第6話 《踠きの胡蝶》
昔、とある有名な映画監督がよく作品のギミックに使用していたのだが、
“
昔ある男が眠りに
しかし、その夢はあまりに現実味が強く、男が目覚めた時には
―――はて、果たして夢を見ていたのは自分なのか、それとも
今の自分は蝶が見ている夢なのではないか、と、夢を見ていた自分の
居場所が解らなくなってしまったのだ。
おれが今まで本物だと思ってきた現実は、本当に本物だったの
だろうか。
おれが世界の全貌だと思っていた “現実” という街並みは、実は、
ちょっとした街角の一風景に過ぎなかったのではないか。
本当は平凡なんてものは無く、実は平和なんて存在していなかったの
ではなかろうか。
“森川まさゆき” という人物が、本当にこのおれと同一人物なのか
・・・・・おれは違うと思う。というか絶対に違う。
世界には、リーダーになるべき人間が沢山存在しているが、おれは
その中で旗印を
ではないからな。
その場合、本物の森川まさゆきは、この世界のどこかに存在して
いて、そいつなりの日常を送っている事になる。
早く現れてくれ、頼むから。
さもなければ、おれがそいつを探すハメになってしまうじゃないか。
・・・・・おれは少々くたびれてしまった。
この夢はいつ覚めるのだろう。
『・・・・・ん・・・?』
「おや、目が覚めましたか。」
「おっと、そのまま寝ていて下さいね。」
『・・・・ここは・・・・』
構わず上体を起こすと、体のあちこちが痛んだ。
小さな病室のベッドの上で、包帯を巻かれて寝ていたようだ。
パーマが入ってきたそのタイミングで目覚めたらしい。
奴はベッドの横の椅子に腰掛け、手に下げていたコンビニの袋から
カットフルーツを取り出して、その容器を開封した。
「無事でよかった。あなたは丸一日と三時間ほど眠っていました。
身体中を打撲していますが、
「あの状況下でその程度で済むとは、まさに悪運の持ち主と言えるでしょう」
『何が・・・・どうなったんだ・・・・?
凍傷・・・・・あ、そうだあの時、冷たい衝撃波にふっ飛ばされて
・・・・そうだ、あの女の子・・・・・』
『おい、おれが倒れてた場所に女の子は居なかったか!?』
「・・・自分が死に掛けたというのに、敵の心配ですか。」
“敵”・・・・・・・・?
そうか。やっぱりあの子、機関の・・・・・
「ハッキリ言いますと、奇跡ですよ。貴方が助かったのは。」
「あれの名称は・・・・・ “
人類にとって最悪の、機関による
「まさか、あんな物に遭遇するとは・・・・」
『あんた等も知ってるのか。』
「 “
その戦闘能力は凄まじく、単独でありながら一瞬にしてユーラシア大陸の3分の1
を氷結させ、何億という人々の命を奪いました。」
『ちょ、ちょっと待ってくれ!・・・・ワケが解らん。』
「無理もありません。被害の規模が巨大すぎて想像も難しいでしょう。
あの兵器は、機関の兵器の中でもとりわけ危険な存在でした。」
「私達の世界では一度、アレを破壊する事に成功しましたが、
破壊する事が出来たのは
機関が、破壊された
それとも、また一から造り上げたのか、それは解りませんが
現にアレはまた復活し、この世界に現れた事は確かです。」
『・・・・・子供だった。』
「その様でしたね。」
『あいつ等の中に、会話できる奴が居て、そいつに操られてる感じ
だったぞ・・・・!?』
「しかし、あれは敵です。
私の特殊な
によるものでしょう・・・・あのランクの兵器がこちらに存在する事を想定
しきれなかった私の落ち度です。」
「申し訳ありません。」
『ここは何処だ?・・・・病院か?』
「ここは、昨日のあの場所から約30kmほど離れた、私達の
隠れ
こういった場所を私達はいくつも確保してあるのです。」
「ここが見つかる事はありません。
私がフル稼働して、完全にこの空間を消失させていますから。
今度こそ、本当に安心して下さい。」
パーマは手元のカットフルーツに串を刺し、シャクシャクと食べ始めた。
『いや、お前が食うのかよ!』
「病室と言えばリンゴですね。あーんしますか?」
『するな!』
フルーツの容器を手渡された。
・・・あまり食欲は無かった。
『犠牲者は・・・・出たのか?』
あそこは公園だ。平日とはいっても少しくらいの人通りはあったって当然だ。
あの時、辺り一帯が真っ白な氷景色に変貌していた。
あんな現象に巻き込まれたら大変だ。
「組織も緊急で空間兵器をフル稼働し、民間人の保護に
当たりました。幸い死傷者はおらず、軽傷を負った歩行者が
6名・・・これも奇跡的です。」
「当の敵側は、
間もなくして自ら
パーマは肩をすくめながら、組んでいる足を交代させた。
「あの時、貴方達の居た地点を起爆点とし、半径2.5km内で瞬間氷結が
起こりましました。私達の世界で猛威を振るった、兵器
比較すれば、能力がほぼ発動すらしなかった、と言いたくなるほど被害は
軽微なものです。」
「どうやら
それが貴方が死なずに済んだ理由です。」
「それとも、貴方の英雄パワーが発動したのでしょうか。」
パーマはニコッと胡散臭く微笑みながら言った。
『冗談言うようなタイミングじゃないだろ・・・・・』
けど、誰も死ななかったなら本当によかった。
もし、そこにいたのがおれではなく、本物の “森川まさゆき” で
あったとしたら、果たして彼はどうしたのだろう。
救世主は、何を考え、どう行動し、どんな結果に導いただろう。
あの女の子は・・・・・救われたのだろうか。
「さて、今の貴方はとても弱っています。しかし
いきません。貴方には辛いでしょうが、
「お食事は
『いや・・・・・』
「・・・・・・・・」
『なんだよ。』
「一応、トイレはあっちに・・・・」
『トイレくらい自分で探すわ!』
もしかして、いらん情報が伝わっているのではなかろうか・・・
パーマは、それでは、と言って部屋を出ていった。
・・・死にかける、という現象は、もはやここまで来ると笑える要素を完全に
握り潰し、己に降りかかっている現実の恐ろしさを無条件で、かつ強制的に
理解させるには十分すぎる程の威力を発揮していた。
怪我をしているせいもあるのだろう。
食事を取った後、この窓も無い窮屈な部屋ですぐに眠りに就く事が出来た。
どうやら一日の内、3度も死にかけたという、最初で最後であってほしい一連の
出来事は、おれの認識以上に体に
翌朝目が覚めた頃には、室内のデジタル時計は朝の6時を回っていた。
残念ながら、これは夢ではなかった。
おれはパーマの買ってきた “ごっつモロコシさん” とかいう
中に大量のバターコーンが敷き詰められた不健康そうなおにぎりを
2つ食べ、“ごっつモロコシトマト” とかいう謎ジュースで口を潤した。
なんで “ごっつ” シリーズで統一するのだろう。てか何だこのシリーズ。
パーマとエレベーターに乗って、地下から地上に出ると、本当に
そこは普通のホテルのフロントだった。
果たしてこの組織は、一体いつからこんな隠れ家を用意していたの
だろうか。この世界と、既にあらゆるコネクションを持っているの
かもしれない。
外へ出ると、目の前には日光に照らされて赤く光るオープンカーが
停まっていた・・・・・・フェラーリだ。左ハンドル様だ。
パーマは「さぁ、乗って下さい」と促したが、おれはその高級なボディを見るなり、
・・・・・・・止めておいた。
おれは大人なので、止めておいた。
『いいのか?こんな派手な車で。』
発進した車がトップを開いて、風を切って走る
パーマは指をパチンと鳴らした。
すると周囲の音は遮断され、話し声がよく通る様になった。
「見た目は何でも構わないのですよ。
今も私の能力で常に隠れながら走行しています。
この車は借り物ですが、どうせならと思いましてね。」
『便利な能力だな』
「一人の人間が生きていくには過ぎた能力です。
しかし、
直ぐに廃棄されてしまうのです。」
『兵器?あんたが?』
「そうです。」
「私達は、機関との戦闘のために作られた兵器なのです。」
人間にしか見えないが・・・・
『特殊な能力が使えたら、兵器なのか?』
「私達は、機関の技術を研究する中で作り出されました。
人体と空間兵器が一体化した存在なのです。」
『でも、こうしておれと普通に話してるじゃないか。』
「普通に話が出来れば、人間なのですか?」
『そうさ。』
「フフッ、不思議なお人だ。
あれは人に見えましたか?私達はあれ等を非人類と認定しましたがね。」
『あいつとお前は違うだろ。』
「しかし、本質は変わらないのかもしれませんよ?
目的が
『立場が変わっても、人は人だろ?
それとも、立場が変われば生き物として変わってしまうってのか?』
「その通りです。戦争には、物の道理をそんな風にしてしまう力があるのです。」
「兵士が兵器として作られた。だからそれは兵器である。」
「それだけの事ですよ」と、パーマは涼しく笑った。
笑える様な事じゃないだろうに。
その世界がそうさせるのか・・・・?
『・・・・そうか』
『なんか、悲しいな』
「そうですか?・・・・貴方は変わったお人だ。」
そりゃあ、その世界の人間ではないからなおれは。その組織がなんたるかは
知らんし、戦争を経験した事もない。
こいつらからしたら、一般人的な感覚はむしろ珍しいのかもしれない。
・・・・・そういえば、その組織はいわゆる “軍隊” という事でいいのだろうか?
『なあ、あんたの組織は何て名前なんだ?』
『って、それももしかして内緒か?』
「私達の組織は通称 “KINGS” と言います。」
あっさりと答えた。
『教えていいなら最初から教えてくれよな』
「申し訳ございません。聞かれなかったものですから。」
パーマはヘラヘラと笑った。こんにゃろう。
“KINGS” か。王様?
『もしかして、おまえ達が倒れたら人類がお仕舞いだから、チェスのキングに
ちなんで “KINGS” って感じか?』
おれは言い当てた風に、内心得意気になった。
「いえ、知りません。」
完全に空振った。
「貴方が付けた名前なのだそうですが・・・・」
また “森川まさゆき” か。
偉かったんだな。森川まさゆきは。
『・・・・・・なあ、もし、おれが本当に “森川まさゆき” じゃないと証明
されたら・・・・おれはどうなるんだ?』
「その場合は死んで貰います。」
『殺されるのか!?』
「嘘です。」
『嘘かよっ!!』
何なんだこいつらは!
などとやっている内に、車は国道から外れて、森林地帯に侵入
していった。
細い道路を通り、立ち入り禁止の看板を越えてさらに進むと、
古びたお寺に辿り着いた。
「到着しました。」
車を降りながらその朽ちた門を見ると、どうやらここは完全に廃墟になって
いるらしく、お堂も何かに利用するには手遅れなほどボロボロに朽ちていた。
『・・・・・本当に、
「ええ。ここですよ。」
「さ、こちらへどうぞ。」
そう言いながらパーマは門へ歩いていく。
おれはパーマに続き、門の前で立ち止まった。
『ど、どうしたんだ?』
「ここからは、“KINGS” 内部へ入ります。
そのために、本拠地の入り口とここを接続する必要があります。」
『接続?』
「・・・・・・・完了しました。」
「さぁ入りましょう。」
何がどう変わった訳ではないが、パーマは門をくぐると、ふっと姿が
消えてしまった。
『お・・・・おい!』
・・・・ここで立ち止まってもしょうがない。
意を決してパーマが姿を消した門へ、おれも突入した。
一瞬、身体中が、ふわっとした感覚を覚え、
同時に目の前の
小さな庭に囲まれた
『おぉ・・・・!?』
「お疲れ様でした。到着です。」
「ここからは、あの庵へお入り下さい。
この門は、空間兵器によって、異空間へ繋がっており、
外側と内側で
こうして行き来する事が出来るのです。
二重ロックの様になっておりましてね、あの庵が二つ目の門に
なっているのですが、セキュリティは解除してありますから、
どうぞこのままお進み下さい。」
まあ、いまいちよく解らんが・・・・
『あんたは来ないのか?』
「私は、車を片付けたり諸々の仕事が済んだら直ぐに。
後はKINGS入れば、私達の上官が貴方を心待ちにしている筈です。」
「・・・・・それではまた後程。」
そう言ってパーマは胸に手を当て、軽くお辞儀をした。
おれは庵へ近付いてその
この先に、そのKINGSの総本山があるってわけか・・・・・
おれは
『・・・・・・』
『・・・・・・・・ん?』
『んっ・・・んっ・・・・!』
開かない。あれ?
セキュリティは開いてるって言ってたのに、おかしいな。
『ふんっ・・・ふんっ!・・・・ふんっっぬ!!!』
開かない!どうなってるんだ!
くそっ、横に押してもダメなら引いてみろってんだ!
ギィィィ・・・・・音を立てて戸は開いた。
『ってひらくんっかいっっっっ!!!』
『開き戸っかいっっっっ!!!!』
魂の突っ込みをかまして、戸の向こうを見ると、その空間は
うねうねとしていて、先の景色が見えなかった。
おれは改めて意を決して足を踏み出した。
先程の不思議な感覚を再度味わい、おれは異空間に入り込んだ。
光に包まれる。
これから何が始まるんだろう。
悪い夢から覚めてくれるだろうか。
その時おれは、おれの知ってる森川まさゆきなのだろうか。
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