第6話 大統領の決断

 トーマス少佐のUFO建造計画も、徐々に研究成果が上がってきた。それは、UFOの推進システムとUFO本体の物質の解明が出来ていたからだった。しかし、それらは地球にない物質が使われていたので、その代用品作りに時間がかかっていた。そして、この程完璧とはいえないがUFOを修理して、テスト飛行させるまでになっていた。UFOを操縦するのはトーマスだった。

 トーマスはUFOを操縦して感じたことがある。“プロジェクト・フューチャー”しか知らない宇宙船は、人類から見て未確認飛行物体その物だという事実だった。UFOは国内外へ飛んで行き、多数の人々に目撃された。

 UFO建造計画は、まだまだ、宇宙人の残していった科学技術にせまれないでいるのが現実だった。もし、宇宙人との間で戦闘が起こったら、おそらく一瞬にして地球を破滅させるだけの武器を持っているだろう。それが使われるか使われないかは、地球の出方次第だろう。



「マクビル、俺たちのやらなければならない事は、人質を作ることか」

 トーマスがいぶかしげに言った。


「軍に歯向かってでも、国家いや地球のために突き進みたいです」

 マクビルも決心をあらわにした。


「絶対にしてはいけない事だ。犯罪者になっても阻止する。俺たちの任務は人質を凍結受精卵のまま、宇宙人に返還することだ。これは地球史ではなく、宇宙史に残る大罪を防ぐことになるはず」

 トーマスは同じ考えだった友に信頼の眼差しを送った。


 トーマス少佐とマクビル大尉は、大統領に直訴した。大統領は国家と世界のために決断した。二人に地球の安全を託したのだった。


「宇宙人の凍結受精卵を返還することを命ずる」

 と言う、大統領からの命令書を受け取った。


 “プロジェクト・フューチャー”の極秘任務なので、トーマス少佐とマクビル大尉、獣医のダニエル、産婦人科医のイザベルにしか知らされていなかった。


「お二人にお願いがあります。これは、大統領にも了承済みの極秘任務ですが、“プロジェクト・フューチャー”の極秘任務の人質作戦に反するものです」

 トーマスが言うと、二人は驚いた様子で顔を見合わせた。


「驚くのは当然です。ここに、大統領からの極秘任務の命令書があります」

 と言って、トーマスが差し出した。


「承知しました。私たちも賛成です。極秘任務を受けた時に、二人で話し合ってでた結論と同じです」

 ダニエルが安堵した表情で答えた。


「うれしいです。お二人のような軍人がいらっしゃる事と、大統領も一緒のお考えだったことを知って」

 イザベルも満面の笑みで答えた。


「よかったですね。四人が同志になれて、いや、大統領も入れて、五人ですね」

若いマクビルがはしゃいだ。


 他のスタッフは何も知らせないようになっていたので、二人の医師と秘密裏に、実行できた。かくして、四人は地球のために強い意志で結ばれていた。

 人質作戦ではなく、宇宙人に凍結受精卵を傷付けずに返還することが最大の解決策だということを四人で話し合い、秘密裏に実行してきた。



 トーマスはテスト飛行のたびに、宇宙人へテレパシーを送り続けた。

「凍結受精卵は一つも傷付けずに保管してあります、このように宇宙船を修理しました」

 念じてテレパシーを送った。


 マクビルは偽りの人質作戦がばれないように、演じ続けた。


 また、二人の医師ダニエルとイザベルは、宇宙人の凍結受精卵ではなく、ゴリラの受精卵にすりかえていた。絶滅危惧種のゴリラの数を増やす意味合いも加味して実行していた。



 人類は技術革新から500年と持たない.その後200年は貧富の差からの争いで人類は滅亡する。それはまるで、『 黒字倒産 』のようだ。経営は黒字なのに、銀行などからの資金融資がされず倒産してしまうようなものだ。


 自然豊かな大地を分配ではなく、覇権争いをしている。人間は競争が好きなのか、自由になると能力とばかりに多くを集めたがる。しかし、川の流れと違い、富は多い方へ止めどもなく流れる。それは、津波の影響で川が逆流するように、人間の富への執着が逆流させる。本来、多ければ少ない方へ流れればいいのに。共産主義ではなく、人間の倫理の力で止められる。その事を、歴史が語っているのに。



「この地球は輝かしい発展をしているのでしょうか」

 マクビルはつぶやいた。


「何故、あの星の宇宙人は、地球よりも遙かに科学が進歩しながら自滅しないで生き残れたのでしょうね」

 イザベルはやさしく言った。 


「経済至上主義の中で、格差が広がっている。3%の富裕層が70%の資産を独占し、47%の中流層が資産の20%を分け合い、残りの50%の人々で10%の資産を取り合っているのが現状だ。こんな事を続けていいのか。こんな事が自由を勝ち取った国の民主主義なのか。アメリカン・ドリームなのか。世界中で、20億人が1日2ドル以下で生活している。

 経済学者の友人が言っていた。経済は、中間層が存在しえないで上流階層と下流階層に分かれると。アメリカだけが例外ではなく、世界中が一握りの富裕層に支配されていくよ。これじゃ、宇宙人に侵略される前に暴動が起きるね」

 ダニエルは嘆いた。


「自滅しないで生き残ったのは、良心的知恵を持ち得たのでしょうね」

と、イザベルは言った。


「今の科学技術では、他の恒星まで人間を送る事が出来ない。精々、月か人工の宇宙ステーションに建造物を作ってその中から出たら、短時間しかとどまれない。地球に宇宙人が飛んで来たということは、少なくても4光年先から飛行して来たことになる。今の科学力では、5万年もかかる遠い距離からの訪問客だ。

 もし、これが10光年先や100光年先から飛来して来たとしたら、光速に近いか光速かあるいは光速を越えて飛行しなければならない。その結果、宇宙船内の時間はゆっくり経過する。地球の千年か万年に匹敵する時間が宇宙船内では10年か100年しか経過していない。たとえば、宇宙船内の宇宙人が、その星に子孫を残して来ていたとする。その子供が宇宙船内の若い宇宙人は父母と呼ばれたり、祖父母と呼ばれたり、曾祖父母と呼ばれたりする。それ以上になると、まだ宇宙船内に生きているのに先祖と呼ばれるかもしれない。それも、生存する先祖から未知の情報が日々送信される奇怪な世界が存在しているのかもしれない」

と、トーマスは言い、真剣な眼差しで三人を見つめた。



 トーマスがテスト飛行のたびに、宇宙人へテレパシーを送り続けていたが、初めてテレパシーの返信があった。

 それは、11月14日20時50分頃に宇宙船に凍結受精卵ケースを持ち込み、浮遊するようにという指示だった。


 トーマスは“プロジェクト・フューチャー”の極秘任務の人質作戦チームの三人と大統領へ連絡した。大統領は、極秘裏に四人と面会した。

「トーマス少佐、マクビル大尉、ダニエル獣医、イザベル産婦人科医よく協力してくれました。感謝します」

と、大統領からの謝辞。

「はい」

 みんなで誇らしげに返事をした。


「トーマス少佐、宇宙船もろとも持ち去られて、帰還できないかもしれない」

と、大統領が言った。


「この極秘任務に志願した時から、覚悟はできています」

トーマス少佐はきっぱり答えた。


「そうか、地球の救世主として誇りに思う。無事の帰還をみんなで祈っている」

と、大統領が言って別れた。



 11月14日、獣医のダニエルと産婦人科医のイザベルが凍結受精卵ケースを宇宙人に返還する準備に取り掛かった。そして、マクビル大尉はテスト飛行に旅立つトーマス少佐に凍結受精卵ケースを託すべく出発した。

 トーマス少佐はマクビル大尉から凍結受精卵ケースを受け取り、固い握手を交わして旅立った。



 天空では眩いばかりの光が差し、凍結受精卵ケースを載せたテスト飛行のUFOが大きな葉巻型の母船に吸い込まれた。


 テスト飛行のUFOは、大統領の住むホワイトハウスと、UFO研究所から生殖科学研究所へ戻ったマクビルとダニエルとイザベルに見守られ、UFOの母船へと返還された。


 ケージの中を見ると、ゴリラは笑った。


 人間の愚かさを笑ったのだろう。なぜ、人質作戦など考えられたのか、覇権やヘイトスピーチや経済至上主義や格差社会を容認しているのかが、おかしかったのだろう。


 世界中でスーパームーンの中にUFOが飲み込まれて行くのを見ている。トーマス少佐が一部分の記憶をなくし、呆然とダウンタウンに立ち尽くしていた。振り返ると、後のステーキハウスの上にスーパームーンが、建物と同じぐらいの大きさで輝いていた。

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ゴリラは笑った 本条想子 @s3u8k

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