第5話 人質作戦

 宇宙人の代理母として選ばれたのは動物園で育った5頭の未経産の雌ゴリラだった。UFOの研究施設の一部が出来上がり、UFOが地上のプレハブハウスから地下へと降ろされていた。そして、そこを通って奥へ行くと、生殖科学研究所があり、その中に大きな檻が5個並んでいた。それから別室には、宇宙人の凍結受精卵ケースが納められている。


 トーマス少佐とマクビル大尉は、獣医のダニエルと産婦人科医のイザベルに対峙した。二人は夫婦だった


 凍結受精卵が解凍され、受精卵が細胞分裂を繰り返す。1つだった受精卵が2つの細胞に、そして4つ細胞にまで卵割した。その胚は、妊娠していないことを確認された5頭のゴリラの子宮腔内深くで、ホルモンによって着床準備のできた内膜の上に移植された。その後、ゴリラは檻の中のベッドに麻酔をかけられたまま横たわっている。目覚めてもお腹の中で何が起こっているか分からない。しかし、何カ月かすると、母親になることを本能から悟るだろう。


 マクビルは、野生のゴリラ社会を考えた。雌ゴリラだけではゴリラ社会がお互いの反発関係を強めて成り立たない。野生のゴリラ社会では一頭の雄ゴリラによってハーレムが形成されている。成熟した雄ゴリラの背中には白い毛があり、シルバーバックと呼ばれている。

 ハーレムは、一頭のシルバーバックに、何頭もの雌がいてその間に出来た異母兄弟からなっていた。また、別のハーレムから移籍してきた雌がいる場合は子連れもあるので、血縁関係のない場合もある。この場合、雄の子供であればいずれ移籍先の子供たちがシルバーバックになったときに決裂する運命が待っていた。ハーレムは集団を威圧するだけの身体の大きいシルバーバックに雌たちが群がる。雌たちは、そのシルバーバックの威圧感で、いさかいもなく共存しているものとみられていた。ハーレムの中で、いさかいを静めるのはいつもシルバーバックの役目だった。


 大柄のマクビルは、シルバーバックの役目をしながら、この作戦を見守る決断をした。動物園での雄と雌のゴリラは、見物客に反応するという。雄ゴリラは、背広姿の男性客に対してよくドラミングをして威嚇するようだ。また、雌ゴリラはTシャツとジーパン姿の青年の注意を引こうとするという。

 5個の檻は、広いケージに移された。マクビルは、ほとんど毎日のようにケージの中を見回っているケージの中では五頭の雌ゴリラがお腹の子供をかばうようにゆったりと暮らしている。雌ゴリラは、お腹に子供がいる場合や子供に母乳をやっている三年間というもの、発情のサイクルが回ってくることがないらしい。この期間は交尾することも誘惑行動を示すこともないという。


 マクビルは雌ゴリラに名前を付けている。ケージに入った時は、一頭一頭に名前を呼んで挨拶した。さすがに、ドラミングはしなかったが、優しくたくましい男性の姿は歓迎された。このケージに入るときは、いつもトレードマークのシルバーバックに似せたTシャツとジーパン姿で決めるマクビルだった。


 マクビルがケージに入ると、一番先に檻の奥から飛んで来て人懐っこく触れてくるのが、動物園生まれの七歳のクイザだった。


 それとは反対に、遠くでマクビルが近づいてくるまで不安めいた目で見詰めているのは、八歳のマティーだった。マティーの母親はハーレムの中で、最下位の雌ゴリラだったこともあり、母親の不安が子供にも伝わったようだ。


 小太りで丸っこい身体をしているパフィーは、一番雌ゴリラらしく、野生の中で雄ゴリラの熱い視線を一身に浴びていた。野生では、雄ゴリラの争奪戦を引き起こさせ、示威行動の犠牲者を増やしていた。それを見かねたゴリラ研究者が動物園へ連れ帰ったのだった。今はそんな環境も忘れてか、穏やかな日々を送っている七歳のパフィーだった。


 雌ゴリラにしては体格の立派なペトラは、よく雄と間違えられた。雄の生殖器は密生した長い毛に包まれているので、ペトラのように胸の毛が抜け落ちて乳頭が膨らみ始めるころまで、雄と雌の区別がつかないことも良くあるのだった。ペトラは動物園生まれなので、最初から雌ということが分かっていたようだが、八歳になって見た目にも雌と分かるようになっていた。


 ミックの特徴といえば、T字型の鼻紋を持っていることと、足の指の癒着や斜視があることだった。T字型の鼻紋を持ったというのは、親からの遺伝だった。足の指の癒着や斜視は近親婚によるものだった。ミックが動物園に保護されたのは、ハーレムの雄が襲われて新しくリーダーの座に就いた雄ゴリラによって、雌の抱いている乳児が次々に殺された時だった。その時、一歳だったミックは、現在八歳になっていた。


「クォィ・クォィ」

クイザは音を発した。


「クーイ・クイッ」

マティーは言って首を傾げた。


「クル・クル・クル」

パフィーは甘えた声を出す。


「グォッ・ゴツ」

ペトラはうなる。


「グフーツ・ングッ」

ミックはうなずく。


 マクビルは、これらの音声を聞くと、まるで豚小屋に入っていると錯覚するだろうと思った。雌ゴリラたちは、このケージに入ってから、ほえ声や金切り声など警告声をあまり発してはいない。今は落ち着いているのか、ゲップ音が多かった。ちょっとしたいさかいの時などは、続けざまに音声を発するためブウブウ声でうるさくなる。


 5頭の雌ゴリラに囲まれていると、まるで空軍から離れて、ヒトリゴリラの仲間入りをしてしまったように感じられてくるマクビルだった。ゴリラの社会では、ハーレムの中にオトナオスが共存できないのが普通で、集団を出てヒトリゴリラになる運命が待っていた。そのヒトリゴリラも小さなハーレムを作り、次第に大きくして行く。そして、そのハーレムのリーダーのシルバーバックが、雌たちや子供を守るために敵と最期まで戦うということを、マクビルは知っていた。



 戦争では、このような手段を選ぶ方策が、歴史上繰り替えされてきた。人間は戦争の前では、聖人にはなれない動物なのかもしれない。しかし、戦争を経済と名を変え、恐ろしい別世界が幕を開けようとしている。経済至上主義が弱肉強食や奴隷制と何処が違うのか、成功が武力から頭脳へ変わっただけ、究極は、頭脳ロボットに取って変わられる結果へ突き進んでいるのか。

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