第14話 《星に願いを》


奇跡に奇跡を重ねた珍奇ちんきな運命もそろそろたけなわとし、

下り坂を下って露天風呂で月見酒と決め込みたいのだが、そうはいかない。


ひょんな事から決めてしまったのだおれは。

この無駄に険しいほぼほぼ無理ゲーの断崖を綱一本で登りきる自殺行為・・・・

もとい人類救済作戦を、だ。

・・・・まぁ、救ってほしいのはこっちの方なんだがな。



ともあれ、一夜去っておれは今中国の四川省しせんしょうにいた。

ここは眉山市びざんしという場所で、都市的な一面と伝統文化とが同居し

自然も多く整備されている街だ。

異空間をくぐって、その都市部と農村部の中間の地帯に足を踏み入れた。


『―――で、よりにもよって、』


『何で公園の公衆トイレに出入り口を設定するんだよ!』


何故か得意顔のアンドロイドY子は答えた。

「いつ催してもいいようにと、わたしなりの万全の備えですよ。

 それに、中国の公衆トイレは臭いらしいですから、貴方が個室に入っても

 臭いで恥ずかしくない様にという、わたしのホスピタリティ精神の賜物です。」


『トイレで個室使って恥ずかしいも何も無いだろうが。』

ホスピタリティをわざわざ公衆トイレの臭いで包んでドヤ顔するんじゃない。


『・・・で、ここから研究施設に空間接続するんだよな?』


「そうです。パーマは施設で行われている研究の視察や、移動してくる

 スタッフの準備の為に、一足先に到着しています。」


一足先、ね。空間兵器というのは簡単に国外へ移動してしまえるんだな。

つくづく便利な物だ。

ここ中国の研究施設で、アニマから連れ出した例の少女を検査する必要があった。

Pちゃんさんは、KINGS本部をからにする事は出来ないため、

おれ達の帰りを待っていてくれるそうだ。


おれは横に佇むその少女と手を繋ぎ、Y子、ウェルシュと共に

公衆トイレの隣で空間が接続されるのを待っていた。


行き交う人々をじーっと黙って見つめる少女を見て、ふと思う。

『・・・名前、無いと不便だよな』


「・・・あんた、本当にを人間扱いするつもり?」

イラついたジト目でウェルシュはそう言った。


っていうなよって。

 人間を人間扱いして何が悪いんだ?名前も貰えないんじゃ可哀想だろ。』

 それにこのままじゃおれ達も呼ぶ時困るだろ?』


「兵器 αアルファって呼べばいいじゃない」


『それは却下だ。』


「ボス!小豆あずきまんじゅうって名前はどうでしょう!

 美味しそうないい名前です!」


『それも却下だ。お前は自分が小豆まんじゅうなんて呼ばれて嬉しいか?』


「嬉しいです!甘くってヨダレが出そうな名前です!うふふ」

『そうか。生まれ変わったら是非小豆まんじゅうになってくれ。』


「名前が変わったって、何かが変わる訳じゃないでしょ。」


『うーん・・・・そうか?』


と、何だかんだと過ごしている内に、どうやら空間接続が完了したみたいだ。

「ったく、遅いのよ」などとごちりながらウェルシュはトイレの入り口に出現した

空間の歪みに侵入し、おれ達も続いた。




歪みを出ると、そこは研究施設内だった。



緑がかった照明に照らされた、無機質なフロント。

フロントには研究員であろう人物が立っており、こっちへ近づいてきて

無言で「こちらへ」とでも言うように手で促した。


研究員の顔は、白くて深い帽子にマスクとミラーレンズのゴーグルで

覆われており、白い手袋、つなぎの白い研究服を着る事で個性を完全に

覆い隠していた。

唯一見えるのは襟からマスクにかけて少しだけ覗く真っ白い素肌だけだ。


随分白い肌だ。あそこまで白い肌はおれの周辺ではY子ぐらいしか居ないな。

いや、というか、あの色はY子と全く同じ白だ。

よく見ると・・・・身長も、Y子とほぼ同じに感じた。


『・・・・Y子、お前って姉ちゃんか妹いるか?』

研究員の後に続き、少女をおんぶし、歩きながらおれはヒソヒソと

Y子に耳打ちした。


「いいえ。わたしはアンドロイドですからね。

 姉妹どころかむしろ、よく“一人っ子っぽいね”って言われますよ。

 ストレス溜まりますヨまったく。」


『そ、そうか・・・・』


曲がりくねった通路を進むと所長室へ着いた。

研究員はドアをノックして開け、無言で室内まで誘導し、そのまま扉を閉めて

出ていってしまった。

おれはとりあえず少女を下ろして手を繋いだ。

目の前には恰幅のいい長身の男と、隣にはパーマが立っており、

こちらを見てニコリとした。


「ヤァ初めまして!森川まさゆき殿!ようこそ御出おいでくださいましたな!」

「私は此所ここ、“縮導時空間しゅくどうじくうかんテクノロジー研究所”の所長、サンドウという者です!」


50代後半ほどの年齢で、大分だいぶ筋肉質なようだ。Yシャツにネクタイ、ベストが

ピッチリと肉体に張り付いて押さえ込んでいるように見える。


『初めまして。えー、森川まさゆきです。』

しかしややっこしい自己紹介だ。おれは森川まさゆきだが、彼らの認識する

森川まさゆきではなく、しかしこのポジションは彼等の森川まさゆきだ。


「おぉ、貴方が・・・・存じ上げてますぞ!

 私が見た事がある森川まさゆき殿とは別人に見えますがね、はっはっはっ」


『・・・・!』


今の言葉はかなり重要だ!


やっぱりか・・・・!

そりゃあそうだ、おれが救世主な訳無いからな・・・!!


『“森川まさゆき”と会った事がおありで?』


「遠目から数度見かけましたな。言葉を交わした事はなかったが・・・」

「まあ細かい事はよろしい、最高司令官の彼女が見つけた貴方がKINGSの

 “森川まさゆき”なのだから」


なに?・・・・それはどういう意味だ?



“森川まさゆき”ってのは、人の固有名詞じゃないのか!?


“森川まさゆき”ってのは資格や称号なのか・・・?

いや、違う。それなら尚更おれに指名が入る理由が解らない・・・・


実際に見た事があって、それが本人とは違っていても、Pちゃんさんが

選んだから“森川まさゆき”である・・・・・??


なんだそれは・・・・・

“森川まさゆき”の事をおれに説明するのはタブーらしい。

だがおれ自身からしたら、今のはかなり大きい情報だったんだが・・・


「貴方からしたら、この辺の説明が気になる所でしょうが

 何せこの事は極秘にしなければなりません。

 ・・・・口を滑らせてしまいましたがね!はっはっはっ!!」


さっと求められた握手におれは応じた。

「宜しく頼みますぞ、森川まさゆき殿!」


『よ、宜しくお願いします。』


『・・・・・・・』

彼は焼けた健康的な顔でニッと笑いかけながら、手を離そうとしない。

・・・・?ず、随分長い握手だな・・・・・

・・・・・そして随分きつい握手だな。


・・・きついというか、痛いなこの握手は。

『・・・・・あれ?』


「ふぅむ、この握力はなんとも弱々しい・・・・」

「鍛えてはいないようですな・・・・」


『え?・・・あぁ、はぁ』


「・・・・・・」


『・・・・・あれ?・・・・い、いてて』


「惜しいな。普段、貴方は筋肉としで話をしていないのかな・・・?」


『え?筋肉と普段・・・って、いててててっ!』


「見たまえ・・・私のこの屈筋達を・・・解放によって表現される

 この弾ける笑顔を・・・!!」


『あ"!いててててててて!!ちょ、ちょっ!!、』


「君は筋肉を愛しているかっ!?筋肉を愛さずして筋肉に愛される事はない!!

 さぁ見たまえ!!この前腕屈筋群!!上腕二頭筋!!大胸筋!!!

 筋肉は、君の努力を決して裏切らないぞっっっ!!!筋肉を信じるんだ!!!」


『いだだだだだだだだっ!!や、やめっやめっ!!!』


「君の筋肉が君を待ち望んでいるぅーーーーーーっ!!!!!!!」


『あ"あ"あ"あ"あ"ぁ"ぁ"あ"あ"ぁ"ぁ"ぁ"ぁ"ぁぁーーっっ!!!!』



「所長。程々ほどほどにしませんと、彼の手がちぎれてしまいますよ?」


「・・・・はっ!!パーマくん!・・・ありがとう!

 ついつい筋肉達が興奮してしまってね・・・・!!」


おれは解放された右手を押さえて潰れていないかを確かめた!

この人・・・・普通じゃない・・・・!!!


「森川殿、これは失礼した。

 しかし、人類の希望とも言われる貴方が筋肉をないがしろにするなんて

 私は少々ショックでしたがね・・・はっはっはっ!!!」


それが他人の筋肉を殺そうとした者の言うセリフか・・・っ!?

もう二度と握手なんてするもんか・・・・!!



「・・・・さて、そろそろ本題に入ろう。」


「森川殿、話には聞いておりますが、そこの少女・・・兵器 αアルファ

 奪取し、その処遇としてKINGS内部に留め置きたいと?」


その顔から笑顔を消し去り、冷静な声で切り出した。


『はい。その上で、この子の体の中にアニマの制御装置や爆発物等が

 仕組まれていないか、検査できればと考えています。』


「ほぅ・・・敵の兵器を目前にしている者の言葉とは思えませんな。

 その兵器 αアルファを人として救済したい・・・と?

 しかし、それでどうなさるおつもりかな?

 アニマに造り出されたという事実は事実。KINGSに留め置く

 理由が無ければな無駄に組織を危険に晒すことになりますな。

 αアルファが暴走しない根拠はお持ちかな?」


『・・・・いえ、根拠なんて在りませんよ。

 難しい事じゃない。この子には生きる場所が必要です。

 それなのに、この子にはそれが無い。

 おれは、子供が生きる事に正当な理由が必要だとは思いません。

 ・・・・思いたくもない。』


「だが、現に αアルファ はそれ自体が脅威である事は

 KINGSの者なら誰もが知るところですがね。」


「圧倒的な殺戮と恐怖で生み出された兵器への畏怖は消えはしない。

 その現象から人は兵器を確固たる兵器と認定する・・・違いますかな?」



『あなた達を見てください。』


『力を持ちながら、何故その力を暴走させないんですか?

 ・・・・人間の心がそうさせないんじゃないんですか?

 そうじゃなければ、ただの兵器から自由意思を何故奪ってしまわないのか。

 確かに銃や爆弾は誰にも等しく驚異だ。だがおれはこいつ等をそんな

 固くて冷たい鉄と一緒にして考えるつもりはありません。』


『この子はこれから沢山の事を知るんです。

 色んな感情を知って、人を知って、自分を知っていくんです。

 だからこの子には無限に広がるチャンスを選び取る自由を与えなければ

 いけない・・・・・おれは大丈夫だと考えます。

 その自由があれば、この子はそうやって、Y子やパーマやウェルシュ

 みたいに、力の使い方を正しく解ってくれると。』


サンドウさんは、視線を少女に移した。

少女は後ろに隠れて、おれの足にしがみついてしまった。


「・・・・驚いた・・・・・」

「私達の世界では、αアルファ を手にする手段があるなどと

 考えも付かなかったのに、貴方はそれを兵器としてすら見ないのか・・・」


「・・・まるで本当に人間の様だ。」

「ふむ。」


彼は少し考えて、こちらを見た。

「既に、貴方も死にかけているだろうに・・・・不思議な方だ。」


『おれはこの通り、この子に殺されていません。』

『この子もそのつもりは無い筈です。』



「ね、私の言う通りでしょう?」


「くく・・・はっはっ!パーマ君の言う通りだな!!」



「解りましたよ、森川殿!」


「確かに、今αアルファ が貴方にすがった理由をKINGSの理屈では

 説明がつきませんからなっ!!」


『・・・・!』


「見方を変えれば、あの悪魔的な αアルファ を、無力化しているのと同じだ!

 しかし森川殿、気を付けたほうがいい。

 確かに現時点で αアルファ は安定しているが、なら結局は今の内に

 破壊してしまうのが最善である、というのがKINGSの考えですからな。

 貴方はその様子だと αアルファを研究材料として科学班に提供する

 つもりも無いのでしょうしな。」


『当たり前ですっ!』


「わっはっは!結構!

 それならば、その αアルファ にKINGSの利益となる材料を与える事です」


『利益・・・・か。』

KINGSにこの子が居られる理由・・・


「・・・・貴方のお手並みを、観察させてもらいますぞ。」

「“森川まさゆき”殿。」



「・・・チッ・・・んで。

 Dr.ドクターヘリコはドコに居るわけ?

 結局は彼女が検査を担当するんでしょ?

 私はさっさとこんな研究所、出たいんだケド。」


相変わらずイライラしてるなウェルシュは。

だが、早くここを出たいってのはおれも賛成だ。この研究所は何故だか息が詰まる。


「はっはっは!」

「それでは案内しましょうか!」



再び少女をおんぶして、おれ達は室長室を後にした。

通路をいくつか曲がり、エレベーターを降りて通路を歩いた。

しかし大きな研究所だな。時折覗く研究部屋にはさっきの研究員と同じで立ち

の職員達が作業をこなしている。


『パーマ、大人しくしてろよ?

 この研究所、見た感じ職員が女の人しかいないみたいだからな。

 お前、血が騒いではいないだろうな・・・・・・』


おれはパーマにこっそりささやきかけた。


「おや、私の事を血に飢えた狼の様に思っていませんか?」


『思ってるさ。現行犯で見た事あるしな。』


「いやですねぇ、私だって手当たり次第に女性に声を掛ける訳ではありません。」


『かけてたじゃねえか。』


「やれやれ。誤解ですよ。その女性おひとが私に声を掛けるよう無意識に強制

 するんです。・・・いわゆるオーラとでも言うのでしょうか。

 レディから自然と溢れるその魅惑的な魔性に、私は抗えないのです。」


『お前なぁ・・・言っててちょっと恥ずかしくならないのか?』


「ぜんぜん?」


『おれはそういうのを才能と呼んでるよ。』


「もっとも、此所の女性達からは、その手のオーラは感じられませんねぇ。」


『なぁ、変じゃないか?ここの職員達、全員身長も肌の色も変わらないじゃ

 ないか。少しも個人差が無いなんて・・・・』


「人間じゃないんです。彼女らは。」


『・・・・!』

『・・・・・アンドロイドって、事か?』


「その通りです。」

「・・・・詳しく聞きたいですか?」


おれは前方右側をトコトコ歩くY子を見た。


『・・・・いや、今はやめておこう。』

今まで、Y子の気持ちなんてものを殆んど考えた事が無かった。

・・・あいつ、今どんな気持ちなんだろうか・・・・


ぎゅううぅぅ・・・と、お腹の時計が鳴った。

「カレー・・レタス・・スルメ・・めかぶごはん・・あっ ・・」

「おすし・・しなちく・・・」


おなかすいたなぁ・・・ってカンジなんだろうな。

心配して損したわ・・・・・!!


・・・しかし、やはりこの施設は不気味な感じがする。




少し歩き続けると検査室に到着した。

そこには Dr.ドクター ヘリコと呼ばれる人物がおれ達を待っていた。


年齢は60代ほどで、

細く鋭い目が特徴的な、いかにも仕事の神が宿ってますってな雰囲気の

クールな女性だった。

赤のタートルネックセーターに茶色のワイドパンツを合わせて

白い白衣を身に纏っている。髪は雪の様に真っ白なショートカットだった。

とても厳しい上司ってカンジだ。



「ハイ、いらっしゃい。」

「あなたが“森川まさゆき”ね。」


しかし、見た目の第一印象とは違って、彼女は柔らかな雰囲気を纏っていた。


その口調はとても穏やかで、落ち着いた呼吸感や声色、細やかな機敏が

まるでその人生の多彩な経験を自然的に表現しているかの様だ。


『・・・は、初めまして。』


「・・・ふふっ、いいわよ、かしこまらなくたって。

 堂々としてなさい、あなたの立場はKINGSのボスよ。」

「ヘリコでいいわ。」


『は、はい。どうも・・・・』

と、ついなんとも情けない返事をしてしまった。

カッコイイ人だな。


「ヘリコ!この子供があの兵器 αアルファだ!

 私の方から直々に調査表を通しておく。見てやってくれ!」


「そう、所長を納得させたのね。」


「わはは。今のところは、だよ。」


彼女はおれと手を繋いで隣に立っている少女の前まで来て、

前屈まえかがみみになってその全身をくまなく見ていた。


「・・・おじょうさん、お話はできるかしら?」


「・・・・・」


『まだ、話せる段階じゃないみたいなんです。』


「・・・そう。人間の様に振る舞うのなら、言葉の前に体の中身を見るのは

 避けたかったのだけれど、それなら仕方ないわね。」


おれは、その言葉に少し安心していた。

なるべくこの子を人として扱って欲しかったからだ。


おれはしゃがんで少女を見た。

『じゃあ、この人に悪いところないか見てもらおうな。』

『・・・・怖くないか?』


って、今まさに話せる段階じゃないって自分から言っておいて・・・


「・・・っ・・・・」


「・・・・・ぁ・・ぁ」


『・・・・!!』


なんと、こちらの問い掛けに反応して、声を出してくれたのか!?

『お、ぉぉ!』

『やったなぁ!声、出てるじゃないか!』


「・・・ぁ・・ぃ・・」


「・・・ぁ・・ぁ」

「・・ぅ・・ぃ」


なんだ?なにか伝えようとしてるのか??


「・・・ぁ、わ・・ゅぃ」


『おお!じょうずになってきてるぞ!』

するとY子もおれの隣にしゃがんで少女の様子を見ながら言った。


「・・・・これは、もしかして。」


『なんだ?』


「貴方の名前を呼んでいるのでは?」


『・・・・・・え!?』



「わ・・ぁ・・・ぅ・・ぃ」


マジか。


『・・・ま・さ・ゆ・き、っていうんだ・・・!』

「・・・ぁぅ・・ん・・ま・・」


『そう・・・!うまいぞ!まっ』


『さ』「・・ぁ・・ヒぁ」


『ゆ』「・・フぅ・・」


『き』「・・ぃ・・ヒぃ・・」


『Y子聞いたか今!喋れたぞ!!』


「ほう。学習をしているって訳ですか。さあ子供、覚えてください!

 こっちがで、こっちが・・・リピート!」


『お前は詐欺師か。悪いが少しマナーモードになっててくれ。』


こちらを見ながら少女は、あうあう言って、名前を呼ぼうとしてくれてたのか。

これはうれしいな、大きな進歩に思える・・・・!


「喉がかすれているわね。

 発音の機会が殆んど与えられていなかったのかもしれない。

 言葉は理解しているみたいだけれど、発音からずっと遠ざかっていたのね。

 今、言葉を発しようと、心の力をめいっぱい使っているはずよ。」


「驚いたなヘリコ。

 兵器 αアルファなどというものを認めるのかね。」


「言葉は心を表すもの、でも心は言葉を閉じてもそこにある。」


彼女は鋭い目付きでサンドウ氏に告げた

「言葉に形作れないものの存在を信じられない・・・・アメリカ人の

 欠点ね」


かなりどギツい一言だ。

「その発音がステレオのスピーカーからではなく、心からの表れなのだと

 森川殿が証明する様を見ようというのだよ・・・あんまり怒らんでくれ。」


・・・言葉に形作られなくても心はそこにある。

そして、言葉にする事で新しく形作られる想いが、また心になる。

少女の精一杯の言葉は、それを教えてくれた気がする。


「さあ、検査台に横になってもらうわよ」


そう言って彼女は少女を抱き上げ、小部屋に連れて行こうとした。

「・・・・ぁ・・・・ぁ」

少女はおれを見て手を伸ばした。

悪い事をする訳ではないが、なにか罪悪感を感じるな。


「・・・・だいじょうぶよ、すぐに終わるわ。

 ボス、この子の見える位置に居て頂戴。

 貴方が力の制御の鍵だとしたら、離れない方が今は無難かもしれない。」


『・・・あ、ぁあ・・!』

少女はガラス張りの囲いの中で、寝台に寝かせられていた。

おれは少女に見える位置で様子を見ていたが、その小さな口は

あうあう、とビーズのような言葉をこちらへ投げ掛けているみたいだった。


すると、ガラス張りの小部屋の上方に光の網目が現れ、それは横に回転

しながら下降し、少女の身体を包み込み抜けていった。

・・・カンタンなものである。これで終了らしい。


「ね、直ぐに終わったでしょう?」


『何か解ったんですか??』


「・・・・そうね。」


ヘリコは少女を小部屋から外に移動させると、少女はよろけながら

こちらへ近づいて来た。抱き上げてだっこをすると、胸に顔をうずめてぎゅー

っと、しがみついてしまった。


「おやおや、随分とそこが気に入ったみたいですねぇ。」

とパーマが。


「とんでもないロリコン犯罪者野郎ですね、ボス。」

とY子が。いやまて、何でだよオイ!



「・・・・身体の年齢は4歳ってところかしら。

 発育がちょっと悪いね。身長も低い。内臓の作りも特殊ね。

 人体から産み出され改造されたのか、最初からこの姿に造られたのかは不明。

 身体に傷が見られるけれど、身体の中にもいたる所に焼き傷があるわ。」

 これは私達の世界ではよくある、レーザー兵器で拷問された時に見るもの。

 身体の内側を焼いて苦しめる拷問。・・・・主に筋組織を傷つけてある。」


『そ、そんな・・・・!!』


「歩くだけでもかなり辛い筈よ。

 でも大丈夫。空間兵器の技術を応用した私達の世界の治療なら、治せるわ。

 この身体中の傷や、傷跡もね。」


『本当ですか!!』


「でも、問題はこれではない。

 問題は"パペッターボックス"が身体の中に仕込まれている事。」


『パペッターボックス?』


「神経細胞に入り込んで微弱に放電し、任意に痛みや身体の動きを

 コントロールするものよ。奴隷に使うものだわ。

 このパペッターボックスは、体内の空間兵器の要素にも作用を及ぼす

 から、本人の意思に関係なく身体の中で能力がスタンバイモードに

 切り替えられてしまう。」


「いわば兵器用の鎖ね。」

「能力がうまく作用しなかった時に、兵器の能力調整の為に使われていたの

 でしょう。この世界ではよくある調教だわ。」


『そ、そんなものを・・・!!』


「厄介なのは、この"パペッターボックス"が此所ここでは無力化できないという事。」


『そんな・・・!どうすればそれを取り除けるんですか!?』


「・・・・難しいわね。こちらの世界に来たとき、アニマの襲撃を受けて破棄された

 KINGSの大型研究施設には対処する環境が備えられていたんだけれど、

 そこも施設の機能が大きく損傷してしまっていて、"パペッターボックス"を

 処理する機材が生きているかも解らない。」


『・・・そうか、なら次にそこへ向かおう。』

『その施設の機能がまだ生きている可能性があるんだろ?』


するとウェルシュが差し挟む。

「・・・・はぁ、あんたね、兵器にパペッターボックスが仕掛けてある

 なんて事は大して珍しくないわ。むしろ、そのパペッターボックスを利用して

 こちらからの制御に応用する、っていうのが対処としては基本なの。

 そんな場所に出向いた所で、設備が死んでたら時間と労力の無駄でしょ」


『いいや、無駄じゃない。敵に操られる要素があったままじゃ安心出来ないだろ?

 出来る事をしないでどうするんだ。駄目ならまた考えるさ。

 ちなみにおれはお前達を使するつもりはない。

 だからその“基本”ってのは却下だ。』


「"ボス"の決定事項の様ですね。」

パーマは肩をすくめて軽い調子で言った。


「あ・た・し・は、納得してない。」

そりゃあ昨日まで一般人だったおれをいきなり"ボス"などと受け入れるのは

ウェルシュからしたら土台受け入れ難い話だろう。


ヘリコはそれらを纏めるようにして言った。

「それなら《バルバトス》へ戻ってから司令を交えて決定していきましょう。

 此所からの機材や薬品を搬入して新しいメンバーを迎え入れた時、

 ボス、貴方が決定してちょうだい。」


Pちゃんさんの言う通り、頼りになる人だな。

『は、はい。』


『あのー・・・で、その《バルバトス》ってのは・・・・??』


「え?・・・あなた・・・知らないの?どうして?」


不思議だという顔でこちらを見るヘリコの視線から背けるように、おれは

Y子とパーマを見た。Y子は無表情で自分の髪の毛を指でくるくるしていた。


「いやー、初耳でしたかー」

にまーっと笑いながらパーマは答えた。

「我々が本拠地とする、KINGS本部は戦艦なんですよ。」


『・・・え?戦艦??』


「そうです。異空間の海を泳ぐ《対アニマ用遊撃戦艦バルバトス》

 ・・・・それがあの施設の正式名称です。」


『いや、そんな事くらい前もって教えてくれよ!!』


「いやぁ~はは。どうせそのうち知る事になりますし。

 ・・・それに、聞かなかったでしょ?」


『いや理不尽だろそれは!』

忘れていやがったなその反応は・・・

胡散臭うさんくさいい微笑であははと笑うパーマ。

指に髪を巻き付け「クロワッサン。」などと意味不明な言葉を呟くY子。

とにかくイライラしている慢性ストレス疾患のウェルシュ。

・・・・どうやらヘリコはおれにとっての救い船のようだ。


「よしっ、それでは森川殿!

 ムッシモールに会って頂こうか!彼は貴方の隊に入るため万全を期し、

 我々の審査に圧倒的な評価で選ばれたエリート中のエリートだ!

 人類救済チームの一人として相応ふさわしい能力を発揮し、

 勝利に導くでしょう!」


「それじゃあ、"ボス"。」

「私はこれから技術士のシアンと合流してそのままバルバトスへ向かうわ。

 シアンは機材準備が忙しいから、戻ったら顔合わせして頂戴。」


『は、はい、解りました。』


「さぁ、こちらです!」

サンドウ氏はそのムッシモールという男の元へ案内してくれた。

検査室を出て少し戻り、エレベーターで下の階へ下りて通路を少し歩いた。


「この階には、自由に身体機能を活かせる大きな運動施設がありましてな。

 そこで兵士達は自由に己の能力に磨きをかける事が出来るのです。

 今は、利用者は一人ですがね。」


通路を進んで右手の扉を開けると、そこはジムの更衣室のようになっていた。

そこは本当に閉散へいさんとしており、たった一人の男が備え付けのシャワー

上がりに着替えをこなしているのみだ。


「ムッシモール!」

「準備は万端か?こちらが森川まさゆき殿とバルバトスの一行だ!」



「・・・・ほぉ。」

「・・・・・ふむ。」


「なるほど、君が!あの伝説の英雄“森川まさゆき”か!」


「噂の割には何のオーラも無いな。

「まあよくある事だ。ヒーローなどと持ち上げ扇動せんどうし、士気を

 上げようなどという事は。

 君はそれでよろしい。大いに宜しい。トップが無能であるほど私の真価が

 問われ、実質私が世界を救う救世主となるきっかけとなるのだからなっ!」


「はぁーっはっはっはーーーーっ!!」


出会い頭に失礼な奴だ。

身長が190は越えてそうだ・・・・でけぇ。

歳は20代中盤ってとこか。金髪をオールバックで固めており、全体的に

均整のとれた見事な肉体は充分に鍛え上げられている。全身白とシルバーの

ぴっちりとしたラバースーツで身を包み、まるで外国のアクション映画にでも

登場しそうなたたずまいだ。ハンサムな顔立ちが、さらにヒーロー的な雰囲気を

かもし出している。

・・・・・しかしすごい服装だ。


『よ、宜しく頼む。』


「宜しく頼む必要はない。

 キミはその足場で棒立ちしていればよろしい。

 あとは私が全てを何とかしてみせよう。」


「すまんね、森川殿。彼はこういう性格なのだ。大目に見てやってくれ。」


「大目に見るも何も所長?この私が正式に加入するのだ。

 彼は私に感謝する事になる。その際に場所を取るだけで才能も発揮できずに

 立場にしがみついているだけの"リーダー"を大目に見るのは私だ。」


そう言って彼は声を上げて笑った。

なるほどな、Pちゃんさんが言った通り。

いや、それ以上に自信のパラメーターがゲージを振り切って限界突破

していやがるな・・・・・・これはこれで厄介な相手だ。


「おぉ!君はウェルシュくんだねっ!!!

 君の事は知っている!!特異な能力の持ち主なんだってね!!

 たった一人でレベルの高いアニマの一個師団を全滅させたのは有名な話だ!」


奴はウェルシュに近寄り、囁く様に言った。


何人なんぴとの異論を挟まずに強く・・・!そして美しい・・・!

 是非、個人的にお近づき願いたいものだ・・・!」


「私に近寄るな」


ウェルシュはイライラしながら答えた。

これで解ったか。ウェルシュは不用意に近づくと火傷るするんだよ。


「・・・ふふ、なあに、君も私の才能を見れば解るさ。

 他者には理解され得ない勝利者として、私達が同類だとね・・・!」


「そして、君がY子だ。

 君も負けずに美しい・・・・・これからは私に頼りたまえ。

 仲間としてだけじゃない。女性としての弱さも私には見せてもいい・・・」


しかし、Y子は何も言わなかった。

いつもの無表情でただ目の前を見ているだけ。

なんだか少しだけ安心してしまった。

Y子はY子だ。


「おや、私は無視ですか?ムッシモール。」


「君の事はもう知っている。せいぜい足を引っ張らないようにしてくれたまえ!」

「はぁーっはっはっはっ!!!」


高らかに笑い、視線をこちらに移してピタリと静まった。


「・・・・それで?」

「・・・・その腕に抱えられている子供は何かな?

 まさか、君の子供かね森川まさゆき。バルバトスには託児所もないのか?」


するとサンドウ氏が答えた。

「まだお前には伝えていなかったな。ムッシモール。」


「ここに森川殿に抱きかかえられているのは、アニマの兵器 αアルファ だ。

 森川殿が昨日、アニマの手から奪取し、無力化に成功させたのだ。」


「・・・・・な、・・・なんだって!?」

ムッシモールの顔色が変わった。


「バカな!ならば即刻破壊するべきじゃないか!!!」


「いや、その必要はない。この通り、力を使わずに押さえ込んでいる」


「いいや甘いな!アニマの兵器など、間髪いれずに叩き潰すべきだ!!」

「その兵器をこちらに渡せ!森川まさゆき!私が破壊してやるっ!!」


一気に余裕を失くした彼の見幕は、敵を排除しようと勢いづいた・・・!


『い、いや、待ってくれ!!』

『この子は大丈夫なんだ・・・!!』


「何が大丈夫だというんだ!!知らないのか!!

 それは兵器 αアルファ だぞっ!?アニマの造り出した悪魔の兵器だ!!」


『兵器じゃなく、人として生きるためにこの子はここに居るんだ!

 頼む、冷静になってくれ。』


「ふ、ふざけるな!!兵器が人になどなれるものか!!」

「君達!!君達はどうなんだ!?こんな馬鹿げた判断に納得出来る

 訳がないよな!?立場など気にせずに素直に言いたまえ!!」


視線を受けてパーマはいつもの軽い口調で答えた。

「まあ、いいんじゃないでしょうか。ボスの決定ですしね。」


「んなっ!!・・・・・Y子くん!」


「わたしはボスの言う事しか聞きません。」


「!!!・・・・ウェルシュくんっ!!君は常識が解るねっ!?」


「死ね」


「!!!!」

「ば・・・・・バカな。

 不確定要素は早急な排除が鉄則の筈だ・・・!!

 そんな兵器ものがこのKINGSに存在するなどという事が許されてたまるか!

 予測不能な事態が起こったらどうする!前代未聞だ!シミュレーションにも無い!

 その兵器が暴走したら一体どうするんだ!!」


―――その時だった。


ゴゴゴゴゴゴゴッッ・・・!!

と地響きが鳴り、室内の照明が一瞬点滅したのだ。

『な、なんだ!?』


サンドウ氏が反応した。

「今、警備システムから連絡が入った。」


「聞いてくれ!研究施設に、アニマが発生したようだ・・・!!」


「バカな!!!」

「ここの空間システムが簡単に破られる事など・・・!!」

ムッシモールが叫んだ。


こんな狭い施設内で襲われたら堪ったもんじゃない・・・!

地響きがまた鳴り響いた!



「所長。状況は?」

パーマは極めて冷静にたずねた。


「現在B―24棟の侵入口から大量のアニマが雪崩れ込み、幾つかのエリアを

 破壊し拡大している。たった今、各々シャッターを展開させている所だ。」


ウェルシュが口を開く。

「展開するシャッターを利用して、全ての敵が此処ここへ流れ込む様に

 誘導しなさい。此処で全て蹴散らすわ。」


「それが最善でしょう。このままでは被害が大きすぎますからねぇ。」


「あい解った!私もそう考えていた所だ!!森川殿、それでよろしいな!!」


『え、ええ!それにしたって、敵は何体いるんだ!?』


「未知数でしょうな。異空間から直接侵入しておりますからな。

 侵入口だけ塞いでしまえれば数を確定する事ができます故、少々時間を要します。

 その間、この奥の運動施設へ移動し、そのひらけた空間で迎え撃つのが得策と

 言えるでしょう。」


地響きは大きくなっていった・・・・!!

これは敵の進行速度がかなり早くなってるんじゃないのか・・・!?


おれ達は奥のドアから抜けて、通路を進んで突き当たりの扉を開いた。

そこには広い運動場が広がっていた。

新体操の選手が練習でもしていそうな空間だな。



「・・・・ふむ、どうやら敵の勢いは凄まじいようだ。

 森川殿、間もなくここへ敵が到達しますぞ!

 ・・・全身の筋肉を引き締め、構えるのだ!!」


こんな時にまで筋肉だなんてアンタ・・・・


「・・・・ふ、ふふふ。」

「ふはははっ!!いいだろう!」

「ここで君達に私の実力を披露してやろうじゃないか!!」


「ついては、この隊の序列をハッキリとさせようじゃないか。

 この局面、私の力で解決してみせよう!圧倒的な力でな!!」


「そしてその際に理解する筈だ!一体誰の意思がこの隊を率いて

 行くべきなのかをな!!飾りのリーダーを、私が引き立ててやる!!」


それは確かにおれは楽だが、言い方が鼻持ちならんのだよな。

しかし、こいつの自信は何処から湧いてくるんだか・・・


「見ていたまえウェルシュくん!!私の力をな!!」


「・・・実戦経験は?」


「・・・・実戦経験?」

「そんなものは必要ない!バーチャルミッションによって全ての局面に

 完全に対応してきたのだ!!私のステータスを考えればアニマなど相手には

 ならないな!事実、バーチャルミッションにおいて私は無傷伝説を

 築き上げている!!」


「・・・は!?」

「実戦経験ゼロ・・・??」


ウェルシュは面食らったように頭を抱え、もういいとばかりに

手をヒラヒラと振ってしまった。

おれはウェルシュに近寄り、こっそりと聞いてみた。


『・・・・な、なあ。あいつ、あんな事言ってるけど、大丈夫かな。

 おれは見た目からはどれだけ強いのかどうかなんて解らないんだが。』


「・・・・無理ね。あのオールバック痛い目みるよ」


『っな!まずいじゃないか・・・!!本人は本当に一人で敵と戦う

 つもりだぞ!?』


「いいじゃない。仮にも他の候補から抜擢ばってきされたなんでしょ。

 お手並み拝見してやれば。それが嫌ならあんたが戦って助けてやれば?」


『お、おまえなぁ・・・!』

『でも、何かあったら加勢に入ってくれるんだろ?』


「はぁ?・・・・いやよ。」


『おいおい・・・・・・・』

そう、ウェルシュは結構本気で怒らせてはいけないタイプなのだ・・・


『Y子、あいつがピンチになったら援護してくれないか・・・?』


「私の役割は貴方を護る事です。」

「だからいやです。」

・・・それはあまり関係ないんじゃ・・・


『・・・パーマ。援護を・・』


「はぁ・・・いいですか?私には男性の趣味はありません。

 無理を言わないでください。」

いや、何が無理なんだよ。面倒くさいだけだろーがお前は・・・!



などと言っていると、背後の通路からドドドドッ!!と危機に迫った音が

聞こえてきたのである!!!


『・・・・きた!!』


バキバキッッ!!!!


・・・と!入り口の扉は簡単に壊れてふっとんでしまった!


場内に多数のアニマが侵入してきた!!

あれは、ランクとしてはLEVEL-1~3ってやつだ!

剣と銃火器の装備と、いかにも力を秘めていそうな巨大な体躯。

侵入してきた数はとりあえず30体ってところだな・・・!!



『ふはははっ!!さぁ来るがいい!この私が全てを蹴散らしてやろうっ!!』



先に大きく敵の目の前に突出したムッシモールは一瞬だけ

ファイティングポーズを取り、全身に力を込めた。

そしてその身体に異変が起きた・・・!!


「ふんっっっ!!!!」


ムッシモールの身体はたちまち筋肉が盛り上がっていき、

そのしっかりとした身体はさらに質量を増していった。

やがてその身長は元の1.5倍ほどのサイズに増大し、あきらかに隆起りゅうきした筋肉

が奥行を増しており、骨格が変形して肩幅が広がり、腕も長く延長され

胸板はより厚く、ウエストは締まり洗練されていた・・・!!

太股ふとももの筋肉も異常に膨らみ、膝から足先にかけて緩やかに細く

なっていき、足と足首の境目がなくなり、力強い柱の様になっている!


『な、なんだ・・・・あれ』

唖然とするおれにY子が説明してくれた。


「KINGSの戦力にはああやって肉体を強化するタイプの者が存在します。

 空間兵器を可能にする空間エネルギー。その空間エネルギーを構成する

 "アミノフォーゼ"には、原子を変換させる性質があります。

 それを利用して一時的に身体中のタンパク質やミトコンドリアを

 変質、増大させ、強化骨格を軸に身体の形を戦闘向けに変形させ

 アニマと戦うのです。」


『なんかよく解らないが、凄そうだな・・・!!』


「あれは主に近接きんせつ戦闘に特化しています。

 見たところ肉体強化の質は高いと言えます。あのランクの

 敵は楽にねじ伏せるでしょう。」


『おぉ・・・』



敵のアニマがムッシモールに切りかかった!

ムッシモールは瞬時に半歩でかわし、握りこぶしを敵の顔面に叩きつけた!

ゴチャッ!という即死を伝える音と共に敵は場内の高い天井へ舞い上がっていく!

そこからムッシモールの猛烈なラッシュが始まった!

一回の攻撃で的確に敵を仕留め、素早く激しいフットワークで次々と屍を

足元に積み重ねていった・・・!!

やがてパワータイプのLEVEL-3と手四てよっつになるが、なんと力と耐久力が

売りというLEVEL-3の手を握りつぶし、そのままの握り拳で敵の鳩尾みぞおちを貫き、

いとも簡単にLEVEL-3は葬られてしまった・・・!


『やった!いいぞ、圧倒的じゃないか!』



敵の数があと5体となった時、やはり増援が現れた!


・・・・しかし数は10体程度だ。

その敵は、まだおれが見た事の無い姿をしていた。



アニマの戦闘員はみな黒い装束を身に纏っているが、そいつらは

違っていた。真っ白だった。

大きさも2mは優に越えており、手と剣が一体化し、手が液体状であるかの様に

剣が自由にその中で動き、向きを変えていた。顔には目も鼻も口も無い。

代わりにその中央には赤くて丸い半円状の物体が埋まっていた。



『なんだあれ、見た事のない奴が現れたな・・・・』


「チッ・・・・!」

ウェルシュの舌打ちが聞こえた。

それは不吉の合図だった。


「これは、不味いですね・・・」


『ど、どうしたY子。お前がそんな事言うなんて・・・・』


「あれは、LEVEL-4です。

 LEVEL-4は厄介な相手です。特に此所では遭遇したくないですね。」


『LEVEL-4・・・そんなに強いのか?』


「LEVEL-4は、それ以前のレベルと比べると桁違いの強さを誇ります。」



「ほぅ・・・・・!!

 これがLEVEL-4か!面白い、せめて一体につき一秒は持ってもらいたいな!!」



次の瞬間、空中を腕が舞った・・・・



『!!!!!』



「・・・え?」


弧を描いて舞い上がった二本の腕が、二つの音を立てて床に落ちた。

その持ち主は、一瞬わけが解らないといった様子で立ち尽くしていた。


「ぉ・・おぉ・・・」



「うおおおぉぉぉおおっ!!!」

「ぁぁぁあああ!!!私の、わたしの腕がぁぁーーーー!!!」

「うわあぁぁぁーーーーっっ!!!」


絶叫が上がりムッシモールは両膝を地に着いた・・・!!


「あ、あぁぁ・・・・・フゥー、フゥー・・・はぁっはあ"っ」


うずくまるムッシモールの体には黒い影が覆い被さり、その黒とは

対象的な白い赤目のアニマが、手から伸びる剣を振り上げている・・・・!!


そして、その恐ろしい鋭利な白の軌跡は、彼の首元に容赦なく振り下ろされた!!


『ムッシモール!!!』



おれは思わず、腕の中の少女の視界を隠す様に抱き締めた・・・!!


ムッシモールの首が転がった・・・・・・・・・かのように思われたが


その首は胴と繋がっており、やいばはその約20センチ程上で止まっていた。

しかし、その刃を止めた存在が辺りに見当たらない・・・・

刃は自ら静止し、その下でムッシモールがひざまづいているのだ・・・!


メキョッッ!!

という音と共に、突然ムッシモールを見下ろすLEVEL-4が奥までぶっ飛んだ!!

・・・・おれはこの光景を見た事がある。


「口ほどにもないじゃないの・・・!」

ウェルシュだ!!


例の目に見えない謎の力で敵が次々にふっ飛んでいく!

相変わらず謎で理不尽な攻撃だっ!!

しかも今回は以前にも増して容赦がない!

首元を狙って攻撃をしているのだろう。それを受けた敵の首がなんと

軒並みちぎれてしまう程の威力だ!!!


「・・・あんた!援護しろとか言っといて、随分暇なのね・・・!」


『・・・!!』

おれはハッとした!

た、確かに今ならムッシモールをこちらに引きずって来れる・・・!!

おれは少女を降ろし、Y子に預け、ムッシモールの元に走った!

『おいっ!ムッシモール!!大丈夫か!!』


出血の量が多すぎる・・・!!

辺りが血で染まっていた・・・!

すかさずサンドウ氏も続き、彼は巨大なムッシモールの体を担ぎ上げた。


「すまない森川殿!面倒を掛ける・・・!!」

ムッシモールは虫の息で、言葉を漏らす余裕もない。

おれとサンドウ氏は元の位置まで後退したが、ゾロゾロと増援が現れ

その数におれ達はじりじりと後方に追い詰められつつある・・・!

おれは少女を抱き上げ、少しづつ後ずさった。


『くっ、Y子!おまえのビームで一掃出来ないのか!?』


「それは難しいです。可能ではありますが、それをすれば

 ここにいるわたし達も全員死んでしまうでしょう。」


『何故だ!?』


「あの顔に付いている赤い丸が見えますね?

 あれは奴等自身の生体反応と繋がっており、首と胴を切り離す様に撃破

 しなければ大爆発を引き起こします。」


『な、なにぃぃーー!!』

なんだと!!こんな所で爆発なんぞ起こされた日にゃあ、

そりゃあ全員あの世行きだ!!


それだからウェルシュは敵の首が落ちる程のエグい攻撃をしていたのか・・・!!

しかし、どうする!?倒しても倒しても敵が沸いてくる!!


「敵はもしかしたら自爆を狙っているのかもしれません。

 あの赤い丸が点滅したら、爆発のカウントダウンが開始された合図です。

 3回目の点滅で、奴は必ず爆発します。」


『あ!そうだっ!Y子、お前の異空間にあいつ等を引きずり込んでそこで爆発

 させるってのはどうだ!?』


「それはできません。」

「ここはもう既に異空間です。ここに異空間を作るということは、この異空間よりも

 大きいサイズ・・・つまりこの施設よりも大きいサイズの異空間は作れません。

 それを無理に作ってしまえばここの異空間が私の異空間によってパンクし、

 結果全員私の異空間に移動する事になり、爆発に巻き込まれます。

 しかし、小さい異空間では敵の空間圧力のこもった爆発によって破壊され、

 この空間ごと吹き飛ぶ事でしょう。」


『・・・く、くそっ、マジか・・・っ』


Y子は小刻みに光線を放ち、敵の首を両断している。

パーマは二人が取りこぼした敵を、何もない空間から突如現れては仕留めていた。



「・・・・くっ、ここまでLEVEL-4との実力差があろうとは・・・!」


サンドウ氏は嘆きながら、自身のベストを破ってムッシモールの傷口に巻き付け

止血していた。

ムッシモールは息を荒くしながらこちらを見て叫んだ。


「ば、化け物めっ・・・!!!」

「アニマの生み出した化け物めっ!!は、早くそいつを破壊しろっっ!!!」


おれはムッシモールから身を背けた。

少女はこちらを見上げ、おれはその視線に気付いた。

『だ、大丈夫だ・・・!!』


『すこし、怖いかもしれないけどな、けど大丈夫。』

『早く戻ってお菓子でも食べような・・・!』


おれは流石に冷や汗を止められなかった。

そんなおれの焦りが少女に伝わったのだろうか。

少女はおれの顔をじーっとみつめて、その宝石みたいな瞳におれをとじこめた。


「・・・ま・・・さ・・・ゆ・・・き」


『・・・・え!?』


「ま・・さ・・・ゆ・・・・き」


『・・・お、おれの名前・・・』


「・・・・こ・・・ぁ・・・ぃ」


『?』


「・・・こ・・・ゎ・・・い・・・・?」


・・・・何てことだ、嘘だろう!?

少女はおれの名前をハッキリ口にして、それどころか

こわい・・・?と、聞いてきたのだ・・・!

おれの事を心配してくれたのか・・・?

こわい、なんて言葉、今まで知ってたのかな。

言葉を、拾ってくれたのかな・・・・・


『あぁ、すこしだけな。だけど大丈夫さ。』

『今おれの事を呼んでくれたろ?それで勇気がわいたよ・・・!』


少女の頭を撫でて、ありがとな、と言う他に術はなく、歯痒かった。

・・・・おれは、及び腰の自分の尻を蹴飛ばして、貰った勇気を握り締めた。



『・・・・・・お前ら!!!』


『いいか、よく聞け!!!』



「・・・・!」

全員の意識がこちらへ向くのが解った。



『敵は際限無く湧いてくる!

 状況は絶望的だが、だが切り抜ける手段は絶対にある!!

 この立場の人間として、今初めてお前達に指示を出す!

 いいか!諦めるな!げるな!希望はきっとある!!

 生き延びて、生き抜いて、生きて生きて、生きまくってやるんだ!!』


おれは、出来るだけ腹に力を入れて叫んだ!


 『最後に必ず笑うぞっっ!!!」



「・・・森川殿!」


「・・・はい!ボスっ当然です!それならわたしに指示を!」


『Y子!お前は分析と提案が得意だ!今考えうる空間兵器の応用技で、少しでも

 生き残る確率のあるアイディアを教えてくれ!!』


「はいっ!そんなのはありません!!次はどうしますか!!」


『急に挫けそうだ!ポジティブな事を言うんだ!!』

「わかりました!!安心してください!死ぬときも一緒です!」

『だから死なないって言ってんだろ!あの世に行くなら一人でいけ!』

「いやです!地獄に行くなら貴方も道連れです!そしてわたしは天国に行きます!」

『ならおれはお前の足を引きずり下ろして地獄の鍋に放り投げる!』

らちがあかん!


『パーマ!お前が隠れたりナンパしたりするだけが能じゃないって事、

 見せつけてくれ!!』


「え?あはは、イヤだなぁご冗談を。私はほんとうにそれだけですよ?」

へらへら笑い出しやがった。

『お前は減給だぁーーっ!!』


「おぉ・・・これは・・・・労働組合の出番ですね!」

『そんな所でやる気出すんじゃねーよ!!』



『ウェルシュ!!』


「あ"あ"っ!?」


「今忙しいのがわかんないのっ!?ころすわよ!!」

『ヒッ!?しゅいましぇん・・・!』



俺たちはじりじりと壁際まで追い詰められていた。


『く、くそっ何とかならんのか!?』


「・・・まさか、死ぬ時は貴方と一緒とはねぇ。

 私の計画では、沢山の美しいレディ達と同じベッドで安らかに

 逝きたかったのですが・・・」


『お、おまえ死に方に高望みしすぎだろ・・・!

 おれなんて結婚できずに孤独死する事すら覚悟してんだぞ・・・!!』


「いや、わたしがいるじゃないですかーっ!」


『なんで死ぬ時までお前に心労かけつづけられにゃならんのだ!!』


「あーー!!うるっさい!!集中できないでしょ!!」


こんな土壇場でギャーギャー騒ぎ立てていると、

そんなおれ達を見てサンドウ氏が呟いた。


「君達は・・・こんなに死が迫っている時でも、心が折れないのか・・・?」


『・・・・・』


『心が折れたら恐怖に飲まれる。

 恐怖に呑まれたら、笑えないでしょう。』


『おれはこの子に勇気を貰ったんだ。

 だから、この子の為に戦うのなら、できるだけ笑顔になれる

 自分でいたいのさ。』



『心をもらうと、心を返したくなるんだ』



「・・・・森川殿・・・貴方は」



「っ・・・・空間が狭すぎる!」

ウェルシュの能力は開けた空間で真価を発揮するのだろうか。

口からビームを放つY子も、もしかしたらそうなのかもな・・・!

パーマの能力は単体が相手なら無敵だが、複数相手には相性が悪い!


いつの間にか奴等は一体一体が重なりあい、まるで津波の壁の様に

おれ達を取り囲んでいた・・・・・!!!


そして、ついに地獄のカウントダウンが始まった。


おれ達を取り囲む全てのLEVEL-4が、顔を赤く点滅させ始めたのだ!!

三回目の点滅で、奴等は一斉に爆発する・・・・!


『・・・・・まずいっ!!!』



「ぐああぁぁぁ~~~~!!!」

「い、嫌だ!!し死たくないっ!!

 死ぬのは嫌だぁーーーーっっっ!!」


ムッシモールはまさに断末魔の叫びを上げていた。

あの自信に満ち溢れた威勢の良さも、あのたくましかった腕も

彼からはもう失われてしまっていたのだ。


そして、二回目の点滅が終わった。



くっ、もう終わりだ!!


少女はこちらを見上げていた。

「・・ま・・さ・ゆ・・き」

おれは奴等に背を向けて、少女を覆う様に抱き締めた!



瞬間、Y子は、おれの方を向き、何かを囁いておれを後ろから

優しく抱きしめた・・・・・Y子?



三回目の点滅。

そしておれ達は光に包まれた。


辺りを包む轟音ごうおん。衝撃波。



即死ってやつは、痛みを感じるひまも無いらしい。

おれは死んだのだろう。





・・・・・それにしては、腕が重い。






それに体の感覚もある。あれ?おれ、息してる?




『・・・・・・・』

おれは恐る恐るゆっくりと目を開いた。

『!!!!』


おれの目の前には、目を閉じる前とは全く違う景色が広がっていた・・・!!


おれ達を除く、全てが青白く凍りついていたのだ・・・!!


辺りに強い冷気を感じ、おれ達を囲んでいた空間を埋め尽くす全てのLEVEL-4は

巨大で分厚い氷の壁に閉じ込められ、完全に静止していた。


『・・・・・助かった・・・のか』



「・・・これは」

「いやはや、こんな形で見せつけられるとは・・・流石にその力には

 驚愕させられますねぇ・・・・」


流石のパーマも、その目から笑みが消え失せていた。


「・・・あの一瞬で、私達だけを避けて氷結させたの・・・?」

「・・・・・・・」



『皆、無事か!!』


「あぁ・・・・森川殿。」

「しかし・・・・・これは驚いた・・・!

 まさしくあの αアルファ の力そのものだ・・・・!」



「どうやら、前回貴方たちの逃走中に見せたという力より、今発揮した

 力は精度が上がっていますね。見てください。」


パーマはアニマが閉じ込められた氷の壁をコンコンとノックして言った。

「ただ閉じ込められられているのでありません。

 これは細胞まで完全に凍りついています。しかも高密度の氷です。

 圧力を使わずに、水の分子を操作してこの殺傷力の高い氷に作り上げている。」

 ・・・中のアニマは即死でしょうね。」


『・・・・おれ達をたすけてくれたのか?』


「・・・・・・」

「・・ま・・さ・ゆ・・・き」


「・・・こ・・・ゎ・・・ぃ・・?」


『いいや、もうこわくなんかないさ・・・!

 きみのおかげだよ・・!ありがとう・・・!』




狭い氷の洞窟と化した空間にムッシモールの声が響いた。


「う、ぅわあぁあ~~~~~っ!!?」

「な、何なんだっ!これはっっ!?ば、バケモノっ・・・・バケモノがぁぁァ!!」


「ムッシモール、落ち着きなさい。」

「私達は救われたらしい。兵器 αアルファ にな。

 アニマの兵器は私達人類を滅ぼす為に存在するが

 私達はその αアルファ に救われたのだ。」


ムッシモールは少女を拒絶し、うずくまりながら泣いていた。

絶対的な自信と、その両腕りょうわんを失い、実力という巨大な壁に衝突し、

鏡の様に磨き上げたプライドは情け容赦なく叩き割られ、彼は混乱しているのだ。


おれは掛ける言葉が見つからなかった。


「・・・パーマ君の言う通り、アニマのLEVEL-4は完全に機能を

 停止してしまったみたいだ。森川殿、感謝する。

 ムッシモールの事はお気になされるな。両腕の止血は済み、特殊な身体を持つ

 彼はこれしきで死ぬ事はまずありませんからな。」


『・・・・・・』


「所長。施設内の状況は?」


「今確認を取ったが、此処からアニマの存在する全ての通路にかけて、

 アニマが連鎖的に瞬間凍結した様だ。恐らく、任意に空間を選択し攻撃を

 したのではなく、アニマの反応だけを攻撃の標的に選択したのだろう。

 ・・・・やはりとてつもない力だ。」



「・・・・私はっ!・・・認めないっ!!

 私は認めないぞぉっっ!!アニマの兵器などぉぉ・・・!!」


「いいや、そうはいかない。」

サンドウ氏はこちらに歩み寄り言った。


「森川殿。彼等を見てくれ。」


「KINGSの戦力として学び、鍛え、訓練を積んだ彼等の狙うポストは

 非常に競争が激しい。より優れた立場に、戦士にならんとする彼等は

 当たり前の様に他者を蹴落とし、貶め、名誉の勲章を欲しがる。」


「それが彼等にとっての自己の確立であり自らの意味であると信じているからだ。」


「優良な兵器としての承認を求め、その様に自己を顕示する為に戦い、

 いつしか何処かの何かと同一の存在と化した彼等は自己を喪失し、

 空虚な思想に自らの存在を委ね、生身の痛覚を失っていく・・・・」


「・・・故に痛みを知らず、故に痛みを引き受ける事もできず、

 故に人の生を知らずに生きる。故に人の希望を知らない・・・

 彼等は希望の為に戦うのではない。人を救うという"目標"の為だけに戦うのだ。」


「・・・結果、どの様な結末が待ち受けていたのか。

 彼はただより強い者に叩き伏せられ、そして貴方は救済の為に手を差し伸べた

 "他者"によって窮地から皆を救ったのだ・・・!」


「私は思う。森川殿。」

「人類を救う者は、希望の為に戦う者でなくてはならないと」



『・・・おれは、そんなに大きく考えた訳じゃありません。』



「はっはっ!そうだとしてもだっ!

 それが貴方という人間なのだという事は解った!

 この世界の危機的状況下でいささか気は抜けるが、これはこれで面白い

 ではありませんか!!はっはっはっっ!!」


しかしよく笑う人だな。まあやり易くて助かるが。


「・・・とまあ、しかし戦力が欠けてしまったな。

 貴方の隊は、貴方を含めた5人。

 ・・・ムッシモールはしばらくの間、治療と調整に専念しなければ

 ならない。困ったものだ・・・・代わりに他の候補者から・・」


『その事なんですが、サンドウさん。

 その人事はおれにも裁量権はあるんでしょうか?』


「・・・うん?

 あ、ああ、勿論だ。貴方が望むのなら兵を選ぶ事も拒むことも

 当然可能でしょうな。他に目星めぼしでもあるのかな?」



『・・・・・ええ。』



『実はこの子をその最後の一人に選びたいんです。』


「!!!!」


「なんと・・・!!」


『おれも、この子をどうやってKINGSに留めてやれるのかを考えて

 みたんですが、正直、他に思いつかなかったんです。

 考えてみれば、Y子達がおれを護るからおれが安全だ、ってのは

 おれと一緒にいればこの子も安全って事です。』


『それに、人類救済チームの一員という肩書きなら、KINGSに

 居続けるに相応ふさわしい立場でしょう。』


勿論、この子を戦わせるつもりは最初ハナから無い。チームの一員が必ず

戦闘に参加しなければならない絶対ルールもないだろう。理由を付けて

この子は本部でPちゃんさんとお留守番をしてもらい、戦いが全て片付いてから

この子の今後を詳しく決めいけばいいのだ。

空いた戦力を一人分充ててくれさえすれば、それで5人の体も立つだろう。


「うわぁぁーーーーっっ!!!ふざけるなぁっーーーっっ!!」


叫んだのはムッシモールだった。


「選ばれたのは私だっ!!!こ、このっわたしなのだァッ・・!!!」


「森川殿・・・・ふむ」



「はあー・・・・・」

ウェルシュは、今度は呆れ果てた顔で大きくため息をついた。


「・・・・・あんた・・・何考えてんのよ・・・疲れる。」


そう、おれはウェルシュに出会ってからウェルシュの思惑の逆の選択しか

していないように思える。・・・もう付き合っていられないってカンジだろう。



サンドウ氏は返答した。

「・・・・これ程の力を持つ戦力を他から調達する事は不可能。

 そしてたった今、その実績を見せつけられてしまった。

 貴方がその力を制御すると言うのであれば、致し方がないでしょう。」


『・・・・本当ですか!?』


「森川まさゆき殿直々の決定ですからなぁ。

 αアルファの実績とデータを各所に送っておこう。

 今の状況が状況だ。KINGS内の動揺はあるだろうが結果受け入れざるを得ない

 でしょうな。私と司令殿がKINGS内で説得に当たる事にりますが、そこは

 御心配なさらず。」


『・・・助かりますっ!!』


「なぁに、よいのです。

 私共は一度世界を失っていますからなぁ・・・

 今一度、世界の為に出来る事があるならば身を切り落としてでも

 その為に足掻きたいのですよ。KINGSには心を捨てた者も多くいるが、

 そうせずに踏ん張っている者もまだまだおるのです。」



『サンドウさん・・・』



「・・・まぁ、しかしいいですなァ!

 その力が有るだけで夏は涼しく冷房要らず!

 体温が低下した状態からのマッスルの発熱が心地よいのです!!」


『は、はあ・・・・』


「見て下され!これがサイドチェストッ!!」

「これがフロント・ダブル・バイセップッッ!!!」

「はっはっはーーっ!!見事なモノでしょう!!!」


いや・・・・筋肉カンケーないでしょ今はっ・・・!!


「所長、笑っている場合ではありませんよ?」

「この巨大な氷の塊。まさか、かき氷にする訳にもいきません。」


「そうだな。これは私達が処理しよう。

 君達は少し休息を取ってバルバトスへ戻るといい。

 必要な物資の搬入は既に完了している様だ。ヘリコとシアンも

 移動が完了している。」


『・・・・そうだな。それじゃあ、そうさせてもらおうか。』



「・・・・・」

そういえば静かだなと思ったら、Y子が黙って氷の壁を凝視していた。


『どうしたんだ?Y子?』


「かき氷・・・・じゅるっ・・・」


『・・・あのな、具材入りだぞ?これ。』

パーマのは冗談なんだからな?Y子、わかるよな・・・?


「・・・かき氷は氷よりもシロップを重視する方なので・・・・

 ・・・これはこれでワンチャン・・・・」

ぇよっ!!敵の体が入ったかき氷なんて異物混入じゃ済まんわっ!』


一体何がお前をそこまで駆り立てるんだ・・・まあ食欲か。

・・・しかしさっき、敵が爆発しそうな時お前、何か言ってたよな

・・・・何て言ってたんだ?



ともあれ、この氷河期状態の空間をとっとと出てしまう事にしたが、

ムッシモールはやはり変わらず頭を地に着け、ブツブツと言葉を

漏らしていた。しかしそれを聞き取る事は出来なかった。

・・・・彼はこれからどうするのだろうか。



サンドウ氏の言葉の通り、おれ達は、外へ空間接続するまでの少しの間

応接室でコーヒーを飲みながら一息つき、時期を見てKINGS本部

・・・もとい《バルバトス》へ戻る事にした。



「森川殿!」


サンドウ氏は最初の出入り口まで見送りに来てくれた。


「森川殿。」

「筋肉はいいですぞ!貴方ももっとからだをお鍛えなさい!!」


いや何で別れの切り出しが筋肉の話なんだよ・・・!!

『は、はは・・・考えておきます。』


「ムッシモールの事は気にする必要はない。

 シミュレーションでは学べない巨大な物を奴は得たのですからね。

 ・・・あとは、此所の強靭な空間プロテクターをどの様に破って奴等は

 侵入してきたのか・・・・それを解き明かさなくては。

 幸い、そのの力で被害が最小限で済みましたからな。

 直ちに解明してみせますよ。」


『本当にいいんですか?おれ達に出来る事があれば・・・』

このまま帰るだけじゃあなんだか悪い気がするんだよな・・・


「はっはっは!良いのですよ!!

 KINGSは規模が小さいですからな!各々の対応能力は高いですぞ!!

 心配なされるな!」


「・・・森川殿、共にアニマを討ち、その暁には一杯飲みにでも行きましょう。」

「そのためにもとの繋がりにここは一つ、期待させて頂きますよ。」



『・・・・!』

『・・・・・はいっ!』



この事件に巻き込まれて、初めてまともな誘いを受けた気がする。

戦いなんて関係の無い、そんなお誘いなら是非にと思った。


・・・この人達は、一体どんな酔い方をするだろうか


破滅の未来からやって来て、平穏な世界で敵など考えずに酔って

一夜を明かすのは、彼等からしたらとても価値の有ることだろう。


彼等の決断の重さを間違える訳にはいかないな。




外に出るとそこは街中ではなく、農村部の田舎道であった。

空はすっかりと夜のとばりに覆われており、

空には満点の星空が広がっていた。


「・・・あー!!」


『どうしたY子!!』


「やらかしました!!折角せっかく四川省までやって来て、美味しいものを

 一つも食べられていません!!!」


『・・・はぁ、なんだよそんな事か。』


「どっか行きましょう!!麻婆豆腐マーボードウフとか麻辣火鍋マァラァフオグオとか食べたいです!

 それまではわたしは帰りたくありません!!」


「そうも言っていられないでしょう

 市街地は先程の一件に触発されて異空間反応を濃く示しています。」


「ヒドイです!いやです!ボス!全ての異空間を破壊しましょう!!

 わたしのお小遣いはこんな時の為に貯めてあるんですっ!!」


「あーもーうっさいわね!お腹が空いたならそこら辺で鳴いてるカエル

 でも食べてなさい!私はさっさと帰って寝たいの!」


「ボスー!!聞きましたか今の発言!カエルを冒涜ぼうとくしましたよ!!

 美味しいのに!!」


Y子・・・お前色々とずれてるよ・・・・


まったく、ようやく外に解放されて一息ついてるってのに。

おれは頭上に広がる星空のパノラマを見上げた。


「キレイに星が観測できそうですねぇ。」


その時、夜空をひとかけらの小さな宝石のつぶが線になって流れた。

『おぉ・・・!みてみ!』

語り掛けると、少女は同じく夜空の彼方を見上げた。


『あれだ。あれが北極星で、あれがきりん座、あと北斗七星。』


「おや、お詳しいのですか?」


『昔、天体観測に少しはまってたんだ。まぁかじった程度だけどな』


そう、そしてあの北極星の近くにあるケフェウス座。

初めて見つけた星座があれだった。


『・・・・・・・』


『・・・アルフィルク』


『そうだ。“アルフィ”なんてどうだろう。』


「・・・・?」

少女は不思議そうにおれの顔を見た。


『名前だよ』

『きみの、なまえ』


「もしや、それは星の名前なのですか?」


『そうさ。あの北極星のすぐ近くにあるケフェウス座。

 その腰のあたりで光ってる星の名前。アルフィルクっていうんだ。』


パーマは軽く肩をすくめる様に言った。

「星座から名前を頂くなんて、なんともロマンチックですねぇ」


「わたしの提案する“マーベラスカツ丼セットβベータ”は駄目なんですか・・・?」

『お前はとりあえずカエルを食べて腹を満たせ。』



『・・・アルフィー。だから、“アル”ってとこかな』


「愛称が“アル”じゃあ αアルファ と大して変わらないじゃない。」

が。」

ウェルシュが突っ込んだ。


『兵器としての記号と、星から貰った名前とじゃ大違いさ』


『・・・・いやか?』


「・・・・・」

「・・・ぁ・・・ぅ」


「・・・ぁ・・・る」


『そう!アル!』


「あ・・・る・・!」


ケフェウス座をめがけて眼差しを飛ばせば

満点の星座達が囲む星の海でアルフィルクが小さく輝いている。


そしてそこにまた星屑が流れて流星群が姿を表した。


少女は、夜空の宝石が瞬く美しい海と、その中を泳ぐ幾つもの流れ星を

一緒に瞳の中にちりばめて、大きく目を見開いて見上げていた。



きみが願えば、何だって叶うさ

もう流れ星だってきみの中にあるんだ




「・・・・ぁる!」

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