第21話 《愚かなるソフィスト達》




東京崩壊。



この衝撃の見出しは、まるで現実を根底からひっくり返したかの様な

あの信じ難い崩壊映像ごと急速に全世界中に広まっていった。




東京を中心とする近隣の政令指定都市・・・いわゆる首都圏には日本総人口の

約三割が住んでいる。


繁栄が集中する・・・という事は、そこが潰れた時、それだけ受けるダメージが

でかいという事だ。


もし、アニマの兵器が東京のみならず、この都市軍全体を包み込んでいたならば

たった一瞬の内に日本の人口は三割も失われていたのだ。



国内は混乱を極め、ニュースはこの緊急速報で瞬く間に埋め尽くされた。

情報の輪郭を掴むのには事欠かない時代だ。しかし、近しい日本人同士であっても、

画面やスピーカー越しの世界各国の誰であっても、この一大事件の表層をにわかにも

信じられる人間なんて何処にいる・・・・?


世界各国津々浦々、とりわけ有名なウォール・ストリート・ジャーナルや

BBCニュース等の主要メディア達もその報道の冒頭には「これはCGや合成映像

ではありません」などと前振りを入れ、この嘘の様な事実を繰り返し伝えざる

を得ないのだ。


アニマ本来の脅威とこの現実世界の接着点が炎症を起こし、ついに

出血を始めた・・・・



「・・・・今、世界中の各国がアニマの脅威に触発され、戦慄の中で空間兵器を

 乞い求めています。」



「その視線の中心にいるのは私達、KINGSです。」



Pちゃんさんは冷静に状況の説明を始めた。

司令室での緊急会議だ。



「東京崩壊直後、異空間張力は消失。

 現在KINGSの索敵部隊が当該空間兵器を追跡中です。」



「・・・合計でおよそ1500平方キロメートル内で硝子化現象が引き起こ

 されました。人も動物も植物も、そして川や建造物や道路まで・・・・

 異空間張力のテリトリーは地下500メートルまで及んでいます。」



「・・・生存者はいません」



大量殺戮・・・大量破壊・・・・Pちゃんさん達の世界はこんな途方もない

化け物兵器と戦ってきたのか・・・・


いや、話では聞いていたんだ。

・・・・だが、目の前で見せ付けられると震えが止まらない。

あんな兵器が突発的に発生するのなら、この地球上には安全な場所など

何処にもありえない・・・・という事だ。



・・・・おれがいたからか・・・・?


おれがこの日本にいたから、あの都市はアニマの犠牲になったのか・・・・?



森川まさゆきが存在しなければ、この凄惨な大量殺戮は

起こらなかった・・・・・?



『・・・・・・』



「ここからは状況が大きく変化します。」


「これまでは、まだ国家の安全が根本から揺らぐ程の脅威をアニマから

 直接受けた国はありませんでした。」


「私達KINGSは、それでもアニマのもたらすあらゆる実害や未来の情報、

 テクノロジーを材料に各国に警鐘を鳴らし、KINGSの存在を世界秩序に組み込む

 為のを進めてきました。」



『・・・・根回し?』



「はい。強引な手段ですが、主に現在の国連加盟国の政治、軍事的重要人物を

 リストアップして彼らにアニマの脅威を誘導し、恐怖と、おおよそ信じ難い

 空間兵器による救済を体感して頂きました。」


「言い方を変えれば“脅し”です。」



・・・・その効力は、このおれ自身が身をもって知っている。

目の前に起こった出来事を信じる事が出来ないならば、自身を疑わざるを

得ないのだ。


「・・・・この力業には即効性があります。世界の協力と時間タイムリミットが喫緊の問題である

 以上、私達には手段を選ぶ余裕はありませんでした。」


「しかし、各国に対するKINGSの付帯関係は当然磐石とは言えません。

 国家とは利害です。そしてKINGSは国家のの存在。どう転んでも一枚岩には

 なれません。」


「私達と彼等現人類の間には複数の先進国によって作られた臨時委員会と国連の主要機関

 等が置かれ、技術提供を出し惜しみする私達への不信感や苛立ちが募りました。」



実例を見せ付けられたとはいえ、KINGSに、未来から来たからこそ解る破局の世界の

証拠を要求したところで提示は不可能なのだから、各国のKINGSへの対応は難しい

ものがあるのだろうが、KINGSからしてみれば事実その技術拡散によって人間は

共食いを行い地獄を作り出したのだ。


お互いの都合上、人間同士でも壁を越えきれない訳か。



「・・・・今回の東京崩壊によって、各国は確実に動きます。」


「どの国も独自に進め、俊巡してきた空間兵器技術の研究投資に

 大量の資金を投入し新たな軍自部門が誕生するでしょう・・・

 歴史の例に習って、良くも悪くも新しい時代の幕開けを迎える筈です。」


それはKINGSにとって、破滅の未来を開く鍵の1つだ・・・・


『技術拡散はもう止められない・・・?』


「極めて困難です。しかしこの東京崩壊という事態は、KINGSの提供する情報の

 信憑性を更に跳ね上げ、彼等は私達の提供する情報をより重要視する事でしょう」


「ともなれば、まだ希望はあります。」


「《シャガンナート》です。」



『・・・・・・』



「私達の提示した人類滅亡のカウントダウン。その情報を彼等は重視する筈です。」


「だからこそシャガンナートの存在感はかつて無い程高まるでしょう。

 それを利用します。彼等がどれだけ研究を重ても、シャガンナートに匹敵する

 兵器開発は不可能です。ですから、技術開発の方向性を条件付きで私達の開発に

 迎合してもらうんです。」



『つまり、シャガンナートを広告柱にして、むしろ対策の指針をKINGSに

 纏めた上で、コントロールする・・・・こんなところですか?』



「はい。その通りです。」

「誕生した兵器技術の所有権と管理を私達KINGSに完全に帰属させる・・・それが

 私達が世界の国々に人類救済の手を差し伸べる条件・・・という事になります。」


これも脅しの一種だ。

窒息寸前の世界中の国々に、酸素マスクを提供する代わりに兵器技術の一切の

権利を全てKINGSに引き渡し、人手や資源を強制的に貸し出す事。

さもなくば窒息死してもらう・・・・というかなりシビアな脅し。


脅しはシビアでなくては意味がない・・・・だが世界にとっては酷な話だ。

自らの生命線を強制的に握られるのだ。

日本という国は敢えて置いとくとして、どんな国家であろうと普通はそれを

極力避けるのは当然の話だ。



「しかしそれでも問題は当然消えません。タイムリミットの間にも、当然アニマは

 人類に攻撃を仕掛けてくるでしょう・・・・ですから各国は兵器を早急に必要と

 するのです。KINGSの提案は極めて理不尽であるため、彼等は私達の提案を当然

 鵜呑みにする事はありません。交渉してくるでしょう。」


「しかし私達の立場は救済です。

 自滅の道を進まない為には、極力主導権を譲歩する訳にはいかないのです。」


「・・・各国には少々の痛みを伴って貰います。」


『・・・・・・・』


東京崩壊は、危機感を刺激するにはインパクトがデカすぎる。

日本は腐っても世界トップクラスの経済大国だ。その首都がこうも簡単に

前触れもなくやられたんだ。


自分達の尻に火をつけられているのと一緒だ。

シャガンナートが開発されるまでの間、各国を守りきれるとは限らないし

完成後だってアニマを倒せる保証もない。


どの国も神経質・・・いや、ヒステリーを起こさざるを得ない・・・・

下手をしたら、各国とKINGSとの繋がりも危ういかもしれない。



「・・・・私はこれから召集される臨時委員会に向かい、KINGSの優位性を

 最大限活用し、世界にを求めて外堀に対処します。」


「まさゆきさん・・・あなたには、今からをお願いしたいのです。」



『内側?』



「・・・・はい。KINGSに存在する意思決定機構《サピエンテス》に赴き

 彼等の中から過激な指針が打ち出された際には諌めてほしいんです。」


『・・・・サピエンテス』


「サピエンテスは、KINGSにおける実質的な権力とも言えます。」

「あなたを最高権力に置きながら、その不在中の活動指針を決定してきた

 5人のメンバーから成るKINGSのいわばブレーンです。」


『5人ですか・・・』


「私もその席に身を置いていますが、今回は出席しませんので

 4人の“賢者達”に会って、彼等を牽制けんせいして下さい。」


『賢者・・・・?牽制・・・・?』


「・・・賢者は彼等を表す俗称・・・あなたは彼等を賢者と呼ぶ必要はありません」


「彼等の中には、むしろ世界に技術を分け与えこの世界を変革し、私達の世界を

 遥かに越えた質量の戦力を得る事でアニマを滅ぼそうとする急進的な思想が

 存在しています。」


「この各国が駆り立てられるタイミングを利用して、無理に嚆矢こうしを放とうとする

 可能性があるんです。」


「しかしその様にKINGSの指針を簡単に転換したのでは元も子もありません」


「KINGSはあなたを頭に据えて結成された組織です。全員ではありませんが、

 彼等があなたの意見を押し退けて、自らの権力を絶対化しようとした時、

 あなたはあなたの立場を思い出してください。」


『・・・・・』


『・・・・おれはそこで、何を主張するべきなんですか?』



Pちゃんさんは少しだけ表情を緩ませて言った。


「難しく考える必要はありません」

「あなたは森川まさゆきです。あなたがそこで感じ、考えた事を主張して下さい。

 ・・・・それでいいんです。」



『そう・・・言われましても・・・・』


「・・・・世界を急速的に進歩させて、また狂気の芽を振り撒くのか。

 それとも、ありのままの世界の歩みを守ろうとするのか・・・・・・」


「アルちゃんを奪い取った時のまさゆきさんは、どんな指針で行動しましたか?

 誰にも成し得なかった事を達成してみせたのは森川まさゆきさん、あなたです。」



『・・・・おれを買い被りすぎじゃあ・・・・』



「いいえ・・・!」

「私はあなたを買い被る事も過小評価もしません。」


「もし、まさゆきさんが今まで成し遂げた事を、私が過去のあなたに使命として

 託したら、過去のまさゆきさんは同じ様な事を感じるのではないでしょうか?」



・・・・確かに言い返せないが・・・・



「運命は得てして予測不能なものです。」

「自分の成し得ること、人の成し得ること・・・信じて進んでみて下さい。

 あなたは一人じゃありません」


「・・・・私はあなたを信じています」


Pちゃんさんはおれの両手をそっとにぎり、優しい微笑みをくれた。


『Pちゃんさん・・・・』



「さて、サピエンテスに同行するのはパーマとヘリコです。」

「私もご一緒したいのですが、今回は二人を存分に当てにして下さい。」



その時、ずっと沈黙を守っていたY子が口を開いた。


「・・・わたしも行きます。」



「わ、Y子さん・・・!だめですよぉ!!

 あんなに強力な光粒子砲を撃ったんですから・・・!!」


「ウェルシュさんの力を体に取り入れた事で、ゴ、ゴッドハンドの空間破壊の

 性質がそのままY子さんの体にダメージを与えたはずですっ・・・!」


慌ててシアンが止めに入った。

ウェルシュの力を利用する事がY子の体に著しい悪影響を与えたのはおれにも解る。

まるで絶対者の様な安定感を誇るY子が、今は立っていられず椅子に座っていた。



「わたしは平気です。」


「賢者が擁する急進派の者達は、森川まさゆきの自由意思を奪う為にボスを拘束する

 可能性があります。わたしはボスを護るために存在しています。」


「よってわたしも同行します。」


しかしPちゃんさんはそれを即座に退けた。


「・・・駄目です。Y子、あなたにはウェルシュと共にバルバトスに待機して

 もらいます。シアンの言う通り、ゴッドハンドの強制空間破壊はあなたを構築

 している特殊な兵器機構にも直接ダメージを与えた筈です。」


「立っている事も儘ならないのでは許可を下す事は出来ません。」



「・・・わたしはボスに従います。」



・・・・一体どうしたんだ?


Y子・・・・お前が最高司令官であるPちゃんさんの言葉に素直に従わないなんて。

だがおれもPちゃんさんに賛成だ。


『・・・・Y子。すまんな。今回はパーマも同行するらしい。』


『・・・・今回は休んでいてくれ。』



Y子はその無機的な表情でうつむき、呟いた。



「・・・了解しました。」



Y子の体調を診るのはヘリコが適任なのだろうか、それともシアンか?

ともあれ、その手の分野で専門のシアンが側にいるのはありがたい。


「まさゆきさん。賢者達の中にはアニマの戦力だったアルちゃんを

 研究施設に提供する事を求める者もいます。」


「アルちゃんに関しては、廃研究所で遭遇した究極兵器《ロムザ》の言葉が

 気掛かりです。引き続きバルバトスで平静を保つのがいいと思います。」


・・・・・そう、「αアルファには気を付けなさい」というあの言葉。

ロムザはおれ達に止めを刺さずに姿を消した。

奴がどの様な真意を持って現れたのかは解らないが、あの言葉は無視できない。



『えぇ、そうですね』

『アルをそんな場所に引き渡すつもりは一切ありません。』


おれの足にくっついているアルがこちらを見上げる。

大丈夫さと、アルの頭をそっと撫でた。

今回はアルはお留守番だ。



「まさゆきさん。」


「・・・これより行われるサピエンテス緊急会議の場所が決まりました。」




「・・・・崩壊した東京市街地です。」



『・・・・なっ!?』

『・・・・何でよりによって・・・・』


たった今崩壊したばかりの街で会議だって?


「・・・・あまりいい意味は無いと思います。」



そのってのはどういう相手なんだろうか。

硝子の骸と化した街に一体何の用がある・・・・?


「アニマの反応は消失していますから、これより空間接続で現地に繋ぎます。」


「硝子と化した街を目の当たりにするのは辛いとは思いますが、まさゆきさん

 サピエンテスは宜しくお願いします。」



『・・・・・は、はい。』


はいと答えていいものか解らないが、おれは立場上他の返事を持ち合わせては

いない訳で・・・・おれ達は空間接続が完了したエントランスへ向かった。



「・・・待って。」


『え?』


同行のパーマとヘリコに続いてエントランスの入り口へ向けて歩いていると

後ろからウェルシュに呼び止められた。




「あなたって・・・・・ヘナチョコよね」



『な、何だよいきなり・・・!』


「今からする事に意識を集中できてる?」


『・・・』



「・・・・そんなコトだろうと思った。」


『どういう事だよ』


「あなた、東京が崩壊したのが自分のせいだと思ってるでしょ」



・・・・・思わない方が無理だろ。

奴等がおれを狙って何かを攻撃し、そのために誰かが傷付いたらおれのせいだ・・・



・・・・・・・・・・・


おれが・・・・・・おれが殺したのか・・・・?


あの大都市の、罪も無い大勢の人々の命を・・・・?


だとしたら、おれはどうしたらいい?

おれなんかのちっぽけな命一つで、どう・・・・・



「あなたは悪くないよ」



『・・・え?』


「あなたは巻き込まれた。でも人類のために戦うと決めた。」

「あなたがいなければ、人類の滅亡は確定している。」


「今回は被害を抑える為に、あなたと私達は最善の手段を選んだと思う」



ウェルシュはキッとおれの目を見て言い放った。



「人類の存亡を懸けた戦争が、犠牲が出ないほど甘い訳ないでしょ」



「いい?戦争は必ず人が沢山死ぬわ。私達は神様じゃない。救えない命は救えない。

 綺麗事の棚の上に自分を置いて自責に籠るくらいなら、銃でも構えて生きてる

 人間にでも誓いを立てなさい」


「あなたが府抜けたらもっと多くの人間が死ぬ。向き合って。」




「・・・・あなたは私のボス・・・・なんでしょ」



『・・・・ウェルシュ』



はっとした・・・


そうだ・・・・その通りだ

ウェルシュ達は破滅の未来で幾度となく多くの犠牲を見てきた。

そしてきっと、膝を折る暇もなく次の戦いでベストを尽くしてきたのだろう。


・・・・・知っているのだ

こんな時にどうすべきなのか


悲しみに暮れる事は自然な事だ。だからそこで留まってしまいそうになる。


けど・・・・出口の無い後悔や自責に飲み込まれても、今を生きる事にはならない。

何故なら後悔や自責は過去に囚われ生きる事と同義だからだ。

そして、最善を考えベストを尽くす為には今を生きる必要があるんだ。


それが向き合う・・・・って事でいいのか?


ウェルシュ・・・・




『・・・・・悪い。』



「べつに・・・・・でも、誰かの為に苦しむ自分を肯定しないで。

 それじゃ結局自分の為でしょ。何かを想うならその何かの為に戦って。」


「あ・・・・あんたなら・・・出来るでしょ」


「・・・・それだけよ」



ウェルシュはあさっての方向を見て手をヒラヒラと振った。


『ありがとう、ウェルシュ。』

『今言われて本当によかった。』


『助かったよ・・・・!』



「・・・・・い、行って」



『・・・・ああ!行ってくる!』


ウェルシュに励まされるなんて夢にも思っていなかったが、貰って心に

仕舞い込んだその言葉はとても頼もしかった。



おれは心を引き締めて、パーマとヘリコが待つエントランスの出入り口から

異空間を潜り、目的の指定場所へと向かった。






―――外へ出るとそこはまるでおとぎの世界だった・・・・・






地面、木、ビル、駅、人・・・・その全てが透明な硝子になっていた。


自重によって崩壊した硝子の建物はふもとで粉砕されて、水飴の塊の様な地面の上に

細かい砂粒の様になって山積してる。それがかなり広い範囲に散らばっている

ものだから、一歩踏み出す度に足元がジャリッ、ゴリッと音を立てた。



『・・・何て光景だ・・・』



「悪魔的美しさ・・・・とでも言うべきでしょうか」

「この渋谷にはスクランブル交差点がありますね。その中心が目的地です。」


『スクランブル交差点のど真ん中で会議・・・ってどういう趣向だよ』



辺りを見回しながらヘリコは言った。


「ボス、あなたは兵器を単なる兵器と見なさないけれど、これから会う賢者達は

 その兵器を兵器たらしめる存在よ。」


「あなたの通常の感覚・・・・差し詰め日常感覚だとか、常識的観念だとか、

 そういったものの中に彼等の通常感覚は存在しない。」



「そうですねぇ、恐い方々です。」


「・・・此処は情報の宝庫と言えます。硝子化したこの一つ一つのシルエットには

 それぞれ人の表現した過去があったはず。人ならばその人生、建築物ならば

 人の知恵と労働。植物ならその生育過程。」


「おそらく我々にとって身近であればあるだけ見出す情報は増え、それが壊れた

 時に比例して多くを感じるのでしょう。」


「だから人が死体になると恐ろしいのです。」


「しかしは違います。この光景は単なる事後の安全地帯という単一の

 意味が示す物に過ぎません。」


『・・・・・・』


大量の人々が歩きながらその時間を止めて、透明な骸と化しているこの光景が、

つまり、単なる造形的な空間に過ぎないっていうのか・・・・?


『・・・・気が重いな。』




ストップモーションで行動の一部を切り取ったかの様に路上で制止する

直立の死の影を避けながら気を付けて歩いた。


音と色を失った街は元の風景の印象も失い、馴染みのある人間ですらおそらく

方向感覚を失ってしまうのではないか・・・・そう思わせた。



交差点が近付いたらしい。

横断歩道の白線が存在しなければ歩道に気付く事は不可能で、行き交う

人々の群れが伝えるその動かざる流動性によってそれは認識できた。



スクランブル交差点の中央には、透明ではない白い丸テーブル、その周囲に

椅子が5脚、そしてその席にはそれぞれ黒いスーツの老人達が座っていた。



「・・・・・現れたようだな」

頭を丸めて顔面に大きな傷跡が刻まれた、眼鏡の老人は呟いた。



左手の椅子から見覚えのある大柄の男が立ち上がり、こちらに向かって

ニッと笑みを飛ばした。


「おぉ~~!!森川殿!!」

「先日は世話になりましたな!!」

「さぁ、そちらの席へ!」


『あ・・・・!!』

『サンドウさん!!』


彼は中国の研究所で出会った所長さんだ!


『な、何故あなたがここに?・・・まさか』


「その通り!私もサピエンテスの一人でしてな!」

「いずれこの様な形で再開すると思っておりましたぞ!」


とんでもない連中が相手なのだと思っていた分、サンドウ氏の存在は

有り難かった。彼は話が通用する男だ。



右手側の椅子に座っている、黒い長帽子の老人が口を開いた。


「さあ、始めよう。」

「折角の素晴らしい会場なのだ。風にでも吹かれてこの芸術的なモニュメントが

 倒れては台無しだ。静寂こそが最高の舞台なのだからな。」


老人は笑った。


左から二番目の席の、宝石のアクセサリーをじゃらじゃらと身につけた

老人も続いた。


「アモルファスの楼閣とは何とも絶景ですなぁ!死という闇を光に転化するとは。

 アニマの技術がまた素晴らしい投資の芽を提供したと考えれば、この損失も

 無駄ではないという訳ですよ。」



・・・・おれは席に座るのを止めた。



「森川まさゆき殿とサピエンテスの初顔合わせです。まずは自己紹介と

 いこうではありませんか。私の紹介は要りますまい!森川殿のお陰で

 我が研究所は全壊を免れ、明日からシャガンナートの研究チームに合流

 する事が出来る。感謝しておりますぞ!」


サンドウ氏は顔触れの中でも最も若い。

見た感じ、他の三人は70代ぐらいに見えた。



「そうだな、自己紹介とでもしておこうか。」

「ふぉっふぉっ」

黒い長帽子の老人は不敵に笑いながら言った。


「私はバルトネロ。あぁ、覚えなくて結構。こちらがキミを認知しているからね。

 キミは“森川まさゆき”としてそこに居ればそれでよい。」



アクセサリーを身に付けている老人も続いた。


「わしはロタ。森川まさゆきの活躍には期待しておりますぞ、ぐふふ」



そして頭を丸めた傷の老人。


「・・・ギランバレーだ」

「・・・・森川まさゆき殿、我々KINGSはアニマへの対抗手段を再度

 検討し直している所だ」


「・・・・掛けたまえ」



『・・・結構です。あまり長居するつもりもない。』

『このまま臨ませてもらいます。』


長い帽子のバルトネロは言った。


「ふぉっふぉっ、宜しい。始めようではないか。」

「医局長代理のヘリコ、そして“ファントム”」

「バルバトスに格納中の兵器αアルファの現状報告から始めたまえ」


また知らない単語が現れた。

『・・・・パーマ、“ファントム”って何だ?』


「“ファントム”は私の事です。」


『へ?』


「兵器システム“ファントム”それが私の通称です。」


ウェルシュの“ゴッドハンド”の様なものか・・・

しかしそれはシステムの名前なんだろ?



バルトネロの問いにヘリコが答えた。


「現在バルバトスにおいてその平静を保っています。

 観察の結果、知能は極めて高く学習能力に優れているが情緒が未発達であり、

 力のコントロールが感情、精神に依存する為現状は刺激を避け、このまま

 バルバトス艦内における経過観察の続行が望ましいかと。」



バルトネロは鼻で笑いながら言う。


「それはキミが決める事じゃない。」

「兵器αアルファはたった今始まった新時代に提示する一つのシンボルに成りうる。」

「我々としてはこの兵器を早急に解体分析し、量産に繋げたいと考えている。」


アクセサリーを鳴らしてロタという老人も続いた。


「兵器αアルファの量産化!実に素晴らしいですなァ!」

「各国への技術供与にどのオプションを付けるべきか迷っておったのですがな!」

「ぐふふ、これなら逆に現状の兵器技術をオプションとし、兵器αアルファを主な

 商品として提供する事が出来る!」


「あの絶大なパワーを世界中が手にすればシャガンナート完成まで各官邸も直近の

 問題解消という点で妥協するでしょう。その際は兵器αアルファの製造管理はこのわしに

 任せて頂きますぞっ!」


頭を丸めた傷の老人、ギランバレーが口を開く。


「・・・・今世界は、アニマによってある種の恐怖や怒り、混乱を内部に抑圧し、

 人類の本質である狂気を先鋭化しつつある。その種が今ようやく芽吹くのだ。」


「・・・・人の歴史は抑圧、解放、そして破壊からの再構築によって成る。」

「一度失われた人類の栄華はこの世界にかつて無い破壊の道標みちしるべを与え、その道程を

 越えし時、人類は破滅のその先の未来へと跳躍するだろう。」



「ふぉっふぉっ!」

「我々の手によってより早く、より効率的に、より大量に、世界はテクノロジー

 を謳歌し、我々のまだ見ぬ世界を構築していくだろう。どの様な時代であろうとも

 そしてどの様な背景があろうとも、未来を切り開くシンギュラリティは常に

 希望の光に満ちている。」



「兵器市場の拡大拡充・・・ぐふふ、むしろ遅すぎたくらいですな!」


「そもそもわし等の考えは少々、古臭い保守思想に傾倒しておったのです。」

「“自由”によって発展したこの人の世界に無粋なたがを締めたのでは人の持つ

 知性の自然的な発展を妨げる事になる。競争原理があり、劇薬があり、貪欲が

 ある。だから人類は力強く発展してきた。そのエネルギーが今問われている

 のだから、このエンジンに更に燃料をくべねばなりすまい!」



サンドウ氏が口を開いた。


「しかし、兼ねてより最大の懸念であったテクノロジーを手にした人の暴走は

 どうする。空間兵器は人類の手にしてきた他の全ての技術とは明かに異質である

 事は判然たる事実。やはりここは従来の計画通り、現人類への技術供与は限定

 すべきではないか。」



「ふぉっふぉっ」

「きみとPE0総司令は常に未来の可能性を恐れている。しかし及び腰ではアニマには

 勝てんよ。その存在を最大限利用し、最大限の効果を産む為に兵器は

 存在する。その最大の活用が人類生存の唯一の道なのだ。」



「サンドウサン、提案なのですがな?兵器αアルファの解析研究をわしの持つ研究所と

 共同で進めるのはどうだね?きみの方ではαアルファに搭載するオプション兵器を

 開発し、販売オプションを豊富にする。これは儲かるぞぉ!

 なんせこれからは兵器所有国同士の新しい牽制合戦が始まるわけですからなぁ!」

「ぐっふふふ!!」



ま、待て待て・・・!

アルが兵器利用されて量産されるだなんて論外話をいつまでもしてもらっちゃ困る!

そんなバカな話はハナから認めるつもりは無い!



『・・・・待って下さい!』

『おれはアルを兵器としてそちらに引き渡す気はありません・・・!!』



ギランバレーは冷徹な目でこちらを見た。


「・・・・何故かね?」

「・・・・キミはあの兵器の悪魔的な力をまだ理解していないのかね。」



『あの子の力は知っています!』

『だがあの子は貴方達が考えているのとは違って、力を持っているだけの

 “人間”です!心がその力に関係しているのなら、その悪魔の様な手で

 触れられた心は歪んで、それこそ力の使い方を間違えてしまうかもしれない!』



「ふぉっふぉっ!」

「その時は壊してしまえばいい!」



『・・・・なんだと?』



「・・・・アニマの兵器は人類にとって利用価値が高いが、飽く迄でアレは

 アニマの兵器。ブラックボックスが制御不能と解れば破壊する。当然だ。

 キミがどの様な手段を使いあの氷零の悪魔を無力化したのかは知らんが

 ONとOFFのスイッチが付かない機械に価値などあると思うかね?」


『機械ではなく、“人”です・・・!』


『しかもまだ子供だ・・・!貴方達には子供や孫はいないんですか!?』

『もしそんな存在が・・・・』


「ふぉっふぉっふぉっ!!」

「それは下らん例えだ!キミはまだ解っていないのか。」


「この人類救済戦争における空間兵器への全ての認定は我々の裁量によって決定

 付けられるのだ!見た目など問題ではない。我々が兵器と認定した“物”が人

 であるかどうか等という些末な審議は無意味なのだよ。」


「子供だと・・・・?子供など戦争を終わらせた後に幾らでも増える!」



『・・・なに?・・・』



「ふむ・・・・何やら森川まさゆきは神経質であられるらしい。」

「ぐふふ、まあヒューマニズムという物も戦争において重要な資源ですからな。

 兵器の売買も人の意の元に行われる以上は精神が扇動され葛藤する事は

 間々ある事です。ぐふふ、しかし物の価値を見誤ってはいけない。」



「・・・・子供の形をした兵器に情など必要無い。」

「・・・・そして森川まさゆき、キミの役割は森川まさゆきである事だ。

 兵器の開発調教でも権利の主張でもない。キミは最強の兵器に囲まれ、

 アニマ討伐の使命の為に命を捧げる事、それのみを考えれば良い」


「後は全て我々が運営処理して差し上げよう。」


は、話にならん・・・・



「・・・・さぁて、果たして良いのでしょうか?」


パーマが口を開いた。


「兵器αアルファは既に我等5人の決戦チームに組み込まれています。」

「賢者の皆様方の意のままに進めますと、肝心かなめであるアニマ討伐成功の

 確率が大きく下がる事でしょう。」


「そして森川まさゆきの手を離れた不安定なαアルファは、果たして分解など

 させてくれるのでしょうか?失敗のリスクはその力をよく知る我々の間で

 議論の余地すら無いでしょう。」


「不確実性に満ちたαアルファを解体するリスク・・・・しかもそのリスクを

 冒してさえ、αアルファが量産可能である可能性はどれほども担保できないのです。」


「私も警鐘を鳴らします。」

ヘリコも続いた。


「私達の世界の兵器αアルファと、この世界のαアルファは同一にして異なる存在と思われます。」

「これは言ってしまえば、量産実験失敗におけるαアルファによるKINGSおよび人類への

 損害は未知数とも言える訳です。」


「・・・・そして先に報告した通り、αアルファは極めて高い知能と学習能力を備えている

 ・・・・それはつまり、αアルファは我々人類に対して知性によって絶望する事も出来る

 という事です。」


「すなわち“拒絶”。ボスから離れた際にαアルファがKINGSをどう判断するのかは誰にも

 保証は出来ませんわ。」



ギランバレーは意に介さず睨むようにこちらを見据え、言い放った。


「・・・・構わん。」


「・・・・兵器αアルファの決戦部隊編成の件は緊急の欠員が発生した為に

 成り立っている。その程度の穴ならば、また量産兵器を絶え間なく補充し続ければ

 代用などどうとでもなる。作戦の要はシャガンナートだ。」


「・・・・・そしてαアルファ引き渡しのリスクなど、バルバトスにて思考のいとまなどは

 与えず破壊して持ち出せばいい。何の為の君達兵器部隊なのかね。」



「その通り。事は個人の価値観に留まる話ではない。

 我々と各国のパワーバランスの問題なのだ。即ち政治だよ。

 キミに終戦後の情勢をコントロールする力があるというのかね?」



「今回の騒動で、とりあえずアメリカと手をより強く握る事になるでしょうな。

 兼ねてよりこの手の兵器拡散商法は彼等の得意分野ですからなぁ、我々は彼等の

 正義の上に席を置いて、彼等の作るシステムにタグを付けてコントロールする。

 彼等の都合の良い保守主義も、自由主義も侵害する必要は無い。世界は

 世界の想うままに繁栄してゆく・・・結構ではありませんか!ぐふふ。」



「しかし簡単に舵を取らせてくれるほど人類の性質は淡白ですかな?

 我々は一度、人の意思の大きな流れが行き着く先を目の当たりにしている。

 これは問われているのかもしれない。我々の戦い方をね。」



「サンドウ!一体誰に問われていると言うのかね!」

「神などとうの昔に死んだのだ!今は人類が産み出せる嗜好の時代だ!」

「全てを計算し、進むべき道は絶対的なの道標に沿って示される!」



「しかし、私達人間は直感の生き物だ。私は昔大切な人にそれを教えられた・・・」



「キミのそれはセンチメンタルという病だ。矛盾を廃したシステムでこそ

 完全な勝利を勝ち取る事が出来る。」




そして奴等の言葉の応酬は続いた。


・・・・・しかし、おれにはあの老人達の理屈の数々に正論的な部分を

探し出す気も、おかしな部分を指摘する気にもなれなかった。


何故か、いや、簡単な話なのだが・・・・つまり。



そう。おれは極めて失望していたからだ。







『あー・・・・・ちょっといいだろうか。』



「・・・・森川殿。」



『アルに危害を加える事は許さん』


『そして兵器を無闇に拡散する案も、“森川まさゆき”として棄却する』




『理由が解らん奴は小学生からやり直せ・・・・・以上だ。』




踵を返して二人を見た。


『ヘリコ、パーマ、帰るぞ。』

『この街の有り様を芸術などと言って酔いしれている無能な役員と話せる

 事はない。こうしてる間にも世界にアニマが新しく発生するかもしれないんだ。』



「・・・・・待ちたまえ。」


「・・・・キミに実質的な権力があると思っているのかね。」

「・・・・KINGSにおける各機能は我々が動かしているのだがね。」



『アンタこそ解ってるのか?アンタ等がすがっている作戦は、その作戦だから

 縋るんだ。考えてもみろ。森川まさゆきがリーダーだなんてルールは初めから無視

 してしまえばいい。だがアンタ等はそれをしない。何故だ?』


『・・・簡単だ。このアニマとの戦いには本当に“森川まさゆき”が必要だからだ。

 取り替え可能な“森川まさゆき”では成り立たない理由があるって事さ。

 それが何なのかおれは知らんがな。だがそれならばおれにはカードがある。』



『・・・・・そう、KINGSを見放すって選択肢がな。』



「・・・・何だと?」



『勘違いするなよ。お前達が烙印を押してきた可哀想な兵器達と違って、

 おれは決してシステムで動ける人間じゃない・・・ハッキリ言って、理屈じゃ

 解っていても、心が拒否したら動けん人間なんだおれは。』


『子供を殺して、世界に過剰な狂気を振り撒くお前達の考え方はおれには

 受け入れる事は出来ん。よってお前等の要求は却下する。それでも遂行する

 と言うのなら、おれはお前等の意思に取り憑かれたKINGSを見捨てる。』



『おれは、森川まさゆきこのおれを生きる。』



『それによって生じるおれへの責任だの正当性なんぞはお前等は考えんでもいい。』

『お前等の大好きな合理性からすれば、そんな事考える事自体無駄だろう。』



――すうっ・・・・


『“森川まさゆき”を説得したいんならもっとコマシな案を考えろ。以上だ!!』




おれはとっとと歩き始めた。



「・・・よく言ったわ・・・!」

とヘリコが小声で発した言葉を受け取って、二人を伴いその場を去った。


後ろからサンドウ氏の笑い声が聞こえてきた。






「・・・・驚きましたねぇ。」

「KINGS内部で、賢者にあれほど鮮烈にできる人間などいません。」

「通常なら兵器研究所に送られ、実験サンプルとしてバケモノにされて戦場行き

 にされてしまうでしょう。」


『恐怖政治じゃねーか!ますます間違っとるわ!』


『KINGSのキングってのは独裁者か何かか?こんな組織、戦いが終わったら

 即解体だ・・・・!』


「うふふっ!あなたのその幼稚な所、私はキライじゃないわ。」

「システムで全てを呑み込もうとする彼等は、直感的なあなたを厄介な相手と

 認識したでしょうね。」


「・・・でも気を付けて。だからこそ彼等は“暴力”というシステムであなたを

 服従させようとする可能性もある。」



『面倒くさい事この上ないな・・・・只でさえアニマと戦ってるってのに。』



「しかし、貴方のあの強気な姿勢は非常に効果的だったと思いますよ?」


「彼等もみだりに兵器拡散を強行する真似はしないでしょう。

 ・・・・・彼らも結局は自分の命が惜しいのですよ。」


「今後は巨大なシステムや不条理に巻かれずに、“森川まさゆき”の力を発揮しよう

 とする貴方をハナから舐めてかかる事はしないでしょう。」


「今回は貴方の幼稚勝ちです!」



『お前な、誉める時ぐらいは素直に誉めたらいいじゃねーか』




すぐにバルバトスの空間接続が見えてきた。


早くここから去ろう。

ここには失くなった人達の魂が大勢さ迷っているのだろう。


今のKINGSの称号は、彼等への侮蔑の意と捉えられかねない。



おれは硝子の街をもう一度見渡して、言葉になり得ないやりきれない気持ちを

押さえ付け、頭を下げてからバルバトスへ帰還した。




命を透明にするのは兵器でもなんでもない。



・・・・そう、おれたち人間だ。




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