第8話 《手札の使い方》

人類を滅ぼさんと襲い来る謎の武装機関――アニマ――


それと戦う、人類の頼みのつなKINGSキングス

その本拠地でおれは、おったまげな使命を言い渡され、それから

距離を取るようにして苦し紛れに保留を選択した。


スクリーンで見るヒーローってのは偉大なんだなぁ。

おれはガ●ダムには乗れないし、ス●イダーマンのようなパワーもない。

・・・・でももし、それらの特種な《力》を本当に持っていたとしたら、

どうしていただろう。


イデオロギーのうねりの中、運命に翻弄されながらも、自国の権利の為に戦う

宇宙公国と戦えただろうか。はたまた、愛する人や街の平和のために

超人的な犯罪者達を相手に立ち向かい、大切な物を守れていただろうか。


力、という名の片道切符は、それを手にする者に合わせて行き先を変える

厄介な代物しろものらしい。手にした瞬間、行き先が分かる訳でもなく、

それはスクリーンの外側から見るよりも、ずっと不明瞭で、不自由なものだった。




KINGSの建物の内部は移動が自由らしく、おれがこの事件の最初にまず出会った

自称アンドロイドのY子に案内され、各スペースを回っていた。


移動可能な内部エリアの構造は大体こうだ。


エントランスから右へ進むとワークスペース。

オフィスだ。130㎡・・・大体40つぼほどだろうか。

いくつものデスクが並んでおり、給湯室や会議室に繋がる通路

等がのびている。


エントランスから左側へ進むと広いリビング空間があり、幅の広いソファと

それに見合ったローテーブル、その目の前には大きなスクリーン形の極薄テレビが

設置してある。

他にも本棚やバーカウンター、小上こあがりの階段の先にビリヤード台やダーツスペース

等があり、観葉植物やシーリングファンがフロア全体の雰囲気を落ち着かせていた。

自宅感のあるリラクゼーション空間だ。


エントランスから奥側には幅の広い階段と、その両脇には扉が。

その両脇の扉はどちらとも同じ食堂に繋がっていた。

エントランスに戻って真ん中の階段を上ると、目の前は半円状の

エレベーターホールになっており、前方にはエレベーターのドアが2つ。

その2つのドアをさらに挟むようにして扉が2つ。この扉はそれぞれ、ここに住む

KINGSの隊員のプライベートルームへ続くらしい。

エレベーターホールは左右に通路が続いており、右の通路の正面奥にはさっき、

司令官のあの人から説明を受けた二枚扉の執務室がある。

左手には物置部屋。右手には使われていないプライベートルームがあった。


エレベーターホール左側通路の先は作戦司令室になっている様だ。

司令室の扉の横にはエスカレーターが付いており、一階のリフレッシュルームか

オフィスルームへ繋がっているらしい。



おれとY子は一階のリフレッシュスペースで少し休憩をしに戻り、コップに水を

貰って少し落ちついた。


するとY子が補足をする様に言った。


「・・・・心配しないでください。気付いたでしょうが、

 トイレはちゃんと幾つも設置してありますから、漏れなく安心です。」


だけにな・・・・ってやかましいわっ!』


「紙とかおまるとか、必要だったら言ってください。

 わたしが良質品いいの、選んどきます。もっともわたしは、襁褓おしめの着用を

 オススメしておきますけども。」


『んなもんいるかっ!今後の人生であんな事は2度と起きないから余計な気は

 回さんでくれ・・・・!』


決して消えない心の傷なんだよ。


『・・・しかし、ここは他に人がいないのか?』

『まださっきの司令官さんとお前しか見ていないが・・・』


「ええ。ここは基本的に、ごく限られた者以外は関係者でも出入りする事は

 ありません。」

その割には手広なワークスペースが完備されていたが・・・・


『何処にあるんだ?ここって・・・・関東だよな?』


「いいえ、此処は何処でもありません。

 異空間の中に存在しています。こちらから、世界中のあらゆる空間に

 接続し、移動する事ができます。そういう意味で、どこにも無く、

 どこにでも在る。ともいえそうです。」


『どこでもドア式ってわけか。・・・・・・ん?まてよ。

 最初からあの教会まで入り口を繋いでたら、わざわざあんな苦労は

 しなくて済んだんじゃあ・・・・』


「外側の空間に出入り口の異相いそうを合わせるには、その空間が安定

 している必要があります。敵の空間兵器が強く影響している場所には

 リスクが高い為、簡単に接続する事は出来ません。」


「理由は不明ですが、アニマは、人口が密集している場所に出現する

 性質があります。現に、貴方と私が神奈川に入った後に目立って襲撃

 してきたでしょう。」


確かに。人の少ない様な場所では、こいつタクシーの中で爆睡してたもんな。

『あ、とすると、神奈川に入った後、やたらとタクシーが停まったりY子が

 出て行ったりしてたあの謎の行為はもしかして、敵の空間兵器に対処する

 ためだったのか・・・・?』


「言ったでしょう。わたしにとってはロードワークの様なものです。」


『戦ってたのか?あの2~3分程度で・・・・』

「瞬・極・殺!!ですよ。」

『あそう・・・・・』

ロードワークで殺意の波動を発動していたらしい。


「では、貴方の部屋へ行きましょう。

 場所は先程案内した、執務室付近の空いたプライベートルームがあったでしょう。

 あそこです。」


リビング空間のバーカウンターから、エスカレーターを通って2階へ移動して

その部屋へ直進した。


「さぁ、ここで貴方のキングカードをかざして下さい。」

『あ、ああ。これか。』


カードをかざすと、ピッと音が鳴ってロックが開いた。

開き戸を開けると、広めのホテルの一室の様な室内だった。

シンプルなベッドとテーブルセット、バスルームと別々のトイレ、クローゼットに、

冷蔵庫。簡単なキッチンまで付いている。・・・・一泊いくらだろうこれ。


「・・・・きゃっ」

「や、やめてください・・・!」


『どうした?』

Y子はベッドに横たえて声を震わせた。


「み、密室に二人きりになったからって、押し倒したり

 あんな事やこんな事をするつもりなんでしょう・・・!?

 な、なんですかあんな事やこんな事って!?こわいっ!!

 やめてっ!・・・・このオオカミっ・・・!!」


『するか。』


『オオカミなんて怖くないだろお前』

「いやしろよ。」

『しねーよ!』

「ベジタブルが・・・・・」


なんなのこの理不尽・・・・・・・


などとむなしい寸劇もつかの間

「・・・・・司令から通信が来ました。」

Y子はベッドからむくっと起き上がり

「・・・・はい。完了しました。・・・了解しました。向かいます。」

するとY子は「行きましょう」と言いこちらを見た。


『今通信してたのか。何も持ってないみたいだけど』


「体内通信ですよ、スネーク。」


『いやおれはスネークじゃねぇよ。』


「わたし達KINGSの兵器は皆、体内通信を使ってやり取りできるんです」

「貴方も、そのキングカードを生体情報とリンクさせれば、カードが

 貴方と溶け合い、同じ様な事が可能になりますよ。」


『な、なんか未来的だな』

「そうですね。この世界からしたら未来の技術ですね。」


・・・どうやらおれ達は、司令室に呼ばれたらしい。

この部屋から出て突き当たりまで真っ直ぐだ。


その大きな二枚扉は、厚そうな見た目の割には軽く、少しの力で開いた。



中へ入ると、室内の至るところに透明なひかる薄い膜が

様々なサイズの長方形や楕円を形作って宙に浮いていた。

その一つ一つは情報端末になっているらしく、表面にはおれの理解

出来ないあらゆる情報が写し出されていた。


フロアの中央にはやんわりとした青い光を放つ50センチほどの球体が

浮かんでいる。


周囲には職員が掛けるスペースと、作業に使うであろう端末が

幾つかあるが、その職員自体がおらずどのイスも空である。


青く光る球体の前には、見たことのある顔が二人、司令さんとパーマが

そしてもう一人、会った事のない人物が立っていた。


「お疲れ様です、まさゆきさん!

 Y子に分かりやすく案内してもらえましたか?

 今日はもう、休んでもらおうかと考えていましたがちょうど今、

 彼女が帰って来たので、紹介させてください!」


「彼女はウェルシュ。私達KINGSの仲間です。」


鋭い眼光がこちらを睨む。


「・・・・・・・」


黒いタンクトップにオリーブ色のカーゴパンツ。

黒いブーツを履いている。

ジトッとしただるそうな目は、しかし鋭く、

自然な明るいシルバーベージュの髪色は、それでいて

全体的に緑がかっており、強めの巻きが入った綺麗な長い髪を

高い位置でまとめていた。

年齢は・・・・二十歳ハタチそこそこってトコか?わからん。


ボーイッシュな印象で、ピリッとした雰囲気が、見た人間を

少し緊張させる様な・・・・そんな空気を纏っていた。



「・・・・・・うそでしょ。」



が、あの “森川まさゆき” なわけ!?」

はんっと鼻を鳴らし呆れたという表情で続けた。


「こんな案山子かかしじゃ盾にもならないじゃん」


か、案山子って・・・・・


「はぁ・・・・あなたが彼の盾になるんです。」

司令さんは呆れ顔で彼女に言った。


「い・や。」


「・・・・って言いたいケド

 それじゃ進まないから、とりあえず見ててあげる。」


「見てるだけじゃなくって、あなたが守るの!

 わかった?プリンちゃん!」


プ・・・プリンちゃん・・・?


「プリンちゃんって呼ぶな!」

彼女の事らしいが・・・・イライラしてるな。

それにしても、おれを守る?


司令さんはこちらを見てニコッと微笑わらい、言った。

「まさゆきさん、ここにいる三名・・・ウェルシュ、Y子、パーマが、

 あなたのたてとなり、つるぎとなるチームの一員です。」


『・・・・・っな・・・!』

4人いると言われた、アニマ討伐チームの3人がこのメンバーなのか!?

な、なんて無茶苦茶なメンツなんだ・・・・しかもこのウェルシュとかいう

人は、少々牙むき出し気味の状態なんだが・・・・・!?


「頭一つ減って4人になるかもね」

ウェルシュという女は冷酷にそう呟いた。

しかし、その人数で成り立つのならそれに越した事はない気がする。

その頭一つ分としてお陀仏だぶつにならないよう、退散しやすいしな。



「・・・その場合、ウェルシュ、貴女の分の頭数は私が補いますし、

 まぁ、安心して死んでください。」



無表情で、そう言い放ったのはY子だった。



「・・・・あ?」

「一つじゃなくて、二つ間引こうか・・・?」


「貴女じゃ不可能ですね。」


「もう、二人とも、仲良くしなさーーいっ!」

「まさゆきさんの前ですよっ!」


「だから何!

 その森川まさゆきが予想外に案山子だったから、感想述べただけ。

 ただの素人が戦線に立って無駄死にしたかったらすればいい。

 でも私はつまらない奴を守ってやるつもりはない。」


「ウェルシュ。あのね・・・」

おれは司令さんを制止した。

『いいんです。』


「・・・・・・・・」

ウェルシュはそのジトッとした目でこちらを見ている。

彼女のその視線からは、見られた者が怖気おぞけを禁じ得ない、今までおれが

感じた事のない殺気の様なものが感じられた。


・・・・それは多分、おれなんかには想像も出来ない試練を乗り越えて

今ここに生きているから、なのではないだろうか。

それは、死を乗り越えてきたから必然的に宿ったのではないだろうか。


Y子やパーマもきっとそうだ。あの機関・・・・無限の軍勢アニマと戦って

今まで生き残ってきたのだ。


そんな生半可なまはんかじゃない戦いの果てに、まさか素人をおんぶして戦え、

などと言われたら、命を掛けて戦う彼女達からしたら怒りが涌き出てきたって

しょうがない。


『あなたの言うとおり、おれは案山子みたいなもんです。

 ここまで、パーマとY子に救われ、護られてここへ来ました。』


「正しくはです・・・」

「しっ・・・!」バシッ


『あなた達はきっと、本当の戦士なんでしょう。

 おれは、ここでは英雄だと思われているみたいだけれど、そんな事はない。

 おれは、あなた達がこれまで生きてきた苦しみも勇気も抱えてねぎらうことも

 出来ないんだ・・・・

 おれに出来る事は、やっぱりおれの手の内にあるものでしか成し得ない。』


「・・・・・・・」


『今、おれは “保留ほりゅう” というカードを持っています。

 これは、おれが今持てる自由の全てです。』


『あたが案山子の為に命を掛けて守ってやる事など出来ないと、

 そう思うのはもっともです。

 おれのこの保留のカードを使えば、あなたは司令官さんの決定を

 正式に、そして確実に断る事ができる。』


『あなたに預けます。』


「ま、まさゆきさん・・・・!」

司令さんは困った顔をしてこっちを見た。


「・・・・・」


「・・・・・・・いいわ。」

「預かってあげる。」


「・・・・・返しなさいっ!」


「いやよ。森川まさゆきの言葉なんでしょ?

 司令はそれを無視してもいいの?」



「いいわけないでしょ!自主返納しなさい!」

司令さんは両腕を小さく振りながら怒りを表現していた。

カ・・・カワイイ・・・


ウェルシュはこちらを見て言った。

「いいよ。」

「・・・・つまんない奴かどうか、見てあげる。」

彼女はおれを舐めるように見て、目を鋭くして口角を少し上げ、にっと笑う。

その冷ややかな笑いに、心なしかゾッとしてしまった。



「・・・・さてっと。もうそろそろ終わりましたかー?」


パーマが、たった今目を覚ましたかの様に平然と言い放った。

こ・・・こいつ・・・・・・!!!


「はぁ・・・・Y子に聞いて。」司令さんは苦労しているらしい。

「・・・終わりの無い問題に立ち向かい続ける。それが人生です。」

Y子は意味不明な事を口から垂れ流していた。


そうですか、と言ってパーマは続けた。

・・・いやその前に何がなんだよオイっ

「司令、たった今近隣の拠点から通信が入りました。

 どうやら近くの拠点で複数のアニマを観測したそうです。

 ここの拠点は先日、戦力を大きく削られ、このままアニマの襲撃を受ければ

 壊滅する可能性が高いですね。」


「私達が出向くのが得策かと・・・・・」


「ええ、わかっています。パーマ、異相を合わせてください。」


承知しょうちしました。」


「現地にはパーマとウェルシュで向かってください。

 Y子はKINGSで異空間維持のサポートを。」


「やったー!お留守番です!」

するとウェルシュが鼻で笑った。

「!!・・・やっぱり私も行きます!アバズレごと戦場の泥に沈めてやります!!」


司令さんのため息がこぼれた。


「は?あんたは沈められる方でしょ?このまな板処女。」

「そんなの関係ないですね!男を吊れるだけのバストがあったって、

 将来しぼむから無駄です!」

「その歳までエロさで勝負するつもりないから!」

「それは貴女が結婚できてたらの話でしょう?どうせ焦ってヒアルロン酸

 ぶち込んでますよ!」

「あんたは一生男に抱かれずに死んで無様っ!」

「あなたは一生男に捨てられつづけて無様っ!」


・・・その無様な口論の横で何かが切れた。



「・・・・うるせぇな・・・・・黙って行け・・・」



『・・・・・・!』×4


――――はて、今のは一体誰の声だったのであろう。

Y子はピタッと口を閉じ、ぴゅうっ、とオフィスへ続くエスカレーターを

駆け降りて行き


「さて、そろそろ異相が頃合いかな・・・」などと便利そうな言葉を残して

パーマは入口へ消えていった。


「・・・あ・・あんたは私と来なさい」と言ってウェルシュはおれを引っ張った。

『お、おれも・・・・!?』


「あ、まさゆきさん・・・・!」

「・・・・もし、これから二人と現地へ行くなら、二人をよく見ていて下さい。

 ウェルシュはああ言いましたが、もちろん、彼女を見るのもあなたです。」


司令さんは、花が咲き誇るような優しい笑顔で言った。

「あと、ちゃんとPちゃんって呼んでください!」

『は、はぁ・・・・』


「はい、じゃあ練習!Pちゃんって、言ってください!」

『・・・ぴ、P・・・ちゃん・・・・さん』

「・・・・・はいっ!!」


女神だった・・・・!


「さっさとしなさい!」

先に去っていくウェルシュにそう言われ、おれは焦って後を追った。


―――それにしても、さっきの、声・・・・何処から聞こえたんだろう。

誰も突っ込まないし、日本人マインドでおれも突っ込まない事にした。



おれはこれから行く現場とやらの恐ろしさよりも、むしろさっきのウェルシュの

微笑びしょうが気になっていた。

極めて危険度の大きい場に行くのなら、司令さん・・・もといPちゃんさんが止めて

いたのではないかと思ったからだ。


それに、あのウェルシュに預けたとはいえ、返事はまだ返していない状態なのだし。

・・・だが、胸の中で不安がざわつくのをおれは確かに感じていた。


―――しかし、まあ中立的な雰囲気のパーマも居るらしいから何とか

なるのではと、おれはエントランスの出入り口へ向かった。

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