第四十六話 寒い予感
「コウ! コウってば、しっかりして!」
ミキの手元でコウはぐったりとしている。
全く呼びかけに応じない。
(寒さで気を失ってるんだ……)
猛烈な吹雪の夜。辺りは真っ暗で、自分たちに吹き付ける雪以外は何も見えない。
今は何時だろうか。暗くなって幾時間か経つ。こうなるくらいならあのとき……。
「コウ! 起きて! コウってば!」
ミキはコウの体を揺すりながら何度も声をかけるが、返事はない。
コウの肌は白くなり、唇は真っ青だ。息はまだある。でも、一刻を許さない状況なのは確かだ。
「どうしよう……。どうしたらいいの?」
ミキは自身の腰元に手をやる。
そうだ、杖だ、魔法だ、と思い出したからだ。
(……えっ! ウソ……。杖がない……)
あるはずの杖がそこにない。どこかで落としたのか、誰かに盗まれたのか。
でも、この吹雪の中、誰が? どうやって?
だとすると、やはりどこかで落としたと考えるほうが自然だろう。
(杖がないと……コウを守れない……)
ミキは、火の魔法を使って少しでもコウを温めようと考えていた。
だが、杖がなければその魔法も使えない。
ミキの目元には一滴の涙がキラリと輝く。
自分はなんと無力なのだろう。魔法が使えなければ友の一人も救えないのだ。
そう思うと、悔しさがこみあげてくる。
吹雪に晒されてか、コウの顔や自身の体に雪が積もっている。
この凍てつくような寒さにミキの体温も奪われていく。
(やばい……。私まで……)
ミキは突然の眠気に襲われる。
(こういうとき寝ちゃったらまずいって何かで見た気がする。……寝ちゃダメ)
自分の手を抓ったり、頬を叩いたりしたが、まるで効果がない。
睡魔はミキに食らいつくように眠りへと誘う。
(ダメだって……。だめ……)
ミキは、ことんと糸が切れたかのように倒れ込み、その場で眠ってしまった。
◆
「――はっ!!!」
ミキは目が覚めた。
自身の頬や体を触ったあと、上体を起こして周囲を確認する。
(…………。なんだ夢かぁ~)
ミキはホッと胸を撫で下ろす。
猛吹雪の中、コウが倒れ、魔法が使えず、成すすべがないまま眠ってしまう悪い夢だったようだ。
「ミキ? おはよう。どうしたの? 顔色悪いけど……」
噴水の水で顔を洗い終えた僕は、ミキの顔色が悪いのが気になり、声をかけた。
「あっ……。おはよう! ううん! 何もないよ! ちょっと寝苦しかっただけ」
「ほんと?」
「う、うん! ほんと! 大丈夫だから気にしないで」
「……わかった」
ミキは体調でも悪いのだろうか……。気がかりだが、ミキが悪夢を見たとも思っていない僕はそのまま朝食を作り始めた。
◆
今日の朝食は、体調があまりよく無さそうなミキのために、お味噌汁と卵粥にした。
お腹はあまり膨れないかもしれないが、消化に良いことを優先した。
作った本人である僕が言うのもあれだが、卵粥がとてもいい出来だ、と我ながら思う。
スプーンで掬ったときに黄金に輝く卵と、トロリとした米。口に入れたとき、熱くて少しびっくりするが、そのあと口の中に広がるほのかな出汁の味。体に染みわたるような感覚になる。
「コウ、今日の門って何だっけ?」
お味噌汁を一口飲んだミキが話しかけてきた。
「えっと、”雪の門”だよ」
僕がそう言ったあと、ミキは少し青ざめたような表情をした。
「雪の門……」
「ミキ……?」
「雪の門の攻略、やめておかない?」
ミキは突然、耳を疑うようなことを言う。
「やめておくって、どうして? 雪の門をクリアしないと先に進めないよ」
雪の門は、この二階の最後の門だ。
ここをクリアしなければ三階へ進めないのである。
僕は続ける。
「さっきから様子が変だよ。何かあったの?」
「何もないよ本当に。でも、雪の門は……」
「あまり行きたくないの?」
「……うん」
ミキは浮かない表情でそう答える。
「と、とりあえずさ、ガイドブック読んでみない? それから考えようよ!」
ミキは浮かない表情のまま頷き、僕の提案を受け入れてくれた。
僕は魔法サコッシュからガイドブックを取り出す。
「えっと、”雪の門”のページ……。あった! ――”雪だらけの世界。白か黒か”……」
「……」
ミキは俯いたまま黙っている。
「ミキ、どう?」
「……」
「答えてくれないとわからないよ」
「……頑張って行ってみる」
「本当に大丈夫?」
「うん……!」
ミキは顔を上げ、僕の目を見てそう答えた。
「わかった。体調が悪くなったら言ってね」
「うん!」
僕たちは朝食を食べ終え、身支度をし、雪の門へ向かった。
ここは門の塔の二階、十個目の門、”雪の門”の前。この門は二階の最後の門だ。ここをクリアすれば三階へ進むことができる。
並んでいる人は数人。僕たちのような攻略者ばかりのようだ。
僕は雪の門を見た。
雪の門の門は、真っ白で、眩しいほどだ。どんなペンキを使ったのだろうというほど真っ白である。
だが、列に並んで門をもう一度見た僕は驚愕した。雪の門の門は、真っ白な雪で出来ていたのだ。
並んでいた人はすぐ雪の門へ入っていき、僕たちの順番が回ってきたが、僕はそこで門をまじまじと見た。
雪の門の門は、本当に真っ白な美しい雪でできていた。固めた雪が板状の扉の形をしており、一見、普通の扉と見間違えてしまうほどだ。丁度良い位置に金属で出来た持ち手もあり、より門や扉のように見える。
試しに、板状の雪に指先をすっと刺してみる。抵抗もなく刺さり、そして指を抜いてみると、僕の指の形に窪みができた。数分すると、窪みが無くなっていき、元の真っ直ぐな板状に戻る。これも魔法の力なのだろうか。
「……コウ」
雪の門に着いてからもずっと俯いたまま黙っているミキが口を開いた。
「どうしたの?」
「……やっぱりいいや! 詩を探さなきゃ」
「うん! そうだね」
ミキは何かを言いたそうだったが、あまり追及しないでおいたほうがよさそうだと思い、スルーした。
僕たちはまず、雪の門の詩を探す。
ミキがあっと声を上げ、門の上部の壁を指をさした。そこには、雪を固めて出来た板があった。その雪の板はなにかデコボコとしている。
「文字っぽいのが見えるけど、白い雪に文字を掘られても読めないや……」
「もしかして……」
ミキは、腰のホルダーから杖を取り出し、呪文を唱えた。
「ポー!」
ミキの杖先から小さな火が出てきた。
ミキは腕を目一杯伸ばし、雪の板へ近づける。
「うぅ……届いて……」
すると、雪の板はゆっくりと溶け始め、銀色に輝く板が姿を現した。
「すごいや! 板が出てきたよ!」
「ほんと? 私このまま頑張るから、コウは文字読んで!」
僕は、ミキに言われ、板の文字を読んだ。
雪やこんこ 寒さもこんこ
白い世界 冬の景色
体を動かしゃ
まるで 常夏
僕が文字を読み終えると、ミキは火を消した。
すると、銀色の板はみるみるうちに雪に包まれていく。これも魔法だろう。
「雪のかたまり」
雪の門の左端に立っている白い光が薄く光っている柄の長いランタンを持った門番が、突然そう呟くように老父の声で言った。
まるで僕たちが詩を読むのを待っていたかのように。
「”雪のかたまり”、”体を動かすと常夏”……」
「寒いからよく身体を動かせ、雪のかたまりには注意しろ。ってことだと僕は解釈したけど」
「そ、そうなんじゃないかな! そうだといいね……」
ミキはまた浮かない顔をした。
「ミキ、まだ体調良くないんじゃ……」
「ううん! 大丈夫! さっ、行こう!」
「そうだね!」
雪の門の扉を開け、僕とミキは中へ入った。
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