第17話 《ビバ・南の島》


青い空!


白い雲!!


そしてついにやって来た南国の海!!



『うみだぁーーーーーっっっ!!!!』


「やっ、ほぉーーーーっ!!」


『あははっ!シアンっ、海ではやっほーは返ってこないんだぞ?』


「ぅぇええ~~!?そうなんですか!?」


「ボス!ボス!屋台はどこですか??焼きそばは!?」


『お前な、こんな無人島に有るわけないだろ?無人島の意味わかるか?』


「そんな!・・・今年一番のショックです!!」




まったく、何言ってんだかこいつらは。



ヘリコとシアンを迎えてここ三日間ほど、おれ達はアニマの反応を関知しては

その異空間から現れるヤツ等を排除し、今度は奴等アニマの空間兵器に包囲されては

その包囲網を越えて、ようやく次なる目的地へと進む事が出来たのである。



俺たちは大平洋マリアナ諸島周辺の無人島に来ていた。

もちろん目的はバカンスではない。この小さく隠れた南のパラダイスに

破棄されたKINGSキングスの研究施設があるというのだ。


おれ達は、アルの体の中に仕込まれてある“パペッターボックス”という極悪な

拷問装置を無力化するためにここへ訪れた。



目を横に移せば、美しい白い砂浜の上に裸足のアルが立っている。

その小さい足に透明な海水が貝殻や砂粒のキラキラを連れてサアッと

広がっていった。


「・・・まさ・・ゆき・・・!」

アルは驚いた様な、嬉しい様な、何かを伝えたい様な、そんな内に含んだ含んだ

顔で隣に立っているおれのズボンをクイッと引っ張って、こちらを見上げた。


『どうだ、すごいだろ?アル!』


「・・・・・!」


波に撫でられて、足が砂に沈む感覚。

熱い砂浜が色を変えて、冷たい水が足を濡らすひやっとした感覚。


どこまでも続く美しい青の海が、澄み渡った大空と地平線でくっついている。


アルは小さくうつむいて、打ち寄せる波にぱちゃっ、ぱちゃっ、

と足首を使って小さく触れていた。

こんなの初めてなんだろう、何となく楽しげに見えた。



「・・・さらにここがバカンス中のレディ達で賑わっていたら最高でしたねぇ~」


『ははっ、まぁイイじゃないか。普段から社会の人間臭い喧騒の中で管を巻いて

 生きてるんだ。こんな最高の景色、そう見れるもんじゃないぞ。』


パーマは女の子がいればどこでもユートピアなんじゃなかろうか。

あ、しかし考えてみればこいつらは異空間を使って、いつでもドコにでも

行けてしまうのか・・・くぅ~~~~っ!うらやましいっ!


・・・しかし、んー・・・まあ、移動するという旅の醍醐味は味わえないんだよな。

これはこれで味気がないよな。うん、やっぱり絶景も苦労してナンボかもしれない。


Y子とシアンも裸足になって楽しそうだ。


シアンなんて貝殻を拾い上げてわぁっ、なんて喜んでいる。可愛いもんだなぁ。

しかしY子はたまたま流れ着いた小さな海藻を拾ってそれをじっと見つめていた。

「おいしそうだなぁ」とか、「お弁当にしようかなぁ」とか、どうせそんな事を

考えているのではないだろうか・・・・塩分に気を付けろよっY子っ!



「ボス、今回の任務には私も同行するわ。」

この炎天下など意に介さず、白衣で涼しげな表情のヘリコだった。


今回は施設内の専門的な機械を操作する必要があるので、現地までヘリコに

同行してもらう事になった。ヘリコは医者であって戦闘員ではない。

元KINGSの研究施設とはいえ、万が一アニマが現れたとしたら当然ヘリコを

守る事が先決だ。


なんたって奴等は何処にでも現れるからな。


念には念を重ねて、メンバーはおれとY子、パーマにウェルシュ、とまあ要は

全員で向かう事になった訳だ・・・まぁおれは相変わらず戦えないのだが。


おれがKINGSの“森川まさゆき”として始めて指揮するこの任務の主役はもちろん

アルとヘリコである。


『あぁ、宜しく頼むよ。』

『そのパペッターボックスってのは、設備が生きていればすぐに無力化

 できるのか?』


「そうね。それほど時間は掛からないと思うわ。」


『無人の廃墟か・・・エネルギー供給は自家発電でまかなってるんだっけ?』


「そう、ここへ来る前にブリーフィングしたでしょう?

 アニマとの戦闘は一ヶ所に拠点を構えるよりも、異空間に包み込んで絶えず

 流動的に位相を変え、その位置を敵に掴まれない様にしなければ物量で簡単に

 押し潰されるリスクが高い、」


「だから異空間内で一緒にエネルギーを作り出す必要があるわ。

 その点は重要度の高い構造物ほど優先してその様に作られてある。

 バルバトスはそのいい例ね。」


『ならやっぱり敵の襲撃が一番の懸念だな。』


パーマはしゃがんで綺麗な貝殻を拾い上げ、アルにニコッと手渡して言った。


「そうですねぇ、しかしご存知の通り、此処を中心としたマリアナ海域一帯に

 アニマの空間圧力は存在していません。むしろ懸念される敵はまた別の場所に

 存在する、と言ってもいいでしょう。」


『・・・・別の場所に?』


「今から向かう廃研究所は、生物を使った・・・主にバイオ兵器の研究開発が

 主体でした。生命力の強いあらゆる生物がまだ生きていて、それらが襲い

 掛かってくる可能性がありますよ。」



『ンなっ!!』

『そんなもん放置してんのか!?』


「なんせ場所は異空間ですから。中のキケンな達は研究所から

 出てくる事はありません。」


「・・・・これは一種の肝試しと言えるでしょう。」


『・・・・・よせよ。』


爽やかなカオをしてロクな事を言わんヤツだな。

お前は幽霊でもクリーチャーでも、出てきた所で見つかる事無く素通りできるん

だろうが、こっちは完全にアウェーのバイオ地獄で物理的に取りつかれるかも

しれないんだぞ・・・・?


今からそんなダンジョンに行くのだ・・・・・

留守番のPちゃんさんとシアンが急に羨ましくなってきたな。

さっさと目的を終えて、そんな場所とはおさらばせにゃあアルが可愛そうだ。

・・・・決しておれが怖い訳ではない。断じてだ。うん。



『よし、じゃあアル。行こうか』


「・・・・・・」


アルはこちらを見上げてコクンと小さく頷いた。

濡れた足をハンカチで拭いてやり、Pちゃんさんが用意してくれたキッズ用の

アンクルストラップのサンダルを履かせて出発することにした。



「皆さん!いっ、いってらっしゃいませっ!!」



『シアンも留守中よろしくたのむよ。』



見送りに来てくれたシアンと浜辺で別れ、島の中央へ向かって繁茂はんもする

亜熱帯林へと向かった。


手付かずの無人島であるから、人が通る道など当然整地されている筈もなく

おれ達は足場の安定しない獣道けものみちをかき分けてゆっくり進んだ。

アルには苛酷すぎる道のりだ。しかし運動神経がだいぶ衰えたおれも足許あしもと

怪しい為、アルの事はパーマに抱っこしてもらう事にした。


「・・・ボス。わたしにも下さい。」


唐突にY子が呟いた。


『何をだ?』


「抱っこです。」


『お前は逆立ちしても進めるだろ。そのままカポエラでも披露して

 そこら辺の草木をどかしてくれんか?』


「貴方はわたしを何だと思っているんですか?

 わたしはか弱い女子ですよ?もっと甘やかしてください!」


『お前がか弱いのなら世間一般の普通の女子は一体どうなる。』

『っていうか、なんでお前だけ水着にTシャツ姿なんだよ!』


そう、こいつだけ何故かビバ・バカンス!状態だ。


「興奮しました?せっかくの海だし・・・えへへ。」


えへへじゃない。

大の大人がサバイバルで3日生き残るのも大変そうなこの南の亜熱帯林で、

そんな布三枚にビーサン履いて、余裕ですいすい歩いてるじゃねーか。

・・・さては、早めに終わったらビーチで遊ぶ気だな。


「私も中に履いてますよ?海パン。」


パーマお前もかよ!一体何なんだ、緊張してるのはおれだけか!?


・・・・しかし、ウェルシュの冷静さは有りがたい。

この遠足気分の二人を引き連れてこれから向かうのは、不気味なバイオ生物が

うごめくホラーな廃研究所なんだからな。


ウェルシュは一番後方で歩いており、体の不調が続いているらしい。


今回はバルバトスで待機するよう提案したんだが、自分の弱っている所を

肯定されたくないのか、ひと睨み入れて「うっさい」だそうだ。

だが当然、途中で倒れられたら大変だ。

Pちゃんさんの話もある。ウェルシュの事はこまめに確認する事にした。


『・・・ウェルシュ、平気か?』


おれは何となく距離を詰めて、話し掛けてみた。


「・・・・なにが?」


「べつにアンタが心配する必要なんてない。

 せいぜい転んでケガでもしないように自分の事心配したら?」


『ま、まあそれはそうするが、辛かったら直ぐに言えよ?』


「言ったらどうなるの」


『おんぶぐらいはするさ。』


「・・・・はぁ・・?・・・馬鹿なの?」


『おれに出来る事なんて限られてるからな。

 お前達に命守られてんのに、ぼーっと突っ立ってるだけじゃあいかんだろ。』


「・・・アンタを守りたいんじゃない。

 “森川まさゆき”の援護が私の役目ってだけよ・・・・」


『その割には、おれを試す様な事をしてくれたじゃないか。』

『おれの事を殺さずにいてくれてるんだろ?』


「・・・・・やっぱ今殺そうか?」


『わ、わ、わかった。ワルかった。』

『お前にはお前のやり方があるんだよな。頼りにしてるよ』


「・・・・・もう黙って」


ウェルシュの神経を逆撫でしてはお互いにしんどいし、ここは彼女から

そっと離れよう・・・・今回は特に敵との戦闘を避けなければな。



森は一層濃くなり、厚い木葉が太陽の光を遮って薄暗くなり始めたが

暑さは大して変わらなかった。この湿度のせいだ。じめじめとして体に

暑さがまとわりつく。



少しすると何処からともなく着信音が聞こえた。

プルルルルッ――プルルルルッ


『・・?おい、誰か鳴ってるぞ?』


「ボス、あなたよ。キングカード持ってるでしょ?」

ヘリコに言われてハッとした。


『あぁ!そういえばそうだったな!』


忘れていた。これ通話機能付きだったんだよな!

おれはシアンに教わった様に手元にカードをイメージし、

カードを具現化してみた。簡単で便利だな・・・紛失の心配もない。


―「――――まさゆきさん、聞こえますか?」―


その得難い天使の声は、紛うことなきおれのヴィーナス・・・

愛と美の女神Pちゃんさんであった・・・!


『はい、今森の中を前進しています』


―「今、まさゆきさんの居るポイントで少しだけ待って下さい。」―

―「丁度そこに、研究所の異空間口が存在しています。」―


『ここに?』


―「はい。今、シアンがバルバトスから研究所内部へ強制的にアクセスして、

  空間を接続します。少しだけ待ってください。」―


『シアンはそんな事まで出来るのか・・・』


―「ふふ、彼女は天才ですから。自己評価が低すぎる事だけが彼女の

  唯一の欠点です」―


確かに、通常の若者なら完全に天狗になって世界の裏のラスボスにでも

なったかの様に偉そうにふんぞり返ってもおかしくはないのにな。


『彼女は真面目なんですね。』


―「はい。真面目でおっちょこちょいな、あなたと私のかわいい部下です!」―


Pちゃんさん・・・・後光がさしてますよ?


「ボス。わたしもですよね?わたしも真面目でおっちょこちょいです。」


今日も迷言にいとまがないY子である。

『Y子、お前はたぶん故障の部類だと思うぞ?おれにはどうにもできん。』


「そう思うんなら優しくして下さいよ!」


『そう思うんなら自分で直せ』


「???・・・卵が先か鶏が先かって話ですか?」


『いや!何の話だよ!』

もう全っ然意味がわからん。



するとヘリコがやれやれと伝えてくれた。


「ボス、繋がったわよ。」




すると、おれ達の前方に楕円状の空間の歪みが現れた。

シアンが研究所へ空間接続してくれたのだ。


『パーマ、アルをこっちへ頼む』


「はい、どうぞ」


中にはバイオ生物が蔓延はびこっている可能性がある。

パーマは戦闘員だからアルを抱えたままでは都合が悪い。


アルはパーマの腕から降りて、ぱっとこちらへ駆け寄りおれの足へしがみついた。

おれはアルと手を繋ぎ、一緒に歩くことにした。



―「まさゆきさん、その先は破棄されてから数ヵ月間手付かずの空間です。」―


―「中が一体どんな状況なのか一切解りませんから、十分気を付けて下さい」―


『はい。そっちもお気を付けて』


Pちゃんさんの爽やかな返事を最後に、おれは通信を切った。

今生の別れにはしたくないもんだ・・・・


『よ、よし行くか。皆準備はいいな?』



「・・・・うっさい、行くならとっととして」


『お、おう・・・・!』



ウェルシュは大分しんどそうに見える。

最悪な事に、この先は不調の時に行く様な場所じゃあ断じてない。

Y子とパーマにウェルシュをサポートするようコッソリお願いしておいたが

ウェルシュ自身が無茶をしたら元も子もない。


しそうなんだよ・・・どことなくウェルシュはな・・・・



何事も無い事を切に願ってはいるが、如何せんこれまで何とも無く無事に

事が済んだためしが無いんだよな・・・・




・・・なんだか、嫌な予感がしていた。


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