第7話 《アンリトゥン・ルール》


最近のCG技術ってのは本当に凄いものだ。

しかし、考えてもみれば、そんな事を言う割には別段

CGなんてものに大した見識を持たずに、そのくせ、3年とか、下手すると

毎年の様に『最近のCGってのはすごいもんだァ』などとぼやいているおれは

まるで、白昼夢の状態で自分の尻尾を飲み込まんとしている

三年寝太郎状態の間抜けなウロボロスのようである。


海外映画のアクションシーンは、もはやどこからどこまでがCG

なのか分からない事も多いし、髪の毛の一本一本を表現してますだとか、

光の性質がどうだとか、とにかくその進歩にいとまはないらしい。

人間の "あり得ぬ風景" への情熱は凄まじく、しかしそのお陰で現代は

あらゆる魅力的な映像作品が生まれ続けている。

映画でも、ドラマでも、ゲームでも、そんな "あり得ぬ風景" は、大抵は

ワクワクする楽しいものだ。


では、その "あり得ぬ風景" が、現実のものになったとしたら、

どうだろう・・・・・


おれは学んだ。

感じるのは大体、焦りか恐怖である。


三年寝太郎も驚きのあまり起き上がるどころか、あまりのショックで

心停止してしまいそうな出来事にも出くわしたし、もはや自分が生きている事も

不思議なくらいだ。


異空間から異空間へ移動する、なんて経験をしている今も不安で一杯で、

突如目の前に広がった光景に驚愕しているんだ。



『・・・・こ、ここが』


大理石の床に、パール色のアクセントが効いた、

どこかブリティッシュの宮殿を彷彿ほうふつとさせる広めの空間だ。

小さなシャンデリアに小さな噴水。観葉植物等が見える

ここは出入口、エントランスだ。


奥側には少し広めの階段があり、その階段の両脇にそれぞれドアがある。

ここから見るに、2階は吹き抜けの通路になっているみたいだ。


ここから左右側には通路が続いており、右の通路を見ると、ここからでもおしゃれな

オフィスが少し覗けた。左側の通路は、その先のエリアがどうなっているのか、

いまいちよく確認できなかった。



階段の上が吹き抜けになってる分、天井はそれだけ高い。

窓もいくつか付いている為、息苦しさはなかった。しかしよく見ると、

窓から差し込む光の奥が、つまり、窓の外の景色が見えない。

ただ採光さいこうしているだけの、天候が掴めないなんとも不思議な窓だ。

見たところ、誰も居ないみたいだが・・・・


周囲を見回していると、奥の幅広はばひろの階段から人が降りてきた。


「・・・・!!」


ツカツカと歩み進めてこちらへ近付いて来る。



「・・・・・ああ・・!」


「・・・・森川、まさゆきさん、ですね?」


『は、はい。そうですが・・・・』

彼女はおれの前まで早足で歩み寄り、だらんと下ろしたおれの両手を、

その白くて、綺麗な両手ですくい上げ、おれの瞳を見上げた。


おれの目に御光ごこうが射した。

オレンジ色の綺麗なボブカットに、こぼれ落ちそうなやさしいアンバー色の瞳、

綺麗な、やや垂れ目の柔らかい表情は笑顔で、薄く透き通る唇を緩やかに

カーブさせていた。


第1ボタンを開いた白のYシャツに黒いスーツパンツ。黒いパンプス。

月の光の様な淡金色あわがねいろのイヤリングが優しく光った。

ついでにふわっといい香りがした。


め、女神だ・・・・・・

目の前に女神がおる・・・・!


「あぁ・・・・!よかった。」

「ほんとうによかった・・・・!」


彼女は、おれの両手を包んだ手に、さらにきゅっ、と力を込めた。


「初めまして、ですね。

 私はここ、“KINGS” の最高司令官、PE0-r1Aです。」


ぴーいーぜろ・・・?あーるわんえー?

なんだろうそれは。

『はあ・・・・・コードネーム、というやつですか・・・?』


「いいえ、私の名前です」


ニコッと微笑んだ。


「私の事は、“Pちゃん”って呼んでくださいねっ」


ぴ、Pちゃん・・・・・


最高司令官って言ったな・・・・・・いやそれって、一番偉いんじゃ!?


「さぁ、こちらへどうぞ。

 立ち話では疲れてしまいますね。

 奥でゆっくり、あなたが知るべき事をお話しします。」


いよいよ、この訳の解らん事件の真相が解るのか・・・!

おれは彼女に続いて歩き始めた。


今さっき、彼女が降りてきた階段を上り、左右に延びる廊下を右に真っ直ぐ進むと

大きめの二枚扉に突き当たった。


「私の執務室です」

こちらに微笑みを向けて、そう言って扉を開けた。

部屋の壁には本や資料がぎっしり詰まった棚が並び、奥には硝子がらす製の

デスクがあり、その背後には充実したコーヒーサーバーが備えられていた。

部屋のはじには小さな暖炉がある。その前で応接用のソファとローテーブルが小ぢんまりと置かれていた。


彼女はそのソファへ座る様に促し、コーヒーをれはじめた。


いい香りが漂う。おれはわりとコーヒーが好きで、よく自分で淹れていた。

人前ではブラックを飲むが、自宅ではたっぷりのミルクを入れたおこちゃま

ミルクコーヒーを飲む。・・・・これは人には内緒だ。

ブラックは好きで飲むので見栄みえではないが、おこちゃまミルクコーヒーは

正直恥ずかしいので人には言えないのだ。


「どうぞ」

彼女は淹れたてのコーヒーをカチャっとおれの前に置くと、

向かい側のソファに落ち着いた。


『・・・・ん?』

カップの中のコーヒーを見ると、そこに覗くはずのあの黒が何処にもなく

マイルドなその色と香りで気付いた。


おれがいつも作る、あのミルク過多かたなコーヒーじゃないか。


言葉を詰まらせて、カップを見つめた。


「ミルク・・・多かったですか・・・?」


『え!?・・・・あ、いえ』

不吉な予感が頭をよぎった・・・いや、まさかな。

・・・・いやいや、偶然だ。


『コーヒーに・・・・・』


「?」


『・・・・ミルク、入れるんですね』


「ぁ・・・ブラックの気分でしたか・・・・?」


『い、いえ。』

『コーヒーにミルクは・・・・・よく入れるもので』


彼女は微笑んだ。

満たされたような感情を滲ませて。


・・・・もし、このミルクコーヒーが偶然じゃなかったら、

彼女は、おれのこんな些細な情報を何処どこから得たんだ?

最悪なケースは、おれ“自身”・・・だ。

しかしおれは、ここへ“森川まさゆき”疑惑を晴らしに来た様なものだぞ。

こんな人ならざる者達の戦いに巻き込まれたらひとたまりもないからな。


『・・・それで、おれは何故ここへ招かれたんでしょう。』


「話はパーマとY子から少し聞いていますね?」


『え、えぇ・・・・現実離れした話でしたが。』


「あなたは今、数々の情報が頭に馴染まずに困惑している状態です。」

「情報をむやみに提示して、それ以上混乱しないよう、情報を伏せさせて

 頂きました。」


・・・・それは多分、今思えば適切だったのだと思う。

もしあの教会で諸々もろもろの話を聞いても、まず何一つ理解出来なかっただろう。


その戦闘を目撃し、とんでもない空間兵器とやらの半端ハンパなさを見せつけられて、

そして死にかけて・・・・・その間に情報を差し挟まれたから、かろうじて

半分受け止められたんだ。


「しかし、混乱させるどころか、あなたを死なせかけた事は

 どれだけ謝罪しても、しきれません。」


頭を下げそうになってところで、おれはそれを制止した。

『謝罪はパーマからされましたから、そう謝られると困ります。』

こちらは命を救われた身でもある。


『それよりも、おれは真相が聞きたい。』

『何故あなた達はその英雄森川まさゆきと、このおれを重ねるんです?

 見ての通り、おれはあなた達みたいな特殊な能力は使えないし、特別な

 才能も持っていません。』


「・・・特別な能力。

 ・・・特別な才能。」


「あなたは持っていますよ。」


『ど、どこにそんな・・・・』


「・・・・・あなたが、あなたであるという才能。」


『そんな馬鹿な・・・』


「あなたがあなたである証明に、あなたは今、才能も

 特殊な能力も必要としていないでしょう」


『そうかもしれない、けれど、あなた達が救世主と呼んでいる男とおれが

 同じ人間である証明が欲しいんです・・・・!』


「・・・・あなたが私達の英雄である証拠を見せる事は出来ません。」


『な、何故です!?』


「私達は未来からやって来ました。

 この世界で自然に起こらざるを得ない現象をみだりに妨害すれば、

 後に訪れる危機を乗り越える契機を破壊してしまう事になります。」


む、難しい言い回しだ・・・・


つまり、こういう事か?

おれがその証明を知ることで、今後必ず自然的に起きなくてはならない何かしら

のトラブルを、解決出来なくなってしまう・・・と?


未来から来たそうだから・・・・筋は通りそうだが・・・・

でも、それは変じゃないか?


『ここへ来る途中に聞いた話だと、この世界に介入しても、

 あなた達の世界は変化せず、この世界独自の未来に発展していく・・・

 そう聞きました。』



『でも、それなら今もう既に、あなた達の世界に起こらなかった事が

 この世界に起こっているという事でしょう。

 そのが発生すると、何故言い切れるんです?

 それに、そのトラブルが分かっているのなら、それを未然に

 防げばいいんじゃ・・・・』


「そうです。

 この世界は、私達の知っている世界とは違う歩みを進めています。

 しかし、私達が懸念している現象は、回避不可能な形で必ず起こります。

 その根拠も、先程の理由から、今はお話する事ができません。

 ・・・・・ごめんなさい。」


彼女は頭を下げた。


おれにとっては、“森川まさゆき” の存在証明が、まずなすべき

最重要項目だったのだが・・・・・

それは極めて賢固けんごな不文律によって守られ、

おれの希望は大きく痛手をくらってしまった。


こうなっては聞き出しようがない。


「でも、これだけは言えます。

 私達KINGSが時を越えて過去へやって来たのは、これが初めてという事です。」


ゲームみたいに何度もリトライしてきたわけじゃあないんだな。

森川まさゆき争奪戦によって、同姓同名の人間が、沢山の時間軸で

何人も殺された訳ではなく、これが初の試みなのか。

・・・・安心したようなそうでない様な・・・・


しかしそれなら尚更、今から起こらざるを得ない出来事が起こるなどと

何故言い切れるのだろうか。


『もし、この世界でKINGSの目的が果たせなかったら、あなた達は

 また過去へさかのぼるんですか・・・?』


「いいえ、私はこの世界で戦いを終わらせるつもりです。

 もし、それができなかった場合、人類存続は不可能と判断し、

 この世界と運命を共にするでしょう。」


『・・・・・・・・』


『・・・・・おれが、ここにいる理由は何ですか。』


「・・・・・・・・・」


彼女は少し目を閉じて、意を決したかの様に、強い意志のこもった

瞳で口を開いた。


「その答えが・・・あなたに話したかった事のほぼ全てです。」


「森川まさゆきさん。」




「私達KINGSと共に、機関を討つため、戦って下さい!」




心の底では、ほんとうは分かっていた事だった。


だって、それしか考えられないじゃないか・・・・


でも、その予感から逃げていたんだ。

そんな事を言われたって、おれは救世主でも何でもないんだから・・・


『救世主が敵わなかった相手に・・・ですか』


「無理を言っているのは解っています・・・」

「でも、私達には・・・・私達にはあなたしかいません」


分別ふんべつの無い愚か者と思われても仕方がありません。」

「人生を奪った悪魔とののしられたとしても、甘んじて受けます。」


「私達は、人が人として生き、人である事を疑ったり、かなしんだりしなくても

 いい世界を作るために・・・守るために、どうしても機関を討ちたい・・・!」


「お願いです・・・・!私達に、あなたの力を貸してください・・・・!」


KINGSの総司令官の席に座っているはずの彼女が

床に膝をつき、両手を合わせて、祈る様に目を伏せて懇願していた。



おれは思い出していた。

やつらのセリフ。


「わたし達の世界の人々は願いました。

 機関に蹂躙され、滅び行く世界の中で夢見た、あの遠い日々の世界を。

 あの世界を守れたなら・・・・・あの世界を残せたなら・・・・」


「兵士が兵器として作られた。だからそれは兵器である。」

「ただそれだけの事ですよ。」


そして、あのボロボロの女の子。



・・・・断ってしまえばいい。

あんな超常パワーを持つあいつらが翻弄される世界へ一歩でも

踏み入れてみろ、一瞬で骨だけだ。いや、骨も残るまい。


この現実って世界は、賢く生き抜いた者が勝者なんだろ?

そう、出来てるんだろ?なら、迷うことはないじゃないか・・・

普通だとか、常識だとか、そんな言葉のやぶに隠れて、賢く勝者になりゃいいんだ。

理屈なんて、いくらでも思い付くだろ・・・・?




――はいじゃあ、自分に質問。



お前さんは・・・つまりおれは




それらの悲しみを無視して、

を生きて行けるでしょうか?


明日見る空はキレイでしょうか。


明日食う飯はうめぇのでしょうか。


そんな自分を、おれは生きていたいと思うのでしょうか?




―――――無理じゃないか?



少なくとも、おれの命を救ってくれた奴等のリーダーが

今、目の前で膝をついて懇願してるんだぞ?


仮に、この麗しい人の必死の祈りに唾を吐くような真似をしたとする。

そしたら、おれはおれを殴るだろう。

グーでだ。


もちろん、おれだって犬死には御免だ。

だが、論理や合理性で賢くゴール、はおれには出来ん。


どうやら才能がないんだ。



『・・・・・少し、時間を下さい。』


「・・・・・・・え・・・!?」


『あなた方がおれをどう評価しているのか、よく分かりませんが・・・』

『少なくとも、二つ返事ではいと言えるほど、おれには英雄とか、救世主だとかの

 才能はないんです。』


『弱っちい、一般人なんです。』


「まさゆきさん・・・・!」


「はい、待ちます・・・・!!ずっと、待ちます!」


断ってはいないが、当然承諾しょうだくもしちゃいない。

それに結局断る、なんて事が無いとは言えないのであって・・・・

・・・・なにもそんなに喜ばなくたって・・・・・


彼女の目は少し潤んでいた。


「よかった。よかった。

 あなたに断られなくて・・・・」


『・・・・・・』

『ちなみに、もし今断っていたら、おれ、秘密保護かなんかで殺されて

 たんですか?』


「いいえ。」


「あなたへの処遇の権限は全て私の手にあります。

 もし、断られていたらあなたをKINGSの保有するシェルター施設で

 保護をするか、どうしても日常に戻りたい場合、生活空間を提供し、KINGSの

 エージェントを常に配置してあなたの生活を防衛するか、そのどちらかを

 用意していました。」


なんでそこまで・・・・・


『・・・・・その、一つだけ、いいですか?』


『おれは自分の事を、あなた達の“森川まさゆき”だとは到底思っていませんし

 “森川まさゆき”らしく振る舞うことは出来ない・・・・・失望されたとしても

 どうする事もできません・・・・』


「はいっ!かまいません・・・・・!」


彼女は立ち上がり、ツカツカとデスクに歩いていき、何かを取って

早足で戻ってきた。


「まさゆきさん、貴方にこれをお渡ししておきます!」


『なんですか?これ。』


「キングカードです。

 このカードはKINGSのメンバーである証明書です。

 この施設に自由に出入り出来るようになりますよ。

 空間兵器の技術を応用して作られたカードです。あなたの生体反応を

 登録する事で、カードは貴方の異相空間と溶け込み、あなたの脳波に反応して

 がい空間に再構築されます。」


あれ?まだおれ承諾もしてないんだが・・・・・・


『あの・・・まだこういった物を受け取る訳には・・・・』


「はい。でも、ここを自由に使って頂くにはそれが無いと不便ですから、

 とりあえず持っていて下さい」


「・・・・まさゆきさん。」



「あなたの、そのままの考えで、ありのままの心で返事を下さい。」

「私は・・・私達は、たとえ時間が掛かっても待ちます。」



『・・・・でも、協力したって、おれに出来ることなんてありませんよ?』


「そんな事はありません。

 あなたには特殊部隊を率いて、少数精鋭で機関の脳幹を破壊して

 もらいたいのです。」


『しょ、しょうすうせいえい・・・・!?』


「あなたを含めた5人のチームです。

 あなたが指揮するその4人はKINGSの最高戦力達です。

 必ずあなたを守り、あなたと共にを滅ぼすでしょう。」


『え・・・・・?何ですかそれ?』


「機関の呼称です。私達は機関をそう呼んでいます。」

「私達KINGSの中では、アニマと呼ぶ者達と、この名称を避けて

 機関と呼ぶ者達があります。組織の中心に近い者ほど “アニマ”と呼びます」


『あぁ、機関って名前なのかと思ってたら・・・・』

『って・・・・・・いやいやいやいや、まって下さい!』


『機関ってのは・・・・って、いや、か・・・・ともかく、

 このアニマってのは、無限の軍勢を誇っているんじゃないんですか!?』


『5人って・・・・・・・・!!』

おれなんて、無戦力むせんりょくだから実際4人!!


「ふふ。ただの4人ではありませんよ?」

「一人一人が国家戦力だと考えてみてください。」


いや、そんな範●勇次郎みたいな事を言われたって・・・・


「時空の隙間に閉じ込めて、本格的この世界に流入する事を食い止め

 られているとはいえ、アニマは数も質も未知数です。少なくとも、

 この世界の戦力では人海戦術にさほど意味はありません。

 ですから、戦力を一点に集中して可及的速やかにアニマを討ちます」


『なら、未来の技術を世界中の各国に分け与えて武装したらどうですか?』


「たしかにそれなら戦力としては質量が増えますが、その場合、

 問題が戦力の質から人に移ります。この技術はアニマの力で得たものです。

 この、時代を大きく飛躍した力は、人々に大きな混乱を与える事になります」


「私達の時代でも、滅びつつある世界の裏で争いが絶えませんでした。

 本来この技術は存在しなくていい・・・いえ、存在するべきではないのです。

 技術の流出阻止、それが理想です。」


確かに、こんな技術を得たら国際秩序が崩壊しかねないよな。

でも技術の流出阻止ってのは、相当に難しいんじゃないだろうか・・・・


「私達は既に、世界中の各国にコネクションを取り、相互扶助の網の目を作り

 空間兵器の不拡散を図っていますが、事の性質上、時間が掛かれば

 掛かるほどリスクは増大し、そのうち拡散されてしまうでしょう。」


「ですから、出来るだけ短期で決着を付け、空間兵器を廃棄し、

 この世界から抹消する必要があります。」


KINGSは既にあらゆる政府と接触していたのか。

まぁそりゃあそうだよな。一度世界を滅ぼした相手だ。

たった一つの組織が両手だけでで支えられるほど生半可なまはんかじゃないよな。


『しかしその前に、たった5人で人類規模の敵を相手にできるとは到底・・・・』


「大丈夫。鍵はあなたです。

 あなたが切り開く未来に、その鍵があるのです。」



『・・・・よ、よく解りませんが・・・とにかく、その鍵の謎が解らない以上は

 今は深く考えない様にします。結局それも、森川まさゆきにまつわる秘密事項

 なんでしょう?』


「・・・・ごめんなさい。」


『い、いえ。司令官さんも、その、立場があるでしょうし』



「・・・・ふふ。Pちゃんって呼んでください!」


「さぁて、今日はこの辺にしておきましょう。まさゆきさんも疲れましたよね。」

「滞在する部屋を用意してあります。」


滞在・・・・そりゃあそうか。帰るところ無いんだった。


おれはPちゃんの後に続いて、先程の2階のエントランスへ戻った。


・・・・・するとそこにはあの人物が立っていた。



「・・・・・あっ!」

「こほん、ようやく来ましたか。」



『あ・・・!あんた、じゃなくて、お前・・・・・・!』


そこに立っているのはY子だった。


相変わらずの無表情でこちらをじっと見ていた。


「こんにちは。無事でなによりです。」


『あぁ、何ていうか、お前も無事だったんだな。』

こいつのデタラメな強さを考えると、簡単にはやられなさそうだが・・・・


「司令、只今帰還しました。」


「お疲れ様、Y子。

 今、彼にKINGSここを案内しようと思っていたんだけど折角だから、

 あなたにお願いできる?」


「わかりました。」


「彼はこれから、ここで生活する事になりました。彼の部屋にも案内してね。」


ここで生活・・・・か。


「はい、わかりました。」

Y子は背筋をピンと伸ばして両膝をぴったりくっ付け、

後ろで手を組み、兵隊ばりの超無機質返事をして了解した。


「それじゃあまさゆきさん、折角せっかくY子がいてくれるので、わたしは

 まさゆきさんの入居手続きやキングカードの照合等々しておきますね。」


『は、はい。』


彼女は目の前で背伸びをして、おれの瞳をふわっと覗き込みながら

「ちゃんと、Pちゃんって呼んでくださいねっ」

とウィンクを送り、踵を返して戻って行った。


・・・・・・・・すさんだ心にオアシスを感じたおれであった。


『・・・・・・・女神だ・・・・』


「・・・・私がですか?」


『・・・・いや、お前じゃなくて』



あの人と森川まさゆきは、どういう繋がりがあったのだろう。

・・・・そりゃあ、おれだって男らしく二言返事でイエスと言えたなら

それがカッコイイと思うさ。


でも、簡単に踏み切れるものじゃないだろ?相手は無限の軍勢なんだ・・・・


・・・・隣にいるY子はおれに何を求めるだろうか。


救世主としての器量?人望?力?・・・・おれが知っていなければならない筈の

何もかもが解らずに、この空間ではそれが奇しくも暗黙の了解となっている。

英雄けん救世主の森川まさゆきさんよ、あんたのお陰でおれはやっかいな

存在証明に絡まっちまったが、その救いの手で、ついでにおれも救済しては

くれないかね・・・・今頃どっかでめしでもつまんでるのかね。



・・・・えーいっ!!

もう、考えるのは止めよう、今日はなるべく思考停止で過ごそう。

隣にいる案内人は、そんな時にはうってつけの相手に見える。


おれは案内人の顔を見て、まあ宜しくな、とつぶやくと、

「いいでしょう、私は案内人LVレベル500の五週目異世界転生ですから。」

などと寝言を返してくれた。


おれも疲れているのだろう。


ほんの少し安心してしまった――――

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