第三十七話 色の門

 ここは門の塔二階。

 フロアの中心にある噴水の前で、僕たちは朝食を取っていた。


 今日の朝食は、僕が作ったジャムトーストと、ミキが淹れてくれた紅茶だ。

 

 僕は、紅茶で口の中を潤したあと、ジャムトーストを一口齧る。

 口の中に広がるいちごのジャム。トーストに薄く塗ったバターの味。こんがりと香ばしいトースト。

 三つの味が広がり、僕の脳内で小さな人が小躍りを踊っているような感覚になる。

 あまりにも美味しい。朝食をジャムトーストにして良かった。


「ねぇ、コウ。次の色の門、ガイドブックにはどんな門って書いてあるの?」


 トーストの美味しさに酔いしれていたとき、ミキが話かけてきた。


「あ、ごめん。えっと、ちょっと待ってね」


 僕は慌ててガイドブックを取り出し、パラパラとページを捲った。

 ……あった。


 ――”色の門”。何もないので観光推奨度は低め。――


「辛口評価だね」

「うん。観光目的の人には面白くないってことなのかもだけど」


 観光ガイドブックがこういう書き方をするくらいだ。余程何もないのだろう。


「あんまり攻略のヒントになんないね」

「あとで門番の話と詩を確認しよう。ガイドブックは所詮ガイドブックだよ」

「そうだね」


 僕たちは、朝食を終え、身支度をし、色の門へ向かった。



 門の塔の二階。”色の門”の前。

 列は出来ておらず、誰も入ろうとする気配はなく、閑散としていた。


「本当に人気ないんだね」

「ガイドブック通りだね。というか、ガイドブックの評価を見てみんな入らないのかも」


 僕たちはまず、色の門の横に立っている門番の声に耳を向けた。


「じぶんをみつけ おのれをしれ」


 ボロボロのローブに深くフードを被った門番は、力強い口調でそう言った。その声は中年の女性を思わせる。

 手に持つ柄の長いランタンからは、白い光が弱く光っている。


「あとは、詩だよね?」

「うん。どこかに板が……」

「あ! 門番の後ろ!」

 門番の後ろをよく見ると、板金のようなものが見える。色の門の詩のようだ。

 

「ほんとだ。読みにくいけどなんとか……」

 僕は板金の文字を読んだ。



 色の中から 自分をみつけ

 自分の中から 色をみつけ

 おのれをみつけなければ

 明日は何もみえない



 門番の話も、詩も、「自分を見つける」「自分を知る」というような内容だった。


「自分探しと色がどう関係しているんだろう?」

「私、自分とかわかんないよ」

「僕もだよ」


 僕たちはまだ13歳だ。自分のことなんて少しもわからない。

 わかっていても、それが本当に自分自身のことなのか、誰かに言われたことを自分のことだと思い込んでいるのか、大人ですらわからないのではないだろうか。僕はそう思う。


「中、入っちゃう?」

「そうだね。入ろうか」


 僕たちは、色の門を開いた。

 その門は、真っ白な石で出来ていた。

 重さは、思っていたよりも軽く、僕の力でも簡単に開くことができた。


 中は、またあの長いトンネル状の通路が奥まで伸びている。

 壁にかけられた松明の炎が、通路の奥へ点々となって続いている。


「自分を知るって難しいよね」


 ミキは唐突に口を開いた。


「うん。この年で自分を知るなんて……ね」

「ママとお姉ちゃんならすぐにクリアできちゃうんだろうなー」

「ミエさんとミナさんが? どうして?」

「二人とも自分があるって言うか。自分の事が分かってるって言うか」

「……わかるような気がする」


 ミエさんもミナさんも僕たちに比べれば大人なのだが、他の大人とは違い、どこか人として芯のようなものがある。

 ミエさんは、夫を亡くし、二人の娘を女手一つで育てている。仕事をしながらなのだから並大抵のことではない。

 ミナさんは、メインのダンスの仕事をしながらミキの学費を稼ぐため宿屋でアルバイトもしている。大切な妹のためとはいえ、簡単にできることではない。

 二人とも、元々肝が据わったような人ではあるが、他の人に比べて強さというものを感じる。


 僕たちは通路を歩きながら、ミエさんとミナさんの話をする。

「ママね、パパと結婚する前は家業の薬屋を継ぐつもりだったんだけど、パパと出会って思い切って海女になったって言ってたな~」

「薬屋から海女ってまたすごいね」

 ミキを送り出したときもそうだが、ミエさんはどこか思い切りのいいところがあるのかもしれない。

「一回決めたらこうだ!って貫くのがママらしいと言えばそうなんだけど、悪く言うと頑固なんだよね」

「ミキの頑固なところはミエさん譲りなんだね」

「私頑固じゃないもん!」

「どうだか」

 

 頑固じゃないと言い返すあたりで頑固な気がするが。

 

「ミナさんはどうなの?」

「お姉ちゃん? お姉ちゃんは、小さい時からダンスを習ってたって話したでしょ? ダンスを習いたいってママたちにお願いしたとき、自分で教室探したり、先生にすでに交渉してたり、全部先回りして動いてる感じだったな~」

「やりたいって決めたら行動に移すタイプなんだね」

「そう! 頑固っていうより、外堀埋めてる感じ。ダンスをやりたいってパパとママに相談したときにはほとんど決まってるような状態だったから、パパもママも首を縦に振るしかなかったって言ってた」

 言われてみれば、僕とミナさんが初めて会ったとき、外堀を埋められて首を縦に振るしかできなかったように思う。ミナさんは普通の頑固とはちょっと違う頑固さみたいなものがあるのかもしれない。

「そう考えると、ミナさんもある意味ではミエさんに似てるところがあるね」

「ママとお姉ちゃんはね!」

「ミキもだよ」

「私、二人とは違うもん!」

 やはりミキは頑固である。

 

 目の前に白い光が見えてきた。通路を抜けるらしい。


 僕は、眩しくなって目を閉じた。

 閉じた目をゆっくり開くと、そこは無色の世界だった。


 僕たちが足をつけて立っている地面、空、周りにある大きな建物、街路樹……。

 全てに色がなく真っ白だ。


「えっと、ここ”色の門”だよね?」

「うん。そのはずだけど……」

「全部真っ白じゃん!」


 ミキの言う通り、見渡す限りの物全てが白なのだ。

 まるで色なんて初めからなかったかのように。


「ガイドブックに書いてあった内容って……」

「何もないって、色がない世界ことみたいだね」

「カラフルな世界だけど物が何もないとか、そういうの想像してた」


 僕たちはまず周辺を散策することにした。

 どうやらここは都市部で大きな街らしい。


「窓を覗いたけど、どの建物にも人の気配はないよ」

「こっちも! 馬車とかもあるのに生き物がいないの」


 ここはどこかの街を複製したのだろうか。

 ただ真っ白な建物に誰もいないと虚構感が増す。そしてどこか不気味だ。


「もうちょっと離れた場所も探してみようか。他の攻略者がいるかもしれないし」

「そうね。でもどっちに向かう?」

「ミキ、方角を確認してくれる?」

「任せて!」


 ミキは懐から杖を取り出し、呪文を唱えた。


「アンミーヴェ!」


 ……何も起こらない。


「あれ?おかしいな……」

「もしかして、魔法が制限されてるんじゃ……」

「それだ!」


 ミキは他の呪文も唱えたが、何も起こらなかった。

 色の門は魔法の使用が制限された門のようだ。


「方角がわからないと不便だな……」

「何かヒントとかあればいいんだけどね」

 ミキはそう言いながら髪を耳に掛けた。

「一度、詩と門番の話をよく思い出してみようか」

「えっと、門番が「じぶんをみつけ、おのれをしれ」だっけ?」

「うん。詩は「色の中から 自分をみつけ 自分の中から 色をみつけ おのれをみつけなければ 明日は何もみえない」だったね」

「”自分”とか”見つける”とか、そんなのばっかりでヒントなんて分かんないよ」

 

 確かに。どれも説教のような内容だ。

 ヒントらしいものなんて一つもない。


「これじゃ攻略にならないね……」

「うん……」


 僕は道の真ん中に立ち、上を見上げた。

 真っ白い空を見ようとしたそのとき、その手前にある標識が目に入った。


「右に行くと駅……。駅?」


 文字は僕たちが使う普通の文字だったので読めたが、この街には駅があることに驚いた。


「ミキ、こっちにいくと駅があるみたいだ」

「駅? この街、電車が通ってるの?」

「そうみたい。行ってみる?」

「ここに居ても埒が明かないもんね……」


 僕たちは相談の末、駅へ向かうことになった。


 標識の通り、道を右に曲がり真っ直ぐ歩いた。

 この街にはやはり色がない。建物も、草木も、全てが真っ白だ。

 僕たちは注意深く街を観察しながら、駅のある方角へ進む。これと言ったヒントはなく、とうとう”駅”と看板が出ている場所へ着いた。


「駅って書いてあるけど……」

「この階段を下りるのかな?」


 看板には”駅”とだけ書かれており、駅の名前までは書かれていなかった。どうしてなのかはわからない。

 そして、看板の下には地下へ続く階段がある。階段の奥は暗く、少し不気味だ。


「どうする?」

 僕はミキに尋ねた。

「降りるしかないでしょ!」

 ミキはそう言いながら、地下へ続く階段を下り始めた。

 僕はその後に続いた。


「うーん。暗い……」

「かろうじて足元は見えるけどね」

「魔法が使えないの本当に不便!」


 いつもならミキが明かりを照らす魔法を使ってくれるのだが、色の門では全ての魔法が使えない。

 だが、何も見えないほど真っ暗というわけではなく、足元の階段は視認できるほどなので、そっと下りていけばなんとかなるくらいだった。


 階段を下りていて気が付いたのだが、適当な石を積み上げたような階段ではなく、人が上り下りしやすいよう整備されている。

 階段の壁には、僕たちが手に持ちやすいような高さに手すりもある。その手すりも明らかに人工物なのだ。


 薄暗くてもハッキリしていることがある。この地下へ続く階段も真っ白だ。

 ”色の門”なのに、どこへ行っても色がない。確かに白も色の一つではあるが、ならば他の色もあっていい。


 階段を全て下りきると、そこには改札があった。

 人が一人入りそうな腰くらいの高さの入れ物が4つほど横に並んでおり、ここで切符を見せれば中に入ることができる。

 近くには窓口のようなカウンターもあった。ここで切符を買うのだろう。

 だが、駅員がいない。改札を通るどころか、切符を買うことができない。


「駅員さんいないし、切符買えないね」

「このまま通っちゃっていいんじゃないの?」

「さすがにダメだよ。キセル乗車になっちゃう」

「でも、私たち以外誰もいないし、そもそも電車だって動いてるかわからないじゃん」

「そうだけど……」

「もしも怒られたらお金払えばいいんだし!」


 ミキはそう言いながら改札を通った。


「ほら!行こっ!」


 ミキは僕のことなど見向きもせず先へ進む。


「ま、待ってよ!」


 僕はミキのあとを必死で追いかけた。



 改札を抜け、少し進んだ場所には駅のホームがあった。

 駅のホームは、電灯があり明るいが、人が誰もおらず静かなので不気味な雰囲気を放っている。

 この駅のホームも当然真っ白だ。

 僕は、駅のホームから少し下を覗いた。やはりレールが通っている。しっかりとした駅のようだ。


「レールもあるし、駅なんだね」

「うん。でも、電車なんて来ないのに……」


 すると、僕たちの右側の暗い空間からフワッと風が吹いた。

 ここは地下のはずなのに、だ。


「ねぇ、コウ。なんか音聞こえない?」

「音?」


 風が吹いた方向へ耳を澄ますと、何かの音が聞こえる。

 音の主はこちらへ近づいてくるようだった。


「この音って……」

「電車!?」

 

 次の瞬間だった。

 風が吹いてきた暗い空間が一瞬明るくなったと思ったら、真っ白な電車が滑り込んできたのだ。

 駅のホームへ滑り込んできた電車は、ゆっくりと止まり、プシューという音を立て扉を開けた。


「電車だよねこれ……」

「うん……」


 電車の車両は、どこかで見たことがある車両だった。

 これもまたどこかの世界の物をそのままコピーしてきたのだろう。


「ずっと開いたままだけど、乗れってことなのかな?」

 ミキはそう言う。

「でも、これがもし罠なら……」

「他に行く当てもなくない?」

 確かに、言う通りである。

「……乗っちゃおうか」

「そう来なくっちゃ!」


 僕たちは思い切って電車に飛び乗った。

 僕たちが乗ったのを見計らったかのように、電車の扉はプシューという音を立てながら閉まった。


 電車はゆっくりと進み始めた。

 行先はわからない。

 だが、少しだけワクワクしていた。


 車両の中も真っ白だ。つり革、網棚、横に長い座席、床、中づり広告など全てが真っ白だ。


「ねぇ、コウ。先頭車両に行ってみない?」


 ミキはそう言いながら、前を指さす。


「うん。行こうか」


 僕たちは進行方向側へ進み、先頭車両までやってきた。

 この電車は5両編成だと途中の車両の壁に貼られていたシールに書かれていた。

 僕たちは二つのドアを抜けて先頭車両へやってきたので、乗ったのは真ん中の車両だったらしい。


「ねぇ、コウ……」

「どうしたの?」

「運転手さんいないんだけど……」


 僕はビックリして、車両の一番前を見た。

 運転席があるのは車両の一番前だ。だが、そこには人影がない。運転手がいないのだ。


「じゃあ、どうやって動いて……」


 僕はそう言いながら運転席へ近づいた。

 何か秘密があるはずと信じて。

 だが、その秘密に度肝を抜くこととなる。


「え……ハンドルが勝手に……」


 運転席にある電車を動かすためのハンドルが勝手に動いているのだ。

 自動なのか魔法なのか。それすらもわからない。


 僕は一度、目をこすり、運転席を見た。

 やはり運転手はいないが、ハンドルが勝手に動いている。


「僕、夢でも見てるのかな……」

「夢以前に門の中だからね」


 そうだ。ここは門の中だ。

 外ではありえないことが、ここではありえるのだ。


 気を取り直し、僕はふと思ったことをミキに質問した。


「電車に乗ったまではいいけど、これからどうするの?」

「うーん。降りたくなった駅で降りたらいいかな~」

「そんなに適当でいいの!?」

「行き当たりばったりすぎるかな?」

「もう少し考えた方がいいかも」

「でも、もう電車に乗っちゃったしな~」

「……次の駅で降りようか」

「わかった!」


 僕たちはそう会話したあと、暗い進行方向を見つめた。

 地下鉄なので、目の前は真っ暗だ。電車の電灯のおかげで数メートル先は見えるのだが、ずっと先は何も見えない。

 だが、地下鉄の中も真っ白だということだけは分かる。


 進み続ける電車は、たまに曲がったりしながらレールに従い進んでいく。

 どこへ行くのか。行先はわからない。

 僕たちは、次の駅までいつ着くのかもわからないまま、ただ身をゆだねるしかできない。


「椅子、座ろっと!」


 ミキはそう言って、車両の座席に座った。

 僕もその隣に座る。


「次の駅、いつ着くんだろうね」

「外も見えないからわかんないよね」

 ミキはそう言いながら、車窓から外をチラリと見た。

「うん。あの駅で確認しておけばよかった」

「どこかに駅の案内とか貼ってないのかな?」

「この車両に来る前確認したけど、車両の編成以外のことは書かれてなかったよ」


 電車は、僕たちの会話など知らぬ存ぜぬと言わんばかりに先へ進む。

 次の駅はいつ着くのか、どんな駅なのか、全くわからないと不安になってくる。

 地下で真っ暗な中進む電車。一歩先は光か闇か。とても胸のあたりがゾワゾワとする。

 先が見えず、何もわからないのは、こんなにも不安なのだ。


 すると、電車は少し上昇しているような感覚になった。

 坂道を登っているらしい。


 ガタンガタンと音を立てながら、目の前に白い明かりが見えてきた。

 一瞬眩しくなったと思えば、地下を抜けたらしく、車窓の外には白い住宅街が広がっていた。


「地上に出てきたんだ」

「地下鉄だったのに、地上に出たの?」

「そういう路線なのかもね」


 僕たちが最初にいた場所は、大きな建物がたくさん並ぶ都会のような街並みだった。

 今電車が進んでいる場所は、家が並んでいる。都会から離れた場所になったらしい。


「これでちょっとは行き先が分かるといいんだけど」

「でも、全然止まりそうな感じしないね」


 電車は住宅街の中を進んでいく。

 スピードを維持したまま、家という家を追い越していく。


「出口から離れてたらどうしよう……」

 ミキは不安そうな顔で言う。

「そのときはまた電車で引き返せばいいよ」


 電車は往復しているはずだ。

 行きがあるなら必ず帰りもある……はず。


「でも、さっきから別方向の電車とすれ違わないような……」


 ミキにそう言われ、僕はハッとした。

 あの地下の駅を出てから、僕たちが乗っている電車以外の電車を見ていないのだ。


 僕は、急いで背中側にある車窓から線路を見た。

 僕たちが乗っている電車が走っているレールとは別に、2本のレールが同じように敷かれている。

 やはり他の電車も走っている、ということになる。


「複線だ。他にも電車が走ってるはずなんだけど……」

「乗る人が少ないから一日に数回しか走らない、とかなのかな?」

「そうかもしれないね。……やっぱり一度どこかの駅で降りたほうが良さそうだよ」


 進み続ける電車の運転席を見つめて、僕はそう言った。


 僕たちの不安を他所に、電車はレールに従い進む。

 車窓から見えていた住宅街は、気が付けば田園地帯になっていた。


 白い田園が広がる風景の中に、いくつかポツポツと家が建っている。

 この風景を見たとき、真っ白なはずなのに自然と色がついて見えるような気がした。


「田舎町っぽいけど、ここどこなんだろう」

 ミキは車窓の先を見つめながらそう言った。

「結構遠くまで来ちゃったみたいだね」

「でも、長閑そうな町だね」


 僕はこの風景を見たとき、アルバイトをしていた牧場のことを思い出した。

 ”ガスマン牧場”というバーオボの首都レレーンの外れにある牧場なのだが、そこで、牛や鶏の世話をしながら配達の仕事をしていた。

 朝早くにバイクを飛ばしてレレーンから牧場へ向かうのだが、途中、道から見る何もない景色がとても美しかった。

 時間は同じ速度のはずなのに、一歩違う場所へ来ると、どこかゆっくりだったり、どこか忙しなかったりする。レレーンから牧場へ向かう道の風景は、どこかゆっくりとした時間が流れており、好きな景色の一つだった。

 

 電車が、この田園が広がる町に入ったとたん、とても時間がゆっくりになったのを感じた。実際は同じ速度で時間は流れているのだが、風景やその場の空気なのか、時間がゆっくりになったような感覚になる。その感覚が、レレーンから牧場へ向かうあの道と似ており、どこか懐かしく感じた。


 

 車窓から風景を見ていると、電車がゆっくりとスピードを緩め始めた。


「ちょっとゆっくりになったね」

「うん。駅が近いのかな?」


 僕たちは運転席の近くへ移動し、進行方向をよく見た。


「なんか駅っぽいのが見えるような……」

「ミキ、ほんと?」

「うん。屋根みたいなのが見えるよ」


 僕は進行方向のずっと先を見るが、何も見えない。

 白い風景が薄っすらと見える程度だ。


 電車はまたスピードを緩めた。

 やはり駅が近いらしい。


「あ! 見えた!」


 僕の目にもはっきりと駅のようなものがずっと先にあるのが見えた。

 駅と言っても、雨避けの屋根と人が降りるホームがレールに沿って並んでいるだけの小さな駅だった。


 電車は駅に近づくにつれ、徐々にスピードを落としていく。

 時折、レールと車輪の摩擦音が響いてくる。


 そして、車体をゆっくりとホームを添わせながら、電車は止まった。


「着いた。ここで降りようか」

「うん!」

 

 僕たちの会話に反応したかのように、電車の扉が開いた。

 僕たちはその扉を抜け、駅のホームへ降り立った。


「やーっと着いたー!」

 ミキは嬉しそうに両手を上げ、うんと伸びをした。


 すると、電車は扉を閉め、ゆっくりとスピードを上げながら走り去って行った。

 次はどこの駅へ行くのだろう。

 走り去っていく電車に少しだけ情が沸く。ここまで共に旅をしてきた仲間のような、そんな感覚だ。

 あの電車はまたどっかで折り返し、来た道を引き返してくるのだろう。そしてまた、攻略者か観光者を乗せ、同じ道を行ったり来たりする。長かったようで一瞬だったが、ここまで連れて来てくれたことを心から感謝した。


 僕は、駅の周辺を見渡した。

 この駅は、田園地帯に囲まれており、田園の中にポツンと駅のホームがある。少し遠くに住宅街があるのだろうか。白い家が何軒か並んでいるのが見える。

 全てが真っ白な世界なので今はなんとも感じないが、色があると趣のあるどこか懐かしいような、少しレトロな雰囲気の良い駅だと想像できる。もしもこの駅が外の世界にあれば、この情景を見にたくさんの観光客が訪れるだろう。


「コウ! ここに看板みたいなのがあるよ!」

 駅のホームの中央あたりにある看板の近くでミキがそう叫んだ。


「ほんと?」

 僕は看板まで近づいた。


「この駅は、”中間駅”っていうみたいだね」

「前の駅が、”始まり駅”。次の駅が”終わり駅”だって」

「”始まり”と”中間”と”終わり”か」

「すっごい距離だったけど、三つしか駅がないのかな」

「どうだろう」


 僕たちはホーム脇にあった階段を下り、踏切を渡った。ここが駅への入り口らしく、踏切を渡ってすぐの場所に看板を見つけた。他の駅や時刻表も掲示されている。


「やっぱりこの”中間駅”と、僕たちが電車に乗った”始まり駅”、終着駅が”終わり駅”って書いてあるね。電車は三つの駅をずっと往復してるみたいだよ。」


 僕たちは時刻表に目をやった。

 

「うわ! 一時間に一本どころか……」

「一日二本みたいだね。往路と復路で一本ずつ」

 

 時刻表には、”中間駅 行き 11時12分”と書かれていた。ということは、さっきの電車は11時12分にここを出発したことになる。外の時間とこの門の中の時間が同じ速度なのかはわからないが、現在はお昼近いだとわかった。

 

「もうこんな時間なんだ」

「それよりも、早く出口の手がかりを探さなきゃいけないね。次に電車が来るのが16時21分ってなってるから」

「ほんとだ! あと5時間くらい? 早くしなきゃ!」


 この中間駅で出口を見つけられればいいのだが、何せ中間だ。出口がある可能性の方が低い。

 だが、小さな手がかりが見つかるかもしれない。そして、電車を降りてしまった今、ここで何か一つでも見つけられれば御の字である。

 次の電車が来るまでの間、僕たちは急いで出口の手がかりを探すことにした。


 まずは、それぞれ手分けして辺りを捜索することにした。

 ミキは駅の入り口側、僕は線路を挟んだ反対側だ。方角がわからないので説明をするのが難しいが、始まり駅のほうを向いた状態から、ミキが右側、僕が左側となる。

 あまり遠くへ離れたりしないよう注意しながらそれぞれ捜索する。何かあったときに知らせる手段がないので、一時間後に駅の入り口にある看板の前に集合すると約束した。

 駅周辺なので何かあれば逃げればいいのだが、ここは門の塔の門。魔物や得体の知れない何かが潜んでいる可能性もある。僕は剣があるが、ミキは魔法が使えないのでほぼ丸腰のようなものだ。ミキは何かあったら叫ぶように言ってある。本当は攻撃手段があればいいのだが、魔法が使えないのだから仕方がない。


 僕は、向こう側のエリアへ行くため、ホームへ戻った。


(あれ? あそこ……)


 よく見ると、入り口側へ続く階段がある場所の反対側に、向こう側のエリアへ行くための階段と踏切を見つけた。

 これで、向こう側に行ける。

 もしも向こう側へ行く手段が無ければ、線路へ降りて柵を登っていくしかない。中間駅に電車がくるのは約五時間後なので心配ないが、外の世界なら電車に轢かれてしまうかもしれないし、そもそも犯罪になってしまう。門の中にもそう言った法律があるのかは不明だが、あまりいい気はしないはず。階段と踏切を見つけて少しだけホッとした。


 僕はその階段を下り、踏切を渡って、反対側のエリアへ来た。

 目の前には、所謂馬車や車、バス、タクシーなどの乗り降りをするためのロータリーがあった。


 田舎町だからだろうか、大きなターミナル駅で見るような物ではなく、とてもこじんまりとしたロータリーだ。

 

 僕は、ロータリーの脇にあるバス停の標柱へ近づき、そこに貼られている紙を見た。


(あれ? 何も書かれてないな)


 紙は貼られているが、どれも白紙だった。

 バス停なのにバスは来ない。標柱は、そこに置かれているだけの置物のようだった。


 僕は、標柱の横にある真っ白なベンチへ腰かけた。


 ベンチに座りながら、空を見上げ、思考をぐるぐるさせ考え始めた。

 まず、色の門なのにどうして全て真っ白で色がないのか。この色のない世界から何を探せばいい? 詩や門番の言う「自分を見つける」ちうのはどういうことなのか。

 思考を巡らせたが、さっぱりわからない。

 

(自分って何だろう……)


 僕は、”自分”について考え始めた。

 ”自分”とは、”自分自身”とは……。

 僕は、バーオボという国で父カッシオと母マルサの間に生まれた一人息子で……。いや、違う。僕の生い立ちなんて考えても自分の事なんてわからない。何かもっと深い部分のことだ。


 まずは好きなことを考えてみよう。

 病気で家に引きこもっていたときは、窓の外から見える景色と、父さんが持って来てくれる本を読むことが大好きだった。

 本には様々な世界がある。現実の世界、架空の世界、過去の世界、未来の世界、学問の世界……。一冊の本にたくさんの情報が詰まっている。寝たきりだった僕には、本だけが外の世界を知る情報源だった。読むことでたくさんの知識をつけたり、物語の世界に引き込まれたり。寝ているのにどこか遠くへ旅しているような、そんな気分になれた。

 

 病気が良くなって外へ出るようになってからは、バイクのことが好きになった。

 バイクはひょんなことから乗るようになった。古いバイクを譲り受けたため、時々自分で修理をする必要があった。僕にとってのバイク弄りの師匠ともいえる人にたくさんのことを教えてもらった。バイクは乗るだけじゃなく、中身を知ることが大事だと気づかされた。「自信の命を預かってくれる相棒なのだから、手入れの仕方も覚えなくてはいけない」という師匠の言葉は今も心に刻みこんでいる。

 

 次は、嫌いなこと、苦手なことを考えてみよう。

 「嫌い」「苦手」という言葉を聞くと、真っ先に思い浮かぶのが”アスパラガス”だ。大抵の物なら食べられるが、アスパラガスだけはどうしてもだめだ。何か特別な理由もないのに、自分でも不思議である。

 他には、”暇な時間”というのもあまり好きではない。もちろん体を休める時間というのは必要だ。だが、時間が有り余っているのに何もしない行動を起こさないというのは、自分の中で何か違うように思う。病気で臥せっていたときに、何もできなかったことがもどかしく感じていたので、今では動けるのだから動こうという考えが僕にはあるのだろう。


 他に何か僕自身の事……。

 

 勉強はできるほうだが、魔法はあまり得意ではない。性格は、慎重すぎるところがある。

 そう思いながら真っ白な空を見つけているときだった。


 僕の足元から強い光を放つ何かが見えた。


 僕は驚いて上体を起こし、足元の何かをよく見た。

 その強い光を放つ何かは、赤い光を放っている。

 目を凝らしながらよーく見た。


 絵の具のチューブだ。


「赤い絵の具のチューブがどうして? 光ってるし……」


 僕は、赤い光を放った赤色の絵の具のチューブを手に取った。

 そして僕はここで、色の門の詩や門番の話を思い出す。


 ”じぶんをみつけ、おのれをしれ”。詩も門番も同じことを言っていた。


 僕がベンチに座り、自分のことを考えた。

 ただ自分の事を考えていただけだったが、それが今回の攻略の鍵だったようだ。


(自分のことまだよく分からないけど、少しだけ自分のことがわかったて思えばいいかな)


 この絵の具が何を意味するのかはわからないが、出口を見つけるヒントなのは確かだ。

 このことを急いでミキにも知らせなくてはならない。


 僕は、座ってたベンチから勢いよく立ち上がり、来た道を戻った。



「ミキー!」

 僕は、反対側のエリア――僕が探していたエリアの反対側――を捜索しているであろうミキを呼んだ。


 だが、返事はない。

 辺りを見渡したが、ミキの姿もなかった。


 ミキはどこへ……。

 手がかりを探しているうちに遠くへ行ってしまったのだろうか。

 嫌な予感だけが頭を過る。


「ミキー!」


 僕はもう一度ミキの名前を呼んだ。

 出来る限り大きな声で。


 返事はない。


 僕はミキを探すため、歩き出そうとしたその時だった。


「コウ!」


 遠くの白い木の陰からトンガリ帽子を被った人がぼくの名前を呼んだ。

 あのトンガリ帽子はミキだ。


「ミキ、どこに行ってたの?」

 僕はミキへ近づきながら質問した。


「ちょっと遠くの方まで探しに行ってたの!」


 そしてミキはこちらへ近づいてきながら続ける。


「コウ! 見て!」


 ミキの手には、青く光る何かが見える。

 まさか……。


 ミキと僕は目の前の距離まで来ていた。


「もしかしてそれ、絵の具?」

「うん! そうだよ! もしかしたらこれが手がかりかもってコウに教えようと思って戻って来たの」

「あ、あぁ……。それが、僕もついさっき」


 僕は、手に握っていた赤く光る絵の具を見せた。


「コウも見つけたの!?」

「うん。向こう側のベンチに座ってたら、気が付けば足元にあったんだ」

「私も! 気づいたら足元に落ちてた!」


 どうやら二人とも同じような現象が起こっていたらしい。

 

 だが、光る絵の具を見つけただけではここから出ることはできない。

 この絵の具を使って出口を見つけろということなのだろうから、出口を探さなくては。


「どうしようか。次の電車まで待って元居た大きな街に戻るか……」


 ミキは僕の問いかけを無視して、近くの小屋をじっと見つめている。


「ミキ、どうしたの?」

「うーん……」

「どうしたの? 具合でも悪いの?」

「……閃いた!」


 ミキはそう言うと、光る青い絵の具のキャップを開け、中の絵の具を手に出し始めた。


「えっ? ミキ、絵の具が出口の手がかりなのに……」

「まぁ、見てて!」


 ミキはそう言いながら絵の具を両手に広げ、両手についた絵の具を小屋のドア一面に塗り始めた。


「ミキ、そんなことしちゃまずいよ!」


 僕の制止などで止まるはずもなく、ミキはあっという間に小屋のドアを青く染めた。


「これでよし!」

「良くないよ!小屋のドアを絵の具で塗りつぶしちゃうし、出口の手がかりの絵の具は使い切っちゃうし……」

「まぁ、コウは見ててよ!」


 ミキはそう言うと、青く染まった小屋のドアをゆっくりと開いた。


「ほら、やっぱり!」


 青く染まった小屋のドアの中には通路が続いていた。


「え、ウソ!? 出口!?」

「うん! さっき向こうのほう散策してたでしょ? 向こうのほう住宅街だったんだけど、どの家も色んな色の絵の具で塗られててね。もしかしてっと思って」


 どうやらこの絵の具を適当なドアに塗ると、そのドアが出口になるらしい。

 反対側にはあまり家らしき物がなかったため、僕はこの仕組みに気がつかなかった。


「私、先に行ってるね! 通路でコウのこと待ってるから!」

 ミキはそう言って、青く染まった小屋のドアへ入っていった。


 僕も手ごろなドアを見つけて出口に入らなければ。


 今いる場所にドアのある建物がない。

 さっきミキが入ったドアを開けてみたが、固くて開かない。一度誰かが使うと二度と開かない仕組みなのだろう。


 僕はミキが姿を現した白い木のほうへ向かった。

 あの木の先に住宅街があるらしいことはミキの話からわかっていた。住宅街ならドアがたくさんあるはず。


 僕は白い木のある角を曲がり、急ぎ足で住宅街へ向かった。

 住宅街にはものの10分ほどでたどり着いた。


「えっと。ドア……」


 沢山の家が立ち並ぶ静かな住宅街。

 大小様々な家が、お互いを向かい合わせるようにして両脇にずらりと並んでいる。

 外の世界と違うところは、ここも全てが真っ白なところだ。


 僕はすぐの場所にある一軒の家を覗いてみた。

 だが、玄関のドアは緑色に染まっている。誰かが出口として使ったのだろう。


 向かい側の家も覗いた。

 この家の玄関のドアも茶色に染まっている。


 僕は一軒ずつ虱潰しに探していった。


 次が二十軒目の家だ。

 ここもダメなら駅の反対側のエリアを探そう、と決めて覗き込んだ。


「……ここもダメだ」


 ここを攻略した人は皆、このあたりで出口の出し方に気が付くのか、この住宅街のドアというドア全てが何かの色に染まっていた。

 僕が踵を返そうとしたときだった。

 二十軒目の家の庭にたくさんの物が入りそうな物置を見つけた。


(待てよ? ドアなら何でもいけるんじゃ)


 ミキは、駅近くにあった小屋のドアを出口にしていた。

 ドアなら玄関のドアはもちろん、物置や部屋のドアでもいいのではないか?


 僕は、半信半疑だったが物は試しだと言い聞かせ、物置へ近づいた。

 あの赤く輝く絵の具を取り出し、キャップを開け、手のひら一杯出した。

 手のひらに一杯出した絵の具を目一杯手に広げ、物置のドアに塗りつけた。


 このときの僕はかなりやっつけ仕事だったように思う。

 無我夢中でドアを赤く染めていった。


 ドア全体に絵の具を塗り終わった。

 僕はハンカチで手に残った赤い絵の具をふき取り、ドアをじっと見つめる。


「ほんとにこれでいいんだよね……」


 不安な気持ちのまま、物置のドアを右へゆっくりとスライドさせた。


 ……通路だ!


 ドアの先は通路になっていた。

 しっかりと色がある。薄暗い空間に石畳と石が積み上げられた壁に、松明のオレンジ色の光が点々を奥へ続いている。

 本物の出口だ。


 僕は急いで中へ入り、ドアを左へスライドさせて閉めた。

 これで色の門は終わりだ。


 僕はそこから早歩きで通路を抜けた。

 この先でミキが待っているはずだ。


 いつもより早いリズムの足音が耳に伝わってくる。


 数分ほど歩いた先にあのトンガリ帽子の人影が見えた。


「ミキ!」


 僕の呼びかけに反応し、そのトンガリ帽子の人影はこちらを振り返った。


「コウ! 無事出てこられたんだね!」

「うん! なんとか!」


 ミキの真後ろには、真っ白な石で出来た扉がある。

 ここを抜ければ色の門はクリアだ。


「先に出てくれても良かったのに」

「私たちパーティでしょ? 一緒に出ないと!」

「さっきは僕を置いて行ったのに?」

「だってあれは、一人じゃないと出られないみたいだったから……」

「いいよ。ミキが答えを教えてくれたから出てこられたし」

「でも、ドアを見つけるの大変だったんじゃない?」

「実は物置のドアを出口にしたんだ」

「物置!?」

「うん。どの家のドアも使われていてね。物置しかなかったんだ」


 僕たちはゆっくりと門を開いた。


「さ、ミキ。出よう」

「うん!」


 僕たちは門を出た。

 そこは門の塔の二階だった。


「やったー! クリア!」

「長かったような、あっという間だったような」

「コウなら絶対に出てくるって信じてた」

「え?」

「なんかそんな気がして先に出て来ちゃったの」

「次からは一言言っておいてね」

 僕は少し苦笑いをしながらそう言った。

「次からはちゃんと言うよ! 約束する」

 ミキはイタズラに笑いながらそう言った。


 マップの”色の門”と記された場所には、星のマークが付いていた。

 これでクリアだ。


 僕たちはすっかりペコペコになった腹を満たすため、食料棚へ向かった。

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