第四十四話 赤の国
「もし良かったら、お話を聞かせてはいただけないでしょうか?」
その人物は眼鏡の奥の瞳をキラキラとさせ、僕たちにそう言ってきた。
「え、えっと、お話?」
「はい! お二人とも、門の塔の攻略者なのですよね?」
「はぁ……そうですけど」
「――コウ! 正直に答えちゃダメじゃん!」
「――しまった!」
「あ、もしかして、見つかったこと気にしておられますか? 大丈夫です。僕は、お二人を捕まえたりしません!」
その人物は、えっへんと自身の胸を軽く叩く。
「でも、話って何を?」
「門の塔の話です!」
その人物は、また眼鏡の奥の瞳をキラキラさせ、グイグイと体を近づけてくる。
「話すって言っても、私たち本当に攻略してるだけだし……」
「その攻略の話を聞きたいのです!」
「は、はぁ……」
僕たちは、この人物の押しに負け、少し話をすることになってしまった。
「さて、申し遅れました。僕の名前はライです。この赤の国に住んでいます」
ライは僕たちより少し年上の15歳。大きな丸眼鏡にクリっとした目、クシャクシャな癖の強い赤茶の髪、少し日焼けしたような薄茶の肌に、鼻元にはソバカスのある少年だ。少し華奢な体つきだが、僕たちより背が高い。
小説を読むのが大好きで、この赤の国が本当は門の塔の中にあり、”門の塔の攻略者が魔法を使ってこの赤の国にやってくる”という小説を信じており、小さい頃から攻略者に会ってみたかったらしい。
「そこで、私たちがライの部屋に現れたのね」
「そうです! もうずっとこの日を待ちわびていましたよ」
「そうだったんだ」
「それでお二人は、どういった理由で攻略を?」
「あ、いや、話すとちょっと長くなるんだけど……」
僕たちは、今どうして門の塔の攻略をしているのか詳しくライに話す。
「そうですか、そうですか。なんとも健気なお二人に涙が溢れてしまいそうです」
と、ライは眼鏡をあげ、目元を拭くようなしぐさをする。
「それで、ライさん」
「ライでいいですよ」
「わかった。ライ、出口の場所とかわかるかな? 僕たちできるだけ早く次の門に進みたいから……」
「それならお安い御用です! 僕にお任せを!」
と、ライがポンと自身の胸を叩いたとき、隣の部屋からガチャンと音がした。
「おっと! いけません! 母が帰ってきたようです」
「ぼ、僕たち隠れたほうがいいよね?」
「大丈夫です。それには及びません」
『ライー? いるのー?』
隣の部屋からライを呼ぶ女性の声が聞こえる。
「はーい! いますー!」
ライはそう返事をしながら、クローゼットを開け、何かを取り出し、
「えっと、お二人のお名前は何でしたっけ?」
「私がミキ。こっちがコウ」
「わかりました。――ミキさんはこちらを。コウさんはこちらを」
と言って、ミキに赤いベレー帽を、僕に赤いマフラーを手渡してきた。
「これ、どうすればいいの?」
「それを身に付けてください。赤い物を一つでも身に付けていれば国民から怪しまれないので。あと、腰の木の棒と剣とその宝石もどこか見えない場所に隠してください。攻略者だとバレてしまいますので」
僕たちはわかったと返事し、杖や剣、血証石を魔法サコッシュに隠し、ライから渡された赤いベレー帽と赤いマフラーをそれぞれ身に付けた。
『ライー? 誰か来てるのー? 開けるわよー?』
隣の部屋から女性の声でそう聞こえたあと、ライの部屋の扉がゆっくりと開いた。
そして、そこから女性の顔がひょっこりを覗く。
「……あら! お友達がいらしてたのね」
「はい! クラスメイトのミキさんとコウさんです!」
「こ、こんにちは」
「お邪魔してます!」
僕たちは、ライの母に満面の笑みで挨拶した。
「どうもこんにちは。――すぐにオヤツと飲み物を持ってくるわね。ゆっくりしていってね」
「は、はい!」
そして、ライの母は扉を閉めた。
「……ふぅ。ビックリした」とミキ。
「僕、不自然じゃなかったかな?」
「たぶん大丈夫」
「お二人とも赤い物を身に付けてましたし、怪しまれていないはずです」
僕たちは、ライの言葉にホッとした。
「それはそうと、時間的にまずいですね」
「まずい?」
「ええ。出口のある城の城門が閉まるのが、午後四時半なんです。今は午後三時四十五分……」
「あまり時間がないね」
「急がないと!」
「ですが、城に入るまでがかなり厄介でして……」
ライが言うには、出口のある場所が城の地下らしくそこへ行くまでに時間がかかること、城の警備がかなり厳しくなかなか入れてもらえないのだそうだ。
「うーん。一度作戦を練ってから出口を目指したほうが良さそうだね」
「僕もそう思います。ですので、今晩は泊っていってください。母には僕からうまく伝えておきます」
「ほんとにいいの?」
「ええ! それにもっと話を聞きたいので!」
と、ライはまた眼鏡の奥の瞳をキラキラと輝かせる。
――コンコン!
ライの部屋の扉からノックが鳴り、開いた。
「お待たせ~。お口に合うといいんだけど……」
そう言って、ライの母はトレイにのせたお菓子を飲み物をライの部屋の机に置いた。
トレイの上には三つのグラスに入ったトマトジュース、平皿に並べられたイチゴジャムクッキーが乗せられていた。
「ありがとうございます!」
「ところで母さん。今日、二人を泊めてもいいかな?」
ライは単刀直入に話を切り出す。このタイミングで? と僕はビックリした。
そして、ライの母は僕とミキが一泊することを快く受け入れてくれた。
ライの母が部屋を出て行ったあと、僕はライに話しかける。
「本当によかったの?」
「大丈夫です。それよりも、作戦会議です」
「お城にどうやって入るか、入ってからどうやって地下の出口まで行くか、だよね?」
「はい。まずはこの国の地図を見ていただきましょう」
ライはそう言いながら、本棚から折りたたまれた紙を取り出した。
その紙をベッドの上に広げると、かなり大きいサイズの地図が描かれていた。
「今、僕たちがいるのが、ここです」
ライは、地図の左下中央あたりの赤い丸印あたりを指さす。
「そして、城がここ」
今度は、地図のど真ん中にある、大きな円形の部分を指さした。
赤の国の城は、半径10キロメートル以上あり、その周りを円形に城壁で囲われているような造りになっている。
「ここから少し歩けば行ける距離なんだね」
「はい」
「ただ、入るのが大変なんだっけ?」とミキ。
「そうなんです。城の南、東、西に設置された城門は警備の兵士がいます。入るとすれば南門からなのですが、警備をどう突破するか……」
「誰も見ていない隙に魔法で眠らせる、とかは?」
「それが、この国にはマホウと言うものがありません……。――ところでマホウとは何ですか?」
「あ、えっと……」
「呪文を唱えると、火が出せたり、水が出せたり……」
「さっきコウが言った、他人を眠らせたりできる特別な力って言えばいいのかな?」
僕たちは、身振り手振りで魔法のことをライに教える。
「す、素晴らしい! ミキさんはその魔法というものがお得意なのですね?」
「うん、まぁ……」
ライは、眼鏡の奥のクリっとした瞳をキラキラと輝かせ、
「ミキさん。あとでその魔法とやらを見せてはくださいませんか?」
「いいけど、バレないかな?」
「大丈夫です!」
「わかった。あとでね」
「はい!」とライは返事して、うっとりとした表情をした。
僕は、「これ貰うね」とライに一言言ったあと、机に置かれたトマトジュースを一口飲み、イチゴジャムクッキーを一枚齧り、こう続ける。
「警備の兵士をどうするかだよね……。なんとかして気を引くか、眠らせるか……」
「魔法って、呪文を唱えないと使えないのでしょうか?」
「基本的にはそうだね。簡単な魔法だったら杖を振るだけで使えたりもするけど」
「でしたら難しいかもしれませんね。この国では魔法を使う人はおろか、魔法が存在しませんので」
「魔法が存在しないの?」
「はい」
「もしかして、ミキがさっきライに魔法をかけようとしたけど失敗したのって……」
「魔法が存在しないからってこと?」
ライの部屋でバッタリ鉢合わせしたとき、ミキはライに睡眠の魔法をかけていた。
ミキは「睡眠不足の人じゃないと効かないの」と言っていたが、もしかしたらこの国では魔法が使えないのかもしれないと思ったのだ。
「ミキ、簡単な魔法でいいからここでやってみてもらってもいい?」
「わかった!」
ライは、目をキラキラと輝かせ、
「魔法が見られるのですね!」と、ワクワクしている。
「ただのお試しだよ?」
「それでも、見られるのなら……!」
「……それじゃあ、いくね」
ミキは、自身のサコッシュから杖を取り出し、少し深呼吸したあと、呪文を唱えた。
「レーカヒ」
ミキの杖の先から、小さな明るい光が出現し、ライの部屋がとても明るくなった。
「こ、これが魔法! この目で見られて感無量です!」
と、ライは初めて見た魔法に拍手する。
「他にも色々あるんだけど、今はこれで」
ミキは杖先の光を親指を人差し指で潰し、少し照れながらそう言った。
「でも、おかしいね。さっきは失敗したのに今度は成功したし……」
「たぶんだけど、ライは睡眠不足じゃなかったのかも?」
「はい! 一日八時間睡眠を心がけておりますので!」
「やっぱり……!」
「ということは、睡眠不足の人にはよく効くってことだよね?」
「うん」
「ライ、この国の兵士って一日何時間くらい働いてるの?」
「そうですね、ここ最近は訓練や警備の強化でかなりの時間働いてるとかなんとか」
「……兵士にだったらよく効くのかもしれないな」
警備をしている兵士には申し訳ないが、僕たちはこの門を攻略して先に進まなくてはならない。
そして、少しでも安全に、そして誰も傷つけずに出口へ向かいたいので、眠ってもらうのが一番だと思ったのだ。
「問題は、どうやって杖をだして呪文を唱えるか……」
「……うーん」
僕とミキは、頭を捻りまわして考える。
「その”杖”って、何か布のような物を巻いて使うことはできないのでしょうか?」
「それだ!」と、僕とミキは口を揃えて声をあげた。
「ミキ、準備はいい?」
「うん!」
僕たちは、ライの考えた”杖に布を巻いて魔法を使う”という方法を試してみることになった。
布は、僕の魔法サコッシュの中にあった、白い新品のタオルだ。何かに使うだろうと思い、ダミアン道具屋で買っておいたものだ。
これが成功すれば、赤の国の城への侵入――言い方が良くないけど――が、少しでも楽になる。城門を警備している兵士に眠ってもらい、その間に中へ入って出口を目指す。今のところ、この方法が一番誰も傷つかずに、かつ、安全に入ることができる作戦だろう。
「それじゃあ、いくね」
ミキは深呼吸をしたあと、
「レーカヒ」
と呪文を唱えた。
白いタオルを巻いたミキの杖先から、白い玉のような小さな光が出てきた。
「よかった! 成功だ!」
「ライのおかげだよ! ありがとう!」
「お役に立てたのなら光栄です!」
これで城への侵入はなんとかなりそうだ。
すると、ライの部屋のドアからノック音が聞こえた。
『ライー? そろそろ夕飯の準備ができそうなんだけどー?』
「はーい! わかりました! ――先に夕飯を食べましょう。作戦会議の続きはまたあとで」
僕たちはライの指示に従い、魔法サコッシュをライの部屋のクローゼットへ隠したあと、隣の部屋のリビングへ向かった。
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