ゴリラは笑った

本条想子

第1話 宇宙開拓

 みなみじゅうじ座から一機の宇宙船が任務を負って飛び立った。乗組員は男性5名と女性5名であった。これから先、何百万年か何千万年か分からない果てしもない旅の始まりだった。それは、受精卵と共に何代にも渡り、引継ぎをしながら宇宙開拓へ向かう任務だ。


アニーがスポーツジムにやってきた。

「ヤー、アニー」


「ヤー、ジョセフ。筋骨隆々ね」


「野球やフットボールでもやりたいけど無理だからね。このスポーツカプセルで好きな程度の筋肉が付けられる。オリンピックならドーピング違反かな」


「ステロイドよりいいわ。女性が使えば、ひげボウボウよ。私も、筋力付けなければ。今度は、ヘレナとの任務よ」


「ヘレナと一緒じゃなかったの」


「ヘレナはウイリアムとIQカプセルの中よ。私も、さっきまでいたのよ」


「前回はディランとの任務、楽しみにしていたけど、文明が存在していたからね。でも、観光はして来て楽しかったよ。見ると聞くとでは大違い。データを分析すると、文明は滅びるはずだよ」


「降り立った星の歴史って、何処も共通しているのね」


「そう、数百万年も原始時代が続き、狩猟採集生活、石器時代、農耕や牧畜生活そして文明が生まれる。でも、行き着く所は、経済至上主義と飽くなき科学技術の進歩。そして、人類は競争社会で弱肉強食にさらされる。その中で格差社会に陥り、困窮者は過酷な労働をさせられ、戦闘にも見舞われ、世界は自滅して行くという愚かな結末しかない」


「そんな、星にはもう降り立つ事は出来ないものね。人類の住めない荒廃した土地が残っているだけね。惑星誕生から数十億年は経過しないと生物は誕生できない。それから、数億年で生物は消滅している。人類は、数万年で消滅する。民主国家以前の世界は戦闘に明け暮れ、民主国家になったとしても経済戦争をし続ける人類ってなんなのでしようね.民主国家になっても数百年も持たずに消滅している」


「高度な科学技術を持っていたら先ず、地上は汚染せれていると考えるべきか」


「でも、我々のIR星は立ち直ったわ。倫理観が勝った。星には許容量があることに気付いたからよね」


「しかし、星には寿命があるからな。IR星の恒星も、原始星の段階を急速に経過し、主系列星の長い段階を通過し、いずれ赤色巨星に向かう運命だ。恒星の一生を終える前に、宇宙開拓に乗り出す必要性があるわけだから」


「ヘレナと二人で理想の星を築くわ」


「競争と言う言葉にだまされ、経済活動があるから、競争が戦争になる。危険な原子力を使うのは人口が多いか、経済至上主義の危険な星。高度な科学技術を持った文明は、原子爆弾を持ってから数百年と持たない。自国の利益や独裁者によって核戦争が起こり、破滅して行った。

IR星は高度技術を持っても、2万年続いている。グループ単位の協力社会があり、どこに所属するかだ。独りはない」


「『平和な高度文明』の世界にはお金はない、シェアが中心。しかし、世界全体に食料や居住地そして安らぎの場がある。労働と自由時間があり、創造豊かな世界が広がっているのね。そんな世界を私たちも築くわ」



 アニーとヘレナの壮行会にあたりメアリー艦長が挨拶した。

「アニー、ヘレナ。私たちは、IQカプセルで何度となく学習し、分かっている事と思います。私たちは、他の星を征服するために移住地を求め、旅しているのではないのです。また、異星の生命体と交流するためでもありません。私たちの目的は宇宙開拓にあるのです。

 もうすでに文明を持つ星なら、要らぬ手出しは無用です。そこには、歴史的問題が多く横たわっているからです。それを解決するのは、その星の人々に任せるしかないのです。文明を築いた人類が最後まで責任を負うべきです。

 私たちは、一からの出発しか考えていません。


 多くの異星が自らの科学技術によって、知的生命体が息絶え、住むことの出来ない死の星となっていっています。しかし、IR星は奇跡的に踏み止まりました。

 IR星は、全てを経験して来ています。IR星のように、高度な科学技術を持ってからも、2万年もの長い期間、平和で幸福な歴史を築けた知的生命体の星は、いまだ見つかっていません。


 皆さんには、理想の世界を創造する任務が与えられたのです。皆さんで話し合って、それぞれの理想が合致したパートナーと任務に当たってください。我々には、知恵があり、教訓があります。間違った道に進む事はないと思いますが、迷った時は、何度もIR星の歴史を思い出してください。


  IR星の歴史は、異星同様に原始時代から始まり、自給自足を経て、経済活動が発達し、多くの国家が誕生しました。そして、互いの国の覇権で戦争が繰り返され、多くを禍根としながらも文明を築いて来ました。


 星には許容量があります。人口が増えると、食糧や電力、資源などの不足が発生すると同時に、食糧を増産すると化学物質による土壌汚染などが起こって来ました。そして、二酸化炭素の排出によるオゾン層の破壊で、温暖化も始まりました。

 また、一番の問題は、そんな不足を補う方法として人類は、昔ながらの弱肉強食を隠れ蓑に出来る経済至上主義を考え出したのでした。そのような世界は、格差社会がはびこるだけです。 


 そのような高度成長を突き進む文明人の考えを変えたのは、世界同時巨大地震と巨大噴火によるものでした。失って初めて分かりました。

 対処しきれない放射能汚染、処分しきれない核のゴミを前にして愕然としました。使ってはいけない原子力発電に頼りきりになり、初めてその実態を知り得たのです。経済成長を第一に考えて、危険を顧みずに突き進んだ結果が、人類滅亡の道となることを知らされたのでした。

 IR星は世界中が協力して、人口爆発に歯止めを掛けました。それまでは、経済至上主義により拡大路線で突き進んでいましたが、我々は理性を取り戻しました。競争社会よりも人類の大事な未来を考えたのです。  


 IR星は奇跡かもしれない。こうして築いた50億年の星は、成長が止まったかのように平和が訪れました。しかし、星には寿命があります。IR星の恒星も、いずれ進化の終末期の赤色巨星へ向かうことになります。


 我々が、一から文明を築けば、数億年も争い事のない平和な世界を創造させることができるのです。数百万年も続いた原始時代を飛び越え、またまた恐竜時代以前の数億年の太古の昔までも飛び越えて、文明を築けるのです。


 我々は、5個の星を開拓しています。残りは今回を含めて5個の星です。開拓した5つの星は、数千年以上『平和な高度文明』を歩んでいます。母船は任務の遂行まで生き残らなければならないのです。我々の子孫繁栄と全宇宙のために御尽力くださいますようお祈り申し上げます。

 アニーとヘレナも、ジョセフとディランのように戻って来てもいいのですよ。何度でも語り合いましょう。今日は、皆様方、心ゆくまでご歓談ください」

 と、メアリーは挨拶し、深々と頭を下げた。



 メアリーとしても辛いところはあった。しかし、七代目艦長に就任するとき、何が起こるか分からないという覚悟は出来ていた。最悪、知的生命体からの攻撃を受けた場合、逃げ切れるか心配だった。不運にも戦死や捕虜になることを考えると胸が痛むのだった。また、母船から放たれる円盤には、乗組員の外に凍結受精卵が千個積まれていた。この受精卵の処遇も気に掛かった。

 もし、降り立った星に知的生命体の存在がなければ、直ちに母船に通信することになっていた。それから、開拓に取り掛かることになっている。また、もう一つ重要な任務として凍結受精卵をその星に誕生させることだ。誕生する子供たちは男女同数程度だった。

 こうした宇宙間の旅が出来るのも、重力宇宙船の完成によるものだった。重力宇宙船は重力をコントロールする反重力炉を推進システムに組み入れてある。光速よりもかなり速い重力をコントロールできるようになったことは、画期的なことであった。そして、光速は一定でも、重力の速度は無限であるということが、何にも増して魅力的な推進システムと成り得た。科学の進歩は、ますます宇宙間の距離を時間的に縮めることになっている。



 人間の科学的進歩は著しい。しかし、倫理がそれに付いて行けてない。その結果、一つの星の中の戦争であって、全宇宙には広がらない。

 今まで、何百もの星の文明を見てきて、何百万年も続いているものはなかった。せいぜい、1万年も続けばいい方で、最後の100年は夢に溢れていたが、領土問題や資源の問題、経済問題、思想問題などで、最悪の戦闘で、文明もろとも知的生命体は消滅していた。

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