第2話 《月夜の襲撃者》

ごくありふれた街にあって、

ごくありふれた、真夜中の静寂の元にたたずみ、そして無数の、

ごくありふれた人生に祝福をあたえてくれる、幸福のシンボル。


一般的に、教会から男女が一緒に出入りするという光景は、大なり小なり

その新しい人生の門出にまつわる、明るく微笑ましい未来を想起させるものだ。

しかし、そんな“教会”と、このおれ“森川まさゆき”の取り合わせは実に奇妙で

不自然極まりない様相を呈していた。


『ぎゃぁ~~~~~~~~!!!!!!!』

『や、やめてくれぇ~~~~~~~~!!!!』


ズルズルズル・・・・と、おまるの先端にくくりつけられたロープで

牽引けんいんされて、本来、教会にあるはずのない馬鹿でかい風穴から

おれと、Y子と名乗る女は外に出た。


ズボンとパンツを下げ、おまるの上に跨がり様にしがみついているおれは

不審者レベル・・・いや、犯罪者レベルがかなり高く、

このまま街に出たら大なる可能性でパトカーの世話になる事だろう。

ロープを引っ張る女。おまるごと引きずられる男。ここは教会である。


『と、とまれ・・・・・!!止まってくれぇっ・・・・!!!』


おれは懇願こんがんした。

すると歩みを止めて、彼女は無表情でこちらを振り向いた。


「何か心配事でも?」


『心配事以外になにもないわっ!』


「安心してください。わたしは貴方を護るためにやって来たアンドロイド。

 超強いです。わたし。あと超頭いいです。はい。」


本当にアンドロイドなら、頭の良さなんてアピールしても

意味無いのではなかろうか。と思った。


『本当にアンドロイド・・・なのか・・・・?』


しかし、教会の壁に風穴を開けたのはなんと、この女の口から発射された謎の超絶

ビームなのであって、それをこの目で、おれはハッキリと目撃してしまったのだ!


これでも約30年ほど生きてきたが、口からビームを発射する人間など

見たことがない。当たり前だ。

ここは現実だし、おれは常識的な世界でごく普通に生きてきたのだ。

異世界転生し


「そうです。アンドロイドです・・・・

 ―――Y子。お前。ハニー。おれの女。まあ好きに呼んで下さい。」


なにがハニーだ何が。


「少なくとも、さきほどの光粒子砲で、信じてもらえたはず。

 どうでしたか?わたしの攻撃力は・・・・」


フフッ、と少々不敵に笑うその顔は、不思議と無表情を保っていた。



・・・正直、おれの頭の中は完全に混乱していた。アンドロイド?

命を狙われている?おれが?


それで、おれが未来の・・・・・いやいや。おれは平凡な一般人だ。


明日、いや多分今日か、今日も会社で部長に仕事の報告を・・・・

っそうだ!!なんで今まで頭の中から消えていたんだろう!!


『携帯、携帯電話!こいつで警察に来てもらって・・・っていうか

 今何時だ!?』


「携帯電話というのは、これの事ですか?」


Y子はいつの間にか、おれのポケットから抜き取っていたらしく、

前時代的ですね、などと言いながら、その左手におれの携帯を持って、

ヒラヒラと見せつけると。


『あ!か、返・・・・!!!』


バキっ!!・・・と、信じられない音を立てて、おれの携帯電話は

その華奢な手の中で粉砕されてしまった!


『あ"あ"あ"ぁぁーーーーーーっっ!!!!』


『何て事をするんだ!!』


「貴方の個人情報や位置情報を特定出来そうなものは全て

 抹消しなければなりません。」


おれが追われてるから!?そんな馬鹿な!

片手でスマホを握り潰す人外の握力を見せつけられて、

なにらや不思議と力が抜けてしまった・・・・・・

もう、何らかの太刀打も考えられない。


『なにも、こ・・・壊さなくたって・・・・はぁぁ、

 まぁ自宅のPCにバックアップ取ってあるからまだ何とか・・・』


「そこは安心して下さい!」


そう言いながらこちらにウィンクを飛ばして言った。


「あなたの自宅はもう既に、完全に爆破して木っ端微塵に吹き飛

 ばしてあります。」


『え?』


「ちゃんと、アパートの貴方の部屋だけ消し飛ぶ様に綺麗に

 調節してありますから、安心して下さい!」


『な、なななななぁんだってぇぇぇぇーーーっっっ!!!!!』


「賃貸への保証も、貴方の会社への退社手続きも、全てわたし達の

 組織が介入し、円滑かつ速やかに進められます。安心して下さい!」

そう言ってまたウィンクを飛ばすのであった。


嘘か真か考える力も失せ、おれはおまるにうなだれた。

退社・・・?爆破・・・? ワケワカラナーイ。


「・・・・・!」


その時、Y子の背後に、足音と共に、正体不明の何者かが現れた。


『ん?誰か来たな・・・・・』


闇夜に紛れて、判別がつきにくい黒い装束を身に纏い、顔には

月明かりを鈍く反射する仮面を着けていた。

おれは驚いた・・・・月光で照らされた、謎の男の影が足元で

膨張したり収縮したり、炎の様にゆらめいたりしていたのだ・・・!


「現れましたね。気を付けてください。」

Y子は男の方へ向き直り、変わらぬ冷静さで、冷やかに、

無機的に呟いた。

「機関の戦闘員です。発砲してきますよ。」

『え?は、発ぽ・・・・』


パキューーーーン!!!!

『うっわっ!!!!』

「未来の光線銃です、当たらないようにしてください。」


光線銃!?いや今パキューーンって聞こえたんだけど!!


『そんなに直ぐ発砲してくるものなのかよ!!』

しかし続けざまに二発目、三発目と、発砲音は続いた!

おれは“おまる”に股がっているわけだから、もしこの姿勢で意図的に

当たらないように動けたならおれはホンマモンのニュータイプか何かだと思う。

『ま、まてーーーーっっ!!!!』


キュイイィィィ――――・・・・・・・とその時、謎の不吉な機械音が、

想像し得ない何かをスタンバイしている雰囲気をおれに伝えた。

・・・・・そして!


チュドッッ!!!と、また光の軌道が爆ぜて、爆音と衝撃が体を叩く!

『ぎょえぇーーーーーーーーーー!!!!』


驚愕するおれの目の前には、もはやあの黒装束も、不気味な影も

跡形もなく消え去っていた。奴が立っていた辺りの地面はかるく

えぐれており、周囲の芝生は黒く焼け焦げていた。


「どうですか!わたしの強強つよつよビーム・・・・

 光粒子砲の威力は・・・・・!!!」


Y子は首をくるっとこちらに向けた。

『ぎゃーーーーーーー!!こっち向くなーーーっ!!!!!』


「え?あぁ大丈夫ですよ。誤発射はしませんから。」


「分かりましたか?貴方は今のような“敵”に今後追われ続けるのです。」


人に発砲されたのは、生まれて初めての出来事だ。


おれは、正直ビビっていた。素直に告白するが・・・実は漏れていた。


大判小判どっちもである。2度目であるが例の如くおまるの上だから

何とか事なきを得た――――――いや得てない。


「―――でも大丈夫、貴方はわたしが護ります。」


Y子の目元が少し緩んだ様に見えた。


何も知らない人間が傍目に見れば一見普通の女の子にしか映らない。


しかし、口に兵器を備えて、そして敵を目の前で消滅させておいて、

その次の瞬間には平然と、極めて冷静かつ滑らかに言葉を紡ぐその

“不自然な自然”は、まさに人の産み出した被造物そのものにも思えた。


今のおれには、彼女を信じる材料をどこかからかき集める能力はなく、

だからといって、襲撃を受けた事実を都合よく揉み消せるほどの、

都合のいい脳の機能も備わってはいない。



「とりあえず、これから貴方には、わたし達の上官に会って頂きます。

 そこで、貴方の知らない事も、聞きたい事も、多くの事実を知る事が

 できるでしょう。」


おそらく逃げることは出来ない。

人を一人完全に消滅させる、途方もない暴力の前で逃げようものなら、

おれは神聖な教会の壁を破壊してしまったばかりか、下半身を開けっ広げて、

こんな場所で死んでしまうのだ!

・・・・あの世で神様に何て言えばいいんだ。


『あのぅ・・・・とりあえず、紙・・・・・・

 貰えますかね・・・・・・・・・?』


「紙?なんですか?紙って・・・何に使うんです?」


・・・嘘だろ。

おれの言葉には、他に何の意図もなかった。そして同時に

彼女の言葉にも他の何の意図も含まれちゃいない事も解る・・・


じゃあ何だ、彼女はおれをこのまま、おまる姿で引きずって、

その上官とやらの元へ連れて行こうというのか・・・・・悪魔か!!


『いや、その、拭くための紙がないと・・・立ち上がることさえ

 儘ならない状態なので・・・・・・』


「はぁ・・・そうなんですか。」

「じゃ、行きましょうか。」

『いやいやまてーーーーい!!!!!』


『紙、ないんですか!?おまるはあるのに!?』


「はい、紙なんてわたしは持っていませんし、わたしは

 介護士でもありません。そのきったないお尻をやさしく

 拭き取って欲しかったら、責任をとってわたしを口説き落として

 結婚して年収8000万円ぐらいになってください。」


『いや、紙の代償デカすぎるだろ!』

「そのままズボンを履いても、わたし気にしませんけど?」

『おれが気にするわ!』

すると彼女の口からため息がこぼれた。

「ふぅ・・・男って、惨めなものですねぇ。女がいなけりゃ自分の尻を拭くこと

 すら儘ならない・・・・女はいつも男が勝手に始めた戦いを――」

『いいからそこら辺のコンビニ行って買ってこんかーーい!!!』


すると彼女はぴゅうっと、コンビニを探しに闇夜へ走って行った。


取り残されるおれ。


いや、なんだこの状況・・・・・・

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