第四十五話 赤は友の証

 僕たちは、ライの家で夕飯をご馳走になったあと、街を少し散策することになった。

 時刻は夜の七時過ぎ。夕日は地平線に沈もうとしている。空は真っ赤に染まり、建物も燃えるような赤になる。赤の国がより赤の国らしくなっていた。

 この時間だと仕事終わりらしい大人たちが行き交う。皆少し疲れた表情をしているが、家族の待つ家に一秒でも早く帰りたいのか足早に急ぐ者や、これから仲間と飲みに行こうという陽気なグループなど、色々な人を見かける。

 そして、どの人も皆共通していることがある。”赤い物を身に付けていること”だ。

 僕やミキのように、赤い帽子やマフラー、真っ赤に染められた赤いトップス、赤いヘアアクセサリーやカバンなど、人によって様々だ。


 僕は、横を歩くライに小声で質問した。


「どうしてこの国の人は皆赤い物を身に付けているの?」

「それはですね……」

 

 ライ曰く、昔からの習慣なのだそうだが、今ほど皆身に付けていなかったそうだ。だが、ここ数年で誰も彼も身に付けるのが常識となったそう。

 

「……というのもですね、今この国は”戦争”をしたいんです。隣の”青の国”と……」


 この赤の国と隣の青の国は、ずっと昔から領地のことで戦争と休戦を繰り返していたんだそうだ。

 ライは静かな声で淡々と語る。

 

「僕が生まれる少し前からつい三年ほど前までは、休戦しているのを忘れてしまうほどお互いの国も国民も仲良くしていたんですけどね」


 なんでも、一年ほど前に、赤の国は国王が変わったのと同時に、国政もがらりと変わったんだそうだ。


「新しい国王は、未だ「青の国に奪われた領地を取り戻す」という古い考えを持っているみたいです。奪われもしましたが、奪った土地も数多くあるのに……」


 ライはとても寂しく悲しそうな顔をする。


「そして、新しい国政になってから、”赤い物を身に付けてない者は青の国の者または異教徒だ”と、難癖つけられ捕まる者が出て来ましてね。それで皆赤い物を身に付けるようになったのです」

「そんな背景が……」

「はい……。門の塔の攻略者が捕まるという話もここ最近の話なのです。門の塔の話の小説などはここ数年でほとんど発禁となり、ほとんどが絶版。図書館にある本から個人宅に所蔵されている本まで燃やされてしまいました」


 僕の脳内には、山積みになったたくさんの書籍が炎の中で灰になっていく光景が浮かぶ。

 想像するだけでも、心が締め付けられる感覚になる。


「じゃあ、ライの本も……」

 僕がそう言うと、ライは僕の耳元に手と口を近づけ、誰にも聞こえないほど小さな声でこう言う。

「実はですね、家の地下倉庫の秘密の場所に隠しているのです」

「そ、そうなの?」

「はい。でも、両親にも秘密にしているので、誰にも言わないでくださいね」


 前を歩いていたミキが後ろを並んで歩く僕とライのほうへ振り向き、目の前を指さす。


「あれが城門?」

「そうです!」

「結構大きいんだね」


 僕たちが来たのは、ライの家から徒歩で行けるほど近い場所にある”南門”だ。

 太い木で出来た枠組みに大きな石が積まれている。城門の門扉は鉄と木で出来ており、とても人の力で開くようなものではなさそうなほど大きく、頑丈そうな作りをしている。


「今の時間はさすがに閉まっていますね」

「手前の詰め所にも兵士が3人いるね」

「はい。確か、昼間の城門が開いてる時間には4人になるはずです」

「4人か……。――ミキ、4人を一気に眠らせるってできそう?」

「さすがに4人は……」

「そうだよね……」

 

 そして、ミキの睡眠の魔法は”相手が疲れていること”が条件となる。

 見張りの兵士全員が疲れていればいいが、中には休暇明けで疲れていない兵士もいるかもしれない。そうなると、睡眠の魔法だけでの突破は難しくなる。


「せめて兵士の目を一瞬でも別の場所に向けられればいいんだけど……」

「大きな音とか、でしょうか」

「大きな音……大きな音……」

「爆弾……雷……」

「それだ! ミキ! それだよ!」

「雷! そうだわ!」

「ミキさんは、魔法で雷を出すこともできるのですか?」

「うん!」

「なるほど……。雷でしたら兵士全員の目を逸らすことも……」

 僕は城門の少し外れに大きな木を見つけこう言った。

「あの木に雷を落とすんだ。音にビックリしてみんなそっちを向くし、上手く木が燃えてくれたら……」

「城門を警備している兵士が消火をするために持ち場を離れるかもしれない……! コウさん! 名案です!」

「えへへ。ありがとう」

「一度家へ帰って作戦を練り直しましょうか」

 僕たちは賛成と返事し、ライの家へ戻った。




 毛布を被った僕たちは、ライの部屋の中央に身を寄せ合い、その中心に大きな地図を広げ、ひそひそと話す。

 

「……では、作戦をまとめますよ」

「うん……」

 

 僕は、ごくりと唾をのむ。

 

「城の南門の手前あたりで、私とコウさんは待機。ミキさんは近くの物陰に隠れながら、雷の魔法を使い、南門近くの大きな木に雷を落とす……」

「うん」

「私は、雷を落としたあと、南門まで走ればいいのね?」

「そうですね。杖が出てしまわないよう気を付けてください」

「オッケー!」

 

 ミキは意気揚々と返事をした。

 

「一か八かな賭けになるけど、これが一番良さそうだね」

「そうですね……」

 

 ライは浮かない顔をする。

 

「どうしたの?」

「いえ、コウさんやミキさんともっとお話ししたかったなと思いまして……」

 

 ライの言葉を聞き、僕は今日のことを思い返す。

 

 突然現れた僕たちを快く迎え入れてくれ、僕たちが攻略するための手助けまでしてくれた。たった一日とは言え、ライとはとてもいい友達になれたように僕は思う。時間が許されるのであれば、もっと話をしたかった。国のことや、僕たちの世界のことをもっと教えてあげたかった。

 僕はその気持ちをライに伝える。

 

「僕もだよ」

「私も! お料理の話とかしたかった!」

「コウさん……ミキさん……」

「またいつか会えるよ、僕たち」

「うん! 私もそんな気がする!」


 僕たちはそのあと、ライの部屋で少し夜更かしをした。

 僕たちは門の塔の外のことや門の中での出来事を面白おかしく語り、ライは赤の国での自身の出来事を語ってくれた。

 限られた時間だからこそ、僕たちは話した。

 この時間は僕の攻略にとって一番の思い出となるだろう。いや、なるはずだ。




 ライの家の空き部屋を借りていた僕たちは、その部屋に射しこんだ朝日に起こされた。

 今日はいよいよあの作戦を決行する日だ。

 

 僕たちは身支度を終え、ライの家を出た。

 赤い屋根にブラウンの壁のこじんまりとしたライの家。

 扉横の窓からライの母親が顔を出し、窓の下に植えられている花に水をやっている。


「あら? もう行くの? ゆっくりしていってもいいのに」

「母さん。コウくんとミキさんも、学校がありますので。僕もですけど」

「そう? でも今日は午後からじゃなかったかしら?」

「学校の図書館で勉強をすることになったのです」

「そう。みんな偉いわね。またいつでもいらしてね」

 僕とミキはライの母親に深く礼をしながら「ありがとうございました」と言い、その場を後にした。


 路地を抜け、南門へ向かう。

 赤いベレー帽を身に付けたミキは、手元に白いタオルをグルグルと巻いた杖を用意している。


「ミキ、大丈夫そう?」

 僕は、ミキの様子を窺うため声をかけた。

 

「うん! こんなの朝飯前よ」

 ミキは元気よく答える。この具合だと安心だろう。

 

「いよいよですね……。僕は緊張してきました……」

 ライは浮かない顔をしてそう言う。

 

「大丈夫! 私たち本番に強いから!」

「ミキ……。その自信はどこから……」

「うーん……なんとなく!」

 僕は呆れてズッコケそうになる。

 だがライは、ミキの一言に笑ったあと、少しホッとした表情を見せた。緊張が和らいだらしい。


 いよいよ、目の前に南門が近づいてきた。

 この作戦が成功すれば、城に入って出口を探せばいい。あとは……。


「じゃ! 私、あの空き家の物陰に隠れてるね!」

 ミキが指さした方向へ目をやると、長らく人が住んでいないらしい赤い屋根の空き家が一軒あった。

「わかった! 雷のタイミングは任せるよ!」

 了解と言って、ミキは空き家の物陰へ向かった。


「さて、僕たちは……」

「一度城門前の詰め所へ行きましょう。兵士の数を確認しておいたほうがよさそうです」

「そうだね。行こう」


 僕とライは、城門の近くへ向かった。


 城の南側に位置するこの城門は、人や物資の往来があるためか、常に開いている。

 荷馬車や来訪者が来ると、詰め所にいる兵士が出て来ては何か書類のような物を確認したあと、中へ入れているのが確認できる。


「うーん。兵士はやはり4人のようですね」

 ライが目を細めながらそう言う。


 詰め所に2人、城門の両脇に1人ずつ。合計4人だ。


「うまくいくといいけど……」

「大丈夫です。信じましょう」


 すると、南門がある付近の上空に真っ黒な暗雲がゴゴゴと怪しい音を立てながら出現した。

 どうやらミキが雷の魔法を使ったらしい。作戦開始だ。


 行き交う人々は突然発生した雷雲を見て、「洗濯物が!」「大雨がくるぞ」と騒ぎ始めた。


 そして、その騒ぎを黙らせるかのように、鋭い稲光とともに大きな音が鳴り響いた。

 わっ!と驚いてしまうほどの雷だった。

 その直後、南門の近くにあった一本の大きな木が真っ赤な炎に包まれた。


「まずいぞ! 火事だ!」

「水だ! 水を用意しろ!」

 南門を警備していた兵士たちが慌てて持ち場を離れ、炎に包まれている大きな木に向かっていく。


「コウさん! 今です!」

「う、うん! でもミキが……」


 この嫌な雷を落とした張本人であるミキがなかなか来ない。

 もしかして、誰かに魔法を使っているところを見られたか……? 嫌な予感ばかり考えていたが、その心配は一気に晴れることになる。


「ごめーん!」

 そう言いながら、赤いベレー帽を被ったミキが空き家の方角から走ってやってきたのだ。


「よかった! すぐ行こう!」


 僕たちは周辺に兵士や人がいないのを確認して、城門の中へ入った。



「城はこっちです!」

 ライの続いて城へ向かう。

 城門の中の人たちは僕たちのことは誰も気に留めていない。消火活動で手一杯になっているからだろう。


 南門を抜け、数分走ると、大きな城が見えてきた。

 赤い屋根に真っ白な壁の美しい城だ。


「ここも兵士がいません! 今のうちに中へ!」

 ライはそう言いながら、城の大きな赤い扉を押し開ける。


「ありがとう!」

 僕とミキは滑り込むように中へ入った。


 城の中へ入るやいなや、右側すぐにある太い柱の陰に隠れた。

 柱の陰から少し顔を出し、周囲を見渡す。


 城の中はシーンとしている。外は火事のことで騒がしいのに、ここは不気味なくらい静かだ。


「地下へ向かう階段を探さなきゃ……」

「でもどうやって?」


 城の扉を閉め、周囲を確認しながらライがこちらへ近づいてきた。


「地下へ向かう階段は確かこちらです!」

 ライは城の奥を指さしてそう言う。

 僕たちはその方向へ走り出した。


「ライ! どうして階段の場所を知ってるの?」

「授業で城の中を散策してるときにそれらしき物を見たことがあるのです!」

 ライの学校にはそんな授業があるのかと少し驚いたが、今はそのことを追及している場合ではない。

 出来る限り誰にも見つからず、地下へ行かなくてはならないのだ。


 城の中を数分走っていると、2階へ上がるための小さな階段があった。見た所、国王や偉い人が使うための階段ではなく、城の召し使いや兵士が使うための階段のようだ。


「お二人とも! こっちです!」


 ライの元へ近づくと、階段の裏に木の板で堅く閉ざされた床があった。


「この板をどかせば……」


 ライが板をどかすと、そこには地下へ続く階段が出てきた。


「この下なんだね」

「たぶん……」

「じゃあ、さっそく……」


「――侵入者だ! 侵入者が城に入ったぞ!」

 僕たちが地下への階段を下ろうとしたそのとき、城の中にいたらしい兵士や召し使いたちの騒ぎの声が聞こえてきた。

 

「……僕はここまでのようですね」

「えっ?」

「ライ! ライも出口まで一緒に行こうよ」

「いいえ。お二人が無事に出口へ行けるよう時間稼ぎをしなくては……」

「そんな……」

「ライが捕まっちゃうじゃん!」

「僕は大丈夫です! ――さっ!早く出口へ向かってください!」

「ライ……」

「……わかった。ミキ、行こう」

「でも……!」

「ここまで無事に来られたんだ。それを無駄にしないためにも僕たちが出口まで無事にたどり着かなきゃいけないよ」

「そうです。コウさんの言う通りです」

「……ライ! ここまで本当にありがとうね!」

「こちらこそ。魔法を見せていただきありがとうございました、ミキさん」

「ライ! 本当にありがとう! 僕たちは最高の友達だよ」

「こちらこそです、コウさん。 ……最後に一つだけ。赤の国には「赤は友の証」という言葉があります。その帽子とマフラーは僕たちの友の証です。失くさないでくださいよ?」

 少し冗談交じりにライはそう言ってはにかんだ。

「絶対に失くさないよ! それじゃ!」

「本当にありがとうね!」

 僕たちはそう言って、ライと別れた。



 地下へ続く暗い階段をゆっくりと降りていく。

 換気や掃除がされていないからだろうか。ジメジメとしていてカビ臭く、埃っぽい。

 光の魔法で明るく照らしているが、外からの光が入ってこないため、周囲の数メートルから向こう側は真っ暗だ。


「ライ、大丈夫かな?」

 前にいるミキが心配そうに言う。

「大丈夫だよ。ライなら」

「そうかな。そうだと良いんだけど」

「ライを信じよう。今はそうするしかないよ」

「うん……」


 ライは、自身の危険を冒してまで僕たちを行かせてくれたのだ。

 今できることは、一刻も早く出口へたどり着くことだけ。

 城の地下には危険なものが潜んでいるかもしれないが、少しでも早く出口を見つけるため進みを早めた。


 ライと別れてかなりの時間が経った。体感では一時間ほどに感じたが、本当は30分程度だったかもしれない。

 地下へ続く階段が途切れたのだ。どうやら最下階に着いたらしい。


「ミキ、明かりを強めてくれる?」

「わかった」

 ミキの光の魔法は強く周囲を照らす。おかげで自分たちのいる場所が視認できるようになった。


 左右には壁が見える。僕たちの真後ろには壁があるが、目の前には壁がない。

 細長い部屋のようになっているみたいだ。


「この先なのかな、出口」と、ミキ。

「どうだろう? 慎重に進もうか」

「そうだね」

 

 僕たちは細長い部屋の向こう側へいく。

 薄暗くてよく見えないが、ミキの光の魔法のおかげで恐怖心はそれほどない。


 ゆっくりと歩みを進め、その先にあるものをこの目でやっと確認した。


「出口だ!」


 部屋の先にあったのは、あの赤い木で出来た扉……赤の門だ。

 やっと見えた出口に僕はホッと胸を撫で下ろした。


「よかった。やっとだね」

「うん。ここまで来られたのもライのおかげだ」

「ライ……無事だといいけど」

「絶対に大丈夫だよ。――さっ。中へ入ろう」

「うん!」


 目の前の扉を開けると、中はあの薄暗い通路だ。

 壁にかけられた松明が点々となって燃えているのが見える。


 僕たちは中へ入り、その扉を閉めた。


「これで赤の門もクリアだ」

「一安心だね」


 僕は首元の赤いマフラーを手に持つ。

 

 ”赤は友の証”。

 ライは最後にそう言っていた。


 ライの無事を知ることはできないが、同時に僕たちが出口まで到達出来たことを知らせる術もない。

 でも今は友として分かる。ライは無事だろう。そして、僕たちがここまで来られたこともライは分かっているだろう。


 僕たちは通路を抜け、門の塔の二階へ戻って来た。

 マップの”赤の門”と記された場所に星マークが付いていた。これで赤の門はクリアだ。


 次はどんな出会いが待っているのか。

 ライのような、友達と呼べる存在にまた出会えることを楽しみに、僕たちは噴水の近くへ向かった。

 

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