第2話 空飛ぶ円盤

「先程、惑星探査機で捉えた星が肉眼でも見えて来るはずです」

と、艦長のメアリーが告げた。

 アニーとヘレナは、それを厳粛に受け止めた。

「もし、その星に知的生命体が存在して、文明を築いていたら、その惑星の歴史や地質の分かるデータをハッキングして来てください。それが終われば、すぐにこの母船に引き返すのです。お返しは、アカシックレコードとして、素晴らしい英知を聖者に伝達しましょう」 



 宇宙船の窓に、これから降り立つ星がかすかに見えて来た。アニーとヘレナの瞳に映る星は青く美しかった。 

「こんな美しい星に住めるのかしら」

ヘレナが口元を綻ばせた。


「知的生命体が住んでいないなんて考えられないわね。先を越されたかも」

アニーが半ば諦め顔で言った。


「最初に知的生命体の存在を確かめることですね。では出動準備をしてください」

メアリーは、司令室から二人を送り出した。


 アニーとヘレナが円盤に積み込むのは、自分自身の荷物と大事な凍結受精卵ケースのみだった。すでに、円盤には必要なものが備え付けられていた。

「アニー、荷物の整理はできた」

「もう少し掛かりそうなの」

「私は済んだわ。凍結受精卵ケースは私が積み込んでおくわ」

「そうしてくれる。6番のケースよ」

アニーは、ヘレナの申し出に甘えた。

 

 冷凍保管室と書かれた扉を開けて中へ入って行った。中にはいろいろ分類されていて、凍結受精卵ケースと書かれている場所がある。そこには‘1から10’の番号ボタンがあって、必要なボタンを押してくださいと書かれていた。それで、ヘレナは6のボタンを押そうとした。しかし、冷凍保管室はあまりに寒いため、身震いしながらボタンを押してしまった。出てきた凍結受精卵ケースの番号には‘9’と書かれていた。単純なヒューマンエラーだった。へレナは冷凍保管室を早く出たいという頭が先に立ち、よく確かめずに持って来てしまったのだ。そして、円盤の中の冷凍室に納めた。凍結受精卵ケースを納めるスペースは2個分あった。

 アニーは個人的荷物の積み込みと自室の整理が済んで、円盤に乗り込むだけになった。しかし、円盤の責任者として凍結受精卵が気に掛かり、冷凍保管室へ向かった。凍結受精卵ケースのセレクトボタンの‘6’を押すと、ケースが出てきた。

「ああっ、来てよかった」

アニーは、円盤へ乗り込み、ケースを冷凍室に納めた。

 アニーとヘレナは操縦室へ入り、メアリー艦長に出動の挨拶をして、円盤へ乗り込んだ。

「出発」

 と、メアリーは声を発した。


 空飛ぶ円盤は、葉巻型の母船の後部から産み落とされるかのように出て行った。母船は円盤からの通信を待って、推進システムを全て停止して恒星の軌道で公転した。円盤は母船から離れて、小型の反重力炉を使って急速に推進した。円盤は恒星間を飛ぶ物ではなく、恒星の中の惑星へ向かうように設計されたものだった。


 円盤は惑星に近づき、大気圏内へ突入前に知的生命体の人工衛星を確認した。この星は銀河系内にあり、みなみじゅうじ座のα星から約500光年離れた恒星の惑星だった。円盤は大気圏へ入るとすぐに、知的生命体が文明を築き、繁栄している事を確信した。


しかし、アニーとヘレナは、美しい光景に見惚れて、すぐに帰還する事を躊躇した。

「ヘレナ、電波がキャッチされたわ。知的生命体が生存していることは、紛れもない事実ね」

アニーが冷静に言った。


「残念ね。でも、少しぐらい見学しましょうよ」

ヘレナは茶目っ気たっぷりに言った。


「じゃあ、この惑星の歴史や地質の分かるデータをハッキングしながら、星を一周して帰りましょうか」

アニーも気を許しての発言だった。


 空飛ぶ円盤は、水平飛行を続けていた。今まで、青空だった天空も暗闇へと変化して行く。そして、一際大きい都市の領空内へと入り込んだ。すると、逸早くレーダーが捉え、空軍では戦闘機2機をスクランブル発進させた。


「領空侵犯機を発見しました」

マクビル少尉が報告した。


「侵犯機は円盤状で何処の国の物か確認できません」

トーマス中尉が興奮気味に伝えた。


「未確認飛行物体という事か」

空軍司令部から聞いてきた。


「そうです。今までに見た事もない空飛ぶ円盤です。この星の物とは到底考えられません。それに、飛行の仕方が普通ではなく、異常に早いのです。まるで、プラズマのようです。侵犯機は、1機と思われます」

叫ぶようにトーマス中尉が応答した。


「円盤の周辺は闇夜だというのに、雷の放電のように光り輝いています」

空飛ぶ円盤に見惚れていたマクビル少尉も、この驚くべき光景を語り始めた。


「円盤の方でも、こちらに気付いたようですが、一向に逃げようとしません。ただ、一定範囲で消えたり現れたりを繰り返しています」

トーマス中尉が伝えた。

「消えるというのは、どういう事だ」


「猛スピードで移動しているので、そのように見えるのだと思われます」


「これから援護の戦闘機を発進させる。捕獲作戦を取るので見張ってくれ。もし、逃げるような事があったら追跡して、攻撃しても構わない」


「了解しました」

トーマス中尉が応答した。


 トーマスとマクビルは、備え付けの特殊カメラで空飛ぶ円盤を撮り続けた。カメラは、未確認飛行物体つまりUFOの不思議な光と動きを捉えていた。UFOは真正面にいるかと思うと真後ろにいるという具合で、神出鬼没であった。二人は、科学技術力の差を見せ付けられているように感じられた。

 UFOは、攻撃を仕掛けて来るわけでもなく、宇宙人の存在を誇示するかのように、自由自在に天空を飛び回っているのだった。

 トーマスは思わず、自分の携帯カメラにUFOを納めた。それは、政府によって間違いなく秘密裏に処理されるだろうと思ったからだ。そうでなければ、世界はパニックに見舞われるはず。我々より遥かに進んだ科学は、脅威そのものだ。我々の科学技術では、知的生命体が存在する異星へ辿り着くことが、現時点では不可能だった。その科学力をみすみす取り逃がすはずもなく、他国に公表するはずもなかった。


 UFOはそんなこととは露知らず、美しい星を遊覧飛行しているのかと思われるほど優雅に浮かんでいる。あるいはチーターのように、狙いを定めるまで、人間世界へ近付き、爪や牙をむき出しにして攻撃してくるかもしれない。そんなことが現実に起こると想定したら、これからとるべき道は敵を知ること以外にはないのだ。

 あのUFOの中にどれだけの科学技術が詰まっているのか、恐怖と興味が入り混じっていた。そして、UFOが自動コントロールされているのか、あるいは宇宙人がいるのか、いるとしたら我々と同じ姿形をしているのかなどと考えを巡らせていると、マクビルは夢心地になるのであった。

 トーマス中尉はUFOの現実を目の当たりにして、恐ろしさのあまり身震いしていた。このUFOを逃がしては、この星の未来がないと改めて気力を奮い立たせるのだった。これは、撃退するのではなく、出来ることなら無傷で捕らえたいと思っていた。こうした考えは、空軍司令部でも同様だった。この星の最高頭脳集団でも到達し得ない科学技術が、いま目の前に迷い込んで来ているのだった。いや、総攻撃前の偵察飛行なのかもしれない。それから、次々と戦闘機が飛んできた。


 一方、アニーとヘレナは、異星一周の旅を最初は満喫していた。しかし、今は悲しんでいる。二人は凍結受精卵から誕生したので、故郷の星で、生活したことがなかった。しかし、故郷の繁栄は映像で見て知っていた。

 この星は破滅した星の歴史に、似通っていた。当初、青い星かと思ったがきれいな大気ばかりではなかった。また、砂漠が広がっている。戦争で破壊されたり、地震の爪痕が残っていたり、原子力発電所の無残な廃墟などが目立っていた。それを、遅れていると誤算した二人は、この星で最強の空軍によるスクランブル機に対して、見くびる結果となった。


「あれは、ジェット機でしょう。私たちが逃げたら追い付くわけがないわよね」

アニーが笑った。

「そうね。それにしても全然攻撃を仕掛けてくる様子もないようね」

ヘレナもはしゃいでいる。

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