第四十七話 雪の門
雪の門へ入ると、また、あの長い通路が続いていた。
薄暗い中に、壁にかけられた松明の炎が点々と奥へ続く。
だが、この通路もいつもと違う部分がある。
吐く息が白く染まり、防寒具を身に付けていないと体が縮こまるほど寒い。
この先がとても寒い世界だからか、通路の温度も低くなっているようだ。
僕とミキは、魔法サコッシュから防寒具を取り出した。
ミキは、フカフカとした毛皮で出来たベストを取り出した。これをレウテーニャ魔法大学校のローブの下に着用すると温かいらしい。
僕は、ダミアンさんの店で買ったウインドブレーカーと、赤の門でライから貰った赤いマフラーを取り出した。ウインドブレーカーという名前の如く、寒さが遮断され、自分の体温でどんどん温かくなる。これにライのマフラーで首を温めることで、より寒さを感じなくなった。
防寒具を身に付け、準備は万端だ。
僕たちは、寒い通路を進んだ。
壁にかけられた松明が前から後ろへと流れていく。
少しして、ミキが沈黙を破った。
「あのさ……」
「う、うん」
「もしも、もしもだよ? 私が杖を落としたって言ったらどうする?」
「え、杖落としちゃったの?」
「あ、今はちゃんとあるよ! ほら」
と、ミキは腰のホルダーから杖を取り出し、僕に見せてくれた。
「よかった。――でも、急にどうしたの? 杖を失くしたらとか、ミキらしくないこと聞いてくるじゃないか」
「あ、うん……」
「何か悪い夢でも見たの?」
「……それがね――」
ミキは今朝見た夢の話を詳しく話してくれた。
猛吹雪の夜、僕たちは、何もない雪原で二人きりの中寒さに晒され凍えてしまう様を……。
「――それで、今日は雪の門だから、正夢なんじゃないかなって……」
「そうだったんだ。それなら今朝言ってくれれば」
「あんまり心配かけたくなかったし」
「でも、今は杖があるし、もしこの先で失くしても、ミキが僕の杖を使えばいいよ。とりあえず、先に進もう」
「うん」
そして僕たちは、通路を抜けた。
そこは一面真っ白な雪の世界。晴れた空の下に大きく広がる平野は雪原となっていた。
通路でもかなり寒かったが、いざ雪原に出てくると、風が吹くためかより寒さを感じる。
――ボスッ!
僕の頭に冷たい何かが当たった。
その箇所を触ってみると、拳ほどの雪玉だ。
雪玉が飛んできた方向へ振り向くと、ミキが雪玉を僕に向けて投げつけてきた。
ミキが投げた雪玉は、見事僕の顔面に命中。僕の顔は真っ白な雪だらけになった。
「コウ、よわ~い!」
「不意打ちだからだよ! ――えいっ!」
僕も足元の雪を丸め、ミキへ投げた。
ミキは、僕が投げた雪玉を避け、
「よいしょっと! 下手くそじゃん」
「不意打ちしてきた人に言われたくないよ!」
そこから僕たちは、雪合戦を始めた。
足元の雪を手で掬いながら丸め、それをミキへ目がけて投げる。
ミキも同様、僕へ目がけて雪玉を投げ返してくる。
移動する度に足が雪に取られ、たまにバランスを崩して転んでしまう。
その隙にミキが僕へ沢山の雪玉を投げてくる。
やったな! と威勢よく、またやり返す。
寒さで鼻や耳が赤く冷たくなり、少し痛いが、そんなことも気にせず夢中で雪合戦をした。
雪合戦をし始めて少し時間が経った。
「はぁはぁはぁ……。ちょっと休憩しよう」
僕はさすがに疲れて、ミキに休憩を申し出た。
「う、うん……。私もちょっと……はしゃぎすぎちゃった……」
ミキも息を切らしている。
「近くに休憩できる場所ないかな……」
「ちょっと休んだら探してみる?」
「そうだね。そうしよう」
僕たちは息を整えたあと、雪原を進むことにした。
まずはミキが箒に乗って上空から辺りを見渡す。
地上へ戻って来たミキから、北西の方角に林と煙のようなものがあると聞き、僕たちは北西へ向かった。
少し歩くと、背の高い針葉樹の林に入った。
そのまま針葉樹の林の中を歩いていると、何個かの足跡を見つけた。
動物ではなく、人の足跡だ。たぶん、冒険者のものだろう。
さっき雪原の真ん中で雪合戦をしたときにかいた汗が、外気にさらされてか冷えてきた。
少しずつその寒さを肌で感じ、体力を奪っていく。
北西のに見えたという、煙のようなものはまだ見えてこないのか。
この雪の中、歩くのには二倍ほどの力が必要になる。おまけに寒さで体力も消耗する。いつも以上に疲れるのが早い。
「ミキ、本当にこっちで合ってるの?」
「合ってるはずなんだけどな……」
ミキも僕も、焦りや不安が顔や声から漏れてしまう。
すると、針葉樹の林を抜け、少し開けた場所に出てきたと思えば、そこには小さな集落があった。
「良かった……。ここで休ませてもらおう!」
「うん!」
僕たちは急いで集落へ入った。
集落は、木で出来た三角屋根の家が疎らに並んでいた。
三角屋根に白い雪が積もっており、木と雪のコントラストがなんとも趣を感じさせる。
集落の中央あたりまでくると、小さな広場のようになっており、そのまた中央では焚火が焚かれていた。
僕たちはその焚火を見つけるや、急ぎ足で近づき、火にあたった。
「ふぅ~。生き返る~」
ミキは火に手を当て、そう声を漏らした。
「温かいね……」
僕もそう言いながら火へ近づいた。
この、凍てつくような寒さの中にある焚火の火は、灼熱地獄の砂漠地帯にポツンとあるオアシスのようだった。
焚火に当たっていると、体中の凍ったように冷たくなった場所が溶けて元の体に戻っていく。寒さで奪われた体力も少しずつ回復していくようだ。
「なんか……こうして火を見てると落ち着くんだよね~」
ミキは焚火を見つけながらそう言う。
「言葉では説明できないけど、なんか癒されるよね」
「それ! 冬は寒いから嫌いなんだけど、焚火とか暖炉の火はどうしてか好きなのよね」
僕たちが火に当たりながら会話をしていたときだった。
僕の背中にポスンと雪玉が当たったのだ。
「ん?」
僕が後ろを振り向くと、誰もいない。
笑顔の雪だるまがそこに置かれているだけだった。
「どうしたの?」
「背中に雪玉を当てられて……」
と、僕たち二人が同時に振り返ったそのとき、
「うぎゃ!!!」
ミキがそう叫んだので、ミキの顔を見ると、ミキの顔面に大きな雪玉がぶつけられていた。
「うわっ! ミキ、大丈夫!?」
ミキは、顔に当たった雪の塊を振り払い、
「だ、大丈夫……。――ちょっと誰なのこんなことしたの!!」
ミキがそう言うと、僕たちの背後にあった複数の雪だるまが一斉に動き出した。
「えっえっ。何? 雪だるまが……」
「動いてるよ!!」
雪だるまたちは、不敵で邪悪な笑みを見せながら、足元の雪を手で丸め始めた。
「まずい! ――ミキ、どこかに隠れよう!」
「うん!」
そう言っている間に、雪だるまたちは僕たち目がけて雪玉を投げつけてくる。その勢いは凄まじく、避けるのがやっとだ。
僕たちは、急いで辺りを見渡し、一番近くにあった家を見つけた。
「あそこだ! あそこに隠れよう!」
「わかった!」
雪だるまたちの猛攻をくぐり抜け、なんとか近くの家へ入りこんだ。
「ギリギリ……」
「ってか、なんなのあれ!」
雪だるまと言えば、冬の時期に豪雪地帯でよく見る、雪を大きく丸めて二段や三段ほど重ねて、腕に見立てた木の枝や、目みたいな石、花に見立てた人参などを雪玉に挿した冬季限定のマスコットキャラクターのようなあれだ。
まさかあの雪だるまが動き出し、僕たちに攻撃を仕掛けてくるなんて夢にも思わない。むしろ夢であってほしいくらいだ。
「どうしようか……あいつらをなんとかしないと、出口探しすらできないよ」
「うーん……。全部溶かしちゃう?」
「どうやって!?」
「火の魔法を当てる……とか?」
「その間に、あいつらにやられちゃうかもよ?」
「じゃあ、他に何かいい方法あるの?」
「それは……」
僕は、逃げ込んだ家のカーテンがかけられた窓からチラリと外の様子を窺った。
窓の外、マシ色な雪景色にあの雪だるまたちがウロチョロしている。僕たちのことを探しているようだ。
「うわぁ……いっぱいいるよ……」
「もう魔法でこの集落ごと……」
「ミキ、それはいけない……」
だが、このままではこの雪の門から出られない。
作戦を練って、あの雪だるまたちを退け、出口を探すしかないのだが。
「どうするかなぁ」
「ってかさ、この集落に住んでる人たちってどこにいるの?」
ミキに言われ、ハッとする。
ここに集落があるということは、少なからずここには人が住んでいたということになる。
もしかしたら、僕たちが逃げこんだこの家にも誰か住んでいるのかもしれない。
僕はまず家の中を見渡した。
僕たちが今いる場所がこの家の玄関。左側の壁にはさっき僕が外を見たカーテンがかけられた窓。
玄関を入り、右側は少し開けており、キッチンやテーブルが置かれている。とても綺麗に整えられており、今でも誰かが使っているような雰囲気がある。
そして、キッチンの奥には扉がある。部屋があるようだ。
僕は恐る恐る、その扉へ近づき、ゆっくりと開けた。
「コウ、どう?」
キッチン奥の扉の先の部屋は、寝室のようで、ベッドや簡単な机と椅子が置かれていた。
一瞬、誰もいないように思えたが、ベッド上の布団が盛り上がっていることに気づいた。誰かが眠っている。
「……人がいる。眠ってるみたいだけど……」
「じゃ、起こそ」
「えっ?」
僕が制止するヒマもなう、ミキは寝室のベッドへ近づき、一気に布団をはがした。
「ミ、ミキ!」
「おはようございます!!!!」
ミキは家中に響くほどの大きな声で、眠っている人物に挨拶した。
「うーん……まだ寝かせてくれよ……」
ベッドで眠っていたのは僕たちと同じヒューマニ族の男性だった。
「いいから起きてよ! おじさん!!」
ミキはまた大きな声でその男性に声をかけた。
「うーん……昨日の疲れがまだ取れてないんだよぉ……」
男性はそう言いながら眠りに落ちて行く。
すると、ミキは腰から杖を取り出した。
「ミキ、まさか……!」
僕の制止など無視して、ミキは呪文を唱える。
「レービィ!」
ベッドで眠っていた男性は、「ギャアアアアア」と大きな叫び声を上げ、苦しみ始めた。
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