第四十八話 雪の合戦
ミキは、解痺の呪文をかけてあげ、男性は痺れから解放された。
僕たちより遥かに体の大きい大人があのような断末魔の叫びをあげるほどだ。よほど痛いのだろう。できれば経験したくないので、ミキがいる前では利口にしようと僕は思った。
「寝てる人にいきなり麻痺なんて……ハァハァ……。お嬢ちゃんなかなかにドSだね……」
「もう一度やりましょうか?」
「絶対に遠慮しておきますぅ!!!!」
ミキのその冷徹な表情は、僕まで背筋が凍りそうになるほどだった。
「えっとあの、いきなり起こしてすみません。僕たち雪の門の攻略者でして……」
「あ、そうなの? 俺も攻略者だよ? ……自己紹介がまだだったね。俺は元兵士のジョージ。君たちは?」
「僕はコウです。こっちの魔法使いがミキ」
「おじさん、よろしく」
「まだおじさんって歳じゃないんだけどなぁ……」
ジョージさんは、僕たちと同じヒューマニ族で、三十歳。兵士をしていたが安い給料に嫌気がさして、一攫千金を夢見て門の塔の攻略者になったんだそうだ。
元兵士だったからか、体は僕たちの二倍、いや三倍くらいある。屈強な体つきで、身に付けている装備品が小さく見えてくるほどだ。
「ジョージさんはどうしてここで眠ってたんですか?」
「いやぁ、変な雪だるまに襲われてさ。ここに逃げてきたんだけど、そのまま一晩寝ちゃったんだよね」
「そこに僕たちが入って来たってことか……」
「あの雪だるまヤバくない? いきなり雪玉投げてきて焦ったわぁ~」
「おじさんなら、剣で倒せたんじゃないの?」
ミキは、ベッド近くに置かれていたジョージさんの大きな剣に目をやりながらそう言う。
「一体だけ切ったんだけどね……」
「だけど?」
「すぐ元通りに復活してさ。あの数じゃ埒が明かないし、俺一人じゃどうしようもなかったってわけよ」
「元通りか……」
「俺、魔法は使えないし、剣で戦うくらいしか能がないからさ……」
「おじさんよく一人でここまで来られたね」
「ミキちゃんよ、俺だって適当に兵士やってたわけじゃないんだぜ? あのときの戦なんて……」
「長話なら聞きたくない~」
「ちょっとくらいならいいだろう?」
「い~や~で~す~」
ミキとジョージさんが初対面とは思えないような掛け合いを続けているとき、僕はあの雪だるまのことを考えていた。
あの雪だるまたちは、僕たちを見つけるや、雪玉を投げてきた。武器や何か他の方法で襲ってくるのではなく、ただ雪玉を投げてきた。そして、僕たちやジョージさんがこの家に入ったあと、家に侵入したり壊したりせず、今も外で雪だるまのままじっとその場に鎮座している。今の僕たちはどこからどう見ても袋の鼠だ。襲おうと思えばいつでも襲えるはず……。
「あの、ジョージさん」
ミキとジョージさんが妙な掛け合いをしている最中だが、その空気を断ち切るように、僕はジョージさんに話しかけた。
「ん? なんだい?」
「ジョージさんは一晩ここに泊っていたんですよね? その間、あの雪だるまたちに襲われたりしなかったんですか?」
ジョージさんの様子を見ればすぐに分かることだが、今一度確認したかったのだ。
「うん。ただ、俺は寝てただけだから、その間のことはわからないけど……。特に何かされたとかはないよ」
「あの雪だるまたち……もしかしたら……」
「コウ、何かわかったの?」
「いや、わかったんじゃなくて、あくまで僕の憶測なんだけど……」
「勿体ぶらずに言って!」
「あの雪だるまたち、雪合戦をしたいだけなんじゃないかな?」
「雪合戦?」
ミキは信じられないと言った表情でそう言う。
「うん。ただ、確証はないから……」
「でも、どうして雪合戦なんてしたいんだろう?」
ジョージさんはさっぱりわからないと言った表情をする。
「それは僕にもさっぱり……」
「もしかして、出口に関係あるかも? 雪合戦に勝ったら出口が出てくるとか!」
「雪合戦で勝てばここから出られるなら楽勝でいいな!」
「おじさんの言う通りね! コウ! 作戦会議よ! おじさんも参加するわよね?」
「おうとも! ここで俺が参加しなきゃ兵士の名が廃れるってもんよ!」
「あ、えっと、まだ出口が出るかなんて……」
僕の言うことを無視して、二人は勝手に盛り上がってしまった。もしも出口が出てこなければ振り出しに戻ってしまうが、僕には二人を止められそうもなかった。
二人の勢いを止められないまま、作戦会議が開かれた。
「おじさん、投げたりするのは得意なの?」
「得意も得意! 野球をやってたからな!」
「なら、投げる役はおじさんで決定ね」
「ぼ、僕はどうしようか……」
「コウは……。雪玉を作る担当!」
「ミキちゃんはどうするんだい?」
「私は魔法で応戦!」
「どう使うの?」
「う~ん。口で説明できないから、あとで見せる!」
僕はわかったと返事したが、どんな魔法を使うつもりなのか少し不安になった。
「あとはあれだ、塹壕みたいなものを作らないとな」
「塹壕って?」
「土を深く掘って、その中から敵に攻撃したり、別の場所に移動するための空間だよ。さすがに本格的なのを掘ったりする時間はないから、雪を盛り固める程度の簡単なのになるけど」
さすが元兵士だ。僕たちだけでは思い浮かばなかった戦術を教えてくれるのでとてもありがたい。
「ミキ、魔法でそういうの作れたりするかな?」
「たぶんできる! 任せて!」
僕たちの作戦はこうだ。
まず、この家の周りにミキの魔法で雪の塹壕を作る。その間、家の周りに積もった雪で雪玉を作り続け、その雪玉をジョージさんが雪だるまたちに投げる。雪だるまたちの攻撃に隙が出来れば、その間に10メートルほど先にある別の家へ移動する。
時間はかかるだろうが、今のところ有効な方法はこれしかない。
「本当に大丈夫かなぁ……」
僕は不安を漏らした。というのも、二人は雪だるまたちを全滅させれば出口が出ると思っているのだ。
「大丈夫だよ! 俺たちがいれば百人、いや、千人力だって!」
ジョージさんの根拠のない自信がより不安を膨れ上がらせる。
「そうそう! とりあえずやっちゃいましょ! それじゃあ、作戦開始ね!」
まずはミキがドアの隙間から杖を少し出し、魔法でドアの外側に雪を盛り固めていく。
「うまくいきそう?」
「今集中してるところだからちょっと待って!」
ミキにそう言われ、黙って見ていると、ドアの向こう側に雪が盛り固められていく。
魔法の力は本当にすごい。
「……よし! できた!」
「ありがとうミキ!」
「そういうのいいから! さっさと外出よう!」
「うん!」
窓から外の様子を窺っていたジョージさんがこちらへやってきた。
「雪だるまたちには気づかれてないみたいだぞ」
「よかった……。ジョージさん、準備が出来たので外へ!」
「おっしゃ! いっちょやってやりますか!」
僕たちは立てこもっていた家から出た。
まずはミキが作った雪の塹壕に身を隠す。その間、僕が地面の雪をたくさん固め、雪玉を作っていく。
ミキは引き続き、雪の塹壕を作り続ける。
「さすがに雪だるまたちが気づいたみたいだな」
ジョージさんにそう言われ、雪から顔を覗かせると、周辺にあの雪だるまたちが集まってきていた。
「大丈夫ですかね……」
「大丈夫だよ。一発投げてみるか……」
ジョージさんはそう言い、積み上げられた雪玉を一つ掴むと、適当な方向へ勢いよく投げた。
雪玉は集まってきていた雪だるまたちの少し手前に落ちた。「ボソッ」という音に気付いてか、雪だるまたちの視線が一斉にこちらへ向く。
「うわっ! こっち見た!」
「コウくん、伏せて」
僕が頭をひっこめた途端、雪だるまたちの猛撃が始まった。
白い雪玉が、まるで雨のように降り注ぐ。だが、優しい雨ではない。理不尽な雪玉の雨だ。
「思ったより反応がいい奴らだ」
「どうするんですか?」
「応戦するしかないっしょ!」
ジョージさんはそう言うと、僕が作った雪玉を一つ、また一つと雪だるまたちに投げ、命中させていく。
雪玉が当たった雪だるまは、その場で崩れ去り、動かなくなった。
「雪玉が当たると動かなくなるんですね……」
「そうみたいだな……」
「ごめん! 今終わったよ!」
この家の周りに雪の塹壕を作っていたミキが戻ってきた。
「裏側、どうだった?」
僕はミキに聞く。
「結構集まってきてたよ。あの雪だるまが」
「囲まれてるってことか……」と、ジョージさん。
「大丈夫! ここからは私の魔法もあるから!」
ミキは腰から杖を取りだし、呪文を唱えた。
「チーウ!」
すると、ミキの頭上に複数の氷の刃が出現し、勢いよく雪だるまたちへ飛んでいった。
氷の刃に切り裂かれた雪だるまたちは、たちまちに崩れ去っていく。どうやら魔法も有効らしい。
「魔法も有効なんだ! 火の魔法でも倒せるんじゃないの?」
僕はミキに他の魔法でも倒せるか試してみるように言う。
「わかった!」
ミキはまた呪文を唱える。
「ポーウ!」
ミキの頭上の複数の火の玉が現れ、勢いよく雪だるまたちへ飛んで行った。
火の玉は見事雪だるまたちに当たり雪だるまたちは溶けていったが、雪の塊が分裂し、小さな雪だるまになり、またこちらに雪玉を投げてきた。
どうもあの雪だるまたちは、雪玉や氷の刃でないと倒せないらしい。
「弱点は雪玉か氷の刃か……」
「火で全部溶かしちゃえばいいって思ってたけど、間違いだったのね」
「そうと分かればこっちのもんよ! コウくん、ミキちゃん! やっちまおうぜ!」
そこからジョージさんとミキの魔法で雪だるまたちを一体一体倒していき、少し数が減り、こちらへ飛んでくる雪玉が少なくなってきた。
僕やミキはともかく、ジョージさんはずっと雪玉を投げているので、顔に疲労の色が見えてきている。
「ジョージさん、ミキ。そろそろとなりの家に移ろう。今なら雪だるまたちもそこまで攻撃してこないはずだよ」
これ以上ここにいても疲労が溜まるだけだと思い、隣の家へ移るよう二人に申し出た。
「そうね。――おじさん、行こ!」
「わかった!」
ジョージさんが最後の一つを投げると、一体の雪だるまに当たり、ボソリと音を立て崩れ落ちた。
雪の塹壕を使って家の裏側へ回り、一度身を潜ませた。
辺りを見ると、雪だるまは確認できたが、なんとか隣の家へいくまでには凌げそうな数だった。
「今ならチャンスだ!」
「行こう! おじさんも急いで!」
「おうよ!」
僕たちは塹壕から飛びだし、一目散に隣の家へ走った。
僕は腰から剣をとりだし、目の前の雪をかき分けながら進む。その後を二人が続く。
途中、雪だるまたちの攻撃が飛んでくるが、なんとかかわし、ジョージさんやミキがやり返す。
「二人とも大丈夫?」
「大丈夫!」
「俺たちのことはいいから! そのまま進むんだ!」
僕はそう言われ、前を向き直し、先に進んだ。
無我夢中で剣を振り、雪をかき分けながら走っていると、隣の家が大きくなってきた。
あとは出入口を見つけ中へ入ればいいだけ……。
「二人とも急いで!」
僕は、少し遅れてきている二人に声をかけた。
家をよく見ると、わかりやすい場所にドアがある。
剣を腰に収め、そのドアを開けた。
「ミキ! ジョージさん!」
僕は再び二人に声をかけた。
二人は僕の呼びかけに応じ、急いで家へ飛び込んだ。そして僕も急いで中へ入り、ドアを閉めた。
「ふぅ~……」
「なんとかここまで来られたね……」
「二人ともよく頑張ったな! あとで俺が奢ってやる!」
「門の塔でお金使える場所ないじゃん……」
「そうだった! ガハハ!」
ジョージさんは高笑いをした。
「僕、ちょっと中を確認してくるよ。二人は休んでて」
「おう。気ぃつけてな」
僕は二人をその場に残し、家の中を調べ始めた。
間取りは、前に入った家と同じような間取りで、玄関に入ってすぐ右側にはキッチン、キッチン前には椅子とテーブルがある。
その奥には扉があり、また部屋があるようだ。
僕はその扉のドアノブにゆっくりと手をかけ、ゆっくりと回す。少しずつ、音を立てないよう開けた。
その部屋にはベッドと机が並べられており、人一人がゆったりと過ごせるほどの広さだった。
だが、人はいない。でも埃が積もっている様子もなく、キチンと整理されている。人がいなくなってさほど時間は経っていないようだ。
部屋へゆっくり入って、何か出口へのヒントはないかと少し物色する。
机に数冊並べられた本を取り出し、パラパラと捲る。どの本も小説で、出口へのヒントは書かれていなかった。
僕は、今度は床へ這いつくばった。何か小さな手がかりでも見つからないかと思ったからだ。
床をよく見ていると、床に敷かれたベージュのラグが少しズレていることに気が付いた。
このラグは長年この床に敷かれていたからか、床には日焼けして濃い茶色に焼けている部分と、ラグが日よけとなって元の薄茶色が残っている部分があったのだ。
僕はラグを折りたたむようにして避けると、そこには扉のようなものがあった。
もしかしてと思い、僕はその扉を開けた。扉の奥には階段があった。どうやら地下へ続いているらしい。
僕は急いで玄関にいるミキとジョージさんを呼びに行った。
「二人とも来て!」
「どうしたの?」
ミキは怪訝な顔を向けてそう言う。
「いいから!」
二人は重い腰を上げ部屋へ入ると、まるで有り得ないものを見た猫のように驚きの声をあげた。
「どうしたのこれ!?」と、ミキ。
「さっき見つけたんだ」
「地下室か……。盲点だったな」とジョージさん。
「地下に何があるんだろう……」
「行ってみるしかないな……。コウくん、殿を頼めるか? 俺が先に入るわ」
「わかりました」
ジョージさんは地下へ続く階段をゆっくりと降りて行った。それに続いてミキ、その後に僕も降りていった。
地下の階段は薄暗く、砂っぽい。そして、外気がそのまま入ってきているのか空気が冷えていて寒い。
階段をゆっくり降り、一度折り返し、またゆっくりを降りたところで、僕たちは驚きの声をあげた。
「で、出口だ!」
地下の階段を降りた先にある小さな部屋には、門の塔の二階で見た雪の門が聳え立っていた。
白い雪で出来た扉が、まるで王座に鎮座する王のようにこちらを見ている。
「よかった……。これで出られるのね!」
「ありがとう。コウくんとミキちゃんのおかげだ!」
「ジョージさんもですよ!」
そしてジョージさんは雪の門の持ち手を掴み、ゆっくりと開いた。
先にミキ、そして僕、最後にジョージさんがその中へ入る。
最後に入ったジョージさんが門を閉めた。
入った門の中には壁に松明の火が点々と続いているあの通路が続いていた。
「一時はどうなるかと思ったけど、二人のおかげだよ。本当にありがとうな!」
ジョージさんは満面の笑みでそう言う。
「いえ、こちらこそですよ」
「おじさん、おじさんの割にはなかなかだった」
「ミキちゃん……そろそろおじさんはやめてよ~」
「い~や~で~す~」
ミキとジョージさんの息の合った漫才が通路にこだまする。
二人の会話を聞いていると、通路の突き当りへあっという間にたどり着いた。
ジョージさんが雪の門に手をかけ、勢いよく開くと、そこは門の塔の二階のあのフロアだった。
「や~っと着いた~!」
ミキは両手を上げそう言いながら、フロアへ飛び込んだ。
「ほんと、ありがとな二人とも。クリアできたのも君たちのおかげだよ」
「いえ、僕たちもです!」
「それじゃ、俺は先に行くわ! 二人ともまたどこかで合えたらいいな! 良い旅を!」
僕とミキが良い旅をと返事すると、ジョージさんは三階へ上がる階段へ向かった。
「僕たちはどうする?」
「うーん! 何か食べたい! お腹ペッコペコ!」
「僕もだ!」
僕たちはそう言いながら食料棚へ向かった。
その夜、僕はサコッシュからマップを取り出した。
”雪の門”と記された場所には星マークが付いていた。クリアの証だ。これでこの二階のフロア全ての門をクリアした。
マップを眺めながら、胸元のペンダントに手を添える。
順調に先へ進んでいる。
母さんは今どこにいるんだろう? どこかで怪我をしていないかな。何かトラブルに巻き込まれていないかな。
僕がこれまで順調に来られているのだから、一度門の塔を攻略している母さんから大丈夫だろうが……。
いつまで経っても消息を掴めないのは何故なのだろう? という疑問も同時に浮かぶ。
(母さん……)
僕は、マップをサコッシュへ仕舞い、寝袋へ入りなおした。
今はしっかり寝て。明日へ備える。そして、少しでも母さんへ近づかねば。
その晩、母さんの夢を見た。
温かい部屋で、母さんと楽しい話をする夢だ。
どんな話なのかはわからないが、母さんが話すと僕が笑い、僕が話すと母さんが笑う。
すると、母さんが両手を広げ、「おいで」と言ってきた。
僕は躊躇してしまった。
母さんに抱きしめてもらうのは恥ずかしいと思ったからだ。
それでも母さんは、「おいで」と言った。
僕はまるで我を忘れるかのように母さんの胸に飛び込んだ。
温かい。そして、優しい。
母さん……。母さん……。
今だけは……。夢の中だけは甘えよう。夢の中だけは……。
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