第四十二話 泡の門
「泡の門。泡の世界。方向に注意。――って書かれてるよ」
僕は、朝食を食べているミキにガイドブックの内容を伝える。
「方向に注意かぁ。方角の魔法があるから大丈夫だね!」
ミキはそう言って、朝食のおにぎりをパクリと頬張る。
今日は、ミキが朝食当番となって朝食を作ってくれた。
メニューは塩おにぎりと卵焼きだ。とてもシンプルだが、ミエさん仕込みの卵焼きが美味しく、朝の舌にとても沁みる。
僕は、卵焼きを一口食べた後、
「この卵焼きとても美味しいよ、ミキ!」
「本当に? 嬉しい!」
「もしかして、この前朝食作りたいって言ってたのって……」
「うん! コウに食べてほしかったの。私が作った塩おにぎりと卵焼き」
(だからあのとき、朝食を作らせろと言っていたのか……)と、僕はやっと答え合わせができた。
「今度、卵焼きの味付け教えてよ。僕が作ったのじゃ、いまいちミエさんの味に近づけなくてさ」
「うん! いいよ! 割と簡単だし!」
僕たちは、ミエさんの卵焼きや他の料理のことを話しあいながら、朝食を終えた。
ここは門の塔二階、八つ目の門、”泡の門”の前だ。
門の前には人はおらず、列がない。すぐに入ることができるようだ。
「ねぇ、泡の門が……」と、ミキは驚愕した様子で僕に話かけてきた。
というのも、泡の門の門は全て泡でできているのだ。
きめの細かい白い泡が扉の形をして立っている。フワフワと揺れていて、今にも風で飛んでいってしまいそうだ。
「これも魔法なのかな」
「たぶん……」
僕たちはまず、門番の話を聞くことにした。
泡の門の左側に立っている門番は、他の門番同様、薄汚れたボロボロのローブにフードを深く被っている。手には長い柄のついたランタンを持っており、そのランタンからは薄い水色の光が弱々しく光っている。
「前は前ではない」
門番の声は、綺麗な女性の声だ。若い女性なのだろうか。朗読でもやってもらいたいくらい美しい耳当たりの良い声だった。
僕たちは次に、泡の門の詩を読んだ。
詩は、泡の門の扉上部の壁に板金が貼り付けられており、そこに書かれていた。
泡は丸く 泡は浮く
浮いては はじける
泡の中はどんな景色か
そこから見えるは 光か闇か
「”前は前ではない”、”光か闇”……。あと、ガイドブックは”方角に注意”だったよね」
「うん。考えてるとよくわかんなくなってきちゃった」と、ミキは言う。
「そうだね。入っちゃおうか」
「うん!」
僕たちは、泡の門へ入った。
松明の灯った薄暗い通路を、コツコツと足音を鳴らして先へ進む。
「まさか、通り抜けるなんてね」
「全身泡だらけだよ」
そう言って僕は苦笑いした。
泡の門は、他の門とは違い、開くことができない。泡を通り抜けるのだ。
だが通り抜けたとき、全身に泡が付着する。おかげで服や頭に泡が沢山ついてしまったのだ。
「クリアしたらローブと帽子お洗濯しよっと……」
「僕のシャツも頼んでいい?」
「いいよ!」
ミキの魔法の洗濯は、丁寧でとても綺麗になる。
シャツにあまり皺がつかず、アイロンいらずで助かるのだ。
「あっ、そろそろ抜けるかな?」
通路の向こう側に小さな光が見えてきた。白っぽく輝いている。
「あれ? ちょっと待って!」
「うわっ! なんだこれ!」
僕たちは、通路のさきの小さな光に近づくや、あることに気が付き、足を止めた。
通路を抜けた先は、きめの細かい泡だらけだったのだ。
「どうしよう。また全身が泡だらけになっちゃう」
「仕方ないよ……。――ミキ、泡の魔法使える?」
「泡の魔法? ……あっ! あれね!」
「うん! あれ!」
僕たちの言う”あれ”とは、泡の魔法で顔を覆って使う応用のことだ。
長く水中にいたいときに使う魔法で、ミキがナロメ先生から教えてもらった魔法だ。
ミキが呪文を唱えると、大きな泡が一つ、杖先に出現する。
それに僕の頭を突っ込むと完成だ。
「ミキ、ありがとう」
「どういたしまして!」
僕たちは、目の前の泡の中へ飛び込んだ。
きめの細かい白い泡の中を泳ぐように進む。
白い泡の中は、ただの真っ白な世界。ふわふわと浮いているかのような、夢の中にでも入ってきたのか。現実なのか非現実なのかの区別がつかなくなってしまいそうな世界だ。
この泡の世界は、ずっと明るい。上も下もなく、どこを見ても明るい。この明るさはどこから続いているのかは全くわからない。
ミキは僕の真横にいて、黒いローブやトンガリ帽子のシルエットが泡の向こうに薄っすらと見える。
ミキが近くにいるので安心だが、今度は方角がわからない。方角がわからなければ、どこへ進めばいいのか……。出口を探す手がかりすらつかめない。僕たちが進んでいる方向はこれで合っているのだろうか。
「ミキ! 聞こえる?」
僕は、横にいるミキに声をかけた。
「何? どうしたの?」
ミキからすぐに返事が返ってきた。声は聞こえるらしい。
「方角がわからないからさ、魔法で調べてみてくれないかな?」
「わかった! 任せて!」
ミキはそう言ったあと、「アンミーヴェ!」と呪文を唱えた。
「あれ?」
「どうしたの?」
ミキの困惑したような声が聞こえてきたので、僕は様子を聞いた。
「方角の魔法が使えないの」
「本当に?」
「うん」
「他の魔法は?」
「試してみるね」
「……レーカヒ」
ミキはそう呪文を唱えた。ミキの目の前がほんのりと明るくなる。
灯りの魔法は成功したらしい。
「もしかして、方角の魔法だけ制限がかかってるのかな?」
「そうかも!」
門の塔の門には、魔法の制限がある門がいくつか存在する。
全ての魔法が使えない門もあれば、一部の魔法が使えない門もある。
この泡の門は、方角の魔法が使えないようだ。
「でも、困ったな。方角がわからないんじゃどこに行けばいいのかわからないし……」
僕はそう言って、眉間に皺を寄せ目を瞑り、目頭の間を右手の指先で揉むように摘まんだ。
「この泡の中じゃ、ねぇ……」
「よし! 詩と門番が言ってたことをもう一度思い出そう」
「えっと……、門番は「前は前ではない」だったよね」
「うん。詩は「そこから見えるのは 光か闇か」。ガイドブックが「方向に注意」……。難しいな」
「ここ、ずっと明るいから光も闇もないような」
「そうだよね。前は前では……光と闇……。泡に惑わされるなってことなんだろうけど」
「もうちょっと分かりやすいヒントにしといてほしいよね」
「ほんとうに」と、僕は縦に大きく首を振る。
「案外、真後ろを振り返ったら出口がバーンってあったりね!」
「そんなに簡単だったら頭抱えてるのが馬鹿らしくなるよ」
そう言って僕たちは笑い合いながら、後ろを振り返った。
「えっ」
「うそ……」
そこには、白く光り輝く大きな門があった。
「これって……」
「出口……だよね?」
僕たちは白く光り輝く扉へ近づき、その中へ吸い込まれるようにゆっくり入った。
「……出口だ」
その扉の中には、あの薄暗い松明が灯された長い通路が続いていた。
こんなにもすぐに出口が見つかると思っておらず、呆然としてしまう。
「とりあえず、クリアってことでいいんだよね?」
「たぶん……」
僕たちは通路を歩き始めた。
全身が泡だらけなのだが、そんなことはどうでもよくなってしまうほど、あっさりクリアできてしまったことに信じられずにいる。
まるで夢でも見ているかのような、本当に現実なのか。頭でまったく認識できない。
通路をずっと歩いていると、目の前にきめの細かい泡で出来た門が見えてきた。
僕たちはその泡の門を通り抜けた。その先は門の塔の二階。戻って来たのだ。
「……とりあえず、噴水の近くでお洗濯しよっか」
「そ、そだね!」
僕たちは、この気色悪さを忘れるため、その場を後にした。
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