第24話 《危険な水先案内人》

 



生きている証明。


それは一体どこから得る事ができるのだろう。


もし、音も聞こえず、視覚も失われ、嗅覚も効かず、指一本すら動かす事も叶わず

ただ意識だけがそこにあったならば・・・・・そこに自らの生を保証するものは

存在するのだろうか?


・・・・そこにあるのは闇。


言い換えれば闇は“無”の別称なのだから、闇に支配されるという事は最も

死に近づくという事なのかもしれない。





・・・しかしどうやらおれは、闇の海底から浮き上がる事ができたらしい。

感覚が身体を認知し、記憶と共に意識が覚醒していった。



「・・・起きて・・・」



『・・・・・・ん・・・』



「・・・さぁ・・・起きて・・・」



『・・・・ここ、は・・・?』


上体を起こす。少し頭痛がする・・・


辺りがやけに暗い。目の前の石造りの床に揺らめくオレンジ色の光が千切りに

なっているが・・・・千切り・・?


・・・いや、ちがうちがう。影だ。


右側に顔を向けると鉄格子が天井から石床に伸びていて、奥で松明が燃えている。

・・・・ここは牢屋だ。


辺りを見回してもおれの他には誰も居ない。


・・・変だな・・・誰かに呼ばれた気がしたんだが・・・・


・・・・頭がぼーっとする。


おれは確か・・・新生アニマを殲滅する作戦で、激しい攻撃を受けて異空間に・・・


・・・そうだ。パーマだ。

・・・・あいつは・・・いや、Y子とウェルシュはどうなった・・・!?

バルバトスは?アルとヘリコとシアンとニャンぷくは・・・!?


いかん、牢屋なんぞで寝ている暇はない!

慌てて立ち上がり、鉄格子に張り付いてその向こうを見ると、出口の扉の横に

看守とおぼしき黒いフードが立っていた。アニマか・・・・!


『お、おいお前!』

『おれを閉じ込めてどうするつもりだ?』


しかし黒フードからの返答は無い。


『・・・・・何故おれを殺さない?』



駄目だ。微動だにしない。

ただ音も無く揺れる松明の光にその不気味な影を揺らし、そこに立っているだけだ。


ここは現行アニマの居城か・・・?

看守に背を向け、身を低めて通信を試みた。

・・・・しかし誰にも繋がらない。


皆無事なのか・・・・?

やられちまった・・・なんて事はないよな・・・?

・・・まさかな。



どうする?

このままここで時が過ぎるのを待つのか?

キングカードを出現させる要領で吸引レールガンを引き出し、銃身を見つめる。

この銃で鉄格子ごとあの看守を突破するか?


『・・・・・・・・』



すると看守の脇の扉がガチャリと開いた。


コツ、コツ、と歩みを進め、ポケットに手を入れたそいつはこちらの目の前で

立ち止まり、無気力な目でおれを見下ろした。


・・・・パーマだ・・・・!!


「・・・・おや、お目覚めですか」



『パーマ・・・・!!!』



「しかし貴方はよく窮地に陥りますねぇ」

「これで死なないのだから不思議です。」



『・・・ここは何処だ。』


「アニマの牢獄ですよ。」


「但し、アニマではなくアニマの、ですがね」



『なに!?』

『アニマは新生したのか!?』

『おい、今何時だ!あれからどれぐらい時間が経った!!』



「くふふ、さてどうでしょう」

「今の貴方に時間など、どれ程の意味があるのでしょうかね?」


『Y子達は無事なのか!?』


「さぁ・・・・自由に解釈して結構です。」


奴はケラケラと笑う様に言った。


此処が新生アニマの牢獄?

という事は、アニマは生まれたばかりなんだろ?

・・・・何故おれを捕まえる?


『・・・・パーマ、お前は現行アニマに従っていたんじゃないのか?』

『此処が新生アニマの根城なら、お前は何で此処に居る・・・?』



「・・・なぁに、私も此処に用が有りましてね」

「貴方を新生アニマに引き渡すついでに、その用事を済ませようと思いまして。」

「内部で迷っていたらいつの間にこんな所へ・・・・・といった感じです。」


『・・・・・・』



『なあパーマ。』


『・・・・何でアニマの味方なんてするんだ・・・?』



「何故?」

「くふふ・・・・勝ち馬に乗るため。」

「単純明快でしょう?」


『・・・・それだけか?』


「それだけではいけませんか?」

「貴方も、もう解っているでしょう?人ならざる存在であるアニマと、

 それに対抗する為に作られたKINGSとの間には然程大きな違いはありません。

 私は機械に取り付ける為の歯車として作られた部品です。」


「どちらの機械に使われようとも変わらないのなら、どうせなら勝つ方に下る

 ・・・というのは至って道理的なのではないでしょうか。」


『アニマが人間の為に戦ってるんならそれで構わん。』

『だがそうじゃないだろ!』



「アニマが人の為に戦うのではない・・・・・」

「果たしてそれは本当でしょうか?」


『何・・・・・・?』


「・・・・何故アニマは生まれたのか。」

「何故アニマは戦うのか。」


「何も知り得ず現象に翻弄され、何の確証も持たない結論で理解を装う。」

「・・・・アニマが存在する理由など判りもしないでしょう。」


「・・・案外、人類を守るため・・・・なのかもしれませんよ?」


『そんなバカな!!』

『お前はそれを知っているってのか!?』


「さぁどうでしょうね」

「・・・・・ともあれ、これから死ぬ貴方が何を知っても無意味でしょう。」



『・・・・・・・・・』


『・・・勝ち馬ってのは、お前がアニマに付いた本当の理由か?』


『ならパーマ・・・お前は機械の部品なんかじゃないぞ。』


『生きる事を選ぶならこっちへ戻って来い・・・・!!』



「・・・・・・」


「くふっ、くはははは!」

「これは驚きだ!凄い方だ貴方は!」


「KINGSを裏切り、その多くを殺し、貴方を騙してアニマに引き渡した

 この私に“戻って来い”・・・?」


「まだ解らないのですか?」

「言ってしまえば貴方は私に殺された様なものです。」



『おれはまだ死んでいない。』

『・・・・それにお前今、部品として勝つ方に付くって言っただろ。』


『バカだなお前。部品なんかが自分で物考えられる訳ないだろ?』

『・・・お前にはお前だけの、KINGSを裏切った理由があるんだ。』


「・・・・・・」


『それを聞くまで納得なんて出来るか!』

『パーマ、ここを開けろ!』



「・・・・言ったでしょう?私には自分を騙す自分が存在しないのです」

「だから何者にもなれてしまう・・・・そう、ファントム幻影なのですよ。」


「より強力で、絶対的な使用者の為の見えないアイテム。」


「・・・・それでは、さようなら。」


「“森川まさゆき”さん。貴方は本当に面白いでしたよ・・・・」



『パーマっ!お前から、存在を奪った奴がいるんじゃないのか!!』


「・・・・・」



奴はそのまま扉を潜って行ってしまった。



『・・・・』



おれには、お前は無機質にも見えなければ透明にも見えないよ。

お前はお前だろう?

でなけりゃこっちだって情が湧いたりするもんか。




・・・・牢獄は静まり返った。



新生アニマに捕らえられた・・・・か



現行アニマに捕らえられる事と何が違うのかといえば、新生アニマに

おれを捕らえる理由が存在しない以上は、今の現状を解釈しきれない点だ。


このアニマは、まだ人類との交戦は未経験の筈だ・・・多分。

という事は、未来でアニマに食って掛かる“英雄森川まさゆき”の存在を

この新生アニマは知らない筈なんだ。



パーマはおれをこの新生アニマに引き渡した・・・と言っていた。

それも不可解だ。おれの身柄を捕らえたら、真っ先におれを殺したいのは

現行アニマなんじゃないのか?・・・何故引き渡す必要がある?


いやいや、そもそもなんで新生アニマは現行アニマと簡単に繋がれるんだ?

同類・・・というか、同一の存在だからか?


・・・・わからん。


考えても一切が解らん。



・・・本当に吸引レールガンで力ずくの突破を図るか?

牢屋の外にはどうなっているんだ?パーマが出ていく時に見えた扉の向こうは

真っ暗で何も見えなかったな。


・・・・この新生アニマにもLEVEL幾つかの戦闘員が既に居るのか?



『・・・だぁ~~~~~!くそっ!』

『ダメだ!Y子達が居なけりゃ正真正銘の無能野郎だおれは!!』


そしてその時、また扉が開いた。



「うひょ~~~~~っ!!!」

「森川まさゆき見ぃ~~~っけ!!」


「キャハハハハ!!」



『・・・な、何だ!?』



入ってきたのは不気味な道化師姿の男と女だった。

顔は白と赤のメイクで被われており、ゲラゲラと笑うその顔に浮かぶ

歪んだ目と口には、それぞれ真っ黒な眼球と歯が一切の光を反射せずに

際立っている。


「くひひっ、ムッシュ森川。お迎えに上がりましたぁ・・・!!」


「キャハハ!!アタシ等が地獄の案内人ってワケ!!」

「出してやるから喜びなっ!!」



『なんだお前ら!?』


二人共、腰には刃渡り2m程の巨大な刃物を携えている。

奇妙な形だが見覚えがあると思えば、よく見るとそれはハサミだ。

ハサミを左右で分解してそれぞれの腰に下げているのだ。


「オレの名はエドハンズ!!」


「アッターシの名はチョキリーナ!!」


「オレ達ゃ双子のシザークラウンさっ!」


「キャハハ!!!」


「“森川まさゆき”とらやの処刑をやらせて貰えると思ったのによぉ!」

「アウロラの瞳は面白くも何ともねぇよ!!」


「キャハハ!リコフォスの瞳が勝ってるんだしイイじゃん?」

「きっとこのまま処刑までヤラせて貰えるって!!」



そして突然奴等は同時に片刃のハサミに手を掛け、横に一振り上下に斬りかかった!


『・・・・・!!!』



ガラアァァン!!!

おれの目の前の鉄格子は上方と下方で切断されて石床に転がった。



「くひひっ、さぁ出るんだ“森川まさゆき”!」


『・・・・何処へ連れて行くつもりだ?』


「キャハハ!!地獄かもしくは地獄だよっっ!!」


「クヒーーッヒッヒッ!!!」



言葉を介するアニマは、アルを連れていたあの“ベイジン”以来だ。

しかし奴とは随分とタイプが違う。

対話はできないか・・・・?



扉を抜けるとそこは闇だった。

何もないただの闇。それなのに自分の身体も、ハサミの道化もハッキリと

その姿を視認できる。どういう原理だろう。


足場などは存在しない様に見えるのに、そこを歩く事ができた。

自分が一体何の上を歩いているのかすら判らない。



『・・・・お前達は自分の意思を持っているんだな』



「くひひひひっ!そりゃあそうだ!」

「意志が無けりゃあ雑魚の駒共と変わらねぇじゃねぇか!!」


「リコフォスの瞳から産み出された駒には知性が宿る時があるのよ~~ん。」



『リコフォスの瞳?』


「キャハハ!!教えてあげなーーいっ!!!」



何が可笑しいのか、道化達はさっきからゲラゲラと笑っている。

明かりの無い黒の支配する空間に、おどけながら歩く白い化粧のピエロは不気味だ。

自分が本当に進んでいるのかも判らないこの空間で、笑いながらもどこか生気を

感じないピエロにおれは強い焦燥を感じていた。

一種の恐怖だ。


こいつ等は、その気になれば次の瞬間にでもそのハサミでこの首をねる事が

できるのだ。



「おいチョキリーナ!そろそろお前の指を切らせろっ!!」


「キャハハッ!!アンタの瞼を削ぎ落とす方が先でしょお!?」


「くひひひひひっ!!!」

「切ってねえと落ち着かねぇわ!」

「やっぱ“森川まさゆき”はオレ達で今切っちまおうか!?」


「サイッコーじゃんソレ!!!」

「でもアウロラはどうすんのぉ?」


「っえ?あぁそっか!!」

「でもよぅちくしょう、何か切りてえよぉ・・・!!」


な、何を言ってるんだコイツ等は・・・・!!



その時、周囲の見えない足場の黒一色に、白いペンキの染みの様なものが滲み出し

そこから白い身体のアニマLEVEL4が大量に現れた。

奴等はこちらを取り囲み、剣を構え始めた・・・!!


「丁度いいのが沸いて来たーーーーっ!!」

「ひゃっほぉぉーーーー!!!」


「キャハハ!!やっぱリコフォスってサイッコーー!!!」



道化は狂喜乱舞し、一瞬の内に武器を抜いてLEVEL4に斬り掛かった!


『な、なに・・・!?』

『こいつら・・・・仲間じゃ・・・!?』


道化はその巨大なハサミをグルグルとハリケーンの様に振り回しLEVEL4の首を

次々と跳ねていく。まるで刃の付いた2つの独楽こまが超高速で回転しているかの様に

不規則な動きで縦横無尽に跳んで駆けて、LEVEL4などまるで相手にならない!


しかし相手は減っても減っても尚増え続ける。

ここはアニマの内部だ。当然なんだろうが、それでも一対いっついの道化は甲高い

笑い声を上げながら切り刻み続けた・・・・!!

足も手首も股関節も指も、大量に宙に舞う・・・・!


『な、なんて絵だ・・・!』





「・・・・こっちだよ・・・・」



『・・・え?』



「・・・こっちの導き手についておいで・・・」



『・・・・・・・』



おれは声が聞こえた右手の方向へ駆け出した。

このままここにいたら確実に殺される気がしたからだ・・・!

やっぱりさっきのは聞き間違いじゃなかったんだ。


すると目の前に紫色の歪みが現れた。

・・・・・ここに入れって事か?


後ろを振り向くと、尚も道化は同じ仲間である筈のアニマを斬りまくっている。


どのみち状況は最悪なんだ。奴等の視界から消える事が出来るのなら蛇の道でも

行かないよりはマシだ。


おれは異空間に飛び込んだ・・・・!!



場所が飛んで、今度はどこかの屋敷の中だ。


空間接続による移動にはそれなりに馴れていたから、景色の劇的な変化に然程の

戸惑いは無い。しかしここがアニマの内部だっていう事実はそれだけで緊張の糸を

更に張り詰めさせる。


何も無い場所には常に何かが出現する可能性が秘められているのだ。


・・・アンティークなデザインのヨーロッパ風の内装。

薄暗い通路の上におれは立っていた。


吸引レールガンを再度手に取り、警戒しながら奥へと進む。

突き当たりには扉があり、銃口を向けながらゆっくり扉を開けた。


その先にはまた異空間が広がっている。


『・・・ま、またかよ・・・・!』


緑に紫、黄色に白・・・あらゆる色のペンキが溶け合うこと無く混じり合い、

その奇妙な配色のうねりがこの歪む空間を構築している様だった。


足場は見当たらないから、宙を足で踏めるかどうかを確認し異空間へと入る。

その足場とは形容し難い足場を進んでいくと、前方に白い何かが見えてきた。


銃を構えて立ち止まる。

・・・・・見えない地面にうずくまっているソレは・・・・


・・・・人間か?


そうだ。それは人だった。

辺りには沢山の花びらが広がっている。


しかし油断してはいけない。


人に見えて人じゃない・・・なんてのはアニマとしては至って普通の事だからな。

おれはいつでも発砲できるようにトリガーに指を掛けて、そのを中心に

避けるように円を描き、先に進もうとした。


・・・・しかし。




「ふぁああぁ・・・」


「・・・・・」


「・・・・・・あら?」



ソレは、花びらにうつ伏せた上体をゆっくり起こして、背中と腕をうんと伸ばして

柔らかく欠伸をし、こちらに気付いた。



瞬間、おれの心臓は跳ね上がった!!



・・・・それは真っ白い妖精だった。


―――白い肌。白い髪。そして赤い瞳。




ロムザだ・・・・・・!!




「・・・・・来たの」



『な・・・・・何で此処にいる!?』


「いたらだめなのぉ?」



『・・・・・ぐっ』


銃を握り締めた手から汗が滲んだ。


最悪だ・・・・・!!


こいつは最も遭遇したらまずい奴じゃないか!

未来で人類が生み出した究極兵器ロムザ・・・・!!


逃げる事も、攻撃を防ぐ事も不可能な相手だ。

おれ一人の命をむしり取る事なんて、奴からしたらそこら辺の小石を蹴飛ばす

ぐらい簡単な事だろう・・・!



「よいしょ、と。」

「ぅふふ。また会ったわね」


ロムザは立ち上がり、埃を払った。



『・・・・此処は新生したアニマの内部じゃなかったのか・・・?』



「そうよぉ?」

「それは解っているのね」


『・・・・現行アニマと新生アニマは合流したのか?』

『そうでなけりゃ・・・・・』


「合流?」

「いいえ、そんなのしていないわ」


『なら何でお前が此処にいるんだ!』



「ぅふふ。怒鳴らないでよぉ」

「わたしはあなたを導く為にここに居るの」



『みち・・・びく?』


『・・・ま・・まさか!』

『さっきの声が言ってた“導き手”っていうのは、お前の事なのか!?』



「ぅふふ。」

「・・・・・ついて来て」



ロムザは微笑いながらフワリと歩き始めた・・・


奴は何を考えているんだ・・・?

ロムザは一度こちらの命を奪いに来た敵の筈だ。


導く・・・?何故?・・・何処へ?


『・・・おれを殺さないのか?』


しかし、ロムザは答えなければ立ち止まる事もしなかった。


ロムザは危険だが、このまま当ても無くさ迷い続けるのも危険だ。

・・・・おれは銃を握り締めながら後に続く事にした。

今おれを殺さないのなら、おれを殺す以外の目的の為に行動しているのだろう。



「ぅふふ。」

「・・・・それでいいわ」


『・・・・・・』



ロムザの背後から、距離を取って付いてゆく。

後ろで手を組んでフワリフワリと歩くその姿は、ぼんやりと光を纏っている。

おれは不思議と視線を奪われ、その容貌から目を離せずにいた・・・・



「・・・・ウェルシュは元気?」


『え!?』


『・・・ウェルシュは・・・判らない』

『・・・・はぐれたっきりだ』


「ふぅん」


『・・・・生きてるさ』

『・・・・・絶対にな』


おれは自分に言い聞かせる様に呟いた。


そう、きっと生きている。生きている筈だ。

おれの命を何度も救って、無理を聞いてくれたあいつ等がおれをリーダーと

言ってくれたのだから、そんなあいつ等をおれが世界の誰よりも信じてやらなくちゃ

だめなんだ。


「・・・・・」


「ぅふふ。」



足を止める障害物などある筈もない、奥行きすら掴めない空間を進むと

やはりと言うべきか、さっきと同じ白ペンキが出現した。

あれはやっぱり異空間の入り口なのだ。

アニマが次々と出現する・・・・!!


『・・・・くそっ、一体どうなってるんだ!』



「ジャマよ」



ロムザは軽く右手で水平に宙を払った。



ドドドドドオオォォォッッ!!!


激しい爆音と共に、おれとロムザの前方は連続した爆発で吹き飛んだ!!

強い熱風と視界を遮る黒煙は不自然なほど唐突に吹き去り、事後のアニマの

残骸だけが周辺に散らばっていた。


『・・・一瞬・・・・かよ』


ロムザはまた当たり前のように歩き出した。


『お前等は仲間割れでもしてるのか・・・?』

『さっきからおれをどこかへ連れて行こうとしたり、妨害しようとしたり・・・』



「・・・・・何も不思議な事じゃないわ」

「人間だって、内側に相反する性質の欲求を持っているでしょう?」

「欲望のままに振る舞いたい。でも理性的に生きていたい。」


「それと同じ」


正直その説明は今一つピンとこない。

確かに人は矛盾を抱えているが、それはこの場合、それらを統合する

自分がいるから人としてむしろ整合するのであって。


・・・アニマは組織じゃないのか?


少しの間歩き続けると、ロムザの前方にまた空間の歪みが現れたが

今度は敵が出てくる気配はない。ロムザはそのまま歪みの中に入っていった。

おれも続いて歪みを潜ると、また景色が一気に変容してしまった。



青空だ。



遥か彼方まで続く青空が上にも、足元より下にも広がっていた。

まるで空しか存在しない空間で、鏡の上に立っているかの様だ・・・

青空の雲の位置も反映し、そのまま鏡合わせに下方の空間が延々と

広がっている。


下がはっきり見える分、高所の恐怖に一瞬襲われたが、立っていられる以上は

冷静さが理性の椅子を明け渡す事はない。



「~♪~~♪」



『・・・・・・』


大気の音すら介さない静寂の空間で、ロムザの細い鼻歌が聞こえた。


切ない曲・・・・スカボローフェア


『・・・・ウェルシュとは・・・友達、だったのか?』


「~♪」


「・・・・今も友達よ?」


『・・・じゃあ、何で争うんだ』



「~~♪」



ロムザはまるで妖精の様にゆるりと舞いながら、その白いワンピースを泳がせる。



「そんな事を聞くのは野暮じゃなくって?」


「秘密でそっと覆い隠した傷って、割と簡単に化膿するのよ?」


『・・・・』

『・・・戦わなくて済む方法は無いのか?』


「人が人として生きる以外に生き方を選べないのと一緒。」

「わたしもウェルシュも、運命に従うだけ」


『友達と戦うのは、辛くないか?』



「ぅふふ。わたしは逆・・・・」


「うれしくって、うれしくって・・・仕方がないの」



奴等の“兵器の価値観”というやつだろうか?


『そんなの悲しいだろ。』


「・・・だからあなたはウェルシュの側に居てあげてね」


『え?』


「鳥籠から出た鳥には、休める止まり木が必要なの」


「わたしにそれは出来ないから」



噛み合っているのかどうなのか、よく判らない会話だな。

・・・ロムザは何を想っているのだろう


ウェルシュを友達と思っているのに殺し合い、それが喜ばしい事で、

それなのにウェルシュの事を気遣っていて・・・・・


その思考はいびつだと思う。

でもその二人の結び付きが、二人にとってどんな意味を持つのかをおれは知らない。


・・・判らないと幕で覆って視界を狭めてしまいたくなる。

人の矛盾を孕む心の広がりは厄介で、自分も他人も盲目にするんだ。


・・・・それでも、そんな風に誰かを想う心があるのに、人の死を前提とした

対極の立場にお互いを振り分けて固定するのは何だか歯痒ゆくって、


・・・・無理でも手を伸ばしたくなってしまうのだ。



『確かに・・・KINGSは鳥籠みたいなものかもしれない』

『人が無理やり造り出して閉じ込めて、世界を狭くしちまうんだ。』


『こんな鳥籠は在ったらだめなんだ・・・』



『なあ・・・!』

『もし、お前がアニマの元に渡ってしまった理由がKINGSなら、約束する。

 戦いを終わらせたら“森川まさゆき”の権限を使って、KINGSを解体するから!

 だからウェルシュと戦うのは・・・考え直せないだろうか?』



するとロムザはピタリと止まった。


「・・・・ぅふふっ」


「ふふふっあははっ!」


『な、何が可笑しいんだよ!』



「だって、あなた自由なんだもんっ」


「ぅふふっ、わたしの事も、ウェルシュの事も、世界の都合も、ぜーんぶ

 無視してる。けっこう好きかも・・・そういうの」


「でも、だぁめ。」

「さっき言ったでしょう?わたしは運命に従うだけって」



『・・・お前には運命が見えるっていうのか?』


するとロムザはゆっくりとこちらを見て笑みを浮かべた。


「・・・・みえるわ」


「・・・ほら、あそこからやって来る」


『・・・え!?』



真っ白な手が左の方向を指差した。


するとその先に黒い空間の歪みが現れ、アニマが出現した。

しかしどんなアニマが出現しようとも、ロムザに脅威を与える程の敵など

存在するのだろうか。


しかし、その異空間から現れたアニマにおれは驚愕した・・・!


そいつは大柄で、全身黒の紳士服に黒のロングコート、黒いシルクハット。

深い闇に顔を隠したあの特異なアニマ・・・・・



・・・・・・ベイジンだ!!!



「・・・・森川まさゆき」

「久しぶりの再開だ。私からαアルファを奪い去って以来だ」



『お前っ・・・・!』

『やっぱり生きていたのか!!』


「・・・無論だ」


「・・・・今日はキミをこのままアウロラの元へ行かせたくはないのでね」


『何なんだ“アウロラ”って・・・!!』


「それを知る必要もない」

「ロムザ。キミはリコフォスの意思に反逆するのか?」



「ぅふふ。さぁどうかしら。」


「グチならアウロラに向けてほしいわ」

「あなたこそ、こんな所までやって来て、本当はリコフォスの意思よりも、

 お人形遊びに夢中なんでしょう?」



「・・・・今度の作品は出来が良くてね」

「キミにも見せてあげよう。」



すると異空間から他のアニマに連れられて、小さな男の子が現れた。

アルと同じ位の年齢に見える・・・・・まさか


『おいっ!!お前!』

『その子は一体何だ・・・・!!』


「・・・これは私の良質な作品、δデルタだよ」

αアルファとは違い、δデルタは力の制御能力を高く備えている」


「今回はこの優秀な核熱兵器の性能を試そうと思ってね」

「・・・さぁ、δデルタよ・・・力を見せておくれ」



冗談じゃない!!

アルと同じ、不幸な子供をまた一人生み出したのかコイツは!


「・・・ぁ・・・が・・・・っ・・・!!!」



ボアッッ、と熱い衝撃波がおれとロムザを打った!

次の瞬間、少年の周囲に渦を巻く様に炎が立ち上がった!!


『ほ・・・炎が・・・』


炎はベイジンと他のアニマ数体を避けて燃え上がったが、それでも多くの

アニマを炎に巻き込み、周囲に激しい巨大な火柱となって轟々と巻き上がった!!


『・・・・これは・・・・まずい!!』


アルと同じスケールであの力を使えるとしたら、おれもロムザも成す術無く

瞬時に焼き殺されてしまう・・・・・!!


「・・・さあ、δデルタよ。ロムザ諸共森川まさゆきを焼き尽くすのだ」


しかし、ロムザはその口角を上げて呟いた。



「・・・・おバカね」



その言葉の意味を頭の中で考えるよりも早く、事態は急変した。


・・・・なんと、灼熱の炎に包まれたこの空間から一瞬にして炎が消滅して

しまったのだ・・・・!!



「わたしの力」

「知っているでしょう?」


そうだ・・・!!ロムザの武器は空気そのものだ・・・!


『も、もしかして・・・酸素を消し去ったのか・・・?』


するとあの男の子の様子が変わった。

苦しそうにもがき始めたのだ・・・!!

やがて転倒して四つん這いになり、両手で口を押さえて倒れ込み、横に倒れて

足をばたつかせた・・・!!


『まさか、ロムザ!?』


「ぅふふ・・・・何秒で死ぬかしら?」


『!!!』

『ロムザ止めろっ!!止めてくれ!あの子供を殺すなっ!!!』


「あら、どうして?」


すると男の子の動きが止まり、うずくまりながら呼吸を始めた様だ。


『・・・・頼む、あの子だけは殺さないでくれ・・・!!』


『・・・お願いだっ!!!』



「ぅふふ。へんなひと」

「でもいいのぉ?殺さないと、ふえるわよ?」


『ふえる・・・?』



・・・・最悪な展開が続いた。

なんと異空間からまた二人、男の子と女の子が現れたのだ・・・!!


『う、嘘だろ!?』



「私のεイプシロンθシータ・・・・お前達も出るのだ」



「森川まさゆき」

「わたしの役割はあなたをアウロラの瞳に引き合わせる事」

「だからここは通行禁止にしてあげる」


「あなたは右の方向へ急いで走ってアウロラの異空間に入って」


『なっ!』

『お前一人であいつ等を引き止めるのか!?』


「そぉよ」


『そんな、い、いくらお前だってそれは・・・!!』

『それに、アウロラって何なんだよ!』


「それは行ってからの、お・た・の・し・み」


「ぅふふ。」

「わたし、けっこう気が変わりやすいの」

「飽きちゃう前に早く行かないと、帰っちゃうわよ?」


『ぐっ・・・・!!』


『・・・・わかった!!だが頼む!無茶な事を言ってるのは判ってる!

 あの子供達は殺さないでくれ・・・!頼む!!』


「ぅふふ。」

「変わったひと。」


「・・・・3秒以内に走りはじめなさい」

「出来ないなら罰としてあの子供達を全員殺しちゃうわ」


『・・・・・!!!』



おれは即座に走り始めた!!

それは無理な願いを聞いてくれたって事でいいんだよな!?


『ロムザ!!・・・お前も・・・・死ぬなよっ!』



「ぅふふ。なぁにそれ?」



バチバチバチッッ!!!とけたたましい音がして、向こうを見ると

今さっき現れた男の子の方が、体に稲妻を纏ってこちらを凝視していた!

あの子は電気かよ・・・!!


しかし次の瞬間、少年達の足元が爆発して黒鉛を上げ、複数のアニマが四方に

吹き飛んで行った!!ロムザだ!!


おれは前を向いて全速力で走った!

もう振り返るつもりはない。ロムザの言う異空間に飛び込まなければならない!

背後からは激しい戦闘の轟音が鳴り響いた!!


するとおれの50m程先に白い空間の歪みが現れた!!

あれだ!!!


おれは速度を緩めず、むしろ加速するつもりで走り抜ける!

異空間に入ろうとしたその瞬間、おれの周囲に炎の壁が上がった!


『くそっ!!・・・だが炎なら!!』


そうだ、炎なら一瞬潜り抜けるだけなら致命傷にはならない!!

おれは勢いを緩めずに異空間に向けて地面を蹴った!しかしその時!!


おれの身体は稲妻に打たれ、言い難い衝撃が走った!!

視界が飛び、そして力を失う事を実感する事もなく、勢いだけでおれの身体は

異空間の中に滑り込んだ・・・・・!!



攻撃に当たってしまったという認識だけを脳に刻み、歪みを潜ったその先の

光の中でおれは意識を失ってしまった・・・・・




おれは辿り着いたのだろうか・・・・・



死体の到着は、果たして本当にと定義できるのだろうか。





おれは今、生きている証明を失い再び闇の底へと沈んだ・・・


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る