第五十話 悪夢の目覚め

(うっ……お腹が……。お腹が痛い……)


 ミキはとてつもない腹痛で目が覚めた。

 ここはどこだろう? さっきまで門の塔の噴水の前でコウと話していて……。そのまま眠ってしまって……。

 そこからあまり記憶がないが、明らかにここは門の塔の中ではないことはすぐにわかった。


(どこだろ……。お腹が痛くて動けない……)


 痛みに耐えるので必死で辺りに集中できない。

 ミキは、なんとか目を開け周辺を見渡した。


(ここはどこだろう? 森みたいな場所……。暗いからあまりわからない)


 地面に寝そべっている体を少し起こす。

 体を動かすと腹痛が増し、ゆっくりと動かすので精一杯だ。


「いたた……」


 やっとの思いで上体を起こすと、自身の体に起こっていることを始めて目の当たりにした。


「へっ……?」


 ミキの下腹部からは大量の血が出ており、その血に濡れた数匹のウサギがいた。


「なにこれ……?」


 まさに背筋が凍るような感覚になったあと、もう一度よく自身の体を見る。

 自身の体をよく見ることで痛みの元がよくわかるようになってきた。


 そして、その痛みの元がわかり、ミキは顔から血の気が引く感覚になった。



 ◆



「……ミキ! ……ミキってば、起きて!」


 ぼくが何度も体を揺すると、はっ! と声を上げるようにミキは目を開いた。


「ミキ、大丈夫? すごく唸れてたみたいだけど……」


 ミキは勢いよく上体を起こし、自身の腹や下半身を触った。


「ミキ? どうしたの?」

「あ、あぁ……。コウ、おはよう」

「おはよう。顔真っ青だけど、大丈夫?」


 ミキはあまりにもゲッソリとした顔でそう言う。

 たった一晩でここまでやつれた人間を見たのは初めてだったし、驚いた。


「ミキ、大丈夫? って言うか大丈夫じゃないよね」

「あ、うん……。大丈夫じゃない」


 ミキはもう今の状況を隠そうともしなかった。

 いや、隠しても無駄だと思ったのかもしれないが。


「とりあえず、朝ごはん用意するよ。食べられそう?」

「たぶん……」

「わかった。出来る限り食べやすい物にするね。それまで横になってて」

「うん……」


 ミキはまた寝袋へ入り、横になった。

 ミキが横になったのを確認した僕は食料棚へ向かった。




「ウサギを出産する夢?」

「うん……。下半身が血みどろで……。お腹がとっても痛かったし怖かった……」


 ミキは僕に今朝見た悪夢のことを話してくれた。

 朝食を少し食べてホッとしたのか顔色はさっきよりはマシになっているが、やはり体調はあまり良くないようだった。


「それは怖いね……」

「でも、コウが作ってくれた朝食のおかげでちょっと元気出たよ。ありがとう」


 ミキは笑顔を作ってそう言うが、明らかに無理して作った笑顔だった。


「ミキ、今日は休んだほうがいいんじゃないかな」

「どうして?」

「見るからに顔色が悪いからだよ。それに、今日入る門は……」


 僕たちがこれから入る門は”兎の門”。

 ミキがあんな悪夢を見たと言っているのに、夢だから気にしないで入ろうなんて言えるわけない。


「兎の門か……」

「あんな悪夢を見た人を連れて行きたいなんて僕は思わないよ」

「でも、先に進まなきゃ……」

「そうだけど。一日経ってからにしよう。そのほうが……」

「良くないよ。それに私は大丈夫!」


 ミキは少し引きつったような笑顔を向けてそう言う。


「うーん」

「コウ、そしたらさ、私に回復魔法かけてよ」

「僕が?」

「うん。それで元気になったら兎の門に行く。それでどう?」

「……わかった。それであまり回復してないようなら今日はお休みだからね」

「うん!」


 僕は腰から杖を取り出し、ミキへ向かって呪文を唱えた。


「……大地に住まう精霊たちよ、この者を癒したまえ、ヴァリーヴァリー」


 ミキの体に優しい淡い光が集まっていく。


「どう?」

「うん。だいぶ回復したよ。ありがとう」


 魔法が成功したこと、ミキが元気になったことに少しホッとする。


「兎の門だよね? さっさと攻略しちゃおう!」

「うん!」


 僕たちは身支度を済ませ、ウサギの門へ向かった。




 ここは門の塔三階。一つ目の門、”兎の門”の前。

 列の人数は少しだけ。観光者と攻略写が満遍なくいるようだ。


 今朝、ミキが起きる少し前にガイドブックに目を通した。

 そこには「その命は大きくも小さくもない。みんな同じ。」と書かれていた。


 命はみな平等ということだろう。


 だが、それだけだとよくある小説の一節や、なんらかの宗教の教えの一つと何ら変わりない。

 ごく当たり前のことがガイドブックに書いてあるということは、これがヒントの一つということなのだろう。


 僕たちは列の最後尾に並び、順番を待つ。

 その間にヒントらしいヒントを門番や詩から読み解いていく。


 まず、門番の言葉はこうだった。


「黒い兎 あぶない」


 相も変わらずボロボロのローブを着た門番は、どこか忌々しい女性の声でそう言った。

 手に持った柄の長いランタンからは白い光がうす暗く光っており、時折点滅していた。


 門番の風貌は置いといて、門番が言っていた内容に意識を向ける。

 兎の門の中では、黒い兎がいれば避けるかすればいいということだろうか。割と簡単な気もするが、一応用心しておこう。


 そして、次は詩だ。

 詩については、兎の門の上部の壁に板金が掲げられていた。



  命の生まれ 命の育み

  兎の親子は 笑う

  生命とは 生きるとは



 なんだかこれもよくあるような内容だった。

 門番の話しはともかく、ガイドブックと詩はまるで道徳の本にでも載っているような内容だ。

 この門では”命”のことが鍵と伝えたいのだろうか。”命”と言ってもそれがどう鍵になっていくのか。今のところはサッパリだ。


 列にならんでいる僕たちはそれぞれの内容について思案を巡らせる。


「兎と命……。どう関係があるんだろうね」

「ちょっと前にだけど、兎ってとっても子沢山なんだって。それが関係しているのかな?」

「ミキ、詳しいね」

「ううん。これはマワから聞いただけだから本当かどうかまでは……」

「でも、もしかしたら関係しているのかも。それに一つ勉強になった」

「私の夢が正夢にならなきゃいいけど……」

「変な想像はやめとこう……。うん……」

「そうだね。やめとこう……」


 ふと前を見ると、目の前に門が近づいていた。そろそろ僕たちの順番だ。


 僕は兎の門を見る。

 兎の門は明るいキャラメルのような色をした木製の扉に、兎の彫刻が掘られていた。

 よくある扉だが、彫刻のおかげかどこか高級感のようなものを感じる。


 兎の門の取っ手を握り、門を開ける。

 僕たちは兎の門へ入った。

 

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