第11話 《自由意思の解放》


事は緊急を要していた。

なんせ、制限時間が定まらない時限付きの大量殺戮兵器が一体いつ

作動するのか解らない状況だからだ。


目標地点は、さっき買い物を済ませたコンビニエンスストアから

なんとたったの2.5kmしか離れておらず、これは本格的におれを殺しに

掛かっているなとゾッとしたが、そんな事すら言っていられない・・・!


おれとY子は目的地である、兵器が出現した大型スーパーへ全力疾走していた!

その兵器を何とか出来なかった場合、おれとY子だけではなく、一般人ごと

この町は破壊されてしまうらしいからな・・・!


『はぁっ・・・・・はぁっ・・・ぜぇっ!っY子っ!』


『やっぱり・・・っはぁっ・・・Pちゃん・・・さん達と・・・はぁっふぅっ!』


『つ、繋がらないのかっ・・・はぁっ・・・ぜぇっ・・・ぜぇっ』


「辛いときはこうですよ!ヒッ・ヒッ・フー、ヒッ・ヒッ・フー!」


『ち、ちがっ・・・はぁっ・・・ぜぇっ・・・そう・・じゃ・・っないっ!!』


一体何なんだこの体力の低下は・・・・!

たった2.5kmのダッシュだというのに、

100mを過ぎた辺りから脇腹が痛くなり始め、いまや呼吸もままならない・・・!


どうなっちまったんだおれの体・・・!?どうしてこうなった・・・?


おれはただ運動をしなかっただけだぞ・・・!

ちょっと車と電車とバスに甘えてただけだ・・・!

休日に外へ出ずに麦チョコ食いながら漫画読んで過ごしてただけだ・・・!

80メートル先のコンビニまで車を走らせていただけだ・・・・!!

ちくしょう・・・!ちくしょう!なんでだっ!

シックスパックも三段腹も同じ肉の丘じゃないのか!?

体がおれを裏切ったのか!?いやおれが体を裏切ったのか・・・くそっ哲学だ!


「ワンッ・ツーッ、ワンッ・ツーッ、イィですよー!!

 糖分足りてますかーっ!チョコバーほしいですかーっ!!」


『う、うるせーーっ・・・!はぁっ・・ふぅ・・・!』

なんだこのアホのインストラクターは・・・!


「・・・本部には相変わらず繋がりません。」

「交信は常時続けていますから、わたし達はこのまま目標地点まで 

 向かいましょう!ゴートゥーヘル!!」


『ぜぇっ・・・!ぜぇ・・・ヒュー・・・!ヒュー・・・!』

もはや返事を返す余裕などなかった・・・!


しかし、Pちゃんさん達と連絡が取れないんじゃあ、兵器を片付けられても

逃げる段取りも付けられないな。

この“異空間張力”ってやつを消し去る事が出来れば、通信も回復するんだろうが

・・・・そこから先は出たとこ勝負ってとこか・・・!


やがて前方に大型スーパーが見えてきた・・・・!!



「周辺にアニマLEVEL-スリーを約30体観測しました。」


おれは近くにあったパン屋の路地裏に浅く入り込んで立ち止まった!

『はぁっはぁっ、ぜぇっぜぇっ、ひゅーっ、ひゅーっ!!』


「・・・いゃぁ、それほどでも・・・・」

褒めてねぇよ!ひゅーひゅーってのは息切れだよ・・・っ!


『はぁっ、はぁっ、れ、LEVEL-3・・・!?』


「敵のランクです。貴方が今まで最も多く見てきたのがLEVEL-1。

 LEVEL-1は、最も数が多く、その兵力は一般的な人類兵士の

 1.5倍程です。これは人間一人でも立ち向かう事がまだ可能なレベル

 ですが、LEVEL-2は一体撃破するのに人間の兵士3人分の戦力を要すると

 言われています。主な違いは身体性能。武装は同じです。」


そういえばウェルシュが少し話していたな。


「昨日ウェルシュとパーマが全滅させた300体のアニマは

 LEVEL-1と2の混合だった様ですね。見た目が似通っていますから

 見慣れないうちは識別できないでしょう。」


『はぁ・・・・・はぁ・・・んで、LEVEL-3ってのは、どんだけ

 強いんだ・・・?』


「LEVEL-3は、人間が生身で撃破する事は不可能です。

 LEVEL-2と3の間にはかなりの力量差があります。

 体躯たいくが大きく強靭で、腕力と耐久力が大幅に増強されており、

 銃弾でも簡単には貫通できません。特に、守りに入ると通常の銃火器では歯が

 立たないでしょう。」


『ふぅ・・・ふぅーー・・・・・そんなんどうやって倒すんだ?』

息がようやく落ち着いてきた・・・・


「わたしの力なら正面からぶつかっても勝てますが、今は時間がありません。

 正攻法で全てを撃破する訳にはいきませんから、私の力で周囲に複数の

 異空間を作り出します。その異空間に敵は反応し分散するでしょう。」


「正面入口に残ったLEVEL-3を私の異空間に引きずり込み、

 速やかに撃破、そのまま正面入口から侵入します。

 ・・・いかがでしょう。」


『よし、それでいこう。でも、急いで攻撃を受けるくらいなら、

 少し時間を掛けて確実に倒したほうがいいかもしれないぞ。』

・・・・って、Y子には余計な口出しだな。


「わかりました。貴方がそう言うのならそうします。」


「いいですか?走り出したら、私の戦闘に関係なく、ただ前方に全力で

 走り抜ける事だけを考えて下さい。侵入後は上層4階へ抜け、そのまま

 屋上を目指します。」


『わ、わかった・・・・・!』

目標の兵器ってのは、屋上にあるんだな?

敵が拠点を構える建物に正面突破とは、Y子らしいっちゃらしい作戦だ。

しかし、今はこれしかあるまい。Y子を信じよう。


どうやらY子は既に、各方向へ異空間を作り出していたらしく、

正面方向にいるデカくてガタイのいい黒ずくめは二方向へ分散して行った。

正面に残ったのは三体。

「行きましょう。」というY子の冷静な声を合図におれ達は駆け出した!


スタート地点から正面入口まで距離にして100mちょいってとこか・・・

とにかくおれは回復した体力をフルに稼動し、前方に走り出した。

すると、おれの背後からY子の異空間が回路状に真っ直ぐに伸び、

異空間で作られた直線通路に、敵のLEVEL-3は三体とも飲み込まれた!


おれはその異空間ロードを真っ直ぐに走る・・・!

ひゅっ、とおれの頭上をY子が飛び抜け、空中でひゅるひゅるっと回転しながら

一気に近付き、敵の顔面に蹴りを入れると、その顔面は後頭部ごと弾け飛んだ!


残り二体がY子に振り向いた頃、最初の一体は背中から地面に衝突していた。

Y子はもう一体の目の前に瞬時に移動し、地面を蹴って宙でサマーソルトを

2回転分敵の両腕にみまい、その両の腕が宙に吹き飛ぶのと同時にY子は着地し、

まるでピルエットの様な軽やかな上段回し蹴りで敵の頭部を潰した。


その時には最後の一体が豪腕でY子の背後から殴り掛かっていたが、

まるでバック宙でもするかのように、後方へ水平に跳んだY子は

瞬時に手足を敵のパンチの腕に絡み付け、そのまま宙で体をひねり、敵の体を

横に回転させてその上半身を地面にめり込ませる。

あとは呆気あっけないもので、地面にねじ伏せられたその頭部を踏み潰し、決着を付けた。


相変わらず桁外れの強さだ。そいつ等は銃火器が効かない相手なんだろ?

LEVEL-3ってやつの強さがまるで解らなかったじゃないか。

心配なんて無用だったな・・・・!


おれはやっと追い付き、そのまま屋内に侵入した!


Y子が異空間を解除すると、

反転した空間の色彩は完全に元に戻り、周りにも人が歩いていた。

『入れたな!』

「はい。上階へ移動します。階段を使いましょう。」


走り出そうとしたその時、何かの衝撃が体を打つ。

『・・・・・・!』

瞬間、周囲の温度が下がった・・・・!


「この空間は・・・・」


「・・・・・展開しているもとは、異空間張力の発生源とほぼ

 同じ場所ですね。おそらく異空間張力を作り出した兵器のものでしょう。」


・・・・・なんだろう、胸騒ぎがする。

しかし今はとにかく上へ急ぐしかない。


おれ達は階段を駆け上がり、三階へ登り着いたが、ここからは階段が途切れていて

フロアの奥まで進まなければならない様だ。

・・・・しかし、このフロアにも敵が多くいるらしい。

「天井をぶち破りましょう」

『ブッ!な、何言ってんだお前っ!!』


「勿論、異空間の中でです。

 わたしの異空間は対象として選んだ一定の空間をコピーし、生物

 異空間として自動で再現するものです。

 その空間にわたしの任意で対象者をひっぱりこむ訳ですが、

 そこで再現される壁や床は空間兵器によってされているだけなので

 本物ではありません。しかし、位相は同じなのです。」


「床を撃ち抜けば、上階と下階の間に床として再現されている異空間の構成要素が

 破壊され、上階と下階の空間は繋がります。しかしそれは異空間内部で

 起こる事。本物の現空間には影響を与えません。」


『・・・・・あー・・・・あ!そうか!』

『す、少し難しいがつまり、異空間の中で天井ぶち抜く、そのぶち抜いた穴から

 上の階にジャンプする。上の階に移ったら異空間を解除する、すると本物の

 空間でもおれ達は上の階に移動しているが、異空間でぶち抜いた筈の天井は、

 本物の空間では穴が空いていない状態になっている・・・・って訳か?』


「スーパー100点です。」


『・・・・ふぅ』


「どうやら上の階は敵が少ない様ですね。

 敵は少数、一ヶ所に固まっていますが、そこが屋上へ続く階段と思われます。

 その敵ごと異空間で包み込み、即座に片付けます。」


それが最短ルートか。

ここもY子にお任せしよう・・・しかしつくづくおれがいる意味無いな。

Y子からしたらおれを一人にする訳にもいかないから、といったとこだろう。

こちらとしては心強いのだが・・・・ちょっと情けないぜ。


『よし・・・・・!』

『や、やってくれ!』

おれの言葉を確認すると、たちまち周囲は異空間に包まれた。

Y子は上方に50度ほど顔を上げ、その角度からピカッと光の柱を発射した!

爆音と共に天井の一部は上階へ吹き飛び、ポッカリ空いたその穴にY子は

おれの襟を掴んで跳躍した!

『ぐえっ!』


Y子は上階へ飛び抜け、その天井すれすれを前方に軌道を描きながら

降下し始めると、もう一発!斜め下方へ超絶ビームを放ち、その射程に捉えられた

6体ほどの敵を足元ごと撃ち抜いた!

Y子はすっかり空いてしまった床の穴の手前で、すたっと足元から着地したが

おれはなんと尻から着地してしまった・・・!!!


『っうがっっ・・・・・!!!!!』

『ァァアアアっ!!!』

尻がっ・・・!!爆発しそうだっ!!!

たまらずおれは横になって尻を両手で押さえて転げ回るとY子はおれを

見下ろし言った。


「我慢してください!今はおまるも紙もないんですよ!

 どうしてトイレに行っておかなかったんですか!いい加減にしてください!」


『ばかーーーっ!!!』

『漏らしたんじゃねーよ!尻から着地しちまったんだよっ!!!』


「え・・・・あ、なんだ。そうですか。大変ですね。」

『おまえ・・・他人事だと思って・・・あぁぁ・・・』

おれは尻難の相でも出ているのか・・・・??

なぜ尻にまつわる不幸が起きるんだ・・・・・


足を震わせながら立ち上がる。

「行きましょう!」

『ぐえっ!』

Y子はまたおれの襟を掴んで目の前の穴を飛び越えた!


そして、信じられない事が起こった。

Y子は階段の前に華麗に着地したが、おれは尻で着地してしまったのだ。


『ア゛ア"ア"ァ"ァ"ァ"ァーーーーーー!!!!!』

「・・・・!!今度は漏らしましたか!?」

『・・・こ・・このポンコツがぁっ・・・・!!!!』


のたうち回りたいのだが、いかんせん時間が無い!泣きそうになりながら

おれはY子の両手を取って、両足を生まれたての小鹿の如くガタガタと

震わせながら立ち上がり、そのままゆっくり一歩、また一歩と、踏み出した。


「ふふ。ささやかな未来予想図。年老いた夫を妻が支えるわけです。」

『やかましいわっ!未来までおまえに尻を破壊され続けてたまるかっ!』

おれはY子の手を離し、気力だけで階段を上り始めた。


「ここからは屋上です。準備は万全ですか?」

RPGのラスボスの目前もくぜんで、ライフとMPが1の状態を万全と言えるのか?

ステータス異常の【けつ破壊】が点滅してるんだぞ?

『・・・・しかし行くしかあるまい。』


尻どころか全てがお陀仏では元も子もないからな・・・・


おれは階段を何とか上りきると、屋上に出る扉を開けた。


するとそこはもう使われていない遊園地だった。

整備されていない草臥くたびれた遊具等が並んでいる。

しかし、辺りを見渡してもその全貌は見えてこない。濃い霧が発生していたのだ。


『・・・・・・霧。』


「・・・少々視界が不自由になりましたね。

 湿度が100%を越え、水蒸気量が上昇しています。

 気温が急激に低下した事が原因でしょう。」


『・・・・なぁ、アニマとの戦いってのは、こんな風に霧が出る事が

 よくあるのか?』


「いえ、そんな事はありません。」

「・・・特殊な兵器のようです。確かに空間の発生源はここですが、

 兵器の反応が現れたり消えたりを繰り返しています。」


霧がさらに濃くなり、もはや5m先の光景はその白のモヤに呑まれて

見えなくなっていた。


「霧で視界が著しく阻害されています。」

「はぐれないように手をつな・・」


言葉を言い切る前にY子は深い霧に包まれて見えなくなってしまった・・・!


『わ、Y子っ!?』


目の前に手を伸ばして空間をどれだけ探ってもY子は居ない。

・・・・・マジか、嘘だろ?

敵の陣地のど真ん中で、唯一の頼みとはぐれてしまった・・・!!


まずい。

周囲の気温はさらに下がっていく。

濃霧に晒されて、衣服に湿り気がでてきた。このままでは体温が

下がり続けて危険だ・・・!

しかもこの空間には敵がどれだけ現れるのか解らない。

Y子が敵の数に言及しなかったのは、“目標の兵器”の他に敵反応が

感じられなかったからだと思う。

だが、おれも流石にここまで来れば解る。

敵は空間兵器を使ってこの場所へ現れる事が出来るんだ。

下での戦闘を察知し、早々にここへ敵を配置されたらたまったものではない。

敵が多くいる下の階へ戻る訳にもいかない。むしろ下から敵が来る可能性もある。


おれは屋上の出入り口から慎重に離れて、声を押さえてY子を呼んだ。

しかしY子の返事は帰ってこない。


『・・・・・くっ』


ゆっくりと、しばらく歩くと霧の中からベンチや、キャラものの子供用遊具が

見えたりした。


さらに進むと、冷たい粒が頬に触れたのに気付く。

『・・・・雪だ・・・・まじかよ・・・』

こんな事ならジャケットあればよかったなぁ・・・などと思っていると、

前方に小さな人影が見えた。


『・・・・!!』


しかしそれは本当に小さな人影で、まるで地面に子供が座り込んでいる様だった。

慎重に距離を詰めると、おれの中にあった一つの予感が的中したのが解った。


『・・・・あ』


そこには子供が地面にぺたんと座り込んでいたのだ。

―――そしてその子は・・・・



『・・・・・また、会ったな。』


「・・・・」



そう、あの公園の、ボロボロの女の子だ。


・・・つまり、この異空間張力ってやつの大元も、この低温の空間のあるじ

全部この子だったんだ。


『・・・・こんな所で、なにやってんだ?』


「・・・・・」


歩み寄って、しゃがんで女の子に話し掛けた。

変わらない風体。ボロボロの服、傷だらけの体。


『せっかく遊園地にいるのに、ここはやってないみたいだ。』


「・・・・・」


『こんなところ、さみしいだけだろ?』

『―――さあ、行こう。』


「・・・・・」


変わらず無言で、こちらをぼんやり見ている。



・・・・この子は兵器なのだと、やつらの理屈がささやいた。

アニマも、KINGSも、この子を兵器として扱い、行使し、破壊しようとする。

でもおれは知っていた。

なんて事のない、ただのコーヒー牛乳一つで心がほんのちょっとだけ動いた

この子のなんとも言えない顔を。


それは、やつらの行使と破壊の間で無視され、きっとその存在を消されて

しまうのだろう。


おれは嫌だった。

そんな、人の些細でも確かな希望が簡単に踏みにじられるのが。

無力な存在が理不尽に押し潰されるのが。

目の前で子供が殺されるのが、嫌だった。


そう。

これは選択の余地が与えられていない選択肢。

無視したら、おれがおれを生きる必要性を失ってしまう、聞き逃せない声。

・・・・おれは理解した。

選択肢を選ぶ時、それはおれが生きたい世界そのものを生かしてやる

行為でもあったのだ。


この子を無慈悲に殺してしまう世界を、おれはどうしたいと思うのか

・・・・それが本質的な問題だったのだ。


・・・・決まってるだろ? そんな事は。



『つめたいなー。よし、暖まれる所に行こう。』

小さなそのあたまを撫で、なるべく笑顔を作った。


「・・・・・・」


『だいじょうぶ。今度こそ、そんな所からつれてってやる』


Yシャツを脱ぎ、女の子に着せると当然ぶかぶかだ。

Tシャツ姿は流石に寒すぎるが、走れば温まるだろう。多分。

あとはY子と合流しなければ話にならない。探さなければ。


『はいよ、おいで。』


「・・・・」


あの時の様にしゃがんだまま背中を向けると、

女の子は両手を地面についてゆっくりと立ち上がり、よろよろと背中に

くっついてくれた。

よかった・・・あの時みたいにしてくれた。


おれはその両足をすくい上げ、おんぶをし、辺りを見回したが何も見えやしない。

Y子と離れる想定をしていなかったのはマズかった。

おれは女の子に話しかけてみた。


『この霧、める事ってできないかな?』


「・・・・・」


・・・だめか?そもそもこの子はちゃんと言葉を理解できているのかも不明だ。

――――すると。


『・・・・お?』


霧が少し薄まったのが分かった。

こ、これはいいぞ。このままこの極寒エリアを解消できたら万々歳だ!

しかしそうは問屋が下ろさなかった。

それは当然の事だったのかもしれないが・・・・



「何をしている、αアルファ………」


暗く低い、がなるような悪魔の声。

おれはその聞き覚えのある声へ振り向いた。


「ご機嫌如何かね……森川まさゆき。」


『お前が現れなかったら、上向きだったんだがな・・・』


「せっかく生き延びたというのに、逃げずに進んで向かってくるとは

 ………変わった趣向だ。

 私の兵器を気に入ってくれたのかな?」



―――ベイジン。

こいつの名前は忘れない。

紳士姿の黒づくめ・.・・おれは実質こいつに殺されかけたのだ。

そしてこの子を呪縛で縛っているのも十中八九こいつだろう。


「………以前は悪い事をした」

「中途半端な力でキミを傷付けたな。」

「………不完全な兵器でね、それは。膨大な力を秘めてはいるが

 安定しない。」


『そのお陰でこっちは助かったんだ。

 お前らにとっての完全なんてクソくらえだ。』


「兵器は兵器として完成されて初めて美を携えるものだ」

「その為にその兵器を大切に造り上げてきた………」

「……さもなくば、その兵器は待ちの中途半端な生ゴミに過ぎない」


アタマの血管が切れそうになった。


『お前・・・・・!!』



そうでなくとも無力な現状は変わらないが、そこに突如絶望の景色が広がった。

やつの背後から黒い空間の歪みが発生し、その中からアニマが現れた・・・!

数は30体ってとこか、全てLEVEL-3だ・・・・!


『・・・くそっ』

背中の女の子は、あの時と同じ様に震えていた。

明らかにあの“ベイジン”に反応しているんだ・・・・!!

このままでは、またあの時の繰り返しになってしまう・・・!!


「………しかし、それでも幾分か精度は上がっている筈だ」

「今の制御力で、森川まさゆきを消去する事が出来るのか………」

「その実験だったのたが……趣向を変えよう………」


『・・・・・趣向?』


「ここに存在する全ての個体を使ってキミとαアルファを少々いたぶる事にする。

 情報をより複雑化し、平板化した発達過程に刺激を与え、更なる

 躍進を促すのだ………」


『お前等の狙いはおれじゃないのか!?何故無駄にこの子を傷付ける!』


「……私の大切な兵器が美しく完成する為だよ……森川まさゆき。」


だめだコイツ狂ってる・・・!!


しかし今は逃げに徹するべきだ・・・!だがどうやって・・・・・



って、あぁぁもう!無理だおれのアタマでは!!

つべこべ考えてないでさっさと動けおれの足っ!!!


おれは全速力で後方へ駆け出した!

策なんてある筈もない!


「………何処へ行こうというのかね、森川まさゆき」


敵のLEVEL-3戦闘員共は一斉にこちらへ向けて進行を始めた!

速度もやはり向こうには敵わない・・・・!

奴等が背中の女の子に手を掛けようと腕を伸ばした時、おれは身を奴等側にひるがえ

勢いを利用し、体当たりをしようとしたその瞬間!


目の前を光の柱が横切り、おれの目の前にいた敵をさらって

左方向に出現した空間の歪みへと消えていった・・・!!

『・・・・なっ!』


同時に、おれの前方に迫っていた29体の敵に光の軌道が走り

奴等の足場が激しく爆発する・・・・!!!


『・・・・・Y子!!!』


「お待たせしました。」


Y子はおれの横に発生した空間の歪みから現れて、いつもの無表情で言った。


「私とした事が、貴方を狙う空間兵器に対処しきれず、

 飲み込まれてしまいました。」


『お、おれをかばって居なくなってたのかお前・・・・!』

『無事なのか・・・!?』


「大量のLEVEL-3がうごめく気持ち悪い空間に落とされましたが、

 空間ごと破壊してやりました。私は無事ですが・・・」

「・・・貴方はTシャツ一枚で、何かに目覚めたんですか・・・?」


『ちげーよっ!』

『状況が状況なんだ、取りえず逃げるぞ!』


「・・・・・その背中の子供は」


Y子は即座に気付いた様だった。

おれの胸元を掴み、横の歪みに引っ張られてしまった。

中はY子の作り出した異空間だ。入口の歪みはふっと消え、Y子はおれの方を

向き直った。


「異空間の外に防御壁を展開しました。

 これで少しの間だけ敵の攻勢から身を防げます。」


『お、おぉ!』


「・・・それで、は何ですか。」


かなり鋭い目付きでおれの背中の女の子を見た。


『この子をアニマから連れ出したい!一刻も早くここを離れよう!』


「賛成しかねます。

 が何なのか、貴方は解っていますか・・・?」


『解ってるさ。パーマから説明は受けている。』


「私達の目的は、異空間張力の発生源である兵器の破壊です。

 すなわち、子供の形をしたそのの破壊です。」


『作戦を変更してくれ。破壊ではなく救出に、だ。』


「いいですか?・・・・兵器 αアルファ・・・・それは私達の世界の厄災でした。

 その力が正常に発動すれば、今日中に日本列島は破滅します。

 その空間圧力はこの異空間すら簡単に内側からパンクさせるでしょう。」


 「そして、貴方は確実に死にます。」

 「死ぬ覚悟はありますか?」


『・・・・・・・』



『悪いな、Y子・・・・』


『お前の、おれを死なせる訳にはいかないって考えは

 おれだって解ってるつもりだ。何度も救われてきたんだ。』


『おれだって死ぬつもりは無いさ。』


『でもおれは、生きれるなら何でも、じゃあ生きていられないんだ。

 この子をただの兵器として見る事も出来ない。

 未来の森川まさゆきなら、迷わず兵器と見なして非情になれるのかもな。

 けどおれにはそれが出来ないんだよ・・・・』


「・・・・・」

 

『・・・あぁ、だからおれは英雄なんかじゃないさ。

 優秀な連中が揶揄やゆするだろうな。そしりを受けるかもしれない。

 おれは救世主なんかにはなれないし、なりたいとも思わない・・・!

 けどおれは、自分おれの“森川まさゆき”をちゃんと生きていたいんだよ・・・!

 頼むY子!力を貸してくれ・・・!」


空間が地響きを上げるように揺れ始めた。



「・・・・・本当に、それでいいのですね?」



『・・・・!』


「・・・私は貴方の意思に従います。」

「同伴者がウェルシュじゃなくてよかったですね。」


『Y子・・・・・!!』


「しかし、覚えておいて下さい。

 兵器αアルファはKINGSと戦争をしていたんです。

 KINGSの関係者の中には、当然アニマの兵器を憎む者も多く居ます。」


『あぁ・・・解ってる』


悪いな・・・・Y子


「さぁ、ではこの異空間を出ますよ。」


『この地響きみたいな揺れって、やっぱり攻撃されてるのか?』


「そうです。空間兵器で無理矢理この異空間に穴を開けようとしています。

 さっきも言いましたが長くは持ちません。

 ですから、今度はここから床をぶち抜いて下階へ下ります。」


『そ、そうか。その手があったのか!』

では、と言ってY子は早速足場に向けてスーパービームを放った。


Y子はひゅっと下の階へ着地し「飛び降りてください」と、こちらに声を掛ける。

「そんな御無体な」というおれの言葉に、Y子は両腕を頭上にオーの字に掲げ、

「百人乗ってもだいじょーぶ!」と意味不明な事を言っているのでおれは諦めて

Y子を信じ、飛び降りた。

するとY子は、おれの両足の靴裏を両手で器用にキャッチし、衝撃を吸収する様に

ゆっくりと地面におれの足を下ろした。おれはバランスを崩して背中の女の子ごと

倒れてしまわないように、Y子の手の上でへっぴり腰で足を震わせていた。

・・・・それにしたってお前はなんでもアリだな・・・・

その要領で飛び降りては足をキャッチしてもらい、を繰り返して一階へ辿り着くと

異空間は消滅してしまった。

「結構ギリギリでしたね。」

『・・・Y子お前、中国雑技団みたいなの向いてるんじゃないか?』

「私は食べられない物にはあんまり興味ありません。」


などと無駄口を叩いている内に、やはりアニマが現れた・・・!

周囲には民間人が多く行き交っているというのに、そこら中の空間に闇色の歪みを

多数発生させ、そこからLEVEL-3が大量に出現する!

『逃げるぞ!!』

周囲からは、その異様な光景を目の当たりにした人々の悲鳴が響き渡った。

そりゃあそうなるよな・・・・・・!


「・・・・」


おれは後ろで頑張ってしがみ付いている女の子に、

『だいじょうぶ!あと少しがんばってくれ!』と声を掛けた。

怖いだろうな。腕の力も弱くって、しがみ付いてるのもやっとだろう。

あとはKINGSの入り口に入れるかだ・・・・!


Y子は入口で待ち伏せている敵達を光線で撃ち抜き、その中央を

おれは通り抜けた。その間、Y子は周囲のLEVEL-3を食い止めに掛かっていた。


建物の外に出た解放感はデカい。しかしンなもんを味わう余裕は無い・・・!


おれは直進を続けたが、200メートルほど進んだ地点で

目の前の方向に突如、また円形の歪みが現れた!!


『くそっ!』


そして中から現れたのは、最悪な事にあの“ベイジン”だ!!

そうだ。空間兵器のせめぎ合いで、異空間移動に制限があっても、あっちは

圧倒的に有利だ・・・・!

こっちは空間兵器を使っているのはY子だけなんだからな・・・・!!

おれは立ち止まった!


「………逃がすと思うかね」


『ど、どけっ!』


「…………αアルファ………どうした?」

「力が弱まっているな。」

「…………やはり、お前は失敗作なのだろうか…………」


『黙れ!』

『人間に失敗作もクソもあるか!気に食わないなら手を引け!』

女の子の体はまた震え出した。くっ、振り出しか・・・!


「………さあ、そろそろ終ろう。」


「…………αアルファ………私のαアルファよ」

「…………目覚めるのだ…………」


「・・・・っぁ!」



『目覚めてたまるかぁぁぁーーーーーっ!!!!』


「・・・!!」


奴の言葉にいざなわれたらお仕舞いだ!

『耳をふさいで。』

『だいじょうぶっ。おれを信じてくれ。』


『ぜったいにきみを守ってやる。』

『そしたらまた、いっしょにコーヒー牛乳のもうな。』


「・・・・・・・・・」


αアルファ………反応しているのか………?」


「森川まさゆき。やはり………今確実に抹消するべきか」


『・・・・・・!!』

その時、奴に異変が起きた!

奴の揺らめく影が大きくなり始め、やがて影が地面から浮き出し、

空間に立体化し始めたのだ・・・・・!!!

黒いマグマが沸々ふつふつと、黒い炎に包まれながら煮えたぎる不気味な

立体化された影は、ベイジンの足元で繋がっており、奴自信も上半身を中心に

膨張し始めた・・・・いや、まるで膨張というより、引き伸ばされるかの様にその

面積が広がっていった・・・・・!!


『・・・・・な、なんだ・・・これ』



「森川まさゆきはやはり、特別な歯車なのかもしれない…………」

「………星の目覚めは………」

「ならば………此処で確実に息の根を止めておこう」


『・・・・歯車?・・・・星?』


「…………さらばだ森川まさゆきよ。」


「地獄への旅路に迷わぬ様、一瞬で殺してやろう」



『!!!!!』


その瞬間!引き伸ばされ、巨大化したやつの黒いシルエットのふち

形を変化させ、鋭利に尖り、まるで波打つ刃物の様な形になり、ぎゅんっ!!と

覆い被さる様にこちらへ襲い掛かった!!!


『くそっ・・・!!!』

やられた!!おれは咄嗟に目をつむった!!



しかしその時!!


ギイイィィィ!!という金属がひしゃげる様な音と共に、どっ!

と衝撃波が広がったのがわかった!!

・・・・・・周囲には、まるで触れた物を即座に凍らせてしまいそうな、

鋭利な冷たい空気が漂っていた・・・・!


『・・・・・な、なんだ?』


来ると思っていた死をともなう痛みは一向に訪れず、

おれは恐る恐る目を開けた・・・・するとなんと!

凶悪な漆黒の刃と化したベイジンが、おれを貫く10センチほど手前で

完全に静止しており、その巨大に広がった体は、全身が完全に凍りついていた!!



『・・・・・凍・・・った!?』


「・・・・・」


その原因となったのが、おれの背中にしがみつく女の子であるという

事は直ぐにわかった。


『・・・・まもって、くれたのか?』


「・・・・・・」

変わらず言葉はないが、こんなに嬉しい事はない。

この子をおぶっているおれも、周囲のどこを見ても、凍っているのはベイジン

だけだ・・・! この子はおれを守ってくれたのだ!

なんとこの子は、自分の手で鎖を抜け出す為に足掻いたのだ!


『ありがとうな。おかげで助かった』


『あとすこしで安全な場所に着くから、ちょとだけ我慢してくれな。』


すると後方で敵の屍を山のように積み重ねたY子がこちらへ走ってきた。


「無事ですか!」


『ああ、おれはな、お前こそ無事なのか?』


「ええ、しかし少々敵が多すぎますね。

 ここは市街地です。被害を抑える為、全力が出せません・・・」

Y子は凍りついたベイジンを見た。


「・・・・αアルファが人を守った・・・と。」

「お手柄です。」


Y子は女の子にグッド!のハンドサインを送った。


『Y子、KINGSとはまだ連絡が取れないのか?』


「その事ですが、先程からαアルファの空間圧力が徐々に弱まっている事で

 途切れ途切れではありますが、通信が回復しています。この先700m先に

 空間接続をして脱出口を確保したそうです。」


『・・・・よしっっ!!!』

『なら光の速さで走るぞ!!』

「いや、それはムリですね。光の早さは時速29万979・・」

『いや例えだよっ!なんで急に融通きかなくなるんだよっ!』


とにかくおれ達は全力で走り出した。

ゴールがようやく見えてきたのだ・・・・・!!


しかし、後方から不吉な音が聞こえた。

それは氷が割れる音だった。

同時に奴の周囲に大量の歪みが出現し、アニマがぞろぞろと現れ始めたのだ!

奴等はとんでもない速さで押し寄せてきて、先頭の一段がこちらへ到達しようと

していた!

『・・・・・ヤ、ヤバイぞおい!!!』

脱出口は目の前だってのに!!


死に物狂いで走り続けるおれの視界に、ある人物が飛び込んだ。

・・・・・ウェルシュだ!!!


余裕が一切無いおれの目には、かつて悪魔に見えたその姿が今はまるで

救いの天使に見えた!!!


「・・・・・ったく、なにやってんのよ一体・・・」


すると、ウェルシュの謎に包まれた能力が発動したみたいだ。

こちらに追い付きそうな一団はドドドッ!という音と共に後方へ吹っ飛んでいった。

何が起こっているのかはやはり解らないが、ウェルシュの力で大量の敵が次々に

吹っ飛んでいく。

仕舞いには、パーマが乗っていたあの赤いフェラーリがひゅっと飛んで敵の一団へ

衝突し、爆発を起こした!

あの高級車、武器にする為だけに持ってきたのだろうか。

あれ、たしか借り物って言ってた気が・・・・って今はいい!

ウェルシュはおれ達が通り過ぎるまで敵を薙払なぎはらってくれた。


『ウェルシュ!!』


「そのまま入りなさい!」


おれ達は速度を緩めずに、光が漏れる異空間の出入り口へと飛び来んだ。

ウェルシュが殆んど無挙動でこちらへ跳躍し、入口に侵入した瞬間、

光の歪みは消滅した。



ようやく、ようやく逃げ切ったのだ・・・・!!!

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