第20話 《ガラスの都市》




おかっをこっえーゆこっおよー♪


くちーぶえーふきつーつー♪





朝食前にうたた寝していたら、なにやら楽しげな歌声が聞こえてきた。


『・・・・ふぁ・・・なんだ?』



ここはバルバトス食堂。


隣に座っていたはずのアルはおらず、長テーブルの上で黒猫のニャンぷくが

丸くなって静かに寝息を立てていた。

静かな食堂の中で、シアンの歌声がキッチンの方から聞こえてくる。



「えっとね。ここにハムを乗せるんだよ!」


「・・・・は、む?」


「うん!これがハムだよ!」


「わあっ!やった!あとは上からこのパンをのせて・・・・」


「・・・できました!アルさんとわたしのコラボサンドイッチです!」


「・・・こ・・・ぼ・・さん」


「えへへ・・・コラボサンドイッチ!」



キッチンを覗くと、なんとシアンとアルが一緒にサンドイッチを作っているらしい!


二人で一緒のエプロンをつけてアルは椅子の上に立ち、シアンとカオを合わせて

もじもじしていた。なんか楽しそうだ。


『朝ごはん作ってるのか?』



「ひあっ!!?あっ!ボボボスさん!!」

「おはようございますっ!!」


ピシッとかかとを合わせて背筋を伸ばし、敬礼するシアンであった。


『お、おはよう。』

『・・・べつに敬礼なんてしなくてもいいんだぞ?』


「は、はぁ・・・なんというか癖でして・・・スミマセン・・・」


『おー、サンドイッチじゃん。』


「は、はいっ!わたしの唯一作れるレシピがサンドイッチでして。

 司令から朝食の準備を言付かったので、皆さんの分を今作っていた

 所だったんです。」


そう、Pちゃんさんから食堂で食事を出すからと言われてアルとここへ

来たのだが、相変わらずの静寂についつい舟を漕いでしまったんだ。



『アルもお手伝いしたのか?すごいな!』


「・・・・・・・」


アルはこっちを見てやっぱり少しもじもじしていた。

うれしいのか、楽しいのか、どう表現したらいいのか分からないのかもしれない。


「アルさん、眠っているボスさんの隣でじっとしていたので

 ・・・・ゆ、勇気を振り絞って、お誘いしてみたんです!」


『そっか、悪いなー』


『それにしてもアルって・・・・』

『普通に呼んでもいいんだぞ?』


「・・・・あんまり馴れ馴れしいと、その、嫌われたりは・・・・」


『しないしない。』

『なー』


アルを見ると、よく解らなそうな表情でコクンと頷いた。


「はわわ、わかりましたっ!」

「アル・・・ちゃん・・・・・・・?」


もしかして、アルが立場的にチームのメンバーだから気を遣ったのか?

どうも4人のメンバーってのはKINGSの中でもそれなりの立場らしい。



とその時、軽やかな足取りでキッチンにPちゃんさんが入ってきた。



「わぁっ!美味しそう!」


「司令!完了しましたっ!」


「ふふ。シアン、ありがとう。」


「もしかしてアルちゃんも頑張ってくれたのかな~?」

「味わって食べなきゃ!」


「それじゃあ、皆を呼びましょう!」



少しするとY子とパーマ、ヘリコが食堂へ入ってきた。


ウェルシュは下の階にある病室で寝ている。

あの無人島で命からがら生還したのは一昨日おとといの事だ。


素直に安静にするようにというヘリコの指示に従わざるを得ないほど

ウェルシュの消耗は激しかったのだ。


「おはようボス。」


『おはようヘリコ』


「ウェルシュへの食事は私が持って行くわ。」


『ウェルシュはどんな様子だ?』


「体を酷使しすぎね。最低でも1ヶ月は安静ってとこ。」

「1ヶ月と言えば3日しか休まないのがウェルシュなんだけど」


『無茶苦茶だな・・・・』


「他に追及するべき点といえば・・・・・素直なところかしらね」


『・・・え?』


「私の指示に素直に従ってくれてるわ。」


『あいつ、普段から医者の言う事聞かないのかよ・・・・』


「医者嫌いなの。あの子」


『・・・よく生き残ってこられたな』



「ボス。あなた彼女に何かしたの?」


『何かって?』


「・・・・・・口説いたとか。」


『んなっ!!そんな訳ないだろ!!』

『そんな事したらウェルシュに殺されてしまう!!』


「ふふ、冗談よ。」



「ま、ま、まま・・ま、まさゆきさん・・・?」


「うぇる、ウェルシュを・・・・本当ですか・・・?」


Pちゃんさんはふるふると震えながらこちらを見て呟いた。


『え!?い、いや!誤解です!!!』

『ほら、おれはここに生きてるでしょう!?』

『これが証拠ですよ!!』



「・・・・ほんとう・・・ですか?」


『ほ、本当ですっ!』



「・・・・・・・ほっ」


あらぬ噂が立ってみろ。

それがウェルシュの耳に届いたら折角和らいだあの表情がまた般若の形相に

早変わりし、すり潰されて明日の朝飯にハンバーガーのパティとして提供されて

しまうかもしれない・・・・!!



ヘリコは二人分の食事を持って病室へと下りていった。


後でウェルシュの様子、見に行って来るか。



それにしても、このシンプルなサンドイッチでも人が作った物ってのは

どうしてこう美味しく感じるのだろう。


レタスとトマト、チーズにハムにマヨネーズ。

朝食べるには丁度いいな。

シアンとアルに感謝だ。


アルはそろそろお粥以外も食べて良い事になり、同じサンドイッチをモグモグと

ゆっくり咀嚼していた。初めての味にやはり不思議そうな顔をしている。


ニャンぷくは食材と一緒に買ってきたキャットフードをガリガリ食べている。

人語を介せても猫は猫の様だ。



『そういえばシアン、“吸引レールガン”にかなり助けられたんだ。』

『ウェルシュから貰ったんだけど、ありがとうな。』


食事中にシアンに話しかけてみた。


「そ、そうなんですね!」

「あ!そうだっ!ボスさん!じゃあそのレールガン、ボスさん向けに

 改造しちゃいますね!後でわたしの開発室まで持ってきて下さいっ!」


『改造?どうするんだ?』


「はいっ!トリガーを引いたとき、発射された弾が自動で敵を追尾するように

 手を入れるんです!威力はかなり落ちちゃいますケド・・・・」


『ほ、ホーミング機能か!?』


「カッチョイイニャー!」

「オ、オレ様にも何かそういうのくれニャ!!」


『お前には特殊能力があるんだろ?』


「攻撃向きじゃねーんだよ。オレ様はスマートでクレバーなネコだからな!」


『じゃあ攻撃はいらないじゃねーか。』


「それは男のロマンだからニャ~!別腹ってやつ?」


『何が別腹だよ。手持ち無沙汰で腹下すんじゃないか?』


「ノンノンノ!オレ様は主人公だぜ?力がオレに追い付いてくるのさ!」


『ハイハイそうかい』


ニャンぷくは早々に食べ終え、ピョンとテーブルから椅子に飛び降り

アルの膝の上で丸くなった。


・・・・・・・無垢な子供に懐いたか。


一昨日ここへ帰還して気付いたのだが、ニャンぷくはとてつもなく臭かった。

あの廃研究所の腐臭にまみれて何ヵ月も生きてきたのだから当然だ。

不衛生な場所だったから、体に何らかのバイ菌だの病気だのを潜伏させていても

不思議は無い。


昨日はバルバトス内で逃げ回るニャンぷくを追いかけ回し、ようやく引っ捕らえ

おれの部屋のシャワールームでガッツリ綺麗にした後、ヘリコに検査をして

貰ったのだ。ニャンぷくは変な病気は持ってはおらず、あの空間で生きていた

割には健康そのものであった。抗菌仕様なのか・・・?


お陰でだいぶ家ネコの様に清潔になった。


「なぁなぁ!それ!オレにもちょっとくれよ!」


「・・・・」


ニャンぷくはアルが食べているサンドイッチを羨望の眼差しで見ながら

アルに一口要求した。


『お前な、今食べ終えたばかりだろ?』

『それにネコが人間と同じものを食べたらそれこそ腹壊すんじゃないのか?』


「へへー。オレ様は平気さ!研究所のありとあらゆる缶詰めをこの腹の中に網羅

 してきたんだからな!サンドイッチっつったら、オレ様にとってはご馳走よ」


アルは両手に持っていたサンドイッチをニャンぷくに差し出し、ニャンぷくは

勢いよくサンドイッチにかぶりついた!


『あのなぁ、少しは遠慮したらどうなんだ!』


「もぐもぐゴックン!猫が遠慮なんてしてられっかよ。」


・・・・んー、一理ある。



・・・・・アルの隣に座っていたY子はさっきからニャンぷくを

恐ろしい程の無表情で凝視していた。


「・・・・・・ボス。缶詰でピンときましたが。」

「・・・このバルバトスにも非常食が必要なのではないでしょうか。」


『・・・・え?非常食?』


「・・・・猫は一匹を人数分で分けると何カロリーでしょう・・・・」


「ギニャーーー!!な、な、なんニャその目は・・・・!?」


『・・・Y子!・・・落ち着け!』

『大丈夫だ!非常食は缶詰でも何でもいい・・・!!』


『よだれを拭け・・・・・!』



「・・・冗談ですよ。」

「食べた事が無いから気になっただけです・・・・・」


その目はニャンぷくから離れる事は無かった。

・・・・怖すぎる。


「なるほど、ニャンぷくへの餌付けは肥えさせるためという訳ですね?」


パーマが何故か掘り返した・・・


「ニャーーー!!」


「もぉ、パーマ?Y子?小さな動物を怖がらせるんじゃありません。」


ニャンぷくはアルにしがついてヲイヲイと泣いていた。

・・・・・哀れな。


『シアン、ニャンぷくは所謂中二病なんだ。』

『何か武器を要求してきたら適当にあしらってやってくれ。』


「は・・・はい」



何だかんだと食事を終え、おれは食器を集めてキッチンで洗った。

特別な事ができない以上は極力他の雑務をこなそうと思う。


空のタッパーや調理用のボールが重てある棚でニャんぷくが尻尾を垂らして

くあ~っとアクビをしていた。



「まさゆ、き」


『ん?』


「・・・ある・・も」


『アルも?・・・皿洗いしたいのか?』


「・・・・ン」


コクンと頷いた。

アルの、貴重な意思表示だ。


『うれしいなぁ!』

『じゃあ、アルにはまず、洗い終えた食器を拭いてもらおうかな!』


「・・・・・ん!」


嬉しそうに頷いたアルに食器拭きを渡して、拭き方を教えてあげた。

落とさない様にしっかり持って、焦らずゆっくり水気を拭き取り丁寧に重ねる。


皿を洗うおれの横に椅子を置いてあげて、アルはそこに立って皿を拭きはじめた。


『アル、上手だな。もう2枚目か、助かるな~!』


「・・・ん!」


一生懸命皿を拭いて、カチャリと皿を重てはまた次の皿を。


そして皿洗いは初めての連係プレーで楽しく完了した。


『そういえば、さっきシアンとサンドイッチを作ってた時に

 シアンが歌を歌ってたろ?』


「・・・・・ん」


『ピクニックっていう歌だな。』

『ピクニックって、わかるか?』


アルは首を横にふった。


『お弁当を持って、外へ遊びに出かけるんだ。』

『自然がある所へ行くと気持ちいいんだ!たのしいぞ?』


「・・・・ぴく、に、く」


『そう。ピクニック!』


『今度、お弁当でも作って行こうか、ピクニック』


「・・・・・ん!」


アルは瞳を輝かせて頷いた。

サンドイッチ、作ってシートでも敷いて食べたらきっと思い出になるんじゃ

ないだろうか。


・・・この子は何も持っていないんだもんな。

普通の子供が持っていて当たり前のものを、何一つ。


親も、温もりも、楽しいも嬉しいも、思い出も。

だから、無いなら作るしかないんだ。

今という時間が許してくれる様々な可能性を手繰り寄せて、小手調べに

ピクニックから始めてみるのも悪くない。



『よし!二人で皿洗いも終わらせてしまった事だし!』


『次は何をするか・・・・』


しかしここでプルルルル、とPちゃんさんから無線が入った。



『はい。』


―「まさゆきさん、急いで司令室へ来て下さい!」―


―「・・・アニマが動きました!」―



『・・・な!?』


『わ、分かりました!直ぐ行きます!』


『アル、Pちゃんさんから呼ばれたから、とりあえず一緒に行こう!』


「・・・・・・ん」



「ムムムー!事件の臭いだニャ!!」


おれはアルを抱っこして、興味本位で付いてきたニャンぷくを伴って

急いで司令室へ向かった!



司令室へ着くと、PちゃんさんとY子、パーマ、シアン、ヘリコ

そしてなんとウェルシュも揃っていた!


『ウェルシュ!大丈夫なのか!?』


ヘリコがため息をついた。


「止めたんだけどね・・・全くこの子は」




「私は平気。」


『ウェルシュ、無理するなよ。』


「・・・・わかってる・・・病室のベッドが嫌いなの。」

「こうしてる方が楽だわ」


『・・・そうか』



Pちゃんさんは全員揃ったのを確認すると、端末を操作し上方の巨大なモニターに

映像を映した。


映されているのは、遠方から見た大きな都市の様子だ。



「これは日本の東京都を映したライブ映像です。」


「・・・現在、東京都を囲む様にアニマの“異空間張力”が発生しました。」



『な、なにっ!?』


瞬間、緊張がこの場を支配した・・・!!



『異空間張力・・・って言えば、大量殺戮用の空間兵器か・・・!!』



「はい、まさゆきさんとY子がアルちゃんをアニマの手から奪ったあの時に

 一度直面しましたね。」


「あの時はアルちゃんを敵の手から引き離す事で異空間張力の発動を回避する事に

 成功しましたが、今回はそれよりも大規模な異空間張力の兵器が展開されて

 いる様です。」


「反応が極めて安定的である事から、この兵器は人型のタイプではなく無機的な

 設置型の兵器であると断定しました。」



『もうテリトリーに都市が飲み込まれてるんですか!?』



Pちゃんさんは静かに頷いた・・・・


・・・・嘘だろ?

そこは日本の中で一番人口密度が高いんだぞ・・・?



「現在、各KINGSの戦力を大規模に稼働し、異空間張力の収縮を試みています。」


『・・・上手くいきますか!?』



「・・・・・難しい・・・というのが現状です」


「パターン解析で、あの異空間張力は時限稼働式の機構であると判断しました。」


「・・・・・恐らくあと10分程であの異空間張力は発動するでしょう。」


『10分だって!?』

『・・・・どうにもならないんですか!?』



「・・・・こちらに察知する間を与えずに当該兵器は出現しました。」

「あの強固なプロテクタに、これでは手の尽くし様がありません・・・・・・」



「この出現パターンは、アニマが私達の世界を終末期に追い込んだ時と同じです。

 アルちゃんは別として、今までこの種の兵器がこちらの世界に出現する事は

 ありませんでした。」


「それは、アニマがこの世界でターゲットとしているのは人類そのものではなく、

 森川まさゆきさん、あなただったからです。」


「・・・・しかしアニマはついに大量破壊による森川まさゆきの抹殺を

 画策し始めた・・・・・!!」



『そんな・・・・馬鹿な・・・・!!』


そこでパーマが肩をすくめて口を開いた。


「正直な話、この展開は予測の範囲内です。

 こちらの世界でアルフィという特殊な存在をアニマが内包していると解った

 その瞬間から・・・半ばこの手の異空間張力はいずれ猛威を振るうだろうと

 解ってはいました。」


「しかし我々はそれを未然に防ぐ手段を持たないのです。

 ですから、シャガンナート完成のカウントダウンとは極めてシビアなもの

 なのですよ・・・・・困ったものです。」


『・・・・ぐっ』


『今出来る事は何か無いのか!?』

『何でもいい!可能性が低くたって構わない!!』




「・・・・・無くはありません。」




・・・Y子だった。


Y子・・・!お前なら何か策があるんだな!?


そうだ。お前は今まで数々の理不尽な状況に選択肢を示し、

そして例えその成功率が低くたって、そのおかげで乗り越えて来たんだ!


『Y子!何だ!?』

『何だって言ってくれ!無理があったって構わない!』


『特殊空間で中和するのか!?それとも異空間で包み込んで押し潰して

 しまうのか!?』



「・・・・・いえ、極めて強引な方法です。」


「・・・そして、この方法でもあの都市を守りきる事は不可能でしょう。

 全壊を免れるだけの苦肉の手段です。」


『・・・・・!!』



『・・・・・その手段ってのは何だ?』



「ウェルシュの“ゴッドハンド”の能力を使うんです。」



「・・・・私の?」


「そうです。貴女のゴッドハンドは直接的な物理破壊よりも、むしろ

 空間兵器が作り出す異空間への強制的な分解を主な強みとしている筈です。」


「・・・そうだけど。」


ウェルシュの攻撃は、あのとてつもない破壊力がメインじゃなかったのか・・・・!



「わたしが貴女のゴッドハンドにハッキングをかけ、力に強制介入します。」

「一時的に貴女の空間分解能力を私の光粒子砲に付与し、都市を囲む異空間張力の

 位相を直接狙い撃ちます。」



「・・・・なっ、わ、わY子さん・・・そんな事不可能ですよぉ!」

「ウェルシュさんの“ゴッドハンド”は完全に不可侵領域です!」


「異空間を直接破壊してしまうその能力は、こちらからのどんな空間接続も

 強制的に断ち切ってしまうんです・・・っ!」


シアンは慌てて説明した。

「それに・・・そんな規模の光粒子砲を撃ったら・・・・」




「・・・・シアン、Y子はならそれが出来るの。」


「・・・Y子のイヴシステムなら・・・」



『ぴ、Pちゃんさん・・・何ですか?それ・・・・』


イヴシステム・・・?

しかしY子が先に口を開いた。


「ボス、時間がありません。」


「ウェルシュへの負担は殆んどありません。高出力の光粒子砲を放つ為

 わたしへの負荷は掛かりますが、再起不能になる様な事はありませんよ。」


「・・・もう一度言います、時間がありません。」


「・・・・ボス、指示を。」



くそっ!

疑問符が差し挟まった状況での緊急な選択肢はリスクが高いと相場が

決まってるのに・・・・・!


『・・・・やるしかない!』


『Y子!今すぐ出来るんだよな!?』


「はい、勿論です!」


「司令、わたし達は甲板かんぱんに出ます。バルバトスを千葉上空に空間接続し、

 異空間を3分間解除して下さい。」



「・・・・えぇ、わかった。」

「シアン!これより緊急接続します!」


「・・・は、はいっ!!了解しましたぁ!!」



シアンは急いで付近の端末に取り付き操作を始め、パーマもその補助に

回ったようだ。


「アル、こっちにおいで。」


ヘリコはアルの手を繋いでこちらを見た。



「ボス、ウェルシュの側にいて頂戴。甲板に出るなら風が強い筈だから。」


『わかった!』


「余計なお世話・・・!さ、とっとと甲板に出るわよ」



おれ達はエレベーターに乗って最上の出口から甲板に出た。

対アニマ用遊撃戦艦バルバトス。その甲板に出たのはこれが初めてだ。


周囲を見ると、どうやらバルバトスは黒や紫のモヤのうねり・・・つまり異空間に

囲まれているらしく、さしづめY子達の説明通りだ。


―「まさゆきさん、空間接続が完了しました!」―


―「今から約3分間、バルバトスは異空間を出ます!」―



『お願いします!!』


すると!



ブオオォォォォッッ!!!


と、まるでシルクの幕が取り払われるかの様に異空間が滑る様に動きだし、

目の前に青空が広がった!!

とてつもない風が甲板に巻き起こる!!


目線の先には白い霧の塊のようなものが映った・・・・これは雲だ!

ここはかなりの上空だな!!吹き飛ばされない様にしなくては!


前方の彼方には建造物の集合が見えた・・・東京だ・・・!!


『ウェルシュ!』

「・・・ちっ」


身体が弱りきっているウェルシュを支えて一緒にしゃがみ込む。


「ウェルシュ、力を発動して下さい。」

「そして力を最小限に抑えて穏やかに保って下さい。」


「・・・・アンタに力の干渉を受けるなんてムカつくケド」

「まぁしょうがないわ。」



Y子は両足の間隔を少し広げて構えた。


するとウェルシュの身体から細い光の糸が幾つも現れ、Y子に引き寄せ

られていった・・・・


『なんだ、これは?』


「・・・・・しらない・・・」

「な・・なんか身体がムズムズする・・・」


『大丈夫か?』


「う、うん・・・大丈夫だけど・・」


「・・・・って、いちいち私の心配するな!!」


『何で怒るんだよ!』



パチパチ・・・パチ・・・・と、電気が弾ける様な音がする。

Y子を見ると、Y子は淡い黄金の光を発しており、身体の周囲を覆う様に

稲妻模様がパチ・・パチパチ・・・パチッ!と駆け巡っている!



「・・・・・システムコンバージョン完了。」

「エネルギーリプリート、限定出力70%・・・・」


『・・・わ、Y子?』



「整いました。」

「・・・・ボス、貴方の指示で発射できます。」


『準備が出来たのか!』


『・・・よ、よし。時間がない!!』

『Y子!頼んだぞ!』




『撃てっっ!!!!』




ビガッッッッッ!!!



と、これまでにない強力な光を放ち、Y子の口からとてつもない規模の

巨大な光線が前方に果てしなく伸びた!!!



『うわぁっっ!!!』



Y子は虹よりも太い光の柱を、東京上空を撫でるように展開した!!


すると、Y子の光の軌道を追うように東京上空の空間が大きく歪み始める!!


「・・・Y子の光粒子砲がアニマの兵器を異空間ごと破壊している・・・」

「言ってしまえばあの歪みは異空間張力を発生させている兵器の爆発ってところね」


『・・・・ウェルシュ。そうか・・・うまく攻撃出来てるのか・・・・!!』



するとY子の巨大な光の柱は消滅し、大量の空間の歪みが所々一体化しその景色を

あびつなものに変えてしまっていた・・・・・!


『あれは・・・都市が物理的に歪んでるんじゃないよな?』


「そう。こちらの視界と都市との間が歪んでいるからそう見えるだけ」

「・・・ただし、街中では大規模な電波障害なんかは発生してるかもね」


『・・・そ、そうか』



すると、Y子は足元をふらつかせてしゃがみ込んだ・・・!


『Y子!!』


「・・・・・・大丈夫です。」


「少々負荷が大きかっただけです。」

「・・・・平気です。」


『わ、Y子・・・!?そうは見えないぞ・・・!?』


Y子が立っていられないなんて・・・・


だが確かに今の攻撃は、市街地に直撃していたら街が完全に崩壊しそうな

凄まじい攻撃だった・・・・・!!

あんな攻撃をこんな小さな身体で・・・・



「・・・・始まります。」


『・・・・!!!』



おれは東京の都市を見遣みやった。

すると、その上空の空間一帯に七色の亀裂が突如入り、その亀裂から白い

光が溢れ出し、東京の三分の二ほどを照らした・・・・!!


『・・・・なんだ?』

『何が・・・・・・・・・』




バキィィィィッッ!!!





何かが割れる様な音が遥か彼方から空気を伝わって通り過ぎていった・・・!!


おれは目を疑った。


遠くに見える高い建物から次々に色が失われていく・・・・・

高層ビルだけじゃない・・・・ふもとにある建物も、橋も、線路も

次々と色を失っていき、ぼやけてしまっていた・・・!!


『何かが起きてる・・・・・?』



「・・・異空間張力が・・・発動した・・・・」


ウェルシュは同じ光景を見て呟いた。



「反応を解析しました・・・・」


「・・・・あれは・・硝子です。」



『・・・・ガラ・・ス?』



「街も人間も・・・・硝子に変化していきます・・・・」



『Y子!』

横に倒れそうになったY子に駆け寄って、その身体を支えて東京を見た。




『・・・・・硝子になっていく・・・だって?』




そう。色が抜けた・・・ただそれだけじゃない。

あの精緻せいちで過密な建築物の群れが、瞬く間に硝子細工に変貌してしまったのだ。



すると、高層ビルを中心に建築物の崩壊がはじまった・・・・


ガラスの性質が、その重量に耐えきれずに自壊を始めたのだ・・・・・!



「・・・東京エリア全体の三分二程が全滅です。」

「神奈川・・・千葉エリアにも影響が及んだ様です・・・・」



『っ・・・!!』

『・・・もういい、Y子・・・もう喋るな』



「・・・・巻き込まれた人間は・・・全員即死しました。」



『!!!!』



『・・・くっ、くそおぉぉ・・・・!!』




東京・・・という名のガラスの虚影は鋭利な悲鳴を上げて崩れていった・・・・


その無惨な骸を照らす残酷な光は乱反射し、見る者の目に透明な死を焼き付けた。





それは、光という名の闇だった。





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