第4話 《パーマという男》
言ってしまえば、おれには当てが無いのであるし、
そして帰る場所も無いのだから、今、このタイミングで一人に
なってしまえば、それは一種の“迷子”とも言えるのかもしれない。
身の振り方において、現状他の選択肢は見えてこない。
しかし、明らかにずっと年下の、おそらく十代くらいの見た目の
女の子とはぐれてしまったら迷子になってしまう、なんていう
体たらくは、我ながら情けないというか、複雑というか。
ただふよふよと浮かんでいるのみであった。
色んな情報をうまく整理しきれていないのである。
結構歩いたな・・・・・
道路の標識を見ると、横浜まで来た様だ。
時刻はAM10:00を回っているらしい。
気持ちのいい水色の空に、うろこ雲が浮かんでいた。
Y子とおれは、海の見えるハンバーガー店の駐車場で立ち止まった。
「・・・・・ここまでです。」
『何がだ?』
「わたしにとっては非常に不本意ではありますが・・・・
たった今、本部から緊急の任務が発令されました。貴方の案内はこれから
組織の別の仲間が引き継ぐ事になります。」
『そ、そうなのか?』
「貴方の目の前で,貴方を護ると誓いながら簡単に貴方から離れるわたしの
不誠実さをどうかお許しください。」
『いや、そ、そんな事いきなり言われてもな・・・』
礼儀もへったくれも無い奴なのかと誤解していたが、もしかしたら
こいつは、いやY子は、とても誠実な奴なのかもしれない。
「・・・・お願いですから給料は下げないでください。」
・・・・・・え?
「靴でも何でも磨いてやりますから。
本当はイヤだけど・・・・月イチくらいで。三割引で。気が向いたら。」
はい、前言撤回。
『知るかっ!そんな事はお前の上官に相談しろよ。』
なんだ、“森川まさゆき”ってのはこいつらにとっての上官か何かなのか?
・・・・まぁ、救世主なんて呼ばれるくらいだから、それなりの立場があったの
かもしれないが。
「―――でも、貴方をわたし達の本拠地へお連れするのはわたしで
ありたかったと、本当にそう思っています。」
『そ、そうなのか? まあなんだ・・・・・なんか悪いな。』
「これから貴方に同行する後任者は、あのハンバーガー店で
貴方を待っています。どうか彼の誘導に従って下さい。」
『どんな人なんだ?・・・その人もアンドロイドなのか?』
Y子の様に、クセが強いのだろうか。少し怖い。
「いえ、彼はアンドロイドではありません。
少々変わってはいますが、腕は立ちますから、必ず貴方を
わたし達の本拠地へ送り届けてくれると思います。」
「・・・貴方とわたしは、また必ず会う事になります。」
「・・・・その時こそ、トイレットペーパーを持っておまると一緒に
駆けつけますから安心して下さい!」
『そんなん要らんわ!』
おれが求めているのは別の安心である。
それではまた―――そう言って彼女は、去っていった。
なんだかんだ文句は言ったが、実際に彼女が居なくなると少々不安な気持ちは
否めなかった。
その後任者ってのが腕利きだとはいえ、こちらの
いったいどんな奴なのか、検討もつかないのだ。
突っ立ってても仕方がない。
有名なハンバーガーのチェーン店、マクドナルホド。
おれはその扉を開けた。
―――リンリーン
ドアベルが鳴った。
「あれ~?君ってさ、anananでモデルやってなかった?
えー、ウソでしょ!絶対見たよー?ほんと?
ごめんなさい、めっちゃ可愛かったから間違えちゃった!」
注文口で女性店員をナンパしようとしている客や、その隣でテイクアウトを注文
している客、席で勉強している客、辺りを見渡してみても、こちらに気付いて
近寄ってくるそれらしい人はいなかった。
「じゃあ今度一緒に行こ?絶対に楽しませるから!
はいコレ連絡!・・・・っと」
ん?ナンパしていた男がこちらに近づい来た・・・・・
・・・・まさか。
「はじめまして森川まさゆきさん。」
『あ、あなたが?』
「はい、私が。」
そう言うと、彼はにやっと微笑み、左手を胸に当てて
軽くお辞儀をした。
年齢は28~30後半って感じか?
見た目からはどうとでも捉えられる印象だ。
身長はおれよりも高く、175cmってトコだろうか。
髪型はロングパーマで、髪色は自然な赤毛だ。
薄く生えたアゴ髭。ワインレッドのYシャツを第2ボタンまで外し、
いわゆるボヘミアン系のネックレスを下げ、黒いパンツにUチップの
革靴を履いていた。
何処の出身だろうか。日本人と取れなくもない顔つきだが、
正直わからなかった。
「私の事は“パーマ”とでも呼んでやって下さい。」
「さ、立ち話も何でしょうから、そちらへ。」
パーマと呼べ、などとはまた変わった自己紹介だ。
本名を明かす訳にはいかないという事だろうか。
おれは、このパーマさんと向かい合わせに席に着いた。
こちらの事など最初からご存知らしく、どうぞリラックスしてほしい
との事だが、まあ無理な話だ。
「いやぁ~、お恥ずかしい所を見られてしまいましたねぇ。
私、日本人の女の子って大好きなんですよね。
ほら、カワイイじゃないですか。つい声を掛けてしまうんですよ。」
なんだか
この人が原因でおれ、死んでしまうのでは・・・・
『はぁ、それよりも、貴方が組織の本拠地とやらへ案内してくれると
聞いているんですけど。』
「えぇ。勿論その通りです。・・・・・不服ですか?」
『不服といいますか、不明と言いますか、そこへ辿り着いて、
それからどうすればいいのかすら解らんのですが』
彼はニコッと胡散臭い微笑みを向け、軽やかに言った 。
「その前に、私に気を使う必要はありません。どうぞ “タメ口” をお使い下さい。」
その言葉の意図は解らなかった。
“森川まさゆき” の存在がそう言わせるのだろうか。
『わ、わかった。』
『なら、答えてくれ。もしおれがこのままあんた達の指示に従わずに拒んだら、
一体どうするつもりだ?この状況で情報を伏せられて、信じてくれと言われても
普通は信じる気になんてならないだろう。まだおれには選択肢があるはずだ。』
奴等の言い分を利用して少し揺さぶれないだろうか。
今はうまく整理出来ずとも、少しでも情報がほしい。
「おや、立場を使って逆に交渉するおつもりですか?
しかしその交渉は実に向こう見ずな試みだと思いますが。」
『そうかもな。現にあんた等が居なければおれは死んでいたし、
これからもおれが狙われ続けるのなら、かなりピンチだ。
・・・・だがこうも思う。あんた達がおれに提示した情報は大切な部分は
何も教えてはくれない。“森川まさゆき”の部分、つまりおれに関する部分だ。
ここはおれが他の情報を抱える為の、地盤になるはずの情報なんだ。
ともなれば、そこに納得がいかない以上はあんた達を信じる事はできない。
『・・・・おれは伏せられた大きな謎に勝手に希望を
なるかも、と警察に持ちかけるかもしれない。
おれを狙って奴等が現れるのなら、警察がおれの言葉を信じなくても、
警察だって事実として認めざるを得ないしな。』
「確かに、貴方の言い分は大方真っ当です。
機関の戦力は、今日目撃した程度の相手なら警察でも応戦できる可能性があるし、
私達の組織を機関と同等か、それ以上の危険な集団である可能性を深堀りすれば、
情報開示が少ない以上は私達を敵と見なす事だって出来る。」
『さっきY子は “森川まさゆき” が手の内に居なければ、機関との
戦いは成り立たない・・・ってな事を言っていた。』
「その通りです。この状況はまるで貴方に裁量権があるように見えますね。
・・・・しかしそれは貴方が私達の話を都合よく解釈した上での話です。
私達の思惑も機関の性質も殆んど知らない状態での綱渡りの選択肢は
貴方にとって非常にリスクが高いと言えるでしょう。」
『・・・・・・・』
「しかし、私はあなたがそんな早まった選択を選ぶとは思っていません。」
『どうしてだ?』
「フフッ。貴方の胸に聞いてみては
「私達は、“森川まさゆき” がどの様な人間なのか、組織からブリーフィングを
受けています。おそらく貴方はそれでも他者を巻き込む選択肢は選ばないと
私は考えます。」
『おれが本当にそうするか、とは関係ないな。』
その森川まさゆきはおれじゃないからな。
「無論です。」
「直感ですよ。」
ニコッと柔らかい微笑を浮かべた。
そりゃあ、救世主とも呼ばれる人間なら我が身の保身の
ために他人をあえて巻き込む様な事は避けようとするだろうさ。
やつらは、おれが救世主 “森川まさゆき” であると本気で信じ込んでいるらしい。
「しかし、今の貴方の状況は確かに理不尽だ。
私も、道すがら話せる事は話すつもりです。」
「それで手を打ってはもらえませんか?」
『・・・・・・・』
『これからも機関って奴等の追っ手が来るんだろう?
あんたもY子みたいに戦うのか?』
「私も彼女と同様、戦闘には長けていますが彼女の様に豪快には戦えません。
タイプが違いますからね。しかしきっちりとお守りしますよ。」
「フフッ。メチャクチャだったでしょう彼女は。」
『助けてもらっといて何だが、まぁ命が幾つあってもって気はしたな・・・』
「彼女は、貴方に会える日が待ち遠しくて仕方がなかった様です。
さっき、窓から姿が見えましたが、とても嬉しそうな顔をしていました。」
『嬉しそう?終始無表情だったと思うがな。』
『・・・・・あんたもY子も、“森川まさゆき” とは面識があったのか?』
「私は一度もお会いした事がありませんでした。これが初対面です。
彼女の事は・・・・わかりません。謎の多い方ですから。」
Y子が “森川まさゆき” を直接知っているのなら、このおれが、
イコール本当に “森川まさゆき” である説に拍車がかかる事になる。
コーヒーを一口すすり、カップを置くと
「さて、そろそろ行きましょう。一刻も早く、貴方の不安を取り除かなくては」
そうウィンクして、出発を促した。
店を出て、さて何処へ行くのだろうかと辺りを見回すと、パーマと名乗る彼の
姿は既に消えていた。
「久しぶり~~!・・・・あ、ごめんなさい人違いでした!
あれ、それにしてもお姉さん超キレイだねぇ!
お姉さん何してる人?モデルー?せっかくだから一緒に遊び
いきませんー?」
「ちょっとだけいいですか?
いまぼく、本当に素敵だと思える人を探してるんですけどー、お姉さん
すっごくキレイだからつい話かけちゃいました!ちょっとだけでもそこで
お喋りしません?勿論奢りますよー!」
『あのー。』
「今何してるのー?えマジ?じゃーさー今時間ある感じ?」
『おーーい!』
「あ、ご免なさいちょっと待って!いま直感的に貴女の事気になって・・・」
『おいこらそこのパーマ!!』
「え?」
「あぁ、はは、すみませんついついアバンチュールに目覚めてしまいました。
まぁ
『どういう癖だよ・・・』
へらーっと笑いながら奴は戻って来た。
信じられん。この状況で手当たり次第にナンパするか普通・・・・
やつらの神経はもしかして強力な合金か何かでコーティングされているのでは
なかろうか・・・・・是非ともおれにもコーティングしてほしいね。
「さ、すぐそこの公園まで歩きましょう。そこからは私が車を出します。」
『なあ、本当に大丈夫なのか?
こうしている間にも敵がこっちを狙ってくるんだろ?』
「そうですね。しかしご安心下さい。もう敵に見つかる事はありません。」
『え?・・・・また何で?』
「私には特殊な能力が備わっておりましてね。任意で選んだ対象物の存在を
あらゆる視覚網から身を隠す事ができるのです。」
『なっ、あんたは人間じゃないのか!?』
「さあ、人間の定義については何とも言えませんから、貴方の思いたいように
捉えて頂いて結構ですよ。」
「私の能力を使えば、視覚情報、音、生体反応・・・・人が発するあらゆる情報を
簡単に遮断する事が可能です。つまり、堂々と見つからない様に移動する
事ができるという訳です。」
『それって最強なんじゃ・・・・・』
「まあ欠点はありますがね。」
「空間兵器という言葉はご存知ですか?」
『あぁ、言葉だけなら・・・・・』
「この力は、空間兵器の
情報を遮断する力を打ち破られる可能性があります。」
『絶対的に安全という訳ではないのか。』
「その通りです。」
「さて、行きましょうか。」
パーマ達の組織は異能力集団なのだろうか・・・・
いかん、現実離れが
感じる・・・・・
このまま遠ざかった時、果たしておれは元の生活に、もとい平凡な
毎日へ帰り着く事はできるのであろうか。
空を見上げると、うろこ雲は少しずつ重なりあい、その顔色に
怪しさを帯び始めていた。
雨が降りそうだ。
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