第13話 《午後のロリポップ》


シャーーっと、バスタブからシャワーの音が部屋中に広がっていた。


この先当分この部屋に滞在する事になるだろう。

二度目のバスタブの利用は、自分をキレイにするためではなく、

Y子と二人掛かりで、この小さなお客さんを清潔にする為のお風呂屋さん

として機能していた。


『どうだ、順調か?痛そうにしてないか?』


「大丈夫です。ふわっふわーのあわっあわーですハイ。」


髪の毛を洗い終えて頭にタオルを巻き、それが濡れない様にしながら

Y子はボディソープを大量に泡立てて、女の子の体を手で洗っていた。

その体は、あのボロボロの布切れの下まで傷でいっぱいだった。

『優しく洗ってくれよ?』


「なぜ5回も言うんですか・・・貴方の妻ですよわたしは。」

『詐欺師かお前は。』


『・・・・なんで服の下にも傷があるんだろうな』


「普段から痛みを伴う調教をされていたのでしょう。

 衣服も着用させて貰えずに過ごしていたとしても不思議はありません。

 ともなれば身に付けていたあのボロボロの布は、兵器としての

 戦闘服、装飾品、といった程度の物かもしれません。憶測です。」


憶測だろうが、その生々しい傷を見れば怒りが沸き上がってくる・・・

幼少からの刷り込みというやつは、根深く心に食い込むものだ。

そんな最悪の環境に有りながら、今、こうして大人しくしてくれている、

というのは運がいいと言ってもいいのだろうか。完全におかしくなってしまって

いたら、手の施しに困るからな。


『・・・・食べ物はどうしてたんだろうな。この後いきなり食べさせたら

 マズいよな・・・・おかゆみたいな物がいいか?』


「先程医務室で体内を簡単にスキャンしてみました。若干じゃっかん通常の人間とは

 内臓の形や位置等が違いますが、消化器系はしっかり付いています。

 体全体の機能が衰弱していますので、これらの臓器に負担を掛けない事が

 大切です。」


「胃のサイズが小さいので食事は少量ずつ、量を調節する必要があります。

 パーマにお粥を作ってもらうよう声を掛けておきました。

 後からリビングルームへ行きましょう。」


『そうか。』

『しかしこういう時に、医者や料理人がいないと大変だよな・・・・』


「ここには本来、常駐医がいるのですが、今は他所へ出向いているので

 一時的に不在なのです。」


じきに戻ってくるのか?』


「その筈です。」

二階のエレベーターから下りると医務室がある。医者が不在では意味が

無いではないかと思ったのだが、やはり余程よほど人手不足の様だな。


「では流します。すいとんの術っ!」

シャーーっと、言葉だけは一丁前の忍術で泡が流れ落ちていく。

流石はシャワーヘッドだぜ。

おれは体を拭くための清潔なバスタオルを用意し、脱衣スペースで二人が

出て来るのを迎えた。


パッと広げたタオルをくるっと巻き付け、退散だ。

まあ、ぶっちゃけおれは何もしていないが後はY子にお任せだ。

すると、コンコンッと心地よいノックの音が部屋のドアから聞こえた。


おれにはわかる。Pちゃんさんだ・・・!部屋を訪れるだけでも、

インターホンを爆押ししまくった壊れかけのロボコップとは何もかもが違い、

ドア越しでさえ気品と華麗さを感じられた。

心が踊る気分でドアを開けると、やはりそこには女神が立っていた・・・!!


「お待たせしました。さっきお伝えした子供服、持ってきましたよ!」


『どうもすみません。今ちょうどシャワーが終わったところでした。』


Pちゃんさんを室内に招き入れると、彼女はその両手に下げられた紙袋を

床にトサッと置いた。そのアパレル店の紙袋を覗くと中には子供服がいっぱいに

詰まっており、その数々におれはぎょっとした!

『ず、ずいぶん沢山たくさんと・・・・』


「あ、あはは・・・見ていたら楽しくなっちゃって・・・・カワイイの沢山

 買っちゃいました」


『は、はあ。』

それにしても不思議だ・・・・・・

・・・・この子供服の数々は一体いつ購入したのだろうか。

先程の戦闘で、今KINGSは空間を外に接続する事が出来ない。


・・・・・まさかPちゃんさんには、子供が居るのだろうか?(血管ぶち切れ)


そんな不吉な予感と関わらず、Pちゃんさんはおれの隣で

控えめな困った顔でテヘペロっと笑った。可愛さで殺すつもりですか・・・!!


「司令、そこで子供に鼻の下伸ばしてるク●ロリコンはほっといて下着を下さい。」

『おいいぃぃっ!!最低な勘違いはやめろおぉっっ!!』

しかも口悪っ!


しかしタオル巻きは寒いからな。Pちゃんさんは、はぁ~い、と相変わらず

光の構成物質で形作られたような返事で、紙袋から小さい下着を取り出し

二人の元へ持って行き、女の子に着せてあげていた。


・・・・どうやらPちゃんさんには、この子への抵抗は無いように見える。


二人はベッドに少女を挟むように座り、その身体中の傷に薬を塗布とふしたり、

包帯や湿布等を施していた。Pちゃんさんは少女と子供服の入った袋を交互に

見たりしながら、うんうん・・・などと呟いていた。


それが終わると、「取り敢えずはこれかなっ」と柔らかそうな白いふわふわの

パジャマを取り出し、ゆっくりと着せてあげるとサイズはピッタリで、

にあってますねぇ~なんて言って、濡れた髪を優しく手ぐしで後ろへ流していた。

そんな様子を見ていたら、二人が本当の親子だったら・・・・などと

勝手に想像してしまうのであった。


「じゃあY子、あとはカワイ~くしてね!」


「はい。了解しました」


「まさゆきさん、終わったらあの子と食事をとって、一緒に私の執務室へ

 来て下さい。今後の事について色々とお伝えしたい事がありますので。」


『わかりました。何から何までありがとうございます。』

『で、Y子は今から何をするんです?』


Pちゃんさんは、少女の方を見て、ふふっ。と微笑み

「女の子はキレイにならなくっちゃ」


と言って、おれの方を少しだけニコッと見てから行ってしまった。


Y子を振り返ると、両手にドライヤーとハサミを持っている。

『あぁ、髪を切ってあげるのか・・・って、お前上手く出来るのか?』


「司令の指示です。信用してください。

 わたしのシ●ーハンズばりのテクを見たら震えますよ実際。」

いや、心配で震えるよ。


『・・・前もって言っとくがな。剃り込み入れたり、

 まげったりしたらマジでチョップだぞ?』


「・・・・・・・。」

「しませんよっ!そんな事はっ!」

『いや何だよ今の間はっ!』


しかし、実際に始めると実に器用にハサミが入り、少女に巻いたケープを

その伸び放題の髪の毛がスルスルとすべり落ちていった。


『・・・・おぉっ!』


「出来上がりました。」


なんと、ものの10分程度で少女の髪は完成していた。


シャワーを浴びるまでは汚れていて所々固まっていた髪は、本来の色を取り戻し

青い夜空の色の髪がはっきりと見える。前髪が6:4で左から分けられて

長さは顎まで。全体がショートボブですっきりしていた。


Y子は少女をベッドに座らせ、その顔を覗きこんだ。


『驚いた。お前こんな特技持ってたのか・・・』


「どうやら左右で瞳の色が違うようですね。」


『ん・・・・?あ、本当だ。』

ほとんど髪の毛で見えなかったが、今はよくわかる。

その瞳は、左目が天然石みたいな深いあい色で、右目は、まるで澄んだ海の中が

陽光で照らされたかの様な、淡く輝る綺麗な水色だった。

青空と青い海が淡く溶け合ったようだ・・・・・・


「オッドアイってやつですよ。このロリコンが。」

『ロリコンじゃねーよっ!』


ともあれこの子は、ここに来た時見た目も臭いもだいぶ酷かった。

人間扱いされてなかったんだからな。

それが見違える様にキレイになったのだ。

あとは栄養をとって、傷を治し、心の傷の問題だな・・・・


『よかったなー、キレイになって!』


「・・・・・・・」


少女は、ふわふわのパジャマのすそをさわさわと触りながら目の前のおれを

その青い瞳でみつめていた。

その瞳に は、今世界がどう映っているのだろう。

そのふわふわのパジャマは、体重を預けているベッドは心地いいだろうか。


『さて、じゃあ飯でも食いに行こうか!』

流石におれも腹がへっていた。

リビングではパーマがお粥を用意しているらしい。

いこう、と促すと、少女はベッドからよろよろと降りて床に立つが、

足がよろけてしまっていた。


暖かい空間で、シャワーでスッキリして、暖かい服を着て、

身体の緊張がほぐれたのか?いや、それとも体力が殆んど残っていないのか。

いずれにせよ、見るに忍びない。

ここで寝かせてやりたい気もするが、その前に口に何かを入れた方がいいだろう。

おれのズボンをきゅっと握る少女を抱っこし、リビングに移動した。




「おや、来ましたね。」

パーマはバーカウンターでミトンを着けて、両手には土鍋が抱えられていた。

「おおっ!美味いやつじゃないか。」


「土鍋はお米を美味しく仕上げてくれますからねぇ。」

パーマはそう言って器にお粥をよそってくれた。

卵粥だ。細かく切ったカボチャとお芋、上から香草が散らしてある。


『料理なんて出来るのか。これは美味しそうだな!』


「ふっ、モテますからっ!」声にエコーがかかった。


「Y子、それを食べたら貴女は異空間の調整に掛かってください。

 さっきの戦闘で防御壁が不安定になっています。貴女の空間調整が

 最も領域展開の質を高めてくれますからね。」


「ふ、いいでしょう。しかし、それはこのお粥が美味しかったらの話・・・

 はむっ!?こ、これはっ!!えぇい!この粥を作ったのは誰だっ!!」


『パーマだっつってんだろ。ここは美食倶楽部じゃねーんだよ。海原か。』


『おなか空いてないか?』

少女をおれの隣に座らせて、パーマがよそってくれた小さい器を受け取り

プラスチック製のスプーンで粥をすくい、少し冷ましてその口元へ近付けてみた。

「・・・・・」


食い意地の限り、一心不乱に粥を口に運ぶY子を見ながら少女はゆっくりと

スプーンを咥えた。

『あつくないか・・・・?』

「・・・もにゅ、もにゅ。」

不思議そうな顔をしながら口を動かしてくれた。安心だ。

水を注いだコップで喉を潤しながら、スプーン3口分ほど食べ終えると

そろそろ限界のようだった。


『おいしかったか?』

「・・・・・・・」

ずーっと、こちらを見つめているが、なにか伝えたい事でもあるのだろうか。

よく解らないので取り敢えずアタマを撫でてみた。

おれは自分のお粥を掻き込み、Y子は土鍋に直でスプーンを突っ込んだ。

フードファイターの見幕で全てを掻き込んで決め台詞を一言。

「わたしの胃袋は・・・宇宙だァ。」


「さぁ、食後のアメちゃんをどうぞ。」

パーマはそっとロリポップを取り出し、おれと少女に手渡した。

『おぉ!準備がいいなパーマ!』

「何でわたしにはくれないんですか!」


「貴女はポケットに沢山入ってるでしょう?」


「食べたらなくなるでしょーが!」

『本当に入ってるのかよ・・・』


おれは少女にアメの食べ方を教えて、一緒に口にくわえた。

その時、その変わらない表情がぴくっと動き、飴をなめるのに一生懸命に

なったみたいだ。甘いものにはかなわないな。


『あはは。飲み込んじゃだめだぞ?』

少女はまたおれの顔を見上げるので、おれもそんな少女を見て

二人でアメを味わった。


Y子は不満気にこちらを見ながら

ポケットに手を突っ込んで、そのお洒落なショートパンツからは

普通は出てこない筈のコンビニのチキンの袋を取り出し食べ始めた。

『いや、飴じゃないのかよっっ!!!』


食事が済んだので、片付けを始めたパーマに甘えて、おれは少女を抱っこし、

執務室に向かう事にした。エスカレーターから2階へ上がり、通路を直進するのだ。

Y子とはエレベーターで別れ、そのまま歩き出すと、少女はうとうとし始めた様だ。


おれは執務室の二枚扉をノックし、麗しいその「どうぞ」という声を合図に

扉を開けた。中にはかぐわしいコーヒーの香りが漂っており、自然と安心させてくれる。


「わぁっ、可愛くなったねぇ~」

「ちゃんとおなかいっぱいになったかな?」

そう言ってPちゃんさんがこちらへ歩み寄って少女の顔を覗き込む。

眠そうに半分目を閉じつつあるその表情を微笑んで眺めると、こちらへ、と

ソファーへ誘導してくれた。

おれは少女をソファーへ寝かせようと思ったが、眠いながらにその小さな手は

こちらのYシャツをきゅっと握ったまま離してくれなかった。


「まさゆきさんの腕の中がいいみたいですねっ」

Pちゃんさんは囁いた。

仕方がないのでそのまま二人でデスクの椅子に座る事にした。

Pちゃんさんはコーヒーを目の前に運んでくれたので一口頂いて

本題に入る。





「さて、今後の事ですが、最終目標は機関アニマの消滅です。」


緩んだ空気が締まった。


「しかし、直ぐにアニマの軍勢に真っ向から戦いを挑んで戦うのは

 現状、非常に厳しいというのが現状です。」


そりゃそうだ。

さっきの戦いだって、空間の歪みから敵がとめどなく溢れてきたが

それ等を全部相手にするなんて選択肢は現実的とは言えないだろう。

数の暴力のリアルな恐ろしさを目の当たりにし、嫌でもその恐怖を

学習させられたんだ。


「わたし達はアニマの内部へ侵入し、その心臓部分を破壊する事で

 アニマの崩壊を目指す事になります。その時はアニマも総力を挙げて

 私達を抹殺しようとするはずです。」

 

「その猛攻を防ぎ、突破口を開く大規模な兵器が現在製造されています。

 空間兵器技術の最高峰を集約し製造された巨大兵器・・・・・・

 《超越振動砲ちょうえつしんどうほう・シャガンナート》

 これを持ってして機関アニマの強大な戦力を押さえ込みます・・・!」


『シャガン・・・ナート・・・・』


「その射程に入った存在を、原子レベルに強制分解し超圧力で任意空間に

 はりつけにする殺戮、抑圧兵器です。」


『な、なんだか凄そうですね・・・・・』


「シャガンナートが完成するのは早くて3ヶ月後。しかし、問題があります。」


『問題?』


「はい。アニマがこの世界を、その無限の軍勢で瞬時に押し潰してしまわないのは

 アニマが時空間移動の過程で、ある障壁に阻害され、こちら側へ完全に移動

 する事が出来ないからです。」


「しかし、アニマを阻害するその障壁は時と共に磨耗し、やがて消滅して

 しまうんです。それが、約3ヶ月後。」


『え、そ、そんな事になったら・・・!』


「はい。この世界は必ず滅亡します。」


『・・・・・!!!』

それはかなり危機的な状況じゃないか・・・・・!

いや、それは前から分かっていた事ではあるが、あと3ヶ月だって!?


『それまでにそのシャガン・・・ナートってのを完成させられなければ、

 問答無用で強制的に人類は滅亡するわけですか!?』


「その通りです。」

「そして、問題はそれだけではありません。

 今この世界に出現しているアニマは、全て私達の世界からやって来た存在です。

 ・・・・ではこのには、アニマは発生しないのでしょうか・・・」


『あ・・・・』

『そうか・・・・のち世界を滅ぼす事になるアニマが、必ず現れるんだ・・・』


「そうです。もしそうなれば同じ世界にアニマが2つ存在する事になり

 約3ヶ月間、時空間の障壁が耐えられるとしても、そうなっては

 勝ち目はありません。」


『この世界のアニマは、そんなに早く現れるんですか!?』


「この世界のアニマが、いつ出現するのか、その詳しい日時は不明ですが、

 KINGSは、それがこの3ヶ月以内である可能性が高いと推測を立てています。

 ですから、アニマの反応に敏感に反応しなければなりません。」


「アニマの“謎”を紐解く必要もありますね。」


「アニマはその性質上、一定空間に小規模で発生し、急速に無限増殖した存在

 という仮説が最有力の考えです。したがって発生した瞬間、それが無制限に

 増殖する前に消滅させます。」


「そして、その作戦も必然的に私達が遂行するのです。

 そう。森川まさゆきさん、あなたのその手によって。」


『・・・・・おれの手で・・・・』

おれに出来るのか?いや、おれに一体、何が何が出来る・・・・?


『!』


Pちゃんさんは、その透明でしなやかな手をこちらの右手に重ねて、

そのアンバー色の視線をこちらの視線にそっと重ねた。



「あなたに出来る事は、あなたの手の内にあるものでしか成し得ない」


『・・・・!』


「あなたの手の中にあるものは、何ですか?」

「・・・私達を見てください。あなたは、一人じゃありません」


『Pちゃんさん・・・・・・』


彼女は優しい春風の様な笑顔を浮かべて、そう言ってくれた。


「それに、貴方を囲む隊の最後の一人もまだ合流していません!

 手の中にあるものは、きっと増える事だってあるんです。」


『あ、あぁ。そうでしたね・・・・・!』

『その、最後の一人は一体どこに?』


「《彼》は現在、中国の空間領域にあるKINGSの拠点に一時滞在しています。」

「名前は “ムッシモール” 多くの候補者の中から選ばれたエリート戦士です。」

「明日はそこへ向かい、彼とあと二人、ここの常勤医師であるDr.ドクター“ヘリコ”」

 そして、空間兵器のスペシャリスト、“シアン”を迎えます。」


「ヘリコとシアンは、私も交流がありますがかなり頼りになりますよ!」


『その・・・えぇっと、ムッシュ・・・えー、ムール貝じゃなくって・・・』


「ふふっ。“ムッシモール”です。」

「私は彼とは会った事がありません。しかし、他の候補者の中でも抜きん出た

 圧倒的な能力を示し、選抜された特別な戦士・・・と聞いています。」


『・・・・はぁ・・・まあ、あまりクセの少ない人だと有難いんですが。』


「報告では、とても自信家だそうですよ?」


あぁ、なんか苦労の予感がするんだが・・・

杞憂きゆうであってほしい。今でも十分やつらの個性にてんやわんやなんだ。

大体、が強い奴等が集まったら衝突の仲裁でおれが消し飛んじまうじゃねえか。

アニマがどうこう以前におれが死んでしまうぞ。


「明日向かう拠点は、研究所としても機能しています。

 そこで、所長の“サンドウ”に会って頂きます。」


『そうか。“森川まさゆき”としてKINGSのお偉いさんと顔合わせしないと

 いけないのか。』


「そうですね。ふふ。一番偉いのはまさゆきさんなんですけどねっ。」

「とはいえ、貴方はKINGSの一つのシンボル的な存在でもあります。

 《森川まさゆきの出現》は早急に各々へ通達され承認されるでしょう。

 しかし、そうであるが故に、あなたを単なるシンボルと見なし、

 欲の為、KINGSの実権を我が物にしようと考える者も居る。

 という事を覚えておいて下さい。」


『・・・人類の運命がって時に、よくもまぁ』


「・・・そうです。だから兵器技術を巡った争いも絶えませんでした。

 でも安心してください。別の言い方をすれば、まさゆきさんはその点は

 自由です。そういった方々には引き続き私が対応し、あなたは任務に

 集中できる筈です。この差し迫った期間で、あなたの動きを阻害する事の

 意味は誰もが解っています。

 しかし当然、接触すべき方々にはお会いしてもらいます。」


『そ、そうですか。わかりました。』

組織だもんな、足の引っ張り合いなんて、そりゃあどの世界にもあるもんだよな。

Pちゃんさんは、世界の行く末を横に置いても自分の欲にすがろうとする連中の

矢面やおもてに立ってきたんだな・・・・若いってのに苦労してきたろう。


「明日はその研究施設でこの子の精密検査も実施します。

 アニマに埋め込まれた、物理的な兵器としてのさがは完全に把握しておく

 必要があります。」


「もし、爆弾の様な機構が組み込まれていたら、それ等を除去しなければ

 なりません。」


『ば、爆発・・・!?』

そ、そうか、人を人だと見なさないって事は、そんな事も当たり前の様に

出来ちまうって事だもんな・・・・!

本当にふざけていやがるよ。


「さっきの精密検査では、目立った物は見つかりませんでした。

 しかし、ここの機材ではもっと高度な検査はできません。」


『急を要しますね。何ともなければいいんだが・・・・』


「・・・・それと、この子の事なんですが。

 KINGSは、人類救済の特殊な組織です。原則、一般人や、ましてアニマの

 兵器と言われる存在を留めておく事は認められません。それを貴方の

 権限で無理に受け入れる以上は、それに相応ふさわししい大義名分が

 必要です。」


『たしかにそうですね・・・・』

『Y子にも言われました。アニマの兵器を憎む者も当然いると。

 納得を得られるかは解らなくとも、理由が無ければな・・・・』

ウェルシュの時みたいな反応が飛んできても、この子を守らねばならないのだ。


「それを、明日までに考えておいてください。」

「開示できるKINGSの情報は、のちにデータでお渡しします。」


眠り続ける少女は、差し迫った世界の切迫状況なんて微塵も感じさせない

穏やかな寝顔を浮かべていた。

この子の顔に苦痛なんて浮かばない世界にしなきゃいけないんだよなと思った。


「KINGS内部での煩雑はんざつな仕事はかねてより私の仕事です。

 まさゆきさんもとっても疲れていますよね。

 今日はもうご自由にお過ごし下さい。」



Pちゃんさんの用事はこれにて終了した。


自由に、か。

体の困憊こんぱいが、今日はもう寝かせてくれと訴えかけていた。

少女もぐっすり眠ってしまっている様子だし、おれもそうする事にする。


明日は中国の研究所か・・・・

何事も無く、無事に過ぎればいいんだが、いかんせん

コンビニにプリンを買いに行っただけで死にかけたぐらいだ。


ほころびだらけになった平穏は、それでいて、不思議なえにしでおれの

腕の中に姿を表した。安らかなもんである。

時の流れによって形を変えるの中で、を見分ける術は何処にあるだろう。


それはきっと、こんな安らかな寝顔の中なんかに有るんじゃないだろうかと、

おれはふとそう思ったのである。

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