第四十三話 赤の門

 此処は門の塔の二階、九つ目の門、”赤の門”の前。

 僕たちは、赤の門へ入るため、二十人ほど列に並んでいた。


「赤の門は、攻略者だらけだね」

「うん」


 列に並んでいる人をよく観察すると、皆どこかに”血証石”を身に付けている。

 これは、誰が何を言おうと攻略者の証なのだ。


 赤の門の門は、真っ赤な木でできた観音開きの框戸で、遠くからでもその赤さが目立つ。

 まさに、赤の門だと一目でわかる。


 ガイドブックによると、赤の門の中には”赤の国”という国があり、「国民はみな元気で力がある」と書かれていた。

 門の中に国があり、そこで生活している人たちがいる……。どういった経緯でそこに人が住み、国を築いたのか……。僕は、赤の国の歴史を詳しく知りたくなった。


「おや。どこかで見覚えがあると思ったら」


 列に並んでいると、赤の門から出てきた一人の女性に声をかけられた。

 その女性とは、僕が一階の噴水で出会った”ルキ”というあの攻略者だ。


「あっ! ルキさん! お久しぶりです」

 僕は、ルキさんに挨拶をする。

「久しぶりだね。――この子はコウの友達かい?」

「あ、えっと、はい!」

「……ミキです」

 ミキは少し眉間に皺を寄せたあと、ルキさんに自己紹介した。

「そうか。よろしくね」


「赤の門、クリアしたんですか?」

 僕はルキさんに質問した。

「いや、まだだよ」

「でも今赤の門から……」とミキ。

「ああ、赤の門はね、実は最初に出てくる場所がランダムなんだよ」

「ランダムですか?」

「うん。赤の門の中が”赤の国”なのは知っていると思うけど、通路を抜けたあと、国のどこに出るのかわからなくてね。場合によっちゃ、出た先が人さまの家だったりするんだ。

 赤の門の中の人たちは私たちみたいな攻略者のことを毛嫌いしてるらしくてね。見つかったら騒ぎになるし、捕まったら処刑されてしまう。だから、中の人たちに見つからないような場所に出てこられるまで何度も入って戻ってを繰り返さなきゃいけないんだ」

「そうなんですか……」

「私たちも同じように出入りすることになりそうってことだよね?」

「そういうことになるね。赤の門の前にたくさん人が並んでるのもそういうことなんだ。――さてと、私はもう一度並ぶことにするよ。お互いよい出会いがあるといいね」

 僕たちがはいと返事をすると、ルキさんは手を振ったあと、列の最後尾へ並んでいった。

 

「何度も出入りかぁ」

「ちょっとめんどくさいね」


 僕たちもルキさんや他の攻略者と同じように何度も出入りすることになるはず。もしかしたら、今日一日あまりいい場所に出られないかもしれない。明日も明後日も、一週間経っても……。

 門の中のことよりも、出た先のせいで攻略が進まないことがあるとは夢にも思わなかった。


 出入りする人の回転が速いからか、列は次々に進み、あと3組ほどで僕たちの順番が回ってきそうだ。

 僕たちはまず、門番の話へ耳を向けた。


 門番は相変わらずボロボロのローブにフードを深く被っている。手には長い柄のついたランタンを持っており、そのランタンからは赤い光が強く輝いていた。


「強すぎる力は、裏目になる」


 門番は、低い男声でそう語る。力強い口調だ。


 赤の門の門の上に、赤い木の板が掲げられていた。

 そこに書かれた詩を読む。



  赤の国 赤は力

  力は情熱 力は自信

  生命の エネルギー

  力を 力を その手に



 赤の門の詩は、赤の国のことを詠っているようだ。

 ”力”という言葉がよく出てくるのは、赤の国という国が力のある国ということなのだろうか。国の力……。領地が広く、国民がたくさんおり、軍事力や経済の発展など、その国が持っている総力のことを指すが、赤の国はとても強い国なのだろうか。でも、僕たちのいる世界で、赤の国なんて聞いたことがない。赤い国旗の国や、国力の高い国は確かにあるが、門の塔と繋がった国という話も僕たちが知る限りでは思い当たる国がない。

 一体赤の国はどんな国なのだろうか。


 いよいよ僕たちが入る順番が回ってきた。

 赤の門の金色の取っ手を持ち、手前へ引くように開けた。僕とミキはその中へ入る。


 まずは、あの長く薄暗い通路が迎えてくれた。

 右側の壁にずらーっと松明が灯されており、ところどころの壁に火の明かりが反射している。


「ねぇ、コウ」

「どうしたの?」

 僕たちの足音が反響する中、ミキが話しかけてきた。


「あのルキさんって人、前に私の名前を知ってたんだよね?」

 前回噴水近くでルキさんと話したとき、ルキさんははっきりと「ミキくん」と言った。少ししてミキにルキさんのことを聞いたが、ミキは知らないと答えたのだ。

「うん。あのとき、ミキの名前をはっきりと言ってたよ」

「そう……。でも、さっきは私の事知らないような素振りだったよね……」

 僕はミキにそう言われ、先ほどのルキさんとの会話をよく思い出す。

「……言われてみれば、初対面って感じだったね……」

 ミキに言われるまでなんとも思っていなかったが、確かにルキさんは、ミキとは初対面という素振りだった。

 なんだか胸の奥がゾワゾワするような、嫌な感覚がある。

「人のこと、急に忘れたり思い出したりするものなのかな……?」

「さぁ……。少なからず僕は忘れたりしない……かな」

「なんだかモヤモヤするな~」

「確かに。……ルキさんって何者なんだろう」

 

 ルキさんのことが気になりながらも、僕たちは通路を進んでいく。

 通路の先に扉が見えてきた。


「この先がまずそうなら引き返せばいいんだっけ?」

「うん」

「いい場所に出られますように……!」


 ミキはそう祈りながら扉を開いた。


 

 ゆっくり扉を開くと、どこかの家の部屋に出てきた。


「……誰もいない!」

「良かった。いい場所に出られたんだよ僕たち」

 部屋の外に誰かがいるかみしれないので、僕たちはできる限り小さな声で話す。


 出てきた扉を閉め、ゆっくりと振り返ると、そこには木製で扉にはお洒落な装飾が為されたクローゼットがあった。僕たちはこのローゼットから出てきたらしい。

 

 今一度部屋をよく観察する。

 部屋は、人一人が過ごすことができる程度の広さで、僕たちが出てきたクローゼットの右側の壁に窓があり、その窓の下に毛布が綺麗に折り畳まれたシングルベッドが一つ。クローゼットの左側の壁にドアが一つ。クローゼットの向かい側の壁にデスクと本棚が並べられている。床には真っ赤なラグが敷かれ、他にも壁掛けの時計や、小さな国旗が掲げられているが、これが全て真っ赤だ。ここは赤の門の中の赤の国なのだと実感させる。


「ミキ、早いところこの部屋から出よう」

「そうね。……まず部屋の外に他の人がいるか確かめないと」


 僕たちは物音を立てないようそっと部屋のドアに耳を寄せる。

 ドアの向こうからは、話し声は聞こえないが、お皿とお皿がぶつかるような高い物音が聞こえる。誰かがいるようだ。


「どうしよう、ミキ」

「魔法で眠らせるしかなさそう」

「そんなことできるの?」

「うまくいけば……」


 すると、トツットツッとリズミカルな音が聞こえてくる。

 扉の向こうの部屋にいる人物がこちらへ近づいてきた。


「こっちに来たよ!」

「わかった」と、ミキは腰のホルダーから杖を取り出し、その杖を扉に向けて構えた。


 部屋の扉はゆっくりと開く。

 その人物がこちらの部屋へ入ってこようとしたとき、ミキが呪文を唱えた。


「ミーネル!」


 ……?

 …………?


 「あ、えっと……」と、こちらの部屋へ入ってきた人物が僕たちを見て戸惑っている。無理もない。自身の家に見知らぬ人が二人もいるのだからそうなるのも当然だろう。扉を開いたまま、僕たちを見てフリーズしている。

 この人が起きたままということは、ミキの呪文が失敗したか、この赤の門の中では呪文が使えないということになる。


「えっとその……。――ミキ! 呪文で眠らせるって言ってたじゃないか!」

「だって、私がこの呪文使うと、疲れてない人は眠らないもん」

「そのことをどうして黙ってたのさ!」

「仕方ないじゃん! 説明してる暇なかったし!」


「あの、もしかして、門の塔の攻略者の方ですか?」

 僕たちが小競り合いをしていると、その人物の口から思わぬ言葉が飛び出してきた。

 門の入り口へ戻ることもできず、ミキの呪文は失敗、赤の門の中の人に見つかり、門の塔の攻略者とバレた。このまま捕まって僕たちの攻略も終わるんだ……と思ったそのときだった。


 その人物は、メガネの奥の瞳を大きくキラキラと輝かせ、僕たちにグイグイと近寄って来て、こう言った。

「もし良かったら、お話を聞かせてはいただけないでしょうか?」

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