第三十五話 鳥の門

 僕は噴水の前に立っていた。

 噴水とは、あの門の塔の二階にある、あの噴水だ。大きな水受けの中央に、翼を広げた鳥の像があり、大きく開いた鳥の像の口から水が流れている。


(あれ? ミキは……)


 よく周りを見てみると、ミキの姿がない。他の攻略者や観光者の姿もない。

 このフロアに僕一人だけ取り残されたようだ。


(ミキを探さなきゃ……)


 状況をまったく読めないが、もしもミキと逸れてしまったのなら合流しなくては……。

 だが、足を動かそうとしても動かない。まるで凍っているかのように足はビクともしない。何かの魔法だろうか?


 すると、目の前の噴水に一匹の小鳥がやってきた。

 その小鳥は、色鮮やかな緑色の羽毛を噴水の水で洗う。

 

 僕は、その小鳥を眺めることしかできなかった。


 時折、僕のことをみてピーチクと鳴くその小鳥。

 返事をしたほうがいいのか? いや、何も言わない方が?


 するとその小鳥は、噴水の中央にある鳥の像の頭の上に止まった。

 像の大きさからみると、小鳥の大きさは十分の一、いや二十分の一くらいだろうか。

 小鳥が少しだけ可愛く見えてきた。



「うっ……あれ?」


 気が付けば、僕は寝袋で寝ていた。

 隣にはミキが眠っており、僕の頭の上にある噴水から水音が聞こえる。


 辺りを見渡すと、他の攻略者や観光者の姿も見える。

 僕がさっきまで見ていたのは夢だったらしい。


(夢か……)


 特に悪い夢ではなさそうだった。

 足が動かなかったこと以外は、緑色の鳥が気持ちよさそうに水浴びをしていただけだ。


(さっさと顔を洗おう)


 僕は寝袋から体を出し、軽く身だしなみを整え、朝食の準備に取りかかった。



 今日の朝食は、軽く焼いたトーストの上に目玉焼きを乗せたもの。そして、アールグレイティーだ。このフルーティな味わいがたまらない。

 ミキはトーストを齧ったあと、僕に声をかけてきた。

 

「今日って”鳥の門”だっけ?」

「うん。ガイドブック見てみるよ」


 僕はそう言って、サコッシュからガイドブックを取り出し、パラパラとページをめくった。


「あった。――鳥の門。鳥だらけ。珍しい鳥ばかり。鳥類アレルギーの人は注意。―― だってさ」

「アレルギー……。コウは大丈夫?」

「大丈夫だよ。ミキは?」

「私も大丈夫」


 僕は、頭にあの夢の事がふと過る。

 噴水で水浴びをしていた緑色の鳥のことだ。


「ミキ、夢占いとかってできたりする?」

「夢占い? どうして?」

「いや、今朝の夢に緑色の小鳥が出てきてさ。ちょっと気になって……」

「占いは専攻してないからなぁ。マワなら詳しいんだけど」

「そっか……」

「その夢って、何か嫌な感じとかあった?」

「足が動かなかったこと以外は特に」

「だったら大丈夫だと思う。「嫌な感じがしなければ大丈夫」って、マワがちょっと前にそう言ってた」

「そっか。だったら気にしないでおくよ」


 僕たちはそのあと、朝食を平らげ、身支度をして、次の門へ向かった。



 ここは門の塔の二階、鳥の門。

 門の前には人は並んでおらず、今すぐにでも入ることができる。


 僕はまず、鳥の門の門をよく観察した。

 鳥の門の門は、重厚な金属で出来ており、見るからに重そうだ。金属製だからか、少しピカピカと輝いている。

 そして、その金属の扉には、羽根の絵が大きく描かれている。描かれているというより、何かで彫刻されている。意味はわからないが、鳥の羽根ということだろうか。


 そして、鳥の門の横に立っている門番の声へ耳を傾ける。


「三日月の夜、後ろにいる……」


 門番の声は、どこか疲れたような男性の声だった。

 その門番の手には、長い柄のついたランタンを持っており、ランタンからは橙色した光が弱弱しく漏れていた。


「えっと、詩は……」


 鳥の門の向かって右側の扉に詩が書かれた板金が掲げられていた。

 僕は、板金に書かれているしを読んだ。



 鳥の唄声 朝の日ざしとともに

 鳥の羽音 昼間の風とゆるやかに

 鳥の爪痕 夜の月とねむる



 ガイドブック、門番、詩……。気になるのは、門番の話と詩にある”夜”や”月”という言葉だ。

 鳥の門では、三日月の夜が危険だということだろうか。


「月の夜か……。それも三日月の夜」

「爪痕っていうのも気になるよね」

「うん。何か危険な魔物のことかもしれない。油断は禁物だね」


 僕たちは、羽根の彫刻が掘られた門を開き、中へ入った。


 通路には松明の火が点々と中へと続いている。

 この奥には鳥の門の中だ。


 コツコツと音が響く中、ミキは口を開いた。


「鳥の門も、歌の門みたいな門だといいんだけどなぁ」

「そうだね。でも、油断はしちゃいけないよ」

「わかってるよ~! コウはほんと真面目だな~」

「ミキが緩すぎるだけだよ」


 すると、僕たちの話に紛れて音が聞こえてくる。


「何か聞こえるね」

「鳥の鳴き声かな?」


 ミキと共に耳を澄ます。すると、その声はすぐに鳥の鳴き声だとわかった。

 チュンチュン、ピーピーと、微かにだが聞こえてくる。


「やっぱり鳥の鳴き声だね」

「うん。ここまで聞こえてくるってことはそんなに沢山いるのかな?」

 

 そして、小さな白い光が見えてきた。

 通路の出口が近いらしい。


「見えてきたよ!コウ!早く行こう!」

「ミキ待って!」


 止める僕を無視して、ミキは光に向かって走り出した。


 小さな白い光は次第に大きくなり、僕たちを包み込んだ。


 ふと目を開けると、そこは森のようなジャングルのような、でもとても温かい部屋のような、不思議な場所にいた。


「きれい……」

 ミキはそう言いながら近くの赤く咲く花に近づいた。


 僕も、近くの白っぽく咲く花に近づきよく観察した。

 その花は、白い六角形の鉢植えに植えられており、生き生きとしていた。

 

「この花、鉢植えに植えられてある……。人の手で管理されているみたいだね」


 僕は、自分がどこにいるのか考察しはじめた。

 まずは頭上を見上げた。木々の間から澄み渡るような青空が見えているが、所々白い線のような物が見える。あれはガラスを嵌めるための枠だ。ということは、ここはガラスで覆われた屋内ということになる。

 僕は、上を向けていた顔を下ろし周囲を見渡した。

 周囲には、様々な植物が植えられているが、どれも種類が異なる。この温室の中はどれほどの種類の植物が植えられているのだろうか。

 そしてどの植物も自然の力だけではなく、人の手によって管理されているのが一目でわかる。さっきの鉢植えに植えられた花。草木も所々鋭利な刃物でカットされたような跡がある。土もフカフカとしており、栄養や空気を含んでいることが窺える。そして、程よい気温、程よく入ってくる日光。近くに落ち葉などもなく綺麗に掃除もされている。

 ……そうか!ここは植物を育てるための”温室”だ。


「ミキ、ここはどうも温室の中みたいだよ」

「温室?」

「うん。植物を育てるための部屋って言えば分かるかな?」

「あ、学校にもある!魔法薬学科の授業でよく行くの。あれ温室って言うんだ」


 授業で行き来する部屋なのに知らなかったのかと少し思ったが、行き慣れていると気にしないものなのかもしれない。


「あ!見て!鳥が飛んでる!」


 ミキが指さした方向へ目をやると、そこには尾の長い、赤い羽毛の鳥が優美に飛んでいた。


「うわぁ! すごい! 赤い鳥なんて初めて見たよ」

「私も! ……あっ! あそこにも!」


 次は、青い羽毛の小さな鳥が数匹飛んできた。


「この温室の中に住んでるみたいだね」

「すごい……」


 僕たちは、この温室を調べるため、歩き始めた。

 先ほど見た鳥とはまた違う鳥が木に止まったり、また違う鳥は木の実を頬張っている。

 ここは植物と鳥たちの楽園のようだった。

 

「他の動物はいないみたいだね」

「うん。本当に鳥だけ……」


 少し歩くと、円形に広がった広場のような場所へ出てきた。

 その広場の中心には、門の塔のフロア中心にあるような円形の噴水があり、そこには様々な鳥たちが水を飲んだり羽根を休めたりしていた。

 

「ここも鳥だらけだね」

「うん!」


 近づきよく見てみると、円形の噴水は中央の高い場所から水が溢れ出しており、そこから最初の水受けに水が溜まり、またそこから下の段の水受けに水が溜まり、最後は一番大きな水受けに水が溜まっている。

 水受けに大小も色も様々な鳥たちが止まっており、これもまた幻想的な雰囲気を漂わせていた。


「おや? お客さんかい?」


 僕たちの背後から知らない声が聞こえてきた。

 その声がした方向へ振り返ると、そこには一人の少し腰の曲がった老父が立っていた。


「あなたは?」

「ワシはこの温室を管理している庭師じゃ」


 老父は、白髪の頭をしており、シャツの上にオーバーオール、靴は長靴で、手に大きなハサミを持っている。いかにもこの温室の植物を管理しているという風貌だった。


「あ、私はミキです。こっちはコウ!」

「ワシは”サキョウ・ユアサ”じゃ。見た所攻略者のようじゃが……」

「そうです!」

「そうかいそうかい。攻略者はいつぶりかのう……。ここで立ち話もあれじゃから、ワシの小屋においで」

「小屋ですか?」

「そうじゃ。嫌かの?」

「いえ! お言葉に甘えさせていただきます!」


 僕たちは、サキョウさんの後に付いて行った。


 サキョウさんの家は、噴水からすぐの場所にあった。

 木陰に隠れた小さな隠れ家のようなログハウスで、一人で住むには十分な大きさだった。


「おじゃましま~す」

「お邪魔します」


 僕たちは、キョウさんに促されるまま小屋へと入った。


「そこいらの椅子に適当に座っておくれ。今紅茶を淹れるからね」

「あ、おかまいなく……」


 サキョウさんの小屋の中は、とても物が少なく、こじんまりとしていた。

 ベッドに暖炉、テーブルと椅子、食器を入れるための小さな棚と、小さなキッチンがある。

 老後はこんなところで一人気ままに過ごすのも悪くないな、と少し思った。


「はいよ。お待たせ」


 サキョウさんが、紅茶の入ったマグカップを三つテーブルに持ってきた。


「ありがとうございます!」

「わ~おいしそう」

「熱いからゆっくり飲みなさい」


 僕は、サキョウさんが淹れてくれた紅茶を一口含んだ。

 ……おいしい。すっきりとした味わいで飲みやすく、どこかフルーティな香りのする紅茶だ。


「この紅茶……。とってもおいしいです!」

「気に入ってもらえてうれしいよ」


 サキョウさんは紅茶を一口飲んだあと、こう続けた。


「さて、コウくんとミキちゃんじゃったかな。攻略者にしてはまだ若いようじゃが……」

「私たち13歳です!」

「おぉ。13歳。それはとても若いな」

「サキョウさんは、おいくつなんですか?」

「ワシか? ワシは七じゅう……いくつじゃったかのう?」


 僕たちは少しズッコケた。


「70はとうに過ぎておるただのジジイじゃ」

「その……サキョウさんはこの門の主とかなんですか? 見た所ヒューマニ族のようですけど……」

 僕は単刀直入に質問した。

「あぁ。ヒューマニ族じゃよ。50年くらい前に攻略者として門の塔に入ったんじゃ。じゃがな、この温室が酷く荒れていてのう。居てもたってもおれんくなって、片っ端から手入れしておったら50年過ぎてたわい」

「じゃあ、攻略は中断してるってこと?」

「そうなるのう」

 サキョウさんの腰あたりに緑色の血証石が揺れているのが見えた。

 そのままサキョウさんは続ける。

「ここへ来る前は、お屋敷の庭師をしておったんじゃが、給料があまりにも安いんで嫌気がさしてな。一攫千金の願いを叶えるために入ったんじゃ。じゃが、どういうわけか願いのことなど後回しにして温室の手入れをし続けておったわい。ハハハ!」

 サキョウさんは高らかに笑った。

「サキョウさんにとって庭師のお仕事が天職だったんだ……」

「僕もそういう仕事見つけたいな」

「いつか見つかるよ。でも、今は勉強を頑張りなさい。勉強は若いうちしかできないからのう。……あっ、門の塔の中じゃ学校は行けんな。ハハハ!」

 

 僕たちはサキョウさんと夢中で話をした。

 僕たちの攻略の目的、サキョウさんの話、ちょっとした人生相談。

 その時間はとても楽しく、あっという間に過ぎていった。

 

「そうかい。お母さんが……」

「あの、マルサとかマリーナって名前の人、ここに来ませんでしたか?」

「うーん。記憶にはないのう。鳥の門の出口はすぐ見つかる場所にあるから、ワシに会う前にクリアしてしもうたんかもなぁ」

「じゃあ、ガロも見てなさそうだね……」

「ミキちゃんとこの猫だったかの? 猫は見てないのう」


 僕の母さんやガロの情報が無かったのは少し残念だったが、サキョウさんとの時間がとても楽しく充実していたため、それだけで満足だった。


「あ、僕たちそろそろ行かないと」

「わっ!外真っ暗だ!」


 小窓から見える外はすでに真っ暗になっており、夜になっていた。


「おや。もう4時間も経ってしもうたか」

「え? 4時間?」

「噴水でサキョウさんと会ったのってまだ午前中だったよね?」

「うん。そのはずだけど……」

「言い忘れておったわい。鳥の門は6時間おきに昼と夜が入れ替わるんじゃ。君たちと噴水で会ったのは昼になって2時間経った頃じゃった。じゃからあれから4時間ほどしか経っておらん」

「そうなの?」

「でも、4時間も話しこんじゃったんだね……」

「ちょっと待てよ……」


 サキョウさんはそう言うと、小窓から空を見た。


「いかん。今日は三日月の夜じゃった。今日は二人ともうちに泊っていきなさい」

「三日月の夜って、門番が言ってたあれ?」

「おぉ。ちゃんと門番の話を聞いておるんじゃな? 三日月の夜は、鳥の門の主である”ツメフクロウ”が出るんじゃ」

「”ツメフクロウ”ですか?」

「とっても危険な魔物なんじゃ。とりあえず、今夜は出歩かんほうがいい」

「わかりまし――」


「ああああああああ!!!!」


 ぼくの声を吹き飛ばすかのような勢いで、ミキがとてつもなく大きな声で叫び始めた。


「ミキ、びっくりするよ」

「ない!ないの!」

「ないって何が?」

「杖がないの!」


 ミキはいつも腰のあたりに杖をしまっているが、杖の影も形もない。

 どこかに落としてしまったようだ。


「どうしよう……」

「昼になったら探しに行こうよ。あの噴水の近くにあるかも……」

「いや。今すぐ探しに行ったほうがいいかもしれん……」

「えっ? どうしてですか? 今夜はツメフクロウが出てくるかもしれないのに」

「ツメフクロウは光る物が好きなんじゃ。ミキちゃんの杖に何か光る装飾がついてたら持って帰りよるかもしれん」

「私の杖、シルバーの持ち手が付いてる……」

「じゃったら今すぐ探しに行こう。ワシもついて行くから安心せい」

「ありがとうございます。サキョウさん」


 こうして僕たちは、小屋を出た。

 服などについた光るものをできるだけ置いていった。もちろんイリニヤさんから貰った剣も刀身の部分は光るので置いていった。

 僕の杖やサキョウさんのこん棒以外の武器はなく、ほぼ丸腰だ。


「ツメフクロウは音にも敏感でのう。できるだけ大きな声を出さないようにな。あと音もな」

「わかりました」


 声や音に細心の注意を払いながら、あの噴水の近くへとやってきた。

 

「あ、あそこ!私の杖!」


 ミキが指さしたほうへ目をやると、そこにはシルバーの持ち手がついた杖が落ちていた。


「君たちはここに隠れて待っておれ。ワシが取ってくる」


 サキョウさんはそう言うと、僕たちを茂みの中へ隠し、噴水の近くに落ちているミキの杖へと近づいていった。

 抜き足差し足と言わんばかりの足取りでサキョウさんは杖へ近づき、物音を立てないようミキの杖を掴んだ。

 

「よし!」

「サキョウさんナイス!」


 僕たちは小声でサキョウさんに激励を送った。


 サキョウさんがまた抜き足差し足でこちらに戻ってこようとしたそのときだった。

 何かがブォオオオン!と大きな音を立てながら、サキョウさんの背中に飛びかかろうとしたのだ。


 サキョウさんは咄嗟にその何かを避け、こう叫んだ。

 

「コウくん!ミキちゃん!小屋に向かって走るんじゃ!!」


 僕たちは茂みから勢いよく飛び出し、サキョウさんの小屋へ向かって全速力で走り出した。


 僕は、走りながらサキョウさんを襲おうとした何かの姿を確認した。

 それはとてつもなく大きなフクロウだった。羽毛の色や風貌はフクロウそのものだが、体の大きさは外の世界のフクロウの10倍近くはあった。そして、フクロウだからかかなりの距離まで近づかないと羽ばたく音が全く聞こえない。足にはとても大きな三日月型をした爪がついており、あの爪で引っ掻かれたらひとたまりもなさそうだ。

 門番が言っていた、「三日月の夜、後ろにいる」というのは、まさしくツメフクロウの狩りのことを指していたのだろう。


「サキョウさんあれがまさか!」

「あやつがツメフクロウじゃよ! はよ走れい!!」


 僕たちはひたすら走り続けた。だが、ツメフクロウの飛ぶ速度のほうが早い。

 すぐに小屋が目の前にと言うタイミングで、ツメフクロウに追いつかれてしまった。


「サキョウさん! 私の杖投げて!」

「よっしゃー! 受け取れい!」


 サキョウさんはミキに杖を投げた。

 ミキはそれを受け取り、呪文を唱えた。


「ルーガ!」


 ミキの杖先から複数の水の玉が出現し、ツメフクロウに飛んで行った。

 水の玉はツメフクロウに命中したが、あまり効いていないようだった。


「わーん! ここじゃ水の魔法くらいしか使えないのにー!」

「ミキちゃん! 何か光る物を飛ばすんじゃ!」

「光る物? えっとえっと……」

「ミキ! 氷の刃を遠くへ飛ばすんだ!」

「わかった! ……チーウ!」

 

 ミキの杖先から出現した複数の氷の刃は、ツメフクロウの横を通り過ぎ、遠くへと飛んで行った。

 ツメフクロウは、月光に照らされキラリと光る氷の刃を追いかけ、どこかに消えていった。


「二人とも今のうちじゃ!」


 僕たちはサキョウさんの合図で走り出し、小屋へなだれ込むように入った。


「なんとかなったね……」

「杖も無事だしよかった~。サキョウさん本当にありがとう」

「いやいや。二人ともよく走ってくれたおかげじゃわい」


 サキョウさんは息を整えたあと、こう続ける。

 

「さて、杖も見つかったことじゃし、ひと段落したら晩御飯にしようかのう。当然食べるじゃろ?」

「食べます!」

「私も!」

「よぉし。ワシが支度してる間にお風呂に入っておいで。小屋の奥側の扉がお風呂じゃよ」

「わかりました! ミキ、先に入る?」

「いいの?」

「うん」


 ミキのお風呂を待っている間、僕はサキョウさんを手伝うことにした。


「コウくん。このトマトを切ってくれるかい?」

「わかりました」

「手際がいいのう。家事はやっていたのかい?」

「はい。母さんが出て行ってからは僕と父さん二人だけでしたし、アルバイト先でも料理は教わってたので」

「なるほどのう」

「サキョウさんは、ご家族はいなかったんですか?」

「ワシのか? 両親と兄がおったんじゃがもう生きておるかわからん。結婚はしておらんかったしなぁ」

「ご両親とお兄さんには連絡とかそういうのされないんですか? 観光者の人に行って手紙を渡すとか、攻略を辞めて出ていくことだってできただろうに」

「そこまで頭が回らんかったな! ハハハ!」

 サキョウさんはとても高らかに笑いながら、鍋の中のカレーをかき混ぜる。

「今更ここを出ても親も兄ももういないじゃろうし、それに、ここのことが心配じゃからな。ワシはもうここに骨を埋める覚悟なのかもしれんな」

「寂しくないんですか? あ、出過ぎたことを……」

「寂しいと言われると、案外そうでもないもんじゃよ。そりゃまぁたまに話し相手は欲しくなるが、温室の中の植物や鳥たちがおるからのう。自然の物たちを相手しているだけでも人生って意外と楽しいもんなんじゃよ」

 サキョウさんは、鍋の中をじっと見つめながらそう言う。

 僕はこの時、サキョウさんはこの鳥の門のために生まれてきたような人だったんだなと思った。


 僕がトマトやキュウリをカットして簡単なサラダを作っていると、ミキがお風呂から戻って来た。


「コウ、お風呂空いたよ~! ……わっ! いい匂い~」

「サキョウさんがこの温室で育てた野菜やスパイスを使ってるんだ。すごいよね」

「すご~い!サキョウさんお野菜も育ててるんだ」

「ああ。この小屋の裏に畑を作ったんじゃ。なかなかに美味じゃよ」

「ほんと? 楽しみ!」



 次の日……と言っていいのかはわからないが、夜が明け、昼になった。

 温室の中は心地よい日光が射しこんでおり、とても優しい雰囲気が漂っていた。


 サキョウさんは、僕たちに出口の場所を案内してくれることになった。

 

「あれ? ここって」

「あの噴水だよね?」


 僕たちは、最初にサキョウさんと会った噴水のある小さな広場に来た。


「ここ、何もなかったような……」

「まぁまぁ、見ておれ」


 すると、目の前の噴水に緑色の羽毛を持った小鳥が飛んできた。


「あれ?あの小鳥……」

 確か僕が夢で見た小鳥と同じだ。


 緑色の小鳥は、噴水の水を使って水浴びを始めた。

 水浴びをして飛び散った水滴に昼間の太陽の光が差し込み、人の背丈ほどの小さな虹ができた。


 その小さな虹は、少しずつアーチ状になっていき、そして門が出現した。

 これが鳥の門の出口だ。


「まさか……」

「こんなにも簡単に出口が見つかるなんて」

「さ、これが出口じゃよ。達者でな」

「サキョウさん、ありがとうございました。何から何まで……」

「トマトとっても美味しかったです!」

「いいんじゃよ。ワシも今の外の世界を知れてよかった。門の塔はこれから厳しくなるはずじゃ。気を付けるんじゃぞ」


 僕たちは、サキョウさんに別れを告げ、出口の門へと入った。


 出口の門の中はまたあの長い通路が続いていた。

 松明の炎が点々と奥へ続き、コツコツと僕たちの足音が響く。


「サキョウさんのトマト美味しかったな~」

「ミキ、昨日からそればっかりだね」

「本当に美味しかったんだもん! あんなに甘いトマト初めてだったし」

「確かに美味しかったよね。他の野菜も」

「サキョウさん、外に出てきてお野菜売ってほしい」

「ちょっとだけ気持ちわかるかも」

 僕は、フフフと小笑いした。


 通路の先の門へと近づいてきた。この門を開けば門の塔の二階に出てくるはずだ。

 僕たちは、金属で出来た思い門を開き、外へ出た。

 ……門の塔の二階だ。


 僕はマップを開き、”鳥の門”と記された場所を確認した。

 星マークが付いている。クリアだ。


 鳥の門で過ごした時間はとても楽しかった。

 少しだけ後ろ髪を引かれる思いだが、僕たちは攻略者だ。次の門に備えなければ。


「今晩はどうしようか」

「あーん!サキョウさんのトマトが食べたいー!」

「ミキ、ずっとトマトばっかり」


 僕たちはそう言いながら噴水の近くへ向かった。

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