力が減退してしまったんだ・・・」―

―「このままだと本当に時間切れで全員殺されてしまう・・・」―


―「ロムザ、森川まさゆきに力を貸してあげて」―



「・・・案外弱いのね」


「・・・・いいわ」


「じゃあ手を貸してあげる・・・これで最後だからね?」



『ほ、本当か!!』


―「ありがとう・・・ロムザ」―


ロムザは瓦礫からこちらの足場に飛び降りて、ふわっと着地し

ぼんやりと光る赤い瞳をアダムに向けて言った。


「・・・あれはね、たぶん攻撃が効かないんじゃないわ」


『え?・・・で、でも』


「受けた傷を瞬間的に修復しているの」

「痛みを感じる暇も無いくらいのスピードでね」


『ま、またとんでもないな・・・それならいくら攻撃しても無駄って事か!?』


「短時間で殺すのは難しいかもね」

「でもアダムを殺す事が目的じゃないんでしょう?」


赤い瞳で、おれのポケットに入ったリンゴ爆弾を見た。


「・・・ここに釘付けにしてあげる」


『どうやって・・・・?』


「ぅふふ、こうやって」


ロムザはさっきおれにした様に、指を銃に真似てアダムに向けた。


「ぱぁん!」



チュドオォッッッ!!!



突然アダムの頭部が爆発し、巨体が少し揺れたがやはり効いていない!

アダムはこちらを振り返り、おれ達に気付いたみたいだ!!


奴がまたあのとんでもないスピードでこちらへ向かってくる!!


「ぅふふ」


しかしアダムは軌道を逸れて通り過ぎてしまった!


空中で静止して、悲鳴を上げてもがき始める・・・・!!

よくみると、巨体から煙が立ち上がっている・・・・


『何が起こってるんだ・・・?』


「皮膚表面に触れる酸素と体内に存在する酸素を強酸ガスに変換したわ」

「全身の外と内が、常に焼かれて、再生してを繰り返しているの」


「・・・・すっごく痛いと思う」


『なっ・・・・!!』

『何だって・・・・!?』


「・・・ボス、これが兵器《神の息吹》の力です。」

「あらゆる気体を構成する成分を、別の元素に変換する事が出来る。」


「それどころか、空間の温度、重力、空気抵抗、これらをその意思で

 自由に調整できてしまうんです。」


『なんだ・・・それは!?正真正銘、完全に無敵じゃないか!!』



「ぅふふ、ネタばらししないでよお」


「これなら弱体化したのと一緒でしょう?」



・・・・合点が行った・・・!!


ロムザが人類の究極兵器と呼ばれる理由がな・・・・!

そして、ウェルシュを追い詰めた事も、ベイジンに伴って現れた

あの子供達を圧倒してしまう理由も・・・!


こんな奴を敵に回したら、倒せる奴なんて存在するのか・・・?



もがき苦しむアダムはまた大きな泣き声を上げ、衝撃波を放った!

すると周囲の足場が次々と粉々に砕けて消滅していった!!


Y子はおれ達の目の前に異空間の入り口を出現させて、衝撃波を

異空間の中に受け流そうとしたが、その歪みにもヒビが入り、硝子の様に

粉々に砕け散ってしまった!


だがそのお陰でおれ達の足場は崩壊を免れた・・・


もがき苦しみながら、こんな力を出せるのか・・・!

そしてその時!アダムの周囲に異空間が現れ、中からアニマが出現した!

アニマの外で見た、腕が巨大な翼と一体化した厄介そうな飛行個体が大量に

出現したのだ!!


『くそっ!こんな時に!!』


そして現れたアニマの中には、巨大な謎の赤い球体の上に乗った

ベイジンの姿もある・・・・!!


『あ、あいつ、生きていたのか・・・!』


「ぅふふ、だってあのオジサマ、逃げるのが上手なんですもの」


奴の足元の赤い球体から、まるで液体から浮かび上がる様にあの少年達が現れた。

男の子も女の子も三人共、手足を全て失って車椅子に乗っていた・・・


『ロムザ!!お前っ!!・・・何が手足の数本だ!!』


『全員・・・手足が無いじゃないか・・・・っ!!!』


「だってぇ」

「しつこく攻撃してくるんだもん」


「でも生きてるでしょう?」

「手足がもげたくらいなら、アニマは簡単に傷口を防いで延命させるわよ」


『そういう問題じゃない!!』

『お前な・・・・・!!』


「ボス!」

「時間がありません!」


その時、おれ達の右側に異空間が現れた


―「森川まさゆき!」―

―「イヴの言う通りだよ!時間が無い・・・!」―

―「さあ、その異空間にイヴと一緒に入って!」―


―「そのアダムの異空間から脱出するんだ!」―


『・・・・フォス!』

『だ、だが目の前に敵が増え続けてるんだ!アダムの攻撃を防ぎながら

 この数を相手にするのは流石にロムザでも一人じゃ・・・・!』


―「大丈夫、今そっちに戦力を送ったよ。」―


上空から、ヒュルルル・・・と、何かが落下してきておれの目の前に着地した。


『あっ・・・・!』

『こいつは・・・ア、アンダーソン!!』


LEVEL1のアニマの姿をした、銀のリボンを結んだフォスの従者だ。

しかし服装が黒のロングコートに変わっており、ダイヤモンドの様に

銀に輝くサーベルを腰に備えている。


―「アンダーソンはぼくが産み出した強力な従者。」―

―「彼がロムザと共に、ここであいつ等を食い止めてくれる。」―


―「未完成のアダムは、更に今、ロムザの力で本来の力を出せていない。」―

―「きっと足止め出来ると思う!」―


「ボス、行きましょう!」

「異空間を抜けるんです!」


『・・・あ、あぁ!』


『アンダーソン!・・・その、なんだ』


『さっきは死にそうなおれを助けてくれてありがとな。』

『・・・お前も死ぬなよ!』


アンダーソンは変わらず応答しない。

こいつには、意思や感情はあるのだろうか。


『ロムザ!』

『・・・・・こ、子供達は殺すな・・・・』


『・・・・それだけはやめてくれ・・・』


「ぅふふ」

「あなたのお願いはもう聞かないわ」


「言ったでしょう?これが最後って」


『・・・・・それでも・・・頼む』


一足先に異空間に入って中を確認するY子におれも続く。

藍色の床と壁が続く異空間の通路に入ると、入口はすっと消滅した。


歩きながらY子が言った。



「ボス、アウロラの自己崩壊因子を貸して下さい。」


『あ、あぁ』


Y子はその球体に触れて、何か暗号じみた言葉を口ずさみながら指先で撫でた。

すると球体は光の粒に分解されて、おれの身体の中に入っていった・・・!


『おわっ・・・!!』

『何だ!?』


「今、自己崩壊因子をあなたの位相と重ねて貴方の異空間に収納しました。

 キングカードと同じ仕組みです。貴方の意思で取り出す事が出来ます。」


『そんな機能があったのか・・・・』


「いいえ、今機能を追加したんです。」


「自己崩壊因子はアウロラが構築しました。」

「・・・・・だからわたしには、その構造に干渉する事が出来ます。」



『Y子・・・おまえは一体』


「ボス。リンゴ爆弾を手放さないで下さい。」

「それは物理的に持ち続けるしかありません。」


『あ、ああ。』


おれ達は出来るだけ早く移動した。

リンゴ爆弾は野球ボール程のサイズで、実際の林檎よりも少し小さい。

ポケットに入れていたので何とか杖を落とさずに持ち続けられた。

当然だが、やはり杖をついた移動は速度が出ない・・・!


『Y子!パーマの反応は無いか?』


「生体反応はありません。」

「考えられるとしたら、ファントムの能力で身を隠しているか

 もしくはあの雷撃を受けて・・・死亡したかです。」


くそ、死んでいる想定は無しだ・・・!



『・・・・フォスが持ち堪えられるタイムリミットはあとどの

 ぐらいだ?』


「・・・・30分が限度だと思います。」


「それを過ぎればリコフォスが完全に復活し、アダムを強制的に

 増強活性化してわたし達を即座に排除するでしょう」


「・・・脱出の際に、わたしとアウロラの力を全力で異空間突破に使い

 下方への自由落下を利用してアニマを出ます。そのために5分の猶予が

 欲しい・・・・つまり25分です」



『短すぎるな・・・・!!』

『だがやるしかない!』



しかし先を急ぐおれ達の足を止める嫌な声がした・・・!



「クヒーーッヒッヒッヒッ!!!」

「森川まさゆきみぃ~~~っけ!!!」



「キャハーーハハハハハッッ!!!」

「逃げられないんだからねぇーーーっっ!!!」



前方の左右両面の壁に、上から突然刃物が突き出て下方へ滑り落ちる。

すると壁にスリットが入り、左と右からそれぞれアニマが現れた・・・!

おれを牢屋から解放したあのイカレたピエロ。


シザークラウンだ・・・!!!


「クヒヒヒヒッ!何処に行くんだぁい?」

「まだ案内の途中だったじゃねぇかぁ~~~!!」


「キャハハッ!!ねえ!もしかして、アッターシ達の事忘れちゃったん

 じゃなぁーい!?」


「あ"ーーー!?忘れちゃったなんて許せねえよっ!!!」

「オレ等のビジュアルってどう見ても忘れ様がねぇだろぉ!?」


「キャハハハハハ!!!」

「アンタひっどいカオしてンのにねぇっ!エドハンズ!!!」


「クヒーーッヒッヒッヒッ!!お前も大概だろうがよっ!チョキリーナ!!」



『お前等の相手をしている暇は無いっ!そこをどけっ!!!』



「クヒーーーーッッッ!!」

「ボクちゃんを通してぇ!!だってよお!!」



「キャハッ!通さねえよっっ!!!」


女のピエロ、チョキリーナが高速でこちらに移動してハサミの片刃を振り下ろした!

しかし、Y子がその動刃どうばごと光粒子砲で撃ち、チョキリーナを後方へ押しやる!

しかし閃光が細く消え入る頃には既にもう一人のピエロ、エドハンズが右上から

静刃せいばを振り下ろしていた!


Y子は両手でやいばを白羽取りしその軌道をピタリと止めたが、即座に接近した

チョキリーナが反対方向から挟み込む形で刃を左下から振り上げる!


Y子は刃が届く前に、エドハンズの静刃を受け止めたまま左前方に跳ね、

チョキリーナの顔面に蹴りを入れた!するとその動刃の軌道は、すかさずかがんだ

Y子を外してエドハンズの顔面半分に食い込み切り裂いた!!


「おげっっぇ!!!」


更にY子は掴んだ刃を放し、ジャンプして身長3mはあるエドハンズの顔面に強力な

パンチを繰り出した!エドハンズは咄嗟に静刃を盾にして防ぐが、Y子の強力な

パンチの衝撃で10mほど後方へ床を削って後ずさった!!


チョキリーナは顔面に食らった蹴りで身体の平衡感覚が揺らいでいるらしい。

確実にクリティカルだ・・・・!!


「オイテメエっ!!」

「オレを切ってんじゃねぇーーよっ!!」


「キャハ・・キャハハっ!!キャハッ素敵な整形じゃん!!」

「おんもしろぉ~~~~~!!!」


その時!


ピカッッ!!と光が走り、チョキリーナの首を撃ち抜いた・・・!!

Y子の光粒子砲がその首をぜ飛ばしたのだ!!


「おっとっとっと・・・・」


宙を舞った首をエドハンズは外野フライをキャッチする様に受け止めた。

そして両手に持った生首を見つめて呟く


「何やってんの?お前・・・」


「キャハハ、死んじゃった・・・」


チョキリーナの身体がドサッと横に倒れた。

するとエドハンズは生首を片手に持ち、顔をこちらの方へ向け、その顎を

もう片方の手でパクパク動かし腹話術を始めた。


「ヤラレチャッタ!チキショー、チキショー!」



すると突然!奴はその生首に、頬骨のあたりから噛みつき喰らい始めた・・・!!

ガチョッ、ミチュッ、ガリッ・・・と肉を噛みちぎり、咀嚼しながら顔をうずめて

その顔を真っ黒の血で染めながら、むさぼり喰った・・・!


『なっ・・・・んだ、こいつ・・・!!』


するとチョキリーナの身体が地面を這いずってエドハンズの身体によじ登る。

奴等の白い衣装が勝手にズルズルと移動して混じり合い、その身体から離れて

奴の体を覆う真っ白いカーテンに変化した。


そのカーテンの向こうで首を貪るエドハンズの影と、そこに絡み付くチョキリーナの

影がみるみる一体化していく・・・・・!


奴の身体は1.5倍程に膨らみ、そのシルエットを包むようにカーテンが覆い被さり

白いラバースーツの様に肌に張り付いた衣装となった。


奴の頭には大きな二本の角が生え、道化の化粧はより濃くなり、背中のマントで

隠れた腰には動刃と静刃が二刀備えられていた。



『い、一体化したのか!?』



「ドウだったカシラ?」


「ワタシのトッテオキのイリュージョン」

「エグレイジ・メタモルフォーーズッ!!!」



成熟した中性的な高い声を上げて、シザークラウンは二つの刃を両手に構え

グルグルと回転し、踊りながら周囲の床や壁を切り刻んでいく!!


『く、来るっ!!』

『Y子!おまえの異空間で奥の空間に移動出来ないか!?』


「いえ・・・あのハサミの刃が異空間ごと切り裂いてしまいます・・・!」


それなら選択肢は多くない。Y子は光粒子砲をシザークラウンに放った!

奴は両の刃を連結し、光に向けて縦にそのハサミを入れると、なんと光粒子砲が

シルクの布が裂ける様に切れていき、奴の後方に分散して壁を破壊した・・・!!


『 ンな馬鹿なっ!!!』


「・・・・ボス、少しだけ時間を下さい。」

「今わたしの持てる全ての力を使って、アレを退けてみせます・・・!」



「ギャーーーハハハハハッッッ!!!」


「ソレッ、はっきり言ってムリッッ!!」



Y子は両腕を少し開いて構えた。

するとその両手が光の球体を纏い、手の平を中心にバチバチバチッッと

激しく稲妻を帯びる・・・!!


シザークラウンが雄叫びの様な高い笑い声を上げて、床や壁をまるで

障子に刃物を入れるが如く簡単に、そしてハリケーンの様に激しく切り裂きながら

Y子に襲い掛かった!!


瞬間、ガイィィン!!と音を立ててシザークラウンの刃が動きを止めた!

Y子が両手の爪で掴んで二つの刃を受け止めたのだ!


すると刃が激しく振動を初め、Y子の光が放つ稲妻が激しく発散され

その刃を粉々に砕いてしまった!!


「ギャハハッ!!」

「スッゴーーイ威力っっ!!」

「デモデモ!無駄なのヨーーンッッ!!」


シザークラウンはマントの後ろから、さっきまでは無かったハサミを

もう一対取り出してY子に斬りかかる!


Y子は刃にそのまましょうをぶつけ、バチンッッ!!!と稲妻が弾ける音を放ち、

シザークラウンを後ろへ吹っ飛ばした・・・!

すかさずY子は飛び掛かり、両の掌を奴にかざすと周囲に大きな衝撃波が走り、

シザークラウンごと空間にヒビが入り、床ごと空間が硝子の様に砕けた!!


床が抜けて、外側に見えた異空間にY子とシザークラウンは落下してしまった。


『Y子!!』


下を覗くと、Y子が発生させた光の球体が宙でシザークラウンを捕らえており、

また稲妻が激しく四散し、空間に更に細かくヒビが入り砕けた・・・!!


Y子の目の前に黒い異空間が露出し、シザークラウンは全身から黒い血を

吹き出しながら、その黒い異空間の中に吸い込まれてしまった!


Y子の足元にレンガの床が出現し、それを蹴って飛翔しおれの隣に戻って

来るとY子はその場で膝をついた・・・・!


『Y子!!大丈夫か!?』


「はぁ・・・はぁ・・・大丈夫です。」

「・・・・あの足場はアウロラの援護でしょう・・・たぶん。」


『かなり消耗したな・・・!』

『ダメージは受けてないのか!?』


「はい。しかし強い力を使いました・・・」

「・・・・わたしの残る力もそう多くはありません。」

「これからは・・・戦闘をなるべく避けられればいいんですが・・・」


『ああ。避けられる戦闘は全部避けよう・・・!!』

『肩貸してやる。立てるか・・・?』


「・・・自分で立てます。大丈夫。」


「・・・急ぎましょう。さっきのピエロはまだ死んでいません。」

「アニマの展開する何処かの異空間に放り出された筈ですが、あのダメージなら

 暫くは行動不能の筈です。」


あのピエロと、もうこの新生アニマの内部で遭遇しなくて済むのはデカイな・・・!


『・・・行こう・・・!』



残り20分ってところか・・・・!



何がなんでも、この新生アニマは消滅させなければなけない。


おれ達がやられて、フォスの異空間包囲網だけ完成した場合、そのまま

新生アニマを道連れにしてこの《リンゴ爆弾》を爆発させる事になるが

・・・・そんな結末は絶対に願い下げだ・・・・!!



狂気の道化を退け、今度こそおれ達は姿をくらましたあの厄介極まりない

道化を求めてアダムの異空間を脱出するのだった。



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