第15話 《ヨロシク!シアン!》


「は、は、は・・・・はじめましてっ!!」


「わたくしっ、シアンと申しますっ!!」



星降る夜を越えAM7:30。初めてのバルバトス“食堂”にて。


襟足だけが長い可愛いらしいピンクのベリーショートは毛先を揺らして

背筋をぴんっと張り、肩を出したつなぎはそれでも伸びきらないほどサイズが

ゆったりしていた。作業靴の両かかとをぴちっと付け、両手に着けた手袋で

敬礼をし、緊張混じりの声で発した第一声と共に首に引っかけたゴーグルが震えた。


「しゅ、しゅ、趣味は、てさっ手先を使って、ここ、工作を作ることでっ!!」


「得意なのは・・・!へ、兵器技術のめ、メンテナンスですっ!!」



「シアンちゃんっ・・・!」

「リラッ~クス・・・!」


「・・!!は、はぅ・・!!」

「っ・・・はいっ!!」

「すぅーーーっ、はぁーーーっ・・!」


「以後っ!お見知りおきにょっ・・!!!」


・・・噛んだ。

おれの隣ではPちゃんさんが「わぁ~っ」と小さく拍手していた。


彼女は昨日バルバトスへ合流した技術者“シアン”さんだ。

まだ二十歳前ってカンジの幼さが残る雰囲気で、小柄で緊張しいのようだ。


昨晩このバルバトスへ戻り、顔を合わせる事もなく結局就寝してしまった。

彼女はここへ搬入した空間兵器のセキュリティに関わる機材を調整するのに忙しく、深夜まで作業をしていたそうだ。

ちゃんと眠れたのだろうか。


食堂の椅子に座って、またまた出来合いのサンドイッチを食べ、隣でお粥を

食べ終えた、“アルフィ”こと“アル”とそのまま座って休憩をしていると、

Pちゃんさんがシアンさんを伴って彼女の挨拶に来てくれたのだ。


「まさゆきさん、彼女は空間兵器のプロフェッショナルです。」


敬礼したままで、彼女はずいぶんと緊張感している様に見えた。


「彼女が加入した事でバルバトスの異空間防壁は更に強靭化され、敵の空間圧力を

 かわして空間接続する事が可能となりました!

 彼女がいれば、まさゆきさん達が全員出動してもバルバトスは安全です。」


『とても優秀なんですね。』

『まあ、おれはシアンさんよりもずっと新入りなんで、あんまり

 かしこまらないでください。よろしくお願いします。』


「はっ!はいっ!!こ、こちらこそ全力でっ・・・ぁ、違うか・・!」

「そのっ!精一杯がんばりますのでよよ、よろしくお願いします!!」


まるで薪割りのために振り下ろされた斧の様に、勢いよく頭を振り下ろし

深々とお辞儀をした。

・・・いやそこまで緊張せんでも。


「・・・・あっ!そ、その!ぼ・・・ぼぼボ、ボス・・サン!

 お水をっ!お持ちしますっ!喉に詰まりますよねっ!行ってきます!」


『え?あぁ、ありがとう』

とはいえ、その喉につまる食事はもう食べ終えてるんだが。

彼女は急いでキッチンへ駆け出し、コップに水を汲んで急いで戻ってきたが

こちらへ到着する直前で足をつまずき、派手に転んでしまった!


『あ!お、おい大丈夫か・・・!?』


と、言葉をかけている最中に宙を舞ったコップが回転しながら彼女の

ピンクいクセっ気のある頭に落下し、パリンと割れ、うつ伏せに倒れている

彼女の髪を濡らしてしまった!


「あ、あぁ~・・・!」

「シアンちゃん大丈夫・・・!?今タオル持って来るからね!」

Pちゃんさんは急いでキッチンへ行ってしまった。


おれの隣に座っているアルは、ぽかんと口を開けて

顔面スライディングを決めたその小柄なスラッガーをみつめていた。

おれは割れたガラスを拾い、一ヶ所に集めながら彼女を見た。

『・・・ケガ、ないか?』


「は、はい・・・わ、わたし・・・」

「・・・へ、平気です!!」


「シアンちゃんっケガしてない!?」

Pちゃんさんは、その頭の上にのっかっていたガラスの小さな破片を

つまみ上げながら、キッチンから持ってきたハンドタオルで彼女の濡れた頭や顔を

拭いてあげていた。


「はぃっ!ケガはああ、ありません!!」

「わ、わたし、ば・・挽回ばんかいしますっ!」

「その、ボスさん!!」


ボスさん?おれの事?

「わっわたし、空間兵器の事で力になれる事があれば何でも力になります!

 が、頑張ります!そのっ!何でも申し付けて下さいっ!!」


『あぁ。こちらこそよろしく。まあ、お互いケガしない様に頑張ろう。』


手を差しのべて彼女を立たせると、彼女はぴっと敬礼をしハイッと声を上げた。


「あ!司令官!ごめんなさいですっ!

 ガラスの掃除、わたしがやりますっ!わ、わたしが割っちゃったのにっ!」


そう言って足元に落ちていたガラスをバリッと踏み潰してしまった。

「あっ!」

「・・・・・ば、挽回します!!三分で片付けますっ!」


そう言って慌てて方向を変えようと振り返った時、おれが一ヶ所に集めたガラスを

かかとにぶつけて床に散りばめ、慌てて更に破片を踏み潰してしまった!


「あ、あぁぁ~~!ご、5分下さいっ!!」


そんなカップラーメンじゃないんだから・・・



もしかして、この子は・・・・ドジなのだろうか?



床のガラスを拾いながらPちゃんさんは言った。

「お食事は済みましたか?・・・アルちゃん!美味しかった?」


アルは、小さく可愛らしい器に適量よそわれたお粥を

スプーンで食べ終えて、満腹らしかった。

医者であるヘリコがいてくれるお陰で、食べてもいい物や適量が分かり

安心して食事を取らせる事が出来るようになった。


Pちゃんさんをじーっと見つめるアルに、にこーっと笑顔を向けて

Pちゃんさんはキッチンから一緒に持って来てくれたお手拭きでさっと手をぬぐい、

テーブルに置いておいた紙袋からパックのリンゴジュースを取り出し、アルに

プレゼントしてくれた。


「ぜーんぶ食べられたアルフィちゃんに、ご褒美のりんごちゃんで~す!」

ほとんど全てが初めてのアルにとって、このジュースのパックも不思議な

物体でしかなく、手渡しされたその小さいパックをもみもみと触っていた。


『これはだね、こうやってだな・・・ストローをさして、ここから

 ちゅーって吸うんだよ』


「・・・・・ちゅ~」


するとアルの目は少しだけ見開いて、そのまま一生懸命飲み始めた・・・!

おおぉ・・・!やっぱり甘くて美味しいと、面白いくらい反応するものだ!


「まさゆきさん、お食事は済んだみたいですね。

 この後、医務室へ向かってください。アルちゃんの傷も

 ヘリコが本格的に治療を初めてくれますから。」


『わかりました!』


「シアン、後は私が片付けるから、あなたは二人と一緒に医務室へ向かってね。」


「え?あっ、はいっ!!司令官・・・でもぉ・・・」

シアンの足元には何故か粉々に粉砕された元コップが無惨に広がっていた・・・

どうしてこうなった。


「し、シアンちゃん相変わらず不器用・・・!」


人類を救済する唯一無二の組織KINGSの最高司令官であるPちゃんさんに

信じられない雑事を押し付け、おれ達はエレベーターへ向かった。



エレベーターを待つ間シアンは、おれと抱っこされたアルを数度

ちらちらと見ていたので『どうかした?』と声を掛けるとビクッと背筋を

跳ねらせて「えっあっ!いやぁ~・・・」と申し訳なさそうにうつ向いた。


「ぼ、ボスさんは・・・その・・・KINGSのボスさんなのに・・・

 あんまり怖くないなぁ・・・なんて・・・・・ごっ!ごめんなさいですっ!!」


『あはは。』

『そりゃあそうさ。つい最近KINGSの存在を知ったくらいだし、

 それにおれは元々軍属でもなければ特殊能力も使えないんだ。普通の人さ。』


『だから本当に気を使わなくたっていい。

 おれだってシアンちゃんに気を使わない方がいいだろ?』


「・・・・は、はい!!」


『でも、おれはまだ会ってないな。KINGSの怖い人。』

変な人には、結構会ってるんだが。


「わ、わたし達の世界では、人の死が多過ぎて感覚がマヒしちゃってる

 人が多いので、能力が低い存在はほ、本当に殺されてしまう事があります。

 だ、だからこの最前線であるバルバトスは、一番厳しい場所なんだと

 想像してました・・・」


『・・・・でも、Pちゃんさんは優しいだろ?』


「し、司令官ですか・・・!?」


シアンは辺りをキョロキョロ見回して、ほっと一息つき、ささやくように言った。


「し、司令官は、や、優しいと思います。」

「で、で、でも・・・・・一番怖いです。」


『・・・え?』


チーン、とエレベーターが到着を告げた。



エレベーターの透明な扉が開き、中へ入って下へのボタンをタッチした。

静かに移動するエレベーターの中で、やはり気になったので聞いてみた。


『Pちゃんさんは・・・・・・・怖いのか??』


「え!?・・・・し、知らないんですかっ!?」


『何を・・・・いや、っていうかむしろ、おれはPちゃんさんの事

 何も知らないんだよ。・・・あんなに優しい人が怖いのか??』


「・・・・あ、そ、そうでした・・・!!」

「これは、言わない様に止められて・・・えっと、」


「司令官は、や、優しいですっ!!」


そ、そんな露骨な訂正を・・・・・・

いや、Pちゃんさんはおれの女神なのだが・・・・

あ、そうか、あれか。軍属だからか!

そりゃあそうだよなぁ。戦う組織だもんなKINGSは!

部下に対するトコトン厳しい一面を持っていて当然だよな。


『そうか。』


「そ、そうなんです!」

「こ、こほんっ!・・・っ!エッ、けほっ・・えほっ!」


『だ、大丈夫か!?』


「けほっ、はぃっ・・・だいじょうぶれすっ・・けほっ」

なんか・・・申し訳ないが、少し面白いなこの子。


エレベーターが下階に止まり、小さい通路に医務室や病室、トイレ等がある。

おれ達は医務室に入ってヘリコと会った。しかし、シアンは何故か左足を

入り口に引っかけて派手にコケながら入室した・・・!

「あ"っ!!!」


ズコーーッと!

2度目のヘッドスライディングである・・・!

『おいっ!大丈夫か!?』


「いっ・・たた・・・・だ、大丈夫ですっ!!」


「シアン。医務室では気をつけてね。」

ヘリコはやれやれと冷静に言いながら、ケガは無い?と心配そうに声をかけた。

ぎこちなく立ち上がったシアンは、平気です!と服をはたいて起き上がり、

そそくさと医務室にある機材に近寄ったが・・・・・・痛いだろうに。


「ボス、改めて宜しくね。」


『よろしくお願いします。』

『昨日は助かりました。この子に普通に接して貰えて・・・・』


ヘリコはアルに「おはようお嬢ちゃん」と優しく挨拶をしてくれた。

昨日まではただ“兵器”として見られていたアルを、人として見てくれる人が

増えたのかと思うと少しホッとした。

彼女はKINGSの一般的な考え方とは少し違った考え方をするようだ。

ヘリコはデスクに少しもたれて言った。


「医者ってのはね、本当は“体だけを直せばいい”・・・じゃないの。」


「それじゃあ機械の修理と一緒。人を診る事は、心と体の繋がりを診る事と

 一緒よ。その人生に介入している、という事実に向き合えるのが医者なの。」


「本来はね」と言いながらヘリコは手に持っていたファイルをデスクに置き、

薄い端末に何かを片手で入力をしていた。


『正直、KINGSでそんな事を言ってもらえるなんて思っていませんでした。』


「でしょうね。その多くが進んで人体を改造し、自己を更なる被造物として

 己の中の有機的な点と点とを分離出来ると信じている。彼等は言うでしょう。

 それが革新だとね。」


『・・・・なんというか、おれには理解できない話です。』

『それを圧倒的に信じて疑わず、でもそれなのに、同時に自分達を兵器として

 突き放している・・・・なんというか、こう、薄気味悪いというか・・・』


「彼等は点と点とで考える。だから人間的な整合には頓着とんちゃくしない。」


「兵器と呼ばれる者達は、人を捨てたのだと錯覚する。

 それは人の条件を一つの点に閉じ込めてしまえば簡単な事だわ。

 でも人はただの点じゃない。あらゆる点が線を生み出し、それが多面体を構築

 して人は存在する。だからその点と点を切り離し、それぞれを都合のいい

 妄想で肥大化させれば人間はいびつになる。」


「妄想に取り憑かれた人間のいびつさは、その一体化できない孤独な

 炎症によって現れる。」


『・・・・それを癒す事はできるのかな』


「難しいわね。でも、それは人を取り巻く環境が生み出す病だわ。

 それなら別の環境で包み込む事が出来れば希望はある。」


『・・・・希望』


「あなたがその子を助けたのは、そういう事なんじゃなくって?」


その通りだ。

・・・彼女の言葉はこの戦いにおいて、とても重要な事の様に思えた。

暗かっただけの道に、小さな明かりが灯ったような気がした。



『・・・はい、その通りです!』


彼女はその鋭い視線を少し緩ませて、にわかに微笑んでくれた。



「昨日も言ったけど、敬語は使わなくていいわ。ボス。」


『あ、は・・・・はい。』

『・・・わかった。宜しく頼むよ、ヘリコ』



「ヘリコさん!で、できました!あとは完治プログラムを照射するだけですっ!」

 

「じゃあボス。アルフィをそこに寝かせて頂戴。」


アルは抱っこされながらおれの胸に頭をくっつけて、うとうとしていた。

まだ朝の8時前だ。今二度寝をしたら天にも昇る気分だろう。

だが大切な事だ。おれはアルを診察台に寝かせてヘリコに治療の開始をお願いした。


するとシアンが直径20㎝ほどの球体状の機材を両手に、診察台の隣に立った。


「空間兵器と一体化した存在には、ただの医療行為は力不足だわ。

 だからこの手の兵器技術のプロフェッショナルであるシアンがいれば、

 治療は一気に楽になるのよ。」


目には目を、という様な事なのだろうか?

シアンの両手に抱えられた球体はやがて自ら浮遊を始め、アルの体の上で

ゆっくりと回転運動を始めた。


ヘリコは、透明で薄いゴーグルを付けて、アルの全身をゆっくり見回し、

手に持ったポインターで傷に青い光を照射し始めた。


『い、痛いのか?』


「ぃ、いえ!これは決して痛みを伴うものではありません!

 患部に治療用の特殊空間を発生させて、細胞の再構築を促し、患部への負担が

 及ばない様にその空間をクッションみたいにしてコーティングしてしまふっ、

 ・・・こほん。してしまうんです!」


早口で噛みながらシアンが説明してくれた。


「外の傷にも中の傷にも、立体的に薬と絆創膏を施してあげてると考えて頂戴。」


ほぇ~、これまた便利なもんだな。

「この特殊空間には鎮痛効果も組み込まれてあるから、痛みも消えるはずよ。

 今まで痛いのが当たり前だったのでしょうから、突然体が軽くなるはず。

 感覚神経も時間をかけて治していきましょう。」


『す、凄いな・・・夢の技術ってやつだ・・・・』


「もちろん人間の歴史が示す様に、この技術も戦争によって生み出された

 ものだけれどね。」


おれはアルに声を掛け続けた。

痛くはないとはいえ自分が何をされているのかも分からないのは不安だろう。

光のポインターは、顔の傷をも照らし、顔から首、手先まで照射し続けた。


「うん、いいカンジね。拒否反応も一切出ていない。

 じゃあこのまま全身を終わらせてしまうわ。シアン、服を脱がせるのを

 手伝ってくれるかしら。」


「あ、は、はい!」


と、アルはたちまちすっぽんぽんにされ、再度横に寝かされた。

・・・・一応、おれは横を向いて待っていたが、ここにY子がいなくてよかった。

もしいたら、また理不尽極まりない言葉を投げ掛けられていただろう。


――やがて、くまなく照射が済んだらしく、アルは二人に服を着せてもらっていた。


『これで終わりですか?』


「ええ。取り敢えずはね」


ヘリコはおれの方を向いて、機材を片付けながら言った。

「お願いしたいのは2つ。」


「まずはしばらくの間、この子の能力は使わないでおくこと。

 この子の強力な空間圧力は、あらゆる空間領域を突き破ってしまうわ。

 今の施術は説明した通り空間技術を使ったものだから、そんな力を使えば

 せっかく身体中に展開した治療用の特殊空間が消滅してしまう。」


なるほど。せっかく薬を塗ったのに、そこへ流水をかける様なものか。


「もうひとつは、戦闘の場には極力この子を連れ出さない事。

 この状況だから、何処どこが戦闘地帯になるかは分からない。

 空間兵器の応酬が始まれば、それだけで強い空間圧力を身体中に浴びる

 可能性がある。」


『・・・なるほど。ちなみに、Y子達の空間兵器からも遠ざけた方が

 いいですか?』


「いいえ、彼女達はその手のプロよ。

 うまく影響を与えない様に力をコントロールしてくれる筈。

 ただ、戦闘行為が激化する戦場ではそうも言っていられないと思うけど。」


まとめれば、要は室内で安静にしておけって事だな。


『わかった。』

『・・・今はもう、身体中の痛みは消えたのか?』


「そ、その筈ですっ!」

「患部はそ、その特殊空間で覆われています。その空間が傷を負った患部の

 代わりに一時的にかっ・・体を支えてカバーしてくれてるんです。」


アルは体が突然楽になった事に驚いた様子で、上体を起こしたまま

口をやんわり開けて不思議そうにしていた。

診察台から降ろしてあげると、足元がふらつく事もなく、楽そうに立つ事が出来た。

もう歩くことも普通にできるらしい。



『凄いな・・・その機材はシアンが用意してくれたんだろ?』


「は、はいっ!!」

「頑張って作りましたっ!わ、わたし、それしか能がなくって・・・・」


『・・・なっ!?この機材、シアンが作ったのか!?』


「そうよ。機材どころかこの治療システム自体、シアンが作り出したものなの。

 この球体で患者の全身をスキャンして、このゴーグルに映像データを送信し、

 リアルタイムに表示してくれる。このポインターも含めて、理論だけで宙に

 浮いていた技術を彼女が改良して、実用化してくれたの。」


『え・・・えぇ・・・!?』

『もしかして・・・・シアンって・・・・・天才の人?』


「へ!?」

「っいっいえっ!違います凡人ですっ!ててっ天才だなんて!!」


シアンは顔を真っ赤にして慌てて手を振って否定した。

火照った顔を手で扇ぎながら横を向こうとした瞬間、浮遊しているその球体に

頭をゴチッとぶつけて「あうっ!」悶絶してしまった。


やれやれとヘリコは球体を片付け、

アルはじぃ~っとシアンを見つめていた。


おれは面白い人だと思うんだが、アルはどう思う?


「あ、あのっ!その・・・これから、わたしの作業室へ来てもらっても

 よ・・・よろしいでひょうか?・・・こほんッ」


『・・・作業室?』


「・・・は、はい!

 これからわたし、ここ、バルバトスで、整備と研究開発を、担当するので、

 その、どんな場所、なのかを見て、もらうように、って、司令官から、

 案内するように、い、言われていて・・・」


そんなに慎重に慎重を重ねて喋らなくても・・・

『そ、そうか。わかった、じゃあ案内してくれ。』


「はいっっ!!」


「シアン、出るときは転んじゃダメよ。医務室でケガは禁止。」



「だ、大丈夫です!」と言いながら、まるで赤外線トラップをすれすれで

潜り抜ける現代版アルセーヌルパンのように、抜き足差し足を使ってトラップも

何もないただの医務室のドアを無事潜り抜けた。

なにもそこまで慎重にならなくても・・・・・・・


いこう、と声を掛けるとアルは自分からおれの手をにぎり、一緒に歩いてくれた。

身体から苦痛が消え軽くなったのが逆に違和感なのか、歩き方は少しぎこちない。

『よかったな』と声をかけると、アルはこちらを見上げた。


三人でエレベーターに乗り、二層上に上がって通路へ降りた。

通路は機関制御室へ続いている。その間に幾つかのドアがあり、エレベーターの

目の前にはシアンの作業室があった。


シアンがドアを開けて、中へ招待してくれたが、大体40m2・・・25畳ほど

だと思うが、そこはもはやあらゆる機材やら道具やら資料やらでごった返しており、

足の踏み場が殆んど無かった。


『こ、ここがシアンの作業室か・・・?ずいぶんごちゃごちゃしてるな・・・・』


「そ、それが不思議で・・・」

「きのう、司令官とヘリコさんが、荷物や諸々を運んでくれた時には

 確かにきちんと整理されていた筈なのに、何故かいつの間にか部屋が

 狭くなって・・・き、気が付いたら・・・・こんな事に・・・」


混じりっ気の無いホンマモンのドジっ子である事が証明された。


恐らく無意識的にパウリ効果の様なものを発揮し、ただ普通にしているだけで

ドジってしまうのだろう。・・・・・・恐ろしい子っ!!


「と、とにかく、このラボで空間兵器のけ、研究開発に勤しんでいるので、

 なにか御用があればいつでも何回でも・・・何回はちがうかっ・・・

 とにかく!来て下さいっ!」


『わ、わかった。でもまさか、ここに寝泊まりする訳じゃないよな?』


「えっと・・・下の階に、いちおう私の部屋は用意してもらったんですが」

「面倒なので、ここで寝る事が増えるとは思います・・・」


『いや、そこは自分の部屋で寝てくれよ。

 こんなところで寝てたら疲れが取れないどころか、体調崩すぞ・・・?』


「だ、大丈夫です!」

シアンはそう言って足元に置いてあるビニール袋からガサゴソと缶ジュースを

取り出し、こちらへ見せつけて得意気に言った。


「眠って苦しむくらいなら、眠らないで苦しみます!」


常識科目の回答用紙に笑顔で不正解を記入して、シアンはにこーっとしていた。

その缶はアレだった。翼を授けてくれるアレ。

しかしそのパッケージには“3倍力持ちからもち”などと不吉な文言が記されており、

近い未来に先程の医務室へ搬送されるシアンの姿が脳裏に写し出された。


『あー・・・なんというか、苦しまない方向で宜しくたのむ。』


すると、突然思い出した様にシアンはポンと両手を叩いた。

忙しい子だなまったく。


「っあ!ぼ、ボスさん!」

「キングカードを持っていますか?」


『ん?あぁ持ってるよ。これがどうかした?』

おれは後ろのポケットから取り出し、シアンに差し出した。


シアンはカードを受け取り、その表面を指でなぞった。

するとカードは光を放ち、やがて小さな光の粒になって

おれの体の中に入っていった・・・!!



『おわっ!なんだ!?』



「今、ボスさんの生体情報とカードがシンクロして、ボスさんの異相空間に

 収納されました!」


「ぼ、ボスさん!今のカードを手先に集中して、念じてみてくださいっ!」


すると、小さな光がおれの手の上に集まり、その光がキングカードを

形成して、手の平に落ちた。ま・・・・魔法だ!!!

そういえば、前にPちゃんさんが言ってた様な・・・・


「これで、ぼ、ボスさんのカードは、部屋の解錠だけじゃなくって

 身分証やお財布としても機能する様になりました!

 それだけじゃ、ありませんっ!通信機能も使える様になったので、

 バルバトスのメンバーと何時いつでも通話、出来ちゃいますっ!」


『おぉ・・・なんかすごいな。』


「例えば、カードを出した状態で、“シアンに接続”と頭の中で唱えてみて

 ください!」


おれは言われた通りに頭の中で“シアンに接続”と唱えてみると、カードが

ピッ、と音を出して、シアンが反応した。

「こ、こちらシアンですっ!もしもし、シアンです!」


すると、カードからもその言葉が聞こえてきた!

『お、おおぉぉ!』


「このカードから聞こえる音は、設定次第で空間を伝わらずに、異空間伝いに

 直接鼓膜を振動させる事ができるので、え、えーと、カードの所有者以外に

 聞こえないようにも出来るんです!」


「一応、連絡を取れる対象は、バルバトスの人たち、全員を設定しておきました。

 好きな時に、連絡をしてください!」


『わかった、ありがとう。』

これは便利だな。携帯電話はY子に破壊されてしまっている。

なんだか久しぶりに文明の利器を手にした気分でちょっと感動だ・・・!




「ぼ、ボスさん・・・・」


『ん?』



「わ、わたし、一生懸命がんばります!」

「機械とかをイジるしか、出来る事は無くって・・・・あんまり

 使えないかもしれないけれど・・・その・・・・・」


シアンはうつ向いて、もじもじと申し訳なさそうに口をどもらせた。

・・・・緊張しぃの上に、自分に自信が無いのかな。

こんなにすごい技術を持ってるのに?


『不安か?』


「・・・・は・・はぃ」


「・・・・・」


突然シアンの声は消え入りそうに小さくなり、黙ってしまった。

・・・それに少しだけ手が震えている。


考えてもみたら、当然かもしれない。

ここは本当に人類を救うために存在するKINGSの本部なのだ。

文面だけでも、かなり重い責任を背負っている事は誰にだって簡単に読み取れる。



――だが、おれ自身はその重さを馬鹿正直に支えるつもりは正直無かった。

理由は簡単。そんな重さの物はおれには背負えないからだ。

おれはその重さに潰される為にここにいるんじゃない。

生きる為にここにいるのだ。

そう、おれに出来る事は、おれが出来る事の中にしかない。それだけなんだ。



『おれもさ。』


「へ?」



『おれも死ぬような目にあって、何度もピンチになって、今生きてるけど

 何だかんだ此処の人間に救われてきたんだよな。』


『確かに《英雄森川まさゆき》の使命は大きいらしい』


『けど、おれに出来る事なんてきっとたかが知れてるんだ。』

『ただ、出来る事をして足掻いて、信じられると思った奴を信じたら

 気が付いたら乗り越えて今ここにいる。アルだってそうなんだ。』


「あ、アルさんも・・・・」


そう、アルも精一杯生きて、ここにいるんだ。



『シアンは一人じゃないから、どんな時だっておれ達に頼ったらいい。

 困った時に頼る事が出来ない奴らなんかと、命なんか懸けられるか?』


『そしたら一緒に考えよう。何とかしよう』


『シアンの不安は、よかったら一緒に背負わせてくれ。』




「ぼ・・・・ぼす・・・・・」


「・・・・・・ふぁいっ・・・」



なんと、シアンは突然泣き初めてしまった。

声には出さずに、ぽろぽろと涙をこぼした。


『お・・・おい、大丈夫か・・・!?』


「しゅ、しゅみま・・・しぇん・・・っ」


「わたし、ここにくるの・・・きまって、うまくやっていけるか・・・

 しんぱいで・・ひっく・・・ぼすも、こわいひとかとおもってぇ・・・・っ」


「わたし・・・こんなんだから・・・・ひっく」


手袋で涙をごしごし拭きながらシアンは涙を押さえようとしていた。


なんだ・・・ギリギリだったんじゃないか

不安でしょうがなかったのか・・・そうか


自信家で気が強かったら、苦労はないよな。

その気持ちはおれにはよく分かる。今だってそうなんだからな。

少し仲間ができた気分だよ。


その時、おれの隣にいたアルが驚くべき行動を取った。

シアンに近づき、彼女の足にぎゅっとしがみついたのだ・・・!


『あ・・・アル』


これは、泣いているシアンの為なのだろうか・・・

いや、それ以外に考えられないだろ・・・!



・・・・そうか。


ぎゅっとされたら、安心したのか・・・


うれしかったのか・・・それをしてあげたのか・・・・


アルは、大人でも難しい事をシアンにしてあげたのだ。

それが、ただのまねごとだとしても、まねでは済ます事の出来ない

アルだけの心が、確かにアルの中で動いたのだ・・・!



『・・・あ、ははっ・・!』

『シアンが泣くから、アルが大丈夫だよって・・・!』


「・・・っうぅ!」

「うああぁぁ~~~~~っ!!!!」


せっかく止まりかかったシアンの涙が、だばっと溢れた。


アルはただ無表情でしがみついていた。


「ある・・・ひゃん・・・!」


シアンは必死に涙を止めると、濡れたほっぺを手袋でごしごし拭いて

少しよろついて敬礼をした。


「ひっく・・・み、見苦しいところをお見せして・・・

 ・・・す、すみませんでしたっ!」



「・・・なんか、ボスさんが・・・ボスさんでよかったです」



「わ、わたし・・・わたしも、皆さんの助けになれるよう、精一杯

 頑張りますっ・・・ひっく・・・だから、その・・・・ふつつかもの、ですが

 ・・・ヨロシク、お願いします」


泣き止んだシアンを見てアルはそっと離れ、おれの足にしがみついた。


しかし、その時シアンは何故かまたよろけてバランスを崩し、後ろに

ハデに転んでしまった・・・・!

「う、うわぁっ・・・!!」


『し、シアン!大丈夫か!?なんでそうなる!?』


シアンは散乱している機材の突起に強く背中をぶつけたらしく、

あぅぅ、と言ってうずくまった。


・・・・・ずいぶん早く未来が来たみたいだ。ヘリコの元に連れて行こうか。


おれは手を差し伸ばしてシアンの手を取り、とりあえず返事を返した



『・・・こちらこそ、ヨロシク!・・・シアン!」

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