第19話 《赤き瞳のロムザ》


闇に染まった黒い通路。


複雑に歪曲した壁に床。


捻れてひしゃげた研究施設。


いびつという言葉はこういう時にこそ使うのだ。

此所の存在理由を形で表現している様なもので、この暗闇も、進むにつれて

増していく何かの腐臭も、不気味な徘徊音も、此所を生み出した人間達の

心の深淵を表現している様だった。


「ったく、オメーらは運がいいぜ。」

「このオレ様に目を付けられたんだからなっ」


先頭を歩く、喋る黒猫の“ニャンぷく”(アル命名)はそう言いながら尻尾を

真上にピンと立てていた。


『此所は化け物が徘徊してるんだろ?』

『お前、よく生き残れたな。ご飯はどうしてたんだ?』


「へへっ、オレ様には特別な能力があんのさ!」

「食料ならこの施設に保存用の缶詰がたんまり残されてるんだぜ?」


缶詰って、こいつは猫だろうに。

どうやって開けて食べるんだ・・・・?


「・・・げーっ!」

「まじかよっ!」


『どうした?』


一足先に曲がり角の向こうを確認してニャンぷくは立ち止まった。


「残念だったな、お前ら。」


「ほら、そこがお前らの目指してる研究室だよ。けどその入り口の前で

 モンスターが3体もたむろしてるぜ。こりゃあ無理だニャあ」



おれは角から通路の先を除き込んだ。


中の薄い光が漏れる自動ドアの前で、粘土人形の様な体のが確かに

体佇たたずんでいる。


その腕にある幾つもの関節はあらゆる方向に曲がっており、胴体からは骨が

飛び出し、足はか細く、ブルブル震えていた・・・・・そして首が無い。


『・・・・あ、あれがそうか・・・』


「ま、しょうがねぇよな。」

「あいつは厄介なんだぜ?テリトリーに入った奴に抱きついて、あの粘土みたいな

 皮膚で相手を包み込んで行動不能にした後ゆっくり溶かしながら補食するんだ。」


『攻撃は効くんだろ?』


「知らニャいね。でもあの皮膚は毒性らしいからな。

 攻撃が効いたとしても接近戦は自殺行為だにゃ。オレはアイツに補食された

 モンスター達を何度か見てきたが、まぁヒドイもんさ。」


「さぁー!諦めて帰っ・・・・・」



ズゴッッ!!!!


対処を考えている合間に3体の被検体は通路の奥にふっ飛んでいった・・・!


ウェルシュだ。


その相変わらず理不尽な謎の攻撃で被検体は手足が千切れ、軟質の皮膚を

辺りに撒き散らしながら3体共再起不能となって床に転がった。


・・・・あの攻撃が人体に向けられたら、と考えると震えるな。


「・・・チンタラやってんじゃないわよ」


「にゃ!?な、何者にゃ!?おまえら!?」


『すまんなウェルシュ。毎度助かるよ』


「・・・とっとと行って」



ウェルシュの声色こわいろは冷静かつ単調だが、しかし普段の単なる面倒くさ

そうな感じの自然なトーンではない。恐らく体のコンディションが悪化しているの

かもしれない。これ以上この反則技を使わせる訳にはいかないよな。


おれ達は慌てふためくニャンぷくを促して研究室の自動ドアを開けた。


部屋は大きなL字型になっていて、機材が散乱している。


エネルギー供給によって室内は青く薄い明かりに照らされていたが、これが妙に

不気味で、こんな所に長く居たら精神的に結構やられるのではないかと思った。

・・・・正直に言おう。おれはホラーは苦手なんだよ。


「運が良かったわ。この部屋の設備はパッと見て損傷も無いようね。」

「ボス、早速始めるわ。こっちへ」


『ああ。』


機材に囲まれた研究室の奥側に、透明なアクリルの様な壁でできた小さな囲い

がある。その中へ入るドアを開け、ヘリコは周囲にある機材を準備し始めた。


「さぁアルフィ、中の手術台に乗ってちょうだい。」


「・・・・」


『アル、今からアルの体の中にある悪いものを取っ払ってもらうからな。』

『少しの間、そこの台に寝てれば終わるんだ。かんたんだろ?』


「・・・・」


『不安か?』


「・・・ン・・」


『大丈夫さ。周りにはおれ達がいるだろう?』



その時、Y子が何かに反応した。




「・・・・・待って下さい。」



「・・・・これは・・・・」


『ん?・・・どうしたんだY子?』



「・・・・施設内に突如、強力な生体反応が出現し急速に拡大しています。」

「これはアニマではありませんね・・・・この施設の生物兵器達です。」



『エネルギー供給のお陰で活性化した奴等が動き出したのか!?』



「それもありますが・・・・妙です。特別な格納場所にされている様な

 危険度の高い個体まで活動を始めている様です。」


「これ等は単に施設のエネルギー供給で解放される様なものでは当然ありません。

 休眠装置の中に閉じ込めて保存されているものです。これは操作が無ければ

 決して解放される事のない兵器達・・・・つまり」



『・・・・だれか・・・解放させた奴がいるってのか・・・!?』



パーマはいぶかしげに言った。


「それは変ですねぇ・・・・」


「こんな所に侵入して生物兵器を解放して廻るなど・・・・

 此所は先程の位相でしか出入りは難しいですし、無理矢理侵入したのなら

 私達が気付きます。その上このクリーチャーが徘徊する研究施設内を移動する

 にはそれなりの戦闘能力も求められるでしょう。」



『・・・元からこの施設に居た何者かの仕業か・・・?』


『おいニャンぷく!ここには施設の装置を解放できるほど知能が高い奴が

 いるのか?』


「ば、ばかっっ!要るわけねぇだろ!!オレ様は特別なんだ!!」


「そ、それによ。ここはハッキリ言ってサバイバル状態の閉じられた空間だぜ?

 そんな事して自分の敵増やすアホがドコにいるんだよっ!」


『・・・・猫のくせに正論だな。』



「・・・・マズイわね。」


ヘリコが機材を調整しながら呟いた。


「ボス、アルのパペッターボックスを無力化する為のコレ。」

「ちょっとエネルギーが足りないわ。」


『な、なんだって?』


「ここの非常用電源ではこの機材を満足に機能させる程のエネルギーを供給

 できないみたいね・・・・・」


確かに一部に照明がついたとはいえ、光も薄くて頼りないもんな・・・

あくまで非常用電源は応急処置の様なもんなのか・・・・?


『どうにも出来ないのか!?』


ヘリコは隣にあった端末を起動し、操作を始めた。


「・・・・安心して。大丈夫。」


「他のエネルギー供給先からこの部屋に供給を回せば問題無さそうだわ。」


「その操作は、そこの扉から通路を進んで別の制御室で行う必要がある。

 ・・・施設のデータを見てみると、ちょっと距離があるみたいだけど」


『此処からは出来ないのか・・・・』

『ならその制御室へ向かう必要があるな。』


そこでY子が口を開いた。


「ボス、時間がありません。」


「強力な生体兵器が増えるという事は、それ等が空間兵器を使ってこの異空間に

 危害を加える可能性が大きくなる事を意味しています。速やかに目的を遂行する

 必要が出てきました。」


『そ、そうか、そうなるのか・・・!』

『時間はかけられない・・・・』


そのエネルギーを切り替える為の部屋には、さっき入ってきたL字の端の

扉とは逆・・・・まぁ、つまりそのままL字に突っ切る形で扉を出た先に

ある様だ。


距離もあるということは、行って戻る時間も惜しいな・・・・・


『よし、じゃあ二手に別れよう。』

『ヘリコとアルはスタンバイしていてくれ。Y子とウェルシュは此処で

 両端の扉を敵の攻撃から守ってほしい。おれとパーマはニャンぷくの案内で

 その制御室へ向かう。エネルギーが供給されたら即アルの治療を頼む。』


「いい作戦ね。制御室では私が通信で指示を出すから、ボス、貴方がエネルギーの

 コントロールを担当して。パーマは制御室に敵が侵入しないように宜しく

 頼むわ。」



「了解しました。」

「私も役割を一つに絞った方がやり易いですしね。」



「お、お、お前ら!本当に行くのかニャ!?」

「お、おお、オレ様は行くとは言ってニャいぞっ!?」


『すまんな、ニャンぷく。』

『ここまで来たんだし、最後まで付き合ってくれるか?』


「ふざけんなーっ!」

「オレ様は人間の使い魔じゃねーんだぞ!オレ様は闇の眷属・・・・」


「・・・・にゃんぷく・・・」


「ふぇ!?」



アルはニャンぷくを見つめて呟いた。


「・・・・や、やめろ・・・何だその純粋な目は・・・・」


「・・・・・・」



『ニャンぷく、この期待を裏切るという事を知らない無垢な目を見て本当に

 知らんぷりをできるのか・・・・??』


「いや、そんなのオレは・・・・・!」


「・・・・・・」



「いや・・・オレは・・いや・・・」



「・・・・・・」


「・・・わーかったよー!!行きゃいいんだろ!?」



こいつ・・・意外と押しに弱いな。


「いいか!?このオレ様をしっかり護るんだぞ!?魔王の眷属のこの

 オレ様を・・・!!」


魔王のペット・・・・なら100歩譲って解るんだがな。


『任せろ。よしじゃあとっとと行くぞ!』

『そんでもってぱっぱと済ませてさっさと退散だ!』



するとウェルシュがサッと歩いて扉の方向へ歩いていった。



「だめよ。」


「パーマ、アンタはここで留守番。この先へは私が行くわ」


『ウェルシュ・・・いや、だってお前、本調子じゃないんだろ?』


「だからよ。こんな所でじっとしてるのは性に合わない。」

「この先は敵の数が増えていく。しかも空間が狭い。つまりパーマの能力には

 あまり向いてないわ」


・・・・・たしかに。

パーマの隠れる能力はどちらかというと単体の敵に有効だが、敵が多く居る狭い

通路で見つからずに進むのは難しいか・・・・空間が開けていればパーマの能力は

最強なんだがな・・・・


「Y子はバカだから、一つの通路から来る敵に光粒子砲撃ってる方が

 効率いいのよ」


「ボス、もしかして今私はバカにされましたか?」


されたよ。

気付かなかったら疑う余地がないぐらい露骨にな。


ウェルシュはY子を無視して扉に手を掛けた。


『お、おいっ!ウェルシュ!』



「ついでに付いて来るならとっととしなさい」



ウェルシュは先に行ってしまった・・・!!

まったく・・・自分で決めたら突っ走る奴なんだな、お前は・・・

なんて思っているとパーマもやれやれ、とニヤニヤ笑っていた。

器用な表情だなおい。


「ボス、ウェルシュが無茶しない様にお願いね。」


『あ、あぁ。何が出来るか解らんが、こうなったら止められないんだろ?

 ウェルシュは・・・・・』



アルはどこか不安そうな様子でこちらを見ていた。


『アル、少しだけ離れるが、ヘリコ達の言うことを聞いて待っていてくれ。』


「・・・・ン・・」


『なぁに、すぐ戻るさ。んでこんな場所からさっさと出よう!』


アタマを撫でながら言うと、アルは小さく頷いてくれた。



「ボス、何かあったら連絡を下さい。わたしが飛んでいってウェルシュごと

 敵を全員ぶち殺します。」


『口が悪くなってるぞY子。』



『よし、ニャンぷく!案内たのんだぞ!!』


「ち、ちくしょう・・・!こんな事になっちまうなんてよ・・・!」

「しょ、しょーがねえ・・・お前ら、オレ様をちゃんと警護しろよ・・・!?」


「そして尊敬しろよ!?」


猫はブツブツ言いながらも付いてきてくれた。

悪い奴ではない・・・ただ中二病に罹患した可愛そうなネコなのだ。


パーマの笑顔の一言「行ってらっしゃいませ」にちょっとイラッとしながら

おれ達はウェルシュの後を追った。






出てすぐの階段を下りると、通路には血まみれの被検体達が転がっていた。

ウェルシュの通った跡だろう。何かの殺戮映画のようだ・・・・



「・・・にゃ、にゃあっ!?」

「何ニャこりゃあぁ~~~~~っ!!!」


少し進んだ所で通路が十字路になっている。

その中心でウェルシュは立っていた。


・・・・どうやら待っていてくれた様だ。



『ウェルシュ、無理はするなよ?』

『お前が倒れたんじゃどうにもならん。』


「私の心配するなんて余裕じゃん。」

「守られるのは―――」


ウェルシュは腰に下げていた銃の様なものをこちらに投げた。


「―――アンタなのに。」



『おっ・・・っと!な、なんだこれは?』


『・・・銃、か?』


とっさにそれをキャッチして眺めると、確かにそれはトリガーと発射口の付いた

銃らしき物体だった。


「シアンが作った“吸引レールガン”」

「キングカードを出して。」


おれは言われるがままカードを出すとウェルシュはカードをしゅっ、と

おれの手から抜き取り、カードの表面をスワイプしながら何かの設定をいじって

いるみたいだった。


「・・・もういいわ」


『お、おう・・・・カードで何かしたのか?』


「その銃の使用権をアンタに設定しておいた。」

「機能を常にONに切り替えておいたから、発砲も出来るし同時にアンタの

 身を守る事もできる。」


『身を・・・守る?』



ウェルシュは床に落ちている割れた照明の破片を拾い、なんとこちらへ向かって

思いっきり投げ付けてきた!!


『うわっっ!!』


しかしその瞬間!


おれの目の前に光の六角形が壁のように出現し、飛んで来た破片をパキンッと

弾いてパッと消え去った!!



『お・・・おおぉ・・・!?』

『なんだこれ・・・・!?』


「アンタの生体反応に危害を及ぼす可能性のある物体を空間中で検知し、

 プロテクターを展開する“吸引レールガン”の防御機能よ。」


またとんでもないオーバーテクノロジーを・・・・


「ニャーー!!かっけぇーー!!」


『くれるのか?』


「自分の身を守るすべくらいないとジャマだから、あげるわ。」



『悪いな。お前のお荷物になる訳にはいかないもんな。』



「・・・・・ネコ、とっとと案内しなさい」


「は、はいニャっ!!!」



ニャンぷくはすっかりウェルシュにビビっていた。

最初の威勢は何だったんだ一体。



おれとウェルシュはニャンぷくに続いて歩き始めた。


通路には頼りない照明が光っている。


異形の被検体達は様々な形をしていた。

体が猿なのに頭がフクロウだったり、人間とおぼしき生首に蛇が巻き付いて

宙に浮いていたり、デカいスライム状のピンクい塊が隅っこで震えていたり・・・

まるでゲームか何かの世界だ。


ウェルシュは躊躇無くその能力を使い、ジャマな被検体を蹴散らした。


『ウェルシュ、せっかく貰ったんだ。この銃でなんとか敵を片付けるから

 あんまり無理するなよ・・・?』



「そのレールガンは、空間兵器のエネルギーを吸収してエネルギーを充填する。

 私が充電しておいたけど、まだ撃てる弾数は3発ってとこ。無駄に使うとすぐに

 無くなる。」



『・・・だが、お前も限界なんだろ?』


「つべこべ言ってないで自分が生きる事だけを考えなさい」


『だったらお前の事を考えたっていいだろ?一応、運命共同体って奴なんだしな。』



「・・・・あんた・・・なんで私とそんな風に会話できるわけ?」

「私がアンタを殺そうとしたの忘れた?」



『忘れる訳ないさ。』

『でも、今はこうして生きてるじゃないか。』


「・・・・・訳わかんない」


『お前に襲われた時、おれもそう思った』


「・・・・」


不気味に歪んだら通路や、あらゆる被検体を見て気になったので

ウェルシュに聞いてみることにした。


『しかし、KINGSは兵器開発の研究所を一体どれだけ持ってるんだ?

 こんな施設が沢山存在しているんじゃあ、アニマと戦う以前に自滅しないか不安に

 なりそうだな・・・・・』


すると、途端にウェルシュの足元がふらついた・・・!


『お、おい、大丈夫か!?』


支えようとするおれを避ける様に体勢を建て直し、ウェルシュは構わず

歩みを進めた。



「・・・こんな兵器開発の研究は珍しくもない。」


「生き残る為に、生き物なんて幾らでも何処かから補充して兵器に作り変える。

 人間だろうが、細菌だろうが、犬だろうが、魚だろうが・・・・・・

 作ったら撃つ。故障は直す。だめなら棄てる、便利だから製造施設も

 沢山つくる・・・それだけよ。」


「・・・取り替え可能の便利な消耗品。生き物も施設もね」



『・・・人間を兵器にするってのは・・・罪悪感や恐怖はないのかな』


道徳正気なんて時間と共に簡単に消えていく。」


『・・・・・・・』



「・・・・ある資産家の夫婦は、研究投資のために自分の娘を引き渡した。」



『・・・え?』



「・・・・空間兵器の開発は、普通ではあり得ない莫大な成果を生む。

 だから非公認の無理な研究プロジェクトが裏で乱立し続けた。

 それらには当然金が要る。投資家は金をはたいて、その成果と身の安全を

 得ようとした。」


「拡散した技術は自由な世界でバラバラに発展して、無法の世界は加速して

 いった。“国”という言葉は当然色褪せていく。そんな世界では本当は誰も

 安心なんてしていなかった。だから皆安心を求めていた。」


「“世界政府”なんてものを作っても、結局疑心暗鬼だったわ。」



『・・・・そりゃそうだ。』


『国って枠からはみ出て、守ったり守られたりを勝手に売り買いしている

 世界で安心なんて出来る訳がない・・・・・そんな事やってたら

 人間の立場が無意味に利害関係で固められてしまうぞ・・・・』



お宅の国には兵器を売るけど、お宅の国には売らないってな事になってしまう。

武器を買う為に競争すれば、更に人間同士で孤立化して団結できないじゃないか。

呑気にアニマ無き後の覇権抗争に精を出しちまったってのか?

ピンチはチャンス・・・って事なのだろうか。


馬鹿げてる。

そんなのはただの火事場泥棒みたいなものじゃないか。


・・・・Pちゃんさんの言った通りだ。

この技術は存在するべきじゃないんだな・・・・



『・・・だが、その資産家は何でまた自分の娘を・・・』



「簡単な話よ。投資先のプロジェクトが巨大で、そのリターンが大きかったから。」


「その研究所には他にもスポンサーがいた。アニマとの戦争の中で秩序の無い

 取引を繰り返せば、そのうち取引はフェアじゃなくなる。

 資産家には不利でも、プロジェクトから手を引く道を自らたなければ、

 それまでの全てを失う事になる・・・・すると」


「研究所が“子供の被検体が欲しい”と云えば簡単に差し出すわけ。」


『・・・・・』



「・・・・・多かったのよ・・・そんな事例が」



空間兵器の技術は、確かに魔法の技術だ。

その魔法欲望に目が眩んだって事か・・・・



『・・・・その研究所に渡された娘はその後どうなったんだ・・・?』



「さぁ・・・・死んだんじゃないかしら」



ウェルシュはさらっと言った。

それは誰の話なんだろう・・・・


お前の事じゃないよな?ウェルシュ・・・・



『・・・・お前達の世界の人類が負けた理由・・・何となく解った気がする』


「誰にでも解るわ」

「人間が作り出した戦争の為のシステムに、ただ生き残る為の一貫性が

 欠如していた。ただそれだけの事よ」




いや、違う・・・




違うんだ。ウェルシュ。


多分そうじゃない


お前は本当に、ただそれだけの事だと思ってるのか・・・・?



「ニャ!!近付いて来た!」


「この先の角を左に曲がって突き当たりでゴールだぜ。

 その扉を開ければホールみたいな広い部屋に出る。そのホールを真っ直ぐ

 突っ切って、扉を抜けたら直進して制御室だ」



通路は停止したトラベレーターで斜め下に続いており、進むにつれて

床に赤いカビの様な、挽き肉の様なものがへばり付いていた。


『・・・・なんだ・・・これは』


「コイツは細菌の類いだろうなァ。」

「通路にはみ出して、こんな所で増殖しやがったんだ」


『・・・う、うげ・・・』


「この先は湿度も温度もチットだけ高いから、こういう奴らが生息しやすい

 んだよなぁ・・・・」


『お前、よくこんな所で生きてこられたな』


「言ったろ?オレ様には特別な能力があるんだよ」


『見たいな。』


「へへっ!お断りだね!」

「こいつはオレ様の奥の手さ!ホイホイ簡単に見びらかす様な奴は

 こういうサバイバルじゃ生き残れねー。常識だぜっ!」



「・・・・と、おぉっとぉ!!」


『・・・くっ!また敵か!』


角を曲がると、また被検体が数体彷徨っていた。

ピンクの肉に覆われた、力士の様に丸くデカい人型の被検体達だ。

照明が頼りなく点滅しており視界も悪い。

・・・厄介だな。どう潜り抜ける?


・・・・しかしその緊張は、ことごとく杞憂に終わった。

被検体達は通路の中央から左右の壁に分断して激突し、グチャリと潰れて壁に

粘着した。



「ぅ・・・・・っ」


ウェルシュは額を抱えてフラつき、壁に寄りかかった。


『ウェルシュ!!』


『もういい・・・!ここまで悪かったな・・・!』

『そこの扉を潜った先に制御室があるらしい。後は力を使わなくていい・・・!』


「うるさい・・・・!!」


「私に・・・・構うな・・・・」





「・・・っ・・・・な!?」



ウェルシュの腕を引いて肩を貸してやった。


『さあ、行こう』


「ふ、ふざけんな!」


『ふざけてる訳ないだろ!』

『お前、任務遂行の為なら何でもアリなんだろ?なら我慢しろ。

 これは隊長命令だ。』



「・・・・・・・・」


「・・・・・アンタが何考えてるのか解んない・・・・・」



『そうか?の事しか考えちゃいないさ』


「私はアンタを信用していない・・・・また、アンタを殺そうとするかもよ」


『それがこの状況と何か関係があるのか?』


『おれはもう既に何回もお前に助けられてるんだ。

 他人じゃないんだよ。お前が命を掛けるなら、それを助けて何が悪い?』


「・・・・・変なヤツだわ・・・・あんた」


『お前らはそれを言うよなぁ。』

『・・・この際ハッキリさせたほうがいいよな。おれにはその権限があるらしいし』


「・・・・はぁ?」


『バルバトスのルールだよ。』


『“命大事に、生き延びて沢山笑う!”・・・これだな!』


「・・・・バカでしょ」


「・・・もう黙って・・・」



『・・・はいよ。』



ウェルシュの体重を感じる・・・やっぱり限界なんだな。


・・・・・さて、覚悟を決めないと。

銃弾三発分で足りるか・・・・?



おれ達はニャンぷくを先頭に突き当たりの扉を開いた。

ゴールはもう近い・・・・!




『・・・!!』

『・・・なんだ・・・こりゃ・・・』



ニャンぷくの言った通り、そこは広いホールの様になっていた。


直径200メートル程だろう。

円筒形のこの空間は足元が奈落になっており、分厚い金網の丸い足場がこちらと

向こうの扉で繋がって、真ん中で広がっている。

見上げると天井も同じく金網だ。上下の金網の向こうにはそれぞれ巨大な

プロペラがあり、まるで巨人用の換気扇に挟まれているかの様な気分だ。


しかし。問題はそこじゃない。

壁だ・・・・壁一面にびっちりと真っ赤な肉の様な物が張り付いていて、

その赤い壁肉がまるで生きているかの様にウネウネと蠢いていた・・・

足元の金網は壁に触れていない為、遥か下方まで肉のうねりは絶え間なく

続いている。


「うっわやっべ・・・細菌兵器が異常増殖して奴らの家みたいに

 なっちまってんじゃねーか」



『・・・ん?』



・・・・なんだ・・・?


中央付近の、扉寄りの奥に誰かいる・・・・?




「・・・・!!!」




それは白い髪、白い肌、白のワンピース。


・・・人だ。



この殺伐とした空間には到底似つかわしくない清潔な白が

この薄暗い照明の中で妙にぼやけて際立っていた・・・・・



うつむいた純白の女はゆっくりと顔を上げ、こちらを見た。


・・・・距離があるのに、その女の瞳がわかる・・・・


ぼんやりとした、赤い瞳・・・・・




「ロム・・・・ザ・・・・・?」



『・・・ウェルシュ?』





「こんにちは、ウェルシュ」




「!!!!!」


知り合いか・・・?


ウェルシュは肩を貸していたおれを振り払い、数歩前へ出た。



「あれは・・・・敵よ・・・!!」


「・・・いい?これから私がアンタをあの奥の扉に到達させる。」


「後は制御室へ走って目的を果たしなさい・・・!

 そしてそのままここへは戻らず、別ルートを探してヘリコ達と合流

 する事・・・!」


『・・・な、なに?』

『・・・・お前はどうするんだ・・・?』


「私は何とかする。アンタは気にしなくていい」



ウェルシュの意識はあの白い女に釘付けになっている。




「・・・・・ふぅん?」


「・・・・それが森川まさゆきなんだあ・・・」




女はこちらを見た。

生気が宿っているのか解らない目・・・・・


『・・・・・!!!』



おれは咄嗟とっさに目を反らした。


・・・な、なんだ!?


・・・・あの目を見たくない。


全身に鳥肌が立ち、このままでは何か取り返しのつかない事になって

しまいそうな気になった・・・・・


・・・これは恐れだ・・・


理屈は解らない。だが本能的な直感がに対峙してはいけないと

危険信号を鳴らして怖気として警告してきたのだ・・・・・!!



「私が攻撃を加える。それを合図に右回りに走って・・・!」



ウェルシュの声には明らかに余裕が無かった。


それだけヤバい敵って事か・・・!!



理解や解釈が追い付く前に、ドチャァッ!!と、相手の背面の壁が血飛沫ちしぶきを上げて

抉れた!ウェルシュの合図だ・・・!!

おれは黒猫を拾い上げて金網の足場を右回りに走り始めた!!




「・・・ぅふふ。」


「・・・・・ひどぉい」




あの女はなんと、あのウェルシュの見えない正体不明の攻撃を平然と

躱した様だ・・・!

馬鹿な・・・あれは躱しようがあるのか!?


あの女がどんな力を持っているのか解らないが、しかしここで立ち止まる訳には

いかない!このままダッシュだっ!


その時だった!


バァァンッ!!と、目的の扉が激しい音を立ててぶっ飛んだ!


『・・・っな!?』



扉の向こうからなんと、異形の被検体達が大量になだれ込んできた!!

最悪の展開だ!!


被検体達はあの女を真っ先に狙って襲い掛かったが、触れる事すら出来ずに数々の

被検体達はジュワッ!と音を立てて溶け始めた!


何かが起こっている・・・・!


一部はそのまま金網に転げて奈落に落ちていき、一部は上体が突然ぜて

下半身だけが転がり、また一部は痙攣しながら転倒し泡を吹いた。

・・・・・どうなっているんだ!?


奴等は当然こちらにも襲い掛かってきた!


しかし敵は横に薙ぎ払われる様にふっ飛び、赤い壁にドチャッ!と衝突し、そのまま

底の見えない闇に落下して巨大なプロペラに衝突した。

これはウェルシュだ・・・!


ウェルシュはおれを守りながら自己防衛していた!

その力で敵を屍に変えては増える死体を飛ばして他の被検体へとぶつけていたのだ。


まずい。只でさえ無茶をしているウェルシュにこの連戦はあまりにも苛酷だ!

こんな状況であの謎の白い女の相手を任せなければいけないのか・・・!!


ウェルシュの攻撃が被検体や壁の赤いうねりにぶつかり血飛沫ちしぶきを上げる・・・!

すると・・・・その血が今まで見えなかったある物に降りかかり、その姿を表した。


・・・・腕?


その腕はウェルシュから伸びているらしく、敵を千切っては投げ飛ばし、殴り、

潰し、敵を蹂躙し続けた・・・・!!


ウェルシュの見えない力の正体はあれか・・・!



走りながら女を確認すると奴がこちらを見た・・・!



瞬間、ドォッッ!!!と、おれの真横で爆発が起きる!!



『うわぁっっ!!!』


思わず前方へ転がってしまった・・・!!

しかし、見えない何か障害物の様な物が爆発を遮ってくれたらしい。

目の前の空間が歪みながら振動している・・・ウェルシュか!?


あの見えない腕は何本か複数伸びているらしい・・・!



「立ち上がって、行きなさい!!」


『っく!!』



目を回して倒れているニャンぷくを再び拾い上げて、再度走り出す!




「ぅふふ、何処に行くの?」



ドドドッッ!!

進行方向が爆発し、網が千切れて大きくめくれ上がってしまった!!

やばい、進めない・・・!!!


・・・そして突然おれの耳に嫌な音が飛び込んできた。


ジュゥゥ・・・!

なんと!おれの周囲を取り囲む様に、足元の網が音を立てて溶け始めた!

金網の溶解が進んでこちらへ進行してくる・・・・!!



「ニャニャッ!!」

「お、おいっ!飛び越えろニャ!」

「このままだとこの足場、溶けて下に落っこちちゃうぞっ!!」


『いや、飛び越えられる距離じゃない!』




「もぅいちど、爆発するわよ?」




『なっ・・・!!』



ドドドォッッッ!!!

爆発が同時に三発分巻き起こり、おれは爆発に包まれた!!



・・・・かの様に思われたが、おれは見えない腕に体を掴まれ、奥の扉に放り

投げられていた!!


『うわぁーー!!』

「にゃーーー!!」


どっ!と尻から着地し、頭にニャンぷくが硬着陸した!


『ぐっっっ!!!!』




「行って!早くっ!!」




『ウェルシュ・・・!待ってろ!!』

『直ぐに応援を呼ぶから、それまで耐えてくれ!!』


『絶対に死ぬなっ!!』


被検体達はあの二人に殆どやられてしまっていて、金網の床には大量の被検体が

屍になって散乱していた・・・・!!

あの女はただの敵じゃない!


ウェルシュの動揺ぶりを見れば、極めて危険な相手だと想像するのは難しくない。

Y子かパーマに加勢してもらわなくては・・・!!


おれは急いで立ち上がる。


また奴の訳が解らん攻撃が飛んできて、それから守るためにウェルシュが消耗を

したんじゃ話にならない。おれはニャンぷくと共に走り出し、ドアを潜った・・・!



何とか耐えてくれ!ウェルシュ!







「ぅふふ、逃げられちゃった」



「・・・・ロムザ」



「久しぶりね、ウェルシュ」

「ぅふふふ、キレイになったねぇ!」



「・・・あなたはずっと綺麗なままだね」


「ありがとぉ」



「ずっと、ロムザに会いたかった。」

「・・・・どうして姿を消したの?」


「どうして、こんな所にいるの?」



「ぅふふ、なんででしょう?」

「・・・・まだ解らない?」


「今日はね、ウェルシュに会いに来たのよ?」

「ぅふふ、能力を使いこなしているのね。いいカンジ。」



「あなたが目覚めさせたんでしょ。」

「・・・おかげで今まで生き延びて来れた。」


「お薬か何かで力を抑圧しているみたいだけど?」


「・・・・・あなたに会うために必要だった・・・・」

「・・・あなたと会って、また話をしたかったから」



「・・・・ぅふふ、やっと会えたねぇ!」



「・・・・・・うん」



「わたしねぇ、今アニマに居るでしょ?」

「だからねぇ、森川まさゆきを殺さなきゃならないの・・・・」


「・・・・いいよね?」




「・・・・・」



「どうしたのぉ?」



「・・・ロムザがアニマに入った理由を教えて。」



「くすくす、本当は知ってるくせに」

「意地悪ね、ウェルシュ。」



「・・・・意地悪は・・・あなたでしょ・・・」


「・・・・・」



「そんなカオしないで?」


「・・・あなたは本当は寂しがりで、不安で一杯。」

「だから、わたしがあなたの手を引いてあげるの。今だってそう・・・・」

「答えが出ない問題を解決する為に、わたしがあなたの背中を押してあげるの」


「わたし達お友達だもん・・・・」


「・・・・だからわたしは森川まさゆきを殺すの」


「あなたの目的は・・・・ぅふふ、簡単でしょ?」



「・・・・・・・・」



「ほらっ、こっちを向いて?」

「早くしないと、森川まさゆきが死んじゃうわよぉ?」




「・・・・・ごめんねロムザ」


「ぅん?」


「今度会えたなら・・・私があなたの手を引いてあげたかった」


「・・・ぅふふ」



「・・・・でも」


「私は・・・私を生きなきゃいけないんだよね?」

「解ってる・・・・・あなたが教えてくれた事だもの。」


「・・・・私は、自分に出来る事をやるだけ・・・!!」



「・・・うん、それでいいの」


「ウェルシュ・・・・・」









―――――ドアを抜けると通路に被検体はいなかった。



大方さっきのホールになだれ込んだみたいだな・・・!

しかし前方の通路は不自然に右に曲がっており、床も安定していなかった。


「マジかよ・・・・こりゃあ他の被検体の仕業だな。」


「強力な被検体は空間兵器も強力だからな。周辺の通路が歪んで、曲がったり

 通路が他の通路に突き刺さったりしていやがる・・・!」


『進めるのか!?』


「しらねえ!けど戻る訳にもいかないんじゃぁ行くしかないぜ。

 ちくしょう・・・・オレは一介のネコだってのに、なんで・・・・」


いやお前は何とかサクリファイスだったんじゃないのかよ。



『よし!行くぞ!おれの周囲にはシールドが展開されるらしいから、

 おれから離れるなよ!』


「分かってるよォっ!」



本来なら直進する筈の通路を右に曲がり、壁を突き破って干渉している

他の通路へ抜け、ニャンぷくの勘頼りに走りながらおれはY子に通信を試みた。



―(はいもしもし、貴方のフィアンセですけど。)―


『あ!間違えました!さよなら!!』


―(待って下さい!!間違ってません!!帰って来て下さい!!)―


『Y子!そっちの状況はどうだ!!』


―(こちらは先程、被検体が突如押し寄せ交戦中です。)―


『なに!?今戦ってるのか!?』


―(はい。反対の扉でパーマも交戦中です。)―

―(ヘリコは間もなく施術の準備を完了し、エネルギー供給待ちとなります。)―


『4人共無事か?』


―(はい・・・それよりも、そっちに空間圧力が多数発生していますね。)―

―(その中にかなり異質な反応があります・・・それは・・・)―


『大問題が起こった!』

『突然“ロムザ”とかいう、ウェルシュとまともに戦えそうなやばい敵が現れた!!

 ウェルシュのコンディションを考えたら、今かなり危ない状況だ!

 おれはウェルシュのお陰で先に進む事ができてるが、到着まで恐らく少し

 掛かるかもしれない!』


『お前かパーマのどちらかでウェルシュの援護へ向かってくれ!!』



―(こちらは少々敵の数が多すぎます。)―


―(どちらかが抜ければこの研究室に敵が傾れ込むでしょう。)―


―(治療を中断して全員で向かう事も出来ますが、その場合この

  部屋は敵に破壊される可能性が高いです。)―


『ぐっ!!』



―(ボス。どちらかを選べない場合は、どちらも選ばないという手があります。)―


『どちらも選ばない?』


―(そうです。ウェルシュを救い、治療も済ませる・・・)―


―(どちらも手に入れる選択肢です。)―


『・・・!!!』



―(簡単な話です。ボスが早々に辿り着いてヘリコが治療を開始し、わたし達が

  駆けつけるまでウェルシュが持ち堪えればいいんです。)―



『・・・・・そ、それは・・・!!』


―(ウェルシュは任務に忠実です。死ぬ為の作戦でない限り生き延びる手段を

  追及するでしょう。後はボスが彼女をどう判断するかです。)―




―(・・・ボス、ウェルシュについてなんだけど)―


『ヘリコ!どうした!?』


―(ウェルシュは相手の名前を“ロムザ”と言ったのね?)―


『あ、ああ!言ったが・・・』


―(・・・ならボス、貴方を行かせたのには他に理由があるんだと思うわ。)―


『理由?』


―(ウェルシュは彼女と・・・“ロムザ”と因縁があるの。)―

―(ウェルシュとロムザは同じ兵器研究所の出身。)―


『そうなのか!?じゃあ、あのロムザってのはアニマ側じゃないって事か?』


―(いえ。彼女は戦乱の中、アニマに亡命したわ)―



―(そして人類に牙を剥いた)―



『な、何でだ?』


―(解らない。)―

―(ウェルシュはKINGSで主にロムザの調査をしていたみたいね。)―



―(ウェルシュは彼女に会いたがっていた。)―



Pちゃんさんが言っていた、ウェルシュが闘う理由・・・・?

『それは一体・・・・』


―(解らない。)―

―(けれど、それならウェルシュは援護を拒むかもしれない。)―


―(私は医者だから、ウェルシュの無茶は止めなければならない。)―

―(けれどウェルシュ自身が自らに規定している“生きる理由”を否定する

  権利はないわ・・・・ボス、貴方が決めて頂戴。)―


『・・・・・』


Y子が口を開いた。


―(ボス。貴方にとってのベストを教えて下さい。)―


『え?』


―(何の為に何が必要なのか・・・それは世に転がる一般的な方程式ではなく)―


―(貴方がウェルシュをどう見ているのか。)―

―(貴方がこの場でわたし達に何が出来ると考えるのか。)―



―(貴方の解釈が、思いが、の判断です。)―



Y子・・・・


そうだ・・・・ウェルシュは何を考えておれを先に進ませた?

目的を達成させる為だ。


そして、もしかしたらあのと向き合う為・・・・


もし計画を中止したらどうなる?

アルの治療は失敗し、ウェルシュの抱えるその何かを無視する事に

なるんじゃないか?


・・・・ウェルシュの自己破壊願望


おれには詳しくは解らないが、もし、あの“敵”にその秘めた願望が関係するのなら、

ウェルシュはその願望を脱ぎ捨てるのか、それとも飲み込まれるのか、二つに一つ

に思えてならない。



ウェルシュの生きる意思に賭けるのか、それともその敗北を前提とするか・・・


ウェルシュ、どうすればいい・・・?



って、そんなの聞くまでもないよな・・・・・

多分あいつなら「二回も言わせんな」と鬱陶しそうに答えるだろう。


ウェルシュ・・・すまんな。


お前の事信じていいんだよな?


おれはお前の中に希望がある事、信じてみるぞ。



『・・・・・このまま制御室へ向かう!!』



『そっちはそのまま持ちこたえてくれ!』



―(了解しました)―


『じゃあ切るぞ!後でまたヘリコに繋ぐ!』


―(・・・ボス、このチームに選ばれる者には選ばれる理由があります)―

―(たとえ相手が何者であろうと、簡単にはやられたりはしません。)―


『・・・・ああ』


『悪いなY子!』


通信を切ると、ニャンぷくは左にひん曲がった通路の影で立ち止まった。


「い、居やがった・・・・!!」


被検体だ!!

三体いるな・・・・!


「くそぉ~~!」

「せっかく制御室が見えたってのによ!!」


『な、なに!?この先がそうなのか!?』


「ああ!ほら、通路の先端が向こうの通路に突き刺さって繋がってんだろ?」

「あの先からさっきの通路と同じ臭いがするぜ!」



最高のラッキーだ!!道に迷って時間をかける手間を省けた!!



『・・・・よし、なら突っ切ろう!』


「ニャ!?お前なに言ってんだニャ!?」


『おれには身を守るシールドが展開されるらしい。』

『こちらから出て行って、ウェルシュに貰った銃で攻撃しながら

 ここを突破するぞ!!』


「自殺行為だニャーー!!」


『時間がない!一か八かだ!!』


おれは駆け出した!!


「チクショーニャーーー!!!」


敵は人型で細身だ!

むき出しの筋繊維の様な体、両腕の先端は刃物になっている。

奴等はこちらに気付き、即座に襲ってきた!!


『・・・・ぐっ!!!』


おれは準備していた銃で狙いを定めてトリガーを三発連続で引いた!



ズガンッズガンッズガンッッ!!!


銃口から光が拡散し、発砲の衝撃で腕が銃に持っていかれそうになったが、

三発目で堪らなくなり、つい立ち止まってしまった!


素人の当てずっぽうは悪運に恵まれ敵の肩に一発だけ命中した様だ!!

三体の内の一体は片腕を落として仰け反り、他の一体とぶつかった!

その間を抜けようとすかさず走るが、他の一体がやはり反応して腕の刃を

振り上げた・・・!!


『くっ!!』


ガイィィン!!


光のハニカム構造がおれを瞬時に守り、敵の攻撃を受け止め続けていた!!


『今だ!!』


シールドごと体当たりをかまし、敵がよろついた隙に通路を直進して

向こう側へ突っ切った!!


端から向こう側の通路へ出たら、左は潰れていてどん詰まりだ!

即行で右へダッシュし、ノロノロと後ろから追跡する奴等から距離を離しながら

全力で走り抜け、突き当たりの二枚扉に飛び込んだ!!!


「そこニャ!!そこにロックのボタンがあるから押してくれぇ!!」


『これかっっ!!!』


壁にあるスイッチを押すと、透明な二枚扉は黒く変色しカチッと音が鳴った!



『はぁ!はぁ!はぁ!!』


『つ、ついたぞ・・・・!!』


『ここは照明がついてるな・・・!!』


ニャンぷくは、床にへたり込んでいた



直ぐ様おれはヘリコに通信を入れた。


『ヘリコ待たせたな、今辿り着いた!』


―(ボス、丁度こちらでも準備が完了したわ。)―


『指示は出せるか?』


―(ええ、ここの端末から施設の情報を探りだしたわ。)―

―(私が指示する様に設備の操作をお願い。)―


ヘリコの言う通りに近くの端末を開き、キーの入力を始め、画面を操作した。

端末や部屋の設備を幾つか弄り、エネルギー供給先を切り替える。


扉の外では被検体がドアをドンドンと攻撃しているが、非常事態への備えか

ロックが掛かって黒く変色した扉は頑丈で、まだ持ち堪えていた。


―(・・・ボス。作業をしながら聞いて頂戴。)―


『あ、あぁ。』


―(・・・“ロムザ”という存在についてよ。)―


『何者なんだあれは・・・・・』



―(彼女は非公認の兵器研究所から世界政府が保護・・・いえ、その手の言い方を

  すればした存在。)―


―(KINGSが誕生するよりも前の事よ。その研究所は秘密裏に資金を集めて

  有能な科学者を抱き込み、独自の人身売買ルートや戦災孤児の誘拐などを

  主な手段として兵器開発を行っていた。業績は極めて高く、各国団体への

  兵器提供の繋がりから世界政府も半ば黙認状態だったわ。)―


―(研究所から生み出される兵器は次第に強力になっていった。

  その技術はアニマを食い止める一つの大きな戦力として機能しつつあったわ。

  けれど当然、それは同時に武器商人の売るに過ぎない。兵器の戦闘能力の

  急速な進歩と、それを獲得する各国の間で均衡が保てなくなる事を世界政府の

  各理事国や競争力の弱い国々は強く懸念した。)―


―(研究所は新世代型のアニマ殲滅用兵器として、《神の息吹》の開発を始めた。

  この兵器は、当時人類が持てる対アニマ用兵器の中でも極めて悪魔的な兵器

  だったわ・・・・それは空間兵器の物理変換技術を使って、主に“酸素”を

  変質させて武器に使う事が出来る。)―


―(被検者に選ばれたのは子供達だった。肉体的な発達途上の体を兵器化すると

  その成長過程の中で兵器の性質と肉体がよく馴染むの。)―


―(そして、《神の息吹》の対の存在としてもう一つの兵器も造られていた。)―


―(アニマ殲滅用兵器《ゴッドハンド》・・・)―


―(それは空間兵器を破壊する事に突出した神の手と称される力だった。)―


―(2つの強力な兵器は、人類の最終兵器とすら言われたわ。)―



―(そして、それぞれの被験者の中にロムザとウェルシュはいた。)―



『・・・!!!』


―(その2つの兵器の存在を察知した世界政府は兼ねてより画策していた

  研究所の解体計画を実行した・・・・・・

  それほど《神の息吹》と《ゴッドハンド》は強力だったし、そこまで技術を

  極めながら独立の立場を断固変えず、あらゆる勢力の思惑の中で自由に

  活動するその存在に危機を感じたのね。)―


―(研究所は世界政府の警告を聞かず、兵器供給のパイプカットと

  所有する戦力を使い、あろう事か世界政府に脅しまでかけた。)―


―(馬鹿な話ね。作る組織はで作る集団でしかない。

  闘う集団ではないわ。おごりから争いの口火を切った研究所は当然

  世界政府の武力で鎮圧されてしまった。そしてロムザとウェルシュは研究所内

  で世界政府の軍に回収され、その管理を移された。)―


『・・・・・・・』


―(・・・・ロムザは完成された兵器として、研究所の中ではある程度自由な

  行動を許されていたみたい。研究所に潜入していた世界政府の諜報員と自ら

  繋がりを持ち、情報を流して研究所を潰させた・・・研究所内の他の被験者も

  彼女の力で全員殺されていたわ。)―



『ウェルシュは・・・?』



―(・・・・・彼女は心身共に極限状態の中、自らを回収しに来た世界政府の部隊

  を目の前に《ゴッドハンド》を開化させ、隊員を多数殺傷し、力尽きた所で

  回収されたわ。)―


―(ウェルシュとロムザは別々の研究施設に移された。)―


―(私がウェルシュに初めて会ったのは、その時ウェルシュが搬送された研究施設

  の特殊治療室だった。)―



『酷い怪我をしていたのか!?』


―(酷いなんて物じゃない。彼女は栄養不足と心神耗弱こうじゃくで弱っている上に

  ゴッドハンド発動の負荷で体を酷使し、更に銃で全身を撃たれて失血死

  寸前だった。)―


―(空間兵器を用いた治療技術がどれだけ便利でも、ウェルシュが助かったのは

  奇跡だったわ・・・・・ゴッドハンドの成功例として唯一無二の存在である

  ウェルシュを欲しがった世界政府の意向で、ウェルシュは命を繋いだ。)―



ウェルシュ・・・・!



―(ロムザは直ぐに戦場へ駆り出された。)―


―(彼女は一度戦場に出れば極めて大きな戦果を上げ、たった一人で戦況を

  大きく変えていった・・・・・でもある日、ロムザは人類を裏切って

  アニマの元へ下った。)―


『な、なんで・・・・・?』


―(理由は解らない。人類最強兵器の一つであった筈の彼女は、もはや

  人類を脅かす悪魔的な存在へと変わった。)―


―(どの様にアニマと接触したのか、アニマは何故彼女を受け入れたのか)―


―(その全てが不明のまま・・・)―


『・・・そのロムザとウェルシュの関係は・・・』


―(ウェルシュは研究所で起こった事を、誰にも語らなかった。)―

―(当時から担当医であった私にもね。)―


『・・・・・』



―(ボス、ロムザはただの兵器と呼ばれる存在ではないわ。)―

―(極めて残忍で、思考が読めない厄介な相手よ。)―


―(今の作業が終わったら、二人の交戦地点は避けてこちらへ向かって。)―

―(私達は治療が終わり次第ウェルシュの援護に向かうわ。)―

―(途中で合流できる様にしましょう。)―


『・・・あ、あぁ』


おれはヘリコの指示通り、最後の工程である近くの小さなレバーを下に下げた。


―(きた・・・!)―

―(供給が成功したみたいね!)―


―(ボス、これより治療に入るわ。)―

―(極力時間を掛けずに終わらせるから、猫ちゃんの案内でこちらへ

  向かって頂戴・・・・気を付けてね。)―



『・・・・・・・・・・』


『・・・・ヘリコ、相談があるんだが』



―(・・・?)―


―(何かしら?)―










―――「はぁ・・・はぁ・・・はぁ」



「・・ッ・・・フッ!!!」




ドチャッッ!!!!


「ぅふふ、ハズレよ。」

「・・・・もう限界かしら?」



「・・・はぁっ・・・はぁっ」



「他のモルモットはもう居ないのね」

「・・・・これだけ足場が歪めば来ても落っこちちゃうかもだけど」

「あなたも落ちない様に気を付けなきゃね」



「・・・はぁ・・はぁ・・・っ!」



ドドッッ!!!


「・・・・くっ!!」


「ほぉら、また足場がせばまってきたぁ・・・」

「たぶん、あと爆発が三回程度続けば足場が崩落するわ」


「・・・・ピンチよ?ウェルシュ」




「・・・・・はぁ・・・はぁ」


「なんとかする・・・・でなきゃ、あなたに届かないでしょ・・・」



「ぅふふ・・・・・あれ?」



「!」

「はぁ、はぁ・・・これ・・は・・!」



ヒュオォォォ・・・・



「・・・・プロペラが回りはじめた・・・」

「・・・ぅふふ。森川まさゆきね?」


「ここは被検体の処理室だものね。毒ガスを発生させて処分する場所。」

「ガスは発生させずに気流だけ発生させるなんて・・・・わたしの能力を

 把握しているという事ね?」


「ぅふふふっ、ウェルシュ?」


「あなたに対する援護みたい。確かにちょっと意表を突かれたけど、わたしの

 能力は空気自体があればさして問題ないわ」


「ピンチは変わらない・・・」

「どうするの?」




「・・・・・こぅするっっ!!!」



ガシャアァァッッッ!!



「・・・・あら」



「はぁっ!・・・はぁっ!・・・・はぁっ!」



「・・・・惜しかったわね。」


「金網をひしゃげてわたしを落とそうとするなんて・・・・」

「でも、あなたより身軽なのよ?わたし」


「それにあなたも落ちそうじゃない」


「・・・・・あなたはわたしに答えを届けてくれないの?」



ドォォッッッ!!!


「・・・・ぁっ!!!」



「・・・・・ウェルシュ」

「その手を離したら、あなたが落ちてプロペラの餌食になるわ」



「はぁ・・・はぁ・・・はぁ・・・」







(・・・・だめか)



(・・・・・ごめんね、ロムザ。)



(・・・・あなたの言う通り。あなたの望みが何なのか)

(本当は私も解っているつもり。)


(あなたがアニマに行ってしまった理由だって・・・・)



(・・・でももう無理みたい)



(私は、私を生きるという事が上手く出来ないみたいなんだ)


(・・・・どんなに任務に忠実に役割をこなしても、強い人間をこなしても)


(自分の生がいまいちよく解らない。)


(・・・・そしたらさ、“奴”に言われたよ。)



(『お前の立っている場所には誰も居ないじゃないか』)



(・・・・だってさ)



(そう)


(・・・・ここに居るのは私じゃないのかもしれない)


(自分を隠して生きていたら、何処かで失くしてしまったんだ。)


(・・・・じゃあ“奴”はあの時誰と話してたんだろう)


(兵器と呼ばれた存在を人として扱って、名前までつけて)

(“奴”はその兵器に、まるで本当の人の子供にそうする様に話かけるんだ。)


(あの目に、私はどう映っていたのかな)



(そう思った時・・・ほんの少しだけ)


(・・・胸の中がざわついた気がした。)



(ロムザ。あなたに見つめられた時みたいに・・・)

(・・・あなたに触れられた時みたいに・・・)


(・・・・もし、これが私の影なら、私は小さくて弱すぎるね)



(そう・・・・私は、私を生きる事が怖かったんだ)



(本当の私が世界に許されない事も、小さい私が何かを失うのも・・・怖いんだ)


(だから結局、奴の目を見る事はできない・・・)

(あなたの手をとる事もできない・・・・)



「・・・・・ウェルシュ」




(・・・あぁ・・・あなたの顔も霞んでよく見えない・・・)


(・・・手の力ももう・・・)


(・・・ロムザ・・・)




(・・・・私に希望をくれてありがとう)


(私の・・・友達になってくれてありがとう・・・・・)




(・・・・・ごめんね)















―――『ふっっぐっっっ!!!!』


『ウェルシュッ!!!』


ウェルシュの手を掴んだ!!



離すもんか!!!


「・・・・!!」


「ぁ・・・・あん・・・た」



『はぁっ!はぁっ!遅くなったな、ウェルシュ・・・!!』


『絶対離さないぞ!!お前も掴んで離すな!!!』



「ば・・・馬鹿・・・!!!」

「何で・・・こっちへ来たの・・・!!」


『何で?血まみれで何言ってんだバカっ!!』


『来て良かったろうが!!』



部屋は惨憺さんたんたる状態だ・・・!

足場の金網は殆んど足場としての原型を残してはおらず、

所々に被検体の死体が引っ掛かっている。


ウェルシュが千切れた金網に片手だけでぶら下がっていたものだから

おれは血の気が引いて、とにかく立っているのもやっとという足場に

頭からスライディングをかけたが、ウェルシュが手を離したその

瞬間にギリギリ間に合った・・・・!!!




「あなたね?」

「ここのプロペラを稼働させたのは・・・・」



『・・・・くっ、やっぱり気休めにしかならなかったか・・・!』


ヘリコにやり方を聞いて、敵の武器が空気ならと食い下がってみたつもりだったが

そう簡単にはいかないな・・・・!!



「どうして戻って来たの?」



『・・・質問が馬鹿らしすぎて答える気にもならん・・・!!』



「・・・・あなた、死んじゃうわよ?」



『だーーー!うるせーーーっっ!!』


『お前らは口をいてそれだな!!!』


『一体何の話なんだ!!命をかける妥当性なんぞおれは知らん!!』

『命の天秤なんて糞くらえだ!!ウェルシュが死ぬかもしれんから

 全力で来たんだよ文句あんのか!!!』




「・・・・ぅふふ、面白い人」




「あ・・・んた・・・・」


「もう、いい・・・離して・・・私はもう戦えない」

「・・・ほんの少しの可能性にでも・・・すがって生きて・・・」



『悪いな、ウェルシュ・・・!』


『・・・・それは聞けないよ。』



「・・・・もういい・・・もういいの・・・わたしは」



『・・・・・・っ!!』

『いいもんか!そんなに簡単に死のうとするなよ・・・!』



「私の事なんて・・・あんたが気にする必要はない・・・」


「・・・いいのよ・・それがの運命なんだから」



『・・・・!』


おれは目を疑った・・・・

ウェルシュの顔が微笑んでいたからだ・・・・


微笑みながら、手を離せと要求していやがるんだコイツは・・・・!




『・・・・か・・・や・・ろう・・!!』



『・・・やっぱりおれは・・・お前達のその考え方が大っ嫌いだ・・・・!』



「・・・な・・・にを・・・」



『・・・何が兵器だ!何が取り替え可能の消耗品だ・・・・!』



『ふざけるな!!人の生きる選択肢に口出しして、もういい・・・だって!?』

『自分を大事に出来ない奴が人に生きろなんて言うなっ!!』


『ハッキリ言わせてもらうぞ!お前達が未来の世界で負けたのは当然だ・・・!!』


『希望を捨ててる奴等が希望なんて掴めるものかよっ!!

 人間を捨てて、人間の生きる世界なんて作れるもんか!!!』



『お前は、人間だろうが!!!』


『お前を生きたらいいじゃねーか!そんな苦しいだけの生き方辞めちまったら

 いいじゃねーか!それを否定する奴がいるのか!?いるならその馬鹿をここへ

 連れてこい!ただじゃ置かん!!』



「・・・・・!!!」



『ウェルシュ!お前の事、おれはずっと見ててやる!」

「お前以外のお前なんていらん!!』


『だからもういいなんて言うな・・・・・!』

『・・・そんな言葉はお前だけのお前を生きて、生きて生きて生きまくって、

 満足して笑ってから最後の最後に言えってんだっっ!!!』



『っっこのバカヤローーーーーッッッ!!!』





「・・・あ・・・・なた・・・」


『・・・はぁっ・・はあっ・・・はあっ!』




くそっ、だが・・・・まずい!!


叫んだところで火事場の馬鹿力が延長されるわけじゃない!

おれの握力が持たない!それにこの体勢はあのロムザって奴に攻撃してくれって

言ってる様なものだ!!


『・・・・ニャンぷく!!おれの足を咥えて後ろへ引っ張れ!!』


「ニャ!?こんな小さい足場で!?」


『それがダメならお前の必殺技か何かを使って応戦してくれ!!』



「ニャ!!・・・イビル・アイ!!」


ぴゅんっ!


『ばかーーっ!!そんな貧弱な光がなんだって言うんだよっ!』


「う、うるせーーー!!モールス信号に使えんだろ!!」


『誰に使うんだ誰に!』


何だかんだ言って、猫らしい微妙な力で後ろに引っ張ってくれるニャンぷくだったが

やはりどうにもならない・・・・!!


そしてなんと、絶対絶命のこの状況でさらに状況は悪化してしまった!

・・・・・被検体がまた出入り口から現れ始めたのだ!!



『・・・・ヤバい!』

『おい猫!!早く逃げろ!!!』


その時!


光の柱が部屋の中央を突き抜けた!


ドォッッ!!

っと、被検体達は爆発してふっ飛んだ!!

これは・・・・・・・Y子だ!!!



「お待たせしました。ボス!無事ですか?」



しかし、今の衝撃でふちに辛うじて繋がっていた網がちぎれ、おれと

ウェルシュとニャンぷくは奈落の方向に傾いてしまった!


『ヤバイ!!Y子!!』


「少しだけ持ち堪えていて下さい。この空間から敵性を排除します。」


『・・・・気を付けろY子!!そいつはかなりヤバイ相手だ!!』




「ぅふふ・・・・別に気を付けなくってもいいわよ?」


「わたし、今日はもう帰るわ」



『・・・・へ!?』



かなり頼りなく、辛うじて繋がっている金網に器用に立っているロムザが

左手を横にふわっと上げると、そこに突然黒い空間の歪みが現れた・・・・!


「今日はウェルシュに会えてよかった・・・」


「ぅふふ、それに、森川まさゆき」


『!!』



「・・・・簡単に死んじゃダメよ?」


「・・・あ、それと。」


『!?』


「ぅふふ・・・・αアルファには気を付けなさい」



『なっ!?・・・・・ど、どういう事だ!!』



「くすくす。」

「さよならウェルシュ。」


「また会いましょう?」



「・・・・ロム・・ザ」



すると奴は、その不適な赤い笑みを浮かべながら黒い歪みに消えていった。

黒の歪みは水に溶けていく墨汁の様に淡く消え去り、残された敵は対岸の入り口で

こちらに渡れずに凝視する被検体達のみであった。


助かった・・・・のか?



「ニャーー!!!怖かったニャーーー!!!」


た、助かったんだ・・・・!!

何がなんだか解らないが、助かったんだ!!



『・・・わ、Y子っ!早くっ!早く引き上げてくれっ!!』

『もう限界だ!落ちたら死ぬっ!!』


おれはもはや上半身が落ちかかっており、足元の歪んだ金網に足を引っかけて

なんとか踏ん張っている体たらくだ・・・・!!

ウェルシュの遥か下では巨大なプロペラがミキサーの様に高速回転している。

絶命のカウントダウンはとっくに始まっているのだ!!



「ふふふ。はい。わたしが居ないと何も出来ないんですね??」

「待っていて下さい、あなたのY子がお助けします。」

「・・・だってわたしは貴方の相棒であり、右腕であり、守護神であり、

 ・・・そして奥さんごにょごにょ・・・うえっへっへっ」


『いいからさっさとしてくれぇーーーーっっ!!!』


Y子はおれの両足をそれぞれ両手で掴んで、とぉっ!!と一気に引き上げた!

おれは上半身を金網の縁に擦って非常に痛い思いをしながら軽く浮き上がり、

Y子が来た入り口前に着地した・・・・・・


・・・・尻から。


『・・・っっっ~~~!!!』


ウェルシュは流石で、上手く受け身を取って着地した様だった。


「おや、皆さん無事のようですねぇ!何よりです!」


扉からパーマが現れて言った。

その後ろからヘリコとアルも手を繋いで入ってきた。

よかった。治療は終わったんだよな。


『・・・・パーマ、こういうのを無事とは言わないんだよ・・・』


「・・・・まさ、ゆき!」


アルはパッとヘリコの手を離れてこちらへ駆け寄り、へたり込むおれの腕にひしっと

しがみついた。


「アル・・・!!治療終わったんだな!よく頑張ったなー!!」



「アルはじっとしていたわ。あなたの言葉通りにね。」


『ヘリコ!助かった。ありがとう・・・!!』



「・・・はぁ・・・突然ウェルシュの元へ戻るだなんて言うから流石に

 焦ったわ・・・・・まったく」


『す、すまん。結果オーライって事にしておいてくれ。』


実は、戻る事はヘリコに反対されていたのだが、時間が無いと思ったからな。

無理にゴリ押しを重ねてウェルシュの所へ向かったのだ。



「・・・・・」


ウェルシュは俯いていた。

体力を使い果たしたんだ・・・・立ち上がる事すら出来ないんじゃないか。


『ウェルシュ、ちょっとカオ上げてくれ』


ウェルシュはゆっくり反応してこちらを見た。

おれはハンカチを取り出して、その顔についている血を拭き取った。


「・・・・!!・・・や、やめて」


『血が出てるだろ、顔・・・』


『・・・本当に悪かったな。お前が不調だって事、解ってたのにな。』


『貰った銃、ありがとう。お陰で通路を突破できたんだ。』


「・・・・も・・・もういい・・・!」



「つっ!ボ、ボス!!」

「わたしの目にゴミが入りました!と、とってください!!」


『パーマ、なんか解らんがとってやれ。』


「お取りしましょうか?」


「・・・・治りました。触れないで下さい。」



「ニャーー!!お前らこのオレ様に言う事あるんじゃねぇーーかぁ!?」

「オメーらの願いは叶ったんだよなぁ!?」


全員でこの口だけ達者な黒猫を見下ろした。


『アル、ほら。ニャンぷくが撫でて欲しいんだってよ。』

『撫でてやりな?ほら。』


「テメーなぁ!いつこのオレ様が撫でて欲しいなんて言ったよ!?」

「オレ様は・・・・・にゃあぁ~~~~~」


と言いながらもアルに撫でられて嬉しそうな猫なのであった。




「ボス、報告があります。」


『ん、何だ?Y子。』



「・・・まぁ、何と言いますか。」

「緊急事態なんですが・・・・・増え続ける被検体達が、遂にこの異空間に穴を

 開け始めました。」



『・・・え?』

『なんだって・・・・・?』



「・・・・風船に針で穴を開ける事を想像して下さい。」

「あと20分程でこの研究所が存在する異空間は弾けて消滅し、ここにいる全ての

 存在も消えて無くなります。」



『な』


『なな、な』



『なななななななな』



『何だってぇぇーーーーーっっ!!!!』



「言い忘れていました!てへペロッ!」


『あほーーーーーーっ!!』



「まずいわね、ここから走ってギリギリ間に合うって所かしら・・・」


『とにかくここを脱出するぞ!』


ウェルシュを見ると、なんとか立とうとしているが相当キツそうだ。


『ウェルシュ、大丈夫か!』



「・・・・・・・立てない」



『・・・・よし』


「・・・・・んな!?・・・ちょ、ちょっと・・・!!」


おれはウェルシュを無理やりおんぶし、立ち上がった。


「や・・・・やめっ・・!」


『文句なら後で一晩中聞いてやる!!』

『今はとにかく走るぞ!!捕まってろウェルシュ!!』



「・・・・・・・」



なんと、ウェルシュは本当におれの首に手を回してしがみついてくれた!

揉めてる時間は無いから助かった・・・!


『パーマ!アルを頼む!!』


「了解しました。」


リンゴ一個分です、などと言いながらパーマはアルをひょいと持ち上げて

抱っこした。



「ボス、後でわたしも・・・」


『よし行くぞ!!』


「なんで無視するんですか!わたしなんて苺一個分です!!」


『・・・・じゃあ転がってついてこい。』



「・・・・ニャ・・・」


ニャンぷくは移動を始めようとするこちらを見ながらもじもじしていた。


「お・・・オレ様は・・・べ、別に・・・」


「よ、よかったじゃねえか・・・望みが叶って・・・行くんだろ・・・?」

「・・・・お、オレ様は何とか・・・逃げて・・・」



『何言ってんだ?』

『一緒に行かないのか?ここに居たら死ぬぞ。』


「・・・・へ?・・・・いいのニャ?」


『来ないなら置いてくぞ。じゃあな。』


「・・・・!」

「・・・い・・・いっ・・・・いっ・・・」


「行ぐにゃああぁぁ~~~~~!!!!」


ニャンぷくは涙と鼻水をたらしながら付いてきた。

素直に最初から一緒に行くと言えばいいのに・・・・


猫とはいえきっとなにかの縁だ。随分世話になったし拾ってやろう。


―――さて、脱出だ!

後ろにウェルシュを背負っているが重さなど考えている暇はない。


おれ達はアホのY子を先頭にここまで来た行程を遡り、出入り口の空間の

歪みに急いだ。途中に遭遇する被検体達をY子が光線で蹴散らし、止まらずに

進み続ける!


空間が崩壊する前兆だろうか、

ゴゴゴゴゴ・・・と地響きが鳴った!



『はぁっ!はぁっ!はぁっ!!』


『も、もうそろそろか・・・・?!!』


「お、オレ様疲れたニャぁ・・・・!!」


『あーーーっ!!おまえ、頭に乗るなよ!!』


「ふぅ~~!インターバルだぜぇ」


『置いてくぞクソネコ!!』


パーマは思い付いた様に「でも・・・」と口を開いた。

「そうすると、動物愛護団体から殺人者扱いされるかもしれませんねぇ」


『ならパーマ!お前が持ってやれよ!!』


「なにぶん繊細なんです、私。」


胡散臭い笑みを見せやがって!


「ボスボス!チャンスです!SNSで承認欲求を満たしますか!?」


『お前が一番力があるんだから持ってくれよ!!』


「わたしが猫なんて持ったら可愛すぎてモデルか何かの仕事に引き抜かれます!」


『その引き抜いた会社から翌日速達で返却されるから心配するな!』


「・・・郵便届いたけど箱開けたら美少女アンドロイドが入ってて強制同棲生活が

 始まったんだが・・・・」


ノベルフィクションを書くんじゃねーよ!!』



馬鹿なやり取りで1.5倍の疲労を蓄積しながらようやく前方に空間の

歪みが見えた!!


『・・・・あれだ!!!』


『みんな走りきれぇーーーーー!!!!』


地響きと共に床や壁がねじれ始めた・・・・・!!


もはや脇目も降らずに走り続け、ついに、


ついにおれ達は歪みを潜り抜け、外の空間に脱出したのだった!!!




『つ、着いたぞーーーー!!!!』



しかしそこは亜熱帯林ではなく、最初に訪れた美しい砂浜だった。


『はぁ!はぁ!はぁ!!はぁ!はぁ!はぁ!!』


もはやおれは立っている事すら出来ずに前屈まえかがみにへたり込んだ・・・!!


「う、うわっ、外っ外ニャー!!ま、眩しいニャ・・・!!」


ニャンぷくは目を輝かせながら鼻水と涙を大量に垂れ流していた。

・・・・干からびるぞ?


周囲を見ると無事、全員揃って脱出する事が出来た様だな。


「・・・・はぁ、はぁ・・あなた達と違って、私はそれなりに歳なんだから・・・」


「っ・・・異空間・・・消滅したみたいね・・・はぁ、はぁ・・・」


ヘリコもさすがに砂浜に座り込んでいた。

お疲れ様だ、ヘリコ・・・・!



と、このタイミングでPちゃんさんから通信が入った!



―(皆さんお疲れ様でした!)―


―(全員無事ですか?)―


『は、はい・・・・!』

『ぶ、無事かと言われれば実際は満身創痍ですが・・・・!』


―(お疲れ様です!)―

―(シアンが脱出口をハッキングし、浜辺に設定してくれたんです!

  今から直ぐに空間接続を開始します!お疲れでしょうから皆で少し休憩して

  待っていて下さいね!)―


『は・・・はい!』


Pちゃんさんの声を聞いたら不思議と緊張が解けた・・・・!

これは彼女の癒しの効果か・・・・!?



「・・・・・・ちょと・・・お、おろして」


『え?・・・あ、ああ!悪いな』


ウェルシュを横に下ろして座らせるが、やはり立ち上がれない様子だ。

限界なんてとっくに越えているんだ・・・当然だよな。



「・・・・・・・・・がと。」


『え?・・・何か言ったか?』


「・・・・べつに」



アルがパーマの腕から下りてこちらに駆け寄ってきた。


『アルも今日は頑張ったな。暗くて嫌な場所だっただろう?』

『ほら、みてみ?』


『海・・・・・きれいだぞ』


空はすっかり夕陽に染まっていて、美しい茜色が水面に反射してキラキラと

揺らめいている。


「・・・・・!」


とても綺麗な夕陽だな・・・

アルはその地平線を見つめていた。




「・・・・・夕焼け。」



『え?』


「・・・・・?」



ウェルシュはアルに向けてそう言った。


「・・・・夕焼けって言うの・・・こういうの」


「ゅ・・・う、や・・・け」


「・・・・うん、もういちど言ってごらん」


「ゆ、う、やけ」



「ゆう、やけ・・・!」



「くす、そう。夕焼け。」



ウェルシュ・・・・・


気のせいだろうか。夕陽に照らされたウェルシュの表情は、どこか穏やかに見えた。


・・・・ウェルシュは今何を考えているだろう。


おれなんかには想像できやしないが・・・・

今も破滅への欲求から抜け出す事は難しいのだろうか・・・・・


自己を見失うからこそ破棄できる自己・・・・か。



・・・けどそれはアルと同じで、どんなに小さくても心で感じた事を大切にして

一つ一つ積み重ねていけば、その内大きくなって、見失わなくても済む自分に

出会えるんじゃないだろうか・・・・・おれはそう思うのだ。



「・・・・・あなたの事、少し認めてあげる。」



『え?』


『おれを・・・えぇ!?』



「勘違いしないで。少し・・・・だから。」


『そ、そうか・・・・ありがとう。』



『まあ、その・・・なんだ、何か困ったりしんどかったら・・・』

『・・・言ってくれよ・・・・?無理にとは言わないが・・・・・』


『い、いや、やっぱり時には無理にでも言ってくれ・・・!』



「・・・・・なにそれ」


「・・・・・・・考えとく」



な、なんてこった・・・・


ウェルシュが・・・・素直だ・・・・!

もしかして頭に衝撃でも受けたんじゃ・・・・・


『あー・・・・ウェルシュ?』

『・・・頭とか痛くないか?・・・ボーッとするとか・・・・』



「・・・・頭痛が欲しいわけ?」



『あ、いえ・・・スミマセン。』


やっぱりウェルシュだ。





「・・・昔・・・・友達と約束したの。」


『・・・ん?』



「・・・・たった一人の友達」


「・・・彼女はあるものを欲しがっていた。」


「私は彼女にそれをプレゼントしなきゃいけない。」


「・・・・・その為に生きてきた。」




『・・・・そうか』




「・・・・人類の救済なんて、そのついでだった。」


「そんな私でも・・・私のボス面できるわけ・・・?」



『・・・・お前が何の為に生きるのかはお前の勝手だろ?』


『もう他人じゃないんだ、お前がそうしたいんならおれが味方してやる』


『KINGSの事なんて気にするな。ボス権限ってのがあるしな、おれには。』

『・・・ただし、頼りなくてもクレームは受け付けん。』




「・・・・・へんなやつ」




ウェルシュは優しい夕陽の赤に照らされてはにかんだ。



その赤は太陽の光の色。


そう、生命の色。





その笑顔にはとても似合っていた。








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