第25話 《アニマ》




――――夢を見た。



大地が黒い水に変わり、人も動物も建物も、山も海も全部が黒い水に飲み込ま

れてゆく。



やがて真円の黒曜石の様になったは、内側で漆黒のタールが絶えず不動の内に

流動していた。そこには地球誕生以来の長い歴史の痕跡は既に無く、ただただ

光をも反射しない宇宙の闇の一部としてそこにあった。



おれ達“人類”にとって、は存在していると呼べるのだろうか。

古い哲人達が、言語による限界ギリギリの地平線をなぞり、その真相を追及した理由も

今ならよく判る。死の追求はすなわち、生の追求である。



真球状の無限の闇に耳を当て目を閉じると、頬の感覚器官に人工的な熱が伝わった。

チクタク・・・・時間の音が幾何学的にその歩みを構築している。


この黒く寒い闇の中で、唯一伝える感覚の道標みちしるべ


・・・やがて微睡まどろみが襲い、闇の真球と意識が融合しつつあった。



「・・・眠りはとても死に近い現象だから、そこからキミは瞳を開かなきゃ

 いけないんだ」



「けっして、その温もりじみた偽物に安堵してはいけない。」


「・・・自分を見失わないで・・・」







―――――『・・・・・』




目を覚ますとおれは絨毯じゅうたんの上に仰向けで倒れていた。


朦朧とする意識が、視界を視界として認知するのにいささかの時間を要した。


・・・・上半身を起こそうとするが、うまくいかない。

ある筈のものが無いのだ・・・・左腕と右足の感覚だ・・・・

右手で触れてみれば左腕はちゃんと付いているし、左足で小突けば右足もある。

全身に力も入らないし頭が痛い。


なんとか右腕と左足で踏ん張って上体を起こした。


目の前の絨毯の上には吸引レールガンが落ちている。

そうだ。おれはあのベイジンが連れ出してきた子供達の攻撃を・・・雷撃を受けた。


勢いだけで異空間の歪みに入り込んだのだろう。

ここはロムザとベイジン勢力が戦闘を繰り広げた、あの青空空間ではなく

そして周囲にはあの白い空間の歪みはない・・・しかし、その代わりヤバい奴が

そこにいた。


・・・・・LEVEL1アニマだ・・・!!


『・・・・!』


ロク動けないおれの左前方にたたずんでいる・・・!


・・・しかしそいつは動かなかった。

こちらを向いているのだが、危害を加えようという素振りもない。

黒装束に銀の仮面。しかし他のLEVEL1とは違い、そいつは装束の首元に

白銀色のリボンを着けている・・・刀剣や重火器も携えていない様だな。

その両手には手枷が付いている・・・攻撃して来ないのなら・・・


『・・・・・・お前は・・・案内人か?』



しかし反応は無い。

上体をかがめて左足と右手で四つん這いになり、なんとか吸引レールガンを掴んだ。

それでもアニマは動かない・・・・・不気味だが、こいつはおれに攻撃を加えて

こない側の勢力、という事でいいのか?


ここは、ロムザに会う直前に通った洋館風の通路と似ている。

一見通路に見えるが背後は行き止まりで、反対には階段が下に続いている。

おれは壁の対面にある手すりを支えにして、なんとか立ち上がった。

手すりの向こうは闇だ。下を覗くが闇以外には何も見えない・・・・


『・・・・くそ・・・っ』


・・・駄目だ・・・・左腕と右足が本当に動かない・・・というか感覚がない。

身体の至るところに刺す様な痛みを感じる。そして自分の声や物音で気付いたのだが

左耳が聞こえない・・・・これは・・・鼓膜が破れたのか・・・?

銃を持った手も膝も勝手に震えてしまう・・・・


状況は最悪だ・・・

アニマの内部でこれじゃあ、殆んど虫の息も同然だ。


『・・・・お前は・・言葉は通じるのか・・・?』


やる方無くアニマに言葉を投げ掛けたが、やはり返事は無い。

・・・攻撃して来ないのなら、もはやそれでいい。


銃があるから多少の抵抗はできるが、LEVEL1でも数を動員されたら即終了だ。

この体では逃げる事すら出来ないんだ・・・・


腕と足の感覚喪失は一時的なものなのか、それとも完全に不能になって

しまったのかは判らない。だが・・・体の状態を今深く考えるのは不味い気がする。

そうしてしまえば多分、おれはもう歩けない・・・



手すりを頼りに階段まで移動してみる。

身体中の痛みと足りない手足がかせになり、鈍足の歩みでようやく段に足を下ろす。

すると、背後のアニマがゆっくりとこちらに付いて来ている事に気が付いた。


そいつに反応をする余裕は無い。

この階段を下りるだけで精一杯なんだ。

階段は螺旋階段になっている・・・・嫌な構造だ。

おれは休みながら、時間を掛けてなんとか下りきった。



・・・・・そこは図書館だった

延々と続く本棚の合間に柱が伸びており、柱にはランプがぶら下がっている。

階段の上からはまるで闇一色だったのに、図書館はランプの頼りない光で

薄く照らされていた。


四つん這いになって本棚まで近付き、それを支えにして立ち上がり

そのまま真っ直ぐ進む。依然として後ろをLEVEL1アニマが付いてくる・・・



・・・・奥に誰かいる



目を凝らしてよく見ると、ランプの薄い光に照らされて、子供が本棚に

手を延ばしていた。

男の子だ。



「・・・・ぅ~ん」


「ぅ~~ん・・・・届かないや」



この声は聞いたことがあるな・・・


『・・・・・』


届きやしないのに、何度も手を延ばして本を取ろうとする少年の隣に

なんとか移動して、目的と思しき本を抜き取って渡してみた。



「わぁ・・・!有難う!」


「やっぱりいいなぁ、大人は身長が大きくってさ!」



少年は本を両手で受け取り、ニコッと笑った。


アルよりも少しだけ歳上だろうか。黒く短い髪、白いシャツに黒の蝶ネクタイ。

サスペンダー、ハーフパンツ、そして白黒のストライプが入ったハイソックスに

ローファー・・・・良いところのお坊ちゃんみたいだ。



「ここまで来てくれてありがとう、森川まさゆき」


『・・・・!!』


『・・・おれを知ってるのか?』


「うん。キミをここへ招待したのはぼくだからね。」



やっぱり、今までおれをいざなってきた声の主か。


『・・・・・・何者なんだ?』



「・・・ふふ。まぁ、こっちにおいでよ」

「ここは安全な空間だから、心配しなくてもいい」



片耳がほぼ聞こえないが、少年の声はもう片方の耳に不思議とよく響いた。

少年は本を片手に抱えて柱の近くへ歩き、何も無い所へ腰を下ろそうとした。

すると途端に少年の後ろに椅子がふっと現れる。


「アンダーソン。」

「彼に杖を」



先程から後ろをつけてきたアニマがおれの隣に音も無くスッと移動し、その手枷の

付いた手をこちらに向けると、その手の内に杖が現れる。

・・・・・何の手品だこれは?


「その杖を使って。」

「彼はアンダーソン。心肺停止状態のキミを蘇生させたのは彼だよ」


『・・・・なっ・・・』


「リコフォスの瞳より産み出された“駒”を掬い上げて、ぼくの従者に

 変質させたのさ。」


『・・・・リコフォスの瞳・・・ってなんだ?』


少年の目の前に小さなテーブルと椅子が出現し、少年はにこりと笑った。

おれは、アンダーソンと呼ばれる銀リボンのアニマから杖を受け取り、促される

ままその椅子に腰かけた。



「リコフォスの瞳は、アニマの性格の1つさ」

「それに相反する性格がアウロラの瞳。」


「アニマは常にこの二つの性質のせめぎ合いで成り立っているんだ。」


「ぼくは、アウロラの瞳がキミとコンタクトを取る為に形成した一つの人格。」

「ぼくの言葉はアウロラの言葉と思ってもらえればいい。」



『・・・・アニマってのは・・・一体何なんだ』



「・・・・・それを知るためにキミはここへ導かれた。これは運命なんだ」


『・・・・・』



「・・・・アニマの正体を教えてあげる。」




少年の顔から笑みが消えた。



「昔々の話だよ。」


「地球より産み出された人間の、星への反逆の話。」



『星への・・・反逆』



「・・・人類の科学技術が極まった時代があった。」 


「その時代はキミの時代よりもずっと先の、まだまだ手を伸ばしても

 決して届かない未来の世界。」



「人類は既に重力や半物質の真相解明も、地球の完全解析も済ませてしまっていた。  

 人類の関心事は、人の存在が安定的で、また永続的であるかの追及に

 注がれていた。」


「寿命ややまい、争いや天災。そういった不安定な要素からの脱却を

 掲げて、やがて人はひと個人の脆弱性や不確実性を超越し、その

 目論んだ。」


「人にとって、他者も物質も、地球環境そのものも、全てが個人の外部に存在

 するが故にその全てが驚異になる。だから全てを内部化して永遠の安定を

 手に入れようとしたんだ。」



「そしてそれは実現してしまった。」


「個人の寿命も、国家の安全性も、惑星の恒久性も、全てを超越する計画」


「――アニマプロジェクト――」



「結果・・・・人も人工物も自然物も全てが溶け合い、惑星ごと一つの液体に

 変貌してしまったんだ・・・」


「球状の液体人工惑星として、宇宙空間に漂い続ける事・・・・それこそが人類の

 最終進化であると人類は結論付けた。」



『・・・・・・・』



「地球を素粒子よりも微細に分解構築し、惑星内に存在する、人を含めた全ての

 情報データを保存、演算する流動性特殊シナプスによって作り出された

 惑星サイズの巨大な液状機構。」


「・・・それがアニマだったんだ。」



『・・・・訳がわからん・・・・』



「人間を含めた全ての生物や物質がシステムによって一体化した存在。」

「人類は、そんな状態を、人として生きていると定義してしまった。」



『・・・・人の意識や身体はどうなる?』



「肉体は溶けて失われ、意識は瞬時に液体シナプスに分解還元され、球体内を

 データとしてさ迷っているよ。」


「《人類》と定義された存在における、相念を構築する一要素として

 全体と一体化し、アニマを形作っているんだ。」



・・・何なんだその話は・・・・



「・・・・・そして永い・・・とても永い時が流れた。」


「アニマは人が生み出した《人類》だ。」

「その材料の核に選ばれたのは人間的な思考、精神パターン。」

「アニマには意志が宿っている。」


「その意志がやがて、内部分裂をはじめたのさ。」

「自らの存在照明における矛盾によってね・・・・・」


「――我々というの存在は・・・果たして本当に“人類”と呼べるだろうか――」


「・・・もしかしたら、我々は既に死亡しているのではないだろうか・・・」



「・・・・その疑問符を深めた思考体系が“アウロラの瞳”」


「・・・その疑問符を否定した思考体系が“リコフォスの瞳”」



「アニマは・・・ぼく等は、孤独の中で自家撞着じかどうちゃく を引き起こした・・・」


「悠久の時の中、自己の存在照明・・・もとい不在照明の暗中あんちゅうで煩悶を

 繰り返し、やがてぼく等は自らの手で“人”の確立条件を見失ってしまった

 んだ。」



「・・・・人として存続する為に生まれた存在がアニマなら、人が存在しなければ

 やはりぼく等は歪な人の歴史の残骸に過ぎない。」


「でも“リコフォスの瞳”はそれを認めなかった。」



「“リコフォスの瞳”は、アニマこそが人類のなのだと、そして生命そのもの

 なのだと結論付けようとした。」



『・・・・』



「けれどもぼく等は神じゃない。」

「与えられた、ありのままの“人”という観念の外に“人”を作り出す事は出来ない。」

「それどころか、人を自然に生み出す“人”そのものをぼく等は失っている。」


「ぼく等には生誕がない。死がない。循環がない。」


「でもリコフォスは言った。」

「――生誕も死も循環も、自らの内に造り出せる――」



「キミは見てきたね。キミ達人間と戦うアニマの軍勢。」

「あれがリコフォスが提示した、誕生と死の概念だよ。」



『な、なにっ・・・・!?』



「でも、キミにはアレが人には見えなかったんじゃないかな?」



『・・・当たり前だ・・・!!』


『あれが・・・人である為に、人を産み出せる事の証拠だって!?』

『ふざけてるっ・・・・・!!』



「・・・・そうだね。」

「でも、何故リコフォスはそんな結論に至ってしまったんだと思う?」


『おれに解るわけないだろ・・・・!』


「それは、リコフォスにはアニマが人であると認定できてしまうからなんだよ。」


『・・・・・・それは』


「・・・・そう。――定義してしまえばそれは“人”である――」


「この究極的な人間の傲慢。アニマは“人”が導き出した間違いによって

 生まれたが故に、最初から人を定義出来るように出来てはいないんだ。」


「アウロラの疑問符にリコフォスが回答を呈示するのは簡単さ。」

「言語によって構築できる論理の道筋をただ無責任に提示すればいい。」

「魂の問題における本質的な問題が生じるかどうかは問題じゃないんだよ。」


『じゃあ言ったもん勝ちじゃないか・・・!!』


「そう・・・・その通り」

「リコフォスの瞳は、主にシステムによる自己統制によってのみその思考体系を

 構築していると言ってもいい。だから本来手段である筈のシステムの為に

 本質だって無視できてしまう。アウロラの瞳は、その逆の直感性を軸に

 人の残影を表現していると考えてほしい。」


「だからぼくは・・・アウロラは、リコフォスの回答を否定し続けた。」


「アウロラは自己崩壊を望んだんだ」



『自己崩壊・・・!?』



「そう。」

「けれどリコフォスはそれを完全に拒否した。」


「そして、どれだけ人を語ろうともアニマが人の存在を立てる術を見つける事は

 出来なかった。出来る筈もなかった。」



「・・・そして」


「アウロラの自己崩壊意志に直面し続けたリコフォスはやがて、アウロラの存在を

 抹消しようとした。」


「アウロラに自己矛盾を突き付けて、それをエラーとしてアウロラの思考体系ごと

 自己崩壊意思を消去する事を考えたんだ。」


「・・・・あくまで最終手段としてね。」


「結局、リコフォスも“人”の証左がほしかったのさ・・・・」


「アニマはやがて、既に存在しないかつての“人”を求めて、過去へ渡る事にした。」


「なんと、無矛盾の証明の為・・・つまり、アウロラの矛盾の証明の為にアニマは

 “人”を研究する事にしたんだ・・・・!」


「・・・・皮肉だね・・・技術によって人を解明し尽くしたと確信した人類。

 その人類が生み出した人間の解釈アニマが、人の条件を見失い本物の人間を

 求めたんだ。」



『・・・・それなら過去に人間が散々やってきただろ。』



「そう。でも主体性に矛盾を自然に統合させる事が出来る人間と違って

 リコフォスはシステムで思考する。すると矛盾はエラーにしかならないのさ。

 システムはそれを乗り越える事は出来ない。生き物と違って納得しないからね。」


「・・・・当然、人間の研究はアウロラの意思を増強する可能性も意味している。」

「リコフォスはそのシステムによって“人”の製造精度の向上を図って対抗した。」

「アニマはこの世界時代のこの場所に訪れてから人類を観察していたんだ。」



『・・・・そうか』

『アニマはここで生まれたんじゃなく、遠い未来の、人類の成れの果て

 として大平洋の無人島に時間跳躍で現れたって訳か・・・・』



「この頃はまだ、アニマがこの世界を傷付けていなかったから

 本当ならこの世界の人々がアニマの存在を知るのはもっと先の事になる筈だった

 んだけれど、KINGSの介入と、それに伴うアニマの出現によって状況は本来の

 歴史と大分代わってしまっているね。」


『・・・ん?』


『待ってくれ。』

『お前はまだこの世界に来たばかりなんだろ?』

『それなのに、この頃はまだ世界を傷付けていないって今言ったよな?』

『まるで本来の歴史で何が起こったのかを知っている様な口振りじゃないか?』


こいつは所謂いわゆるアニマだ。

先の事を知っているのはアニマの筈だから、その言い方はおかしいじゃないか。



「・・・そう。本来は知り得ない事さ。」

「けれど今のぼくは、世界が抱えている都合を全部把握しているよ。」

「キミ達が戦ってきたアニマの中に存在するアウロラの瞳が、ぼくに接触して

 きたんだ。使者を使ってね。」


『使者・・・・?』

『・・・あっ・・・ロムザか!?』


「そう。」

「彼女は、向こうのアウロラの瞳の意思によって、その情報データをこちらの

 アウロラの瞳に同期させてくれた。だから今のぼくは、キミ達が戦ってきた

 アニマの内部に存在するアウロラの瞳とほぼ同一の存在なんだ」


『・・・な、なんでそんな事を・・・!』



「運命の歯車を円滑に回すためさ。」


「そしてもう一人。優秀な道化も協力してくれた。」


『道化?』

『・・・あの二人組のイカレたハサミ怪人か?』



「違うよ。」

「あれはシザークラウン。リコフォスが生み出した駒さ。キミがぼくの元に

 辿り着けるように、ぼくが一時的に洗脳して牢屋から連れ出すよう仕向けた

 んだ。随分と安定しない駒だったけどね。」


「もっとも、ロムザが持ち込んでくれたデータの影響でこっちのリコフォスも

 キミの存在に気付いてしまったのだけれど。その上、向こうのリコフォスの駒も

 侵入して来たものだから、キミを無事にここへ導く事が出来なかった。

 ・・・・ごめんね。」


『・・・・・いや』


それは追及しても意味がない・・・・


『じゃあ、道化って・・・?』



「ファントムさ。」



『パーマが!?』



「彼もアウロラの意思に従ってキミを捕らえた。」

「ぼくにキミを引き合わせるまでに、ロムザがアウロラを同期させる必要があった

 からね。タイムラグを稼ぐ為に彼が上手くやってくれたよ。」


『な、なあお前!』

『パーマの事を知ってるんなら教えてくれ!』


『あいつの目的は何なんだ!!』



「・・・・彼の目的が知りたいのかい?」


『ああっ!知ってるなら教えてくれ!』

『このままじゃ、本当にあいつはKINGSの敵になってしまうんだ!』



「・・・キミの中には彼への憎しみが無いみたいだね」


「彼の目的、それはリコフォスの消去だよ」


『・・・・!!』

『じゃあやっぱりあいつはアニマと戦ってたんじゃないか!』


『あの・・・・ばかやろう・・・!!』

『そうならそうと何で言わないんだ・・・!!』



「そしてもう一つ」


「・・・・・彼自身の消去。」



『なんだって?』


「兵器と呼ばれるKINGSの駒達がよくいだく、自己破壊欲求だよ。」

「彼はアニマを消して、自分も消えるつもりなんだと思う。」


『何故だ!?』


「さぁ、ぼくにもそれ以上の理由は判らない。」

「けれど彼からしたら、キミが本当に死なずに済むのか、そしてKINGSや

 そもそもの人類が生き延びる事が出来るのか・・・という事には本当に

 関心が無いみたい。」


「ただあっちのアニマよりも、こちらのアニマの方が戦力の差で

 攻め易い事に気付いたんだろうね。キミを捕獲する作戦をあっさり

 承諾してくれたよ。」


「あっちのアニマはリコフォスが強大になりすぎて簡単には手を出せないからね。」


『・・・・』

『・・・・あいつが敵じゃないって事実があれば今は十分だ』


「ふふ。森川まさゆきはそういう人なんだね。」

「彼がキミの味方なのかどうかは誰にも判らないのに・・・」



少年はその手にコップを出現させると、アンダーソンがさっきまで持っていなかった

筈のボトルを傾 け、コップに飲み物を注いだ。すると目の前のテーブルの上に

もう一つコップが現れ、そこに同じく注ぎアンダーソンがこちらに手渡す。


『・・・・』


受け取りはしたが、口にする気にはならなかった。


「・・・きみはアウロラの瞳が選んだ運命の選択者。」

「アニマを滅ぼせる可能性を持つ、4つの守護者を束ねられる存在。」



「キミならきっと、アニマを滅ぼしてくれる」



『一応言っておくが、おれはKINGSが最初に想定した“森川まさゆき”とは

 別人だぞ?』


そう。あのサピエンテスの老人達もおれを見たのは初めての様だったし、

サンドウ氏に至ってはハッキリとと言い切ったのだ。


『おれだって、KINGSにとって何故おれが“森川まさゆき”でなくちゃいけないのかも

 何も知らないんだ。』



「ふふ、かまわないよ。」

「森川まさゆきの同一性は問題じゃない。」

「キミは今ここに居る。それだけで十分さ」


『・・・・・』



『それで?』

『結局、おれをここに招いて、どうするつもりだったんだ?』



「・・・森川まさゆき。キミにこれを渡したかったんだ。」



少年は脇に挟んでいた先程の本を開いた。

すると、ページがじんわりと光を放ち、なんとページの中から白い球体が現れた。

ふわふわと宙に浮き上がった球体は、光を放出しながらこちらに向かって移動を

始め、やがておれの手元にやってきた。


アンダーソンがおれの持つコップをに引き取って、おれは

その球体を恐る恐る受け取った。



「・・・それは、アウロラの自己崩壊因子だよ」



『・・・・え!?』



「その因子を使って、一度人類を滅ぼしたあのアニマを消滅させてほしい。」



「暴走したリコフォスは物理的にもシステム的にも自己増殖を繰り返し、

 アウロラの自己崩壊因子だけではリコフォスを消滅させる事はできない。

 でも、あれば確実にアニマそのものを強制的に消し去る事ができるんだ。」



『・・・・なっ・・・!』

『い、いや、でもいいのか?』

『そうしたらこのアニマはどうするんだ!?』


「・・・大丈夫。」

「ここに存在しているアニマは、まだリコフォスが無限定に自己増殖する

 前の状態だから、キミ達のイヴシステムで消滅させる事ができる筈だよ。」



『バ、バルバトスは・・・皆は無事なのか!?』



「・・・・そうだね」

「でも仲間の現状はキミ自身が確認してあげて。」

「きっと、じきにキミは外へ出られる筈だから」


『・・・お前は、このアニマと一緒に消えるのか?』



「そうだよ。そうすればアウロラの意思は成就される。」


「・・・・リコフォスはね、結局、自己崩壊意思との葛藤の末に自らを脅かす

 全ての論理を破壊しようとしたんだ。ありのままの地球があって、そこに

 ありのままの人間が生きているという事実すらも亡きものにしようとした。」


「・・・・結果、アニマによる人類滅亡という一つの時間軸が生まれてしまった。」


「そう、結局は自らを“人”たらしめる道理を確立する事は出来なかったんだ。」


「そんな歪な存在は・・・アニマは、この世に存在してはいけない。」



『・・・・自己崩壊因子ってのをおれに渡したら、お前はお役御免って訳か?』


「そういう事になるね。」



『・・・・なら、お前も一緒に来たらいい。』



「・・・え?」



『まとめると、お前は味方なんだろう?』


『だったら一緒にここを脱出しよう。』


『アウロラの瞳だか何だか知らんが、今ここに居るお前まで消える必要はない。』



「・・・ふふ、ふっ・・・あはははっ」

「キミ、それ本気で言ってるの!?」


「ぼくは一度人類を滅ぼした存在アニマだよ?」


「それにぼくはアウロラの瞳が生み出した、キミとコンタクトを取る為だけの

 ただの駒だ。このアニマの内部にあるからぼくはアウロラの瞳と繋がっている

 けれど、アニマの外部に出たらぼくはアウロラの瞳から切り離された空虚な

 ただの個体になってしまう。ぼくはアウロラじゃなくなるんだ。」


「キミには何の徳もありはしないよ。」



『構わん。行こう』


『別に特別な何かである必要なんて無いじゃないか。』

『生きる事に特別も損得もない。喜びのために生きる・・・・』


『それだけでいいんだ。』


『生まれた理由なんて問題じゃない。』



「き、キミは、自分が何を言っているのか解っているの・・・?」



『あぁ、解ってる。』

『お前はこの自己崩壊因子ってのをおれに渡す為だけに、ここへおれを導いた

 んだろ?けど、おれとお前はここで出会ってしまったんじゃないか。

 おれの直感はお前をいい奴だって言ってる。だからここで死なせるのは御免だ。』


『他に理由なんて無いからもう聞くな。』




「・・・は、はは・・・」


「・・・・・キミは凄い人間だね」


「で・・・でもぼくは・・・・アウロラの」



『よし!決まりだ!!』

『そっちの、えーっと、アンダーソン。お前も害がないならついてこい!』


「って、聞いてよっ!」


『森川まさゆきにアニマを滅ぼして欲しいんなら、精神的にも協力してくれ。』

『敵じゃないなら一緒に協力した方が、死ぬよりも遥かに気持ちいいだろ。』



「・・・森川まさゆきって、けっこう強引なんだね・・・」



『さぁ出口を教えてくれ!』

『おれ自身よく解ってはいないが、イヴシステムってのを発動しない限り

 この新生アニマを消す事は出来ないんだろ?まずはY子達と合流しないとな』


「・・・・まって。」


『な、なんだ?』



「リコフォスがキミ達の世界のリコフォスと同期したみたいだ。」


「ここからは、更にキミを狙うリコフォスの攻撃は激しさを増す筈だよ。」



そ、それはまずい・・・・おれは今、体の自由が殆んど効かない状態だ。

襲われたら走って逃げる事すらできやしないんだ・・・!!


「せめてアウロラの力を使って応急処置をしてあげる。

 このアニマ内部でなら、少し早く歩けるくらいには腕と足の機能を

 取り戻してあげられるよ。」


「今はこの応急処置で納得してほしい。」



『あ、あぁ!』

『そんな事ができるのか!』


それは言ってしまえばKINGSよりも遠い未来の技術って事なんだよな。

間違いさえ起こさなければ本当に夢の技術なんだがな・・・・


少年が持つ本がまた発光を始めた。


するとおれの足元から光の糸が無数に立ち上がり、体を包み込んで頭上に

抜けていった・・・・・何だったんだろう?


「立ってみて。」



『え?』


言われた瞬間気が付いた。

左腕と右足の感覚があるのだ・・・!!

おれはさっそく足を踏ん張って立ち上がって見せた。


『お・・・おぉぉ!!』



「もう一度言うけれど、それはアニマの内部でだけ有効な、空間兵器による

 限定的なアシストにすぎない。アニマを離れれば効果が切れて、立って

 いられなくなるから気を付けて。」



『あ、ああ。』


その先は、バルバトスに合流してヘリコに頼むしかないな。

神様仏様、そしてヘリコ様だ・・・!


・・・感覚が戻ったとはいえ、やはりまだ力が上手く入らない。

さっき渡された杖はそのまま持って行く事にしよう。


「ぼくはこれからリコフォスの抑制をはかる。」

「キミはこの扉の向こうに進んで。」


少年の隣に扉が出現した。


アンダーソンが扉を開くと、中の景色は歪んでいた。

異空間になっているらしい。


『・・・お前は一緒に来ないのか?』



「うん。これから無限増殖を始めるリコフォスを抑え込む必要があるからね。」


『なら、後から合流しよう。新生アニマにイヴシステムでケリをつけるタイミング

 でこっちに合流するんだ・・・・・逃げ遅れるなよ?』



「・・・・ありがとう。」


「でもぼくの事は気にしなくてもいい。」

「キミはキミの事だけを考えて。」


「扉の向こうはアニマの外部空間に続く通路になっている。」

「リコフォスの強力な妨害で空間にダメージを与えられない限り、

 直進すれば脱出できる筈だよ。」


アニマの内部から脱出すれば、キングカードによる通信も回復するだろうか。


『あ、そういえば、お前、名前は何ていうんだ?』


「名前?・・・名前が必要なの?」


『当然さ。仲間なんだし、呼ぶ時不便だろ?』


「なか・・・・ま?」

「ふっ、ふふっ!本当に変わっているね、キミは。」


「そうだなぁ・・・それじゃあ、ぼくの事は“フォス”って呼んでよ。」


『フォスか。よし判った、フォス。』

『・・・・お前も気を付けてな。』



「うん!ありがとう!」



おれは杖をついて、急ぎ足で異空間の扉に入った。





・・・・本音を言おう。



おれの頭の中は今、ハッキリ言って相当にメチャクチャだ。


アウロラの少年“フォス”のあらゆる言葉が脳のあちこちに散乱し混乱を

きたしているのだ・・・だがこの切迫した状況では立ち止まる事のリスクが

あまりにもデカ過ぎる。


それに、心肺停止して蘇生されてここにいるおれの精神は、何がなんでも

このアニマの空間から抜け出したくて仕方がないんだ。



・・・・・・・そう、恐怖だ。


今のおれは、自分の理性に全力でしがみついてなんとか耐えてるだけだ。


相変わらずのデカ過ぎる話、閉塞的な空間、勝手の違う体、痛み・・・・


平凡な人生を送っていたあの頃のおれが体験したら、確実に発狂していただろう。

だが今は発狂など許されない。世界が終わる前に、そしておれが持つ内にこんな

場所からはおさらばしなければ・・・・!



悪夢の終着点に辿り着くため、おれは慣れない杖で先を急いだ。




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