第12話 《KINGSと王冠と》



満身創痍・・・とはまさしくこの事なんだろうな。

急激な激しい運動で疲労した筋肉。連続で強打した尻。癒えない体中の打撲。

体力を使い果たし、女の子を横に降ろして座り込むと、立ち上がる気力がすーっと

消えていった。


KINGSの内部は、しばらくの間、地震に見舞われた様に揺れ続けた。

敵の空間兵器と高度な攻防戦を繰り広げたらしい。

Y子とウェルシュは帰還してから即座に、異空間を維持するプログラムを強化し、

その未来的な攻防に着手していた。

おれはなんとか息を整え、嫌がる足に張り手をかまし、エントランスにある

カーブを描いた長椅子に女の子と腰掛け休んでいた。


『よく頑張ったな。』

『もうだいじょうぶだよ。』

横にちょこんと座る女の子のアタマを撫でて、話かけた。

微動だにせず、ただ目を前に向けて、じっとしているその姿は

果たして本当に呼吸をしているのだろうかと、心配にさせるほどの静けさだった。


横に設置してある自動販売機で何かジュースでも、と思ったが、

ラインナップはブラックコーヒーかミネラルウォーターしかない。

実に夢の無い販売箱である。


などと思っていた所にパーマが階段から下りてきた。

「お疲れ様でした。無事で何よりです。」

と、その胡散臭い微笑をニコッと浮かべた。


『今の状況はどうなっているんだ?』


「先程ようやく敵の包囲網を突破しました。

 敵の兵器に囲まれた状況からの脱出は流石に骨が折れましたが、

 結果オーライといったところです。」


もっとも、貴方が連れてきたそのαアルファが平穏を保っている限り・・・

 ではありますがね。」

パーマは滑る様に視線を女の子に移した。


『大丈夫だよ。・・・・・たぶんな。』


「フフっ、貴方は不思議な方ですね。

 自身を破滅させるために遣わされた存在を、なんと敵の手から

 奪って帰還し、それでいて現在ノープラン。

 ・・・・現にαアルファはその力を活発化させる事なく沈黙中。

 どのような手段を取ったのですか?」


『どうもしていないさ。ただ迷子の女の子を保護しただけだ。

 警察にも連れて行けない訳だろ?』


パーマは吹き出して笑った。

「失礼。あまりにも何と言いますか、ふふ、変わったお人ですねぇ貴方は。」


いや、おまえ達には言われたくないんだよ・・・・


「さて、では司令室へ向かいましょう。司令がお待ちです。」

おれは女の子を再度おぶり、地獄の様な階段を上って司令へ向かった。




「・・・・やってくれたわね。」


ウェルシュの殺人的なその眼光は、おれと女の子に向けられていた。

司令室にはPちゃんさんとウェルシュ、Y子、パーマで全員揃っている。


「そこを退きなさい!

 爆弾持ち帰る馬鹿が一体どこの世界にいんのよ!」


『わ、解ってる!落ち着いてくれっ!』


「落ち着いて欲しかったらさっさと退きなさい。

 一瞬で破壊してあげるから・・・・!」


女の子は後ろに立って、おれの右足に隠れる様にしてしがみ付いていた。


『やめてくれ・・・・!

 相談できる状況なら説明していたさ。でも無理だったんだ。

 それに今こうして力を使わずにいられてるだろ?』


「その力を使ったら次の瞬間にでも全員死ぬっつってんのよ」


Pちゃんさんはゆっくりとこちらへ近付き、おれと女の子を交互に見て言った。


「・・・まさゆきさん。」

「兵器 αアルファについては聞いていますね?

 その力があまりにも強大な事も知っている筈です。

 ・・・・教えて下さい。一度はあなたの命を奪いかけた筈のその子を

 何故、アニマの手から連れ出そうと考えたのですか?」


Pちゃんさんは最高司令官だ。

ここで何を生かすも殺すもこの人に掛かっている。

KINGSの運命を同時に担っているこの人にとって、この女の子の存在は

最大の驚異として目の前にあるのだろう。


『・・・・理由なんて、大したものじゃありませんよ。

 こんな状況の子供をほっとける訳がなかったので助けようと思いました。』


「理由になってない。」

ウェルシュがサクッと言葉を差し込む。お説ごもっともだ。

Pちゃんさんは次のおれの言葉を待つ様に真剣な表情でおれの目を見つめている。


『・・・・おれはここへ来て、あなた達と出会って、不思議でした。

 KINGSってのは、さしずめ人間を守るために存在してるはずなのに、

 何でその一員に、人間である事を捨てさせようとするのか。』


『特殊な能力を持って、人間離れした戦いをし、アニマに抗うそんな

 あなた達は確かに特別だと思う。でも、自分が人であるかなんて、

 誰かから承認を受けるような事じゃない。

 それなのに、あなた達はあなた達を兵器と強調するんだ。』


『KINGSが本当にあなた達をただの兵器だと見なすのなら、

 その理屈がここの絶対法則であるなら、あなた達はみんな同一人物みたいな

 ものじゃないか。でもあなた達はあなた達のはずだ。

 違うとは絶対に言わせない。ここに居るのは人間なんだ。』


『それなら、この子の中にある心を見てやってほしいんだ。

 そう生まれたから、ではなくて、自分で生きることを選ぶ事のできる

 この子の可能性を見てやって欲しいんだ・・・・!』


「・・・・あんたねぇ!

 いい?そいつはアニマに生み出された存在なの!

 それをここに留置する権限なんてあんたには・・」


「ウェルシュ、黙りなさい。」


Pちゃんさんの鋭利で冷静な声色がウェルシュを制止した。


「・・・森川まさゆきさん。

 私達は一つの組織として機能しています。

 私達はこれまでアニマと長い間滅ぼし合ってきたのです。

 そしてαアルファと呼ばれる存在は、アニマの中でも極めて危険な存在でした。

 ・・・・アニマに属していた存在をここへ受け入れるには、組織の全体を

 動かす程の大きな力を必要とします。」


「あなたは、その子を救うために、この現状をどう打開しようと考えていますか?」


そう。これが問題だった。

何を言おうが“組織”というものの前ではにすぎない。もし、

そこに打開策さえあれば、それをただのから昇華させる事が出来るのだが。

一つの組織を動かす難解な答え。



・・・・しかし、その答えを既におれは持っていた。




『・・・・・アニマを討ちます。』




「・・・・・!」

「まさゆきさん・・・それは・・・!」



「・・・っ!!」



『KINGSが人に兵器である事を課すのなら、

 そんなKINGSの性質を規定するのがアニマとの戦争なら』


『おれが、アニマなんて機関は消し去って、組織を変えてやる・・・!』



KINGSが負ければ人類は消滅。

“森川まさゆき”が現れなければKINGSの計画は失敗。

とっとと“森川まさゆき”を立てなければ時間切れ。


おれは命を救われ、こいつらは当たり前の様に礼を求めず、

行く宛の無い傷だらけの少女が、命に関わる危機的状況にあって



・・・・・いつの間にか

おれの中には、やつ等の招待状を受け取るには十分な理由ができていた。

そう、これは始めから選択する余地が与えられていない選択肢だったのかも

しれない。

おれはウェルシュに預けていた《保留》のカードを自ら破り捨てた。


『・・・・やっぱり、おれじゃあ無理ですか?』



「・・・・・いえ・・・!」


「そんな事はありません!あり得ません!

 私はその言葉をずっと待っていました・・・・・!!」


「・・・・ちっ」

ウェルシュは不満そうに眉をひそめた。


『悪いな、ウェルシュ。預けてたのにな。』


「・・・・・調子に乗るな。」

「・・・・・・私はあんたを認めていない。」


解ってるさ。こんなの力業ちからわざだよな?

この少女を何とかしてやらなきゃな。


するとY子がおれの隣に立って言った。


「これからは、皆、貴方の事を“ボス”と呼ぶ事になります。」


『なっ、ボ、ボス!?』


「ふふっ、そうですよ、まさゆきさん!

 これからはあなたが此処の“ボス”です!

 KINGSの最高権力はあなたに委譲いじょうされます・・・・!」


最高・・・権力?

“森川まさゆき”が最高権力だって・・・!?


「その子を巡って、あなたは絶対的な権限を持ってして、その処遇に対し

 介入する事ができます。

 私はあなたの下で、引き続き最高司令官としてサポートさせて頂きます!」


『ボスボス!見てください!こうやって、敵の鳩尾みぞおちにボディーブローを

 ぼすっ!ぼすっ!です!!』

おれはY子を無視した。


「その覚悟のほど、お見それしました。」

「では改めてまして、ボス。今後ともヨロシクお願いします。」

パーマはまた小綺麗なお辞儀をし、いつもの微笑を向けた。

・・・悪魔召喚でもされたのか?


ふと気が付くと

おれの足元にしがみ付いていた女の子は、床にぺたんと座り込み、

しがみ付いたまま眠りに就いていた。

そうだよな、見るからに体力なんて有りそうもない小さな子供だもんな。

きっと、とても疲れているんだ。

傷の手当てをしてやりたいから、起こす事になりそうで気が引けるな。

ともあれ、その軽い身体を持ち上げて抱っこした。


「・・・そっか、それで・・・」

Pちゃんさんは抱えられて眠る女の子の顔を見つめて呟いた。

『何がですか?』


「え?ああ、ふふっ。なんでもありません!」

彼女はその人差し指で、女の子の頬っぺたをこちょこちょっ、と撫でて微笑んだ。

この人は今、一体どんな気持ちなのだろう。


「まさゆきさん。」

「決断をしてくれて本当にありがとうございます。

 その立場の重責を、どうか一人で抱え込まないで下さいね。」


『い、いえ。こちらの方こそ、なんといいますか、無理を言ってスミマセン・・・』


「あなたは人類救済チームを纏め上げる“ボス”です。

 例えどんな無茶でも、それに付いて行き、未来を切り開くのが私の役目です。

 もちろんY子も、パーマも、ウェルシュも・・・・です!」


「そうでしょ?ウェルシュ!」


「あーうっさい!私に話かけんな・・・!」


「うふふー。ツンデレなんですよね。そこがまたかわいい訳です。」


「あぁ~~~、もううんざり!」

「んでY子!ちゃんと買って来たんでしょうね?甘いもの食べないと死にそう!」


「え?・・・・・あー、はい。そういえばそうでしたね。」

「どうぞっ!」

Y子は背中のリュックからコンビニの袋を取り出しウェルシュに渡した。

ったく、と言いながらごそごそと袋を探るウェルシュの手が止まる・・・・

Pちゃんさんがその袋からメラミンスポンジをスルッと取り出し、やった、と

胸に抱き寄せると、さっとウェルシュから距離をとった。


「・・・・・・なにこれ?」

袋の中には大量のタンドリーチキンが詰められており、明太子お握りが

なぜか一個だけその上に乗っかっていた。


「実は1つだけレッドチリペッパー味が紛れています・・・ふふふ、

 美味しそうなので買ってみちゃいました!」


「・・・こ・・・このっ」


「こんのポンコツがぁぁーーーーーーっ!!!」


雷が落ちた。



そして、雷の音でほあっと微かに目を覚ます少女なのであった。

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